カテゴリー別アーカイブ: 01 旅・街

何度も立ち上がる熊本、後ろ支えする日本‐2343‐

7月28日の夕方4時半頃、熊本で震度7の地震が発生。

熊本での震度7は、2016年の4月以来です。

2016年の際は、復興支援のために7月初めに熊本に入りました。

上空から見ても、まだまだブルーシートが目立っていました。

私が担当したのは熊本市の東隣にある嘉島町。

今回の震源地、宇城市と氷川町は熊本市と南西で接している地域です。

爆発事故が起こったイオンモール熊本は嘉島町にあり、気が気ではありません。

当時の被害も甚大でした。

復興支援と言っても、専門家としてできることは、コツコツと被害の詳細を明らかにしていくだけ。

そんな積み重ねから10年が経ったのですが……

当時の暑さも、美しい風景とは裏腹に、全く容赦のないものでした。

現時点でも、断水、停電している住戸も沢山あると報道されています。トイレ問題とともに、エアコンのことが気になります。

唯一救われるのは、熊本が水の街だということです。

阿蘇山周辺に降った雨が、熊本平野あたりで湧き水や地下水となり、美しい水が豊富にあり、活用されています。

湧き水のプールは水温が低く、クールダウンするには最適です。

また、水辺を活用できるよう、整備されているところも多く見かけました。

酷暑の時期ではありますが、それゆえ沐浴することができるとも言えます。

こういった非常時に、人の手を必要としない自然の恵みは、計り知れないものがあるのです。

昨年の8月に、能登半島へ復興支援に入った際にも「地震、水害と、どこまで続くのか……」という声を沢山聞きました。

困った時に助けられるよう、普段から一所懸命働き、税金を納めているとも言えます。

政治家の皆さんは、こんな時にギアをあげなくて、何のための政治家かとなります。

日本、世界を問わず、〇〇ファースト的なものはひとまず箪笥にしまって、骨身を惜しまず、被災者の役に立つ行動をお願いしたいと思います。

勿論、人に言うだけでなく、要請があればすぐにでも熊本へ飛んでいく準備はできています。

何度も立ち上がる熊本を、日本中で後ろ支えするしかありません。

あるのは復興への一本道だけです。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■

■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■

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建築家・守谷昌紀TV
アトリエmのゲンバ日記

蛇行剣も世界遺産もやっぱり人と食‐2342‐

ホテルライクなコートハウス 「ドッグランのあるタイル床の家」の動画を【Works Video 】UPしました。

チワワ兄妹のための小さなドッグランのある家、よければご覧ください。

「日曜はどこかへ出掛けようかな」とGoogleマップを見ていると、富雄丸山古墳をみつけました。

歴史ニュース等では何度も見ましたが、位置的にもうひとつ把握できていなかったのです。

すぐ東には、道の駅「クロスウェイなかまち」もあり、駐車にも困らなそう。

第二阪奈道の中町インターを降りればすぐ。大阪から30分掛かりませんでした。

駐車場も広く、昼前に着くと十分余裕がありました。

歴史遺産+産直市場は、願ったり叶ったりの組み合わせです。

時の首相も奈良出身。

就任時の「奈良の女でございます」の言葉に恥じないよう、奈良のためにも、よろしくお願いします。

すぐ東に流れる富雄川の対岸にはイオンタウン富雄南もあります。

ダイエー、無印、飲食店等が、テナントとして入居している、郊外型のショッピングモールです。

イオンタウンで食事をしてから、富雄丸山古墳へ向かいました。

交通整理をしていた男性に聞くと、「ここを抜けると、道路に道順が描かれているので間違うことはないと思います」と教えてくれました。

道の駅を抜けて西にある小高い丘を目指します。

富雄丸山古墳は2022(令和4)年に、長さ2.85mの蛇行剣が発見されたことで、一躍注目を浴びるようになりました。

聞いた通り、国内最大の円墳にしっかり案内してくれます。

が、入口は見逃してしまいそうな小さな看板だけ。

墳丘を上ると、閑静な住宅街の端に位置することが分かります。

ネットフェンスで区切られた通路の、山側が発掘エリアのようです。

4世紀後半の古墳で、直径約109mの「造出し付円墳」とあります。

出土した、刃部が蛇のようにくねくねとしている鉄製の剣、蛇行剣は東アジア最大。

反対のなだらかに下っている斜面には、6世紀後半の丸山第2・3号墳の案内もありました。

しかし、ここが古墳と分かるものはその案内板2枚だけ。
雑草も生え放題で、正直拍子抜けしたのです。

今日の新聞で、「飛鳥・藤原の宮都」が世界文化遺産への登録が決まったという記事がでていました。

この辺りはよく通りますが、穏かな景色が好きな場所。
嬉しい一報でした。

2017年のお盆に、世界遺産の石見銀山を訪ねました。
その時に感じたのは、「あまり人が来ていないな」ということでした。

世界遺産登録が地元の悲願なのは、その知名度から来る、訪問者の増加でしょう。

しかし、受け入れる側が施設や人の準備ができていなければ、これだけ娯楽の多い時代なので、すぐに飽きられてしまいます。

道順を尋ねた、交通整理をしていた男性は真っ黒に日焼けして、とても暑そうだったので「どのくらいで交代するんですか?」と聞くと「30分毎なんです」と。

それを聞いてちょっと安心しました。本当に命の危険を感じる暑さだったので、やっぱりそうなんだと納得したのです。

「本当に暑いので気を付けて下さいね」というと、「気を付けていってらっしゃませ」と返してくれました。

道の駅で地元の野菜を買いましたが、昼食はイオンタウンのバーガーキングで食べました。

初めて食べたのですが、意外に美味しくてびっくりします。

世界遺産を目的に訪ねたとしても、心象に大きく影響するのは人と食です。
古都奈良での食の記憶が、バーガーキングなら笑えません。

私が勝手に食べただけですが、2人で1600円くらいで食べれる選択肢を準備しているバーガーキングの努力に、他の選択肢が勝てなかったとも言えます。

明日香村の穏やかな景色を世界の人が見た時にどんな感想を持つのでしょうか。

適度に賑わって欲しいですが、こればかりは需要と供給のバランスです。

楽しみにしながら見守っていきたいと思います。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

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国宝・犬山城と街グルメ‐2341‐

前回、ちらと書いたのですが、海の日は愛知県犬山市を訪ねました。

名鉄名古屋駅から特急で犬山庭園駅まで30分程。

15分くらい歩くと犬山城が見えてきます。

小高い丘を登って、天守閣の下までやってきました。

石垣は自然石を積んだ野面積みです。

この日は結構混んでいて、天守閣に入るまで1時間程並びました。

急な階段を3層登ります。

この角度なので、降りる時は後ろ向きの人もいました。

3階には国宝5城の写真が展示されていました。

松江城、姫路城、彦根城、松本城と犬山城ですが、 最も古いのが犬山城です。

室町時代の天文6(1537)年に織田信長の叔父である織田信康によって築かれました。

最上階の4階まで上がってきました。

国宝5城の中でも、最上階の外に出て一周できるのは犬山城だけです。

その手摺の低さも強烈。

髙い所が苦手な私には罰ゲームレベルです。

眼下に木曽川を見下ろす眺めは絶景でした。

建築の専門家として言わせて貰えば、あの手摺のまま、誰もが回廊に出られることが、ずっとは続かない気がします。

行くなら早め、犬山城です。

すぐ東にある、有楽苑にも寄ってきました。

建築家、堀口捨己氏が監修した日本庭園ですが、園内には、こちらも国宝の如庵があります。

織田信長の弟、織田有楽斎(うらくさい)が京都で建てた茶室で、待庵、密庵と共に、茶室として国宝に指定されています。

年に数回ある特別見学会では内部を見ることができます。

そのためだけでも来る価値がありそうです。

その後、城下町を歩いて名鉄犬山駅に向かいました。

城下町に漂う、食欲を刺激する匂いの全てを我慢して、駅前の「角屋」までやってきました。

自家製麺のきしめんは650円。

ボリューム満点の味噌かつ定食は1400円。

きしめんは、関西風の出汁より魚の味がしっかりしています。
何杯でもいけそうな優しいお味でした。

味噌かつは、甘めのタレでご飯が進み過ぎます。

特にきしめんの出汁が素晴らしかったので、店員さんに「この出汁、味がしっかりして、凄く美味しかったです。何で取ってるんですか?」と聞いてみました。

「ありがとうございます。ただ、出汁は企業秘密なので言ってはいけないことになってるんです、すみません」と。

それはそうだなと納得しました。

帰り際に、女将さんがでてきてくれたので、出汁が美味しかったことを伝えると「〇〇と〇〇でしっかりめに取ってるんですよ。創業昭和26年で、微調整はしますが基本的に全く変えてないんです」と。

あれっ、教えてくれるんやと(笑)

やっぱり旅は、食と人です。

大満足の犬山城と犬山街グルメでした。

犬山城を訪れたなら、車の人も駅前の「角屋」を絶賛、お勧めしておきます。

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美は力‐2339‐

阿倍野区を庚申街道(こうしんかいどう)で移動していると、十字架のある塔が見えてきました。

日本基督教団南大阪教会です。

大阪が誇る巨匠・村野藤吾のデビュー作で、塔の部分は1928(昭和3)年に完成した、

当初から塔はRC造でしたが、会堂のある平屋部分は木造でした。

平屋部分が傷んできたので、1981(昭和56)年に改築されています。亡くなる3年前の完成でした。

村野の真骨頂、有機的な造形が冴えわたります。

柔らかい外壁のテクスチャーに、夏の鮮やかな花が良く似合うのです。

敷地の調査もあって最近このあたりをよく通ります。

古い住宅が結構残っているのです。

どちらの住宅も、昭和初期の建物でしょうか。

だとすれば、RC造でなくても約100年持っていることになります。

こちらも阿倍野区にある大阪府立工芸高等学校本館です。

1924(大正13)年の完成で、大阪市指定有形文化財に指定されています。

学校のWebサイトには以下の解説がありました。

1世紀前に遠くドイツの地で起こった芸術運動が、大阪の地に引き継がれていることに感動すら覚えます。

モダニズムの源流がバウハウスにあるなら、村野もその流れを汲んでいることになります。
彼らをお手本として生きてきた私達も、支流の水路くらいの流れを汲んでいると言ってもよいかもしれません。

バウハウスが、芸術学校として機能したのはわずか14年ですが、最後の校長であるミース・ファン・デル・ローエに代表されるように、装飾的ではない、機能的で、合理的な美を追求していきます。

その思想を汲んだ建築の美しさは、世界に衝撃を与えたのです。

「翼をください」等の作曲で知られる村井邦彦さんが、新聞で「美は力」という言葉を紹介していました。

美しい建築はそれ自体が力をもっています。そして、人に力を与えてくれます。

建築設計を生業としているのですが、本当にいい仕事をさせて貰っていると思います。
と同時に、その頂の高さに圧倒されることもしょっちゅう。

それでも前に。倦まず、弛まず、一歩ずつ、です。

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やらなわからしまへんで‐2338‐

近くの神社で、夏祭りは生國魂神社からスタートします。

谷町9丁目の交差点の南西にありますが、土曜日の夕方にのぞいてみました。

東にある上本町側の歩道橋からアプローチすると、参道前には色々な出し物の準備をしているグループが列になっていました。

一般からの参加が沢山あるようで、種類も神輿、太鼓、獅子舞と様々。

西にある本殿へ続く参道には、屋台が建ち並び、もの凄い熱気です。

串焼き、りんご飴、金魚すくいなどの定番と共に、サザエさんのスマートボールがありました。

今どきの子供でも遊ぶんだと、軽く感激しました。

人波の流れに乗って、鳥居の前までやってきました。

境内の中でも、沢山のグループが準備しています。

東から参道を上ってくるグループと、西に参道を下っていくグループがあり、ひっきりなしに行きかっています。

入口で準備していた子供獅子舞がやってきました。

交代交代に獅子舞の中が入れ替わるので、本当に子供が演じていることが分かります。
誰もが大汗でした。

一通り雰囲気を味わったあと、妻が何か食べたいと、タイムセール中400円(ほんまに?)の「大阪名物!はしまき」を食べると。

色味がかなり魅力的で、秒殺されていました。

祭りの屋台以外で買うことは無さそうですが、今どき400円はなかなか無い価格です。
かつ、なかなか美味しい。

まあ、粉もんにソースが掛かっていて、美味しくないものはこの日本にはありませんが。

こちらの屋台、店主と手伝いという感じの2人オペレーションでしたが、手伝い君のほうに、ちょっと意地悪な質問をしてみました。以下そのやり取りです。

守谷:はしまきって大阪名物なんですか?

手伝い君(店主に聞く):大阪名物なんですか?

店主:もちろん大阪名物やがな!

手伝い君:大阪名物です

いくたまさんの夏祭りを満喫して帰ってきました。

先の大鳥居には、大きな茅の輪が掛かっていました。

境内側から見ると「サントリー ウヰスキー 本舗 株式会社 壽屋 鳥井信治郎」とあります。

壽屋はサントリーの前身で、1921(大正10)年に設立されています。
そして1963(昭和38)年にサントリーに改称しました。

反対側が、幟でみえにくかったのですが昭和32年とあるようです。
サントリーとなる寸前に寄贈されたものでした。

鳥井さんの建てた大鳥居だったのです。

大手飲料メーカーの本社は全て東京です。

サッポロとあるサッポロビールでさえ東京本社の中、かたくなに大阪本社であることは大阪人としては嬉しい限りです。

サントリーのWebサイトにも、創業者、鳥井信治郎の口癖として紹介されています。

確かに、鳥居を寄贈した人にしか分からない幸福感、達成感があるのだと思います。

「やらなわからしまへんで」響きとは対照的に、厳しい言葉でもあるのです。

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青と緑の大阪‐2337‐

7月に入ったばかりですが、昨日近畿地方は梅雨明けしました。

昨年は6月中に明けましたが、今年も平年より11日早い梅雨明けだそう。

夏の花も一気に咲きはじめました。青紫のアサガオに、薄紫の花はデュランタのようです。

天神橋から、中之島越しに大川を望みます。

いきなり快晴が続くようで、今年も暑い夏がやってきました。

例年なら梅雨時に開催される夏祭りも、今年は傘不要のようです。

夏祭りの開催日を見ていると、近くの神社で被らないようになっているのが分かります。

保育園、小学校、中学校の運動会が被らないようにするのと同じでしょうか。

できるだけ沢山の人に来て貰うための工夫なのか、はたまた的屋を手配する都合なのかもしれません。

天神橋の南詰めまでが天神橋筋で、その南は松屋町筋です。

松屋町筋には個性あるビルが色々あります。

大塚グループ大阪本社大阪ビルは、日建設計の設計で2014年の完成です。

三角形のカーテンウォールは、構造と一体化したダイヤゴナル(斜め)・フレームとなっており、執務空間は柱が無いそうです。

現代的な洗練されたオフィスビルの佇まいですが、一度内部も見てみたいものです。

こちらは、少し北に上がった、天神橋南詰にあるアクアタワービル。

以前から何だか気になっていたビルで調べてみました。

1992年の完成で、施工は大林組のようですが、設計者は分からずでした。

形はやや特徴ありくらいの感じですが、色使いが面白いのです。

淡い青の外壁に、同系色のエメラルドグリーンのカーテンウォールをもってくるあたりが、只者ではない感が漂っています。

また、アクアタワービルのネーミングもいかしています。

水都、青と緑の大阪を象徴する建物と書けば、持ち上げすぎでしょうか。

2011年の11月にアメリカの東部をまわりました。

いくつも感激した建物はありましたが、そのひとつがレバー・ハウスです。

ニューヨークのマンハッタンに建つ、最初期のカーテンウォール構造の高層建築で、SOM(スキッドモア、オーウィングス&メリル)の設計です。

1952年に完成しました。

ブルーグリーンのガラスに覆われたこのビルは、街に輝く宝石のようでした。

興奮のあまりピンボケの写真しかないのは痛恨の極み。再訪したい建築のひとつです。

補色の関係なら、互いが引き立てあうのでデザイン的には簡単です。
同系色で洗練された表現をするのは何倍も難しいのです。

海外旅行もコロナ前の2019年香港行きからどこにも行けていませんが、この夏は近場に出掛けてこようと思います。

建築にしても、街にしても、その場に立ってみなければ感じられないことばかり。いくつになっても海外行きはワクワクしかありません。

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1998年6月、天王寺のワンルームマンションにて‐2332‐

昨日は早朝から雨でした。

昼前からは一転して晴れ。
夏至の太陽がジリジリと照りつけてきます。

4階の屋上部分に日除けネットを張ってみました。

どのくらい効果があるか、この夏は様子を見てみようと思います。

朝のうちに用事を済ませ、11時からは大谷翔平選手と山本由伸選手が出場するドジャースの試合をダイニングのテレビで観戦。

13時からは、サッカーワールドカップの日本対チュニジア戦を隣にあるリビングのテレビで観戦。
重なっている時間帯は2画面体制でした。

大谷選手は、第2子誕生を自ら祝う16号ホームラン。

サッカー日本代表は過去最多の4得点で快勝。
4点目となった上田綺世選手のヘッドは本当に凄かった。

フワッと柔らかいセンタリングを、遠いサイドのゴール奥隅にループで決めるという……

頭で捉えた後、テレビの前で「何して……」と声がでました。クロスバーの上に外したと思ったのです。

日本人があんな決め方をしているシーンを見たことが無かったからですが、欧州リーグ得点王の実力は伊達ではありませんでした。

先日のことですが、敷地調査へ行った帰りに天王寺を通りました。

ハルカスの並びにある都シティ大阪天王寺の正面あたりに、北へ抜ける陸橋があります。

JRの大和路線、環状線を越えて、阪和線手前のスロープで下るという複雑な陸橋なのです。

阪和線をくぐり、線路沿いに西へ進むと。

JRの施設が見えてきます。

ネットフェンス越しに「リラックスステーション天王寺」の文字が見えています。
以前この建物は、JRの社員食堂でした。

30年前は一般の人も入ることができ、定食が400円くらいだったと思います。

この近くのマンションでアトリエmを創業しました。
当然お金はなく、この食堂を大変重宝したのです。

そのまま、すぐ北の玉造筋に出てきました。

南北に走る玉造筋が西向きに方向を変え、天王寺動物園にぶつかるすぐ手前あたりです。

北側には中規模のバスターミナルがあるのですが、その後ろに3棟のマンションが見えています。

中央の背の低いマンションの5階に、小さな部屋を借りました。

当時、左右のマンションはなく、あたりには「高層マンション反対!」の幟が建っていました。

右手前に見えるホテルは当時のままですが、バルコニーは南向きでとても明るく、全く違った環境でした。

エントランスのある北側に回ってみます。

当時は立ちんぼが立っていたので、お世辞にも良い環境とは言えませんが、駅チカと家賃を優先しこのマンションにしました。

1996年の6月から、3年をここで過ごしたので本当に懐かしい。

1993年の「ドーハの悲劇」あたりから、サッカーの日本代表戦を観るようになりました。
1997年の「ジョホールバルの歓喜」を経て、1998年のフランス大会で初出場を果たします。

アルゼンチン戦、クロアチア戦、ジャマイカ戦と全敗しますが、27歳の私は、4畳しかない部屋に17インチくらいのブラウン管テレビを持ち込み、仕事の合間にかぶりつくように観ていました。

どんな年だったかを思い出す時、作品の年表で振り返ることが大半です。

1998年は「 白馬の山小屋」

「Spoon cafe」が完成しました。

その時、どんな苦労をしたか、どんな喜びがあったか、それを見れば一瞬で思い出せるからです。

それと同じように、ワールドカップの記憶と共に、自分の人生を振り返ることができます。
だからこそ、世界最大のスポーツの祭典となったのでしょう。

当時、発展途上にある日本代表に自分を重ね、勇気を貰っていたのだと思います。

1997年、中田英寿選手が低い弾道のシュートで時代をこじ開け、1998年、ゴン中山選手がヒザで押し込んだ1点から28年が経ちました。

本物の点取り屋がいる日本の次戦はスウェーデン。
金曜日は楽しみしかありません。

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生まれた時から民主主義‐2328‐

週末の雨模様とはうってかわって、日中はよい天気でした。

公園のアベリアが小さな花をつけ始めています。

近隣には緑化をしている建物が多くあります。

庭木も同じく。

よそ様の庭先でアジサイが咲きはじめたので、梅雨入りは間もなくでしょう。

雨の日には、別の味わいがあるのがアジサイです。

街の風情は、住民の地域愛で作られる共同作品といえます。

水道水が安全に飲める国は、日本を含めて、世界で11ヵ国しかないそうです。

雨が豊かな水資源を供給してくれること、国土が狭いことが大きな要因だと思います。
また、河川へのゴミ投棄が少ないことや、下水道の発達もその理由のようですが、それでもその少なさに驚きます。

更に驚いたことがありました。

完全な民主主義は、世界で24カ国しかなく、割合で言えば8%以下。
一方、権威主義は59カ国で39.4%。

民主主義を掲げていますが、実際には機能していないカンボジアやミャンマーなどは実質上、権威主義に分類されての割合です。

権威主義国家より、民主主義国家のほうが、仕事に遣り甲斐がない、などということは絶対にないはずです。
ところが、日本の国力低下が叫ばれて久しいのです。

このままでは、権威主義に飲み込まれてしまう……
民主主義が少数派だということに、背筋が寒くなるのを覚えました。

少子高齢化社会、海外資本の流入と、日本に課題は山積しています。

しかし、世界中の人が街の美しさに感激する国でもあります。
それは、地域愛によってのみ実現できることです。

生れた時から、水道水を飲むことができ、選挙が機能し、自由に発言できました。それが、どれほど恵まれたことなのか、今頃になって痛切に感じます。

これらを守りたければ、民主主義が素晴らしいものだと証明しなければなりません。

そのヒントは美しい街にあると思っています。

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巨大な立体ダンジョン「大阪ステーションシティ」‐2326‐

週末、大阪駅に出ると空がまるで秋のよう。

雲が高く、気温も程よい夕暮れ時です。

大阪駅の北側は、「グランフロント」や「グラングリーン」など話題にこと欠きませんが、南の玄関口は「サウスゲートビルディング」です。

ビル内に入ると、すぐ左にエレベーターがあります。

大阪駅周辺の施設は「大阪ステーションシティ」と呼ばれていますが、あまりにも複雑すぎて、正直あまりよく分かっていませんでした。

エレベーターの向かいあたりに、歴代を大阪駅を解説しているパネルを見つけました。

初代大阪駅は明治7(1874)年に開業。

大政奉還からわずか7年に、木造レンガ貼りの駅舎が完成しています。

当初は堂島が計画地でしたが、住民が街中に駅ができることを嫌って埋田(うめだ)と呼ばれていたこの地に駅ができることになりました。

明治34(1901)年に2代目大阪駅が完成します。

初代から東へ200m程移動し、現在の大阪駅とほぼ同じ場所になりました。

昭和15(1940)年に3代目が完成。

完成当時は吹き抜けを備えた中央の高い部分の左右に、将来ホテルとする鉄骨も完成していたとあります。

しかし、戦時中に軍の要請で鉄骨は供出され、ホテルは実現しませんでした。

4代目大阪駅は、通称「北ビル」が昭和54(1979)年に線路の北側に完成。
まず業務施設を移転します。

そして昭和58(1983)年に「アクティ大阪」が完成します。

国鉄の赤字経営を背景に、商業施設を併せ持つという方針のもと、地下4階・地上27階、幅120m×高さ120mの大壁面が完成しました。

ここには大丸梅田店とホテルグランヴィア大阪が出店しました。

私が13歳の頃で、梅田を通って通学していたので良く覚えています。

5代目大阪駅は平成23(2011)年に完成。

まず「アクティ大阪」を南側に増築して「サウスゲートビルディング」に改称。

北側の「うめ北」エリアを繋ぐ大屋根を掛け、その先に「ノースゲートビルディング」が完成します。

線路の上空にある連絡通路は、いくつもの広場を備え、立体的につながっている景色は、他ではなかなか見れないものです。

「ノースゲートビルディング」には、「ルクアとルクア イーレ」が出店。
「サウスゲートビルディング」の大丸梅田店の上階、10階から16階は今年の4月から「ルクア サウス」となりました。

15階建ての増築部、その屋上が解放されていることは全く知りませんでした。

高校の同級生と会食した店が「ルクア サウス」の16階にある豆腐料理屋さん。

女子率高めのおしゃれな店でした。

大阪のど真ん中での立て替え、移転、増築と、どの計画も困難を極めたと思います。

それがこの複雑で巨大な立体ダンジョンと言ってよい「大阪ステーションシティ」を生んだことがよく分かりました。

地下もダンジョン、駅もダンジョン。

ダンジョンこそが大阪の魅力でした。

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ひと粒だけ涙を浮かべながら‐2325‐

前々回、『ミラタップ』のカタログに作品が掲載されていることを書きました。

そのカタログを実際に請求すると、リーフレットが挟まれていました。

「SUVACO」は建築関係の専門家紹介サービスですが、2024年にミラタップに事業が譲渡されました。

事例登録約7000件とありますが、その中の3つの事例に選んで貰ったのが……

「阿倍野の長屋」の写真でした。

横長にトリミングされていますが(笑)

ただ、3/7000はなかなかの倍率です。

2015年の竣工なので11年が経ちました。それでも、テレビ、住宅雑誌と本当に色々なところに露出してくれる孝行息子のような作品なのです。

ところが、ミラタップ主催のコンペでは一度も賞を取ったことがありません。
このあたりが、当社の強みであり、弱みであると思っています。

賞レースの選者が選ぶ作品ではない。
しかし、一般の人には訴求力がある。

そう考えるのが妥当かなと思っているのですが、手前味噌でしょうか。

ジョギングのコースで意外に楽しいのが繁華街ルート。

道頓堀は早朝でも活気があるので、お気に入りのコースのひとつです。

金龍ラーメンは24時間営業。

流石に朝方から食べている人はあまりいませんが。

道頓堀店は、隣地にはみだしていた尻尾を撤去すべきという判決がでたことでも話題になりました。

実際に切り取ったのが2024年で、その時に涙が追加されています。

生きていれば色々なことが起こりますが、何でもネタにしてしまうのが大阪商人です。

新世界勢は個性強め。

商売である以上、目だってなんぼです。

目だちながら、お上品な人もいますが。

江戸時代の初期に、道頓堀を開削した安井道頓・安井道卜(どうぼく)を称える碑が堺筋沿いにありました。

豊臣秀吉から命を受け、私費で湿地帯に運河を通したことが、ミナミ繁栄の礎となります。

建築設計の仕事も商売ですが、ただ目立てばよいとも考えていません。

安くないデザイン料、設計料を払って、自分達の夢を実現したいという人達は、もっと慎重に建築家を選ぶと思うからです。

意識の高い人が、多額の広告料を払い、繰り返し露出してくる宣伝に左右されるとも思えないので、真面目に物づくりを続け、その過程、結果を知ってもらうしかありません。
多額の広告料も払えませんし。

それで、自分達以外のメディアが取り上げてくれるのは、とても嬉しいことなのです。

安井道頓のことを調べていると、現在では「平野」の由来ともなった、坂上田村麻呂の子、広野の末裔、成安家出身と考えられているようです。

民間で自治をしていた、平野七名家の出身だったのです。

龍の立体オブジェとは言いませんが、アトリエmの表札は未だに養生テープにペンで書いたもの。

しかし6月中にはようやくシャッター付け替えも終わり、ファサードの完成形を披露できそうです。

平野から移転して間もなく1年3ヵ月。

本当に色々なことが起こりますが、安井道頓が同郷の先輩と知り、ますます張り切って働くのみです。
金龍のように、ひと粒だけ涙を浮かべながら……

■■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■■

■■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■■

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