カテゴリー別アーカイブ: 01 旅・街

とらわれず、一刀両断‐1786‐

 昨日は奈良へ行く用事がありました。

 緊急事態宣言は解除されたものの、大阪、兵庫、宮城のみに新たな規制も発令されました。

 なかなかすっきり解決とはいかないものです。

 奈良市内から東に延びる369号線は柳生街道とあります。

 10分程走ると、のどかな里山風景が広がり始めました。

 昨日は生憎の雨でしたが、一週間前なら小川に沿って咲く桜もさぞかし美しかったでしょう。

 桜も素晴らしいが背景も素晴らしい。盛りの時期に訪れてみたいものです。

  柳生の里という看板があちこちに見えてきたので、車を市営駐車場にとめました。

 天石立神社へ目指して山道を歩きます。

 少し歩くと墓地が見えてきました。

 桜と霧が幻想的な雰囲気を演出しています。

 更に山道を登ります。 

 雨がかなり降っていたので、その湿気と杉の香りがむせ返るよう。

 小さな紫の花はミツバツツジでしょうか。

 毎年、桜の後の時期を楽しませてくれるのです。

 山裾から800mほど歩くと、天石立神社の鳥居が見えてきました。

 巨大な石がいくつもあり、古代の自然信仰のもとに生まれた神社とあります。

 このあたりは柳生家の剣の修行地だったと言われています。

 一刀石が見えてきました。

 柳生新陰流の始祖、柳生石舟斎(宗厳)が天狗を相手に剣の修行をしており、天狗と思って切ったのがこの岩だったと伝えられています。

 大ヒット映画、「鬼滅の刃」にこの岩を思わせるシーンが出てくるそうで、おもちゃの刀が置いてありました。
  
 一応妻に切って貰いました。

 山麓にある芳徳寺は、柳生石舟斎の子、宗矩が父のために創建した寺です。

 宗矩と親交のあった沢庵宗彭によって開山されました。

 宗矩も江戸初期の剣術家で、徳川家の剣術指南役に招かれるほどの腕前でした。

 政治家としてもすぐれ、後に大名となるのですが、一剣術家が大名にまで上り詰めたのは宗矩だけだそう。

 その宗矩に大きな影響を与えたのが先述した沢庵和尚と言われています。

 「たくあん」漬けの考案者と言われ、吉川英治の「宮本武蔵」には武蔵の師として描かれています。しかし、2人が会ったという史実はないそうで、あくまで小説上の話のようです。

 宗矩は禅の思想を取り入れ、「剣禅一致」という思想にたどりつきました。

 また、沢庵和尚が残した「不動智神妙録」は武道の極意をもって禅の真髄を説いた書です。

 心がとらわれると切られる

 迷いが生じた瞬間に「切られる」ということでしょうか。背筋が寒くなります。

 とらわれた心は動けない

 見栄だったり、邪念があると、正しい心の働きができなくなると言う意味でしょう。


 剣の達人などというと劇画の世界しか想像できませんが、突き詰めて行けば、剣術であれ、仕事であれ真理は変わらないようです。

 「とらわれる」はとにかくNGのようですが、「とらわれる」ことの多いこと……

 プラン、デザイン、コスト、そして人の心と、解決すべき課題は多岐にわたります。

 とそれでも一刀石をイメージして、目指すは一刀両断です。

 なかなか一筋縄では行かない課題を抱えられている方は、実物を見ることをお勧めしてみます。
 

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載
■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■9月11日発売『リフォームデザイン2020』「回遊できる家」掲載

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

知れば知るほど恐ろしい……‐1783‐

 
 心斎橋から西へ3ブロックほど歩くと、ロイ・リキテンスタイン作の『OSAKA VICKI!』が見えてきます。

 クリスタ長堀の空調装置が入った建物があまりにも殺風景なので、地下街をプロデュースしたデザイナーが直接リキテンスタインへ依頼したそう。1997年のことです。

  アンディ・ウォーホールやキース・ヘリングと共にポップアートの第一人者だった彼に依頼した理由が「ここはアメリカ村の入り口。アメリカを象徴するものが必要だと思った」と。

 思わず笑ってしまいました。

 最近よく心斎橋界隈を歩きますが、結構古いビルが多いなと感じます。

 オーガニックビルから少し西へ行くと、昆布の老舗小倉屋がありました。

 小倉屋はオーガニックビルのオーナーですが、そのギャップに驚いてしまいました。

 難波神社の境内に入ると、急に空が開けます。

 お宮参りらしいご家族がいました。

 何となくですが、商売をされているのかなと想像します。
 

 紅の花は梅か桜か。

 いずれにしてもミナミで働く人たちにとっては、一服の清涼剤です。

 日曜日の産経新聞に、千葉公慈さんの書いた『知れば恐ろしい日本人の風習』が紹介されていました。

 「神」や「社」の「示(しめすへん)」は、供えた生贄の血が台座から滴るさまを表したそうです。赤や朱は邪気を払う色とされ、血の色をした小豆も珍重されました。いつか先祖供養と結びついたのが「彼岸にぼた餅」。

 腑に落ちたと同時に、知れば恐ろしい「示(しめすへん)」のいわれでした。
 

 先週で20日間のオープンデスクを完走した学生が、その感想を送ってくれました。

 5件の現場が同時進行中なので、荷物持ちに全現場へと連れて行きました。

 「3つの庭を持つコートハウス」は地鎮祭に。

 「The Longing House」は3回くらい連れて行ったはずです。

 背が高いので、何処に居ても直ぐ分かります。

 「おいでよhouse」は、竣工一歩手前まで見ることができたのを、とても喜んでいました。

 「H型プランの平屋」はほぼ全面RC打ち放しで、木造とは違った緊張感を感じたでしょう。

 竣工後に現場日記を公開する予定のフルリノベーション。

 手前味噌ですが、ここまでのリノベーションはそうありません。建築家を目指すなら、刺激的な景色だったはずです。

 彼の感想の中に、以下のような行がありました。

 初めて所長にお会いした際、所長はどこを切っても建築家の血がでてくるとおっしゃっていました。それを聞き私は、ここは戦場である、生半可では何も得れない、と思うと同時に必ず全力で戦おうと決意しました。

 どのような話をしたのか忘れたのですが「学生なので、全力で取り組めれば結果は問わない。ただ、ここは真剣勝負の場なので、ダラダラしていたり、皆の雰囲気に悪影響を与えるようなら辞めて貰うよ」とはいつも伝えます。

 アトリエmのwebサイトに「WORDS」というページを作っています。

 響いた言葉を、年1回程度UPするのですが、一番はじめの言葉は次の通りです。

 血が男に流れているかぎり不可能ということはない
 - D・バグリィ- 作家

 男であれ、女であれ、学生であれ、人として誰もが平等です。そのことは声高に叫ばれますが、仕事人として誰もが平等ではないことが、語られる機会はほぼ無いような気がします。

 ある程度の敬意を持って参加してくれる学生になら、そこは伝えてあげたいと思うし、伝えるのが私の役割だとも思っているのです。

 理由はありません。私が男で、建築家の血が流れているからなのだと思います。

 古代の間違った思想ですが、邪気を払うには生贄の血が必要と考えられました。間違ってはいますが、その思想が全く理解できなくもありません。

 成長や成功に労苦が伴わないことはまずないからです。

 ただそれなら、動物の命ではなく、自分の労苦によって全ては叶えられるべき。知れば知るほど、恐ろしい風習があったものです。

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
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大阪ハコもの日和‐1778‐

 昨日は心斎橋に出ていました。

 交差点の正式名称は「新橋」ですが、「心斎橋」のほうが通りは良いでしょう。

 南を見ると、左側に大丸が見えます。

 その先には、ナンバヒップス。

 パチンコ施設ですが、設計者は高松伸さんです。

 4年前に偶然会食する機会を頂きました。

 大規模建築であればあるほど、オリジナリティを発揮する建築家と言って良いと思います。

 中央の砂時計のような空間には、当初はフリーフォールがあり衝撃的でした。

 反対に「新橋」から北を見ると、左手に黒いビルが見えます。

 マリオット・インターナショナルが展開するラグジュアリーブランド「W大阪」は間もなく開業のようです。

 デザイン主導で設計するという言葉通り、なかなかに切れ味鋭いデザイン。

 設計は日本設計ですが、設計顧問に安藤忠雄が就いているとのことで、オープンが楽しみなところです。

 敷地調査にやってきたので辺りを歩いたのですが、周辺は大阪屈伸の高級ブランド街でもあります。

 ファッションだけでなくフェラーリの店舗もありました。

 W大阪の足下まで来ました。

 ホテルはある程度最大公約数をとらざるを得ないケースが殆どだと思います。

 オープン前なので、これが最終形なのか分かりませんが、内部が全く見えないとはなかなか思い切っているなと感じていました。

 それで今日調べてみると、そのコンセプトが分かったのです。

 「ハコもの」という言葉はバブルの弊害と言ったニュアンスが含まれていると思います。

 また住宅は指さない言葉でしょうか。

 ただ、建物は植物ではないので勝手に生えてはきません。間違いなく誰かの意思と意図が反映されているのです。

 そのまま御堂筋の西へと入っていくと、オーガニックビルが見えてきます。

 大阪で最も面白いビルのひとつでしょう。

 この日も、小牧ナンバーの車を止めて一眼レフで撮影している女性が居ました。

 設計はイタリア人建築家、ガエターノ・ペッシェ。

 他に類がないように、日本人ではここまではなかなか思い切れないことを、施主である昆布の老舗、小倉屋山本の経営者は見抜いていたのでしょうか。

 施主の叔母が、作家・山崎豊子さんと知り、やはり血筋というものはあるのだろうと思っていました。

 色合い、コンセプトとも唯一無二のものだと思います。

 同じ創り手として、名作には多少嫉妬心が入るのですが、ここまでくると全くそういった感情が湧いてこないから不思議です。

 久し振りにこの辺りも歩きました。

 私も一眼レフを持っていたので、職業柄パシャパシャとやってしまいます。

 あんなところにmarimekkoの店舗があったのか、とか。

 このあたり、アメリカ村の北にあるのでカナダ村と呼ばれていたこともあるそうです。

 フェラーリの店舗から一本中に入ると300円の餃子屋さんまで。

 これこそがミナミの真骨頂でしょう。

 写真を撮っていて思ったのですが、良い季節は御堂筋のイチョウが写るので、多少日が長くなった今こそ、ハコもの撮影日和かもしれません。

 15年程前に受け入れたオープンデスク生にこう言われたことがあります。

 「住宅だけを設計だけしている人を、僕は建築家だとは思いません」

 カチンときましたが、反論するのも大人げないので「そうだね。それが君の考え方ならそうなんだろうね」と答えました。

 その彼は、大手ディベロッパーにアルバイトとして就職したことを喜んでいました。1年間頑張れたら、正社員に昇格するというオプション付きだそうです。

 仕事を始めてすぐに大きな仕事がくることはありません。

 どんなに小さなリノベーションの仕事でも、私の仕事を求めて下さり、その条件を受け入れてくれたクライアントの為に、命以外の全てを捧げて来たつもりです。

 少しずつ認知して頂き、店舗、クリニック、オフィスなど、住宅以外の仕事も依頼頂くようになりました。

 住宅がハコものより簡単であることはありません。懸命に働いたお金で建てる訳ですから、非常にシビアな目で設計者も選ばれるはずです。

 その方々に選んで貰えるよう、自分なりに精進してきたつもりです。

 建築家と言う国家資格はありません。それは誰かに与えて貰うものではなく、宣言するものであり、生き方です。

 元オープンデスク君。今君が建築家なら、今度はミナミのハコもので勝負だ。心しておきなさい。

 そんな事を今でも覚えていることが大人げないのかもしれません。

 ただ、もしかすると本気で反論した方が、彼の為には良かったのかもと思いだすこともあるのです。

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

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【News】
■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載
■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■9月11日発売『リフォームデザイン2020』「回遊できる家」掲載
■5月16日『homify』(英語)の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■5月10日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行に巻頭インタビュー掲載

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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自由、不自由、しろくまツアー‐1777‐

 昨日はひな祭りでしたが、とくに催し事は無し。

 子供達は今日から学末試験で、兄妹共にひなチョコを食べただけで勉強していました。

 2人とも数学が大の苦手ですが、何とが授業が分かるくらいまでで踏みとどまって欲しいと伝えています。自分の反省を踏まえてですが。

 桃ではありませんが、ハナミズキが満開でした。

 現場へ向かう途中、突然緑青の吹いた民家が見えてきました。

 昭和初期頃の建物でしょうか。

 何かのお店なのか、レトロ感を上手く演出しています。

 少し目を奪われていると、今度は「スキー&スノボ」というのぼりが目に入りました。

 こんな住宅街の中でスキーショップ?と思っていたら、スキーツアーを売っているようです。

 旅行代理店のと言えば大手しか知りませんでしたが、地域に根差した会社のようです。

 昨年、「しろくまツアー」という名前で旅行ツアーの企画販売をしていた(株)ホワイト・ベアーファミリーが倒産したというニュースがありました。

 飲食業と共に、この時期の旅行業は本当に大変だと思います。

 2月にホワイトピアたかすへ行った時も、ツアーバスが駐車場の一角に止まっていました。懐かしなと思い眺めていたのです。

 中学3年生くらいから、友達を誘ってスキーツアーに申し込むようになりました。

 「しろくまツアー」「サンシャインツアー」とカタログを沢山集め、それこそ100円単位で安いツアーを探すのも楽しみでした。

 今考えても、びっくりするくらい安かった気がします。

 コロナ倒産とありましたが、それも原因かもしれません。 

   

 多くのツアーバスは、深夜に大阪駅か新大阪駅近くから出発。

 明け方、現地に近づくにつれて風景が変化して行きます。

 トンネルを抜ける度。

 より雪国の雰囲気が強くなっていく様が、もしかするとスキーツアーのクライマックスかもしれません。

 狭い座席の窓は結露で曇り、それを拭いてから見上げるオリオン座を思い出します。


 高速道路も今ほど伸びておらずで、最後の休憩は19号線沿いにある松本のドライブインが殆どでした。

 世はバブル前夜で、スキー場も現在とは比にならないくらいの賑わい。
 
 松本のドライブインに止まっているバスも凄い数で、自分のバスが分からなくなるほどでした。

 排気ガスの臭いは大嫌いでしたが、いまでも鮮明に、懐かしさを含んでその臭いを思い出すから不思議です。

 大学生になると車を与えて貰い、スキーにしても旅にしても自由を謳歌するようになります。

 仕事も自由なものが良いなと思って建築家を志したので、私にとって「自由」は大変重要です。

 しかしツアー旅行はその反対で、時間、行程、宿と全て決まっており、言うならば不自由。

 最後にツアー旅行に行ったのは予備校に入る前だったので、利用していたのは僅かに4年。なのに何故これ程懐かしく、記憶に残っているのかと考えます。

 一度自由を手に入れたなら、わざわざ不自由に戻ることはおそらくしません。今後の人生で、私がツアー旅行に申し込むこともないと思います。

 だとするなら、それぞれの年齢、タイミング、お金も含めた環境の中でしか体験できないことがあるということだと思います。

 自由になりたくて働いて来たのに、不自由を懐かしく思うというこのパラドクス……

 当時のバスはエンジン掛けっぱなしで、ひどい排気ガスの臭いでした。そんな中で、明け方にも関わらず山菜そばを食べたものです。

 その味と、濃い色の関東風の出汁の匂いが、風景が鮮明によみがえってくるのです。

 倒産したしろくまツアーは星野リゾートがスポンサートとなり、事業を継続し、再建をすすめているよう。

 春は別れと出会いの季節でもあります。安価で、不自由で、若者の心に残るツアー旅行を是非提供し続けて欲しいと思います。

 これはいちOBとして、本当に思っているのです。

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

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「なにわ七幸めぐり」をしよう‐1767‐


 昨日こんなメールが届きました。

 Best of Houzz 2021 のご受賞おめでとうございます!

 「全世界の Houzz 専門家のうち約3%の方々にしか授与されないこの特別な賞」とあります。

 Houzzは建築の専門家紹介サイトです。

  当社の受賞写真はこちら。

 「中庭のある無垢な珪藻土の家」のキッチン横からの写真です。

  他の受賞写真をみると格好よいものばかりなので、「当社にも、もっと格好のよい写真があったのに」と思ったり、思わなかったり……

 しかし実際の特徴はもっと違ったところにあります。実は、昨年もこの写真で
「Best of Houzz 2020」を受賞しているのです。

 2年続けて上位3%に入ったということで、これはもう自慢してよいことのような気がします。

 

 先日、建築士の定期講習を受けた会場が、太融寺のすぐ近くでした。
 

 昼休みに少し歩いてきました。

 「なにわ七幸めぐり」という立て看板があります。

 心願成就とある、四条畷神社だけは行ったことがありません。

 太融寺は無病息災。人類が今最も欲しているもので、何ともタイミングがよい。

 都会の真ん中にある神社はとかく見下ろされがちなのです。

 

 名前も、場所も知っていましたが、境内に入ったのは初めてかもしれません。

 

 経車(マニ車)がありましたが、ネパールからの寄贈とあります。

 中にお経が納められているので、一回まわすとお経を一巻お唱えする功徳があるとありました。

 

 北西角には「淀殿之墓」がありました。

 大阪夏の陣の際に秀頼と自害したとされますが、豊臣家とゆかりのあるこの寺に移ってきたようです。

 信長を裏切り鯖街道を退却させてた浅井長政の長女なので本名は浅井茶々。

 母親は絶世の美女と言われた、信長の妹お市の方で、美しい人だったのでしょう。
 
 戦国時代の真っ只中を生きますが、後半生は苦難が重なります。

 秀吉が切望していた長男、鶴松を早くに亡くし、また秀吉亡き後は、つねに頼りなく描かれる秀頼とともに自らの命を絶った人生は、どのようなものだったのか……

 「なにわ七幸」の看板を意訳してみます。

①勉強ができる
②運がよい
③願いがかなう
④芸事、技術が上達する
⑤健康
⑥仕事がうまくいく
⑦家族の仲がよい

 冒頭に、「もっと格好のよい写真が……」と書きましたが、反対の意味も込めています。

 なぜこの写真が、2年も支持されたのか。

  「見せたいもの」と「見たいもの」は違うということだと思います。

 プロ側が「格好いいでしょう」と思っていても、多くの「幸せな家を建てたい」と思っている人は、もっと役に立つ、もっと快適に暮らせるヒントを真剣に探しているのです。

 「Best of Houzz 2021」でも、圧倒的に格好のよい写真の方が多いので、全てがこの基準だという訳ではありません。

 便利で効率のよいものだけを求めるなら、私の出番はないので、この両立を追求することが私の生きる道だと思っているのです。

  勉強ができ、運がよく、願いはかなえ、芸事が上達、健康で、家族の仲がよいから、商売がうまくいく。

 今年は「なにわ七幸めぐり」をしようかなと思います。

■■■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載

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蜃気楼とレンブラント考‐1763‐

 年始から、あっという間に2週間がたちました。

 2度目の緊急事態宣言もあり、落ち着かないところもありますが、するべきことを粛々と進めるだけです。

 寒い日が続きましたが、昨日今日と幾分寒さが緩みました。

 建築設計の仕事は、大きく分けると3つの段階があります。

①企画提案から基本設計

②実施設計と見積り調整

③現場監理

 この他に「建築確認申請業務」等もありますが、概ね各プロジェクトは、3つの段階に分散しています。

 ①②はアトリエにて、③は現場へ。

 現場も増えてきたので、2008年から「現場日記」として独立したブログとしたのです。

 車で行く場合も多いのですが、景色的には電車よりも変化があります。

 天満橋から中之島を見返す景色は、水都大阪らしいもの。

 一本西の天神橋筋も目に楽しい通りです。

 関テレ本社とハトのシルエットがなかなかのものでしょうと自画自賛。

 もう少し北へ行けばJR天満駅あたりのガードをくぐります。

 安くて美味しい店が沢山あったなと、若干懐かしい気さえしてくるのです。

 晴れの日ばかりではないので、普段から日記用にパシャパシャ撮るのが習慣になっています。

 その甲斐あってか、年始の東京行きでは蜃気楼を撮影できました。

 広辞苑で蜃気楼を引くとこうあります。

 地表近くの気温が場所によって異なる時、空気の密度の違いによって光線が屈折するため、地上の物体が空中にう案で見えたり、あるいは地面に反射するように見えたり、遠方の物体が近くに見えたりする現象。砂漠・海上、その他空気が局部的に、また層をなして、温度差をもつ時などに現れやすい。富山湾で春に見られるのが有名。

 これまでに蜃気楼の写真は、2回UPしていました。

 1回目は2014年9月15日の琵琶湖

 2回目は2019年1月10日の相模湾です。

 どちらも、実際の景色は素晴らしかったのですが、写真でみるといまひとつで……

 今回は、はっきり写っていました。

 千葉側の工場地帯の景色だと思いますが、東京湾はよく蜃気楼が見れるのでしょうか。

 タンカーも完全に浮いており、私的には納得の写真です。

 光と空気の織りなすショーは儚く、美しいものでした。

 『自画像』 1658年

 その日あったこと、あるいは感じたこと考えたことを形に残さなければ、何もなかったことと同じになる。

-レンブラント- 画家

 もしこの日記を書いていなければ、写真を撮る張り合い、メモを取る頻度、もっと言えば全てのことに対する興味まで、全く違ったものになっていたかもしれません。

 そう考えると、オランダ史上最高の画家、レンブラントにも少し胸を張って「それだけはやってます」と言えそうです。

 ただ、日々劇的なことが起こる訳ではないので、日常の風景をどう切り取るかで、何かしらの「論」を書くことは出来ると思っています。

 大切なのはカメラ位置とアングルです。

 小さな説を書くのは小説家。

 建築を創るのが建築家。

 小さな論を勝手に唱えるので、小論家とも言えます。

 何かを誰かに伝えたい、分かち合いたいという気持ちは、おそらく本能ですが、だからと言って、勝手にその能力が向上することはありません。

 レンブラントが極めて美しい光を描けるのは、そのことを誰より分かっていたからだと、その言葉が物語ってます。

 光の画家の作品が中之島の国立国際美術館に来ています。何とか時間を作って訪れたいと思っているのです。

■■■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載

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違和感センサーを信じろin東京‐1761‐

 初めて東京を訪れたのは、6、7歳の頃だと思います。

 上野動物園へ、初代パンダのカンカン、ランランを見に行きました。

 かなり長い行列に並び、一瞬でパンダエリアを通過した(させられた)ことを覚えています。

 40年前、パンダ詣での後に東京タワーにも上りました。

 子供達もなぜかスカイツリーより東京タワーに興味を示します。

 今回良い写真が撮れませんでしたが、名古屋テレビ塔、通天閣と内藤多仲設計のタワーは魅力があるのです。

 今回の目的は大学巡り。

 折角ならと日本の最高峰、東大の赤門を訪ねますが「在校生のみ入校できます」とつれない返事。

 少し北にある正門から遠く安田大講堂を眺め、本郷を後にしました。

 そのまま南下して、御茶ノ水にある明治大学へ。

 当時憧れていたビートたけしの母校でもあり、2度受験しました。

 よって、このあたりが青年守谷の初めての東京体験になります。

 18歳、19歳の頃、何を思っていたのだろうと懐かしいのです。

 西に5km程行くと早稲田大学。

 初めて訪れましたが、すぐ手前に日本のガウディこと梵寿綱(ぼん・じゅこう)さん設計の「和世陀(Waseda el Drado)」がありました。

 こんな驚きも、街歩きの醍醐味です。

 大隈記念講堂は凛として美しく。

 初代総長、大隈重信像も初めて実物を見ました。

 普段は子供に「口角を上げて」と言いますが、への字口もなかなかにチャーミングなものです。

 私設はとバスツアーで、子供達の反応が意外に良かったのが国会議事堂と警視庁。

 名探偵コナンで見たからだそう。

 岡田新一設計の最高裁判所は妻が高評価。

 反対に東京駅への反応は今ひとつでした。

 辰野金吾の魅力はなかなか伝わらないようです。

 一番興味深そうだったのが皇居です。

 元は江戸城であることと、現在は皇族の住まいだと伝えると、こんなに大きいんだと驚いていました。

 桜田門外の変もポイントのようです。

 その皇居の横を抜けて、首都高速へ。

 自分の車で本格的に東京を走るのは初めてで、それも楽しみにしていたのです。

 狭い高速は大阪で慣れていると思っていましたが、首都高は想像以上に狭くて複雑。

 トンネルが多いことも聞き知っていましたが、分岐が多くてまるでアーケードゲームのようでした。

 ブラモリタニ東京編の開催中、やってしまいました。

 交通違反キップを切られ、-2点で罰金9千円。

 罪状は「信号無視」です。

 場所は「壱岐坂(いきざか)交番前」。

 東大へ向かう際、本郷三丁目から右折北進ができず。

 一旦行き過ぎて、東京ドーム前で左折し壱岐坂通りに西から入り直しました。

 安全運転を心掛けているつもりなので「信号無視」と言われ、あっけにとられました。

 ただこの交差点、まるでトリックです。

 空撮で見ると、左が東京ドーム。

 東(右)に進むと、まず「壱岐坂交番前」手前の信号を通過します。

 この時信号は青。

 しかし「交差点内」に侵入すると、次の信号が黄色に変わりました。

 何だか変な景色だなとは感じたのですが、その先に白バイが見えていたので、更にスローダウンすると、信号をくぐる際には赤に。

 すると、身振りで路肩へ誘導されたのです。

 「信号で止まってください!と合図していたのですが、停止線に気付かれませんでしたか?」と。

 空撮で見ると確かにあります。

 ここは交差点でなく、2つの信号続いているだけなので、赤なら停止しなければならないので、信号無視だと。

 これが正しい風景ですが、どうしても交差点内に止るという感覚になります。

 「四丁目の家」やseven dreamers 「ginza Tokyo」「 shibakouen tokyo」の仕事をしていた際、このあたりの宿が安く良く泊まっていました。

 街を歩いていても「東京は信号のない交差点が結構多いな」とか、「間延びした交差点が多いな」とか思っていたのです。

 この交差点も歩いたことがあるので、何か違和感を感じていたかもしれません……

 説明を聞くと抵抗しても無駄と分かりました。

 「ここはお上りさんには辛いわあ」と言うと、「都会は標識も多いので、よく注意して走って下さいね」と。

 「大阪も標識は結構あるけどね」と返しておきましたが。

 言い訳する訳ではありませんが、ここは間違いなく彼らの「猟場」です。

 「停止線」が手前にあるので言い逃れは不可能です。

 ただ、本当に「止まれ」というのなら、停止線の横で大きなジェスチャーで伝えてくれれば良いのですが。

 車の異音にしても、ボートのステアリングのガタつきにしても、何か「違和感」を感じたなら、やはり何か起こります。

 本田宗一郎がヘリコプターで移動し、目的地に到着しました。

 ヘリコプターから降りる際、パイロットに「ローターリーの○○の部品が摩耗しているから変えておいた方がいい」とアドバイスしました。

 実際にバラしてみるとその通りだった、という話を聞いたことがあります。

 人の感じる能力はここまで伸ばせるということですが、感じるセンサーが敏感でることに加え、自分を信じる勇気も必要になってきます。

 何かしらの違和感を、しかも数年に渡って持っていたのを、実際の行動に置きかえれずで、悔しいのひとことです。

 今回の件で、ゴールド免許がまた普通の色に戻ってしまいました。

 先月、東京行きを迷いに迷っていると書きました。

 その回で、ビートたけしの出世作「赤信号、みんな渡れば怖くない」を紹介してしまいました。

 この場では、ネガティブなことを書かないと決めているのですが、若干違和感を感じながらも書いてしまったのです。

 その結果がこれ。

 人生は本当に心のままに導かれますが、まるでコントのようなオチがつきました。全ては自分の心の産物だったのです。

 東京の人は皆知っているのだと思いますが、「壱岐坂交番前」は要注意なのです。

■■■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載

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【News】
■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■9月11日発売『リフォームデザイン2020』「回遊できる家」掲載
■5月16日『homify』(英語)の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■5月10日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行に巻頭インタビュー掲載
■2月13日 『Best of Houzz』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
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家康が愛した街、家康が愛された理由‐1760‐

 新年あけましておめでとうございます。

 2021年は年始から穏やかな好天に恵まれました。

 状況が状況なので迷いましたが、このタイミングしかないと思い、静岡、東京行きを決めました。

 1月2日の早朝に大阪を発ちました。

 東名を走っていると、静岡側からの富士山が見えてきました。

 大阪から300km。静岡インターで高速を降ります。

 静岡県は何度も来たことがありますが、市内は初めてだと思います。

 1時間程で所用を済ませました。

 地図を見ると、「三保松原」の文字が見えたので、海沿いまで走ってみました。

 近くに御穂(みほ)神社があったので、まずは初詣で。

 やはり人出は少な目です。

 一年の健康と安全を祈念してから「神の道」を歩きますが、これがなかなか雰囲気があるのです。

 10分位歩くと、駿河湾が見えてきました。

 青い海に白い波。

 そして一筋の雲に冠雪した霊峰富士。

 まさに絶景でした。

 駿府城公園にも立ち寄りました。

 櫓は見えますが、残念ながら天守閣は残っていません。

 徳川家康は三たび駿府に入り、最後の地に選んだことでも知られます。

 中心街のすぐ北にありますが、現在は広大な公園として開放されています。

 正月らしく、凧揚げをしている家族がいました。

 中央部あたりにある家康像です。

 鷹狩りを好んだ家康らしく、左手には鷹が止まっていました。

 戦国時代、駿府城は強大な勢力を誇った今川家の城でしたが、家康は人質にとられ、7歳から18歳までをここで暮らしました。

 しかし、信長が桶狭間の戦いで今川義元を討つと、今川家は急速に衰え、1568年武田家に追放されます。

 1582年、今度は家康が武田家を追放し駿府に戻ります。

 ところが今度は秀吉の時代となり、1590年に関東へ移封され再びこの城を出ることになるのです。

 秀吉が世を去り、関ヶ原の戦いで勝利した家康は、1603年、征夷大将軍に任じられ江戸幕府を開きます。

 パックストクガワーナとも呼ばれる、270年に及ぶ太平の世の礎を築いた家康は、1607年に秀忠に征夷大将軍を譲り、大御所となって三たび駿府に戻ったのです。

 そして75歳という長寿の人生をこの地で終えました。

 静岡の人は家康がこの地を愛した理由を4つのキーワードで語るそうです。

 水、空気、海、そして雪が降らない

 十分に感じることが出来ましたが、今度は水を知る為に、何か地の物を食べてみたいと思います。

 関西での暮らしが好きですが、山のある景色だけは少し物足りないかもしれません。

 富士山、磐梯山、岩木山に開聞岳。

 「良い山がある町から大人物が育つ」と聞いたことがあります。

 家康が天下を収めた理由は富士山だけではないと思いますが、単純に顔が上を向くだけでも、人生が違ったものになるとも思うのです。

 評論家、谷沢永一は著書「人間通」でこんなことを書いています。

 彼奴には至らんところが多いけれど、なにしろ可愛気があるから大目に見てやれよ、と寛大に許される場合が殆どである。(中略)才能も智恵も努力も業績も身持ちも忠誠も、すべてを引っくるめたところで、ただ可愛気があるというだけの奴には叶わない。人は実績に基づいてではなく性格によって評価される。

(中略)

 可愛気の次に人から好まれる素質、それは、律気、である。秀吉は可愛気、家康は律気、それを以て天下の人心を収攬した。律気なら努めて達し得るであろう。律気を磨きあげれば殆ど可愛気に近づくのである。

 可愛気は全く自信がないのですが、律気なら何とかできそうな気がします。

 磨きあげれば、殆ど可愛気に近づくという言葉には随分救われた気がします。


 
 先程東京から戻ったのですが、ひとつやらかしてしまいました。

 続きは木曜日にUPします。

 今年も一年、宜しくお願いいたします。

■■■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載

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シンシンの夜は チクチク飲んで ‐1752‐

 市内を流れる川は、護岸をされているものが殆どです。

 平野川に合流し、大阪城あたりで第二寝屋川に注ぐこの今川もそう。

 普段なら、無粋な矢板鋼板が目につきますが、これだけ色があれば全く気になりません。

 むしろ引き立て役かなというくらい。

 桜は春も見事ですが、紅葉もそれに負けていないのです。

 近鉄南大阪線の今川駅から少し西へ行くと、地下鉄田辺駅があります。

 その駅前にある須田画廊で「生誕90年開高健特別展」が9日(水)13時まで催されています。

 1958年に「裸の王様」で芥川賞を受賞した開高健は、天王寺区に生まれました。

 7歳の時に現在の東住吉区北田辺に引っ越してきます。

 その縁で発足した「北田辺開高健の会」がこの展示会を主催しているのです。

開高は1989年に58歳で病没展示しました。

 亡くなる1年前、これまで記録に無かった大阪での講演原稿が発見され、今回展示されています。

 これは「北田辺開高健の会」の世話人を務める、こちらの白髪の方、吉村さんのもとに持ち込まれたものでした。

 1978年11月、母校である天王寺高校での講演の音声も聞くことができました。

 「講演は嫌いだけど、20数年振りに引き受けた」とあり、小、中、高を過ごしたこの北田辺界隈や母校への愛情を感じます。

 開高が暮らした昭和初期の長屋を、実測して復元した模型も展示されていました。

 現在はもうないのですが、吉村さんに聞くと、近鉄北田辺駅のすぐそばだったと教えてくれました。

 近鉄今川駅のひとつ北が北田辺駅です。

 駅のすぐ西側に記念碑がありました。

 「耳の物語」から、昭和13年に北田辺に引っ越してきた行が碑となっていました。

 「耳の物語」は大阪で過ごした青春時代を「音」によってたどる自伝的小説です。

 詳細までは思い出せませんが、面白かったことは覚えています。

 これは私の好みですが、開高健は小説も良いのですが、エッセイは更に素晴らしいと思っているのです。

 吉村さんに聞いた場所を訪ねてみました。

 この昭和初期に建った四軒長屋の向こう側に、先程の模型が建っていたそうです。

 文字で、大人やお酒や遊びを教えて貰った、大好きな作家、開高健がここで暮らしたという景色をしばらく眺めていました。

 すぐ近くの商店街はこの通り。

 まっすぐ南に下った駒川商店街の活気と比べると、寂しい感は否めません。

 開高が作家として成功する前は、壽屋(現サントリー)の宣伝部に在籍していました。

 そこで、コピーライターとしてその才能を開花させます。

 「屋台にハイボールが並ぶまで、書いて、書いて、書きまくる」と言ったように、行動を起こし続ける以外に、持続も反映も無いのです。

 展示にあったパネルは何度か見たことがあるので「どこに保存してあるのですか」と世話役の吉村さんに尋ねてみました。

 母校である大阪市大の倉庫に保管されているそうです。

 そのパネルから一節抜粋してみます。

 シンシンの夜は
 チクチク飲んで

 オレはオレに
 優しくしてやる

 そうすることに
 してある

 チクチクとな
 トリスでナ

(1967年1月 トリスウィスキー広告)

 その事実に、何故か開高健の偉業を強く感じますし、このコピーに哀愁と、優しさと、お酒への愛情を感じるのです。

 私の何かが、母校に保存されるのか……

 ふたつの意味を込めて「まだ、まだ!」と自分に言い聞かせるのです。

■■■9月11日発売『リフォームデザイン2020』「回遊できる家」掲載
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口から出てしまってるやん‐1747‐

 近鉄は日本最長の路線をもつ私鉄です。

 伊勢志摩あたりの景色も素晴らしいですが、奈良線が生駒山を登っていくあたりも見逃せません。

 大阪側の最後の駅が石切。

 大阪平野が一望でき、なかなかに見応えがあるのです。

 グランフロントもクリスマス商戦に向けて準備完了といったところでしょうか。

 しかし今日は夏日という報道もあり、盛り上がるにはもう少し冷え込みが必要かもしれません。

 北館一番奥にある、サンワカンパニーのショールームへ行ってきました。

 グランフロントに出店する前は、北浜にショールームがありました。

 洗面とタイルには特徴がありましたが、現在とは比べものにならないくらい小さなものでした。

 現在この大きさになったのは、多くの支持を集めた結果です。

 今月の初め、かやしま写真スタジオOhanaが、土地の収用で移転計画をしていると書きました。

 計画は着々と進んでおり、カメラマンの石井さんと水廻り機器を見にやってきたのです。

 水栓だけでこの数。

 洗面ボールも硬軟織り交ぜて、選択肢が豊富です。

 水栓を実際にあてがえ、イメージをつくりやすいですし、「来て楽しい」がとても大事なのです。

 この日案内してくれたスタッフの女性も、非常にホスピタリティが高く、気持ちよく見て回ることができました。

 洗面の寸法を聞くと、すっとiPadで出してくれました。

 物が良いことは最重要ですが、人によって印象は大きく変わるものです。

 中央の吹き抜けにお目見えしたのは、バルーンのクリスマスツリーでしょうか。

 下に降りて撮ってみようということになりました。

 石井さんは普段からニコニコしている人ですが、カメラを構えると顔つきが……ということもないのですが、やはりプロです。

見下げたときの写真の特徴、見上げたときのアングルの良さなどを、言葉で明確に説明してくれます。

 あおって撮っていたので、私も真似してみました。

 本当はもっとあおっていたと思いますが、やはり印象は変わるものです。

 竣工写真だったり、雑誌取材だったりと、プロのカメラマンと接する機会が多く、どんなアングルで撮っているかはいつも見ています。

 これをアングル泥棒と言うのです。

 そのまま他メーカーで、トイレも見てきました。

 最近発売になった海外物が展示されており、値段もなかなかですが、確かに美しいのです。

 石井さんが一度試しに座ってみました。

 すると「んっ、ちょっと大きいかな」と。

 改めて国産物に座ると「大きさも、足の置く位置もこっちの方が好きかな」と。

 完全に個人の感想ですが、思ったことをすぐに行動できるところが、石井さんのストロングポイントだと思います。

 映画『東京物語』などの監督で知られる小津安二郎。

 昭和30年代、晩年の小津が仕事場とした「無芸荘」が蓼科高原に残っています。

 どうでもよいことは流行に従い、重大なことは道徳に従い、芸術のことは自分に従う。

 よく引用される言葉ですが、簡単ではありません。

 芸術の定義は色々ありますが、「人を感動させることができる可能性があるもの」という説を私はとっています。

 人を感動させたい、だけれども従うのは自分。

 これを掘り下げていくと、人と自分がかなり近い存在でなければなないのです。

 この日のショールーム回りは奥さんも同行してくれました。

 石井さんが「僕はすぐに顔に出てしまうタイプだから」と言うと、すぐに奥さんがこう返しました。

 「顔じゃなくて、もう口から出てしまってるやん!」と。

 嫌だなあと思ったら、お客さんの前でもすでに口から出てしまっていると。

 3人で大笑いしていたのです。

 お互いもう50歳。

 それが良いのかどうか分かりませんが、自分に嘘がないのは芸術家の証しだと思うのです。

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