カテゴリー別アーカイブ: 05 芸術・エンターテイメント

好ましい‐1230‐

 今年も残すところ2週間になりました。

 冬が遅くなったとはいえ、奈良の山深くでは、雪もちらつきます。

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 池原ダムのある下北山村は常緑樹が多く、六甲山系などとは趣を異にします。

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 西宮にある甲山。山全体が色づいているようです。

 本当に美しい形だと思っていたら、古代では信仰の対象だったとありました。

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 山中では、サルも冬支度に、水際まで下りてきます。木の実を食べているのか、木の根を掘っているのか。

 掘った土や小石を湖に捨てるので、釣り人には結構迷惑。こちらは遊ぶ身ですが。
 
 2011年11月、ニューヨークに行っていました。

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 その時に、世話になった中高の友人は、 映画監督、またカメラマンでもあります。

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 ニューヨークからライトの落水荘まで、車で8時間。レンタカーで一緒に行きました。

 その後、子供もできたと、奥さんのfacebookで知りました。

 また、彼がカメラマンを務めたドキュメンタリーが、NHKで放送されることも、一昨日、彼がタグ付け?されたfacebookで知りました。

 生活はニューヨークなので、日本のことには頓着していないのか。

 一報くらいくれればいいのにと思うのですが。

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 自己顕示欲が少なく、極めてマイペース。

 中学2年生以来、一緒に遊びに行った記憶などないのに、40歳を過ぎてから、一日居ても全く気疲れしません。

 友人、またはパートナーは似た者を選ぶのか、自分に無いものを求めるのか、と言う論議があります。

 私は「好ましい」人を選ぶのだと思っています。好き、嫌いとはちょっと違う感情だと思っているのです。

 それらは、立場、状況、気分によっても変わります。友人として好ましいが、パートナーとして好ましいかは全く別ものです。

 彼は、なかなか自由な人生を歩んでいますが、ベースにある育ちの良さ、創造欲を感じます。

 会話も知的好奇心をくすぐるのです。お父さんは確か大学教授だったはず。

 大阪の下町から、世界に発信してやるぞと意気込んでいる私とは、全く違う空気感を持っているのです。

 完成後DVDも貰いましたが、高校野球という、日本独特の文化に焦点をあてた作品です。内容には触れませんが、良ければご覧下さい。

12月29日(火)午後10時00分~午後10時50分 [BS1] 
1月3日(日)午後5時00分〜 [BS1] 再放送
 
 こうして宣伝したくなるのは、私にとって好ましい人だからなのでしょう。 

一発でしとめる‐1166‐

 昨晩は、11時過ぎまで「梅田ラボ」に居ました。

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 竣工写真の撮影だったのですが、夕方6時にスタートだったので5時間強。みっちり掛りました。

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 金額は書きませんが、建築写真家の撮影代は結構なものです。

 それに値すると思うので依頼するのですが、建築写真は、アングルによって全く違うものになります。

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 ゴールデンウィークに訪れた、札幌モエレ沼公園。

 ガラスのピラミッドをアプローチから撮ると、こんなアングルです。

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 手前にあるタンポポを引っ掛けると、ちょっとドラマティックなカットになります。

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 更に近付くなら、三角錐の稜線に正対して撮りたいところ。

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 北海道らしさを出すなら、背面もありでしょうか。

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 遠景ならこんなアングルもあります。

 竣工写真は、時間、カット数、通行人など、様々な制約があります。また、建築には機能があるので、撮り直しの機会はほぼありません。

 そんな中で、ベストのアングルを探す。いつ見ても、プロの仕事だなと思うのです。

 大した話ではないのですが、旅行中に上げた写真は、加工をしていません。

 持って行ったパソコンに、そんなアプリケーションが入っていない事に気付き、5月4日(月)分は、そのままUPするつもりで撮りました。

 後で見ると、そちら方が総じて良いと思います。

 デジカメ時代になり、何枚とってもお金は掛かりません。保存、加工、コピーと便利になりましたが、一発でしとめるという覚悟が薄くなります。

 結果、それで何がよくなったのか……

 何年前だったか、「今でしょ!」が流行語に選ばれました。

 これは、時代の気分を良く表していたのかもしれません。

最期のメッセージ‐1117‐

■■■11月23日(日) 3:30pm~6:00pm 堂島アバンザ2F
ジュンク堂<大阪本店>にて「無料相談会」に参加■■■

 秋口から、近くの電柱にヒヨドリがやってきます。

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 木の実を電柱に打ちつけ、殻を割り中身を食べているのです。食べ損ねたものがいくつか下に。近所の人に聞くとマキの実だそう。

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 早朝から「カン、カン」と高い音が響き、目覚まし代わり。子供達はカンカン鳥と呼んでいますが、いつまでこの実が採れるのか。

 一昨日、高倉健さん亡くなると、報道がありました。

 実際の命日は11月10日。近親者のみで葬儀はとり行われ、最期も自身の美学を貫きました。

 遺作となった「あなたへ」の公開が2012年の夏。その時のドキュメンタリー番組を見て、初めて特別な俳優だと理解しました。

 「映画俳優っていうのは良い仕事で、こういうのはいい人間だよって、ずっと教えて貰ったのかもしれない。

 こういう人生もあって、みなさんどうですかって。こういう生き方も悪くないんじゃないですかってちょっと見せたい」

 「俳優という仕事には、生き方がやっぱりでているよね。テクニックではないんでしょうね。

 柔軟体操なら、いいトレーナーにつけば体を壊さずに柔らかくなる。いい本を読めば知識はつく。

 しかし、最もでるのは普段の生き方。偉そうなことを言うようですけど」

 2013年の文化勲章受賞が決まった際は、このようなコメントを発表しました。

 「今後も、この国に生まれて良かったと思える人物像を演じられるよう、人生を愛する心、感動する心を養い続けたいと思います」

 スタッフのマルコはイタリア人で、時々こんな事を言います。

 「日本人はよく、良く頑張って、と言います。イタリアならボオナ・フォトゥナ。(=グッド・ラック)

 日本には頑張る文化がある事と、頑張れば何とかなる国だと良く分かります」

 経済がややダウンしたとは言え、頑張れば、私も何とかなると思っています。当たり前の日常が当たり前なのか。

 感じる、感動する心は自分で養うものだというのが、高倉健のラストメッセージなのかもしれません。

 自分の使命を見つけ、ひた向きに生きた映画俳優83歳。どこまでも格好良く、そして寂しく。

夢の国‐1106‐

 義父の古希祝いは「孫と一緒にディズニー行き」となりました。

 祝いと言っても、全員分を負担して貰っているので反対です。しかし、こんな機会でもなければ、一生訪れることは無かったかもしれません。

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 ファーストコンタクトはシンデレラ城。

 ミラノのガレリアを思い起こさせるアーケードから、ドラマティックな景色が演出されていました。

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 妻の妹家族も現地で待ち合わせ、総勢10人でいざ夢の国へ。

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見慣れたキャラクターをモチーフにしたアトラクションは、やはり世界最高レベル。

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 あらゆる方法でゲストを楽しませる。非常にシンプルな空間です。

 もてなす側をキャストと呼ぶとは聞き知っていました。人生を舞台に例えるなら誰もがキャストと言えそうです。

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 エレクトリカルパレードの時間まで、娘も目いっぱい楽しみ、初日を終えました。

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 2日目はディズニーシーへ。

 園内のホテル「ミラコスタ」に泊まるれば、15分前に入園できるようです。

 世界一の稼働率を誇ると聞きましたが、園があってこそと考えれば、これも人気アトラクションと言えそうです。

 朝一番は「タートルトーク」へ。

 ウミガメとゲストがトークするという、至ってシンプルなアトラクション。

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 勿論ですが、ウミガメが会話するはずはありません。どこかで見ている「ヒト」が話している訳です。

 芸能用語で言えば、ただの「客イジリ」ですが、これがなかなか面白い。

 毎回のアトラクションで鍛えに鍛えられているのでしょうが。どんな会話も温かい笑いに変えます。その技術は圧巻。

 明石家さんまに「あれは凄い」と言わせるのが更に凄い。

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 この日は、昼からガイドツアーに申し込んでいました。

 希望を伝えると、3時間のあいだ園の中を案内してくれます。列に並ばなくて良いので、どんどん希望のアトラクションに参加できるのです。

 また、あちこちに居る、ディズニーの隠れキャラを教えてくれます。

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 下から見上げるとミッキーに見える照明。

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 魔法のランプから出てくる魔人jジニーがアラベスク模様の中に。

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 ここにもジニー。

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そしてホテルの室内にも。ありとあらゆるところに、何度来ても楽しめる仕掛けが施されています。

 案内してくれたキャストに聞くと、会社からは何も教えて貰えないそうです。自分達で探し、キャスト同志で、教え合っていると言っていました。

 具体的な応対もマニュアルがある訳ではないと言っていました。働く側も楽しみながら成長していくのです。

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 今朝も、開園15分前に入れる特典があったのですが、台風接近もあり、予定変更し、午前中に大阪に戻りました。

 女性が池に指輪を落とし、一夜にして魔法の力で探し出した話。ゴミを夢のかけらと呼ぶ話。来たことが無くとも、数々の逸話を耳にします。

 それを知り、更に期待し、多くのリピーターが訪れる。その理由は何なんだろうと考えていました。

 もし、教育で作り出せるのなら、他のテーマパークでも、同じような伝説は生まれるはずです。

 綿々と積み重ねられた伝説が、信頼と期待を生みます。それがキャストのやりがいを引き出す。無限のプラスのスパイラルになっているのだと分かりました。

 最も違うのはこちらの気持ちなのでしょう。

 夢の国は、ゲストの心の中にあったようです。

岡村 隆史‐1104‐

昨日は台風18号の影響で、小学校の運動会が中止に。

仕方なく、昼から大阪鶴見のアウトレットパークへ服関係の補充に。

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子供達は基本退屈。アイスでつるくらいしかありません。

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そんな時、セブンティーンアイスの自販機があるとほっとします。この春、120円から130円に値上がりしていたようでが、それでも安いのに変わりありません。

夕方、早めに家に戻ったので「めちゃいけ」の「オカザイル」をレンタルしてみました。

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夕食をはさんで2時間半。子供に見せてみたかったのです。

ナインティナインの岡村 隆史は同い年ということもあり、物凄く好きです。「めちゃいけ」は今でも録画します。

中でも「オファーシリーズ」は、特に楽しみ。

2007年、EXILEのコンサートに岡村が実際に出演するまでの過程を描くドキュメントのようなもの。7年前の番組です。

お笑い番組なので、純粋なドキュメントではないでしょうが、大人が大笑いしたり、感動したりする番組はそうないと思います。

岡村隆史が、半年間休業したのが、2010年の冬。何事にも真面目で一所懸命。それが裏目にでて、鬱が原因だったという話です。

あくまで噂ですが、自身のこともあり、より共感をもつようになりました。

関係者の言葉で「岡村の芸風は一所懸命」というのがありました。そんなお笑い芸人、滅多にいませんし普通笑えません。

視聴率低迷で、打ち切りの声も聞こえますが「笑っていいとも」くらい頑張って欲しいと思います。土曜8時は私達世代にとって、特別なものですから。

観終わった後、踊るのが好きな娘は「家族で4人でChoo Choo TRAINをやる!」と言い出しました。一杯飲んでいた私も、何故かオカザイルトレインをすることに。

何のことやらさっぱり分からない人は是非DVDを。かなりお勧めします。ただ、家族で観る人は、未公開スペシャルの最後のチャプターだけは飛ばしてくださいね。

70年代‐1033‐

 昨日は宝塚まで行ってきました。

 阪急電鉄の創業者・小林一三は「電車に乗る人が居なければ、乗る理由を作ればよい」と言ったのは有名な話。

 そうしてできたのが、宝塚歌劇団です。

 今年で100周年を迎えるそうです。

 今回の目的は手塚治虫記念館。本物を見ることは、大切なことです。
 
 しかし子供達は、こういったミュージアムをあまり喜んでくれませんが。

 内部撮影は禁止が多い中、ここはほぼ撮影可。小学生の時に描いた絵もありました。

 殆どプロになってからのタッチと変わりません。
 
 仕事は才能に左右されないと思っています。しかし漫画の世界はこの限りではないかもしれません。

 1970年代の初め、手塚治虫はすでに確固たる地位を築いていました。しかし、なかなかヒット作が出ず苦しんでいたのです。

 「終わった」と言う声も聞こえる中「週刊少年チャンピオン」に連載されたのが『ブラック・ジャック』です。

 その異質とも言える暗さに惹かれ、こわごわ読んだのを覚えています。少年誌初の医療漫画はすぐに人気が高まり、5年の連載となったのです。

 「産後すぐ、病院で子供を取り違えたことが、数十年後に分かった」という事件がありました。全く同じモチーフが、水島新司の『野球狂の詩』にもあったのです。

 私は1970年生まれで、『野球狂の詩』も70年代前半の人気漫画です。

 本当に凄腕の闇医者がいたのか、また、裕福な家庭の赤ん坊が、取り上げ違いによって、任侠に育てられた野球選手が居たかは別です。

 しかし、終戦から25年。今とは全く違う空気感があり、それらが漫画に反映されていたと考えると、納得できることが多々あるのです。

 体力をもてあまし気味の子供を、最後は万博公園へ連れていきました。大阪万博は、70年代の象徴です。

 長男が、私と同い年になるのは2049年。その時に、この時代はどう映るのだろうと考えます。

 せめて、子供達が私の作品を振り返った時に、恥ずかしくない仕事をしなければと思うのです。

希望のHIKARIを!‐1019‐

 来春、全面開業を迎えるあべのハルカス。

 天王寺公園とで「あべの・天王寺イルミナージュ」が開催されています。


 こういったイベントは初めて。

 感想は、想像以上にいいものだな、です。


 ハルカスにはカウントダウンの数字が浮かび上がります。

 2014年3月7日がグランドオープン。


 公園内は、光の動物で埋め尽くされています。

 後ろに見える、張りぼてのお城はイベン外。

 茶臼山だからこそのご愛嬌です。


 かなりの寒さのなか、大道芸のパフォーマンスがありました。

 Mr.オクチというパフォーマーだったのですが、このショーがなかなか素晴らしく……


 場所だけを借り、出演料なないそうです。

 ショーが終わり「45歳になりますが、これ一本で生計を立ててきました」と。

 差し出した帽子へ、小銭を手に走る子供達。

 次々と投げ入れられ、大人からは5千円札もありました。

 感謝の対価を報酬とするなら、大道芸人ほど真剣勝負をしているは少ないかもしれません。

 本当は、誰もが気持ちよくお金を払いたいのです。
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 テーマは「希望のHIKARIを!」となっていました。

 光とは、根源的に言えば、炎であり、熱です。

 どうせなら、希望の炎を燃やし、情熱をもって生きたいと思うのです。

 園内に響くのはワムの「ラスト・クリスマス」。続いて「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」そしてマライア・キャリーへ。

 やはり、冬の夜は恋人たちのものです。

締切は創造の父‐1007‐

 振り替え休日の今日、大阪は朝方雨でした。日中は晴れそうです。

 昨日、現場近くで、干し柿を見つけました。

 亡くなった祖母が、軒先に吊るしていたのを思い出します。
 
 干し柿は保存食ですが、渋柿の渋抜きのためでもあります。

 焼酎漬けという方法もありますが、今考えると子供が食べて良かったものだったのか。

 ドラえもんの作者は藤子・F・不二雄こと、藤本弘。

 ’96年に62歳で亡くなったことを考えても、露出の機会は少なかったように思います。先日ドキュメンタリー番組で、初めて話している姿を見ました。

 ドラえもんは世界中で愛されるキャラクターです。

 1970年連載開始で、私と同い年。

 その誕生は、かなりの難産だったようです。

 安孫子素雄とのユニットで『オバケのQ太郎』を大ヒットさせた藤本は、続く人気漫画を求められます。

 なかなかヒット作が生まれず、苦しんでいました。

 思い悩んだ末、やはり自分が本当に描きたい漫画を、という考えに至ります。そして、人気少年誌の連載を断わるのです。

そして、小学生だけに向けて描き始めたのがドラえもんでした。

 これは、母が孫に作ったもの。

 多少問題もありますが、誰もが自分なりのドラえもんをもっているのです。

 身体が弱く、引っ込み思案だった藤本は、のび太そのもの。モチーフはすぐに固まりました。
 しかし、ドラえもんの方はなかなかで、締切が迫ってきます。

 いざ連載の告知という段になっても、まだ描けておらず、おおきな?でその場をしのいでいました。そんな時、娘のダルマのようなフォルムのおもちゃを見つけました。そこに普段は煩いと思う野良猫の鳴き声。

 これらが合わさり、ようやくイメージが出来あがりました。言うなれば、偶然の産物です。

 ドラえもんがそうなら、我々など当然です。

 先週も、一番若いスタッフの田坂は、締切に追われていました。
「必要は発明の母」という言葉がありますが、現実はもっと積極的です。
「締切は創造の父」くらいの感じでしょうか。

「プロとは締切がある事」と言った人もいました。時間、プレッシャーこそが、創造の源であるのは、誰にとっても変わらないようです。

 最後に、藤本弘の漫画家像を語る言葉が印象的だったので、載せておきます。人気漫画をどうやって描いたらいいか。

 そんなことを一言で言えたら苦労しないのですが、ただ1つ言えるのは「普通の人であるべきだ」という事です。

 体全体からにじみ出した結果としての作品が、読者の求めるものと合致した時に、それが人気漫画になる訳でありまして。

 つまり、大勢の人々が喜ぶと言う事は、共感を持つ部分がその漫画家と読者の間に沢山あったという事です。

キッゾ ‐995‐

 先週火曜日、新幹線から桂川が見えました。

 新聞で見た被害は甚大なものでした。

 私の住む大阪市南部も、大和川の水位がかなり上がりました。避難勧告まで発令されたのです。

 そんな中でしたが、予約していたキッザニア甲子園へ。

 webから夕方4時かっらの部を予約していました。しかし、入場は整理券順とのこと。朝10時から並んできました。

 18番の番号札を確保。

 昼時になり、時間もあったので、久々にSPOON CAFEへ行きました。

 白い壁はややくすんで来ましたが、それも味わいと言えます。オープンして15年、ほぼ変わらず営業していることが、嬉しくもあります。

 休日の昼を迎え、お客さんも増えてきました。

 長男と甥っ子2人は、名物のハンバーガーを一気に食べてしまいました。

 パテから作っているハンバーガーは、全く変わらぬ美味しさです。しかし私のおすすめはアボガドバーガー。これは絶対的な美味しさです。

 夕方4時、再度キッザニア戻りました。開場とともに、目指すブースへ皆がダッシュ。

 番号札順ではありますが、これが成否を左右します。上の2人は森永のブースで、ハイチュウを作る予約が取れました。これが人気なのだそう。

 3つほど歳の違う甥っ子は2回目。比較的すいている所を回りました。

 宅急便のユニフォームも子供が着ると可愛いもの。

 人気の仕事体験は、開始と同時に予約でいっぱいになるものもあります。

 消防士、パイロット、歯科医師など等、午後9時まで5の時間、みっちり働き、遊びました。

 「働く」と、キッゾという場内で使えるお金が貰えます。また、それを貯金することもできるのです。本当によく考えられています。

 一番最後は、窓ガラスの割れ代え体験。

 ロープで吊られてはいますが、外壁を登って行きました。私の父はガラス屋だったので、同じようなことを体験することになったのです。子供達は寝る寸前まで楽しかったと、繰り返していたそうです。

 リピーターが多いのもうなずけますし、テーマパークとしては素晴らしいものです。

 この夏、建築学科の大学院生が何人か、インターンシップの面談に来ました。非常に申し訳ないのですが、会ったうえで全て断りました。何と言えばよいか、大学から話が通っているんだから「何でも教えてくれて当たり前」と感じたからです。

 一流企業ならいざ知らず、4人でフル稼働している設計事務所では、残念ながらそれができないのです。仕事と仕事以外では、水面の上と下ほどの違いがあります。それが、お金を貰うと払うの違いなのです。

 仕事体験は夢に出るほど楽しい。しかし現実の仕事に就くと……

 働くって楽しいんだなと、子ども達が思うような顔で働かなければ、と思うのです。

初めて映る絵 ‐994‐

 大きな爪痕を残した台風18号。

 嵐のあとは、台風一過の置き土産。週明けから気持ちの良い快晴が続きます。

 千葉の夕焼けを、足場から撮りました。自然の厳しさと美しさは、正比例するのかもしれません。

 少し前ですが、守山市の佐川美術館へ行きました。

 20代の頃は、琵琶湖へも釣りに来ていました。

 琵琶湖大橋の南東、木浜地区は埋め立てによってできたエリアです。

 その広大な土地の中にあるのが、この美術館。平山郁夫や佐藤忠良の彫刻が多く収蔵されています。

 大きな切妻の屋根が極めて美しい建物。

 新館の樂吉左衞門館は予約が必要です。この日は予約しておらず、入館でず。今度は是非見てみたいと思います。

 共に、竹中工務店の設計施工です。

 展示の中にこの絵本がありました。誰もが一度や二度は読んだことがある「大きなかぶ」。

 絵は、日本を代表する彫刻家・佐藤忠良によるものでした。何とも言えない迫力があった訳です。

 こちらも子供が読んでいた谷川俊太郎の絵本。絵は元永定正で、吉原治良が結成した、芸術運動グループのメンバーの一人です。

 仕事を始めて2年目。アルバイトで雇って貰った事務所の所長が、彼の作品を所有していました。

 ただ色のついた〇がランダムに描かれているだけの絵。それ以来、気になる作家になりました。気が付けば、子供の絵本として家にあったのです。

 子供の新鮮な目に、何を映すかはとても大切な事。絵本は子供が触れる初めてのアートでした。

 暑かった夏も終わりを告げました。明日は彼岸。嬉しいような、寂しいような……