タグ別アーカイブ: ゲツモク日記

バツ2の赤い彗星‐1789‐

 先週の日曜日、久し振りに釣りに行っていたと書きました。

 そもそも、私が船を持つようになったのは父の船に乗っていた影響が大きいと思います。

 父の友人も船を持っている人が多いのですが、海でも湖でも、やはり自分の行きたい場所へ自由に行きたいものなのです。

 最近会えていませんが、この真っ黒なおっちゃんは父より3つほど年上だったと思います。 

 昔は海だけでなく、スキーも一緒に行っていたので、もっと会う機会がありました。

 しかしいつ頃からか、海沿いに家を借りるようになっていました。

 紺のサーフがおっちゃんの車。銀のサーフは私にとっての2代目サーフで、カートップしているのが初代のアルミボート。ややこしいのですが。

 漁港に船を置いているので、半分漁師みたいなものです。

 その恩恵もあり、自由に港を使わせて貰っていました。これは通称テント村。

 私の海用ボートは4人しか乗れなかったので、大人数で行った時は乗せて貰うこともありました。

 赤銅色に日焼けした姿は、完全に地の人。

 明るいキャラクターで、同行する仲間の間でも人気者だったのです。

 そんな性格に加えて、私が一目置いているのがネーミングセンス。

 「ばついち丸」という文字が見えるでしょうか。

 前のオーナーと別れて、自分と再婚したので「ばついち」。

 この浜では「ばついちさん」と呼ばれているのです。実際はばついちではないのですが(笑) 

  私もこの中古のバスボートで3艇目になりました。

 2018年の3月にやってきたのですが、これまでに2人のオーナーが居ました。

 初代のオーナーはバスフィッシング専門のルアーメーカーの人で、船名を「SHA」と付けていました。

 2代目のオーナーがセカンドボートとして所有していたのを譲って貰ったのですが、この方もバスフィッシングのエキスパート。

 以前はレーシングバイクのメカニックをしていたこともあり、このボートのスピードをどれだけ上げられるかと、更に手を入れたそうです。
 

 60km/h以上でるのですが、前オーナーに聞くと「70km/hは出ますよ」と。

 怖いので私はそこまで出したことはありません。 

 エンジンの位置を調整するのがチルトレバー。

 スピードを出しても操船しやすいよう、ステアリングを握ったまま操作できるようになっています。

 車で言うアクセルはスロットルと呼びます。

 スロットルは車のシフトレバーのように手で操作するのが一般的ですが、アクセルと同じ要領で加速、減速できるようチューンナップされています。

 荒れた琵琶湖でステアリングを放さずに済むよう考えられたものだそうです。

 一番の誤算は、子供たちが成長し、ほぼ同行してくれなくなったこと。それで、一層このボートと過ごす時間が増えたのです。

 普段、あまり派手な色は選びませんが、ジンクリアの湖と青い空に、赤は映えるだろうなと購入を決めたのです。

 ただ初代オーナーが、なぜ「SHA」と名付けたのかずっと分かっていませんでした。

 湖面を滑走している時、ふと思いました。

 「赤い彗星?」

 ピクシブ百科事典にはこうありました。

 「機動戦士ガンダム」シリーズの登場人物、シャア・アズナブルの異名。

 シャア・アズナブルのスペルは”Char Aznable”のようです。もしかすると音だけで決めたのかも?と思ったのです。

 それならと、今回の中間検査の機会に、船名を ”SHA” ⇒ ”Char” に変更したのです。

 実際の文字にはありませんが本当の船名は「バツ2の赤い彗星」です。

 たかが船名ですが、人生を楽しむコツを「ばついち」のおっちゃんには色々教えて貰った気がします。

 自分の好きな海を眺めながらの朝は最高でしょう。

 池原ダムなのか、日本海なのか決めていませんが、いつか実現したいと思っています。「その前に家が先っ!」と家族に言われるのですが。

 前オーナーを池原ダムで知らない人は居ないので、私の物というより、未だにお借りしているイメージです。

 それもあって、あまり品の悪いことはできません。

 ただ、もし湖上で高速移動しているのを見掛けたら、こんな事を言っている時です。

 「見せてもらおうか、連邦軍のモビルスーツの性能とやらを」

 「バツ2の赤い彗星」になりきっている時なので、どうかお許し下さい。

 建築も、車も、ボートも無機物ですが、過ごした時間と物語が、愛情を育むのだと思っているのです。

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞 

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【News】
■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載
■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■9月11日発売『リフォームデザイン2020』「回遊できる家」掲載

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

深紅の花は、ボケの花‐1774‐

 長男も間もなく高校2年生となり、大学進学のことを意識せざるを得ません。

 日曜日は朝から、妻と塾の説明を聞きに行くと。

 私は計画地をいくつか回る予定だったので、調査終わりで梅田まで迎えに行きました。

 娘は私に同行して貰ったので、テイクアウトの弁当でも買って大阪城公園に寄ろうかとなりました。

 昨日は快晴。

 OBPのクリスタルタワーも、青空を映して宝石のようです。

 この建物は、見る角度によって全く違う景色になります。

 真東から観るのが一番美しいのですが、これには長男も驚いていました。

 大阪城公園の魅力は色々ありますが、大きなお濠がある景色は他にはないものでしょう。

 穏やかな水面が、石垣の美しさを際立たます。

 ただ、水あるところには羽虫あり……

 気温は20℃まで上がり、人も虫も外に出ずにはおれないのです。

 月末には宣言が解除されるという話もありますが、感染防止と日々の暮らしを何とか両立させたいところです。

 天守閣を囲む木々も、先端がほんのりと桜色に染まっているのが分かります。

 天守閣東にある梅林が見頃とのことで立ち寄ってきました。

 白、桃、濃淡。

 色とりどりの梅がまさに満開。

 下がっているものあり。

 上がっているものあり。

 淡桃色のものにはメジロが止まっていました。

 桜のような儚さはありませんが、枝ぶりが面白いのは梅でしょう。

 毎年、桜も梅も撮りますが、写真写りも梅に軍配が上がるのです。

 梅林のすぐそばに、「豊臣秀頼 淀殿ら自刃の地」という石碑がありました。

 先日、淀殿の太融寺にある立派なお墓を訪れたばかりで、何とも寂しい感じは否めません。 

 現在の天守閣は、徳川家の建てた復刻版と言ってよく、本来の天守閣はもう少し南にありました。

 1615年、大坂夏の陣の際に焼失したので、この石碑からはもっと離れていたことになります。

 ですので、こういった景色を見あげた訳ではないのですが、天下人の妻として、嫡男として、我が世の春を謳歌したあとの最期とは、いかばかりのものだったのか……

 お濠の外の植込みに、真っ赤な3cmくらいの花が咲いていました。

 ボケの花のようです。

 ウイグル問題にしても、ミャンマーの軍政にしても、この21世紀に考えられないことが実際に起こります。

 戦後という言葉は、1970年生まれの私達にはピンときませんが、現在、この地球上で起っているとなると別です。

 「平和ボケ」などと言われないよう、日々を精一杯生きなければと思うのです。
 
 このボケの花の赤の濃いこと。まさに目の覚めるような深紅です。

 誰が名付けたのか知りませんが「ぼんやりせんと、しゃきっとせい!」と言っているかのようでもあります。
 
 仕事は真剣勝負だと思いますが、命までは取られません。

 その事が、どれだけ有り難いことなのか。1時間でもでもウイグル人として生きたなら痛感するでしょう。

 あくまで報道を信じたとするならですが、我が事と思える想像力こそが人生の成否を分けるような気がします。

 併せて、日本語ってやっぱり面白いなあと思いますし、使うだけで頭が良くなる言葉なのではと、常日頃から思っているのです。

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

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■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
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■5月16日『homify』(英語)の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■5月10日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行に巻頭インタビュー掲載

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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オープンデスク日本一‐1773‐

 昨日は大阪でも小雪がちらつき、今日は氷点下を記録したようです。

 しかし一昨日は暖かく、一日現場を回っていました。

 先週からオープンデスクに参加している21歳の学生君も一緒に連れて行きました。

 この環境下で、行動を起こす勇気や良し、です。将来の自分の仕事にするべきかと、真剣に現場を見ていました。

 1件目は、まだ現場日記に公開していないリノベーション計画。

 これまでも劇的に風景を変えてきたつもりですが、こちらの計画もなかなかに歯ごたえがあります。詳細についてはまた追々。 

 2件目は、新築計画の現場まで20分程移動しました。

 こちらは間もなく現場日記にUPするつもりですが、現在解体工事が始まったところです。
 

 内部をのぞくと、土壁の下地、小舞が置いてありました。 

 50年前の人の手跡を感じるのです。

 奈良盆地から、生駒山地の北端を走る163号線で大阪平野に戻りました。

 そのまま「かやしま写真スタジオOhana」へ向かいます。

  Ohanaは残念ながら道路計画によって収容となることが決まっています。
 
 数年前からそれは聞いていたのですが、昨年の初めから本格的に建て替え計画を進めていました。

 ウクレレ大好き、カメラマンの石井さんも現Ohanaが大好きだと言ってくれます。

 寂しいのは寂しいですが、前に進んで行くしかありません。いよいよ新Ohanaの競争見積りに入りました。

 それで、新敷地をスタッフと再度確認しに寄った次第です。

 4つ目の現場へ向かう途中、門真のPanasonic本社前を通りました。

 創業者、松下幸之助翁の銅像が見えます。

 創業100年の2018年にオープンしたパナソニックミュージアムが面白いと聞いているのですが、日曜が休館日につき未だ訪れたことがなく……

 新Ohanaの工事中に、何とか訪れたいと思っているのです。

 隣あうさくら広場は安藤忠雄の設計だったはず。

 満開の時期なら尚楽しいでしょう。

 淀川を渡り、「The Longing House」の現場に到着しました。

 こちらでは、電気設備の位置決め最終回。

 学生君にも手伝って貰い、みっちり4時間の打合せを終えたのが18時。

 体の頑丈さには自信がありますが、帰りの車では少し眠かった。電車移動なら昼寝が出来ますが、車はそれが出来ないのが難点です。
 
 21歳の時、自分の将来をどう考えていたのだろうと思い出してみます。

 高校生の時に、建築家として生きて行きたいと決めたので、職業は決めていました。

 ただ、具体的に誰に師事したいかなどは、明確なイメージを持てていませんでした。それで、父の友人に紹介して貰った建築家の下へ弟子入りするのですが、これが完全に失敗でした。

 自分の意思で決めた訳ではないので、言い訳が先に立つのです。

 「でも……」「だけど……」「仕方がない……」

 全部NGです。

 以来、悔いのない決断をすることを心掛けてきたつもりなので、この話はオープンデスク生によくしています。

 学生君が「所長から、ネガティブな言葉は聞いたことがないですね」と言ってくれました。

 それはそうです。特にりっしんべんに亡くなるという日本語は絶対使わないようにしています。英語で言えば ”busy” のあれ。(英語はOKということではないのですが)

 ハリー・ポッターで言えば「ヴォルデモート」みたいなもので、使えば使う度、心を亡くしていくと教えて貰ったからです。

 以前は嘆いてばかりでしたが、全ては仕事が教えてくれました。嘆いていても誰も助けてくれませんし、それなら一つでも二つでも手を打つべきです。

 今、Yahoo!で「オープンデスク」と検索すると当社は6位にでてきました。一時は1位だったので、よく「オープンデスク日本一」と言っていたものです。

 どんなことでもそうですが、誰かが必ず一番になります。私がその一番に絶対なれないという法律はありません。そんな気持ちで、いつも自分を、チームを鼓舞してきました。

 失敗することを恐れるよりも、真剣でないことを恐れたい。
-松下幸之助- パナソニック創業者

 さあオープンデスク君、どちらが真剣か、僕と真剣勝負だ。何せウチは、オープンデスク日本一だから。

 こんな感じが嫌いでない学生は遠慮なく応募下さい。

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

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続・幸福論「笑うからしあわせ」‐1772‐

 通りがかった庭先から、ナンテンが顔を出していました。

 これだけ立派なものはなかなかお目に掛かりません。


 「難を転じるからナンテン」

 鬼門封じが駄洒落ですから、日本人も逞しいものです。

 二十四節気は中国の暦のようなもので、1年を24等分して季節を表す名前が付けられています。

 等分だとは分かっていませんでした。

 2月の初めには「節分」があったので、次は15日後の「雨水」です。 

 「雨水」は雪から雨に変わる頃という意味で、春を表す季語としても使われます。

 娘の誕生日もこの時期で、ささやかながら家族でお祝いしたのです。 

 最近はめっきり減ったのですが、「コメントがあった」とブログのシステムが知らせてくれました。

 久し振りだなと思い見に行くと中條先生からでした。

 中條先生は高槻中学・高校で国語を教えて下さった恩師で、昨年6月に『蒼穹』(そうきゅう)という句集を出版されました。

 ご連絡頂いたお礼に、私も著書を送らせて頂きましたが再読して下さったとのこと。

 ここまで褒めて貰ったことは、これまでの人生でもちょっと思いつきません。

中学二年生で初めて会った当時野球部の
生徒さんは今… 「ゲツモク日記」という
とても上質(上から目線でごめんなさい)
なブログを毎週月曜日と木曜日に更新し
続けています… 上記最新記事は花の画像
から始まっています… 仕事のプロは仕事
以外を語るプロでもある… いい文章です。


 私は人を褒めるのが得意ではありません。

 それは、中学生以降の人生でほぼ褒めて貰ったことが無かったからだということは自覚しています。

 親からすれば「褒めるようなことがひとつも無かった」と言われれば全くその通りで、返す言葉もありません。

 また、スタッフにしても子供にしても、素晴らしいと思えば最大限の賛辞を贈りますが、褒めて育てるという気持ちもあまり持っていません。

 嘘っぽい言葉を発するのも嫌ですし、それで本当の成長があるとも思えないからです。

 ただ、言葉の専門家に褒めて頂くのがこれ程嬉しいことなら、考え方を少し改めなければなりません(笑)
 

 先生もアランの『幸福論』を取り上げて下さったので、よく知られた行ですが引用してみたいと思います。

 幼な子がはじめて笑うとき、その笑いは何ひとつ表現していないのだ。しあわせだから笑っているのではない。むしろぼくは、笑うからしあわせなのだと言いたい。幼な子は笑って楽しんでいるのである。ちょうど食べて楽しむのと同じように。

-アラン- 哲学者

 アランは特に難しいことは記していません。かつ押しつけがましいところもないのが素晴らしいのです。

 しかし規則をつくりたいと書いています。

 「ほんとうの生き方」の中に、ぼくは「楽しませるべし」という規則を入れたい。

 アランのよく知る男の言葉として紹介されていますが、彼はこの規則によって、自分の性格までもつくり変えてしまったそうです。

 嘘を言わないで卑劣にもならないで、機会が訪れる度いつも楽しませる。

 「仕事というのは、サービス精神を忘れたらおしまい」という、松本人志の言葉とも重なるのです。

 教え子の教え子になる雨水かな
 
 今回、先生がピックアップして下さったのは、以前も触れようか、触れまいか迷った句でした。

 雪が雨になるという季語から、教え子からも教えられることがあると、心が融解していく様を詠んだものでしょうか。

 時期なのか年齢なのか、もしくはその両方なのか。要らない拘りが融けて行く。そんな実感は私にもあるのです。

 
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着こなし、住みこなし‐1766‐

 

 昨年秋のことですが、「黒壁の家」を訪れました。

 南から日を受けてマッシブ(塊的)な外観が青空に映えています。

  2014年完成ですが、敷地がかなり特徴的でこのようなプランになりました。

  下が南ですが、建物は南に対してどう開くかが重要です。

 西側正面からの外観は、当社の作品の中でも「格好いいランキング」を付けたなら、かなり上位に入ると思います。

 正面は来客用の駐車スペースで、その横にある自転車置場の屋根が、この建物の印象を決定づけていると思います。

 計画の当初、奥さんは「私あまり植物を育てるのが得意じゃないんです」と。

 それなら「そんなに水やりを気にしなくて良い方法を考えます」と提案したのが、この屋根の開口部です。
 

自転車置場の屋根が全てここに落ちるよう考えたもの。



 現場へ出したスケッチが図面に貼り付けてあります。

 その効果があったのかなかったのか。ブルーベリーは立派に育っていました。

 いずれにせよ、結果良ければ全て良しなのです。

 室内も、とても美しく保たれていました。

 庇の位置、大きさも入念に検討しました。

 人は感情に左右されますが、太陽の動きは常にルール通り。

 
 旗竿敷地に、F型プランはとても相性が良いのです。 

 久し振りに寄せて貰ったのですが、家族が増えていました。 

 これだけ好きな色が統一されていると気持ち良いのですが、まさかワンチャンの毛色まで一緒とは。

 奥さんが「守谷さんが、好きな色があるなら合せていくのもひとつの方法ですと言っていたので」と。

 言うは易し、行うは難しなのです。 

 中庭にあるのはイロハモミジです。

 

 とても良い感じに育っていましたが、お隣との目隠しは、正面の窓に対してだけでした。

 出来ればもっとプライバシーを保ちたいとのことで、建築会社と一緒に訪問したのでした。

 その塀が完成したので遊びに来て下さいと声を掛けて貰い、土曜日に再訪しました。

 打って変わって雨模様でしたが、晴れ空とは違った趣があります。

 この日は、ご主人、お子さんとも会えました。

 完成時は3歳だった娘さんが小学5年生。お兄ちゃんは中学2年生で、見違える程背が高くなっていました。

 近況報告を兼ねて、ご夫妻と色々な話をしていましたが、「近所の人は、中がどうなってるんだろうと思っているみたいですよ」と言う話が一番面白かったです。

 あっという間に1時間半が経ち、昼ご飯前には失礼することにしました。

 

 帰り際、服や靴が大好きなご主人のコレクションを見せて貰ったのですが、さらに充実度が増しています。

 建物に拘りのある方は、おしゃれな方が多いのですが、ファッションなら「着こなし」という表現があります。

 ご家族の為だけに設計しているので、必ずフィットすると思っていますが、その表現を借りるなら、「住みこなし」というの言葉がぴたりとくるかもしれません。

 拘りはあるが、良いと思えば人の意見も素直に聞ける。そういったご夫妻のキャラクターが、この幸せの景色を作っているんだろうな、などと考えていました。

 物創りこそが我が人生です。

 「さあ現場!」と気合を入れ、そのまま移動したのです。

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蜃気楼とレンブラント考‐1763‐

 年始から、あっという間に2週間がたちました。

 2度目の緊急事態宣言もあり、落ち着かないところもありますが、するべきことを粛々と進めるだけです。

 寒い日が続きましたが、昨日今日と幾分寒さが緩みました。

 建築設計の仕事は、大きく分けると3つの段階があります。

①企画提案から基本設計

②実施設計と見積り調整

③現場監理

 この他に「建築確認申請業務」等もありますが、概ね各プロジェクトは、3つの段階に分散しています。

 ①②はアトリエにて、③は現場へ。

 現場も増えてきたので、2008年から「現場日記」として独立したブログとしたのです。

 車で行く場合も多いのですが、景色的には電車よりも変化があります。

 天満橋から中之島を見返す景色は、水都大阪らしいもの。

 一本西の天神橋筋も目に楽しい通りです。

 関テレ本社とハトのシルエットがなかなかのものでしょうと自画自賛。

 もう少し北へ行けばJR天満駅あたりのガードをくぐります。

 安くて美味しい店が沢山あったなと、若干懐かしい気さえしてくるのです。

 晴れの日ばかりではないので、普段から日記用にパシャパシャ撮るのが習慣になっています。

 その甲斐あってか、年始の東京行きでは蜃気楼を撮影できました。

 広辞苑で蜃気楼を引くとこうあります。

 地表近くの気温が場所によって異なる時、空気の密度の違いによって光線が屈折するため、地上の物体が空中にう案で見えたり、あるいは地面に反射するように見えたり、遠方の物体が近くに見えたりする現象。砂漠・海上、その他空気が局部的に、また層をなして、温度差をもつ時などに現れやすい。富山湾で春に見られるのが有名。

 これまでに蜃気楼の写真は、2回UPしていました。

 1回目は2014年9月15日の琵琶湖

 2回目は2019年1月10日の相模湾です。

 どちらも、実際の景色は素晴らしかったのですが、写真でみるといまひとつで……

 今回は、はっきり写っていました。

 千葉側の工場地帯の景色だと思いますが、東京湾はよく蜃気楼が見れるのでしょうか。

 タンカーも完全に浮いており、私的には納得の写真です。

 光と空気の織りなすショーは儚く、美しいものでした。

 『自画像』 1658年

 その日あったこと、あるいは感じたこと考えたことを形に残さなければ、何もなかったことと同じになる。

-レンブラント- 画家

 もしこの日記を書いていなければ、写真を撮る張り合い、メモを取る頻度、もっと言えば全てのことに対する興味まで、全く違ったものになっていたかもしれません。

 そう考えると、オランダ史上最高の画家、レンブラントにも少し胸を張って「それだけはやってます」と言えそうです。

 ただ、日々劇的なことが起こる訳ではないので、日常の風景をどう切り取るかで、何かしらの「論」を書くことは出来ると思っています。

 大切なのはカメラ位置とアングルです。

 小さな説を書くのは小説家。

 建築を創るのが建築家。

 小さな論を勝手に唱えるので、小論家とも言えます。

 何かを誰かに伝えたい、分かち合いたいという気持ちは、おそらく本能ですが、だからと言って、勝手にその能力が向上することはありません。

 レンブラントが極めて美しい光を描けるのは、そのことを誰より分かっていたからだと、その言葉が物語ってます。

 光の画家の作品が中之島の国立国際美術館に来ています。何とか時間を作って訪れたいと思っているのです。

■■■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載

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人生は総懺悔‐1762‐

 今日は成人の日ですが、式典の延期や中止の報道もありました。

 新成人の方々は忸怩たる思いだと思いますが、まずは生きていればこそ。その忍耐は、必ず活かされる時がやってくると思います。

 彼らだけでなく、今は我慢の時です。

 年末のことですが、大坂七墓のひとつだった長柄墓地(現在は大阪市設北霊園)に立ち寄る機会がありました。

 昨年は梅田墓地の発掘調査の話も取り上げましたが、現代の大阪の真ん中に、これだけ大きな墓地があるのかと驚きました。

 それでも往時の2/5の規模だそうです。

 お盆あたりと年始くらいは毎年墓参りに帰っていたのですが、今年も難しいかもしれません。

 年末から画像だけ上げていた、12月28日発売の『suumoリフォーム(関西版)』

 内容には触れていませんでした。

 今回、作品掲載はないのですが、「満足度アップのために、デザイン力のある会社を選ぶコツ」という私のインタビュー記事が掲載されました。

 一昨年発売された『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』 では「回遊できる家」が掲載されました。

 その取材に来てくれたライターさんが「守谷さんの話しが、フラットで分かりやすかったから」と編集部に推してくれたようです。

 お代を頂いての取材は、やはり光栄なことです。

 ところが発売の少し前に、編集部から「suumoリフォーム情報誌シリーズを休刊します」という案内が届きました。

 よって今回が最終号なのです。

 私は紙媒体が大好きですが、web全盛の時代になり、さらに非接触が加速する中、時代の変化は誰にも止められません。

 これは他人事でなく、自分達も進歩、変化していかなければ、時代の藻屑と消えてしまうのです。

 紙媒体と言えば、年賀状も減る一方というニュースばかりです。

 アトリエmとしては、お世話になった方々に、「一所懸命に頑張っています」という報告のつもりで、出来る限り出すようにしています。

 今年の作品は結構迷いましたが、年末にUPしたばかりの「ときめく紺色の家」にしました。

 家族用は、夏の八ヶ岳行きにしました。

 高槻中学、高校の同窓会の幹事を引き受けているのですが、昨年末の開催予定が、この状況でひとまず1年延期しました。

 恩師や同級生からの年賀状にも、同窓会に関してのコメントをいくつも貰ったのです。

 「オリンピックもどうなるか分からないので、難しそうですね」

 「楽しみにしているので、是非開催してください」

 概ねのこのような意見でしたが、こんなコメントもありました。

 「考え方を変えて、デイキャンプ形式にしてみてはどうですか?」

 なるほど、そんな考え方もあるのかと思ったのです。

 秋までには方針を決めなければなりませんが、私なりに全力で判断しようと思います。

 幹事をしている関係から、『高槻の歩み つたえる・つながる・つくる』の編集部から、昨年の夏にお亡くなりになった、澤田先生への追悼メッセージを貰えませんかと連絡を貰ったのが10月のこと。

 こちらは年末に冊子が届きました。

 悪かった自慢をしたい訳ではなく、素直に澤田先生へ気持ちを綴ったつもりです。

 中学1、2年の担任だった澤田先生は国語の中でも古文が専門でした。

 源氏物語、方丈記、徒然草と、当時はろくに授業も聞かずで、成績も最低。

 何故あれ程魅力的な古典を、しっかり澤田先生から学んでおかなかったのか……

 行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。 

 たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人の住まひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。

 『方丈記』 鴨長明

 川の流れはとどまることなく、元のままということはない。よどみに浮かぶ泡は、消えたり、生まれたりで長くとどまることもない。この世の人も住みかも同じようなものである。

 美しい都に軒を連ね、住まいで格を争う、身分の高い人も、低い人もがいるのはいつの世も変わらぬものだが、昔からある家は稀である。ある家は去年焼けて今年新築してある。大きな家はなくなり小さな家となっている。住む人も同じようなものだ。住む所が変わらない人も多くはいるが、ずっと昔から代々住んでいる人は2、30人のうち僅かににひとりかふたりだ。朝亡くなり、夕方に生まれる、水の泡と同じようなものなのだ。

 私なりに意訳してみました。答えは見ていないので、澤田先生に採点して貰おうと思います。

 中高の成績は270人中、大体が下から2番目でした。

 もう1人強者(表現がおかしい!)が居たのですが、中学で辞めてしまったので、もしかすると高校時は最下位だったのかもしれません。

 そんな私が幹事の代表をしているのは、総懺悔に他なりません。

 迷惑を掛けた先生、手を出してしまった同級生、通学中に喧嘩になった他校の……

 もうきりがありません。

 アトリエmを興してから少し経った時、何故か「人生は総懺悔」という言葉が頭に浮かびました。それから気持ちが楽になりました。

 お詫び、お詫び、お詫び。

 働く、働く、働く。

 もうこれしかありません。

 澤田先生とともに、ご迷惑をお掛けした先生、同級生には総懺悔し、精一杯働くことを年始にお誓い申し上げるのです。

■■■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載

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【News】
■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■9月11日発売『リフォームデザイン2020』「回遊できる家」掲載
■5月16日『homify』(英語)の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■5月10日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行に巻頭インタビュー掲載
■2月13日 『Best of Houzz』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

違和感センサーを信じろin東京‐1761‐

 初めて東京を訪れたのは、6、7歳の頃だと思います。

 上野動物園へ、初代パンダのカンカン、ランランを見に行きました。

 かなり長い行列に並び、一瞬でパンダエリアを通過した(させられた)ことを覚えています。

 40年前、パンダ詣での後に東京タワーにも上りました。

 子供達もなぜかスカイツリーより東京タワーに興味を示します。

 今回良い写真が撮れませんでしたが、名古屋テレビ塔、通天閣と内藤多仲設計のタワーは魅力があるのです。

 今回の目的は大学巡り。

 折角ならと日本の最高峰、東大の赤門を訪ねますが「在校生のみ入校できます」とつれない返事。

 少し北にある正門から遠く安田大講堂を眺め、本郷を後にしました。

 そのまま南下して、御茶ノ水にある明治大学へ。

 当時憧れていたビートたけしの母校でもあり、2度受験しました。

 よって、このあたりが青年守谷の初めての東京体験になります。

 18歳、19歳の頃、何を思っていたのだろうと懐かしいのです。

 西に5km程行くと早稲田大学。

 初めて訪れましたが、すぐ手前に日本のガウディこと梵寿綱(ぼん・じゅこう)さん設計の「和世陀(Waseda el Drado)」がありました。

 こんな驚きも、街歩きの醍醐味です。

 大隈記念講堂は凛として美しく。

 初代総長、大隈重信像も初めて実物を見ました。

 普段は子供に「口角を上げて」と言いますが、への字口もなかなかにチャーミングなものです。

 私設はとバスツアーで、子供達の反応が意外に良かったのが国会議事堂と警視庁。

 名探偵コナンで見たからだそう。

 岡田新一設計の最高裁判所は妻が高評価。

 反対に東京駅への反応は今ひとつでした。

 辰野金吾の魅力はなかなか伝わらないようです。

 一番興味深そうだったのが皇居です。

 元は江戸城であることと、現在は皇族の住まいだと伝えると、こんなに大きいんだと驚いていました。

 桜田門外の変もポイントのようです。

 その皇居の横を抜けて、首都高速へ。

 自分の車で本格的に東京を走るのは初めてで、それも楽しみにしていたのです。

 狭い高速は大阪で慣れていると思っていましたが、首都高は想像以上に狭くて複雑。

 トンネルが多いことも聞き知っていましたが、分岐が多くてまるでアーケードゲームのようでした。

 ブラモリタニ東京編の開催中、やってしまいました。

 交通違反キップを切られ、-2点で罰金9千円。

 罪状は「信号無視」です。

 場所は「壱岐坂(いきざか)交番前」。

 東大へ向かう際、本郷三丁目から右折北進ができず。

 一旦行き過ぎて、東京ドーム前で左折し壱岐坂通りに西から入り直しました。

 安全運転を心掛けているつもりなので「信号無視」と言われ、あっけにとられました。

 ただこの交差点、まるでトリックです。

 空撮で見ると、左が東京ドーム。

 東(右)に進むと、まず「壱岐坂交番前」手前の信号を通過します。

 この時信号は青。

 しかし「交差点内」に侵入すると、次の信号が黄色に変わりました。

 何だか変な景色だなとは感じたのですが、その先に白バイが見えていたので、更にスローダウンすると、信号をくぐる際には赤に。

 すると、身振りで路肩へ誘導されたのです。

 「信号で止まってください!と合図していたのですが、停止線に気付かれませんでしたか?」と。

 空撮で見ると確かにあります。

 ここは交差点でなく、2つの信号続いているだけなので、赤なら停止しなければならないので、信号無視だと。

 これが正しい風景ですが、どうしても交差点内に止るという感覚になります。

 「四丁目の家」やseven dreamers 「ginza Tokyo」「 shibakouen tokyo」の仕事をしていた際、このあたりの宿が安く良く泊まっていました。

 街を歩いていても「東京は信号のない交差点が結構多いな」とか、「間延びした交差点が多いな」とか思っていたのです。

 この交差点も歩いたことがあるので、何か違和感を感じていたかもしれません……

 説明を聞くと抵抗しても無駄と分かりました。

 「ここはお上りさんには辛いわあ」と言うと、「都会は標識も多いので、よく注意して走って下さいね」と。

 「大阪も標識は結構あるけどね」と返しておきましたが。

 言い訳する訳ではありませんが、ここは間違いなく彼らの「猟場」です。

 「停止線」が手前にあるので言い逃れは不可能です。

 ただ、本当に「止まれ」というのなら、停止線の横で大きなジェスチャーで伝えてくれれば良いのですが。

 車の異音にしても、ボートのステアリングのガタつきにしても、何か「違和感」を感じたなら、やはり何か起こります。

 本田宗一郎がヘリコプターで移動し、目的地に到着しました。

 ヘリコプターから降りる際、パイロットに「ローターリーの○○の部品が摩耗しているから変えておいた方がいい」とアドバイスしました。

 実際にバラしてみるとその通りだった、という話を聞いたことがあります。

 人の感じる能力はここまで伸ばせるということですが、感じるセンサーが敏感でることに加え、自分を信じる勇気も必要になってきます。

 何かしらの違和感を、しかも数年に渡って持っていたのを、実際の行動に置きかえれずで、悔しいのひとことです。

 今回の件で、ゴールド免許がまた普通の色に戻ってしまいました。

 先月、東京行きを迷いに迷っていると書きました。

 その回で、ビートたけしの出世作「赤信号、みんな渡れば怖くない」を紹介してしまいました。

 この場では、ネガティブなことを書かないと決めているのですが、若干違和感を感じながらも書いてしまったのです。

 その結果がこれ。

 人生は本当に心のままに導かれますが、まるでコントのようなオチがつきました。全ては自分の心の産物だったのです。

 東京の人は皆知っているのだと思いますが、「壱岐坂交番前」は要注意なのです。

■■■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載

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家康が愛した街、家康が愛された理由‐1760‐

 新年あけましておめでとうございます。

 2021年は年始から穏やかな好天に恵まれました。

 状況が状況なので迷いましたが、このタイミングしかないと思い、静岡、東京行きを決めました。

 1月2日の早朝に大阪を発ちました。

 東名を走っていると、静岡側からの富士山が見えてきました。

 大阪から300km。静岡インターで高速を降ります。

 静岡県は何度も来たことがありますが、市内は初めてだと思います。

 1時間程で所用を済ませました。

 地図を見ると、「三保松原」の文字が見えたので、海沿いまで走ってみました。

 近くに御穂(みほ)神社があったので、まずは初詣で。

 やはり人出は少な目です。

 一年の健康と安全を祈念してから「神の道」を歩きますが、これがなかなか雰囲気があるのです。

 10分位歩くと、駿河湾が見えてきました。

 青い海に白い波。

 そして一筋の雲に冠雪した霊峰富士。

 まさに絶景でした。

 駿府城公園にも立ち寄りました。

 櫓は見えますが、残念ながら天守閣は残っていません。

 徳川家康は三たび駿府に入り、最後の地に選んだことでも知られます。

 中心街のすぐ北にありますが、現在は広大な公園として開放されています。

 正月らしく、凧揚げをしている家族がいました。

 中央部あたりにある家康像です。

 鷹狩りを好んだ家康らしく、左手には鷹が止まっていました。

 戦国時代、駿府城は強大な勢力を誇った今川家の城でしたが、家康は人質にとられ、7歳から18歳までをここで暮らしました。

 しかし、信長が桶狭間の戦いで今川義元を討つと、今川家は急速に衰え、1568年武田家に追放されます。

 1582年、今度は家康が武田家を追放し駿府に戻ります。

 ところが今度は秀吉の時代となり、1590年に関東へ移封され再びこの城を出ることになるのです。

 秀吉が世を去り、関ヶ原の戦いで勝利した家康は、1603年、征夷大将軍に任じられ江戸幕府を開きます。

 パックストクガワーナとも呼ばれる、270年に及ぶ太平の世の礎を築いた家康は、1607年に秀忠に征夷大将軍を譲り、大御所となって三たび駿府に戻ったのです。

 そして75歳という長寿の人生をこの地で終えました。

 静岡の人は家康がこの地を愛した理由を4つのキーワードで語るそうです。

 水、空気、海、そして雪が降らない

 十分に感じることが出来ましたが、今度は水を知る為に、何か地の物を食べてみたいと思います。

 関西での暮らしが好きですが、山のある景色だけは少し物足りないかもしれません。

 富士山、磐梯山、岩木山に開聞岳。

 「良い山がある町から大人物が育つ」と聞いたことがあります。

 家康が天下を収めた理由は富士山だけではないと思いますが、単純に顔が上を向くだけでも、人生が違ったものになるとも思うのです。

 評論家、谷沢永一は著書「人間通」でこんなことを書いています。

 彼奴には至らんところが多いけれど、なにしろ可愛気があるから大目に見てやれよ、と寛大に許される場合が殆どである。(中略)才能も智恵も努力も業績も身持ちも忠誠も、すべてを引っくるめたところで、ただ可愛気があるというだけの奴には叶わない。人は実績に基づいてではなく性格によって評価される。

(中略)

 可愛気の次に人から好まれる素質、それは、律気、である。秀吉は可愛気、家康は律気、それを以て天下の人心を収攬した。律気なら努めて達し得るであろう。律気を磨きあげれば殆ど可愛気に近づくのである。

 可愛気は全く自信がないのですが、律気なら何とかできそうな気がします。

 磨きあげれば、殆ど可愛気に近づくという言葉には随分救われた気がします。


 
 先程東京から戻ったのですが、ひとつやらかしてしまいました。

 続きは木曜日にUPします。

 今年も一年、宜しくお願いいたします。

■■■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載

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2020年 暮れは元気にご挨拶‐1759‐

 本当に色々あった2020年もあと数時間となりました。

 勝手ながら、私の1年を振り返ってみたいと思います。

1月 サクラサク‐1660‐

 娘が希望校に合格してくれました。

 もう遙か昔のことのように感じますが、これからも努力は必ず報われると信じ、素晴らしい学生生活を送って欲しいと願います。

2月 怒るで、しかし!‐1664‐

 車で15分程のところにある八尾空港。

 今まで縁が無く訪れたことが無かったのです。
 
 天才芸人、横山やすしがプラベートセスナを置いていたのもここです。

 しばし「やッさん」の幻影を追っていました。

3月 磯崎へ、空間へ‐1567‐

 建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞。

 磯崎新受賞のニュースが飛び込んできました。

 遅すぎた感もありますが、私の中の磯崎を綴ってみました。

4月 夢や憧れで終わらせるのではなく‐1683‐

 4月7日、安部首相は緊急事態宣言を発令しました。

 しかし、人は何が起こっても生きなければなりません。

 東急リバブルが、タワーマンションに住む富裕層へ送る冊子『Sumikata』の巻頭に取り上げて貰いました。

 「夢や憧れで終わらせるのではなく」

 なかなかに良いコピーだと感心したのです。

5月 馬鹿であれ‐1693‐

 コロナ下の社会になり、学校や、習い事も含めて、大きく生活様式も変わりました。

 水泳をしている甥っ子たちは、駐車場にプールを置き練習を始めました。

 創意と工夫。

 彼らを見て、その気になれば何だってできるのだと改めて教えられるのです。

6月 土師ノ里で、逃げ恥を考える‐1704‐

 今年は数十年振りにドラマを観ました。
 
 勿論「半沢直樹」です。

 「逃げるは恥だが役に立つ」も今年ヒットしたドラマで、「逃げ恥」と略されました。

 攻め一辺倒の印象がある信長ですが、1570年、越前朝倉氏との戦いで浅井長政の裏切りにあいます。

 その際に朽木街道を一目散に逃げ帰ったことにむしろ凄みを感じると、司馬遼太郎は語ったのです。

7月 ちょっと相当ヤンチャな愛嬌‐1709‐

 中学、高校と国語を教えて頂いた恩師が、句集を出版されました。

 私の事も覚えて下さっており「ちょっと相当ヤンチャな愛嬌」とお褒め頂きました。

 褒めている?

8月 八ヶ岳の麓にて‐1720‐

 大学の同級生で、同職の友人は、長野県野辺山に別荘を持っています。

 初めて寄せて貰ったのですが、八ヶ岳の麓で避暑を初体験したのです。

9月 表紙、頂きました‐1729‐

 出版社から

 リノベーション事例「回遊できる家」様を拝見しました。本書に掲載をお願いしたくご連絡しました。

 というメールが届きました。

 そしてこう返しました。
 
 出来るだけ前のページで、出来れば表紙でお願いします(笑)

  「回遊できる家」と指名頂いたので、そうしようと思います。

  楽しみにしております。

 で、表紙の一番上を頂きました。

10月 ほぼモビルワーカー‐1733‐

 モビルワーカーは「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」に出てきました。

 ガンダムやザクなどをモビルスーツと呼ぶのですが、その原型となった作業用ロボットという設定です。

 重機を操る人をオペレーター、略してオペさんとか呼んだりします。

 オペさんは、未来の凄腕のパイロットの可能性が高いのです。


11月 熊に驚き、感謝する‐1746‐

 愛しの池原ダムで、ついに熊を見てしまいました。

 今年はドングリが不作で、街中へ熊が出没などというニュースをよく耳にします。

 まさか遭遇するとは!というのが本音です。

 真近にみる熊は完全なる獣で、恐々へっぴり腰でビデオを回していたのです。

12月 奥さんの念願が叶いました‐1758‐

 夏に竣工した「ときめく紺色の家」

 コロナ真っただ中でしたが、工事は非常に順調に進みました。

 そして秋口に撮影した写真が先日上がってきたのです。

 幸せの景色がそこにあった時、全ては報われます。

 そういえば、この計画の実施図面完成は、香港行きのフライト3時間前だったなあ……などと思い出すのです。

 最後に大晦日番外編です。

 1ヵ月振りの休みで、この寒い中、飛ぶように池原ダムへ行ってきました。 

 寒い寒いとは聞いていましたがこのレベル。

 雪景色の池原ダムも珍しいので動画もUPしておきます。

 元スキー部で、冬の北海道を走り回っていたとはいえ油断は禁物です。

 愛車にバックフォグなるものがあるのを発見しました。

 これで後続車もよく視認できるはず。ディスカバリーは本当に頼りになる車です。

 トボトスロープも完全に雪国。

 愛艇の方もこの通り。

 こちらの雪掻きの方が時間が掛かりました。

 北ワンドも普段とは全く違う景色です。

 この雪の大晦日。誰もいないのかなと思っていたら、何艇かとすれ違いました。

 しかし流石に少ない感じ。

 それなら普段は混んでいる前鬼筋へ行ってみることに。

 風が吹くとダイヤモンドダストみたいでとても美しいのです。

 その後、ガツンときました。

 47cm、1.8kg。

 かなり深いところの魚なので真っ白。ホワイトバスです。

 ランディングした時は「もしかしてコイ?」と思ったくらいですから。

 どうぜ数は釣れないと思っていたので、デカいの狙いでこんなルアーばかり投げていました。

 真ん中のルアーで釣ったのですが、深い所に沈めて使うディープトレーサーというおもりの変形版を装着しています。

 このリグの開発者に、よくトボトスロープで会うのですが、次に会ったら絶対お礼しようと思います。

 2020年の最後の夕日を見ながら撤収です。
 
 最高の釣り納めになりました。

 ただ、帰りは-5℃まで気温が下がり、慎重運転で疲れましたが。

 

 ここ数年、ずっと温めてきた企画がこの写真です。

 「年の瀬の瀬」です。

 しかし思った以上に水が流れておらず、迫力も、美しさもイマイチ(笑)

 今年は手前味噌ながら本当に良く働きました。

 馬鹿みたいに働いて、休みが出来たら池原へ。

 そのお陰で、元気に楽しく働けているとも言えるので、本当に感謝、感謝なのです。

 今年もこの「ゲツモク日記」「現場日記」にお付き合い頂きありがとうございました。

 2021年も皆さまにとって、素晴らしい一年となることを確信しております。

2020年12月31日 守谷昌紀

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