カテゴリー別アーカイブ: 09 家族・私

振り替え休日は雨

 今日は勤労感謝の日の振り替え休日。

 天気が良ければ、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に行くつもりでしたが、生憎の雨模様。

 ぐずる子供を説得する為、クリスマスプレゼントを探すということで、堺市の北花田阪急へ。 9:30amには到着。皆同じようで、朝から結構な人出でした。

 親としては、出来れば図鑑とかブロックなどが嬉しいのですが、そうは行かないようです。

 今までならこちらの勧めるものから選んでいましたが、徐々に希望がはっきりしてきました。今回はどうも仮面ライダーのベルトになりそうなのです。

 納得はしていませんが、クリスマスプレゼントくらいは、本当に欲しいものでないと意味が無い気がするので、そうしようかなと思っています。

 その後は子供広場で。

 折角一日子供と遊べる日だったので、ちょっともったいない気もしますが、天気のことは仕方ありません。

 同じ敷地にあるイオンで夕食を買って帰りました。今晩は、エビフライにして貰いました。勤労感謝の日なので。

七五三

昨日は、七五三のお祝いに神社へ行きました。

allaboutによると、昔は乳幼児が生きること自体が大変だったので、7歳までは神様からの預かり物と考えました。

よく良く元気に育てってくれた、という気持ちが根底にあるようです。

縁起が良い奇数に祝い、3歳は男女両方、5歳は男の子、7歳は女の子です。

3歳は「髪置(かみおき)のお祝い」。昔は、3歳までは男女共に髪の毛を伸ばさず、そり続けていたそうです。頭髪から病気が入ってくるという考えからでした。3歳は髪を伸ばす区切りだったのです。

5歳は「袴着(はかまぎ)のお祝い」。男の子が初めて袴を着るお祝いです。11月15日なのは、徳川5代将軍徳川綱吉の息子、徳松君の袴着のお祝いをこの日に行ったことからと伝えられています。

7歳は「帯解(おびとき)のお祝い」。女の子はそれまで紐で着ていた着物を、この時から帯を締めるように変える為です。

昔は「数え年」でお祝いしていましたが、現在は実年齢でお祝いする場合もあります。

今回は長男と甥っ子が3歳の「髪置(かみおき)のお祝い」でした。

段々言うことを聞かないざかりになって来ました。徐々にお祖父ちゃんの怒鳴り声も増えてきます。

これだけ医療が進歩したので、当たり前にも感じますが、小さな子供が元気に成長している事だけでも、本当に幸せなことです。

下の娘が7歳になる頃には、私は45歳。

子供の成長に負けないくらいの7年をおくり、何より元気でないといけないな、などと思うのでした。

イターリアより

今日から日曜までは、当事務所も夏休み。

ずっと良かった天気がここに来て崩れそうなのが若干の心配でしょうか。

今、妻の友人がイタリアから帰省しています。先月は奈良まで遊びに行っていました。先週、ご主人も来日し、我が家に遊びに来てくれました。

イタリアはミラノから、ようこそ大阪へ。

子供たちはもう一ヶ月以上日本に滞在しています。

日本語はお父さんよりも上手。日常会話には困りません。

昨年は奥さんと子供だけでの帰国でした。その時も遊びに来てくれました

我が家の長男と末っ子次女は同い年。今年は譲り合う光景も見え、仲良く遊べました。

こちらのご主人、ホスピタリティーに溢れた人で、イタリアから持ってきたパスタで料理を振舞ってくれました。

3年前の来日でもご馳走になったのですが、プロ顔負けの腕で素晴らしく美味しいのです。

日本が世界にほこる文化、畳に寝転んで記念撮影。

イタリア、6歳、5歳、3歳。日本、3歳、6ヶ月。

5人の家族は奈良へと帰って行きました。2週間後にはミラノへ。

毎年の帰省は大変なので、2年に一度になるかもしれないとのこと。

「残念」と言うと、来てくれたいいのにと。それもそうです。待ってるだけでは能が無いので是非行来きたいと思います。

前にもそんな約束をしたはずなので、ここ2年の間には何とか……

花嫁の父は

 日曜日は、京都に行っていました。母方の従姉妹が結婚したのです。

 朱塗りの大鳥居で有名な平安神宮で挙式しました。

 それを終えると、主役の二人は人力車で登場です。

 披露宴会場は平安神宮のすぐ南。疎水のほとりにある、静かなレストランでした。

 京都市動物園の辻向かいで、疎水越しに中が覗けます。時折キリンの姿が。子供達はすぐに退屈してしまうので、こんなことが有り難いのです。

 式の最後には、花嫁から両親へのメッセージ。

 花嫁の父は、私にとっては叔父です。小さい頃は本当に良く遊んで貰いました。

 心優しい人で、つい私も目頭が熱くなりました。

 従姉妹は勿論泣いています。叔父もやはり……泣いていないのです。

 娘を送り出す父は、ただ辛く寂しいものだと思っていました。しかし現実はそれだけでは無いのかもしれません。もう少し思い出してみると、号泣していた人など居なかったような気がします。

 花嫁の父。哀愁を秘めた、なんとも奥ゆかしい言葉です。

初宮参りに思う

境内の中の家」という作品が完成したのがこの2月。

 昨日、その神社へ長女の初宮参りに行って来ました。クライアントとして色々な話をしましたが、神職者としても尊敬できる方だったからです。

 長女が生れて3ヵ月。初宮参りが遅くなったのは入院があったからです。

 一般的に出産後は5日ほどで退院です。生れて一週間経った頃、24時間の看護体制があるところに移った方が良いという事になりました。

 ある数値が不安定だったのです。即日救急車で移送されることになりました。

 急なことだったので、妻も動転しています。私も一緒にバタバタしてしまってはと、自分にまあ落ち着けと言い聞かせました。

 それから1ヶ月過ぎた頃に2つ目の病院を一旦退院。一週間後の検査でまた安定せず再び転院。そこは市内でも有数の規模を誇る総合病院でした。

 結局原因は分からずじまいでしたが、数値が徐々に安定しだした4月の中頃、3つ目の病院を退院したのです。

 これだけ医療が進んでも、分からないことは沢山あるそうです。それを聞いて何かホッとする部分もあります。しかし進んだ医療のおかげで、原因が分からないことが分かったのです。

 3歳未満の子供の医療費は、概ね月額の上限があります。保護や保険はバイタリティーを奪うという気持ちは変わりませんが、その手厚い補助は、必要に迫られタクシーに乗ったりと、出費がかさむ私達にとって、有り難いものでした。

 娘が入院している間に、気付いた事がありました。

 3つ目の病院には、重篤な子供も多く入院していました。両親は寝泊り出来ない規則なので、夜の8時に帰らなければなりません。

 2、3歳の子供は、母親が帰る時には勿論泣きます。そんな光景を見るのは辛いですが、それが日常である彼らにとって、いちいち悲観している暇など無いのです。どんな状況であれ、泣き笑いしながら逞しく生きているのです。

 「かわいそう」はあくまで、人事と感じての視点です。それはそれでも良いのですが、私も入院する娘を持つ身となり、初めてそれが分かったのです。

 それから「~でなくて良かった」とは考えなくなりました。また考えないようにしました。誰かと何かを比べることで、自分を納得させている姿は、恥ずかしいと感じたのです。

 在る、だけで幸せ。不幸と感じても幸せ。在れなければ、そう感じることさえ出来ないのですから。

 「何故生きるのか」という問いにはいくつもの答えがあります。しかし今はどんな状態であれ、人は生きる為に生きるのだと思っているのです。

プレゼントのストーリー

 先週金曜日の夜。事務所に70cmはある大きな小包が届きました。

 送り主を見ると愛媛県にあるショップのようで、その名前しか無い。誰が送ってくれたのだろうと、電話しましたがもう閉店のあとでした。それで、問い合わせのメールを出しておきました。

 その小包を家に持って帰り、妻に「誰からやろう?」と。少しだけ包みを破ると、乗って遊べるパワーショベルなのです。このプレゼントのセレクトはあの方……

 子供はもう寝ていたので、その晩は開封せずにおきました。翌朝、子供に破った所から覗かせ、

 「誰が送ってくれたんやろう」と聞くと、「ん~、ヒゲのおっちゃん!」

 1歳のクリスマスにはキャタピラーのブルドーザー、2歳の時にはパワーショベル&運送用トラックの玩具をプレゼント下さった方です。

 「やっぱりそう思う?じゃあもう開けてしまおうか!」となったのです。

 ヘルメットもいたく気に入ったようで、いろんな物をすくいまくっています。

 明けて月曜日の朝、「備考欄にお名前を書き忘れてしまい……」と連絡が。やはり私達が想像した方でした。
 
 3年前のクリスマスの事。ホームパーティーに招いて頂いた上、家族皆にプレゼントを。私には芯ホルダーという筆記用具でした。

 聞けばイタリアで買ったと。確かイタリアに行っていたのはその年の9月。3ヶ月も前のことなのです。

 お呼ばれする時「何もっていったらええやろ~」とか言っていた自分が情けなくなりました。 

 絵画、写真、建築もそうですが、人の心を動かすプラスアルファーは、背後に感じるストーリーだと思っています。

 プレゼントも同じかもしれません。長男のパワーショベルには重機ストーリーが、私の芯ホルダーにはイタリアンストーリーが流れているのです。

今年の桜

日曜日とは打って変わって、今日は気持ち良い天気です。この週末に、先月生まれた長女が帰って来ました。入院していたのです。

結果的に、何かの治療をした訳では無ありませんが、ある数値が低く、入院して様子を見たほうが良いとの判断からでした。

出産は近くの病院でしたが、少し離れた総合病院へ転院したので、妻は毎日授乳に通っていました。

産後の母親は消耗しているので、随分大変だったと思います。

娘が一ヶ月半を病院で過ごす間、感じた事は「私には何も出来ない」でした。

ミルクを与える訳でなく、おむつを変える訳でなく。毎週日曜日に、3:00pmからの面会時間に行って2、30分抱っこするだけ。

深刻に考えてはいませんでしたが、それでもぼんやりした無力感があります。「今まで間違った事をしてこなかったのか?精一杯生きて来たのか?」等と自問したりもします。私自身が間違っていようが、いまいが、娘の症状に影響するはずも無いのに、そんな気分になるのです。

しかし、結局は自分の役割を精一杯果す事しかないのだな、と思うようになりました。一所懸命仕事をする。ただそれだけです。

桜が咲く頃までには、というのが願いだったので、今は心から喜んでいます。

やっとこれから家族4人での生活が始まります。しつこいですが、彼女が嫁ぐまで。

今年の桜は、嬉しくもほろ苦く感じられるのです。

実家、実家

 土曜日の昼間は、春一番を思わせるような温かい風でした。ようやく春かなと思うと、夜からは雪。

 長男が水疱瘡にかかってしまい、急遽、妻の実家で面倒を見てもらっていました。日曜の朝、高槻へ迎えに行くと、ちょとした雪景色。

 今年は本当に良く雪が降ります。こんなに降った記憶がありません。

 数年前までは、スキーに良く行っていました。今年はちょっと難しそうです。

 日曜日はいつもの事で私の実家へ。父が「今年は、1回もスキーに行かへんねやったら、孫連れて、ソリ遊びでもしに行ってくるか」と。

 「是非、連れていったって!」が本音ですが、「そやな。時間あったら頼むわ」と私。父子の関係は大体そんなものでしょう。実家と実家。最近はとっても助かっているのです。

一時大家族

 先週はバタバタとした一週間でした。

 妻は出産の後も、明日のまで入院の予定です。その間、私と長男は実家で生活しています。加えて、母方の祖母が久し振りに香川から出てきて、4世代で実家に暮らしているのです。

 少し前の日本なら、当たり前の事だったのでしょう。私の両親は共に田舎から出てきているので、いわゆる核家族でした。家系的には長寿傾向なので曾祖母に会った記憶はあります。しかし遊んで貰った記憶はありません。

 それを思うと、非常に良い機会だと思います。実家は大きな家ではありませんが、家族4人だったので、私達兄弟には自分の部屋がありました。小さい頃は嬉しいことでしたが、親の加護の元にいるのにプライバシーが完全に保たれているというのも矛盾する気がします。

 仕事人として考えると、個室が無いほうが良いとは思いません。しかし、快適を上回る経験はあると思うのです。むしろ快適でない時にこそ、学ぶことが多いのかもしれません。例えば、ウソをついて遊びに行った帰りは気が重くなるように。

 メジャーリーガー、イチローの父は小学校から高校を卒業するまでの間、一日も欠かさず練習を見に行きました。やはり、愛情=時間という気もします。

 自分が足りていない分、両親に期待していると言う部分もありますが、頭を下げてでも頼みたい気持ちはあります。愛情ある目が多ければ多いほうが良いに決まっていますから。

WHAT A WONDERFUL WORLD

家族がもうひとり増えました。3060gの元気な女の子です。

長男が生れた時、頭に浮かんだのは、ルイ・アームストロングの「WHAT A WONDERFUL WORLD」。彼女にも、同じ言葉を贈りたいと思います。

「ようこそ、素晴らしきこの世界へ!」と。

初めて女の子と聞いた時は、やや驚きました。全くイメージしていなかったのです。

長男の時は逞しく生きて欲しいと願いました。今は、幸せになって欲しいと願います。その違いが何か解りませんが、確かにそう思います。

どこかで思っています。いつかは「花嫁の父か」と。出来るなら、この素晴らしき繋がりを続けて欲しいと願うのです。

家族がもうひとり増えました。3060gの元気な女の子です。

長男が生れた時、頭に浮かんだのは、ルイ・アームストロングの「WHAT A WONDERFUL WORLD」。彼女にも、同じ言葉を贈りたいと思います。

「ようこそ、素晴らしきこの世界へ!」と。

初めて女の子と聞いた時は、やや驚きました。全くイメージしていなかったのです。

長男の時は逞しく生きて欲しいと願いました。今は、幸せになって欲しいと願います。その違いが何か解りませんが、確かにそう思います。

どこかで思っています。いつかは「花嫁の父か」と。出来るなら、この素晴らしき繋がりを続けて欲しいと願うのです。