お盆

 事務所の夏期休暇は8/15まで。今日から仕事を再開です。休みには二泊三日で紀伊田辺に行っていました。

 8/13(月)の午前中に所用を済ませ、大阪を出発。阪和道が15kmの渋滞なので、高野龍神スカイラインへ。しかしこちらも高野山で大混雑。都合5時間かかりました。

 翌8/14(火)は雨の予報でしたが、晴れてくれました。

 朝から子供を連れて、海水浴に磯遊び。

 ホテルの裏がすぐ海で、砂浜と磯が入り混じり子供が遊ぶには丁度良いのです。

 ヤドカリ、ハゼ、カニなど一通り突きまわしていました。大分疲れてきたようなので、部屋に戻り昼食を取るとバタンキュー。

 そこで、灼熱の太陽と澄んだ海を見下ろしながら、キンキンに冷えたビール。もう言葉にならない、至福の一杯です。

 最終日の8/15(水)は白浜アドベンチャーワールドの早朝バックヤードツアーへ。

 ワイルドキングダム探検隊のマリンコースに参加。今回で3コース制覇しました。イルカに触ったり、シロクマを真近に見れました。

 体験ツアーを終えると開園直後にも関わらず、凄い人出。

 もったいない気もしましたが、渋滞を避けるため9:30amに白浜を出発。混むことなく大阪に帰ってきました。

 お盆と言えば、帰る途中の田辺市街で提灯を下げている家が多くありました。8/16(木)は送り火。

 玄関先にある、ナスとキュウリに割り箸のお供えものは、それぞれ馬と牛を表すそうです。

 帰ってくる時はキュウリの馬で早く帰って来れるよう。帰って行く時ははナスの牛でゆっくりと。今も残る風習には趣き深いものがあります。

加古大池花火大会へ

 世間はお盆休みの真っ只中で、土曜日は帰省のピーク。

 しかし、兵庫県の稲美町へ向いました。

 友人の会社が加古大池のほとりにあり、絶好の位置で花火が見れると、誘ってくれたのです。

 渋滞する道を、あっちへ抜け、こっちへ抜け。

 普通なら1時間半のところが約3時間。それでも見たい花火。何とか間に合いました。

 ここ東播磨はため池の多いところで、この池は兵庫県最大級だそうです。

 中央の半島状に張り出した公園がお祭りの会場であり、絶好の花火スポットなのです。

 まずは宴会。日が暮れだすと、気分は嫌が上でも盛り上がってきます。

 宵の口の一発が。思わず”た~まや~”。

 7時半頃から、本格的に始まりました。日本の花火師は世界一。色、大きさ、火の軌跡。よくもこれほどのバリエーションがあるものです。

 ほとんどの人は池の半島から見ています。なので、その方向から見れる仕掛け花火が多いのです。

 池の中に仕込まれていたのか、すぐ目の前で火が噴出しました。ちょっと怖いくらいの迫力。

 ナイアガラは数あれど”名物”と言われるだけはあります。池の水辺は、一気に炎の滝に包まれました。

 1時間に渡って、1500発の花火が打ち上げられました。いよいよクライマックスです。

 僅か400m先で打ち上げられた、最後を彩る”大物”は手が届きそうな頭の真上で炸裂しました。火薬の匂いが漂い、燃えカスが頭に落ちてくるほど。

 この特等席で見れたのは感激でした。RYUさま、来年も是非声を掛けて下さいませ。

 先月の神社のお祭り以来、夏らしいことがなかなか出来なかったので、この日はスカッと爽快でした。

 真夏の夜を、華やかに彩る儚い芸術。花火を見ると”日本の夏”という言葉が頭に浮かびます。

芸人

 最近はめっきりテレビを見なくなりました。

 しかしお笑い番組は大好きです。もう少し言えば、お笑い芸人が好きなのです。

 昨今のブームでコントや漫才が多く見れるのは何とも幸せな事。

 「吉本新喜劇」で育ち「8時だよ!全員集合」を見て”志村後ろー!”と叫び、「ひょうきん族」でビートたけしを知り、深夜ラジオ「オールナイトニッポン」を聴きました。いまでは監督「北野武」ですが、ビートたけしは初めての憧れの人。何をやっていてもファンなのです。

 で、現在の私。仕事を終えて家に帰ると、家族はすでに夢の中。

 そんな時はお笑い番組の時間です。最近でもHDDレコーダーに、週3、4本は録画しています。

 なので番組は溜まる一方。見るものにはこと欠きません。
  
 ビールを飲みながら大笑いしている時は、まさに至福の時間。散々見た後はスイッチが入ってしまい”松本人志の「ビジュアルバム」はかなり面白かったナ”などとむかしのコレクションを引っ張りだしてくる事も……

 先頃、たけしと人志の監督対決が話題になっていましたが、私はもっと芸人としての姿を見せて欲しいと思っています。

 指パッチンで一世を風靡したポール牧をご存知でしょうか。彼が好んで色紙にかいた言葉。

「ドーランの 下に涙の 喜劇人」

 芸人という、華々しくも危うい職業。何故か愛しい人種なのです。

聞こえてくるのは

 夏の音は 夜のカエルに 朝のセミ

 今年の大阪は、セミが例年より多いとの事。朝早くから大合唱です。

 ウチは大阪市内なのですが、端っこなので夜は田圃のカエルにとって変わります。

 小学生の頃、近所のおっちゃんが言っていました。”セミは7年も土の中で暮らして、出てきたら一週間で死んでしまうんやデ。

 そやからな、さみしー、さみしーって、あんだけ鳴くんやデ”と。

 日々に追われているうち、気が付けば週末はお盆。夏の折返し点です。

 そろそろ、セミの死骸も見るようになってきました。

 行く夏を惜しむ前に、海に行かねば。

夏来る ゆくひとあり

 8月に入り、いよいよ夏本番を迎えました。

 今朝の新聞に作詞家・作家の阿久悠さんが亡くなったとありました。

 毎週土曜日の朝刊に”阿久悠 書く言う”というコラムが連載されており、一番楽しみにしていたのです。

 ところが今年の6月9日を最後に告知もなく、連載が無くなりました。残念に思いながらも、あまりにストレートな表現で”新聞社と揉めたのかな”くらいに思っていたのです。

 全く誤解を恐れない痛快な批評、現在の日本を憂う気持ちが書かれる文章は、彼の美意識の結晶でした。今朝の記事には”遺書のつもりで書いている”とあったのです。

 何枚もスクラップしていますが、以前日記に書いたものをを再掲載します。

 枯れる時には枯れ、朽ちる時には朽ちる。

 それが生き物の礼儀である。

 人間は有限の生命体でしかも、消滅するのではなく衰弱するように出来ている。

 2005年 11月5日 産経新聞朝刊 ”阿久悠 書く言う”より

 尊敬の念を込め、心よりご冥福をお祈り致します。

ある日思う青春

 昨日は梅雨が明けて、初めての日曜日。

 義父、父とで釣りに行っていました。岸和田の港を出て、和歌山の初島沖までは1時間程かかります。

 この日は珍しくベタ凪。鏡のような海面です。

 釣果のほうは、アジ、ガシラ、ベラがぼつぼつという感じ。食べるだけ釣って、後は波にゆらゆらと。

 前日の土曜日は私の誕生日でした。この日にはいつもある詩を思います。

”青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ” サミュエル・ウルマン(詩人、実業家)

 松下電器の創業者、松下幸之助もこの詩をこよなく愛したそうです。

 スポーツ選手なら、息の長い選手でも引退を考えねばならない年齢。

 恥ずかしげも無く言ってしまえば、いまだ青春と思える事に幸せを感じるのです。

 ”ナニワ(728)生まれのナニワ育ち”37歳になりました。

朋あり遠方よりきたる

 毎年この季節になると妻の友人が帰郷してきます。

 彼女はイタリア人男性と結婚し、長男5歳、長女4歳、次女2歳と3人の子供に恵まれ、イタリアに暮らしているのです。今回の滞在はおよそ一ヶ月。

 イタリア北部の古都、ミラノからは移動するだけで一日仕事です。

 今回お父さんは来日できず、お母さんと子供3人のご一行様。初めて我が家に泊って貰う事にしました。

 うちの長男と合わせて4人の食事は、思ったより食べてくれました。

 一番下の2歳同士は、譲り合えずにケンカもしますが、大概は機嫌よく遊んでいます。

 やはりお兄ちゃんに引っ付いて行きます。3人兄妹は日伊のバイリンガルで、うちの子供、勿論私にも上手な日本語で話してくれるのです。

 地下鉄に乗って、天王寺動物園に出掛けました。何を見るのも4人一緒。以外に手が掛からないものです。

 一度紹介しましたが、天王寺動物園は昨年9月までのリニューアルで、本当に良くなりました。木陰から象が見えた時、子供達は驚きの声を上げます。

 氷リンゴを食べるシロクマ。こちらはちょっと前時代的演出。

 サバンナゾーンでは、優雅に葉を噛むキリンの姿。

 帰り道、噴水を見つけて、テンションは最高潮に。別れの時は流石に寂しそうでした。

 3人兄妹の上2人は日本に滞在する間、こちらの幼稚園に通っています。その際、国旗を作るという課題がありました。園児の多くはイタリアのトリコロールを作ったそうです。

 日本は島国なので、他の民族の交わる事は皆無です。にも関わらず、小さな違いを見つけて人を区分けするという悪しき慣習も残っています。

 小さい頃、イタリアと言う国を知り、同い年の友人が出来たという現実は、何よりの経験になるはずです。

 我が子も含めて、その経験を生かして欲しいと願うのです。

夏祭りに思う

 7/19(木)の夜、七夕に書いた神社の夏祭りに行って来ました。

 普段は静かな参道も、約100mに渡って屋台が軒を連ねます。

 ジャンボフランク200円。普段なら絶対買いませんが、何故か手がでます。

 境内が近づくにつれ、ごった返してきました。父のテンションも徐々に上がり、ついに肩車。

 丁度、このお祭りのメインイベント、子供御輿が到着したところでした。

 本殿からは、お神楽の太鼓や笛の音が聞こえてきます。今回は真近で見せて貰う事が出来ました。

 肥沃な土地が、農耕民族としての日本人を育みました。日々の作業が大切な農耕は、総じて真面目で勤勉な国民を形成したと言えます。

 勤勉で大人しい民族が楽しみにしているのは、やはり祭りです。夏季の重労働を癒す夏祭り。

 収穫を祝う秋祭。原型をどれ程残しているのかは分かりませんが、末裔である私にも、勿論心地よく感じられるのです。

生駒ケーブルに乗る

 月曜日の祝日、午後3時頃から子供と二人で外出する事にしました。

 ウチの子は電車好きで、夕飯までにと考えた末、大阪平野を西に見下ろす生駒山頂を目指す事に。

 大阪市営地下鉄に15分、近鉄電車に20分乗ると、ケーブルカー乗り場に着きます。

 僅か5駅が何故か2本の路線に分かれ、山頂駅までは15分程。

 途中駅のホームは急勾配で、繋がる道はまさに獣道。誰がどんな目的で昇降すのか考えていまいます。

 遊園地は終業したと聞いていましたが、園内は出入り自由でした。

 霧の掛かった夕暮れの遊園地は、やや不気味ですが、子供にそんな事は関係ないと、駆け回ります。

 あわよくば大阪湾に沈む夕日と、明かりの灯る大阪平野を、と思っていましたが、今回は無理でした。

 生駒山から見下ろす大阪の夜景はなかなかのものですが、どのみちケーブルカーは夕方6時まで。

 次回は車で出掛けます。

ある街のその後

 昨日にかけて日本列島を横断したのは台風4号。今日の昼頃には長野県で震度6強の地震と速報がありました。

 自然をこよなく愛する日本人ですが、同時に畏敬の念を持たざるおえなかったとも言えます。

 自然現象の前では、人はいつも無力で、だだ全てを受け入れる事しか出来ないのですから。

 今日は”海の日”。台風一過の快晴とはいきませんでしたが、晴れ間も少し見えました。ふと思います。

 ある街が洪水で大被害を受けたとします。架空の被害を受けなかった同じ街があったとしたら、10年後は前者のほうが発展しているそうです。

 多くの人が復興を願う強い気持ちは、全てがゼロになったマイナス分さえ補いプラスに変えれるのです。例えば戦後の日本が、焼け野原から現在に至ったように。

 中越に暮らす人々には、気休めにしかならないと思いますが、強い気持ちで頑張って欲しいと願います。自分がそんな立場になった時はそう在れるようにと言い聞かせながら。

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