
日曜日は、快晴かつ暖かい朝になりました。
散歩日和で中之島の東洋陶磁美術館へ。

すぐ西にある中央公会堂の存在感がありすぎて、あまり見ていなかったのが正直なところでした。

ただ、この増築部は凄いのひとことでした。
1982年に完成した部分も、2024年に完成したエントランス部分の増築も、日建設計の仕事でした。

元の館の西端を覆うようにガラスの箱が増築されています。
エントランス部は元外部です。

薄い屋根を、鉄筋コンクリートのR状の壁だけで支えています。
接している部分以外は全てガラス。
その解放感は別次元でした。

昨日まで特別展が開催されていましたが、見応え十分でした。
新石器時代・紀元前2600~2300年前、中国西北部の壺です。
4000年前の物がこの状態で保存されていることに、焼き物の凄みを感じます。

こちらは後漢時代・1~2世紀の焼き物です。
古代中国では、建物の焼き物がかなり多く作られたとありました。
豊作、富の象徴だったのでしょう。

北斉~髄時代・6世紀前半の色鮮やかな椀です。
西アジアのガラス椀を模したものだそうです。
確かにあまり見ないほどの色鮮やかさでした。

明時代・宣徳(1426年-1435年)景徳鎮窯の皿。
重要文化財とありました。

日本の物で言えば、黒樂も1つありました。
江戸時代・17世紀、樂道入(ドウニュウ)(1599-1650年)の黒樂です。
樂吉左衛門家の三代目・道入は「ノンコウ」とも呼ばれる名人。
彼の黒樂は、京都の樂美術館まで見にいきましたが、中之島でも見れるのは嬉しい限りです。

重要文化財数点と国宝も2点展示がありました。
南宋時代・12-13世紀の天目茶碗です。
かつては関白・豊臣秀次が所有していたとありました。
そこまで焼き物が分かる訳ではありませんが、流石にレベルが違うのは十分伝わってきます。
宋代の喫茶文化では、最高級の茶が白色とされたことから、黒い茶碗が歓迎されたと説明がありました。
この妖しい輝きが、時の権力者を魅了したのでしょう。

すこしフワッとした展示コーナーがあり、「鼻煙壺」が並んでいました。
「鼻煙」はたばこの葉を粉末状にして香料を加え、鼻から吸引する喫煙法です。
中国では18世紀に流行しました。

それらを保管する小さな壺が沢山展示されていたのですが、主に「青」と「緑」でした。
現代では「青」と言えば「ブルー」を思い浮かべますが、古代中国では植物の色も「青」と表現したため、ブルーとグリーンの両方を含んでいました。
「青信号」や「青野菜」はこの名残だそうです。
なるほどと、腑に落ちたのです。
ブルーはラブスラズリやトルコ石で、グリーンは翡翠や玉で表現されました。

ただ、やはり「青」は特別な色だと思います。
昭和初期の建築家、白井晟一はエッセイで「青」への思いを書き綴り、こう結んでいました。
それにしても青は「希望」の色とはよく言ったものだ
やはり、希望の色でした。
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が掲載されました■■■
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