
関西で最も美しいビルはと聞かれたら、大阪ビジネスパーク(OBP)のクリスタルタワーと答えます。
1990年の完成で、竹中工務店の設計施工です。

OBPは寝屋川と第二寝屋川に囲まれる三角州のような地形になっており、その先端に建つのがこの美しいビル。
まるでOBPの番人のようです。

その名前の通り、洗練された透明感は唯一無二と言ってよいでしょう。

残念ながら2023年に休刊となった『新しい住まいの設計』。
多くの作品を掲載して貰いましたが、「地元建築家がガイドする名建築 大阪編」にナビゲーターとして寄稿したこともあります。
その際にもこのクリスタルタワーを取り上げました。

しかし今回は、その前にある、存在感十分のモニュメントの話です。
彫刻家、流政之の『HOMMA DEKKA』。
1923(大正15)年長崎に生まれた流政之の父は立命館大学創設者で、同校に1941(昭和16)年に入学します。
しかし戦時中はゼロ戦のパイロットとして兵役をつとめました。
出撃命令の前に終戦となり、その後大学も中退します。
その後日本を放浪し、1955(昭和35)年頃から彫刻に打ち込むようになります。
海外の芸術家から高く評価され、1960年代に渡米し、世界的に評価されるようになります。
1966(昭和41)年、香川県庵治町にアトリエを構えます。
同じく世界的彫刻家、イサム・ノグチや家具作家、ジョージ・ナカジマを庵治町に連れてきたのは彼のようです。
2018(平成30)年に95年の生涯を閉じます。

OBPは明治時代から砲兵工廠があり軍事兵器を製造していた過去があります。
『HOMMA DEKKA』は、何だか歪んだ、現実感の薄い、錆びた巨大な大砲のようなモニュメントです。

コミカルと言えるほどバランスも欠いています。
戦争、軍事兵器に対しての皮肉のようなものを感じるのです。

自身も、特攻していたかもしれないという気持もあったはずです。
代表作『サキモリ』は、九州で防備にあたった兵士「防人」を思い、内臓を取り去り精神だけを残した像です。
彼の戦争体験が強く影響しているのは間違いないでしょう。
昨日は、長崎に原爆が投下されてから81回目の原爆の日でした。
戦争の無い世の中は絶対来ないのでしょうか。
つまらないエゴは捨てて、ただただ当たり前の平和を望みます。
■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』で「回遊できる家」が紹介されました■■■
■■5月8日『ミラタップ』のカタログに「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■
■10月1日『建築人 10月号』に「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■