新世界のお礼は快気祝いで‐1947‐

朝ジョギングに出ると、ハナミズキも紅葉が進み、赤い実をつけていました。

朝方は15℃、最高気温は24℃と、本当に過ごしやすい季節になりました。

昨年の12月から 『ESSE-online』 に書き始めたコラムですが、一昨日に10本目が公開されました。

「おいでよ House」をはじめ、4つの実例をあげてテレワーク時代の間取りを解説しています。

「LDK+集中部屋」という切り口で書いてみました。相応の時間を掛けて書いたので、良ければ読んでみて下さい。

実は先週末、SNSで友人の投稿を読み、少し動揺していました。

病が分かった後の心情が、とても正直に綴られた投稿で、動揺と書きましたが、心打たれたと言った方が正確かもしれません。

家族のこと、両親のこと、友人のこと、そして仕事仲間のこと……

その真っすぐな文章に、多くの友人・知人からメッセージが寄せられ、それらも全て読ませて貰いました。

そのメッセージが、誠実な人柄をより鮮明に浮かび上がらせていたのです。

彼と初めて会ったのは大学時代、宮崎県の都城でした。

車の合宿免許を近大の生協で募集しており、その開催地だったのです。

阪大、神大、関学、電気通信大など、色々な大学から男女問わず多くの学生が参加していました。

春先の宮崎は気候がよく、何とも開放的。

寮のような場所で生活するのですが、同じような年代の学生ばかりで、20人程とすぐに仲良くなりました。

大阪に帰ってからも、1、2年は付き合いが続いたでしょうか。

その後は年賀状の遣り取りくらいになりましたが、3年前、約30年振りに彼から連絡を貰いました。

メディアへの露出も見てくれていたそうで、頑張っていれば良いこともあるのだなと思っていたのです。

食品メーカーに勤める彼は食に明るく、お店段取りも全てしてくれました。

「ディープな街が面白いかもね」となり、新世界で会ったのです。

流石にとても美味しいお店でした。

ただ、いつもの通り話すほうに夢中で、写真はこの2枚だけ。

それで日記にも上げていなかったのですが、とても楽しい夜でした。

1年後にはコロナ下の社会となったので、絶好のタイミングだったと思います。

週末は出先だったので、大阪に戻ってから私も励ましのメッセージを書き込みました。

そして最後には「快気祝いは僕にアテンドさせて下さい」と添えました。

仕事にかこつけて、自分から誰かを誘って食事に行くことは殆どありません。

そんな愛想のない私を時々誘ってくれる人達には感謝しかありません。

彼の回復を心から祈ります。

今から、どこで快気祝いをするかを考えているのです。

■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

■■1月6日『Best of Houzz 2022』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載
■1月8日『homify』の特集記事に「光庭の家」掲載
■1月7日『homify』の特集記事に「白馬の山小屋」掲載

メディア掲載情報

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