「営業マンは断ることを覚えなさい」という本が、ベストセラーになりました。
発売は2003年となっているので、もう7、8年前のこと。その作者、石原明氏はこうも言っています。
『知識は勇気を補完する』
人はだれしも弱いもの。しかし知らないという事は、更に心を迷わせます。不安な状態で良い決断が出来ないのは当然です。
鋼のような精神力を持っている人は別ですが、そうで無い人はどうすれば良いか。その答えが、前述したものだと思うのです。
昨年、日本建築家協会に入会したのですが、住宅部会というワーキンググループにも入りました。
部会員の2人が世話人となり、月に一回、例会を主催します。
その世話人会は本町の綿業会館で開かれます。
綿業会館は渡辺節の設計で、当時所員であった村野藤吾が担当していました。
重要文化財に指定されている近代建築も、見ると使うでは全く愛着が変わってきます。
先週土曜日の例会は、住宅の見学会でした。石井修設計の目神山の家1-回帰草庵-を見ることができたのです。
4年前に85歳で亡くなられた、巨匠の自宅は西宮市の山手にあります。
現在もご親族が住まれ、写真の掲載は控えますが、何度も住宅雑誌で見たその居間に入った光景は、やはり鮮烈でした。
急な斜面にある敷地を友人と分け、ほぼ同時期に目神山の家1と2が建ったそうです。1の回帰草庵は低い方の敷地にあり、エントランスから、更に急な階段を下りていくと、まずRC造の棟があります。
屋根に草が生えており、森の中に隠されるように建っているのですが、そこから内部に入ると、中庭を挟んで木造棟へ続く階段があり、下りて行くとそのリビングがあるのです。
多くの開口がありますが、この時期の木々は鬱蒼としています。まず初めの印象は「暗い」でした。
目が慣れくると、好んで使ったというキシラデコールのパリサンダで塗られた壁の赤みが、だんだんと浮かび上がってきます。正面には暖炉、天井からは直径2mはある、和紙の照明が吊り下げられています。
簡素な山荘という趣にも関わらず、艶っぽい幽玄の世界が広がっているのです。
出来上がって35年。ご子息が案内してくれましたが、RC造部より、木造部の方が改修箇所が少ないというのも印象に残りました。
建築史に残る住宅を見たとき、まず浮かんだのが「本物」という言葉。敷地の変更を最小限にとどめ、自然の中で暮らすのを良しとした設計者、石井修の強い意思を感じます。
深く考えられ、素材の魅力を引出し、洗練されたディティールによって建築、空間は成り立っているのですが、全く手が届かないものではないとも思えました。勿論それには、研鑽に継ぐ研鑽が必要なのですが、未知の次元ではないと感じたのです。
知る、経験する、頭を打つ。自らの成長に繋がるなら、何にも代えがたい喜び。ちょっと立ち止まってしまった時、知識は勇気を補完すると唱えてみるのです。