カテゴリー別アーカイブ: 02 ことば・本

「楽しい」と「楽しくない」の分水嶺‐1249‐

 今年の正月は、御岳山・開田高原で過ごしました。

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 長男と私がスノーボード。他の親族は皆スキーです。

 2014年の3月、「滋賀の家」のクライアントに、スノーボードを教えて貰って以来、雪上での苦悩が始まりました。

 開田高原では、嫌という程こけました。低温につき、全面アイスバーンで、あちこちにアザが出来る始末。

 得意なはずの雪上で、無様な姿をさらし続け、同じ日に始めた長男との差は開く一方なのです。

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 出来れば滑りたい長男。

 昨日は現場打合せの後、そのまま奥伊吹スキー場へ。道中に見えるのは伊吹山です。

 子供の頃、仕事終わりの2tonトラックで、ここに滑りに来た事があります。どこか近くの現場があったのでしょう。

 それでもトラックでスキーとは。父は、確実に私よりスキーが好きだったと思います。

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 奥伊吹スキー場は更に北。関西のスキー場も捨てたものではありません。

 気温が低かった事もあり、適度に雪面も締りグッドコンディションでした。

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 長男は、安定感が増してきました。

 子供は本当に呑み込みが早い。

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 やるからには、私も真剣です。ようやく、何とかターンしながら下りてこれるようになってきました。

 長男に、写真を撮ってみてと頼むと「こけても撮るで」と。

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 その通りに。

 意外に写真が上手いのかもしれません。

 相変わらず派手にこけていますが、また行こうと思えるようにはなりました。

 今回、ターンとターンのつなぎ目の体重移動を思い切ってするようにしました。自信なく、恐る恐るの体重移動が、逆エッジを引っかける原因ではないかと考えたのです。

 長男に言うと「そうやで」と。知ってたなら教えてくれですが、やはり、不安が上達を妨げていたと分かります。

 スノーボードを始めて延べ4日。「面白い」と「面白くない」の分水嶺が4日目にやってきました。

 現在、インターンシップに20歳の若者が来ています。元・高校球児で、動きもきびきびとして、好感が持てるのです。

 出来れば、仕事の楽しみ、仕事の苦しみ、そしてのその先にある充実を伝えることが出来ればと思います。

 「安楽は充実を生まない」   

 「恐れとは、信頼の欠如」  

 スポーツでも仕事でも、原理原則に違いは全くありません。

 しかし、仕事においての分水嶺が4日や4カ月でやってくることが無い事も伝えておかねばと思うのです。

ジーニアス‐1248‐

 昨日は、「KISHIWADA House」の現場へ行っていました。

 現場は、南海電鉄の駅から5分程です。

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 南海電車は、難波と和歌山を結ぶ私鉄。

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 関空特急のラピートが有名ですが、基本は青の鉄人28号バージョンです。

 プロダクトデザイナー・建築家の若林広幸の作品で、彼は京都の老舗漬物メーカー、西利本社も設計しています。

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 昨年の夏、LCCのピーチとタイアップした、白バージョンをみました。

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 昨日、新今宮駅で見た銀河系ラピート。

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 スターウォーズとタイアップした、黒バージョンです。

 ラピートは、「レトロフューチャー」がデザインコンセプトとありますが、どのカラーも本当にかっこいい。時代に耐えうるデザインです。

 2月12日(金)の新聞は『重力波 初観測』の記事が一面を飾りました。

 100年前に、アインシュタインが存在を予言していたとあります。

重力波 = 重力の周りの空間をゆがめている物体が動くことで、ゆがみが波紋のように周囲に広がっていく現象。全ての物質を光速で通過し、減衰しないとされる。人が腕を回しても発生するが振幅が小さすぎて検出できない。非常に重い中性子星同士の合体やブラックホールの誕生、超新星爆発など大規模な劇的な現象によるものは観測可能とされる。重力波による空間のゆがみをとらえる装置は、太陽と地球の距離(約1.5億キロ)が水素原子1個分伸び縮みする僅かな変化を完治できるほどの高感度を求められる。

 初めの「重力の周りの空間をゆがめている物体」という言葉だけで、もう分からなくなってしまいます。

 測定できないものを理論上で解明し、100年後に観測されるなど、天才と言うか、もう神の領域です。

 「進化論」のチャールズ・ダーウィンも時代を変えた天才の一人。1858年『種の起源』の中で発表しました。157年前の事です。

 若い頃のダーウィンは、ビーグル号に乗って世界一周をする機会を得ました。そして、南海の孤島、ガラパゴス諸島で、それぞれの島に固有の種が居ることから、進化論を着想した。という事になっています。

 2014年、NHKの「スーパープレゼンテーション」で、作家・スティーブ ・ジョンソンの回。こんな話がありました。

 ダーウィンは自伝の中で「自然淘汰」のアイデアが「ひらめいた」瞬間を書いている。1838年10月に人口に関するマルサスの著書を読んでいる時とあるが、10年か20年程前に、ハワード・グルーバーという学者がその時代の彼のノートを調べてみた。彼はどんな些細な事もノートにとっており、その何カ月も前から、自然淘汰の理論は出来上がっていたことが分かった。

 完全に確立出来ていたかは別にして、新しいアイデアは長期に渡って練られ、それがネットワークのようにつながったとき、イノベーション(革新)が生まれるというのが、彼の主張でした。

 相手が天才であっても、過程は鵜呑みにしてはならないのかもしれません。しかし、興味を持ち続けることが、天才の必要条件ではありそうです。

 天才=ジーニアスは「守護霊」や「守護神」を 意味するゲニウスが語源とあります。

 日々の仕事の歩みは、三歩進んでは二歩下がり。本当に遅々としたものです。

 神でも天才でないなら、せめて諦めないクレイジーで居なければと思うのです。

とどめの一撃‐1247‐

 土曜の晩はかなり雨が降りました。

 一雨ごとにの言葉通り、昨日は一気に春の装いでした。

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 庭先の梅も一気に咲き始めています。

 日本人の心を、春へ案内し続けてきた花。まさに希望の花と言えます。

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 朝、高台から見下ろす大阪キタのビル群は、なかなかに幻想的です。

 先週の木曜日、再度「高台の家」の撮影に行っていました。

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 一度自分で撮ったのですが、やはりプロに撮って貰うべきと、写真家にお願いしました。

 この日はずっと快晴で、絶好の撮影日和でした。

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 雲の無い状態が、これだけ長時間続いたのは、何十年か振りかだそう。

写 真家も、いつも以上に(いつも通りに?)気合十分で撮ってくれました。

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 建築の写真は、晴れと曇りとで、全くできが違います。

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 「釣りの日が、全部雨になってもいいから、撮影の日は晴れにして下さい」と勝手な神頼みをするのです。

 昨年の11月、NHKの「プロフェッショナル」が10周年を迎えました。

 その特番で、主題歌「progress」を歌う、スガシカオの創作の現場に密着という回がありましたが、ようやく録画を観たのです。

 彼はシンガーソングライターですが、どちらかと言えば、詞のほうにフォーカスしていました。

 Mr.Childrenの桜井和寿が「自分の醜いものや隠したいものがどうしても出てしまうのか、出しているのか」そこが凄いと語っていました。

 「川の流れのように」を書いた秋元康や、ノーベル賞候補に上がる村上春樹までが絶賛する詩人なのです。

 SMAPに提供した「夜空ノムコウ」も彼の作詞です。こう言っていました。

  現在を『あの頃の未来』と表現したことで、この曲はできた。

 後年、芥川賞の選考委員をしていた作家・開高健は受賞作を選ぶ基準をこう表現しました。

 その作品に『鮮烈な一言半句』はあるか?

 「クー・ド・グラース(とどめの一撃)」とも表現しています。

 坂の街に住むと決意したクライアントがこの土地を選び、この家は出来上がりました。

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 擁壁を超えてはならないという市条例、擁壁に荷重を掛けたくないという設計意図、階段状敷地が故の高さ制限。

 それらの条件をクリアする為に考えたのが僅かに宙に浮く片持ち構造の階段です。ミリ単位で擁壁際を狙っています。

 『鮮烈な一言半句』 『とどめの一撃』はあるのか……

 賞レースで問うてみたいと思います。

天才の勤勉と孤独‐1244‐ 

 現在、グランフロントで「ダ・ヴィンチ展」が開催中です。

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 芸術家、科学者、技術者としてもすぐれた、言わずと知れたルネサンスの天才。

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 彼の手稿(メモ書きのようなもの)が精巧に復元され、多数展示されています。

 自画像のデッサンを見ると、異次元なのだと理解できます。

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 展覧会のwebサイトに、彼の言葉が載っています。

 「簡単でいいのでメモを取る。その為に、小さなメモ帳をいつも持ち歩く」

 同じレベルでは描けないまでも、これはすぐに真似出来ます。早速、小さなメモを買いました。

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 彼の考えたヘリコプター等、多くの模型が展示されていますが、メインはやはりアンドロイド。

 目の動きなど、今まで見たなかで、最も精巧でした。

 現実に働く、人型ロボットが生まれる日が、確実に近づいていることを実感します。

 それが人類の幸せに貢献するものであることを祈るのみです。

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 レオナルド・ダ・ヴィンチ=ヴィンチ村のレオナルド。

 言わば「村の天才」という意味です。生家の写真がありましたが、なかなかに恰好のいい建物でした。

 彼はここで庶子として生まれ、祖父の元で育てられました。

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 ヴィンチ村はフィレンツェ近郊の村です。

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 15世紀中頃、フィレンツェは隆盛を極めていました。

 この街でヴェロッキオに師事し、芸術家としてのスタートを切ります。

 しかし、横暴な政治を行っていたメディチ家を、ダ・ヴィンチは嫌っていたようで、活動の拠点をミラノに移します。

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 花の都には劣るもの、繊維産業や兵器産業が盛んなミラノで、画家として、技術者として、徐々に仕事を得て行ったのです。

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 2012年に訪れた際、ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラッツィェで「最後の晩餐」を観ました。

 完成まで3年の時間を要しています。

 彼は完璧主義の為、作品として残したのは十数点にすぎません。その意味でもこの大作は貴重だと言えます。

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 1995年、24歳の時にルーブルで「モナ・リザ」をみました。

 感激で心震えた、と言えれば良いのですが、第一印象は「意外に小さいんだな」というもの。

 しかし、当時も天才の本物を観たいと思っていたのです。

 ダ・ヴィンチは、溢れる才能と、繊細な神経ゆえ、人に心を悟られるのを嫌い、鏡文字を書いたそうです。

 こんな言葉を残しています。

 「独りでいる時、人は完全に自分自身になれる。ところが、たった一人でも連れがいれば、自分の半分になる。連れの言動が思慮に欠けるものであれば、それにより、さらに自分は減るかもしれない」

 この展示会では触れられていませんが、後年、彼の回りには、常に若い男が居たことや、男色の容疑を掛けられたことがあることから、ホモセクシャルだったのではと言われています。

 独りを愛し、鏡文字を書く天才。孤高という言葉がしっくり来ます。

「撰ばれてあることの恍惚と不安と二つわれにあり」

 太宰治が引用したフランスの詩人、ポール・ヴェルレーヌの一節ですが、少し分かると言えば、失礼でしょうか。

株式会社‐1242‐ 

 先週は概ね天気が悪く、金曜日だけ晴れ間がのぞきました。

 「宝塚 RC打放しの家」は、昨年中にほぼ工事が終わっていましたが、この日が引渡し。

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 晴れるならと、急遽、第一弾の撮影をしてきました。

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 まだ、本格的な生活は始まっていませんが、家具があると、スケール感が伝わるでしょうか。

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 RC打放しは、壁に光が当たるだけでも絵になります。

 これらは、また現場日記にUPしたいと思います。

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 撮影を終え、帰りは阪神高速・空港線通ります。

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 この日は3人で現場へ行っていました。

 普段、ゆっくり話す時間もなく、移動も貴重な打合せ時間。

 しかし、こんな景色をみるとつい話題はそちらに。皆で外に出るのはやはり良いものです。

 20代の頃、一人で変な汗をかきながら撮影していた事を思い出し、チームの有り難さを痛感するのです。

 社会派小説、経済小説というジャンルを確立した作家・城山三郎。

 「官僚たちの夏」、「総会屋錦城 」「価格破壊」など、いずれも面白く、読み応えがありました。

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 「雄気堂々」は、幕末、明治初期に、薩長土肥いずれの藩閥にも属さない埼玉県の農夫、渋沢栄一が、実業家として成功していく物語です。

 日本初の商業銀行、第一国立銀行(後のみずほ銀行)の初代頭取、東京商法会議所、理化学研究所の設立。 多くの企業等の創設に関わり、合体組織(株式会社)を日本に根づかせました。

 日本初の株式会社は、坂本龍馬のつくった「亀山社中」という解釈もありますが、フランスで資本主義を学んだ彼が、実際の功労者と言えそうです。

 渋沢栄一は実在の人物なので、登場人物もキラ星のごとく。西郷隆盛、木戸孝允、大久保利通、徳川慶喜、大隈重信、山形有朋、伊藤博文、岩崎弥太郎……

 しかし、近代国家は個々の才能に頼るだけでなく、知恵、お金を持ち寄り、協力しなければならないという哲学を持つようになりました。こんな下りがあります。

 書くためには、筆と墨と硯が要る。それぞれの役割や動きも違えば、寿命も異なる。硯は何年経っても寿命が来ないが、墨は数カ月のうちに影も形もなくなってしまう。筆に至っては、もっと寿命が短く、激しく使えば。数日ですりきれてしまう。受け身で動かぬ硯が寿命が長く、最も動く筆の寿命が短い。これは人間社会にもあてはまる。

 正直に言えば、自分一人の圧倒的な能力で、成功したいと思っていました。

 しかし、一人はやはり一人。多くのキャストで演じられるような、よりダイナミックな舞台をつくり上げることはできませんでした。

 しかし一方で、栄一はこうも言っています。

 好んで争うこともないが、人生、衝突を避けるわけには行かない。人間には、まるくとも、どこかに角がなければならぬ。まるいだけだと、ころびやすい。正しいことは、ゆずってはならぬ。

 角と、ゆずらぬは大丈夫のはず。後は、栄一の言う、合体組織の本質、特性を伸ばして行かなければなりません。

 本来の意味での株式会社の特性を活かせているかは疑問です。

 ただ、私個人の為にこの会社が存在しているのではなく、物創りを通して、クライアント、社員、家族、社会、そして人類の役に立てる存在でありたいと思うのです。

 一つ分かったと思ったらまた振り出し。実業は本当に奥が深いのです。

グ・リ・コ‐1241‐ 

 昨晩から今朝にかけて、平野部でも積雪の予報が出ていました。

 雪景色を期待するところもありますが、降ったら降ったで、建物のことも気になり……

 良かったような残念だったような。

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 昨日は、長男をテスト終わりでピックアップ。

 三木市にある、グリコの工場へ行っていました。半日だけ楽しめるところを探すのは、意外にハードルの高い作業です。

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 ここは全体で1時間15分くらいのコース。商品の歴史や展示資料もあり、なかなか面白かったのです。

 道頓堀のネオン塔は、大阪市から景観形成物に指定されているそう。

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 チョコレートはカカオ豆から作られますが、その工程を詳細に紹介していました。グリコは、そこに力を入れている会社だと分かります。

 この工場は、ポッキー、プリッツを作っており、同じような施設が全国に10程あるそう。意外に少ないんだなという印象。

 やはり生産ラインが面白かったのですが、残念ながら写真不可でした。

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 待合室では、過去のCMが流されていました。

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 1980年は田原俊彦と松田聖子。

 アイドルが、毒舌タレントとして復活する姿に好感は持てませんが、彼らの映像が、自分の中の年表となっているのを実感します。

 タレントの立場から言えば、ポッキーのCMに選ばれると言うことは、時代のトップランナーに選ばれたという証明。

 過去の年表を見て、それがよく分かりました。

 個人的には、渡辺徹の「約束」が懐かしかったのですが。

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 創業者は江崎利一。

 初代パッケージは自分で描いたそうです。

 ただ、胴が長く、顔か怖いというので、すぐにリニューアルされたようです。

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 グリコのキャラメルには早い段階で、オモチャがつくようになりました。

 「食べることと、遊ぶことが子供の二大天職」という江崎の考えからでした。

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 このツアーは無料ですが、、子供には1つずつプレゼントがあります。

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 オモチャと言っても、プラスチックの積み木のようなもの。それでも子供は嬉しいのです。

 江崎利一の言葉も紹介されていました。

 「アタマは使うが心痛はしない」

 ものごとを考える時は、額やわきの下から脂汗が出るほど考える。しかし、いつまでもくよくよ考えない。気持ちをさっと切り替えることだ。

 「カニのように横に這ってでも前進せよ」

 大きな壁にぶつかっても、引き下がってはいかん。壁に沿って廻ってでも壁の向こう側に行きつくことを考えよ。

 そして、キャッチフレーズを考える時の心構え。

 「息がくさくなるまで考えよ」

 ちょっと笑いましたが「一粒三百メート」はこういった考えの下、生まれたのです。

 額やわきの下から脂汗が出たこと。這ってでも進んだこと。そして息がくさくなったこと。

 そんな体験なくして、リーダーたりえる事はありません。

 大阪の子供が、ジャンケンした時、グーで勝てば「グ・リ・コ」と言いながら、3歩前に進みます。親しみ易い証拠です。(関東がどうなのかは知らないのですが)

 怪人21面相事件も、関西では記憶に残る事件ですが、東京一極化が進むなか関西の雄といって間違いありません。

 トップたるものやはり言葉のセンスというか、言葉に対する愛情が必要なのだと思い知らされたのです。

建築の敵‐1238‐

 今年の冬は暖かいと思っていたら、急に寒くなってきました。

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 それでも、関西のスキー場には厳しい状況が続きますが、標高のあるびわ湖バレイだけが健闘中のようです。

「滋賀の家」へ向かう東岸から、頂上付近、わずかに雪が見えていました。

 先週の取材の際、撮り忘れていたアングルを何枚か撮りました。主には吹抜けに面したセカンドリビングからのカットです。

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 吹抜けのハイサイドから、丁度、土塁上のヒノキが目に入ります。ここからの景色がとても良いと、クライアント、監督から感想を貰っていました。

 敷地が大きいので、建物の奥行きが薄く、どこからでも自然が目に入ってくるのです。

 建築の役割は、人間に自然のよい影響を全て与える装置として働くことであり、またそれは、人間を自然と建物が作り出す環境に現れる全ての悪い影響から保護することである。

 1898年、フィランド生まれの建築家、 アルヴァー・アアルトの言葉です。

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 1953年に完成した「夏の家」は彼の別荘。

 実験住宅「コエタロ」とも呼ばれるように、色々な実験がなされた面白い住宅です。

 今も好きですが、若い頃は、今以上に影響を受けていました。

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 1998年に完成した私とっての3作目。「Spoon Cafe」は、アアルトの空間を意識してデザインしました。

 特別な仕掛けがある訳ではないが、来訪者が主役だという気持ちは、強くもっていました。

 アアルトのエッセイ集はなかなか面白いのです。

 『不動産投資家』は建築の敵No.1だと言います。更に、手ごわい敵は、『建築経済性の理論』であり、普通「どんな形の家が最も経済的か?」と語れていると言っています。

 もし5階あるいは8階建の家を建てたとすると、その質問は「建物の奥行はどのくらい?長さは?持家を持ちたいと望んでいる人々に一番安く建ててやる方法は何か?」というようなものだ。

 もちろん、これを科学と呼ぶことができるかもしれない。しかしそうではないのだ。

 答えは全く簡単だ。一番奥行の深い建物ほど安い。それは明らかなことだ。さらにいえば、非人間的な家ほど安い。

 つまり、われわれのもっている一番高価な光は日光で、それを全部捨て去ればずっと安い家ができるというこいとである。

 すべての中で一番高価ものは新鮮な空気である。なぜなら、それは空調だけでなく都市計画の問題だからである。人間のための新鮮な空気は何ヘクタールもの土地、良い庭、森や草原や道路に値する。

 光と風=新鮮な空気と位置づけ、最重要視して設計をしてきましたが、新鮮な空気こそが最も価値があるとは、アアルトの視点は、かなり高いところにあります。

 しかし、建築の敵とは思い切った表現ですが、これに賛同したことで、私に投資家かからの仕事はこないかもしれません。

 真意が分かって貰えればそれで良いのですが「誰のため」「何のため」がぼやけてしまう原因に、経済性という言葉がちらつくケースは本当に多いと思います。

 勿論、経済性を無視するという意味では全くないのですが。

 真の建築は、その小さな人間が中心に立った所にだけ存在する。

 何とも表現しにくいが、なぜか良い。私にとってアルヴァー・アアルトはそんな建築家ですし、目指すところでもあります。

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日に新た‐1235‐

 新年、明けましておめでとうございます。

 昨日、初詣にいくと、額にコツンと何かが当たりました。見上げると、ドングリだったよう。

 縁起をかつぐのが日本人。良い年になりそう。

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 31日から2日にかけて、父、弟家族と木曽福島に行っていました。

 今年は雪不足で、御嶽山の麓にある開田高原まで毎日40分掛けて通いました。

 元旦は特に快晴。霊峰と呼ぶに相応しい佇まいでした。

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 標高が高く、気温が低いからから、滑るには問題のない積雪量でした。

 下の娘も、更に下の姪っ子も、ボーゲンならどこでも滑るようになりました。

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 雪遊びが一番楽しいのは未だ変わらずですが。

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 木曽福島の山荘では義妹に何から何まで世話をして貰いました。

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 子供たちも大きくなり、従兄弟同士、会う機会も限られてきます。

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 レイディには、少々失礼な写真か。しかし。こんな時間がいつまで続くのかとも思います。

 長男と私はスノーボードも持って行きました。

 昨年始めたのですが、私はお尻にアオタンが出来るくらい転びました。しかし長男は、それなりに滑るように。

 我が子に負ける屈辱と、喜び。複雑な心境です。

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 元旦の日没。この3日間、ほぼ快晴でした。

 2014年の9月27日の噴火があり、昨年は木曽福島行きを見合わせました。

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 現在は、ゲレンデに避難用シェルターが設置されています。

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 山頂部から立ち上るのは水蒸気か。全く怖さが無いと言えば嘘になります。

 しかし、地表の下には今もマグマがあり、大阪なら時速1360㎞で地球は回転しています。何が起こったとしても不思議はありません。

 今年のテーマは、本田宗一郎の言葉を使わせて貰うことにしました。

  「日に新た」

 「日々新た」ではなく「日に新た」。本田宗一郎が、どれだけ時間を大切にしていたかを感じます。

 実際、移動時間が少しでも短くなるなら、自家用ジェットやヘリコプターで向かったそうです。

 時間と言う命をどれだけ大切に出来るか。

 懸命に生きることは、生物としての義務。今日の仕事初めから、年末の仕事納めまで、全力で行きます。

伝統がない伝統、それがホンダ‐1233‐

 昨晩は、Ohanaのクライアントから声を掛けて貰い、京橋へ。

 忘年会でした。

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 その席で「日記、楽しみにしてるよ」と4人程に言って貰いました。

 何を書こうか悩むこともありますが、今年も残すところ2回。「あなたも良くなれ、私も良くなれ、みんなよくなれ」の精神で書いてみます。

 コンビニにトイレを借りようと入った際、『本田宗一郎「4つのルール」』という本が目につきました。

 自動車修理工場から身を起こし、一代で「ホンダ」を世界企業に育て上げた本田宗一郎。

 本田技研では秘書、その後は本田家の執事として。30年を共にした原田一男という方が著者です。

 本田宗一郎は1906年、明治39年生まれで、松下幸之助は1894年生まれ。1回り下の世代と言えます。

 成功は99%の失敗に支えられた1%だ

 どんなに機械が進歩しても、人間の上に君臨させてはいけない。

 この言葉だけで、その哲学を十分知ることが出来ますが、以下の話に一番惹かれました。

 ある農村の青年の集まりで講演をした時、村の青年から「アイデアはどんな時に生まれるのか」という質問がありました。

 本田宗一郎は「牛の角かどこについているか」と聞き返しました。

 頭についているのには違いないが、どこどこですと正確に言い表すことは難しく、農家育ちの青年たちも返答に困ってしまいました。

 「同じことを知人の画家に尋ねたことがある。画家は即座に『そりゃ耳の上だ』と答えた。このことは何を意味しているかと言えば、人間、ふだん自分に関係がないと思っているものに対して、正確な見方をしていない。(中略)自分には関係がないと思って見ていると、絶対にアイデアは生まれてこない。何事に対しても興味を持つことが、アイデアを生む第一歩である」

 京セラ、KDDIの創業者・稲盛和夫さんも、松下、ホンダを常に意識してきたはずです。その稲盛さんが好んで使う本田さんの逸話があります。

 会社を創業して間もない頃、ある経営セミナーで本田宗一郎の名が講師の中にありました。

 二泊三日、ある温泉旅館を借り切ってのもので、費用は数万。当日参加者は大広間で浴衣に着替えて待っていると、油の染みた作業服で本田さんは現れました。

 開口一番、こう一喝したそうです。

 「みなさんはいったいここに何をしに来たのか。経営の勉強をしたいらしいが、そんなことをする暇があったら、一刻も早く会社に帰って仕事をしなさい。温泉に入って、飲み食いしながら経営が学べるわけがない。それが証拠に、私は誰からも経営について教わっていない。そんな男でも会社が経営出来るのだから、やることは一つ。さっさと会社に戻って仕事に励みなさい。こんな高い参加料を払ってくるバカがどこにいる」

 この2つの話は、多くの部分が一致しています。人から簡単に貰える真理など無いのです。

 松下幸之助、本田宗一郎、稲盛和夫と、キラ星のごとく存在する一流の経営者。

 見聞きし、それなりに知っていることを、したり顔で話しているだけではないのか……この一年、ベストを尽くしたのか……

 浮かぶのはそんな自問ばかりです。しかし、反省に酔っていても進歩はありません。

 会社は個人のものでないという哲学から、世襲制を引いておらず、自らの姓を社名にしたことを悔いていたそうです。

 最後に。

  「よその会社のように、やれ50年とか30年の歴史と自慢するような伝統は持たせたくない。強いて伝統という言葉を使うならば、伝統がない伝統、「日に新た」という伝統を残したい。

 なぜ、今まで本田宗一郎を素通りしてきたのか。熱狂的なホンダファンが居る理由が分かりました。

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原因と結果の法則‐1231‐

 昨日は、今年一番の冷え込みでした。

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 長男がサッカーを辞めたので、体を動かす方がいいだろうと、久しぶりにフィールドアスレチックに。

 昼から生駒山へ行っていまいた。

 長男には「先に行っていいよ」と言うと、結局最後まで会えずじまい。娘と回ることになりました。

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 子どもは前にできなかったものがクリア出来るようになって行きます。進歩の姿を見るのは、親として最も嬉しいことです。

 長男にすれば「こんなの楽勝」という所でしょうが、少しは見たかったのが本音です。

 先週木曜日は、盛和塾の勉強会に出席していました。

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 京セラ名誉会長、稲盛和夫さんが、直接経営、人生を説いてくれます。私にとっては、人生の道場のようなものです。

 この日の会場は、ニューオータニでした。

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参加者は1300人程。熱気に溢れているのです。

 この日の演題は「リーダーとしていかに目標を実現するか」でした。

 その中にジェームズ・アレンの言葉がでてきました。

 ジェームズ・アレンはイギリスの哲学者で、1902年に発刊した『「原因」と「結果」の法則』は、一世紀以上に渡って、読み継がれているベストセラーです。

 冒頭、このような言葉で始まります。

 植物は種から芽生えます。それは種なくしてはあらわれることができません。

 そして、私たちの行いもまた、内側で密かにめぐらされる思いという種から芽生えます。これもまた、その種がなければあらわれることがありません。

 意識的に行うことでも、無意識のうちに行うことでも、ひとつとして例外はありません。

 行いは思いの花であり、喜びや悲しみはその果実です。そうやって私たち人間は、自分自身が育てる、甘い、あるいは苦い果実を収穫しつづけるのです。

 私たちは、常に居るべき場所に居り、偶然の産物は存在しない。結果という報酬はつねに公正だというのです。

 建築設計の仕事においても、ラッキーだったとか、アンラッキーだったという経験は、やはり無かった気がします。

 自分たちの努力、情熱以上の結果も、それ以下の結果も出ていないと思うのです。

 また、人々の多くは、環境を改善することにはとても意欲的ですが、自分自身を改善することには、ひどく消極的だと、アレンは指摘しています。

 これは順番が逆、ということになります。

 この本の帯に「成功の秘訣から人の生き方まで、すべての原理がここにある」と稲盛さんはコメントを寄せています。

 その人生の結果が、説得力となるのですが、間違いなく名著だと思います。