今年は本当に寒い日が続きます。
昨日は京都にいましたが、寒さのレベルが違います。街中でも随分な積雪になりました。
しかし午後からは晴れ、キリッと冬晴れに。
加茂街道から、東山を望みます。
山、川、盆地が、京都の景色を印象付けます。雪大文字がくっきりと浮かび上がっていました。
今日はバレンタインデー。もうすぐ、世界で一番嬉しいプレゼントが生れてきそうです。
2008年も始まって三日目。
今日は一回目の木曜日です。今年もゲツ、モクとUPしますので宜しくお願い致します。
私達一家は、新年を和歌山県加太の休暇村で迎えました。
母の還暦を祝う為、1ヶ月前からバタバタと探し始め、なんとか大晦日に大人6人、子供3人の宿泊を確保できたのがここ。
あちこちに電話していると”ああ、今ちょうど2部屋空きました。キャンセル待ち出来ないので、ついてますね”と。
そのシステムがラッキーです。その割りにと言っては何ですが、加太港や友ヶ島を見下ろす景色は抜群です。
31日は強風につき海は荒れていましたが、その分空気は澄んでいました。
四国や淡路島を背に、見事な夕日が瀬戸内海に沈んで行きます。
さよなら2007年!
その晩は、ささやかながら母へのお祝い。プレゼント無しでは味気ないので、自作で花束を作ってみました。
父も母も田舎の出なので、大阪にいる家族はこれだけです。しかし私達兄弟も結婚してこれだけに増えました。
なんと言って良いのか、有り難いことです。
還暦のいわれは良く聞きますが、もうひとつ理解していませんでした。十干(じゅっかん)は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10の要素からなり、十二支は子・丑・寅・卯・辰・
巳・午・未・申・酉・戌・亥の12の要素からなり、あわせて干支(えと)と呼びます。
10と12の最小公倍数は60なので、干支は60期で一周することになるのです。
明けて元旦はピッリと冷えましたが快晴。
ようこそ2008年!
今年も皆様にとって素晴らしい一年となりますよう。
2007年も今日で終わり。今年の大晦日は木曜日です。簡単に一年を振り返ってみました。
年始に掲げた目標の一つに”ブラインドタッチ”がありました。その結果は……
”ほぼ達成”です。完璧とは言えませんが、現在も一応手元は見ていません。
仕事では、2つの書籍で作品を紹介して貰いました。年が明けると他の2誌でも掲載の予定です。
楽しみにしているのはテレビです。一度日記に書きましたが、住宅の建替え計画を、解体から完成まで取材して貰っています。
今年の9月から工事が始まり1月末に完成予定。取材は月に1回くらいのペースで、クライアントと私にインタビューもありました。
過程を映像で見れるのはとても楽しみです。2月に、20分くらいの枠で放送される予定なので、まず完成させなければなりません。しかし関東ローカルで関西での放送は無いのは残念なところですが……
尊敬しているに聞いた言葉です。
”過去と他人は変えられない。変えられるのは未来と自分だけ”
常に自分に厳しくありたいと思っていますが、終わった事を悔いるだけでは意味がありません。
至らなかった所は反省し修正する。良かった所はさらに伸ばせるよう工夫する。
しかし大晦日の今日だけは、出来るだけ自分の良かった所を探し、褒めてやりたいと思います。
そして、明日からは無限の可能性がある未来へ向けて、新たなスタートです。
最後に、今年も一年本当に有難うございました。来年も素晴らしい一年となりますよう、心からお祈りしております。
2007年12月31日 守谷昌紀
ついに12月に入りました。今日の大阪は生憎の雨。自転車、徒歩通勤する人にとって、この時期の雨は辛いものがあります。
こんな日には、高校生の時、友人が言っていた言葉を思い出します。”ハイテクの時代と言っても、雨が降れば傘。ローテックな対処方やな。この部分では全く進歩してないんと違う?” と。
もし画期的な方法を見付ければ、大ヒット商品間違いなしです。
週末は良い天気でした。日曜日の午後、子供を連れて近所の公園へ。
日が短くなったので、4時頃になると、もの寂しい感じになってきます。
桜が紅葉していましたが、すでに散り際。
そろそろ年賀状の準備をしなければなりません。まだ候補が無いので、何枚か撮ってみました。
昨年はのモミジの赤を背景に、今年はイチョウの黄色をと目論んだのですが……。
都会の公園では駄目でした。一番絵にならないのは、やはり洗濯物でしょうか。
マクロの写真はロケーションが全て。ミクロの写真は被写体が全て。
来週あたり、背景を求めて出掛けていかないと。
私の血液型はA型。父も母も同じです。一般的にですが、以下の傾向があると言われます。
A型-几帳面、神経質
B型-自己中心的、お山の大将
AB型-AとBの2面性あり
O型-大らか、のんびり
日本人はA型が一番多くて約40%。O型、B型と続き、最も少ないAB型は10%程。最近知ったのですが、4つのタイプが10~40%にばらけているほうが、世界では珍しいそうです。
アメリカ人、フランス人の白人は、A型とO型が9割を占めます。
アメリカの先住民族に至っては、ほぼ全員がO型。それで、血液型による性格判断など誰もせず、自分の血液型すら知らない人も多いようなのです。
日本では、血液型による性格の研究が以前から盛んでした。現在では学術的根拠は無いと結論付けられています。
人間をを4種類で分けられるとは思いません。学術的根拠もありません。それでも、経験的に傾向はあるような気がするのです。
友人は比較的B型が多い気がします。特に末っ子が。ちなみに妻はB型の長女で、長男はA型です。
先週の土曜日、久し振りに母の郷里に帰りました。祖父の7回忌だったのです。香川県満濃町は、瀬戸大橋を渡れば車で30分ほど。
祖父母4人はみな本当に元気でした。6年前に初めて祖父を亡くします。87歳でした。
祖父は、7人兄弟の次男に生まれます。比較的大きな農家でしたが、14、5歳の頃、弁護士を目指して東京へ。書生しながら勉強し、東京の大学に進みます。
これからは何をするにも学が必要と考えていました。昭和5年頃の事、日本は戦争への道をひた走っていました。
在学中に第二次世界大戦が勃発。中国大陸に出兵されますが、なんとか生還。戦後は通産省で働き、マッカーサー率いるGHQと、政府の橋渡しの仕事をしました。しかし過労もあり、結核を患います。療養の為、故郷に戻る事になったのが、昭和30年。祖父37歳、、長女の母が5歳、叔父3歳の事でした。
結核の為、最終的に肺を一つ切除することになります。その前後10年間は、働く事が出来ませんでした。祖母は子供2人を育てるのに懸命に働らき、随分苦労をしたようです。
やっと体調が戻りはじめた祖父は、電気屋を始めます。都会で使った便利な家電を、重労働に苦しむ農村の女性へと考えたのです。
その理想を実現する為、起こした会社は”生活改善社”。金毘羅さんに通じる参道に今もあります。
祖父の生い立ちについては、何となく知っていました。
しかし、10年も働けなかった事、肺を失った理由が結核だった事、それによって、祖母、母、叔父は働きづめだった事は、初めて知りました。90歳になる亡き祖父の妹が、教えてくれたのです。
祖父は今、讃岐富士を望む墓地に眠ります。孝行したい時に親はなし。祖父母も同じでしょう。十分孝行できたかと聞かれれば、やはり首をかしげざるえません。
しかし祖父なら”そんな事を悔やむより、り、一生懸命働き、真面目に生きなさい”と声を掛けてくれると思います。
そんなことを想う、秋晴れの7回忌でした。
日曜日の天気は、なんとか持ちました。2歳の長男が通う保育園の運動会だったのです。
初めての昨年は散々で、練習していたお遊戯も全く出来ず、徒競走も泣いてしまい、手を引かれてゴール。
”なんでも初めが肝心。負け癖が付かないよう、初の勝負事は一番で……”という願いはかないませんでした。
さて、今年も開会です。
何が熱心って親です。並ぶビデオの数はこの通り。そういう私も同じようなものですが。
今年の徒競走は……昨年と同じく先生に手を引かれて、でした。
やる気満々で走る練習を繰り返していたのですが、またダメでした。初勝利は来年にお預けです。
お遊戯のほうはなんとか無事演技終了。
約300人の園児一人につき2~4人の保護者が来場している感じです。観客はざっと見ても1000人以上。場内は妙な熱気に包まれています。
この雰囲気からは、どうして無気力な子供が増えていくのか分かりません。親の熱と子のやるきは反比例するのでしょうか。しかし、少なくともネガティブな印象は持ちませんでした。
これからも地域のイベントには出来る限り参加して、わが子と共に街の雰囲気も見守っていくつもりです。
やっぱり体が資本。と言う事で、人間ドックに行って来ました。午後からの半日のコースでしたが、朝7時から夕方4時までの絶飲食は少々応えます。
何が一番辛いかと言えば、バリウムを飲んで台の上でグルグル回るあの検査。偶然かもしれませんが、検査技師の人も怖めの人が多い気がするのです。
”は~い。ゲップはしな~い” ”そのままの姿勢でちょっと我慢してエ” ”じっとして動かな~い”と隣室からマイク越しの指示が次々に飛んで来ます。おまけに、例の機械からゴム球みたいなのが付いているアームが伸びて来て、お腹を押さえ始めるのです。
ゲップを我慢しているのに、機械に容赦なく押さえつけられ……まあ自分の為にやっているのですが。
結果は後日郵送されて来ますが、その場で分かる事もあります。こだわっているのが視力。今回も何とか両目とも1.5の牙城を守りました。しかし、あのCの文字がどんどん小さくなってくると心の中で ”ん~、多分上”とか”次は右で勝負!”とか言ってます。
以前、アフリカの人の視力が4.0とか言うのは、例えば草原でシマウマを見つける時、その洞察力も含めてと聞きました。なので雰囲気でも何でも合えばそれが視力と思っているのです。
ついに7月。気分的に梅雨は終わりました。
この日曜日は”嫁の日”となり、一日子供を見ることに。理由は最近ほとんど子守をしなかったからですが。
丸一日となると……、考えた末、近くの長居プールへ行く事に。
7/1がプール開きでした。朝の10時に行くと、小学生中心ですが結構な賑わい。
うちの子供も、キャッキャとはしゃいでいたので、喜ぶままに泳がせていると唇が紫色に。慌てて服を着せると、子供もなんだかバツが悪そう。
そのまま近くにある植物園へ。ハスが満開でした。
池一面に花が咲く光景を見ると、仏教がハスを神聖なものとするのも、分かる気がします。何故か”誕生”という言葉を連想しました。
最後は自分の趣味で、併設する自然史博物館へ。正面にあるナガスクジラの骨格標本は、いつも凄い迫力です。
館内は、夏休みを意識してか、子供向けの展示が増えていました。タヌキ目線の展示映像は覗き窓が秀逸。タヌキの目なのです
長居公園内で、プール、植物園、博物館と一日遊びました。ここは本当に使い勝手の良い公園です。
自転車で行っていましたが、帰りは子供もすっかり熟睡でした。妻は良く言います。”寝てる時が一番かわいい”分かる気もします。
勝手にですが、これは許されるんじゃないかと思う自慢が2つあります。
一つは食べ物の好き嫌いが無い事。自分では”味オンチじゃない”つもりですが、料理と言われれば何でも食べます。食べたくないモノに出会った事はありませんし、どんな物でも何処か美味しい所を探します。
もう一つは、小、中、高の12年間で、全て皆勤賞を貰った事。特に中学、高校は大して勉強もしないのに、1時間半掛けて通っていました。行くのが特別楽しみとか、風邪をひかなかったのでもないのですが”学校を休む”という発想が、我が家に無かったのです。親は「学校に行く=勉強している」と思っているので、毎朝確実に起こしてくれました。
両親とも”好き嫌い”を言いませんし、実家は1階が仕事場なので休業しているのも見た事がありません。加えて父がとても怖かったので、子供がそんな我がままを言う雰囲気も皆無でした。しかし、今は感謝しています。なんでも美味しく食べる事が健康の源だと思いますし。
ところが今頃になって、父は豚肉が嫌いだったとか、母は鳥のレバーが食べられない事が分かりました。そう言えば、実家の食卓にそれらが出てきた事はありません。要するに”嫌い”を言っている、姿を見なかっただけなのです。
健康が取り得の私も、最近はあちらこちらが痛かったり、風邪の治りが遅くなって来ました。なので7月の初めに、生れて2回目の人間ドックに行ってきます。前回は家族も驚く全項目A評価。
今回も自慢でlきる結果になるかどうか。自慢は何でも嫌われますが……