カテゴリー別アーカイブ: 02 ことば・本

イタリアンがやってきた‐1063‐

新緑がまぶしい季節。

庭に咲くこの花は「かきつばた」のようです。

先の住人が残していたったもので、花弁が細く、美しい花。

沖縄入梅のニュースもあり、限られた季節を満喫したいものです。

先週は「遠里小野の家」の3ヶ月点検でした。

中庭のヤマモミジも青々とした葉をつけていました。その前を泳ぐ鯉のぼり。 四万十川でみた景色を思い出します。

今月初め、1年2ヶ月働いたスタッフが退職しました。入れ替わるように、2人の若者が入所試験中です。

1人は年始にイタリアから来日。現在日本語学校と掛け持ちです。

もう1人は、2年間アメリカへ留学していました。

これを機に、事務所の公用語を、英語に変えようと思います。冗談ですが。

先日、オープンデスク中の女子学生が私に模型を見せに来ました。「ここがちょっと汚いね」と修正を求めました。

すると「これから直すつもりでした」と、プイッとむくれてしまったのです。これでは、流石に事務所に置いておく訳にはいかず、丁重に辞めてもらいました。

イタリア人の彼は、カルロ・スカルパが学長をしたことのある名門大学出身。イタリアの建築士免許も所得済みで、模型も修正しれくれます。

日本人のようと言えば、イタリア人に失礼ですが、やる気さえあれば言葉の壁など、越えられると思っています。

宮大工、西岡常一は法隆寺改修で知られ、「鬼」と呼ばれます。その弟子、小川三夫はこう教えられました。

「諸々の技法は神徳の恵みなり、祖神忘るべからず」
「人に任せ、人に譲ることで、伝統は生きたものとしてつないでいける」

伝えられる伝統を持っているかは分かりませんが、仕事は分かち合ってこそ。2人の若者に期待しています。

人の世は評判の市‐1057‐

 ゴールデンウィークが始まりました。

 今日はあいにくの雨ですが、土日は天気にも恵まれました。

 1周年を迎えたグランフロントは、来場者数5300万人。スカイツリーを上回ったそうです。 

 しかし、私のセミナーは事前申し込みが各1組づつと聞いていました。昨年、広島でのセミナーは150名の参加がありました。

 しっかりとした報酬を貰い、相応の緊張感を持って臨みましたが、良い経験になっています。正直言えば、1人でも多いほうが嬉しいのですが……

 蓋をあけてみると、両日とも10名以上の参加がありました。

 今回のテーマは「建築家とつくる住まい」。

 「ゆっくり・繰り返して良い・反応を待つ・聴く人の幸せを願って」
講演の度に心掛けてきたことです。

 イメージの7割くらいは出来たかなと思います。

 2日目は、スタッフの田辺が手伝いに来てくれました。参加者、主催者も喜んでくれ、ややほっとして会場を後にしました。

 グランフロントは1周年イベントが開かれていました。

 大きな吹き抜けにキティーが無数のリボンで表現されたアートワークがあります。

 誰の作品だろうと見てみると、谷尻誠とありました。東京、広島に事務所を構える、私より若い建築家です。

 先日も書いた、文芸評論家・谷沢永一の「評判」を引用してみます。

 人間の値打を定める最終の決め手は評判である。もちろん業績なくして評価はありえない。しかし成しとげた成果は誰かの認めるところとなってようやく浮かびあがる。

 (中略)

 評判は多分に時の勢いがもたらす僥倖であって、神の悪戯とでも言いたい要素が認められる。しかし人の世は評判の市である。この世に公平無私などありえない。あらゆる時代の誰も彼もが、歴史と称されている根拠薄弱な評判の記録を信用してきた。そして今の世においてもまた評判に頼って万事を判断している。つまるところ人は評判を好むのである。

 成しとげた成果は誰かの認めるところとなってようやく浮かびあがる。

 人の世は評判の市。

 誰かに認められるには、攻めだるま以外に方法はありません。

酒の席‐1056‐

 飲み歩くのが趣味でもないので、夜、出掛ける回数は数えるほどです。

 ところが今月は良く出掛けました。

 大学時代の後輩とは、キタの居酒屋で。40分も待たされましたが怒りません。

 大人ですから。

 クライアントとは、現場近くの滋賀のお店へ。

 気さくな夫妻で、2週続けて。

 本来、酒の席は大好きなのです。

 大学時代の友人とは、お初天神のビヤホール。

 酒癖が悪いと言われたことはありません。

 しかし、アルコールが入ると、何か言いたくなるもの。

 「不言実行はかっこ良い。でも、有言実行は、誰かにプラスを与える可能性がある」と、やってしまう訳です。

 若い頃なら、後悔ばかりでした。しかし、歳とともに平気になっていきます。過去はもう変わらないから、と。

 行きつけの店も無いのですが、北新地に同級生がやっているバーがあります。

 散会したあと、久しぶりにのぞいてみました。

 マスターが「2年ぶりじゃない」と。

 しかしそこは同級生なので、2、3時間話し込んでいました。

 真理を知るには酒を飲みすぎてもいけない。飲まなくてもいけない。 -パスカル-

 多少アルコールの力を借りたとしても、夢は言葉にするほうが良いに決まっています。

 人に言った以上、実現する責任を感じ努力する上に、デメリットは一切jないからです。

 最後に。

 今週の土日、グランフロントのサンワカンパニーでセミナーが近づいてきました。

 エントランスには、当事務所の模型を展示しています。

 5月9日まで展示する予定のですので、近くに行った方はのぞいてみて下さい。

可愛気と律儀‐1053‐

 先週土曜日は、滋賀の現場へ。

 敷地に隣合う「矢場」の桜が見事でした。

 家の敷地にこれだけ咲けば、花見に行く必要がありません。

 土塁にはゼンマイの芽も。

 クライアントが言うに「食べ頃はもう少し前」とのこと。

 中々食べ物としては見れていないのですが……

 話は変わりますが、新聞で文芸評論家、谷沢永一の名前を見かけました。

 谷沢永一は著書「人間通」でこんなことを書いています。

 彼奴には至らんところが多いけれど、なにしろ可愛気があるから大目に見てやれよ、と寛大に許される場合が殆どである。(中略)才能も智恵も努力も業績も身持ちも忠誠も、すべてを引っくるめたところで、ただ可愛気があるというだけの奴には叶わない。人は実績に基づいてではなく性格によって評価される。

(中略)

 可愛気の次に人から好まれる素質、それは、律気、である。秀吉は可愛気、家康は律気、それを以て天下の人心を収攬した。律気なら努めて達し得るであろう。律気を磨きあげれば殆ど可愛気に近づくのである。

 秀吉も、家康も、会ったことはありませんが、肖像画を見る限りそんな気がします。

 「自分は愛される人間か、否か」と問うたことがあります。これまでの人生で、先輩に可愛がって貰ったという経験が、ほとんどないのです。

 しかし、これを読んだとき大いに納得し、律儀なら何とかなるかもと考えるようになりました。

 面白みも何もないようですが、これでしか勝負できないなら、それを磨くしかないのです。

うぶな眼‐1042‐

 心の琴線に触れる、という言葉があります。

 そんな言葉を、2005年からまとめてきました。その2つ目は、魯山人の言葉です。

 美の源泉は自然にある。自然なら美しいか。
 花を雨、日で育てるのも自然。
 木を一瞬にして焼き払うのも自然。
 自然がなにを目指しないを行わんとするか。 
 けだし我々人智のよく量りえるところではない。
           
-北大路魯山人- 書家・陶芸家

 答えがあるようでない。極めているようで、諦めているようでもある。解釈が幾通りも出来る言葉です。

 彼は、漫画「美味しんぼ」に登場する海原雄山のモデルとされています。書、陶芸、食とあらゆるものに通じ、一家言もっている。しかし、憎まれ口も叩き敵も多かったようです。

 先日読んだ、白洲正子の著書「ものを創る」にこうありました。

 結局、魯山人の芸術の特徴は、その素人的な所にあったと思います。素人というと、誤解を招くおそれがありますが、技巧におぼれず、物のはじめの姿というものを、大づかみにとらえていた。

 物を見る(うぶ)な眼と、職人の(熟練した)手というものは、中々両立しないものですが、その両方を備えていたといえましょう。 

 熟練した手は、ひたむきに取り組めば、近づける気がします。では、うぶな眼は。

 「うぶ」を辞書で引くとこうあります。 【初々しく世間慣れしていないさま。純情】

 熟練しているのに、慣れていない。やはり簡単ではありません。

 しかし、いつも進歩したいと思う。これならできそうな気がします。うぶなとは言わないまでも、新鮮な眼くらいは持てそうだと思うのです。

 眼の輝きとはよく言ったもの。死んだ魚の眼にはならないよう。



笑顔は人類共通だ‐1038‐

 国際機関の中で、カウンセリングをする日本人女性が居ました。

 言語も文化も異なる人たちへ、彼女が心掛けていたことは以下のようなことでした。

 全人種に共通すること、「人は幸せを求める」「いつか必ず死ぬ」などを見るようにしていた。

 記憶が少しあやふなのですが、こんな話を聞いたことがあります。湾岸戦争終結後、国連軍が治安維持部隊として現地に到着しました。

 つい先日までの戦争相手が「今日から平和維持のためにやって来た」といっても、現地の人は不安以外の何物でもありません。

 もし、排斥運動などがおこれば、再び死傷者が出るかもしれない。そんな時、指揮官は部下にこう指示しました。

 「笑え!笑顔は人類共通だ」

 笑顔と言えばOhana、Ohanaと言えば大爆笑です。

 昨年の11月、Ohanaの石井さんに家族写真を撮って貰いましたが、その時のメッセージ付きサービスカットがもう一枚ありました。

 2つの話は、共に当たり前のことで、誰でも知っていることです。しかし、それらを本当の意味で理解し、誰かのために活かせる人と、そうでない人が居るなら、どこに違いがあるのでしょう。

 カウンセラーの所には、本当に困った人が集まってくるはずです。戦争後の治安維持は、自分の命さえ危うい場面があるかもしれません。

 そんな真剣勝負の場に身を置き続け、現実と向かい合う覚悟があるのか。その一点に尽きるだと思います。

 「逃げるな!向き合え!」

 叱っても、怒っても、怒鳴っても仕事ができるようにはならない。分かってはいるが……

「人を残して上」とは、元東京市長、後藤新平の言葉。亡き祖母に誓った、最上級レベルの荒行に違いありません。

海賊と呼ばれた男‐1032‐

 2013年本屋大賞「海賊と呼ばれた男」。

 帯にはこうあります。

 こんなリーダーに仕えてみたい  人生を変えるかもしれない一冊

 出光興産の創業者、出光佐三の立身出世物語と言ってよいでしょう。

 作中では国岡鐵造となっています。彼が生きた明治、大正、戦前、戦中、戦後。

 通り一遍のサクセスストーリーではありませんでした。

 逆境に次ぐ逆境……

 海賊というモチーフは、物語の前半に出てきます。

 明治の終わり、これから石油の時代がくると感じた鐵造は、故郷近くの門司で独立。商売を始めます。

 消費者の為に、安価で質の良いものを届けたい。更なる販路拡大を模索していた鐵造は、対岸の下関にある大手水産会社に船の燃料を販売しようと考えます。

 しかし、国岡商店は門司での販売権をもっておらず、既得権益を持つライバル会社と戦うため、門司側の海上で売ることを考えつきます。

 朝早くから手漕ぎの船(伝馬船)で、軽油を売りまくる姿をみて、同業者は海賊と恐れたのです。

 物語のクライマックスは、日章丸事件。1953年、イラン政府は、油田の国有化を宣言します。

 油田を開発したのは、イギリス資本の大手石油会社、アングロ・イラニアン社でした。怒ったイギリス政府はイランを経済封鎖します。

 それまでの経緯を調査した国岡商店は、困窮するイラン国民を救うため、イギリスの軍事封鎖を突破し、自社のタンカー、日章丸でアマダンまで向かい、石油を積んで日本に戻ってくるのです。

 戦後、国際資本の大手石油会社(メジャー)が、利権をコントロールしようとする中、彼は日本の為に戦い続けました。

 正しいことを貫けば、真っ直ぐに、ぐんぐん成長して行ければ、これほど素晴らしいことはありません。しかし、現実はそう単純ではありません。

 蓮は泥の中にしか生きられないが、泥水に染まらない

 ある門前に掲げられていた言葉です。

 どんな困難やトラブルがあっても、また、仮に世の中が荒んだとしても、見事な成果を出す人は、必ずいるのです。

「永遠のゼロ」の項でも書きましたが、百田尚樹が描きたいのは常に人間讃歌だと思うのです。

 国岡家には、3つの柱がありました。

 「一生懸命働くこと」 「質素であること」 「人のために尽くすこと」

 帯にあったようなリーダーになる為には、辛酸をなめつくすしかないのだと思います。

 「勤勉」 「質素」 「人のために尽くす」 を、我が家の家訓に加えました。

得意は好きの近くに‐1030‐

■■■「遠里小野の家」オープンハウス開催■■■
1月26日(日)10:00am~4:00pm

 先月のことですが、滋賀県の大津プリンスホテルへ行っていました。

 すぐ前は琵琶湖。北に望む比良山はうっすらと雪が積もっていました。

 そんな中で釣りをする若者がひとり。

 釣りが趣味でない人なら「こんな寒い中……」となりますが、惚れて通えば千里も一里。

 本人は、ワクワクしながら家を出てきたはず。(想像ですが)それを見た私も、釣りをしたいなあ、と思うのです。

 中々釣れない寒い冬。ボート派の私は、春からのハイシーズンに備え、湖底を調査していました。

 魚群探知機は、湖底の硬さに呼応し、色が変わります。その画像を見ながら「底は石だな」とか「柔らかい、複雑なもの……オダか沈潜が沈んでいるな」と想像します。

 オダとは木の枝をまとめて沈めたもの、沈潜は古い木造船を沈めたもの。共に、漁師が魚の産卵場所にと沈めたものです。ここには当然魚が集まり、コンディションの良い魚が釣れるのです。

 得意は好きの近くにある

 誰に教えて貰ったのか忘れましたが、今まで何度も口にしてきました。得意かと聞かれれば口ごもりますが、好きかは即答できます。これを子供に、スタッフに繰り返し伝えます。

 頑張れば更に結果が出て、より好きになる。成長のスパイラルに突入すれば、もう誰にも止められないのです……となれば最高なのですが、現実は少しだけ複雑です。

 その複雑さの正体とは。理論を骨格とするなら、現実は様々な事象が肉付けされています。その骨格が見れるかだと思っているのです。

必ず言おう‐1028‐

 昨日は「銀座ギャラリー」の打合せでした。
1日かけて芝公園、銀座とまわり、その足で丸の内へ。

 

 バカラショップが経営するバーがなかなかいいと聞いていたのです。

 流石は丸の内。洗練されたオフィス街です。

 通りのライトアップは、色が使われておらず、かえって新鮮さを感じます。

 「星の王子さま」の作者、サン・テグジュペリはこう言っています。
『完全』とは、すべてを脱ぎ去り、ありのままの姿に戻ったとき、つまり、加えるべきものがなくなったときにではなく、取り去るものがなくなったときに達成されるのである。

 デザインとは飾るものではない。痛感する場面がよくあります。

 B barで軽く一杯やって、そのまま新宿へ。金額のほうもなかなかでしたが、それに値する空間ではあると思います。


 昨晩は、高校の同級生が集まっての新年会でした。

 関東での暮らしが長いという友人がほとんど。

 2件目は、初めてゴールデン街へ行きました。

 このドヤ街感がたまりません。


フラッと入ったのは、B級ホラーをテーマにしている店。

 これも同級生だからこそ。

 好きなことを言い合い、遅くまで飲んでいたのです。

 クライアントへも、出来る限り気を使わず、何でも言って欲しいと伝えています。

 今度、オープンハウスをする「遠里小野の家」のクライアントから、以下のようなメールを貰いました。

この度は御愁傷さまです。

 介護や医療で携わっている人間としての考えかもしれませんが、医学の発展により人間が楽には死ねない時代に突入している中で眠る様に息を引き取ることは凄く幸せなことだと感じています。

 守谷様の祖母が亡くなったのに幸せと表現するのは不適切かもしれませんが、大半の高齢者の方々が望んでいても眠る様に息を引き取ることができる人は一握りだと経験上そう感じています。

 人生の最後に家族の不安を募らすことなく旅立たれたのは守谷様の祖母の優しさなのかなと痛感しております。

 いつも思ったことを、率直に伝えてくれる人ですが、有難いと思うと同時に、我がことのように嬉しく思います。

 他にも、元気が出たというメッセージもいくつか貰いました。そのメッセージを見て、今度は自分が元気になります。

 折角思ったこと、感じたことは、必ず言おうと思います。それが、プラスのスパイラルを生むのだと感じるのです。

諸君!‐1027‐

 水溜りに氷が張っていると、嬉しくなるのは何故でしょう。

 寒いのが好き、という訳ではないのですが、どうせなら冬は寒いほうがシャキッとします。

 

 「遠里小野の家」へ向かう際、阿倍野で乗り換えます。
ハルカスを背に、1両のチンチン電車が颯爽と登場。ホームは60cmあるなしでしょうか。
 
 強風にあおられれば、電車に接触しないかと、不安になるほど。
下手なアトラクションより、よほど迫力があります。


 途中、住吉大社を通過。
 日本一辛いおみくじを、毎年楽しみにしていました。
 今年は祖母が亡くなったのでお預けですが。


 大学時代の先輩宅で、新年会がありました。

 お酒も入り、好きなことを言い合い、なかなかに盛り上がりました。

 さて、そんな仲間が、どれほどいるのだろうと考えます。

 今日は成人式。

 金曜日、産経新聞夕刊に、山口瞳のエッセイが紹介されていました。

 山口瞳と言えば、開高健、柳原良平と続く寿屋(現・サントリー)広告宣伝部の系譜を引き継いだ、由緒正しき作家です。エッセイの他、小説「血族」も傑作でした。

 以下が、1978年から毎年掲載された新聞『広告』と聞けば、痛快以外の言葉が見当たりません。
今日から酒が飲めるようになったと思ったら大間違いだ。諸君は、今日から酒を飲むことについて勉強する資格を得ただけなのだ。仮免許なのだ。

 本当に酒の味がわかるのは、苦しみつつ、なお働いた人たちだけなんだ。

 そして。

 諸君!この人生大変なんだ

 「諸君」は一時代前の言葉です。しかし、人事ではない愛情も感じます。また、新聞の1面にエッセイを書く記者の、見聞の広さ、引用の多様さに、只々感心するのですが。

 最後は私のセレクトです。敬愛する、の開高健の言葉から。

 ええか、男はナ、自分の財布で飲むんヤ。それでなければ身につかへんのヤ。男になりたければ、そうするんやデ。上を見て生き、下を見て暮らさないかん。そういうこっちゃ。