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朝焼けの中で‐1259‐

 日曜日の日の出は5:52am。

 5:00amに、カメラマンとSEIUNDO のnew offceで待ち合わせていました。竣工写真の撮影だったのです。

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 中央がクリスタルタワー。

 OBPのビル群から朝日が昇ってきました。

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 セブンドリーマーズの3店舗に続き、カメラマンは、ナカサ&パートナーズの安田さん

 今回も東京からの来阪です。

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 土曜日の日中は東京での撮影で、飛行機、レンタカーと乗り継ぎ、8:00pmに現場到着。

 そのまま深夜0:00amまで夜景の撮影をしました。

 大阪は折からの観光ブーム。ホテルが取れずネットカフェで2時間仮眠をしただけでの早朝出勤でした。

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 建築写真は、明るい外部と、暗い内部を一緒に撮る為、光の入り方が大きく影響を与えます。

 薄暮や、明け方しか撮れない写真があるのです。

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 太陽が昇りだすと、朝日独特の黄色い光が、室内に入り始めます。

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 そうなると撮影は一旦待機。

太陽が昇り切る8:00am頃まで待たなければなりません。

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 これだけ片付いた状態で撮影が出来るのは、このタイミングだけ。

 よって失敗は許されません。

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 私達も、全ての撮影に立ち会いましたが、本当に大変な仕事です。

 しかし、それ故プロの仕事。

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 8:00amには、SEIUNDOの社員さんにも入って貰い、人物ありカットの撮影がスタート。

 立ち位置にもこまやかな指示が出ます。

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 10:00amまで5時間撮影しました。2日間に渡り、14時間中9時間一緒に仕事をしました。

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 3月27日(日)はSEIUNDOの引っ越しの日。それを10:00amまで待って貰い、ぎりぎりの撮影でした。

 撮影が終わると同時に、引っ越しが開始されました。

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 私も家に帰ると、そのまま泥のように眠りました。そして、夜はささやかな焼肉パーティー。

 大変だけが充実を生むというこの真理。またささやかな幸せがあれば満たされるというのもまた事実。

 このハードスケジュールにも関わらず、日曜日6:00pmに安田さんから仮画像が送られてきました。

 素晴らしい内容で全カット購入。納品が楽しみです。

 自分が一番頑張っていると思いたいのもまた真理。しかし、頑張っている人は、本当に沢山居るものです。

例えるなら‐1256‐

 昨日、生駒山から太陽が頭を出したのは6時22分。

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 歳と共に早起きになると言いますが、今のところ私は6時で目一杯です。

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 生駒つながりで、北浜にある生駒ビルヂングです。

 火曜日、SEIUNDOの現場へ行った際、前を通りました。

 昭和5年、1930年の完成で、北浜界隈に残る、近代建築の一つ。詳しくは生駒時計店のwebサイトを。

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 スクラッチタイルで覆われた鉄筋コンクリート造の建物ですが「生」の字が、遊び心を感じさせます。

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 丸窓や、鷲の彫刻が施されており、多くの手、お金が掛かった建築なのです。

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 南よりにある縦長の開口部は、振り子をイメージしたものだそう。直喩の表現です。

 2月中旬、写真家に撮りなおして貰った「宝塚の家」の写真が上がってきました。

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 生駒ビルヂングを絵画に例えると、王宮絵画の流れを引く、古典主義といった所でしょうか。

 一方、宝塚の家は抽象画。

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 料理で言うなら、日本料理の刺身のイメージ。最小の手数で、素材を引き出したいと思っているのです。

 対して、生駒ビルヂングはフレンチのフルコースか。

 例えとは、互いが理解できる共通項を見つけ出し、そのジャンルに置き換えることです。食べない人は居ないので「料理」はとても重宝するのです。

 先日、レンタルDVD店へ行くと、キャッシャーでいきなり「磨きますか?」と尋ねられました。あまりに唐突だったので「何故磨くの?」と聞いてみました。

 25歳くらい若者は、慌てる風もなく、「キズが付いているのが嫌な人も居るので」と言います。私は、「キズが付いていても、観れれば嫌じゃないよ」と答えたのです。

 アルバイト(社員?)の若者に問う必要があったのかは分かりませんが、この応対に何の指導もなく、彼は報酬を得ます。

 日本の未来に、多少の杞憂を感じのは、ある程度の歳になったからでしょうか。

 「何故?」がなければ、全ては暗記するだけになります。そして間違います。ましてや、伝えたいといく気持ちが無ければ、比喩など全く不要です。

 トーマス・エジソンは小さい頃「何故?」を連発し、大人を大変困らせたそうです。立派なプロになるのに、難しいロジックなど要らないと思っているのです。

真田幸村に見る、権力と判官びいき‐1255‐ 

 妻と娘がインフルエンザで、先週はバタバタしていました。

 ようやく回復してきましたが、娘は学級閉鎖で、結局一週間休んだことになります。

 退屈だろうと「出掛けよう」と言っても、大概は「家で居る」と言います。

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 しかし「真田丸」巡りに行こうというとあっさりOK。

 テレビは1日1番組としていますが、お気に入りは「ペットの王国ワンだらんど」「プリキュア」そして「真田丸」です。

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 「真田丸」は戦国時代、随一と言われた武将、真田幸村の人生を描いた大河ドラマ。

 まずは、最後の主君となった、豊臣家の大阪城からスタートします。

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 8階の天守閣まで上がると、かなり足に来ますが、太閤、秀吉だけの眺め。

 しかし、現在の大阪城は三代目で、秀吉の大阪城は更に東、現在のOBPよりにあったことが分かっています。

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 城内の展示も、真田丸より。

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 大坂夏の陣図屏風の中央やや右に、赤備えの幸村隊が見えます。

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 仕事を休んでいた1年間で、一番記憶に残っているのが、池波正太郎の「真田太平記」。文庫本なら12巻の長編小説です。

 よって、勿論私も幸村ファン。

 2015年の正月には、上田城前の館へ寄ってきました。

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 現在も土塁が残り、地元の人に愛されているとありました。

 NHKのwebサイトには「大河ドラマの原作はなく、三谷幸喜オリジナル」とあります。

 真田本といえば「真田太平記」。なんらかの影響は受けているのではと想像しています。

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 「真田丸」は、大坂夏の陣の際に幸村が築いた出城です。

 そこから戦場に現れては消えと、神出鬼没の幸村隊は、徳川軍に大きなダメージを与え続けました。

 大阪城と抜け穴で繋がっているのではと考えたのでしょう。その、抜け穴伝説の残る「三光神社」へ。

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 大阪城の南東端、森ノ宮駅から一駅南の玉造駅。

 そこから90mのところにあります。

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 像の左にあるのがその抜け穴。

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 穴をのぞくと、行きどまりになっているような、いないような。

 こういった話は楽しんだもの勝ち。きっと繋がっているはずです。

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 しかし、科学は非情です。

 最新の研究で「真田丸」は、三光神社の南西、大阪明星学園の敷地に有ったのではと、結論を出しました。

 この坂を登った先に、明星学園があるのですが、この日は時間切れ。またの機会に持ち越しです。

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 最後は、試験終わりの長男を拾って、幸村最後の地へ。

 天王寺の北、一心寺の向かいにある安居神社は夕方だからか、門が閉まっていました。

 外から見るのみになってしまいました。小説では、愛馬・月影と共に、ここで潔く首を差し出し、果てたとなっていたはずです。

 大河ドラマはまだ観ていないので、幸村がどのように描かれているのかは分かりません。しかし、人気の根底にあるのは、判官びいきと言えそうです。

 太平の江戸時代を築き上げた家康の功績は多大ですが、絶対の権力者に対する反発心は世の常です。

 信州上田の地方豪族だった真田家が、何度も徳川家に一泡吹かせる様は、痛快だったに違いありません。

 また、旗印の六文銭は三途の川の通行料。地獄も恐れないという勇猛さ。また、豊臣に忠誠をつくす律義さも相まって、幸村伝説は語り継がれているのだと思います。

 その辺りは、この日記でも、何度か触れました。

 権力は腐敗する、絶対的権力は徹底的に腐敗する

 英国の歴史家ジョン・アクトンの言葉の通り、権力は、常に破滅、腐敗と裏腹です。

 FIFAの会長問題、オリンピック誘致の汚職問題、かの国の独裁政治を例に引くまでもなく、歴史がそれを証明しています。

 では、家康は何故270年に及ぶ江戸時代の基礎を築けたのか。腐敗しなかった理由は、評論家谷沢永一のたとえが巧みです。

 彼は、秀吉は「可愛げ」、家康は「律義」で世を治めたと言いました。

 美しく散るも良し、可愛げにもにた律義も良し。人の生き方は様々です。

 しかし、私を含めた一般大衆は、前者の幸村に憧れるのでしょう。出来もしないので、それはそれで健全だとも思うのです。

あの頃の未来‐1254‐

 工事が進むSEIUNDOの New Office。

 眼下には中之島のばら園を望みます。

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 ハナミズキでしょうか。ようやく白い花をつけ始めました。

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 昨日まで、20歳の男子学生がオープンデスクに参加していました。

 現在進行している現場は、全てに同行しました。

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 元高校球児で、非常にフットワークの軽い青年でした。無事20日間を完走。

 最近は、途中リタイアが多かったので、嬉しい限りです。

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 日曜日は、午前が彼、午後が21歳の女子学生。入れ替わりで取材も体験してもらいました。

 実際に見ておけば、メディアが遠いものだと思わないはず。それなりにプログラムも考えています。

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 彼女は今日で4日目。頑張って、完走して欲しいと思っています。

 無給で就業体験に来るのですから、明確に、またはおぼろげながらでも、人生の目的を持っている彼らです。

 行動を起こしたことで、勝者へチケットは手に入れました。

 次は、やる気のあるライバル達から、抜けださなければなりません。頑張って勝ち切って欲しいと思います。

 長らく、スタッフとも食事をしていなかったので、学生2人も連れて、食事に行きました。

 聞き役に徹すれば良いものを、ついつい色々話してしまいます。

 20歳の彼が、私が鬱になった経緯を聞かせて欲しいと言ったので、25歳の夏から30歳の春までを、5分バージョンで話しました。

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 1996年天王寺。独立の際に借りた4畳のマンションです。

 鬱で悩んだ記憶しかありませんが、写真はこの一枚だけ。創業の場所だし、もう少し撮っておけば良かったと、少し悔いが残ります。

 本の入れ方も雑、青焼きも整頓出来ておらず、間違っても「君たちは整理整頓ができていない」とは言えないはずです。しかし言うのですが。

 「思い出はいつも偉い」という法則があります。

 人は、実際に出した結果と、そこに至るまでの苦労をセットで記憶しています。更に、その過程における心の葛藤を知っているのは自分だけ。

 よって、常に自分の方が苦労をし、努力をしているのです。

 学生時代のクラブでも、3回生は必ず言います。

 「俺が一回の頃は……」

 自分が日本一なら別ですが、同じような結果しか出していないなら、そんな違いがある方が不自然です。

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 独立寸前、1996年5月24日の釣り新聞です。

 25歳の頃も、寝る間を惜しんで図面を描いたと言っておきながら、結構楽しそうにやっています。それでも人は言ってしまうので、法則なのです。

 スガシカオは、現在を「あの頃の未来」と言いました。

 20年前の自分が描いた未来は、ここだったのか。自分に問うてみると、居ても立ってもいられない、何とも言えない気持ちになります。

 若いことは素晴らしく、羨ましくもあります。しかし、今手元にある現実は、それらの時間と引き換えにして手にいれたものです。

 若頃は無く、今はあるもの。良く聞く言葉だが、思った事が無かった言葉。

  人は宝 

 少なくはありますが、ようやく、チームとして勝負できる状態になったと思っています。

ワイリー・コヨーテも取材仕様‐1253‐

 虫も這いだす啓蟄も過ぎ。大阪は20℃を超えました。

 昨日は 、朝から「住まいの設計」の取材でした。

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 1月にも取材して貰った、同じチームが東京から来阪してくれました。

 「阿倍野の長屋」と「滋賀の家」は、環境で言えば、対極にあるような家です。まずは、外観から撮影スタート。

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 四軒長屋の中央二軒をフルリノベーションしたこの住宅。

 延べ面積は約113㎡(34坪)。決して小さな家ではありません。

 しかし、ご家族5名、取材チーム3名、当社から3名となると、なかなかの人口密度です。

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 ロフトで、弟に紙芝居をする7歳のお兄ちゃん。

 少し見ない間に、随分大きくなっていました。

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 4歳の次男君。まだまだ甘えたい盛りです。

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 2人とも、一日協力してくれました。

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 家の歴史を、最も知っているのはご主人のお母さんです。

 ライターからのインタビュー中。

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 撮影が終わり、写真をチェックする様子を見ていると、上手くいったのだと想像できます。

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 リビングの飾り棚にあるワイリーコヨーテは、ご主人お気に入りのフィギアです。

 設計段階から寸法をとり、ここに収まると決まっていました。この日は、ハンマーを持つ取材バージョンです。

 奥さんに内緒で購入し、撮影が始まる前、こっそり右手に持たせたそうです。

 撮影が終わってから、それを明かすご主人。結構な値段と聞き、怒り、笑う奥さん。

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 帰り際、自転車の練習を始めた次男君。

 この日、初めて補助なしで、町内を一周出来ました。

 取材や撮影が、家族の時別な一コマになってくれたら、尚嬉しいと思っています。
 
 明石家さんまも、ワイリーコヨーテの収集家だそうです。

 内弟子時代、師の笑福亭松之助から「どや、さんま。掃除はオモロイか」と問われ「面白くないです」と答えました。

 すると「そやろ。それをどうやったらオモロク出来るか、考えるのがお前の仕事や」と言われたそうです。

 明石家さんまは、この事を18歳の時に教えて貰えて良かったと語っていました。

 ありふれた日常を、特別なものにするのは、やはり楽しむ姿勢以外にありません。

子育てには、終わりが必ずやってくる‐1251‐

 2月29日。うるう年の恩恵を感じる週の始まり。

 逃げる2月において、皆共通の感想だと思います。

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 エキスポランド跡に出来た、エキスポシティー。「日本最大級の大型複合施設」とあります。

 そのうちの1つ、「ニフレル」へ初めて行きました。「感性にふれる」の「にふれる」が名前の由来とあります。

 水族館と動物園の良いところを合わせたミュージアムという感じの施設でした。

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 「にふれる」は7つのゾーンに分かれています。

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 全体をアートディレクターが統括しているのだと思います。

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 飼育という視点だけで、このよな展示の仕方になる事は無いというのがその理由。

 テーマ通り、色の対比が非常に効いていました。

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 2つ目のゾーンも徹底していました。

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 アナゴの一種だったか、ゼリー状の海底の中から頭を出していました。

 姿かたちが、良く分かります。

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 ホワイトタイガーも、エサにつられてですが、ザブンと池に飛び込みました。

 流石の迫力です。

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 子供が一番喜んでいたのは、手の古い角質を食べてくれるドクターフィッシュ体験。

 放っておけば、指が無くなってしまうのでは、というくらい動きたがりませんでした。

 やはり、自分が体験出来る面白さに勝るものはありません。

 他のゾーンも工夫が行き届き、概ね好感を持ちましたが、展示が美過ぎて物のようにも感じ……

 微妙な気持ちも残りました。

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 エキスポシティー内にある巨大ガンダム。

 もう何でもある所でした。

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 帰りは、向かいにある万博公園で遊び。

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 家に戻ってから、バッティングセンターへ行きました。

 野球は、長男が今一番興味があるスポーツです。

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 最後は、私が30年切って貰っているお店へ初めて連れて行きました。

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 エキスポシティーに行ったそもそもの目的は、長男がショップにある鉱石を買って欲しいと言ったから。

 誕生日プレゼントのリクエストでした。

 私としては、この日一日が、長男へのプレゼントのつもりでした。

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 以前に少し書いたのですが、長男と暮らすのは、あと1年になる可能性が結構あります。

 寂しい気持ちも無いではないですが、いつまでも子供でも困ります。

 男の子であれ、女の子であれ、いつかは独立して行きます。自分の夢があるなら、応援してやりたいと思うのです。

 ビートたけしは「子供は自分のものだと思ってはいけない。預かりものだと思って育てないと」と言っていました。

 彼も私も、そう言えるくらい、子育てもしているのかは微妙ですが。

 子育てにはいつか終わりが来ます。これは間違いありませんが、思った以上のスピード感でやってくるような気がしています。

メディアにのる‐1250‐

 昨秋、全自動洗濯物折り畳み機を発表したセブンドリーマーズ

 先週土曜日には、ジャンボこと尾崎将司選手との契約を発表。 社長、阪根との2ショットもYahooニュースに掲載されました。

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 芝公園ラボで試打させて貰いましたが、久し振りの私で270ヤード。尾崎選手なら370ヤードは飛ぶはずです。

 「宇宙工学だよ。飛ばないわけがない」のコメントが全て。

 69歳にして、レギュラーツアーを目標にしている、ジャンボ尾崎選手に注目せざる得ません。

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 23日(火)の夕方、テレビ大阪のニュースでは、梅田ラボも紹介されていたよう。

 すでに、メディアが放っておかない存在になっていると言う事です。

 負けていられないと、同じく23日(火)、フジテレビ『みんなのニュース』で「阿倍野の長屋」が紹介されました。

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 「リノベーションの特集があるので」と、ディレクターから連絡を貰ったのが22日の月曜日。

 翌23日に「阿倍野の長屋」で行きたいと再度連絡がありました。金額の露出もあるので、クライアントに相談すると快くOK。

201LDK西から

 本家・ビフォーアフターのテーマに乗せて、3枚の画像を紹介して貰いました。

 コメンテーターが、「この作品を手掛けた、守谷(もりや)さんによると、リノベーションは新築の8割程の価格」と私のコメントも紹介して貰いました。

 名前の読み違いはご愛敬ですが、ディレクターも「ばっちりでした」と喜んでくれました。

 資料を送ってから放送までは3時間。テレビはいつも時間がタイトなのです。

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 また、2月20日発売の『月刊ハウジング4月号』には「滋賀の家」が掲載されました。

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 「好きな間取り」という特集記事の、第1位が「対面式キッチン」。その実例として紹介です。

 このコーナーの中では、一番大きな扱いでした。

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 私が撮った、奥さんが料理をするカットとパントリーのカットも一緒に掲載。

 家を建てたいと思っている人が、どんな風景を見たいのか。それはいつも考えています。

 クライアントで、メディアに載ることが好きな人は極僅かです。

 それでも、出てくれるのは、アトリエmの役に立つのならという気持ち以外にないはず。

 そう考えると、私が最も誇れる商品は、クライアントとの関係なのです。

 「滋賀の家」に続いて「阿倍野の長屋」の取材も決まりました。

 お世辞を言う訳でもない私と、長い時間を掛けて建築を創り上げる。そして、最後はメディアにまで出て貰う。

 本当に有り難いことだと、つくづく思います。

 多く選択肢から選ばれるには、常に全力の総力戦です。その中に、クライアントが入っているのが味噌なのです。

「楽しい」と「楽しくない」の分水嶺‐1249‐

 今年の正月は、御岳山・開田高原で過ごしました。

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 長男と私がスノーボード。他の親族は皆スキーです。

 2014年の3月、「滋賀の家」のクライアントに、スノーボードを教えて貰って以来、雪上での苦悩が始まりました。

 開田高原では、嫌という程こけました。低温につき、全面アイスバーンで、あちこちにアザが出来る始末。

 得意なはずの雪上で、無様な姿をさらし続け、同じ日に始めた長男との差は開く一方なのです。

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 出来れば滑りたい長男。

 昨日は現場打合せの後、そのまま奥伊吹スキー場へ。道中に見えるのは伊吹山です。

 子供の頃、仕事終わりの2tonトラックで、ここに滑りに来た事があります。どこか近くの現場があったのでしょう。

 それでもトラックでスキーとは。父は、確実に私よりスキーが好きだったと思います。

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 奥伊吹スキー場は更に北。関西のスキー場も捨てたものではありません。

 気温が低かった事もあり、適度に雪面も締りグッドコンディションでした。

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 長男は、安定感が増してきました。

 子供は本当に呑み込みが早い。

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 やるからには、私も真剣です。ようやく、何とかターンしながら下りてこれるようになってきました。

 長男に、写真を撮ってみてと頼むと「こけても撮るで」と。

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 その通りに。

 意外に写真が上手いのかもしれません。

 相変わらず派手にこけていますが、また行こうと思えるようにはなりました。

 今回、ターンとターンのつなぎ目の体重移動を思い切ってするようにしました。自信なく、恐る恐るの体重移動が、逆エッジを引っかける原因ではないかと考えたのです。

 長男に言うと「そうやで」と。知ってたなら教えてくれですが、やはり、不安が上達を妨げていたと分かります。

 スノーボードを始めて延べ4日。「面白い」と「面白くない」の分水嶺が4日目にやってきました。

 現在、インターンシップに20歳の若者が来ています。元・高校球児で、動きもきびきびとして、好感が持てるのです。

 出来れば、仕事の楽しみ、仕事の苦しみ、そしてのその先にある充実を伝えることが出来ればと思います。

 「安楽は充実を生まない」   

 「恐れとは、信頼の欠如」  

 スポーツでも仕事でも、原理原則に違いは全くありません。

 しかし、仕事においての分水嶺が4日や4カ月でやってくることが無い事も伝えておかねばと思うのです。

ジーニアス‐1248‐

 昨日は、「KISHIWADA House」の現場へ行っていました。

 現場は、南海電鉄の駅から5分程です。

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 南海電車は、難波と和歌山を結ぶ私鉄。

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 関空特急のラピートが有名ですが、基本は青の鉄人28号バージョンです。

 プロダクトデザイナー・建築家の若林広幸の作品で、彼は京都の老舗漬物メーカー、西利本社も設計しています。

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 昨年の夏、LCCのピーチとタイアップした、白バージョンをみました。

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 昨日、新今宮駅で見た銀河系ラピート。

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 スターウォーズとタイアップした、黒バージョンです。

 ラピートは、「レトロフューチャー」がデザインコンセプトとありますが、どのカラーも本当にかっこいい。時代に耐えうるデザインです。

 2月12日(金)の新聞は『重力波 初観測』の記事が一面を飾りました。

 100年前に、アインシュタインが存在を予言していたとあります。

重力波 = 重力の周りの空間をゆがめている物体が動くことで、ゆがみが波紋のように周囲に広がっていく現象。全ての物質を光速で通過し、減衰しないとされる。人が腕を回しても発生するが振幅が小さすぎて検出できない。非常に重い中性子星同士の合体やブラックホールの誕生、超新星爆発など大規模な劇的な現象によるものは観測可能とされる。重力波による空間のゆがみをとらえる装置は、太陽と地球の距離(約1.5億キロ)が水素原子1個分伸び縮みする僅かな変化を完治できるほどの高感度を求められる。

 初めの「重力の周りの空間をゆがめている物体」という言葉だけで、もう分からなくなってしまいます。

 測定できないものを理論上で解明し、100年後に観測されるなど、天才と言うか、もう神の領域です。

 「進化論」のチャールズ・ダーウィンも時代を変えた天才の一人。1858年『種の起源』の中で発表しました。157年前の事です。

 若い頃のダーウィンは、ビーグル号に乗って世界一周をする機会を得ました。そして、南海の孤島、ガラパゴス諸島で、それぞれの島に固有の種が居ることから、進化論を着想した。という事になっています。

 2014年、NHKの「スーパープレゼンテーション」で、作家・スティーブ ・ジョンソンの回。こんな話がありました。

 ダーウィンは自伝の中で「自然淘汰」のアイデアが「ひらめいた」瞬間を書いている。1838年10月に人口に関するマルサスの著書を読んでいる時とあるが、10年か20年程前に、ハワード・グルーバーという学者がその時代の彼のノートを調べてみた。彼はどんな些細な事もノートにとっており、その何カ月も前から、自然淘汰の理論は出来上がっていたことが分かった。

 完全に確立出来ていたかは別にして、新しいアイデアは長期に渡って練られ、それがネットワークのようにつながったとき、イノベーション(革新)が生まれるというのが、彼の主張でした。

 相手が天才であっても、過程は鵜呑みにしてはならないのかもしれません。しかし、興味を持ち続けることが、天才の必要条件ではありそうです。

 天才=ジーニアスは「守護霊」や「守護神」を 意味するゲニウスが語源とあります。

 日々の仕事の歩みは、三歩進んでは二歩下がり。本当に遅々としたものです。

 神でも天才でないなら、せめて諦めないクレイジーで居なければと思うのです。

鳥井も松下も早川も草葉の陰から見ているぞ‐1246‐ 

 昨日は、住吉区へ現地調査へ行っていました。
 
 阿倍野区、住吉区は帝塚山で知られる通り、閑静な住宅街。このエリアで、5件程仕事をしました。

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 中央部にある万代池は、都心部は憩いの場。住所は「バンダイ」ですが、地元の人は「マンダイイケ」と呼ぶそうです。

 調査に行った先で、この辺りは空襲を逃れたのだと教えて貰いました。

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 よって、築70年以上と思われる長屋が沢山残っています。

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 ヨーロッパの街並みのように、日本の街にも秩序があった時代です。

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 阿倍野区にあるシャープ本社は1912年創業。平野から住吉に向かう途中にあります。

 経営悪化から、台湾企業「鴻海(ほんはい)」傘下に入る可能性が濃厚なよう。

 パナソニックは大阪を代表する企業ですが、シャープは阿倍野に本社がある通り、南大阪に沢山の工場があります。

 近所にも社宅が沢山あったり、同級生の親が社員だったりと、私にとっては身近な企業でした。

 関西を代表する企業、サントリー(寿屋)は1899年、鳥井信治朗によって創業されました。戦後、GHQにウィスキーを売るなどして、逞しく会社を成長させて行きました。

 一方1916年の創業している松下電機は、戦時中、飛行機などの部品を作っていた為、GHQに睨まれます。戦後すぐに大変な苦境に立たされるのです。

 そんな時、松下幸之助は旧知の鳥井に「鳥井はん、あつかましい話やけど2、3万円貸してくれへんやろか」と言いました。

 鳥井は「なに水くさいこというてはんねん」と10万円渡したそうです。今の額に置き換えると7000万円相当。それがなければ、現在の大松下は無かったかもしれません。

 7000万円と7000億は正に桁違いの額です。産業革新機構が日本だから良いのかも分かりません。しかし、他国から日本の企業はどう見えるのか。

 「やってみなはれ」 鳥井信治朗

 「この世に起こることは全て必然、必要、そしてベストのタイミングで起こる」 松下幸之助

 「人に真似される商品をつくれ」 早川徳次

 シャープペンシルを発明、国産第一号のテレビ、そしてアクオス、ヘルシオと、正に革新的な商品を生み出し、また真似されています。

 いずれも、戦火をかいくぐり発展してきた偉大な企業です。

 4年ほど前だったか、シャープに勤めるご家族から、フルリノベーション依頼がありました。

 企画も気に入って貰い、さあ計画スタートと行った時、会社の経営不振が顕著になってきます。

 転勤の可能性も高くなり、依願退職も募りだし、不安を感じた家族は、その計画はストップすることにしました。

 大企業は、多くの真面目な、愛社精神を持った家族の生活を背負っているのです。

 大手建材メーカーにの問い合わせをした時、明らかに「御社だけがお客様ではありませんので」という、応対をされたことが何度かあります。

 私たちが設計する建物は、年に10件ほど。大手ハウスメーカーに比べれば、ほんの僅かなものです。それ故、知名度を上げるためやっきになってやってきたのですが。

 すべての電話、全ての応対がこれで良かったのか。大企業病に陥ってはいないのか。僅かなところに差がでるのです。

 シャープ再建の鍵が、何かは全く知りません。

 しかし、鳥居も、松下も、早川もいつも、草葉の陰で睨みをきかせているはずです。