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「ささき整形外科クリニック」内覧会で5年におよぶ計画も一区切り‐2255‐

■■■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催■■■

今週日曜日は「ささき整形外科クリニック」内覧会です。

ゲンバ日記にも書きましたが、日曜日には写真撮影に行っていました。

大阪から向う途中は雲が多かったのですが、何とか外観撮影時は晴れてくれました。

そのタイミングを逃さないよう、ドローンからも色々な角度で撮影します。

写真家のカットがメインですが、何か撮り漏らしがあってはと、自分でも撮って回ります。

あっという間に日没を迎え、撮影が終わりました。

2023年に完成した 「ささき整形外科デイケアセンター」 との間にある、新病棟の位置関係は空撮が分かりやすいでしょうか。

「クリニックの東に、プール付きのデイケアセンターを建てたい」と相談を受け、現地を訪れたのが2020年の4月2日。

新型コロナの緊急事態宣言が発令される6日前でした。

院長の佐々木さんの思いを聞き、計画はすぐにスタート。

しかし、「ささき整形外科デイケアセンター」が完成したのは3年後の2023年の8月でした。

コロナの影響を見計らいながら、スケジュールを調整したのですが、その間も月1回の打ち合わせは続けていました。

これは、相談を受けた際にとったリハビリ室ですが、後にこの空間と新病棟を接続することになるとは……

実は、夕景撮影まで少し時間ができたので、ふらっと網干港をのぞきてきました。

基本、海は大好きですし、この5年のあいだに、この豊かな海の恩恵を大いに受けてきました。

美味しいものを食べて回ることを楽しみにしていたのです。

網干港では、名物のあなご、貝、カキフライ。

カキフライとトコブシが絶品でした。

少し足を延ばして、「道の駅 みつ」では岩ガキと真ガキの食べ比べセット。

またまたあなご丼。

そしてあなごにゅう麵も。


帰りに、明石焼きを食べに、魚の棚に寄ったこともありました。

出来るだけ電車で通っていたので、JR姫路駅のホームにある、えきそばも楽しみのひとつ。

姫路の商店街でそばを頼むと「普通のそばと、黄そば、どっちにしましょう!」と聞かれたことにも驚いたのです。

撮影が終わると、院長からお土産を頂きました。

姫路の老舗、伊勢屋本店の詰め合わせでした。

手前の玉椿は白餡で、奥の塩味饅頭は、塩づくりが盛んな播州地方の塩を活かしてつくられた姫路城下の銘菓だそうです。

院長は「どちらも好きなんですよ」と。

そして「5年にもわたって、ありがとうございました」と言って下さったのです。

始まりあれば、終わりあり。日曜日の内覧会で一区切りとなります。

「ささき整形外科デイケアセンター 新築計画」  打ち合わせ回数 47回 現地訪問 29回

「ささき整形外科クリニック 増築計画・改修計画」  打ち合わせ回数 36回 現地訪問 21回

5年という年月は、この場所に愛着を生むのには十分でした。

最後は食べ物の話ばかりになってしまいましたが、2つの施設が、地域の人に愛され続けることを心から祈っています。

■■■8月1日(金)患者さんでなくても立ち寄ってほしい「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」JIA(日本建築家協会)のトップページに掲載されました■■■

■■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催■■

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

あがる街、箕面でカルピスを生んだ偉人を知る‐2253‐

通勤ラッシュの少し前に、阪急梅田から宝塚線に乗車します。

石橋阪大前で乗り換えます。


多くは学生でしょうか、降車ホームは人でびっしり。

箕面線に乗り換えたら、のんびり座れると思っていたら、そこでも学生が列を作って並んでいました。

学生の朝は、予想以上に早かったのです。

箕面までやってきました。

ホームが空くのを待って撮った写真ですが、これだけ「あがる」駅はなかなかありません。

ホームの先には箕面の山が見えており、なんとも清々しい景色です。

駅前も、今どきの駅にはない落ち着きが感じられます。

電車で箕面に来たのは初めてかもしれません。

駅の西にでると、箕面大滝から流れてくる箕面川が流れています。

その先に見えるのは箕面観光ホテルと箕面スパーガーデンです。

小さな橋が、優しい風景を演出しています。

新築計画の候補地があり、やって来ました。

山手を目指して歩きます。

一気に高低差を稼いでいるので、坂道は結構な角度でした。

傾斜地に開発されて住宅地特有の、段差、擁壁も多く見かけます。

しかし、この景色はそれらが生んだ賜物です。

汗をかきかき上ったご褒美でした。

冒頭に紹介した箕面観光ホテルと箕面スパーガーデンですが、現在リニューアル工事につき閉館中です。

設計はコルビュジエの弟子である坂倉準三が設立した坂倉準三建築研究所で、完成は1968年です。

大阪支所長もつとめ、後に坂倉建築研究所の代表にもなった、西澤文隆が担当しました。

コルビュジエの流れを汲むモダニズム建築ですが、これだけの規模で現存しているものはあまり無いかもしれません。

ただの懐古趣味ではなく、その良さを残したうえでリニューアルされればと願います。

箕面駅にカルピス模様の自販機があり、その横にこのようなパネルが設置されていました。

カルピスを生んだ三島海雲は箕面市の出身だとあります。

1878年に教学寺に生まれ、西本願寺文学寮で学んだあと、1902年に中国大陸に渡ります。

中国で教師をしていたのですが、事業を行うことになりました。

内モンゴルに入る機会があり、遊牧民が飲んでいた酸っぱい乳を飲むと、その美味しさと健康効果に驚きました。

この乳酸菌で発酵させた「酸乳」が「カルピス」の原点となったのです。

そして「初恋の味」のキャッチフレーズと共に、国民飲料となったのです。

海雲は、生涯をかけて「国利民福」-国家の利益となり、人々の幸福につながる事業を成すこと - を生涯の目標としたそうです。

カルピスのWebサイトにはこの言葉がありました。

私心を離れよ、そして大志を持て

ものづくりの中でも、建築は多くの責任を負っていると思います。

色々なことを感じた箕面探訪でしたが、海雲のこの言葉、胸に留めておきたいと思います。

ほとんどお菓子も甘いものも食べないのですが、晩酌が終わり就寝前に最後に飲むのは、薄めのカルピスです。

「人々の幸福につながる事業」の恩恵を、毎日受けているのでした。

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ばれてない!富田林寺内町‐2252‐

日曜日は、産直市場で野菜でも買おうかなと思い、富田林まで出かけました。

近くに、大阪で唯一「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている富田林寺内町(じないまち)があると知り、寄ってみました。

こちらの杉田家住宅は油屋を営んでいましたが、18世紀後半の建物とありました。

屋根の最上部には特徴的な「煙出し」が見られます。

特に街の中央を南北に走る城之門筋は、江戸時代から昭和初期までの建物が多く残っており、その規模は想像をはるかに超えていました。

本当にタイムスリップレベルなのです。

寺内町とは真宗の寺を中心に発展した町をいいます。

興正寺別院を中心に発展したのですが、後に幕府の直轄地となります。

石川の水運と東高野街道と千早街道が交差する陸運にも恵まれ発展していったのです

この交差点は約90cmずれているのですが「あてまげ」と言い、敵が進入した時に見通せないようにしています。

豊かであったと共に、自衛のため色々な工夫がされているのです。

「忍返し」も沢山見ましたが、木製なのが良い感じです。

完全に江戸時代にタイムスリップレベルです。

ところどころに、店舗もあります。

こちらのお店で、なぜか娘にシャインマスカットを買って帰ることになりました。

寺内町でも一番古いとされるのが「旧杉山家住宅」で、重要文化財に指定されています。

NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の撮影にも使われたそうです。

元は造り酒屋だったようです。

中央に見える大黒柱は「四方柾」といわれる、最高級品が使われていました。

立派な茶室も備えています。

この欄間は、大岡春卜という画家のデザインですが、何ともモダンなしつらえです。

一番驚いたのは天井裏でした。

一部がのぞけるようになっているのですが、藁すさ入りの土で塗られているのです。

いまで言う防火仕様ですが、江戸時代からこういった対策がなされていたのにはびっくりしました。

町の南端まで行くと、石川がはるか下に見下せます。

この町が高台に作られていることがよく分かりました。

昼食をと探していると、いい感じの蕎麦屋を見つけました。

「手打ちそば うら田」

創業して2年目の若い主人が毎朝打った蕎麦をだしてくれます。

この日は栃木県産の蕎麦粉とのことでした。

ざるの大盛りで1600円

天ぷら盛り合わせが800円。

十割蕎麦はのど越し良く、てんぷらの衣は薄いのにサクサク。

特に汁が甘すぎず、非常に良かったです。

蕎麦湯を全て飲み干し、大満足でした。

インバウンドが居ると駄目という訳ではないのですが、この日見たのは欧米系の女性1人。

これだけ日本らしい風景が、まだ世界にはばれていないようです。

大阪近郊の方は、是非早めにお願いします。

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心の旅‐2251‐

9月11日。

2001年にアメリカで同時多発テロが起こった日です。

24年が経ちますが、日付の印象とは強いものがあります。

アメリカと中東の小競り合いは今も続きますが、ただただ平穏を祈るだけです。

9月に入り、日の出前にジョギングへ出ることが多くなりました。

天満橋から見ると、真東にOBPの高層ビル群があり、日の出はやや遅くなります。

少しずれれば、朝日を拝めるのですが。

西の中之島方向を見れば、都心部ならではの反射日の出も見れるのです。

今週のはじめまで、オープンデスクに参加している学生がいました。

延べ2週間程ですが、竣工写真の撮影、リノベーションの現場調査、その図面起こしと、色々な仕事を経験してもらいました。

中でも一番時間が掛かるのは模型作成です。

本来は参考にしてもらう模型が沢山ありますが、まだ引越しが完全に終わっておらず、現アトリエには数個しかありません。

数少ない模型の中には「千葉の家」がありました。

その「千葉の家」のクライアントから、今年も梨を頂きました。

「白井の梨」を農園から直送してくれるのです。

学生にも少しお裾分けしたのですが「びっくりするくらい美味しかったです」と。

彼女は大学2回生で、大学院にも行く予定とのことで、就職のイメージはまだ湧かないかもしれません。

大学に入り、卒業し、就職し、クビになり、創業し、休業し、移転しと、本当に色々なことがありました。

2001年は、長らく悩まされた鬱で休業していた年ですが、海外に出るつもりにはしていました。

テロによって出発を延期しましたが、最終的には東南アジアを巡る旅に出たのです。

体調のこともあり、出発は億劫でしたが、旅にでて本当に良かったと思っています。

今日はカンボジアで見た、アンコール・ワットの日の出を思い出していました。

どんな街にも等しく日は昇ります。

それは、どんな問題もいつかは解決する、という受け取り方もできます。

反対に、規則正しく、変わらず過ぎていく時間を思うと、焦る気持ちが募ることもあります。

あるクライアントが、体調を崩していると聞き、とても心配しています。

無用なアドバイスは余計な負担になるかもしれませんが、私にとっての旅は、体調が好転していく大きなきっかけになりました。

その人にとっての、心の旅が見つかればと祈っているのです。

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地元愛、ワールド記念ホールと神戸らーめん第一旭‐2246‐

先週末は港神戸へ。

ポートライナーを、市民広場駅で降ります。

車窓からはワールド記念ホールが見えてきました。完全にラピュタにでてくるオームです。

設計は、組織事務所の昭和設計で1984年8月の完成。

昭和設計のWebサイトにあるように、竣工当時は鈍色の外観がかなりの迫力です。

屋根部分はコールテン鋼のようで、鈍色から赤錆色の現在へと変化したとありました。

コールテン鋼で合っていれば、表面を錆によって保護していることになります。

組織事務所としてはかなり思い切ったことをしているなと感心したのです。

そのすぐ北にある、神戸国際展示場にやってきました。

「ワールド アトリエセール」が目的でした。

アトリエ的には行かない訳にはいかないだろうと(笑)

ワールドはポートアイランドに本社を置くアパレルブランドです。

妻の誕生日ということもあって初めてやってきたのですが、順番待ちの列を見て若干ひるんでしまいました。

ただ、思ったより待ち時間は少なく、10分くらいで中に入り1時間半程買い物をしました。

かなりの数のブランドが入っており、女性にはお得な感じがします。

出口付近では、B級品のセールをしていたり、飲食の販売もあり、お祭り感もあります。

人出はかなりのものだったので、早めに購入してレジを済ませたのです。

久し振りに三宮まで出てきたので、ちょっと何か食べようと探してみました。

第一旭、三宮本店が近くにあると分かり、寄ってみました。

ラーメン通ではない私でも、何となく聞いたことがあります。

16時頃なので店内も空いています。

メニューをみるとラッキーなことに15時~18時はサービスメニューがあります。

妻は「Aラーメンにちょっとチャーシュー入り」で800円。

「ちょっとチャーシュー」とはいえこの感じ。

かなりのお得感でした。

私は醤油チャーシュー麵960円。

もう十分すぎるボリュームでした。

千円の壁の寸前でとどまってくれることに、心から感謝します。

ラーメン通ではない私達でさえ名前を知っていると思っていたら、神戸らーめん第一旭と、京都本家第一旭があるようです。

さらに調べてみると、もっこすの中華そばに影響を与えたとか、本家第一旭たかばし本店も同系列とか……

このあたりは、競馬を好きな人が血統を見てワクワクする感じなのでしょう。

どこで名前を覚えていたのか分かりませんが、神戸らーめんを十分に堪能しました。妻孝行な週末だったとしておきます。

ワールド記念ホールは、神戸市が設置したものですが、ワールドからの寄付金20億円がもとになって建設されたそうです。

最近多いネーミングライツによるものではなく、神戸市が付けた名称ともありました。

ワールドも第一旭も地元に対して大きな貢献をしていることは間違いありません。

一番近くの妻孝行は大切ですが、家族孝行、親族孝行、大阪孝行、日本孝行と、上には上がいくらでもあります。

しかし、一番近くへの孝行ができない人に、世界孝行ができる訳もありません。

何度も誓ったことですが、まずは8月25日という今日を精一杯生きるしかありません。

ちょっと出かけると色々なことが起こります。

私は根っからのお出掛け好きなのだとも思います。

■■■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催■■■

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清州城から大須商店街、老舗の味噌煮込みうどんを食す‐2238‐

昨日も暑い一日でしたが、上本町駅発、8時3分の近鉄特急に乗車します。

ひのとりで一路名古屋へ。

そのままJR東海道本線の岐阜行きに乗り換えました。

清洲までやってきました。

那古屋城で生まれた信長は、織田家内の争いにも勝ち、清洲城を天下取りへの足掛かりにします。

清洲城の正確な位置は分かっていないようで、更に信長が清洲に居たころは天守閣は無かったとされています。

なのでこの清洲城は完全に復元ですが、それでもテンションが上がります。

先日、堺屋太一の「鬼と人と」を読み終えたばかりだからです。

武田氏討伐から、本能寺の変までの約3ヵ月が描かれています。

天下統一へとひた走る革命児、織田信長と、格式と伝統を重んじる明智光秀が、同じ場面を交互に独白するというスタイルが貫かれています。

全く同じ現実を見ているにも関わらず、2人の心が離れていく様子が、繊細に描かれているのです。

詳細な調査があっての小説でしょうが、作者の想像であるのは間違いありません。

それでも、大いに納得できる展開でした。

信長の武将としての優秀さや特異さは、色々な本で読みましたが、堺屋太一らしく、経済面での手腕に何度もフォーカスしていました。

金銭で武士を雇う事をいち早く始めたことと、やはり楽市楽座です。

占領地で楽市楽座を布告し、免税、税の公平化、街道通行料の無料化など、国を潤すために、商人を非常に大切にしたのです。

清洲城近くにある清洲公園には、信長とその妻、濃姫の銅像がありました。

この信長がなかなかに格好がよく、炎天下の中、わざわざ写真を撮りに行ってきました。

隣国、美濃国の大名だった斎藤道三の娘が濃姫ですが、義理の姉、お市の方と共に大変美しい女性として描かれることが殆んどです。

このあたりは、司馬遼太郎の「国盗り物語」が滅茶苦茶に面白いので、熱烈推薦しておきます。

名古屋への戻りは、新清洲駅から名鉄にしました。

名鉄の車両を見ると、名古屋、岐阜にきた感じがするのです。

金山で地下鉄に乗り換え、大須商店街へ。

今回の名古屋行きは「大須商店街がおもしろいらしい」と妻が言いだしたことに始まります。

実際に行ってみると、東西南北に何筋も商店街があり、規模が大きく、かなかなの活気です。

屋根が架かっているのと、店から冷気が流れ出しているからか、結構涼しいのです。

食べ歩きできるような店が多いのも人気の秘密でしょうか。

旅先の楽しみは、勿論昼食です。

あまり探さずに入ったのですが、かなり美味しかったです。

妻は親子入味噌煮込みうどん(鶏肉と卵入り)、私はきしめんの味噌鍋にしてみました。

噌煮込みうどんは専用の麺を生から煮るのが、味噌鍋との違いとのこと。 よってコシがかなり残っています。

圧倒的に親子入味噌煮込みうどんに軍配です。

郷に入っては郷に従え、でした。

あとで調べてみると、将棋の藤井名人が勝負飯に食べたという、老舗の名店でした。

あちこちに「頑張れ、武蔵川部屋」と書いた幟が立っていたのですが、店のすぐ横に土俵がありました。

そう言えば、朝、ひのとりに乗った瞬間から、4人で向かい合わせに座り、ビールで乾杯していた家族がいました。

千秋楽を楽しみにしていたのでしょう。朝8時から、隣ではガンガンビールを飲みながら盛り上がっています。

静かに読書という訳には行きませんでしたが、それも旅の味わいです。

帰りはプレミアムシートが取れたので、いたって快適。

妻は2時間ずっと寝ていましたが。

私はかなりの旅好きですが、近い遠いに関わらず、移動すること自体が大好きです。

昨年の冬からこの夏にかけては、 「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」 に時間を取られたので、あまり出掛けられませんでした。

もう少しだけ工事は残っていますが、ようやく終わりが見えてきました。

今日は7月28日。55歳の誕生日です。

よって、ゴーゴーな1年にしたいと思います。

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■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

米と米騒動3選‐2232‐

「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」 ですが、1階の駐車場が完成しておらず、まだ車をこちらに持ってきていません。

昨日は、久し振りに自分の車に乗りましたが、2ヵ月振りだったでしょうか。

ハイラックスサーフからディスカバリーに変えて14年経ちますが、急に運転すると、いまだにウインカーとワイパーを間違ってしまうのには、我ながら驚きます。

行き先は奈良盆地の西端、葛城市。

葛城市の真ん中を南北に貫く山麓線は、南阪和道ができるまでよく使っていました。

のどかな風景の中を走る快適かつお気に入りのルートです。

所用を済ませると、ちょっと辺りを散策しました。

小さな水路ですが、澄んだ水が豊富に流れています。

葛城山系の麓まで続く棚田を潤しているのが分かります。

暑くはありますが、古い街並みにほっとするのです。

二塚古墳は景色がよいとあったので、少し登ってみました。

6世紀中頃に造られた前方後円墳です。

大きな尾根を削ってつくられたので、見晴らしがよいのですが、かつては「銭取塚」と呼ばれていたそう。

よほどお金が掛かったことが、1500年の時を超えて伝えられてきたのでしょうか。

 二塚古墳の上にもまだまだ棚田が続きます。

シンガポールの屋上絶景プールのような景色、とは言いすぎでしょうか。

こちらが棚田100選に選ばれているのかは知りませんが、やはり日本は米の国です。

天保の大飢饉の際には、豪商が米を買い占めて高騰。それを不服として大塩平八郎の乱がおこります。

大塩平八郎は奉行所の役人でしたが、奉行所の政治を良しとせず乱を起こしたのですが、失敗に終わり自決することになりました。

米に職と命を賭したのです。

また、昨年から今年にかけての高騰は、令和の米騒動とも呼ばれます。


大臣が辞任したりもしましたが、備蓄米の放出、海外米の輸入などで、政府も沈静化を図っています。

もうひとつの令和の米騒動が2023年に起こっていました。

当時、中日ドラゴンズの立浪監督が「試合前の食事会場から炊飯器を撤去した」という報道に端を発します。

後に「試合前に食べすぎるなと言っただけ」と語りましたが、「何本かの指に入るくらい叩かれた」とも述懐しています。

これだけ、米の話となると日本人は熱くなってしまうのですが、スポーツ新聞的なこのニュースが何だか妙に好きなのです。

米は大好きですが、好きすぎて普段はあまり食べないようにしています。

それだけに、たまに食べる白米は完全にご馳走です。卵、納豆、梅干しがあれば、他に望みはありません。

我ながら、なんとリーズナブルなのかと褒めてあげたくなるのです。

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さくらんぼとビールと天下人‐2226‐

先週の水曜日に、大阪も梅雨入りしました。

しかし、今週はほぼ晴れの予報です。

ありがたいことなので、晴れた日はできるだけジョギングにでています。上町のアトリエを中心に、今日は東、今日は南といった感じで。

比較的、大阪城のある北が多めになるのは、やはり信号が少ないから。

しかし、大阪城は近くに行くと意外に天守閣が見えにくいのです。

正門である大手門をくぐると正面に見える「大手口桝形の巨石」。

表面が29畳もある巨石が使われているのは、自らの力を誇示するためです。

大阪城内でも4番目の巨石ですが、これは豊臣時代のものでなく、徳川時代に築かれたものとありました。

とは言え、信長の草履とりから日本初の天下人となった秀吉の功績は、大阪にとって計り知れないものがあります。

たとえ現天守閣が、徳川時代の再現だったとしてもです。

天守閣が良く見えるのは南東の森ノ宮あたりと、北西の京橋口あたりでしょうか。

周囲をくまなく回っていますが、京橋口あたりの内掘越しの天守閣はなかなかの迫力です。

内堀はお掘めぐりのツアーもありますが、若干人も少な目。

とても気に入っているのです。

先週末、宅急便から旧事務所へ届け物があると連絡があり、受け取りに行くと山形のさくらんぼでした。

りんご、さくらんぼと、この数年、あるご縁で宮城の社会保険労務士の方から頂きっぱなしで……

申し訳ないという気持ちとは裏腹に、口に入れると何とも言えない上品な甘さが広がります。

とびきり美味しいのです。

と思っていたら、夕方には、長男からLINEギフトが届きました。

そう言えば、昨日は父の日でした。

母の日に、妻へプレゼントを贈っていたので「父の日はいらないよ。自分のために使って」と言っておいたのですが、エビスビールを贈ってくれました。

子供には、出来るかぎり伝えたいことは伝えたつもりですが、プレゼントについても話したことがあります。

「物は、好みが本当に難しいから、無くなるものにしなさい。食べ物とか、花が一番いいと思う」

それを覚えているのか、いないのか分かりませんが、やはり嬉しいものです。

お礼とともに「就活しっかり頑張って」と返しておきました。

社員も相当数雇用し、子供と同じ熱量で伝えてきたつもりですが、現在残っている社員はひとりもいません。

京セラ創業者の稲盛和夫さんは、京セラフィロソフィーの中で「大家族主義で経営する」と謳っていますが、このような説明があります。

創業時にはお金も技術もないものだから、心を頼りにしていくしかない。ただ「心」といっても漠然と不安なので、いちばん固く結びついているものは何かと考えたところ、それは家族の絆だと思い付いた。

それでは、家族と社員とでは何が違ったのでしょうか。

熱量はむしろ社員の方が注いだかもしれません。しかし、愛情が少なかったのだと思います。

そこは真摯に認めて反省するしかありません。

さくらんぼとビール。

これは現実に目のまえにあるものです。(エビスビールはまだ届いていませんが)

あるものとないものをしっかり見極めて、第3ステージと位置付ける、この地で結果を残したいと思います。

天下人になれるかは別にして、目指すのは、誰にも許されるはずですから。

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10皿のマリアージュ‐2221‐

昨日は、早めに仕事を切り上げて、東梅田から御堂筋を南に下ります。

西天満にある、大江ビルヂングあたりまでやってきました。

大江ビルヂングは1921年(大正10年)の完成で、和洋折衷様式です。

学生時代、友人がビル内にあった「番画廊」で個展をした際に初めて訪れました。

随分昔から知っている事になりますが、調べてみると2013年に閉廊(この言葉も初めて知りました)したようです。

そのはす向かいにある「十皿」というお店が予約できたのでと、ある方から夫婦で誘って頂いたのです。

少し早めに到着しましたが、落ちついた感じの空間です。

お品書きにはこうありました。

十皿(とさら)は、季節の食材と粋な器、ワインのマリアージュをどこまでも楽しんでいただく場です。

Webサイトにある、和食とイタリアンの感性を融合、という言葉も気になります。

店名の、「十皿のコース」と「寄り添うワイン」をオーダーすると、それぞれの皿にあったワインを都度出してくれるのです。

まずは、辛口のスパークリングからでした。

1皿めは「焼き穴子のロワイヤル きゅうり餡」。

彩りが素晴らしいですが、カリッと焼き穴子も絶品です。

2皿めは「神戸ビーフの手毬寿司風 発酵玉葱」。

オーナーシェフは淡路島の出身で、地元で採れた食材がふんだんに使われているようです。

3皿めは「針イカの墨和え 木の芽リゾット」。

針イカと聞いてピンときませんでしたが、コウイカのようです。

木の芽の香りが旬を感じさせてくれます。

私の食レポを10皿するのも何なので、少し飛ばして8皿めの「仔羊の薫製ロースト モホソース」。

モホソースは、スペイン領カナリヤ諸島(モロッコの北あたり)原産のソースのようです。

エスニックで、パンチのある味わいでした。

最近、羊づいていますが、やはり仔羊は美味しい。

9皿めは「うすい豆の土鍋ご飯 桜海老」。

豆ごはんの甘くもっちりした触感と、塩味を効かせ、カリッと揚がった桜海老の相性が抜群でした。

これだけ美味しい料理に合ったワインをセレクトしてくれるので、こちらはただ楽しむだけ。

ブランデーのような香りがする、このワインが私はとても気に入りました。

10皿目はデザートで、エスプレッソとで頂きました。

完全に大満足です。

予約を取ってくれたのは、「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」の江口さんでした。

「必ず大繁盛クリニックにする」という目標を掲げ、昨年の9月に開業

12月には打ち上げの会を催してくれました。

12月の時点でも、順調な滑り出しと聞いていましたが、さらに5カ月が経過。

スタッフの方も定着し、現在診れるほぼ目一杯の患者さんが足を運んで下さっているとのことでした。

私ができることは限られていますが、江口さんは「MR(医薬情報担当者)の人が、こんな待合いは見たことがない、と褒めてくれるんです」と感謝してくれます。

どんな時もフルスロットルで働いてきたつもりですが、これだけストレートに感謝の言葉を掛けてくれる方もなかなか居られないので、救われる気持ちになるのと、自信にもなるのです。

一番の問題は、以前ほどジョギング、ウェイトトレーニングの時間が取れないことのようです。

極めて仕事の早いドクターの中でも、特に仕事の早い江口さんが、その時間が取れないくらい、開業は大変なのだと実感したのです。

マリアージュはフランス語で結婚を指します。

食事とワインに対しても良く使われますが、互いが引き立てあうことで、より高いレベルに至る様を表現しているのでしょう。

クライアントと建築家の関係も、マリアージュという言葉で表現できるかもしれません。

そんなことを書くと、江口さんは気持ち悪いかもしれませんが、その位の覚悟はしているつもりです。

10皿のマリアージュ。とても楽しい夜でした。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

鮮やか弁当の、美しさと品質‐2217‐

上町周辺は、住宅地と商業地が入り混じっている感じですが、結構公園があります。

藤棚の藤が満開でした。

日本、中国で紫は高貴な色とされますが、甘い匂いにも品を感じるのは私だけでしょうか。

チューリップも公園に彩を添えていました。

普段、昼食は妻に作って貰った弁当です。

少し前ですが、「たまには買った弁当でも」となりました。

すぐ近所に、「2階のべんとう屋さん 上町店」という店を見つけていたのもあります。

値段は1000円ちょっとから。

普段使いとしては少し高めでしょうか。

ちょっと贅沢してみました。

・2階のわっぱ弁当 ¥1100

・チキン南蛮&おかず達 カリカリ梅ひじきごはん ¥ 1170

どちらも彩が鮮やかで、紫の付け合わせが印象的です。

なのですが、チキン南蛮に掛かっていた紫のタルタルソースをみて、少しだけ「ん!」と思ったのも事実です。一瞬、見た目重視なのかなと思ったのです。

しかし、全くの杞憂に終わりました。

見た目を軽く上回るくらい、全ての品が美味しかった。特に、明太子がちょっと乗った出汁巻きは素晴らしかったです。

店員さんに聞くと、毎日本店から運んできているので、売切れ次第終了とのこと。

「2階のべんとう屋さん」は、大阪府大阪狭山市の金剛駅前にありました。

「2階」というハンディを名前に入れ、努力、工夫を重ねてきたのでしょう。下手な料亭に行くより美味しいのでは、と思ったのです。

美しさと品質。

建築も全く同じことを問われます。

昨年の9月にオープンした「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」は、5社によるコンペでした。

そのコンペになる前には、医療専門の会社からも計画案が出されていました。

誰の意見か忘れましたが、「あまりお洒落すぎると、年配の方が敬遠するのでは」というものがありました。

その意見に、私は真っ向から反対しました。

「本当に美味しい料理なら、見た目が美しすぎるからと言って、食べたくないとはならないと思います」と。

そんな空間を創るのが私の仕事で、人生の目的です。

それが出来たのか、出来なかったのかは10年後に分かるのだと思いますが、そう思わないことには何も始まりません。

今日もホームランを打った大谷翔平選手の言葉を借りるなら、ヒリヒリした真剣勝負こそが、それを実現する唯一の方法だと思うのです。


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