カテゴリー別アーカイブ: 01 旅・街

成功も、順調もまた試練‐1659‐

 あっという間に松の内を過ぎました。

 今朝は、久し振りにキリッと冷え込みました。

 雪不足が深刻と聞こえてきますが、大学時代はウィンタースポーツに打ち込んでいた身としては寂しい限りです。

 徐々に夜明けも早くなってきました。

 「日の出の勢い」という言葉の通り、ポジティブな景色を見るのはとても気分が良いものです。

 ジョギングコースの公園で、猫が足早に駆けて行きました。そして、植込みの中にスポッと入ったのです。

 もう完全に我が家です。

 「ニャにをのぞいているんだ」と言わんばかりに睨まれてしまいました。

 明日で、1995年の阪神・淡路大震災から25年が経ちます。

 私は社会人1年目の24歳でしたが、大阪の実家で寝ていました。

 東京で働く友人から「大丈夫か?阪神高速、倒れてるぞ」とすぐに電話があったのです。

 しかし、地下鉄が止まっていると知り、「今日は仕事を休めるかも」と思ったことを覚えています。

 このあたりは著書にも書いたのですが、全く仕事のできないスタッフだった私は、正直疲弊しきっていました。

 で、震災の2週間後にクビを宣告されます。

 しかし、そのクビのお陰で失業保険が支給されました。

 震災4ヵ月後に、初めての海外フランスを訪れます。

 沢木耕太郎の深夜特急よろしく、バックパックでの旅がこれ程刺激的なものかと知りました。

 そして、ル・コルビジュエの代表作、ロンシャンの礼拝堂を見て「やっぱり建築家だ」と思ったのです。

 帰国後、拾って貰った2件目の設計事務所では、所長と意見が合わずに退所。

 1996年の6月にアトリエmを設立しました。

 私の想像ですが、あの震災がなければ、初めの所長も3月までは見てやろうと思っていたのではないかと思います。

 また、給料の安い設計事務所務めで、貯金をする習慣も無い私が、まとまったお金を手にすることも無かった気がします。

 2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震など、天災は多くの人生に何かしらの影響を与えるのでしょう。

 災い転じて福となす

 災難はあったが、何とかそれをも利用して幸せになれるよう頑張りなさい、ということわざですが、大きな変化がなければ、人が変わることは難しいかもしれません。

 都市計画では、天災で大きなダメージを受けた都市のほうが、10年後は発展しているという話もあります。

 苦難は試練ですが、成功も、順調もまた試練なのです。

 しかし、6,434名の命が奪われたことは事実です。罪もなく命を落とした人の分まで、精一杯生きなければそれこそ罰があたります。

 1995年1月から、何故か私の人生も急速に動き始めました。震災から25年、独立から24年。思い返せばほんの一瞬の出来事のようです。

 今から25年後は74歳。4、5人の孫がいて、そのうちの1人くらいは一緒に仕事をしてくれるでしょうか。

 会社が30年存続する確率は0.25%だそうです。この四半世紀が悔いのないよう、精一杯生きなければと決意を新たにするのです。

■■■ 『Houzzユーザーが選んだ人気写真:スタイル別』2019年12月31日で「「中庭のある無垢な珪藻土の家」」が2位に選出

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【News】
『Houzzユーザーが選んだ人気写真:キッチン編』2019年12月3日で「「中庭のある無垢な珪藻土の家」」が5位に選出
『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』2019年9月30日発売に「回遊できる家」掲載
『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました

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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

「風情」は凄い‐1653‐

 先週木曜日に、「ならまち」を訪れたことを書きました。

 奈良市観光協会のwebサイトにはこうあります。

 ならまちは世界遺産である元興寺の旧境内を中心とする地域を指します。

 奈良の町屋全体をそう呼ぶのかなと思っていましたが、エリアを指すものでした。

 電車で言えば近鉄奈良駅から南の商店街を抜けたあたり。

 コンビニも町屋に入っています。

 三条通り沿いにある南都銀行本店。

 東京駅や奈良ホテルの設計で知られる、辰野金吾の弟子、長野宇平治の設計。多くの銀行を設計しています。

 「南都と呼ばれる社寺のまちから商業のまちへと変化していき、現在に至る」という説明もありました。

 銀行名はここからきているようです。

 広い間口の家が多く、これは京都と反対。

 ゆったりした雰囲気なのは、このあたりが影響しているでしょう。

 風習として残るのが「身代り申(さる)」。

 「庚申(こうしん)さん」のお使いである申をかたどった魔除けが軒に吊るされています。

 家の中に災難が入ってこないよう身代わりになって貰うのですが、背中には願い事も。

 良いも悪いも背負って貰い、申し訳ない感じがしなくもありませんが。

 普通の店舗にも吊るされているのが、何だかホッとします。
 

 中心である元興寺(がんごうじ)まで南に下ってきました。

 現在の何倍もの規模を持っていたようで、ならまちエリアがほぼ境内だったそうです。

 東門の先に見えるのが、国宝・極楽堂です。

 この日は来訪者も少なく、ゆっくり見ることができます。

 南に回ると、寄棟屋根であることが分かりました。

 石仏・石塔群の「浮図田」。

 石は語らずとも何かしらの意思が伝わってくると感じるのは、決して言葉遊びではありません。

 西隣に建つのは禅室。こちらも国宝です。

 極楽堂を見返すと、西面屋根の一部は色が違うのが分かります。

 元興寺は718年に飛鳥の法興寺(飛鳥寺)が平城京に移されたお寺です。

 その法興寺(飛鳥寺)は、日本最初の本格的伽藍を持つ仏教寺院で、聖徳太子と同時代を生きた蘇我馬子が593年に創建しました。

 この部分の屋根瓦は、その頃の物で1300年の時を超えて存在する「日本最古の屋根瓦」なのです。

 現存する世界最古の木造建築は法隆寺ですが、建立が607年で、火災よって再建されたのが8世紀。

 木材としては元興寺の方が古いものだという研究もあるそうです。

 それだけの風格、風合いを感じさせるものでした。

 先日の「M-1グランプリ」でも審査員を務めたダウンタウンの松本人志さん。

 彼のコメントは常にニュースになる程、最も影響力を持つ芸人です。

 その彼に誘われて放送作家になったという高須光聖さん。自身のwebサイトでこんな事を書いていました。

 「風情」は凄い。これは日本独自のもの。同じアジアの国々にも無い。

 この黙して語らぬ凛とした空気。なんとも言えぬ落ち着いた感じは日本という国にしか存在しない。

 これはたった一軒だけでは作れないここに住む多くの人が、店が、個々で感じ取って景観を作っている その一体感が風情を作っている。

 まさに空間が作り出す共同芸術なのかも。

 メモに2007年とあるので、今も掲載されているのか分かりません。また、一字一句合っていないかもしれません。

 「ダウンタウンがいなければ……」などと言う人も居ますが、彼が関わってきた番組のキャリア、そして文章を読んでいると、間違いなく一流の香りがします。

 それは、元々才能があったのか、放送作家という過酷な仕事が彼を鍛え上げたのか、幼少期から知る松本人志の影響なのか……

 おそらくその全てだろうと想像しています。

 建築においてはプロですが、風情をここまで的確に、平易な言葉で表現するのは簡単ではありません。

 街だけでなく、人の能力も感性も、ひとりでに出来上がるものではないと感じます。

 大阪で暮らし、京都で学び、奈良で風情の奥行きを知る。

 社会に対して、周辺に対して、良い影響を与えられる仕事人でありたいと思うのです。

 ただ、あれはどう考えてもコーンフレークですが。

■■■ 『Houzzユーザーが選んだ人気写真:キッチン編』2019年12月3日で「「中庭のある無垢な珪藻土の家」」が5位に選出

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沖縄へ届け!我が社の税金‐1639‐

 1週間前、首里城が炎上する衝撃的な映像が飛び込んできました。

 いまだ原因は特定されていないようです。

 「家族で47都道府県制覇」というテーマで、日本全国を旅してきましたが、私が唯一行ったことがなかったのが沖縄でした。

 車や船の旅が好きで、なかなか縁が無かったのですが、2017年の2月に初めて訪れました。

 折角の機会なので、レンタカーは黄色のビートル。

 青い海、青い空、からっとした空気と、沖縄好きの人達の気持ちがようやく少し分かりました。

 ゆったりとした時間の流れ、そして食べ物も、沖縄の魅力。

 到着してすぐに食べた、ソーキそばと沖縄そば。

 あっさりしているのに、驚く程美味しかったのです。

 三線ライブのある店では海の幸。

 海ブドウ。

 名前は忘れてしまいましたが、魚のから揚げも素晴らしかったです。

 2日間の行程でしたが、首里城は初日に訪れました。

 小高い丘の上にあります。

 いくつかの門をくぐって正殿へ。

 旅先での写真は、できるだけ美しく撮るように心掛けていますが、このカットには少し焦りが……

 普通なら真正面に入るのですが、少し右にずれています。

 また、前後の写真が晴れている通り「もう少し待てば晴れ間がのぞくかも」と思いながらシャッターを切ったことを覚えています。

 今考えると悔いが残るのです。

 国も県も再建へ向かうと言っていますが、4、5年で元通りということはないでしょう。

 人生の時間は限られています。人だけでなく、物とも一期一会なのだと改めて痛感しました。

 琉球王国は俗称で、正式には琉球國(りゅうきゅうこく、ルーチュークク)だそうです。

 その琉球國の中心であった首里城ですが、今回の火災で、石垣に大きなダメージが残ったという報道もありました。

 首里城南西にある、金城町石畳道。

 戦禍を逃れ、500年前から残るものだそうですが、、石の古び方はカンボジアのアンコール・ワット遺跡あたりを思わせるものがあります。

 建築においても、明らかに本土とは違うものがあります。

 琉球國は、わずか140年前の1887年(明治12年)まで、日本とは別国家だった訳です。

 近年の諸外国における独立運動を見ていると、多様性という意味においては成功例のひとつと言えるかもしれません。

 首里城再建に向けて、自分が出来ることは何だろうと考えます。

 直接的には寄付や沖縄へ行くことでしょう。間接的には懸命に働いて納税することでしょうか。

 税収の半分を占める取得税の4割を占めるのが法人税です。

 「届け!わが社の税金」なのです。

 盛和塾塾長であり、京セラ名誉会長の稲盛和夫さんに「しっかり利益を出して、納税するということは、素晴らしい社会貢献だ」と教えて貰いました。

 「税金が高すぎる」とか、「どうせろくな使われ方をしない」とかいう言葉は良く聞きますが、こんな当たり前のことをはっきりと教えてくれたのは稲盛さんだけでした。

 世界を代表する、また日本を代表するIT企業が、合法であるにせよ法人税を全く納めていないと聞くと、違和感を感じます。

 「税金を納めたくない=利益を出したくない」

 こんな単純な式の説明が、まさかトップエリートに必要なはずはありませんが、結局のところ成功は王道にしかないのだと思います。

 勿論のこと、ルーズで済まされるようなことでもありませんし。

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100物語で物街大好き‐1637‐

 今日10月31日がハロウィン。

 第4木曜日などでなく、日にちで決まっているようです。

 悪魔を追い払うため、あちこちにカボチャが飾られていますが、日本でもかなり定着してきた感じ。

 日々が楽しくなるなら、大いに結構なことだと思います。

 私が住む大阪市平野区の西隣は東住吉区。

 大阪市は明治22年に東区、西区、南区、北区の4区体制でスタートしました。

 中央区を別にすれば、昭和49年に東住吉区から分かれた平野区は最も新しい区のひとつ。

 大阪都構想は4区案が軸のようで、100年以上かけて元に戻るというのも、何とも複雑な気分です。

 東住吉区の北端に「杭全」という交差点があります。

 「くまた」と読むのですが、5差路の大きな交差点で、自転車用エレベーターもあります。

 関西ローカルの名物番組「探偵ナイトスクープ」でこの交差点の信号が、いかに大きいかを取り上げていました。

 現在は普通の大きさになっていましたが、おそらく20年くらい前にヤンキースのセイキがレポートしていたと思います。

 「松本人志、局長に就任」というニュースを見て、その映像を思い出しました。

 それくらいしか観たことが無いからですが、あれだけ働き、さらに既存の名物番組に出演とは、口が裂けても忙しいだなんて言えないのです。

 東住吉区のwebサイトに「東住吉区100物語」というページがありました。

 区民に愛着を持ってもらうため、様々な「ものがたり」を思いのある人達が編み上げた、とあります。

 これが興味深く、まず「模擬原子爆弾投下跡地之碑」に目が行きました。

 原子爆弾はその威力があまりにも大きく、爆撃機の退避訓練を実戦で行ったということです。

 同じ大きさの爆弾を作り49発を日本に投下。死者400名、負傷者1200名の被害があったことが、50年後の国家機密公開で分かりました。

 そのうちの1発が、東住吉区の田辺に投下されていたという、ぞっとする話なのです。

 「ボォーン」という音が聞こえた方向をみると、大きな木立が見えます。

 行ってみると「法楽寺」というお寺でした。

 住宅街に突如現れる広い境内に、立派な三重塔があります。

 その脇にあるこの鐘が打たれたのでしょう。

 憩いの場という趣きで、参拝者で賑わっていました。

 同区には「針中野」という駅があります。

 これは平安時代に設立された中野鍼灸院(なかのしんきゅういん)から来てきます。

 一子相伝で43代続いており、41代が近鉄南大阪線の開通に尽力したお礼として駅名を「針中野」としたそう。

 南海平野線が開通した際には、中野駅から鍼院まで7ケ所の道標が建てられ、今も残っています。

 これらも「中野のはり」というページで紹介されていますが、何ともプライベートな駅だったのです。

 吹けば飛ぶよな 将棋の駒に 賭けた命を 笑わば笑え

 村田英雄が歌う「王将」で知られる、将棋の名人坂田三吉も昭和18年からの最晩年に東住吉区に転居してきたともありました。

 「東住吉区100物語」のような試みは、どの市町村のサイトにもありますが、ここまで作り込まれているのは、やはり愛情の賜物だと思います。

 隣街ですが随分と好きになりました。

 そう考えると、私が知らない街へ行きたいのは「知らない街⇒知っている街」としたいからかもしれません。

 「将棋の駒に 賭けた命」の気持ち、私なりに分かる気がします。物は何も強要してきませんし、手を掛ければ掛ける程よくなるのですから。

 こんなことを書くと寂しい人間だとお思いでしょうが、物街大好きで、結構楽しくやっているのです。

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変わるOSAKA、変わらない大阪スタイル‐1635‐

 先日、ミナミへ出たついでに少し歩いてきました。

 天王寺が一番近い繁華街ですが、ミナミも電車で30分圏内です。

 キタも同じようなものですが、ミナミに対してはどこかで「我が街」と思っているところがあります。

 千日前商店街を北へ向かって歩くと、東西に流れる道頓堀川にぶつかります。

 訪日観光客数が、ついに東京を抜いてトップになったという記事を目にしました。

 確かに10年前では考えられない程、外国人が歩いています。

 考えてみれば、大阪ほど安上がりで楽しめる街はそうないかもしれません。

 いくら観光客相手とはいえ、たこ焼きが千円することはないでしょう。

 火災の後、特例で以前の街並みを再現した法善寺横丁も、苔むした水不動尊も、海外の人からみるとエキゾチックな風景だと思います。

 千日前商店街を北に向かって歩いていると、凄い行列がありました。

 ざっと見た感じで100人レベル。

 お好み焼きの「美津の(みづの)」でした。

 2010年の11月に妻の友人が来阪した際に訪れました。

 「確かに美味しかったもんな」と思い出していたのです。

 名物の山芋焼き。

 いくら人気店と言っても、お好み焼きなので1万円することはないでしょう。

 渦巻きお好み焼き、焼きそばといずれも絶品でしたが、この様子では当分無理かもしれません。

 そのまま「美津の」を通り過ぎ、道頓堀商店街まで出てきました。

 ここはいつも通りの賑わいです。

 少し目線を上に上げると、地味な遊園地より余程カラフルで刺激的。

 このSNS時代。大阪の価値はさらに上がったのかもしれません。

 もう至る所がインスタ映えですから。

 ビリケンさんのようにも見えますが、ここに居て問題があるのか、ないのか……

 「くいだおれ」という店は無くなったが「くいだおれ太郎」は健在という、この商魂たくましい街が大阪なのです。

 2010年11月に、道頓堀を歩いた時の写真がありました。

 「ずぼらや」の看板が写っていますが、9年でここまで変わりました。大阪はOSAKAとなったのです。

 写っている子供達がまもなく高校生ですから、おかしくはないかもしれませんが。

 大阪が人気観光都市になった理由として「人が温かい」「コミュニケーション好き(おせっかい)」というものがあります。

 勿論他の都市と比べればそれも大きいでしょう。

 旅行者にとって、「泊まる」と「食べる」は必須です。

 「泊まる」の質を上げようと思えば、高級ホテルに泊まれば良いのですが、「食べる」は少し工夫すれば大したお金を使わなくても、かなり満足できます。

 特に大阪においては。

 そう考えれば「食い倒れの街」に、観光客がこれまで少なかったことのほうが問題なのかもしれません。

 大阪が人気観光都市になったのは、「掛かった費用<満足度」この数式が成り立つからに他なりません。

 そう考えると、仕事のスタイルは大阪スタイルで良いのだと思えてきます。

 進歩、成長は必須です。しかし原理原則が変わることはありません。

 「安くて美味い」

 これの価値を超えることは誰にもできないと、我が街が示してくれたのですから。

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香港・マカオの旅④ <さよなら香港、人と街と建物編>‐1633‐

 月、木、金とUPした「香港・マカオの旅」ですが、今回で最終回です。

 4日目、10月14日(月)は朝早くにホテルを出ました。

 前日のデモ時は地下鉄が運休したので、動かない可能性もあると思っていました。

 チェックアウトを済ませモンコック駅に向かうと、交差点にはパンクし、落書きされたバスが放置されたまま。

 警察がやってきたところでした。

 バリケード跡などは残っていますが、地下鉄は動いているよう。

 しかし、火はいけません。

 モンコックから一駅南のヤウマティまで移動。シャトルバスでカオルーン駅へ向かいます。

 そこからエアポート・エキスプレスで30分程。

 スムーズに空港までやって来れました。

 脱出は大げさですが、まずは空港にたどり着きほっと一息です。

 香港国際空港は世界屈指のハブ空港で、そのスケールは凄いものがあります。

 全番号のゲートがある訳ではないにせよ、500番台には驚きます。

 設計は、サー・ノーマン・フォスター。

 どうりで格好良い訳です。

 チェックインまで済ませれば更に一息。

 ちょっとゆっくり朝食です。

 「点心」の文字がある店にしました。

 メニューでロブスターとエビが入っていることまでは分かりましたがそこまで。

 兎に角熱く、かつとても美味しかったです。

 こちらも「お勧め料理」の中にあったもの。

 貝は分かりましたがその他は分からずですが、素晴らしく美味しかったのです。

 四川料理と北京料理は食べましたが、上海料理、広東料理なども機会があれば是非食べてみたいものです。

 100%満足し、機上の人となりました。

 香港は、神戸とニューヨークとホーチミンを足して3で割ったような街でした。

 マーケットの種類は香港が一番だったでしょうか。

 庶民の料理も色々食べましたが、麺よりワンタンかお粥です(笑)

 現代建築は、目を見張るものがあります。

 カオルーン南東部にあるザハ・ハディド設計の香港理工大学は、完全に映画の世界レベルです。

 エントランスで圧倒されてしまいます。

 アンビルドの女王にビルドさせる訳ですから、どれだけ香港が裕福かが分かります。

 建築というよりは、巨大な高級車といった感じ。

 旧警察本部や監獄をリノベーションした「大館」は香港島の中環(セントラル)エリアにあります。

 設計はヘルツォーク&ド・ムーロン。

 こちらの外壁は、元のレンガのサイズに合わせてデザインされているそうです。

 展示は現代美術なので、それらを邪魔する訳にはいきません。

 見せ場はほぼ階段しかないのですが、その階段が凄い。

 「階段を狙え」は日本の巨匠、村野藤吾の言葉だったと思いますが、機能あるものをアートのレベルに高めています。

 ヘルツォーク&ド・ムーロンの作品は初めてだったのですが、流石に世界でトップを走る実力は伊達ではありません。

 2度も3度も美味しいのが香港です。
 

 100万ドルの夜景は、定番ですがビクトリア・ピークから。

 高い建物が苦手なのが一番の理由です。

 I・M・ペイ設計の「中國銀行ビル」には何度も触れました。

 実はライティングも秀逸でした。

 強調された光のラインが付いたり消えたりする単純なものですが、それが余計にインパクトを与えています。

 香港に居る間、この高層ビルが気になって気になって仕方がありませんでした。

 こちらは香港名物、竹の足場です。

 工事をしている所は一度も見れませんでしたが、本当にこれで工事をするのでしょう。

 狭い土地の中で少しでも大きくと、古いビルは何とか張り出そうと必死の形相です。

 新しい建築が張り出していないところをみると、法的にはアウトなのでしょう。

 しかしこの張り出しが、まるでアーケードのような役割をしており、雨の日はとても有効。街を歩く人に優しいのです。

 乗り物はトラムが一番気に入りました。

 2階建てチンチン電車ですが、のんびりと風を感じながら乗っていると、つい居眠りしてしまう程。

 デモは激化する一方なのは聞いていましたが、今すぐの天安門事件のような状態になることはないと判断し、渡航しました。

 しかし、実際に警察がデモ隊を本気で追う姿をみると正直ドキドキしました。

 余程の事があってもゴム弾しか使わないようで、私も行くことに決めたのですが、それは現地とて同じ。

 警察が舐められている感は否めませんでした。

 旅の友はCANONの5DMARKⅡですが、一緒に随分色々なところへ行きました。

 それなりに重いですが、いざというときは武器にするくらいの覚悟はいつもしています。

 2016年と比べると一気に老眼が進み、マップの小さな文字が読めずでかなり慌てました。

 建築マップに付いていた、ルーペ付きしおりを持ってきて本当に助かったのです。

 いまさらハズキルーペを買うのもやや気恥ずかしいので、空港にあったルーペ眼鏡?を購入しました。

 新しく旅の友になって貰います。

 私が体感したことのない国が、まだまだいくらでもあります。

 旅の直後はいつもですが、出掛ける気力と英語を勉強する気力が満々なのです。

 来年、子供の受験が終わったら皆で海外へ出ようかという話になりました。

 今回のサブテーマは「僕らの深夜特急」です。

 沢木耕太郎のこの小説に触発され、海を渡った人はどのくらい居るのでしょうか。久し振りに第1巻を読み返してみました。

 あとがきの対談で、海外へ出る適齢期は26歳と結ばれていました。

 私が海外へ初めて出たのは24歳なので少しずれがありますが分かる気がします。

 子供にも、自分が稼いだお金で、1ドルを惜しんで旅して欲しいと思うのです。

 ただ、もし娘が行きたいと言ったら、行って来ればと言えるのか……

 まだそれは先なので考えないでおきます。

 これにて香港・マカオの旅はおしまい。旅日記はつい長くなってしまい失礼しました。

 次回はウィーンかアムステルダムかニューヨーク再訪か。またここでお付き合い下さい。

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香港・マカオの旅③ <美食の都と動乱編>‐1632‐

 3日目の10月13日(日)は、朝からチョンキンマンションへ。

 「深夜特急」で、沢木耕太郎が一番はじめに泊まったゲストハウスのあった建物です。

 外からみる分には、さほど怪しさはありませんが、ここでの珍道中から「深夜特急」は発車したとも言える場所で立ち寄ってみました。

 クライアントにバックパックの旅の達人の様な方が居て、「両替はやっぱりチョンキンマンションが一番レートがいいですよ」と。

 実は前日も朝一番に来たのですが、両替屋が2軒しか開いてなく、空港と差ほどレートが変わらなかったのです。

 この日は9時頃に行ったので、数軒開いていました。

 全ての店を見て回りましたが、昨日両替した店が一番レートが良く、1ユーロが8.62香港ドル。

 時間帯によって、レートを変えているようです。商売なので当り前と言えば当たり前。

 他国のお札は何かおもちゃのお金みたいに感じるのは私だけでしょうか。

 フィンランドへ行った時のユーロがそれなりに残っており、ちょっと多めに替えておきました。

 香港島北岸の銅鑼湾(コーズウェイベイ)へ。

 近代的な街並みにショッピングセンターが建ち並びます。

 目的地はここ、南北樓(ナンペイロウ)。

 開店一番乗りの11時半に行き、写真も撮らせてもらいました。

 ブルース・リーの主演映画「死亡遊戯」の舞台になった場所と知り、ここにしたのです。

 なかなか趣きのある内装で、格子天井に施された彫刻は、中国らしい意匠でかつ繊細。

 女主人は、「ここをブルース・リーが降りてきた」と教えてくれました。

 長らく観ていないので、一度レンタルしに行かなければなりません。

 映画の舞台というのもありましたが、四川料理の老舗で、エビチリが絶品とガイドブックにあり、それならと奮発してみました。

 麻婆豆腐は、胡椒がかなり効いた大人味で、反対に青椒肉絲(チンジャオロース)は甘めに仕上がっており、どちらも抜群に美味しかったです。

 ただ、エビチリは「魚介類の食べ方を一番分かっているのは日本人」という概念を完全に覆されるほど、確かに絶品でした。

 大振りのエビを、白い皿の中央に乗せて、フォークとスプーンでじっくり味わって食べたい程、と書いて伝わるでしょうか。

 1匹のエビが、完全にメインディッシュになるボリュームとクオリティなのです。

 もう脱帽でした。

 お値段はひとりで1万円くらいでした。

 食後、スターフェリーでのんびりと九龍(カオルーン)へ戻ります。

 ホテルのあるモンコックあたりには、沢山のマーケットがあります。

 遠方から訪れていたので、この日は近場回り。

 日曜日だからか、南方系らしき人達が所狭しとシートを広げ、声高におしゃべりをしています。

 これが何かのイベントなのか、それとも都心部ピクニックみたいなものか、結局よく分かりませんでした。

 一旦ホテルに帰り、少し昼寝をして街へ出ると、物々しい雰囲気になっています。

 香港政府が進める「逃亡犯条例」に反対するデモが激化の一途をたどっている状況です。

 さらにこの週は「覆面禁止条例」が制定された後、はじめの週末ということで、何かは起るだろうとは覚悟していました。

 モンコックが大阪で言えば梅田とするなら、海沿いの繁華街がサムサアチョイは難波のような位置関係です。

 それらを繋ぐのがネイザンロードなので、御堂筋のようなもの。

 そこに黒い衣服に黒いマスクをしたデモ隊がバリケードを築くのです。

 一番の理由は、イギリス統治時代を含めて、自由を奪われたくないという政府に対する反抗の意思です。

 しかし、地下鉄の券売機や改札や、中国よりの企業なども襲撃され、デモとうレベルから暴動という段階に入っています。

 SNSなどで呼びかけ、黒装束の彼らは街の至る所に散在しており、警察が追いかけてくればクモの子を散らすように逃げ、また別の黒装束がうやってくるという、いたちごっこ状態なのです。

 不幸にも実弾で亡くなった方も居ますが、基本はゴム弾と催涙ガスで、まったく恐れる素振りもありません。

 警察も至る所に待機していますが、逃げる方が有利なのはいつの時代も同じです。

 主張は分かりますが、皆暮らしと仕事があるので、バスや地下鉄を止められるととても困るのです。

 そんな中、多少気が引けますが、最後の夜は北京ダックを頂くことに。

 「鹿鳴春」は先程難波と表現したチムサーチョイにある北京料理店。

 北京ダックに関しては、香港で一番おいしいという評判だそう。

 前日ガイドブックで仕入れた情報ですが。

 丸焼きの皮だけを食べる店が多いのですが、こちらは身も厚めに切り分けてくれます。

 これを薄餅に甘辛味噌をつけ、野菜を巻き一緒に食べます。

 香港一という評判ですから、私の説明など一切不要。

 勿論のこと、これまで食べた北京ダックの中で断トツの美味しさでした。

 しかしこの量をまさか一人で食べきれる訳もなく、泣く泣く残して帰ってきました。

 こちらは1万円弱だったと思います。

 中国茶もさっぱりと香りがよく、想像以上に美味しかったです。

 茶柱も立っているし、明日も良い日になるはずだと店をでました。

 夜の9時頃、チムサーチョイからモンコックにも戻ります。

 まだバリケードも残ったまま。

 このエリア衝突も激しかったようで、その痕跡が残っています。

 やはり地下鉄の駅は閉鎖されているようで、少し北まで歩き、動いているバス路線があったので飛び乗りました。

 かなり混雑していますが、一駅分でもホテルに近付ければ御の字です。

 私は日本に生まれたので、彼らのフラストレーションの本質を知ることはできません。

 表現の自由が制限されるということがどういうことかも、言葉で分かっているレベルだと思います。

 1997年の中国返還から、「一国二制度」が限界に来ているのは、間違いありません。

 これまで自由の風を謳歌してきた香港の人達が不満を持つのは当然でしょう。

 これは極論です。

 「逃亡犯条例」は犯罪人引き渡し協定を締結していない国・地域の要請に基づいて、容疑者引き渡しを可能とするものです。

 犯罪を犯さなければ、何の問題もない訳です。ただ、これらを契機に、中国本土の取締となることの危惧は分かるのですが。

 新聞の社説でも、自由を勝ち取ろうとする香港の若者を見習うべきでは?といったものもありました。

 当たり前ですが、暴力、破壊から何も生まれないのは世の理です。群衆心理と言う言葉がある通り、そこのところは良く考えるべきだと思います。

 ルポライターの竹中労はこう言いました。

 人は、無力だから群れるの ではない。群れるから無力なのだ。

 町のおばちゃんが、デモ隊を大声で怒鳴りながら、バリケードに使われていた竹を放り投げていました。

 主義主張は理解できます。しかし、人に迷惑を掛けるのはやっぱりNGなのです。

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『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
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amazon <民家・住宅論>で1位になりました
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『houzz』4月15日の特集記事
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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
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香港・マカオの旅② <マカオ、100万ドルの夜景編>‐1631‐

月曜日は、香港に到着した10月11日(金)の夕方までをUPしました。

翌12日(土)は早起きして、まずは朝食。

「粥」と言う文字がみえたので入ってみました。

香港と言えばお粥。

麺と違ってこちらは外れなしでした。ピータン入りで30香港ドルくらい。

 ホテルのあるモンコックエリアはデモ運動が激しいようで、アンダーパスの壁にもそれらしき張り紙だらけでした。

 結局このあたりで、警察との衝突と遭遇することになるのですが、それは後程に。

 バスにのって香港理工大学のへ向かいました。

 2016年に亡くなった「アンビルド・アーキテクトの女王」と言われたザハ・ハディドの建物を見るためです。

 ここにも「反抗」の文字が。大学はそういった運動の拠点と常になる訳です。

 建物は正直凄かったのです。

 後でもう一度触れようと思っていますが、高級車のこだわりを細部にまで織り込んでいるとでも言えばよいのか。

 これはそう簡単に実現しないだろうと、納得しました。

 そのまま香港島のフェリーターミナルへ移動。

 香港は天気が悪い予報だったのと、土曜日はデモが激しいと思い、急遽マカオに行くことにしました。

 チケットは150香港ドルくらいなので2千円ちょっと。

 1時間くらいで到着します。

 マカオも同じ中国のはずですが、入国という扱いになるようです。

 市街地は比較的近く、何となくでバスに乗りましたが概ねイメージ通りの場所に着きました。

 マカオの由来となったと言われるマッコミュウ。

 このあたりは中国文化が色濃くでています。

 昼になったので食堂に入りました。

 何が特産か分からないのでひとまず「マカオのビールを」と言うと、そのままマカオビールでした。

 気温は30度を超えていたと思うので、どんなビールでも美味しいのですが、やはり地元の物に限ります。

 とても飲みやすいビールでした。

 マカオの市街地は広い範囲が世界遺産に指定されています。

 ポルトガルの統治時代の雰囲気が残るセナド広場。

 下町は香港とよく似た雰囲気です。

 マカオは観光地としてかなり人が増えているよう。

 カジノで有名ですが、私はあまり興味がないので街を見てまわります。

 結局、ヨーロッパの強国はアジアにおいての覇権を争うことになります。

 あまりダイレクトには書きにくいですが、その際にキリスト教の布教を活用しているのは間違いありません。

 信仰の自由は、誰にも認められているので良い悪いはありません。

 しかしそういった事実を踏まえ見ると、街歩きはより面白いと思っています。

 セナド広場のど真ん中、南欧の雰囲気が最も残るメインストリートに「中国建国70周年!」のような飾り付けが、派手派手しくなされていました。

 住民の気持ちはいかばかりかと思いますし、その不満が香港で今まさに噴き出しているのです。

 マカオの旧市街地はとても面白かったのですが、現代建築は目を見張るものがありました。

 カジノの街に相応しくなのか、ほぼすべて金ピカ。

 それも徹底的にです。

 帰りのバスから辛うじて撮ったこの建物。

 写真では伝わり切らないと思いますが、もう絶句する金ピカ具合だったのです。

 夕方になるので、香港に戻ったのですが、もう少し時間をとってみて見たい街でした。

 フェリーターミナルからトラムに乗って、「大館(2018年)」という施設をのぞいてきました。

 旧警察本部や監獄をリノベーションした施設で、2001年にプリツカー賞を受賞したヘルツォーク&ド・ムーロンの設計です。

 東京・青山のプラダの設計者と言えば分かりやすいでしょうか。

 こちらもまた後日に。

 そこまで天気が悪くなかったので、ピークトラムにのって香港を見下ろせる展望台を再訪します。

 やや霞が掛かっていましたが、なんとか100万ドルの夜景を収めることができました。

 ここでもペイの中国銀行ビルは目をひくのです。

 駆け足で、この日イメージしていたところを回り、最後は廟街にやってきました。

 深夜特急の作者、沢木耕太郎が香港に長居することになった要因となったのがこの場所です。

 どんな街でもそうですが、市場やマーケットは人を惹きつけるものがあります。

 一人旅なので、ならなおさらなのかもしれません。

 また、食事は屋台に限ります。

 何となく頼んだおそらく豚肉料理と、青島ビール(チンタオビール)。

 見た目とは裏腹に、酢のタレも含めてとっても美味しかったのです。

 街の屋台でその土地のビールを飲んでいる時、なんだか全てが報われるように気持ちになるのは私だけでしょうか。

 廟街ではつらつと働く女性です。

 ある映画監督が、ITをさして「虚業」と表現したことに対して、それらで成功した有名実業家は強く非難しました。

 その通りだと思います。

 ただ、夜の屋台でけなげに働く姿をとても美しいものに感じます。

 そういった場面を見る機会が、どんどん減っていることは私も危惧するのです。

 この夏、長男が海外へ出る際に「スマホは持っていかない」という約束を破りました。

 それで、帰国時に私はかなり怒りました。

 不便、不安、分からない。

 こんな価値ある体験をできるのは海外だけです。

 今回もスマホは持って行きましたが、ローミングも切り、ポケットWi-Fiの契約もしませんでした。

 バックパッカー卒業宣言を2016年の旅の際にしましたが、心はいつもバックパッカーです。

 それは、お金がなくてそうしてきたというのもありますが、それがどれだけの刺激や、充実を与えてくれるかを知っているからでもあります。

 とはいえ、ホテルに帰ると無料Wi-Fiがあり、メールチェックも、写真を上げることも可能ではあったのですが。

 金ピカマカオと100万ドルの夜景編、楽しんで頂けたでしょうか。

 明日からは、2、3話になると思いますが、旅の後編を続けてUPして行きたいと思います。

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香港・マカオの旅① <摩天楼、スターフェリー編>‐1630‐

 先程、香港から戻りました。

 会社に戻ると、義妹と偶然会い「台風で、関東、東北地方は大変でした」と聞きました。

 日本を離れていたので、まだ状況を把握できていませんが、被災された方々には心からお見舞い申し上げます。

 今回も多くの河川が決壊したとのことで、是非ライフジャケットを各家庭に常備して貰いたいと思っているのです。

 金曜日の朝4時まで仕事をし、5時に家を出ました。

 子供達とは、2、3日顔を会わせておらずで、バタバタと空港へ向かいました。

 朝まで働くのが良い事だとは思いませんが、仕事があるうちが華です。

 関空を9時に飛び立つと、泥のように眠っていました。

 機内アナウンスで目を覚ますと、眼下に香港が見えてきましたが、いきなり度肝を抜かれました。

 ヨーロッパの市街地に建つマンションは、中庭を囲むような配置になっていますが、その高層マンション版と言えばよいでしょうか。

 しかもそれが林立しているのです。

 ニューヨークのマンハッタンを遥かに凌ぐ規模?

 フライトチケットやホテルの予約は妻任せで、ろくに下調べもせずにやって来たので尚更です。

 香港国際空港に降り立ちました。

 香港という国?中国?それも分からずですが、まずは市街地に向かいます。

 無料シャトルバスがあると聞いており、ホテルのあるモンコックを目指します。

 何処で降りるかがあまり分かっておらずでしたが、モンコックと地名がつけば良いだろうとバスを降りました。

 持ってきたガイドブックの地図を出してさあ調べようと思うと、これが全く読めない。

 視力は今でも1.2あるのですが、思いのほか老眼が進んでおり、文字が小さすぎるのです。

 これは弱ったと思いましたが、一人旅で時間だけは余る程あります。ウロウロと歩き出しました。

 ホテルは中心街だと聞いていましたが、家電を売っていたり、金物を売っていたりで、問屋街のような感じもします。

 あまり治安も良さそうな感じはなく、若干不安になってきます。

 と思っていたら、食品を売る店もでてきました。

 どこの国の人も腹が減れば何か食べる。人はそんなに変わりません。

 昼も過ぎていたので、小汚い店(失礼)で何かしらの麺を頼みました。

 香草と生姜の効いた、優しいお味でした。ホルモン?はなかなかいけましたが。

 日本のラーメンを知っていて、海外でそれより美味しい麺を期待するほうが無理というものです。

 ただ、思ったより暑く、ベトナムあたりと同じような食文化があるのかもしれません。

 再度歩き出すと、やや近代的な街並みが見えてきて、ようやく自分の居場所が分かりました。

 香港は大きく分けて、中国本土とつながる「九龍(カオルーン)」エリアと、南に海峡を挟んである「香港島」エリアに分かれます。

 現在、香港では各地でデモがくり広げられていますが、モンコックもそのひとつになっています。

 モンコックから南の香港島に向かって真っすぐ伸びるメインストリートが「ネイザンロード」です。それが分かり、ようやくホテルにチェックインしました。

 受付の女性に「この地図、無料ですか?」と聞くと、

  Three? 

 と聞き返されてしまいました。

 地図は3部も要りませんが、口が日本語モードで、下唇をかんでの”エフ” の発音ができていなかったようです。

 ここで、コミュニケーションも海外モードに切り替え、早速街へ。

 何も知らないとはいえ、香港にノーマン・フォスター、I・M・ペイシーザー・ペリの建物があることは何となく知っています。

 妻に付箋だけは貼っておいて貰いました。地下鉄で海峡を越えて香港島へ。

 イギリスでは「サー」の称号も持つフォスターに敬意をこめて、まずは「香港上海銀行ビル(1986年)」へ。

 ただ、目はすぐに隣の隣にあるペイの「中國銀行ビル(1990年)」へ行きます。

 こちらも建築書で何度も見ていましたが、写真とは全く違う美しさです。

 極めて単純なフォルムが、圧倒的な存在感を放っていました。

 香港島に居る時、どこにいても目印にしていました。こういった建築が本当のランドマークだと納得したのです。

 このエリアで最も高い、ペリの「国際金融センター(2005年)」もすぐ北にあります。

 香港島の高層ビル群の南には「ビクトリアピーク」という小高い山があります。

「ピークトラム」はその急こう配をかなりのスピードで真っすぐに駆け登って行きます。

 下りは、下手なジェットコースターより余程怖いと、後で知るのですが。

 一番右にペイの「中國銀行ビル」、中央あたりにペリの「国際金融センター」、そして一番左、対岸の九龍エリアにあるのが、KPF設計の「世界貿易センタービル(ICC)」。

 「世界貿易センタービル(ICC)」は485mで香港で最も高いビル。

 「摩天楼」という言葉がぴたりとくるくらい、競って天に迫っていく様は圧巻でした。

 「中國銀行ビル」を設計したI・M・ペイはルーブル美術館のガラスのピラミッドで知られ、1983年にプリツカー賞を受賞しています。

 今年の春に亡くなったのですが、享年をみると102歳。

 フランク・ロイド・ライト、村野藤吾をはじめ、建築家に長寿は多いのですが100歳越えとは恐れ入りました。

 夜景には少し時間があるのと、まだ街の様子も、デモのことも把握出来ていないので、この日は一旦九龍に戻ることにしました。

 沢木耕太郎の「深夜特急」は、バックパッカーのバイブルと言われています。

 その26歳の沢木が何度も乗ったというスターフェリー。

 出港し、香港島を見返します。

 西の空に日が沈んで行く景色を彼も見たのでしょう。

 なかなか行けない海外で、香港を選んだのはやはり「深夜特急」のスタートの地だったからだと思います。

 20代の後半、疲弊しきっていた私を救ってくれたのもまた旅でした。
 
  Breeze is nice. 

 「深夜特急1‐香港・マカオ編‐」ではなかったと思いますが、旅先で若き沢木青年が聞いた言葉です。

 私が深夜特急を読んだのは、20歳くらいの頃だったと思います。

 その言葉が、30年経って思わず口から洩れてしまうくらい、幸せで、心地よかったのです。

 「僕らの深夜特急」香港・マカオ編だけですが、順次アップして行きます。

 良ければまたのぞきにきて下さい。

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昭和な町、昭和町で昭和を考える‐1620‐

 9月9日なので「救急の日」。これは容易に想像できます。

 陰陽思想では奇数を陽とすることから、また9が極数であることから「重陽(ちょうよう)」というそうです。

 奇数が重なる日は強すぎて不吉。反対に吉。両方の解釈があるようです。さて、今日はどちらの一日だったでしょうか。

 先週金曜日、昭和町に行く用事がありました。

 あびこ筋と松虫通りの交差点に地下鉄の駅があります。

 「阿倍野の長屋」の現場に通う際、いつもこの前を通っていました。

 北西角にある「ハンバーグレストランBOSTON」。とても気になっていたのです。

 古き良き洋食屋さんといった感じで、入ってみたくなります。

 webサイトを見ると、昭和27年創業で系列店が10店舗ある老舗店でした。

 特にハンバーグが好きな訳ではありませんが、雰囲気、漂ってくる芳ばしい匂いに誘われるのです。

 隣の「大阪ヨーグルトケーキ」も同じ系列店でした。

 裏通りをのぞくと、趣のある長屋が見えました。

 登録有形文化財の「寺西家阿倍野長屋」でした。

 名前は知っていたのですが、どこにあるかは知らなかったのです。

 昭和7年の建物で築89年。

 近くには蔵を改装した蕎麦屋さんも。

 西へ向かって歩いていくと、1m程の大きな段差があります。

 その突き当りにも店舗が並びます。

 「坂の上のそばや」とは、なかなか気の利いたネーミングです。

 出汁の香りが漂ってきます。

 ハルカスまで御堂筋線で一駅。

 街遊びが好きな人にはとても住みやすい所だと思います。

 私は昭和45年生まれなので、昭和を18年、平成を30年、令和を4ヵ月生きました。

 昭和が63年と長かったので、3つの年号を生きるとは想像もしていませんでした。

 平成が30年と一番長いのですが、やはり昭和が色濃くしみ込んでいる気がします。

 昭和の香りと言いますが、それは「木の香り」であり「出汁の香り」かもしれません。

 トゲが立つかもしれない木が、むき出しで使われているのが当たり前。よって香りは立ちます。

 くたびれた畳のイグサがズボンにつくのも当たり前。ズボンという表現も、昭和でしょう。

 昭和は「自己責任の時代」だったとも言えそうです。

 令和でも、ホテルでも出汁は取ると思いますが、民宿に泊まった時、夕飯時に漂ってくるその香りにホッとするのです。

 今日は、グランフロントの サンワカンパニーでの「無料相談会」にでていました。

 パネルなども持参するので、結構な荷物になります。

 キャリーバッグも引いていたので、エレベーターを待っていると、80歳くらいの女性一行が、私の前に回り込み、先に乗ってしまいました。

 別に法律違反でもありませんし、ムッとするほどのことではありませんが、この年代の人には結構あることだと思います。

 電車に乗るときも同じで、お急ぎならお譲りしますが、子供達の見本になりましょうね、とは思います。

 若い人でも順番を守らない人はいるので、一概には言えませんが、昭和は「競争の時代」だったと言えそうです。

 戦争、敗戦を経験し、その後の高度成長期を生きたのが、昭和前半生まれの人達。良く言えばバイタリティがある。悪く言えばモラルが低い。

 ここまで書いてしまって良いのでしょうか(笑)

 しかし、決して上っ面でない競争を経験してきたのは間違いないでしょう。

 それなら順番ぐらい譲ってあげなさいということになるかもしれませんが。

 これは昭和町でなく、平野で見た看板です。何故だか私にとっての昭和は、こんな感じです。

 メンテナンスが必要な家に住み、激しい競争にさらされ、出汁の利いた食事で育った昭和の人々。

 そう書くと、果たして自分がどっぷり昭和なのか分からなくなってきました。

 人を種類に分けることはできませんが、魚の味が水に左右されるように、時代の気分に影響されるのは間違いありません。

 昭和を語るキーワードは、競争と自己責任のような気がするのです。

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【Events】
■9月15日(日) 9:00~12:00 高槻高校文化祭にて
「頼れる卒業生」による無料相談コーナーに参加

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