カテゴリー別アーカイブ: 09 家族・私

最後のホームルーム、の後‐2300‐

近鉄上本町駅から、快速急行で約20分。

土曜日は娘の卒業式に参列してきました。

曇り予報でしたが、時々晴れ間ものぞきました。

学校名、駅名は全て消していますが、駅前にある学校と言えばほぼ1校かもしれません。

縁あって、長男、長女が、合わせて9年間通うことになりました。

卒業生は300人前後でしょうか。

保護者の参列も多く、講堂はきっちり満員という感じ。
2時間程でしたが、品のある式典でした。

中でも、学校長の式辞が素晴らしかった。

4章くらいの展開がありましたが、慶應義塾大学の塾長を務めた小泉信三の「簡単に手に入るものは、簡単に失う」という言葉を取り上げていました。

体感としても納得できますし、フレーズとして聞いたこともありますが、出典も含めて卒業式にマッチした選択だと思います。

テレビで本人が歌っている場面を見たことがありますが、言葉として聞いた方が、迫力がありました。

「お前が消えて喜ぶ者に」というワードが入っているにも関わらず、この詞を引用することに、本気度を感じたのです。

校長でありながら、国語教師としても授業を受け持っているそうで、「言葉と格闘してきた」という言葉にも、大いに納得できます。

媚びず、攻めた、格式高い式辞でした。

2017年4月8日、長男が入学。

曇りではありましたが、満開の桜の下での入学式。

自分の学力と相談した上での受験でしたが、第一希望として合格。
その3年後、娘も同じような経緯で合格してくれました。

しかし娘が入学した2020年は、コロナ下の社会に突入しており、入学式は開催されず。

社会自体が困惑する中、子供たちは多くの負担が強いられたと思いますが、踏まれた麦が育つように、バイタリティが培われたのは間違いないと思います。

生徒たちが興味を持てるよう、イベント等も工夫されており、超一流校にはないホスピタリティもあり、親としてはとても感謝しています。

受験も終わり、概ね進路が決まった娘は、早速妻と大阪城公園の梅林へ散歩に行っていました。

今は解放感を満喫すればよいと思います。戻らないくらい箍(たが)を緩めるのはNGですが。

卒業式のあと、最後のホームルームにも立ち会ってきました。

言葉だけで映画のタイトルになりそうですが、全員がひとり30秒のスピーチをして6年間を締めくくります。

友達への感謝を語る子あり、笑いを取る子あり、涙であまり話せない子ありと千差万別。

しかしそれが終ると、「JKも終わりやわ~」とからから笑っている声が聞こえてきました。

9年前、子育てとは「2度目の人生」と書きました。
ほぼ2回目を終えたのですが、はたして成長できたのか……

最期以外、学校のように明確な区切りがないのが人生です。
どんな場面でも、からからと笑い飛ばせたらとも思います。

JK師匠に「勉強させてもらいます!」という感じなのです。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
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■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

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祝・合格 ツバキサク、チチハタラク‐2296‐

何かと話題に上がる吉村大阪府知事。

府庁まで歩いて15分くらいなので、ご近所さんと言えばご近所さんです。

知事室は何階なのでしょうか。

住所は大阪市中央区大手前2丁目1-22。

大手門のすぐ西です。

その大手門は珍しく閑散としていました。

ずっと観光客で一杯だった大阪城も、2・8(にっぱち)と言われる2月・8月は、少し人も減るようです。

2月生まれの娘が18歳になりました。

これで兄妹とも成人です。

あとは大学受験の結果次第と思っていたら、吉報が届きました。

更に今日も合格が2校。

これで来年度から大学生となることが決定し、まずは夫婦でほっとしていたのです。

土曜日に、早咲きの桜を見かけたのですが、まだ時期的には早いだろうと写真は撮らずでした。

こんなことなら撮っておけば良かったと思いますが後の祭りです。

なので、府庁近くで咲いていた椿を上げておきます。

先日もサザンカの写真を上げましたが、寒い時期に赤い花を咲かせる椿、サザンカは、貴重な花と言えます。

2月生まれの娘にはぴったりの花かもしれません。

親としてできることも、残すところ僅かとなってきました。

ただ、兄妹とも私学へ進学したので、あと4年はますます頑張らなければなりません。

親としてはいつまでも親ですが、この区切りに「子育てって何なのだろう」と考えます。

この壮大なる絵巻物(親にとって)を、いつか総括してみたいと思っています。何となく兄妹とも20歳を超えた頃かなと考えています。

3年前の兄に続いて、今年も盆と正月がほぼ一緒にやってきました。

もし誰かに電報を打つなら「ツバキサク、チチハタラク」でしょうか。 

兄妹は焼肉で慰労会を済ませたらしいので、父は近所のスーパーへ値引きの入ったお惣菜を見に行ってきます。

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「ずれ」にまつわるエトセトラ‐2293‐

一時と比べると、少し寒さが緩みました。

これも立春効果でしょうか。

難波宮跡公園にサザンカが咲いていました。

2023年の初めまで住んでいた、古家の庭にあったことを思い出します。

寒さが緩む少し前。

首がこって、こって仕方なく、ちょっと頭痛までしてきたので、整骨院に行ってきました。

問診の後「姿勢を見てみますね」と写真を撮って見せてくれました。

首の傾き3度、肩のずれ31%と、結構ずれている感じ。

「首と腰が大分張ってますねえ」とのことで、針治療もしてもらいました。

恐々でしたが痛みもほぼなく、ちょっと様子を見てみようと思います。

あくまで対処療法なので、根本の姿勢を直していくしかないのですが。

「意識のずれ」とか、「感覚のずれ」等、「ずれ」という言葉に、ポジティブなイメージはありません。

しかし建築においては別です。

コンクリートのCUBEを、1階と2階でずらしたのが「下町のコンクリートCUBE」です。

2階部分をずらすことで、縁側的な空間をつくりました。

南西方向へ斜めにずれているところがポイントです。

張り出した部分が、近隣からの視線もコントロールしています。

それが大きな開口部があってもプライバシーを守る役割を果たしているのです。

「高台の家」では、ずれてできた2階の空間を重要視しました。

解放的な郊外型の住宅において、プライバシーを守れるアウトドアリビングを作り出しています。

近隣と最も段差のある南東方向は、視線を気にする必要がありませんでした。

その方向には空港があり、それも含めて景色を楽しめるよう開口を設けています。

家族でいつでもBBQを楽しめる空間になりました。

屋外との緩衝帯の役割も果たし、室内空間の質を高めているのです。

反対側の張り出し部には庇を加え、駐車場としています。

「没頭できる家」は、縦方向にずらしました。

音楽室を半地下にすることによって、まず防音効果を高めています。

LDKとの繋がり方も、面白さが増しています。

秘密基地のような空間となっているのです。

縦方向のずれによって、更に魅力的な空間が生まれました。

2階バルコニーより低く、1階からは寄り付けない空間です。

この部分をキャンプ場としたのです。

地下は、地上階の1.5倍のコストが掛かると言われます。

しかし、その他の部分を極限までシンプルにすることで、かなり金額的には抑え込みました。

最後は、ずれをデザインに活かした「ダイヤモンドカットの家」です。

敷地周辺は、物作りの街で工場が立んでいます。

トラックの通行なども多く、できるだけ道路から離れたいところです。

しかし離れれば離れる程、南側からの日当たりが悪くなるので、2階部分は北側にずらしました。

そのことによって、1階部分の日当たりを確保できているのです。

明るいLDKには、カウンターも設けています。

子供さんが勉強を大好きになってくれたと聞き、本当に嬉しい限りです。

2階は北側に90cmずらしたのですが、起点となった部分と斜めに結ぶことで、魅力的な造形になることが分かってきました。

ちょこっとずれから生まれた形です。

「ずれ」が魅力的な空間を生むことが分かって頂けたでしょうか。

ただ、自分の体のずれと、世間とのずれはNGなので、そちらの方はずれがないことを目指したいと思います。

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1983年3月6日中学入試‐2288‐

昨日は同級生と一緒に高槻へ行ってきました。

京都と大阪の真ん中にあり、大学の誘致にも成功しているとあって、阪急、JRともに駅前は活気があります。

母校へも足を伸ばしてみました。

私達が通っていた頃とは、すっかり様変わりしています。

立て看板を見ると入学試験の当日のよう。

流石に入るのは遠慮しておきました。

「高校は別日程なんだろうね」と同級生に言うと「今は誰も出ていかないので、高校で補充はしていないよ」と。

私達が受験した1980年代は、関西の私学の中で、唯一試験日程がずれており、受検を失敗した学生の受け皿となっていました。

どこかを不合格になって入学しているので、第1志望にしていた学生は皆無。それで、高校に上がる時点で、1割くらいの生徒が、高校受験に挑んでいました。

灘や洛南などに再度挑戦し、合格した同級生が結構いたのです。

現在は、もっと人気校になっていると聞き、卒業生としては嬉しい限りです。

かなり減った年賀状ですが、11月・12月には、喪中はがきが5通ほど届きました。

そのうちの1枚が、毎回同窓会に参加して下さった、理科のT先生の奥さまでした。

「昨年お亡くなりになった」と、この日記で報告すると「中学高校で3回も担任をして貰ったので、ご自宅へお参りに行こうと思う」と、同窓会の世話役をしている同級生から連絡がありました。

それならと同行してきたのです。

ご丁寧にも、奥さまと、ご子息まで出迎えて下さいました。

71歳という若さで、夫を亡くした奥さまの気持ちはいかばかりかと思います。一方、しっかりした、品のあるご子息家族が近くに住んでおられ、心強いだろうなと感じたのです。

すぐにお暇しようと思っていたのですが「英語のA先生、数学のY先生とは仲が良く、よく飲みにいっていた」という話や、某情報番組の「ほろ酔いさんインタビュー」的なコーナーにA先生と2人で出たことがあるという、とびきりの逸話までお話し下さったのです。

2024年末の同総会の少し前まで入院しておられ、「何とか行けそう」と世話役に連絡があり、参加下さいました。

お亡くなりになる5カ月前なので、大変だったと思うのですが例年通りスピーチもして下さいました。

同級生がその動画を奥さま、ご子息にお見せすると、お2人で熱心に見ておられたのです。

1983年の3月のカレンダーを見ると、6日が日曜日でした。3月7日が試験日だった気もしますが、この日が試験日だったのでしょう。

試験は1日で、算数・国語・理科・社会で、配点は100・100・50・50だったと思います。

理科社会は配点が半分ですが、この2教科があったから、高槻に滑り込めたのは間違いありません。

入学後の不勉強は、何度もネタに書いてきました。

一浪後も、国公立、MARCH、関関同立の建築・土木学科は全て不合格。

近大の岡山だったか、広島だったかの3次募集的な試験で、かろうじて大学生となりました。

その理由も、おそらく物理が満点だったのが理由だと思います。英語、数学は全くできませんでしたから。

そう考えると、いわゆる理系に身を置いていますが、いつも理科社会がピンチを救ってくれたのです。

T先生の「学生時代、どうにもならなかった彼(守谷です)でも何とかなったんだから、ここに入学してくる君たちは絶対大丈夫」というメッセージを胸に、しっかり頑張りたいと思います。

1983年3月6日(日) 大阪
最高気温: 13.5℃
最低気温: 4.3℃
曇り一時晴

丁度今日の気温と同じくらいです。

当日、12歳の私は何を思っていたのでしょう。その時の私が、今の私を見たらどんな事を思うのでしょうか。

「ここまで行けたんだ!」と思って貰えるような自分を目指したいと思います。

そして、中高では迷惑ばかり掛けた先生方には我慢して頂き(退学とせずに頂き)、本当にありがとうございます。心から感謝したいと思うのです。

レベル低っ!

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さあ!就職活動の長男とスパイシーカレー、上町界隈の名店③「旧ヤム邸」‐2284‐

今年も、更に「しまい」が加速した感のある年賀状。

会社用は例年と変わらず、300枚と少し出しました。

今年は、「ドッグランのあるタイル床の家」に。

家族用は、8月に長男が帰省したタイミングで撮った大阪城での写真に。

恒例にしている兄妹写真は、桜門前でNHKをバックに。

見たい人が居るかは別にして、4人で撮れる限り続けたいと思っています。

年末から長男が帰省していますが、関西の友人と会うのにほぼ家には居ない感じ。

反対に、年始は家族と過ごす人が多いのか、時間を持て余している感じだったので、昼食に連れて行きました。

空堀商店街も年始仕様です。

東西に伸びる商店街の北と南は、どちらもかなりの坂になっています。

これは、瓦を焼くための土取り場が南北に合せて4ヵ所あったから。

1680年~90年頃まで掘り返して土を取っていたようです。

中でも最も大きくくぼんでいるのが、谷町筋から入って初めの北に延びる筋あたり。

長堀通までの間が、かなり下がっているのが見て取れるでしょうか。

上町台地の海成粘土は瓦を焼くのに適しており、江戸城の瓦は大坂で焼き、海路で運んだそうです。

空堀商店街の南のエリアには「瓦屋町」という名前が残っているのはこのためです。

その瓦職人から派生して、土で人形をつくるようになったことが、すぐ西の松屋町筋に人形店が集まるきっかけになりました。

昨年の10月から11月にかけての毎日新聞の記事に詳しくあり、とても興味深い内容でした。

ちょうど土取り場の入口にあるのが「旧ヤム邸 空堀店」。

食べログの100名店にも選ばれている、スパイスカレーの老舗店です。

築130年の古民家をリノベーションした店内は、照明も暗めで静かな音楽が流れています。

少し遅めに行ったので、1組待ってすぐに入れました。

長男は無類のカレー好き。

私が外でカレーを食べることは無いので、近所の名店を訪れてみようとなりました。

店員さんに聞くと1番目と4番めがキーマカレーで2番目と3番目がスープカレーだと。

私は②さつま芋と玉ねぎのスープカレーと④高菜とジャコの牛豚キーマカレーを。

長男は、①海老出汁トマトクリームの鶏キーマカレーと③豚バラ檸檬のスープカレーのあいがけにご飯大盛。

ジャスミンライスと玄米を選べますが、前者は香りがあるのではなく、タイ米の最高級品種だそうです。

お勧めとのことでジャスミンライスにしました。

小麦粉を使っていないので、とろみはなくさっぱりしています。

香りはどれも強烈で、これぞ本格派という味わいです。

辛さもあとからくる感じで、小鉢も芸が細かく、とても美味しい。

ただ長男はオーソドックスなカレーの方が好きなようで「十分美味しかったけど、もう1回はいいかな」と。

それは残念ですが、こんな機会でもないと来ないので、それはそれで良かったかなと。

店の中で撮って貰おうと思っていたのですが、ひっきり無しにお客さんが来るので、外に出てから、横で食べていた人にシャッターを押してもらいました。

娘の受験には前回触れましたが、長男も春から4回生。さあ就職活動!という時期です。

兄妹とも文系なので、建築家になりたいと思っていた私とはまったくアプローチが異なります。

長男は折角希望の大学に入ったので、それは最大限に活かして欲しいと思います。

穏かな現代において、受検と就職は数少ない真剣勝負の場ですから。

なのですが、夏にある世界最大のフェスに当選し、ヨーロッパに行くことを喜んでおり、それまでに就職は決めると。

せめてベストを尽くして欲しいと思いますが、親の心子知らずとはまさにこのことで……

やはりできることは神頼みくらいのようなのです。

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導き給え‐2283‐

新年明けましておめでとうございます。

今年の1月1日は木曜日ということで、元旦からこの日記をスタートしています。

今朝は6時前に大阪を出て、7時前に北野天満宮に到着しました。

子供が大学受験の年は、年の初めの祈祷を目指しています。

到着してすぐに妻が受付に向かいました。

受験生の娘が風邪気味で、車で待機してもらうことに。その間に、私は境内をぐるりと回りました。

今年の干支は、60年振りの「丙午(ひのえうま)」。

放送作家で、元東京都知事の青島幸男作が書いた『人間万事塞翁が丙午(にんげんばんじさいおうがひのえうま)』という小説を思い出します。

モデルとなった母が、丙午に生まれたことからのタイトルですが、丙午に生まれた女の子は気性が荒くなるという迷信を、逆手に取った作品でした。

白馬の優美な姿をみていると、近年でそんなことを気にしている人は居ないような気がします。

日の出前の参道は、人出もそこまでなく、幻想的な風景でした。

京都の日の出予報は7時5分の予定でしたが、実際に日が差したのは7時50分でした。

今年も始まるなと、何とも清々しい気分になるのです。

8時前に、妻から「そろそろ待合に来て」と連絡がありました。

帰省している長男と合わせて4人で本殿に移動しました。

早めに出て来た甲斐あって今回も1番目。

1回につき20組くらいが本殿に上がるのですが、東京から来て東大を受ける受験生もいました。

京大医学部を受ける受験生もいたり、石川、愛知、福井県と遠方からの人も多いのです。

早くから来ているご家族は、やはり本気度が高い感じがし、そんな場に居ることがとても良い機運を運んでくれる気がするのです。

30分近くの正座だけは堪えましたが、こんな時しかしないので、それはそれで良い思い出になります。

最後は、絵馬を奉納する列に並びます。

日当たりのよい場所に絵馬を奉納し、初詣が終わりました。

神頼みを信じるか信じないかは別ですが、中学受験、大学受験と、兄妹ともここまで第一希望に合格してくれました。

勿論、その時々のベストと思える学校を選んで受けているので、無謀な学校を受けている訳ではありません。

それでも「良かったなあ!」と言える学校に、2人とも合格して来たので、私の中で北野天満宮は特別な場所だと思っているのです。

快晴の元旦で、東寺の五重塔を見ながら京都をあとにしたのです。

最近参拝の時はこうお願いすることにしています。

これも、尊敬する始道塾の恩田塾長の受け売りですが、とても気に入っています。

何でもお願いするのではなく、自分が行くべき方向へ導いて頂けますでしょうか、という考え方です。

さて、娘の受験はどうなるか。それこそ、神のみぞ知る、なのです。

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「既にあるもの」に光を当てるのが、感謝‐2279‐

空堀商店街は谷町6丁目駅の東西に延びています。

名前の由来は、秀吉が築城した大阪城にあった空堀からきているのは良く知られたことです。

この段差も、おそらく空堀跡です。

谷町筋の東側ですが、結構な高低差なのです。

そこを降りてみると、古い民家を使って営業している惣菜屋さんがありました。

メニューには、コロッケ100円、仙台牛メンチカツ750円など、魅力的な文字が躍っています。

歯のメンテナンスへ行った帰りに見つけたのですが、急いで妻に報告しました。

あわよくば買ってきて貰おうと、です。

先週末、一緒に買い出しに行ったのですが、店頭に揚げ出し豆腐が売っていました。

それを見ると妻が「お豆腐から作ってみようかな」と言い出しました。

おつまみが増えるのは、ただただ嬉しいことなので「それはいいんじゃない」と、絹ごし豆腐と木綿豆腐を買って帰りました。

木綿豆腐は、売り物と遜色ない出来栄えです。

絹ごし豆腐は、若干崩れているところがあるものの、中がトロッとしていて抜群に美味しいのです。

正直、ここまで上手くできると思っていなかったので、あっという間に平らげてしまいました。

これは御堂筋沿いにある古ビルです。

梅田新道を南に下ってすぐのところにあるのですが、妻が若い頃に通っていたクッキングスクールが入っていました。

現在は営業していないようですが、サインがそのまま残っているので、通る度に「懐かしい」と言っています。

ジェンダーフリーが浸透する中、「料理は妻がするもの」と言ったら、普通の市民としては認めて貰えなさそうです。

一方、多くの女性、妻、母が料理をしているのも事実です。妻もそういったことを考え、ここに通っていたのだと思います。

日々の食事は誰が作るのか。

その問いに答えなど勿論ないのですが。

ただ、作って貰っている身としては、美味しかった時は、どう美味しかったかをしっかり伝えることは心掛けてきました。

それに加えて、最近感謝することにしました。

「今ごろかい!」というツッコミが聞こえてきそうですが、今ごろなのです。

理由は、尊敬する恩田塾長の以下の言葉を読んだからです。

成長、進歩するのに反省は必須だと思いますが、「既にあるもの」にフォーカスするのが感謝なのか……

感謝を伝えるのは難しいことだと思っていました。しかし、それが何かの殻を打ち破れずにいる理由なのかもしれません。

良いと思ったことはすぐに行動。

そうして来たつもりですが、出来ていないことが本当に沢山あるものです。

2026年は、50代後半に入りますが「ありがとう」をテーマにしたいと思っています。

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夏の終わりのピースおおさか‐2247‐

エレベーターのあるリハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」【ゲンバ日記チャンネル】Episode4を、昨日公開しました。

9月28日(日)に内覧会が開催されますので、よろしければお越しください。

予約などは不要です。

長男が大阪に帰ってきていた夏季休暇中に、ピースおおさかへ行ってきました。

終戦から80年、直接戦争は知りませんが、祖父母世代からは直接話を聞きました。

子供たちにはその経験もないので、戦争はより遠い存在だと思います。

終戦記念日の前に、長男を伴って訪問してみました。

開館して34年経ちますが、この建物はシーラカンスの設計です。

学生時代にコンペが開催されたはずなので、記憶に残っています。

「大阪空襲を語り継ぐ平和ミュージアム」とあり、多くの画像、資料でその戦禍を伝える施設です。

大阪への大空襲は1945年3月13日から終戦前日の8月14日まで、計8回実施されています。

大空襲の定義は大型爆撃機のB-29が100機以上飛来した空襲を指すので、実際にはもっと多くの空襲があったのです。

焼夷弾によって大阪の街を焼き尽くし、1万人以上の市民が亡くなりました。

大阪城の東には、東洋一の規模をもった大阪砲兵工廠があり、そういった軍事施設も徹底的に狙われています。

天守閣の北にある山里丸石垣には、機銃の掃射痕が残っています。

80年の時間を経ても、石はその痕跡を生々しく残しています。

多くの一般市民が焼け死ぬ様子や、機銃掃射を避けようと、線路のガード下に人が殺到し、圧死した状況などを語る映像や一般市民が描いた絵は、目を背けたくなるようなものばかりでした。

長男はかなりしっかり各展示を見て回っていました。

順路の一番最後に、戦争後を伝える展示エリアもありました。

復興を遂げる1960年代の心斎橋筋商店街の写真です。

「中華そば 55円」とあります。


戦争は遠い過去となりつつありますが、ウクライナでも中東でも実際に戦争は続いています。

戦争が無く、思想的にも自由な社会は、頑張れば結果がでますし、そうでなければ淘汰されます。

自由に感謝し、仕事人として責任を持たなければ。

そんなことを感じた、夏の終わりのピース大阪でした。

戦争とは全く違いますが、罪のない市民が大きな被害を受けるのが天災です。

今週末、2024年1月1日に起こった能登半島地震の災害復興まちづくり支援のボランティアに行ってきます。

何ができるか分かりませんが、精一杯役割を果たしてきたいと思います。

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家族写真 in 大阪城‐2243‐

今日は朝から、家族で大阪城の天守閣へ。

本丸の正門にあたる桜門まで行くと、天守閣が見えてきます。

長男が東京から帰省していたタイミングで、家族写真を撮りに行ってきました。

昨年は、初めて4人で行った旅行先、白浜で撮りました。

今年は娘が受験ということもあり、塾へ行く前に大阪城で撮ることにしました。

昨日を予定日にしていましたが、生憎の曇天。

長男には一日滞在を伸ばしてもらったので、晴れてくれて助かりました。

日中は観光客でごった返す天守閣前も、朝の7時台はガラガラ。

思ったところで撮影できました。

これだけの蝉時雨が響くのもあと少しでしょう。

撮影した後の画像チェックの図です。

4人で撮った後は、恒例にしている兄妹のカット。

子達が仲が良いのは嬉しい限りです。

初めに書いた、桜門を入ってすぐの所には、蛸石と呼ばれる巨石があります。

大阪城内でも最大で、面積は約36畳、重さは108トンと推定されています。

大阪城は極めて立派な城ですが、間近でみて驚くのは石垣です。

石垣と言う、巨大な基礎があってこその大阪城なのだと分かります。

長男は大学3年生、長女は高校3年生。まさに仕事人への基礎を築く年代です。

石垣は傾斜が急すぎれば倒壊しますし、緩すぎれば、敷地を無駄使いした上に、労力ばかり掛かります。

程よい角度が美しいのは、人生も同じ。

自分が登れる最大角度を目指して欲しいと思います。

段々勾配が緩くなる石垣など全く美しくありません。

長男は、仕事を決めるべき時期にはいりました。

自分が人生を掛けてみたい仕事のなかで、一番厳しいと思うものを選んでほしいと願っています。

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■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

何となく、導かれて長堀通‐2240‐

今日は心斎橋と長堀橋の間で打合せがあったので、まずは長堀橋駅で下りました。

クリスタ長堀の東端にあたります。

長堀通りと堺筋の交差点に駅はあります。

堺筋を3ブロック北に上がると堺筋倶楽部が見えてきます。

2003年の秋に、ここで結婚式を挙げました。

10時頃通ると、行列ができています。

「パンとエスプレッソと」という看板が見えました。

当時は、銀行だった建物がイタリアンレストランにコンバージョンされていました。

結婚式場として借りることもできたのですが、今はどうなのでしょうか。

1時間程の打合せを終え、帰りは心斎橋駅に向かいました。

どの街でもそうですが、変わらぬところと、変わるところあり、です。

商店街の中も少し歩いてみます。

ラーメンは900円から。

チェーン店の焼き肉定食も、1188円から。

そんなものだろうなと思いながらも、昼食で1000円かという気持ちも。

商店街を少し外れると、街歩き好きの鼻が効いてくるのです。

「ONEプレートサービスランチ ¥700」

プレートのスケッチ付きの看板です。

テープ貼りの下には「おかわりOK」の文字がうっすらと。

現在、それを望むのは酷というものでしょう。

先週の日曜日、名古屋の大須商店街へ行ったことを書きました。

心斎橋筋商店街も大きいですが、その規模に圧倒されました。

「そりゃ、名古屋にもお好み焼き屋さんはあるよな」と思いながら、二度見しました。

お好み焼き 330円

これは安い!

日本の店はどこで食べてもほぼ美味しいのです。

なら、安い店が一番です。

今日の昼食は、昼過ぎに結局会社に帰って、妻の作った弁当でした。

食べないので、高いも安いもないのですが、見るのは自由ですから。

堺筋倶楽部で結婚式を挙げたと書きました。

建築家として、どんなところで式を挙げるのかと、身の丈にあった、という2点で選んだと思います。

当日は、少し雨が降っていました。

「もう22年になるのか」という気持ちと「まだ22年か」という気持ちの両方があります。

ただ、何となく導かれて、アトリエを移転してきたような気もするのです。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■