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日本橋で見る狭小住宅‐1495‐ 

 中学に入学して、一番うれしかったのは定期を持ったことだったかもしれません。

 梅田、なんば、天王寺で自由に乗り降りできる、まさにゴールデンチケットでした。

 この3駅以外で、一番降りた駅はおそらく日本橋です。

 千日前通と堺筋が交差するのが日本橋1丁目。通称「日本一」。

 マクセルのカセットテープ、UDⅡが1円でも安い店を探して「小鉄」という友人と、このでんでんタウンを何往復もしました。

 当時面影を残す店も残っています。

 しかし、現在はネット社会となり、小売店舗は減小。

 ゲーム・アニメ・コスプレカフェなどサブカルチャーで知られる「西の秋葉原」となりました。

 でんでんタウンの西にあるこの通りは、通称「おたロード」と呼ばれるようです。

 たしかにメイド?のコスチュームで客引きする女性も。

 愛着のある街なので、寂れるよりは……と微妙な気分ではあります。

 この界隈に、有名な狭小住宅が2軒あります。

 いつ「美園」がなくなったのでしょうか。

 ただの「ユニバース」を通り過ぎます。

 1軒目は、安藤忠雄設計の「日本橋の家」。

 1994年の完成の個人邸ですが、現在はギャラリーとなっています。

 1979年に個人住宅で初めて日本建築学会賞を受賞した「住吉の長屋」が最も有名ですが、それより更に間口は狭く2.5mとのこと。

 しかし、この日は閉館日だったのか、入館できませんでした。

 また機会を改めます。

 もう1軒の「日本橋の家」は岸和郎の設計で1992年の完成です。

 日本建築家協会新人賞を受賞した作品で、氏のサイトによるとこちらの間口も2.5mとあります。

 外壁は鉄骨にセメント成形版を直接取り付けてあります。

 そのディティールは何度も住宅誌で見ましたが、本物を見たのは初めてでした。

 現在も個人邸だと思うので、写真はここまでにしておきます。

 4階に住居部分があり、それがふわりと持ち上げられています。

 何と言えばよいか「これは本物だな」と感じました。


 
 狭小住宅で言えば、「住吉の長屋」が西の横綱でしょう。

 対して、東の横綱は東孝光の自邸、1966年完成の「塔の家」でしょう。

2008年の3月に、表参道を雨の中ひた歩き見に行きました。

 すでに日が暮れていましたが「これこそが本物」という迫力でした。

 建築家として生きたいと思ったのは、学歴をものともしない安藤忠男の活躍があったからです。

 仕事をしていて、時には理不尽なことも起ります。

 そんな時「僕は安藤じゃない」と自分に言ってきかせます。

 誰もが認めてくれる所までたどり着けてないという意味です。

 人は誰もが同じではありませんし、価値観も違うと言えます。しかし、一番は一番です。

 その道のりの遠い事……

 しかし、その足跡をたどって歩いた時、「まだまだ」という気になります。

 可能性がある限り、すべてを振り絞って働くだけだと吹っ切れるのです。

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『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

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