梅雨の期間は

 6月に入って一週間。湿度はやや高いものの、良い天気です。近畿地方の梅雨は6月8日から7月19日が例年。今年の梅雨入りはやや遅めになるのかもしれません。

 アジサイはそろそろ盛期です。やはり、青から紫にかけてが一番多いでしょうか。

 まだ蕾でしたが、白いのも見かけました。

 ピンクもいいなと思い撮ったのですが、良く見ると葉っぱの形がちょっと違います。花はアジサイのようにも見えますが。

 梅雨は大切なものと言え、ジメジメが好きな人は居ないでしょう。雨の日は湿度が上がりますが、室内より屋外のほうが低い事がほとんどです。

 雨の日でも換気は湿気を下げることになるのです。これからのちょっと豆知識でした。

Tと Spoon cafe

 大学時代の後輩が、昨日結婚しました。披露パーティーはライブハウスで催され、新郎は歌います。彼は私にとって、独立してから3番目のクライアントでもるのです。

 ’96年の夏に私はアトリエmを設立しました。なんとか一軒目の家を建て終えたのが’97年の秋。2つ目は長野県の山小屋の改修。’98年の春先、3つ目の仕事として、西宮にあるカフェの改修計画が始まりました。

 10年前は”カフェ”より”喫茶店”のほうが通り良かったと思います。改修前の店も、ファーストフード店、パン屋さん、喫茶店を合わせたような店でした。後輩のTは、ある企業に就職していましたが、家業であるその店をテコ入れする為、呼び戻されます。彼は現場責任者として、旧店舗で頑張り実績を上げますが、この先は店をリニューアルするしか無いと考えるに至ります。そして私に声を掛けてくれたのです。

 飲食店を設計した経験は無かったのですが”お客さんの幸せ”と”もてなす側の幸せ”とは何か自分なりに模索しました。2人とも若かったので、理想のカフェ像を熱く語り合い、色んな店を見に行き、新店舗の計画を詰めて行きました。

 彼はその頃からカフェ、サロン、バー(バール)の概念を理解していました。最終的には食べ物と空間を売るんだから、真面目に本物を目指すしかないと言う結論に至ります。本物の紅茶(フレーバーティー)、本物のコーヒーとエスプレッソ、本物の空間。厳しい予算でしたが、安価であっても”嘘や見栄のない”素材を追求しました。お皿、店内に置く雑誌、ユニフォーム、スプーン、ゴミ箱などなど、想像できる限りコンセプトに合うのか検証しました。そしてスタッフが愛し、プライドを持って働けるカフェを目指したのです。

 カフェではあるが料理も本物を提供したい。その軸になるものを考えていたTが”東京の広尾に、ハンバーガーを1000円で売っている店がある。お客さんの半分は領事館に勤める外国人だが、凄く繁盛している”と。時にチェーン店はハンバーガーを60円で売っていた時代です。早速2人で見に行きました。

 広くは無い店内でしたが、確かに流行っています。体の大きな外国人が、大きなハンバーガーを頬張っているのです。私も人気のアボガドバーガーを頼みました。分厚いパテ(ハンバーグの事)の上にタルタルソースの掛かったアボガドを、芳ばしく焼けた大きなバンズ(パンの事)が挟んでいます。これがもう、美味しくて、美味しくて。しかも大人の男性が昼食として十分満足出来るボリューム。帰りの新幹線で、”これを軸に据えれば、関西のカフェが変わるんじゃないか”とか、興奮しながら話していたのです。

 早速、スタッフの人が試作品を作りますが、上手く行かないのです。薄いパテなら鉄板で焼けるのですが、肉汁が溢れるような分厚いパテは、中まで火が通らない。そう言えば広尾のお店は炭火で焼いていました。炭からでる遠赤外線が無いと上手く焼けないようなのです。

 設計の過程でも、数え切れない程問題は起こりましたが、何とか工事も終え、オープンを向かえたのが’98年の冬でした。こうして、入口正面に炭焼きコーナーのあるカフェが誕生しました。初日、2日目くらいまでは、炭火のコントロールをスタッフが練習する時間が無く、私が店で焼いていました。そのお陰で、一人目のお客さんが入って来る所に立ち会えました。その光景と喜びは、今でもはっきり覚えています。

 店が軌道にのった現在、Tは店を離れ新しい事業を立ち上げました。そして結婚。心から祝福します。そして、全力でぶつかれる場を与えてくれた事に感謝し、Spoon cafeを誇りに思っている事も合わせて記しておきます。

 随分長くなってしまいましたが、Tと Spoon cafeの思い出を書きました。実は昨日、急にスピーチを求められたのです。思い出は書いた以上にあるので、話が長くなり始め……途中でまとめに入ったのですが。いやはやスピーチって本当に難しい。

鬼門のお話

 建築、特に家を設計する際には、いろんな制約があります。鬼門もその一種と言えますが、やや趣を異にします。

 こだわるか、こだわらないかを別にしても、解釈が一通りでないのです。概ね”北東を鬼門、南西を裏鬼門とし、玄関や水廻りを避ける”というものですが、起源の諸説をいくつか上げてみます。

1-古代中国の家創りの知恵で、黄河中流域から見て、北東から攻めてくる匈奴に代表される遊牧民、南西から吹く強い季節風を防ぐ為、玄関を設けない。
2-中国では、地域によって違いがあるもの、北東と南西の風が多く、カマドの火の粉が家の中に入らないよう、台所を設けない。
3-北東は日当たりが悪く湿気がこもりやすい。南西は日当たりが良すぎるので水や食べ物が痛み易いので、水廻りを設けない。
4-風水学に基づいて。

 4は学問なので取り上げるのは止めますが、世間で言われる事は、中国から伝わったものと、生活からの知恵が入り混じったものと言えるでしょう。

 関西ではこだわる人が多いそうで、建売住宅でも、北東に玄関とトイレを作らないのは定石のようです。”大阪城には北東にトイレがあったから、太閤さまは早くに亡くなった”とか言う話は会話として聞いた事があります。
 
 実際に家の設計をする際、仮に北東と南西に向かって45度の範囲とすれば、全体の1/4が凶となってしまいます。これが二世帯住宅等にになると、もう大変なのです。気にする方に対しては、出来る限り工夫しますが、実際問題として、鬼門封じに頼ることもあるのです。ちなみに、京都の北東に比叡山延暦寺があるのも鬼門除けと言われています。

 その鬼門除けですが、これもまた諸説様々。家の場合それぞれに社を作る訳にはいきませんから、その方向に植物を植える。それも中国の故事にちなんで桃の木とか、”難を転じる”のでナンテンとか。魔よけに柊やザクロなどと言うのも聞いた事があります。また白は清浄を表すので白い玉砂利を敷いたり、清めの盛り塩をしたり。

 起源まで立ち返ると、台風などで家が吹き飛ばない(当たり前)ようにし、水廻りに対しては、風通しを良く、光の入りすぎをコントロールすれば良いはずですが、何より住まい手の不安を残さないようにしなければなりません。

 絶対の正解がないのは、それはそれで難しい事と言えます。これは家創り全体にも言えるのですが。

海の近い友人宅にて

 JR環状線の西九条駅から、ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)に向かって伸びるのがゆめ咲線。

 スパイダーマンのペイントが気分を盛り上げますが、私達が向かうのはUSJではありません。

 妻の友人宅に呼んで貰ったのです。奥さん同士は20年来の友人。4歳と1歳の姉妹がいるので、ウチの子供は大はしゃぎでした。特にお姉ちゃんを追い掛け回していました。ちょっと嫌がられる程……

 すっかりご馳走になってしまいました。夫婦とも”飲む”だけあって、ビールのすすむおつまみが次々と。始めは枝豆と鮎の塩焼きから。

 海から吹く初夏の風を感じて、薄暮のうちからビールを飲む。もう何にも替え難い幸せ。

紀州そば

 先日、和歌山市に住む妻の妹一家を訪ねました。市内で税理士事務所を営んでいて、税務面でお世話になっているのです。昼時になったので、近くのそば屋さんを教えてもらいました。

 市街地の中心にある和歌城。

 1585年に紀州を平定した豊臣秀吉が弟の秀長に命じ、担当したのが築城の名人藤堂高虎(とうどうたかとら)。

 江戸時代には徳川家康の第10子・頼宣(よりのぶ)が入城し、以来、水戸・尾張と並び、徳川御三家のひとつとして、長い歴史を刻んできました。-和歌山市のwebサイトより抜粋-

 車から見ていても、緑が豊かでいつか訪ねてみたいと思う景色です。天守閣を北に見て東へ行くと、お堀が切れてすぐの所にお店は有ります。

 ”紀州そば 五代”

 お昼のセットはチラシ寿司と2種類のざるそばがついて850円。私はそばを大盛りにして1050円。特に白いほうのそばは香り、のど越しとも抜群でした。つゆはちょっと甘め。

 ただ、食器がプラスチックだったのは、味からすると残念なところです。団体客も受け入れるようですが、お客は細かい所まで気になるものなのです。

 経営者らしき人がいたので”美味しかったです”とだけ伝えました。それで良かったのか悪かったのか……。しかし美味しいと思った時は必ず伝えるようにしています。

甲子園

 関西で人気の球団と言えば、もちろん阪神タイガース。日曜日は西宮市にある甲子園球場に行っていました。

 天気も良く天然芝の緑も鮮やか。4万8千人、満員の観客が見守る中2:00pmに試合開始です。

 席は一塁側アルプススタンドの一番前。友人が招待してくれました。一家3人はもちろんユニフォーム姿で臨戦態勢。ライトスタンドではこれが正装です。

 ファン期待を一心に背負うのは”アニキ”こと金本選手ですが、この日は不発。試合は、6番、林のタイムリーヒットによる一点を守り抜き、阪神の勝利。

 名物の甲子園カレー(500円)を食べ、ビール(600円)を飲み、ジェット風船(200円)を飛ばし、六甲おろしも歌い、球場の雰囲気を満喫して帰ってきました。

 日本のプロ野球もメジャーリーグも、野球は大好きです。ただ、特に阪神ファンと言う訳では無いのが、友人には物足りなかったと思いますが。

MONSTER

 久し振りに漫画を読みました。10年振りくらいでしょうか。タイトルは浦沢直樹の『MONSTER』。『YAWARA!』『MASTERキートン』等が代表作のようです。

『MONSTER』はビッグコミックオリジナルに1994年から2001年まで掲載された浦沢直樹の本格ミステリ漫画。単行本は全18巻が出版され、累計2000万部以上を売り上げた。『ウィキペディア(Wikipedia)』より

 あるテレビ番組で、作者が語る姿を見ました。何と言うか、創り手のミステリアスな部分と、正面から取り組んでいる苦悩が、ビリビリ伝わって来たのです。
 これは読んでみようと、本屋に行くと1冊509円。全18巻揃えると9千円ちょっとになるので古本にしました。値段は1冊50円~350円とバラバラ。読み始めると”恐ろしくも先を知りたい”という感じで、完読するのに一週間は掛かりませんでした。

story 1986年、西ドイツの病院に頭を銃で撃たれた少年が搬送されてくる。日本人外科医のDr.テンマは天才的な腕で双子の兄だった彼の命を救う。10年後、次から次へと起こる奇怪な殺人事件が、その少年と繋がっている事が分かってくる。東西冷戦時代のひずみが生み落とした怪物をDr.テンマ、双子の妹、様々な人物が追う……。

 私のイメージにある漫画とは全く異なる物でした。ストーリーには伏線が張り巡らされ、複雑に絡み合ってきます。登場人物の描写も緻密で個性豊か。残酷な暴力シーンも多く有りますが、展開に過剰な演出はありません。言うなれば、映画の面白さを、小説の長さで体感したよう。単純にスカッと、と言う話ではありませんが、2千部売れた事は十分頷けます。迫力があるのです。
 漫画、映画に関わらず宮崎駿をはじめとする”ジャパニメーション”は海外でも評価を受け、価値の高い輸出品でもあります。多くの才能が、チャンスを掴みにくい小説家などから、漫画家へ流れていると聞いた事もあります。
 
 漫画(アニメ)は日本の文化だと思います。しかし、電車の中ではそれを開け辛い気もします。これは世代の問題なのでしょうか。それとも漫画に対するに認識が古いのでしょうか……。
 これだけ面白いと、若い世代が文字の羅列から離れて行くのは解る気がします。しかし私は文字党。

釣りの好き嫌い

 週末は、奈良県の山上湖に行っていました。大阪からは桜で有名な吉野村を経由し、国道169号線を南下すること60km。2時間半くらいの道程です。

 奈良県下北山村にある池原ダム湖は、大台ケ原水系の上流域にあり、水は澄み、緑の深い湖です。

 ここで釣りをするのを、一番の楽しみにしているのですが、訪れるのは一年振りになりました。

 この日はポカポカ陽気で、湖に浮いていると眠たくなってきます。朝が早かった事もあり、船上で都合3時間も昼寝していました。なので釣果のほうは1匹で、夕方を向かえてしまいました。

 釣りの好きな人、嫌いな人、興味の無い人と分けたとします。嫌いな人の問いに、こういうのが有ります。”よくのんびり待ってられるナ”。

 釣り好きからすれば、これは違います。”今、魚がルアー(エサ)を見ているかも。今、喰いつこうとしているかも”という時間の連続なので、のんびり待っているのでは無いのです。むしろずっとワクワクしているのです。まあ妄想ですが。

 とは言え、釣り好きにも限界はあり、本当に延々と釣れない時は、大自然に抱かれて昼寝します。

連休後半 南紀よいとこ その2

 前回の5/7(月)の続きです。

 ゴールデンウィークも最終日の5/6(日)は南紀白浜アドベンチャーワールドへ。

 生憎の雨でしたが、前回も参加した開園前のイベント、ワイルドキングダム探検隊に参加しました。今回はふれあいコース。

 初めはリスザルとのふれあい。肩や腕に乗ってくるのですが、ウチの子供は固まっていました。

 はたと見ると飼育スタッフの手には無数の絆創膏が……親としては不安が残る所です。

 園内では昨年末に生れた、パンダの赤ちゃんが一番の人気者。双子がじゃれあう姿は、なんとも愛らしいのです。

 この後、お父さんパンダへリンゴをあげにバックヤードへ。このツアーは多分外れなしです。

 早朝ツアーが終わると、開園時間の9:00am。まずはアシカショーへ。コミカルな芝居仕立てで、結構笑わせて貰いました。

 しかし一番感激したのは、ボス役のアシカ君。客前に出ること20年!もうベテラン芸人の域なのです。

 続いて、イルカショーの会場へ。オープニングからいきなり惹きこまれました。

 荘厳な音楽と共にスモークが焚かれると、その中から人の上半身が滑るように移動してくるのです。

 スモークが晴れると、イルカに乗っていたのが分かります。ショーはイルカがジャンプしたり輪をくぐったり。

 極めつけはシッポで水面の上を立って走るのです。想像出来るでしょうか?

 コロッセウムのような会場の海を望む開放感。音楽やマルチビジョンでの演出。最後の一斉ジャンプの迫力と、言葉では伝え難い事ばかりです。機会があれば、是非ライブで見られる事をお勧めします。

 祭りの後のような余韻に浸りながら考えていました。

 子供ができ、動物園に行くようになりました。それぞれに可愛いとは思いますが、柵の中で暮らすことはやはり人の都合で、良い事とは思いません。

 ただ、イルカの1頭は開園した29年前からショーに出ているそうです。勿論、海で暮らすのが一番ですが、一緒に出演するスタッフは、この時期でも冷たいであろう水中へ入り、素手でイルカを撫でていました。それはショーの合間も、ショーが終わってからも。その姿は愛情に溢れ、人同士でもなかなか無いような濃密な関係に見えたのです。

 芸を見せるという感じではなく、イルカと人が何処まで分かり合えるかを見せて貰ったような……。上手く言えませんが、凄く良いものを見れた気がしました。こんな姿が子供に見て貰いたいものなのかな、とも。

 近頃、事務所を始めての11年間。いろいろ有ったなと、思っていたのですが、恥ずかしくなりました。アシカ20年、イルカ29年。どんな年月も日々の積み重ね以外にはありません。コツコツ頑張ろうと思います。やっぱり良いものを見せて貰いました。

 随分長くなってしまったので、南紀の良さについてはまたの機会に。

 ついでに豆知識-スタッフにパンダについて教えて貰いました。パンダは元々肉食だったそうです。しかし200万年前の氷河期を生き延びる為、中国北部に豊富だった笹を食べるようになります。

 当時からほとんど進化しておらず生きた化石だとか。あの色合いは、岩と雪の保護色で、目の周りが黒いのは急所を分かり難くする為。あの模様は必然だった訳です。大分謎が解けました。

連休後半 南紀よいとこ その1

 ついにゴールデンウィークも終わりました。私達は4日から6日の金、土、日を、和歌山の南紀田辺で過ごしました。4日も渋滞の予想が出ていたので、朝の5時過ぎに大阪を出発。阪和道、国道42号線を南下すること155km。7時には田辺市に入りました。

 天気は晴れ。朝食を外で食べるのに、扇ヶ浜と言う砂浜に出ました。砂はきめ細やかで、まずは裸足で散歩。子供の好奇心は際限ないので、波打ち際を何十往復もする事に。


 

 

 

 今回は家族と過ごす時間を最優先、と思っていたのですが、海を前にすると……。妻に”ちょっと見といて”と、釣りの準備を始めました。なんとかキスとチャリコ(マダイの子供)を1匹ずつ。

 昼過ぎにはホテルに到着。2日間泊まる部屋は16階で、眺めは最高です。遠くに見えるのは白浜の温泉街。眼下には、潮が引くと田辺湾特有のなだらかな礒が現れます。

 夕方には、子供を連れて前の礒へ。潮溜まりにいるヤドカリを取っては放り投げたり、カラス貝をむしったり、ご機嫌で遊んでいました。

 初めのうちは賢く遊んでいたのですが、一旦靴が濡れるとバシャバシャと水遊びを始めました。ズボンも脱がせると機嫌は最高調で、延々と水を踏みつけていました。

 5日(土)はホテルでゆっくり過ごして、翌6日(日)は前回の3月に続いて南紀白浜アドベンチャーワールドへ。

 あいにくの雨だったのですが、パンダの赤ちゃん、アシカショー、イルカショーと断然上回る楽しさでした。

 それを書くつもりが、話が長くなったので続きは木曜日に。今日も気持ちの良い朝になりました。今から切り替えて仕事、仕事。

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