
阿倍野区を庚申街道(こうしんかいどう)で移動していると、十字架のある塔が見えてきました。

日本基督教団南大阪教会です。
大阪が誇る巨匠・村野藤吾のデビュー作で、塔の部分は1928(昭和3)年に完成した、

当初から塔はRC造でしたが、会堂のある平屋部分は木造でした。
平屋部分が傷んできたので、1981(昭和56)年に改築されています。亡くなる3年前の完成でした。
村野の真骨頂、有機的な造形が冴えわたります。

柔らかい外壁のテクスチャーに、夏の鮮やかな花が良く似合うのです。

敷地の調査もあって最近このあたりをよく通ります。
古い住宅が結構残っているのです。

どちらの住宅も、昭和初期の建物でしょうか。
だとすれば、RC造でなくても約100年持っていることになります。

こちらも阿倍野区にある大阪府立工芸高等学校本館です。
1924(大正13)年の完成で、大阪市指定有形文化財に指定されています。
学校のWebサイトには以下の解説がありました。
本校の本館校舎は、ドイツ「バウハウス」のワイマール工芸学校(アール・ヌーボーの巨匠ヴァン・デ・ヴェルデ設計)をお手本に、時の大阪市営繕課が総力を挙げて設計し、1924年に竣工しました。
1世紀前に遠くドイツの地で起こった芸術運動が、大阪の地に引き継がれていることに感動すら覚えます。
モダニズムの源流がバウハウスにあるなら、村野もその流れを汲んでいることになります。
彼らをお手本として生きてきた私達も、支流の水路くらいの流れを汲んでいると言ってもよいかもしれません。
バウハウスが、芸術学校として機能したのはわずか14年ですが、最後の校長であるミース・ファン・デル・ローエに代表されるように、装飾的ではない、機能的で、合理的な美を追求していきます。
その思想を汲んだ建築の美しさは、世界に衝撃を与えたのです。
「翼をください」等の作曲で知られる村井邦彦さんが、新聞で「美は力」という言葉を紹介していました。
美しい建築はそれ自体が力をもっています。そして、人に力を与えてくれます。
建築設計を生業としているのですが、本当にいい仕事をさせて貰っていると思います。
と同時に、その頂の高さに圧倒されることもしょっちゅう。
それでも前に。倦まず、弛まず、一歩ずつ、です。
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