カテゴリー別アーカイブ: 01 旅・街

神戸元町

 先週の木曜日、神戸の元町へ行っていました。

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 2002年から2003年にかけて、すぐ駅前にある商業ビルの改修をしていたので、よく来ていました。

 久し振りでしたが、テナントも入っており安心しました。

 駅前の道路を南に渡り、ビルの脇を抜けると神戸元町商店街です。

 更に南に行けば中華街。インフルエンザ禍も過ぎ、湯気の上がる屋台の点心にも、行列が出来ていました。

 中華街を抜け、更に南へ下るとメリケンパーク。ここまで駅から10分弱です。

 反対に駅から北に向かへば、10分歩くと山の手の雰囲気に変わります。

 山と海の近さが、神戸独特の変化ある風景を作っているのです。

 海沿いにはポートタワーもありますが、私としては、フランク・O・ゲーリーのフィシュ・ダンス。

 抽象でもなく、具象でもないのに、チープではないこの感じ。

 巨匠と呼ばれるに相応しい仕事です。

 金属のメッシュで構成されたウロコが、やや錆びており、さらに良い感じです。

 製作は、安藤忠雄の監修だったとは知りませんでした。

 会合を終えると10:00pmでした。

 山手には、神戸の市章と錨のイルミネーション。

 小さい頃、夏休みは母方の里、香川で過ごしました。橋の無い当時は、カーフェリーで帰ってきます。

 夏休みは凄い混雑で、よく甲板に寝たものです。到着港は少し東の青木。このイルミネーションが見えてくと、夏休みが終わるサインでした。

 仕事の時は、用事が終わればバタバタと帰るだけ。今度ゆっくり中華街へでも来ようか……と思います。

箱根

 6月に入って初めての週末。梅雨入りする前に遠出してきました。

 富士山でも見に行こうかと、宿を探したがとれず、次の候補が箱根。私には未体験の観光地です。

 土曜日の5:30amに大阪を出発。名神、新名神、伊勢湾道を乗り継いで東名高速へ。

 最寄の御殿場ICまでは450kmほど。2度休憩して11:00am頃に着きました。

 そこから国道138号線を20km程走り、30分で到着です。トータルで6時間みておけば大丈夫そうです。

 まずは彫刻の森美術館へ。

 子供が触れて、遊べる作品が多いのは助かります。

 小さいうちにアートに触れるのは、とても良い事。

 展示室以外は撮影OKとの事でした。 

 中でも「ネットの森」は、素晴らしいの一言でした。

 堀内紀子〔1940-〕、2009年の作品です。

 何層にも重なったネットは宙に浮き、下に45cmの穴がいくつも開いています。

 そこから立体的なネットの隙間に入いり込み、登って行くのです。

 所々には、行き止まりの隙間もあります。

 上手く順に登って行くと、一番上はネットの平原。

 どの子供も大はしゃぎで、汗だくでした。

 芸術が人に貢献する方法は様々です。用途が明確なアートは、とても難しいのかもしれません。

 そうだとすると「ネットの森」は遊び心と、構造的美しさを兼ね揃えた、最高のアートと言えます。分かり易いことは全てにおいて素晴らしい事なのです。

 残念なのは小学生まで限定という事。入ってみたいと思うのは、絶対私だけではないはず。

 アントニー・ゴームリー(英)1993年の「密着」。

 作品名を聞かなければ、色々な解釈ができそうです。

 ピカソ、ミロからロダン、ヘンリー・ムーアー、ブランクーシ。加えて足湯までありました。

 今度は一日掛けて遊びたい所です。

 日曜日は、朝から旧東海道を尋ねました。

 江戸時代に整備された石畳が所々残っています。むせかえるような新緑の中、苔むした石畳にノミ跡を見て、350年前に思いを馳せます。

 ♪箱根の山は天下の険♪の通り、ここは難所中の難所。

 行って良く分かりました。日曜日だけで、2台のバイクが転倒したのを見たのです。一台はすぐ目の前で。

 幸い2人とも怪我はなさそうでしたが、もう少し命を大切に、とは思います。

 その難所を超えたら、眼下には芦ノ湖が広がります。湖畔の最も平地が狭い所には関所跡が。

 江戸時代、幕府は全国に53の関所を置きました。日本4大関所は他に、木曽福島(長野)、碓氷(長野)、新居(静岡)です。

 中でも江戸に一番近い箱根は、最も厳しい管理体制が敷かれていました。

 幕府は、大名の妻子を人質として江戸に住ませた為、特に女性の出国には厳しかったようです。

 武器の流入阻止と合わせて 「入り鉄砲に出女」を厳しく取り締まりました。

 近くにある「お玉ヶ池」は関所破りをして捕まった「お玉」という女性が、付近で処刑された事から付いた名前です。

 当初の目的は富士山。最後まで裾野しか見せてくれませんでした。 

 その目的も達していませんが、多くの美術館、温泉、歴史情緒……もう一度箱根に行きたいと思っています。

チエちゃんの住んだ街

 先週の新聞だったか「じゃりン子チエ」の母校が無くなるかも、という話題がありました。

 勿論モデルになった、です。

 大阪の下町にあるホルモン焼き屋を小学生が切り盛りするという人情漫画。

 アニメ版は時々観ていました。

 その程度ですが、テツ、小鉄、アントニオ、ヒラメちゃんなどスッと名前が出てくるものです。

 舞台は通天閣のすぐ近く。今でも新世界のシンボルです。

 近くを通ったので一枚撮ってみました。

 近くにはホルモン焼き屋まで。漫画の世界とは随分趣が違いますが。

 このあたりも、数少ない街の景色を持っている場所と言えます。作者のはるき悦巳氏は大阪市西成区出身で1947年(昭和22年)生まれ。

 記事には、自身が通っていた萩之茶屋小を想像させるのでモデルとみられる、となっていました。

 舞台は昭和50年代の設定となっていましたが、漫画の中の街の風景は、おそらく作者の幼少期、昭和30年台前半から、40年代前半までの記憶だと思います。

 私は昭和45年生まれですから、幼少期が昭和50年代の中盤。この頃の景色とそれまでの景色は大きく違いがあります。

 具体的に言えば、万博のあった昭和45年以降に建った家は、多くが木造モルタル塗りの家。それ以前は、板壁か、土壁に漆喰の家が主なのです。

 さほどの分岐点には見えませんが、この間に街の風景は大きく変わったはずです。小学校だった私も、自分の暮らす街より、漫画の中に出てくる街のほうに惹かれていた気がするのです。

 工場で出来た既製品と、職人が手仕事で作ったものとでは、絶対後者のほうが好きです。自然界に均質なものなど無いからです。

 手仕事で作ったものでも、工業製品からと、自然の素材からでは圧倒的に自然素材のほうに心は惹かれます。

 万博のあった昭和45年頃を境に流通が発達し、家の外壁なら土、漆喰、木から工業製品のモルタルやペンキが主役に変わって行ったのだと思います。

 それは、何の知識も持たない子供の目にも大きな違いだったのです。

2009年 ゴールデンウィーク

この4連休の間、5/4(月)から5/6(水)で和歌山に行っていました。

 5/4(月)は朝の5時半に大阪を出発して、9時前に串本海中公園に到着。

 前は何度も通りましたが、初めて訪れました。

 グラスボートも乗りましたが、水中展望台のほうが魚をゆっくり見れます。

 このあたりはテーブルサンゴが多く残り、海の中も南国の雰囲気です。

 何故か、海中にポストがある光景をイメージしていたのですが、ここでは無かったようです。

 そのまま、本州最南端の串本大島を東に、少し行き過ぎると、名勝橋杭岩。

 この景色も、観光気分を盛り上げます。

 初日はこのままホテルのある、南紀田辺まで戻りました。

 5/5(火)はこどもの日。

 天気が今ひとつだったので、白浜アドベンチャーワールド行きを一日繰り上げました。

 前日の人出が凄かったと聞いていたのですが、3:00pm頃入園。

 混雑はしていましたが、午前中の雨で若干出足が鈍ったようです。

 動物を見るサファリパークは、列車に乗っても廻れますが、この日は歩く事に。

 歩くとエサやりで結構楽しめます。エサ代は100円から200円くらい。

 天気が悪かったのが良かったのか、いつも寝ているパンダも活発に動き回っていました。

 日が暮れるまで遊んで、園内で夕食。この日は夕食を予約していたのですが、仕方なくキャンセル。

 子供の日なので、子供優先が当たり前です。特別な日なので仕方無いんです。でもたまの外食くらい……。半分冗談で半分本気です。

 最終日の5/6(水)も曇り空。

 この日も人出は落ちていると予想して、朝から白浜の中心地へ。

 千畳敷、円月島とならぶ白浜の景勝地、三段壁へ。

 断崖絶壁が有名ですが、その下に大きな海侵洞窟があるのです。ここに降りるエレベーターが何と1200円。

 その金額に敬遠していたのですが、熊野水軍の船隠場だったと聞けば話しは別です。

 男なら、歴史ロマンを感じてしまうのは私だけではないはず。

 本当に隠されていたか、今となっては知る術もありませんが、雰囲気は満点でした。金額通りかは別にしてお勧めしておきます。

 その後ホテルに戻り、前の海で子供と磯遊び。

 1:00pm頃、田辺を出発しました。

 このゴールデンウィークの渋滞はネクスコの予想をはるかに上回るものばかりでしたが、最終日は天候の事もあり、そこまででは無かった気がします。

 4:00pmには大阪に戻って来れました。

 ずっと海のそばに居たので、できれば釣りをしたかったのですが、それは盆休みの楽しみにとっておきます。

まんのう町、鳴門、津名 食べる旅 & 讃岐うどんの名店Ⅲ

先週末は、友人家族と旅行の約束をしていました。

しかし、下の娘が保育園でロタウイルスに感染。今朝あたりは随分良くなって来たのですが、土曜日はそんな状況になく、妻と2人で留守番に。

初めて長男と2人で旅行に出ました。

友人家族とは、夕方に徳島県鳴門にあるホテルで待ち合わせで、土曜日は釣りでもするつもりでした。

しかし雨風が強く、急遽香川県まんのう町に住む祖母を訪ねる事に。

今年で85歳。昔の元気はなくなりましたが、血色も良く1時間半ほど話をしました。歳を取ると、ひ孫と話すのが一番楽しそうです。

母の実家、香川県まんのう町は讃岐うどんの有名店がひしめきます。

近くに、そんな本出てくるお店が20店以上ありますが、私のお勧めは、1番「やまうち」、2番「山下うどん」。共に繁盛店ですが、流石に美味しいです。

今回は時間が遅めだったこともあり、超人気店「長田」に行ってみました。

うどん屋さんにあるおでんは、甘めの味噌ダレをかける店が多いのです。

卵、大根50円。スジ120円。

この店は「釜揚げ」が売りです。おでん、おにぎり、釜揚げの大と小で、900円弱でした。

しょうがは自分ですって、ねぎと一緒にダシの中へ。

太めの麺で、ノド越しと香りの素晴らしい釜揚げでした。子供も小をほぼ完食。

こちらも有名店の、元祖しょうゆうどん「小縣家」が辻向かいにあります。

まんのう町を後に、夕方には本日の宿に到着。

瀬戸内海を望む山の頂き付近に建ち、小豆島を見下ろします。素晴らしい眺めでした。友人家族が到着すると、近くの活け魚料理店へ。

造りとワカメ汁がとても美味しかったのですが、写真を撮り忘れました。

ほとんど同じ頃に生まれた長男同士は、たまに会っても非常に仲良く遊びます。

朝食の後、淡路島の津名にある、おのころアイランドへ移動して遊んでいました。

昼に予約してあった焼肉に向けて、私達も体を動かし、準備万全です。

淡路牛特集などあれば、ほとんど登場する「ありい亭」

友人が予約をいれてくれました。

自分達で飼育した淡路牛をだしているので、値段はびっくりするくらい安いのです。

特選バラ600円、塩タンは900円、キムチ100円。

ストレスの無い状態で育て、脂をつけすぎないようにしているとの事でした。どれも抜群に美味しかったです。

良く食べた子供達にはイチゴにアイスの入ったデザート。大人は、ピリ辛スジクッパ450円でしめ。

家族経営で、都心のサービスを期待するのは無理です。昨日も大繁盛で、一杯一杯の感じでした。更に予約なしは難しそうです。

しかし、大人3人と子供2人で9600円。品質と味を考えると、凄く安いと思います。どうせ行くなら、予約してでも行きたいお店でした。

ETCの特別割引もあって、香川県まんのう町まで高速代が2000円程。通常なら1万円弱は掛かります。讃岐うどん、淡路牛。食べるなら今、でしょうか。

2/14に生まれたら

先週末の土曜日はバレンタインデー。

その云われは、悲哀に満ちたものでもあります。

 Wikipedia参照

 2/14生まれの子供が2人。友人の長男3歳と私の娘1歳です。

 同じ誕生日なのだから一緒に祝おう、となりました。友人がホテルを予約してくれました。

 場所は京都の八瀬。大原三千院の少し南あたり。市街地から少し離れるだけで、随分静かなものです。

 関西に住んでいると、京都に宿泊する機会はなかなかありません。

 翌朝は、すぐそばにある叡山電鉄に乗って、鞍馬に行く事になりました。

 友人の長男はウチの長男と同い年。何故か気が合うようです。

 鞍馬駅の前には巨大天狗。

 長女は生まれた喜びも束の間、何度か入退院を繰り返しました。

 そんな事がうそのように、今ではよく食べ、よく笑い、よく怒ります。

 元気に成長していることに、ささやかで、この上ない幸せを感じます。

 まだまだ先のことです。しかしです。いつか、この日に愛の告白をする日がやってくるはずです。

 その日が誕生日だったら。それは良いのか、そうでないのか。1回や2回は何か言われそうです。何より、年頃になったら早く帰ってきてくれるのかさえ……

駄菓子屋とゲーセン

 子供を連れてスーパーへで掛けると、あれを買え、これを買えと言い出します。いつも「ダメ」では芸が無いと、お茶を濁しながらウロウロしていると駄菓子屋コーナーが。

 昔と変わらないものが結構ありました。懐かしいココアシガレットは30円くらい。大して味は無かったと思いますが、同じようなチョコレートもよく食べました。

 大阪の下町、放課後はやっぱり駄菓子屋です。

 紋次郎イカ、ドント焼き、うまい棒、10円でボタンを押したら出てくる丸いガム(色によってはお金が貰える)、キャベツ太郎、よっちゃんイカ、みかん水……。そんなものばかりを食べていました。

 その後は、褒められたものではありませんがゲームセンターです。通称ゲーセン。

 表でおばちゃんがタコ焼を焼き、裏の和室に絨毯を敷きテーブルゲームが5台ほど置いてあります。中は何故か真っ暗。そんな店が何件かありましたが、ひとつは、誰が付けたか「タコヒゲ」。

 いたいけな子供の小銭をタコ焼、ゲームで搾取する、極めて怪しい店でした。まあ行く方が悪いのですが。

 置いてあったのは、インベーダー、クレージークライマー、ラリーX、パックマン、ギャラガあたりだったでしょうか。同世代の男性以外、ほとんど分からないと思います。

 「誰々が中学生にカツ上げされた」とか、「誰だれは調子に乗ってたからシメられた」とか、不穏な情報は飛び交いますが、それでも皆集まってくるのです。

 そんな所には行かないに限ります。しかしそんな所で、社会の暗黙のルールを何となく感じ、生きる術を身につけてて行くのだとも思います。
 
 駄菓子屋はスーパーの駄菓子屋へ、ゲーセンはアミューズメントコーナーへ。それが現実ですが、あの怪しい感じは、必要悪だとも思っているのです。

ゆるゆると正月

 今日はすっきりと晴れました。気持ちの良い仕事始めです。

 元旦は朝から実家に行きました。

 年始の挨拶を済ませ、朝の内に近所の神社に初詣。

 戻ると少し早い昼食は、母が作ったおせち料理です。

 雑煮の餅はあんこ入り。母の出身の香川のもので、大阪の人は驚くのですが、以外に美味しいのです。

 長男と父は将棋の真似事を始めました。

 ほのぼのとしたものです。

 あくる1月2日の朝から、白浜に向かいました。

 海は荒れていましたが、風が強く空気は澄んで、冬の南紀もいいものです。

 白浜アドベンチャーワールへも行きましたが、1歳にならない娘は寒いだけ。

 イルカとクジラは怖かったようです。泣いていても、娘は可愛いだけです。

 長男とは年末に父に買って貰った自転車で、初のツーリングです。

 車通りの少ない、海岸沿いの道を行って帰って2時間。

 知らない間に随分体力がついていまいた。その後は3時間昼寝していましたが。

 正月気分は昨日まで。今日から全力始動です。

白川郷

 先週末訪れていた、白川郷について書いてみます。

 岐阜県の中央あたりに位置し、日本有数の豪雪地帯にある飛騨白川郷。

 合掌づくりの建築が評価され、1995年ユネスコ世界遺産に登録されました。

 いくつかの建物は、中を見学出来ます。

 山深くに住んだことは無いのに、窓からの景色に郷愁を感じるのは何故でしょう。

 合掌づくりの集落はいくつかありますが、一番大きいのが萩町。普通の生活を営む家も多くあります。

 街外れに納屋がありました。これも茅葺。「カヤ」とはスゲやススキの総称だそうです。

 何か凄みを感じます。

 屋根が茅ですから、草木も生えます。現代に、この暮らしを続けるのは大変でしょう。

 しかし、自然淘汰され残ってきたのですから、非常に強い建築の種と言えます。

 それを維持するのが、お金、人手とも大変なのですから難しいものです。

 陸の孤島と呼ばれ、独自の発達を遂げた白川郷ですが、今年の7月には東海北陸道が全線開通しました。

 白川郷は名古屋、金沢、富山と高速道路で結ばれます。

 それにともない、観光客が増加。インターチェンジから10分の所が3時間との予想もありました。

 それで、朝一番に萩町へ入ったのですが、お昼前後は凄い人出でした。

 この後、白山を超え、福井に向かいました。山頂付近から見下ろすと、確かに陸の孤島。

 その孤島に人が押し寄せるのですから、時代とは不思議なものです。私もその一人ですが。

 しかし自然界に存在する材だけで作られる家に、郷愁と安らぎを感じるのはごく自然な事かもしれません。