カテゴリー別アーカイブ: 09 家族・私

バカであれ‐1083‐

 休日は、ほぼ野外にいます。

 広い湖で、無心にキャストを繰り返すその時間が何より好きです。

 中学2年生のとき、初めて子供だけでキャンプへ行きました。テントと釣り道具を持ち、電車で淡路島の生穂へ。

 夜はすることがなく、友人と背中合わせで星空を見ていました。

 流れ星を待つだけで、飽きることがありませんでした。

 パートナーは子供に変わりましたが、している事は全く同じ。

 奈良の山中で、こぼれんばかりの星をみて、そんな事を思い出していました。

 長男だけでなく、娘も時々連れて行きます。

 娘は立ち姿がピタッときまります。

 おそらく筋がいいのだと思います。結果も出しますし。

 今日、44歳になりました。

 先が見えない20代。「見えた」と思ったら、転がるように過ぎていった30代。

 そして不惑を越えてはや4年。時の流れは加速する一方。

 建築家という仕事を選び、これまで生きてきました。

 その建築家を紹介したり、マッチングするビジネスモデルが沢山あります。

 我々建築家はそれらを介して仕事をした際、紹介料、広告費などを設計料の1割程度を支払うというのが一般的です。「ビジネス」なので、これは理解できます。

 この2月、仕事を成立させるために何らかの条件を付加される、紹介料等を払わねばならないサービス、システム等の全てから退会しました。

 この数年、安定したオファー、規模拡大などの言葉に惑わされていたのかもしれません。

 翻って、紹介料を払ったとしても、心から感謝して貰えるなら、出来ない事はありません。

 システムやビジネスモデルを生み出した人は成功者です。しかし、人への感謝を希薄にし、利益を集めるマシンにならぬよう、血を通わさなければ、真の成功者とは言えないではないか。そう思うようになりました。

 ジョブスは言いました。

 君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きている暇などない。 ハングリーであれ、バカであれ。

 選択とは他の可能性を捨てること。直接のオファー以外、全ての可能性を捨てました。

 納得できないことに割く時間はありません。今年も熱い夏になりそうです。

ややタイト‐1075‐

 今年の2月、娘と海老江の下水道科学館へ行きました。

 長男も行ってみたいと言いだしました。

 昨日、長男は2:30pmからサッカーの練習。

 しかし下水道科学館だけでは私がつまらない。

 此花区、半日ツアーを組んでみました。8:30am 平野を出発。

 9:10am 下水道科学館に到着。


 9:30am 入館。

 11:15am 舞洲へ移動。

 ゴミ焼却施設見学。(車から)

※ フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー設計。
キッズプラザ大阪「こどもの街」も同氏のデザイン。

 11:45am 舞洲バーベキューガーデン到着。

 昼食。

 バッタ捕り。

 1:45pm 舞洲発。

 2:20pm 夢咲トンネル(土日無料)経由、平野着。予定との誤差5分内。ぴたっとはまりました。

 スケジュールを組んだ者にとって、至福の瞬間です。

 下水道科学館は無料なのに、展示、アトラクションとも素晴らしい館です。

 舞洲バーベキューガーデンは初めてですが「手ぶら」をうたっているだけあって、非常に手軽。1人2500円くらいですが、アルコールを飲めば5000円くらいでしょうか。

 休みの日に、無理をする必要はありませんが、ややタイトが習慣になっています。しかし、それには理由があります。

 鬱で苦しんでいた頃の休日。朝、出掛けようか、出掛けまいか悩みます。そして後者を選択。

 夕方までぐずぐず過ごし、「ミナミの帝王」を再放送を観る。日暮れのメランコリーも重なり、後悔と自責の念に囚われるのです。竹内力には何の恨みも無いのですが、この映画を以来観たことはありません。

 目標設定は3割り増し、予定は少々タイト。これが私の信条です。予定を終えただけなのに、達成感があるのです。

自分の名前が好き嫌い‐1062‐

 子供の頃、親へ名前の文句を言ったことがあります。

 「何でこんな名前なん?漢字が女の子みたいやん」と。

 親は「お祖父ちゃんが付けてくれた、とってもいい名前なんだ」と説明してくれました。長男の名前を考えるとき、漢字の謂れを調べ、今は祖父に感謝しています。

 時代は繰り返されるので、同じように子供から言われました。

 「何でこんな名前なん?友達に、ニン『ジン』ってからかわれるやん」と。

 「凄く考えて付けた名前で、いい名前なんだ。その意味は……」
んっ。前はスラスラと出てきたのに。

 「仁(じん)」は「人と人が出会って初めて湧き上がる、慈しみのこころ。愛情」という意味です。

 儒教では、人の常に守る道徳を五常と呼び、その中から選びました。

仁- 孔子の提唱した道徳観念。礼にもとずく自己抑制と、他者への思いやり。
 義- 利害をすてて条理にしたがい、人道・公共のためにつくすこと。
 礼- 社会の秩序を保つための、生活規範の総称。仁を行動に移したもの。
 智- 物事を理解し、是非・善悪を弁別する心の作用。
 信- 欺かないこと。言をたがえないこと。まこと。

 広辞苑で調べてみると、現代に欠けていないかを省みることになります。

 長男はすぐに友達を作ってきます。先週サッカーの合宿で、他校の生徒との相部屋でした。夜中の2時半まで遊んでいたそう。褒められたことか分かりませんが。

 非の無い名前などありません。良いところだけみればよいのです。

 しかし「名は体を表す」か、とも思います。ことわざの精度に驚かされるのは、40歳を過ぎてからなのかもしれません。

兄と妹‐1052‐

 下の娘が、小学校に上がりました。

 昨日からが、ランドセルでの登校。

 長男が4年生なので、3年間は同じ学校です。

 お調子者の兄。同じくお調子者で、かつ甘えん坊の妹。

 入学式には、かろうじて桜が残っていました。

 桜舞い散る入学式は、日本の風情。これ以上、温暖化が進まぬよう……

 当然ですが、どこに行く時も一緒。

 トリックアートの太陽公園では、恐竜の舌を。


 ピアノを習っており、時々2人で合奏します。

 スキー、スノボも。

 仲のよい兄妹ですが、もちろん喧嘩もします。

 伴侶は自分で選べても、親、兄妹は選べません。

 互いに敬意を持ち合い、成長し合えるような家族とは。

 「お父さんは自分の人生を精一杯生きた」と言えるよう、毎日を真剣に生きるしかありません。

 互いに1人しかいない兄と妹。いつもでも仲良くあって欲しいと願いながら。

ロバにはロバの‐1044‐

 昨日の最高気温は15℃。急に春めいてきました。

 一桁台から、一気に世界が変わります。

 スイセンが咲き始めています。

 美少年ナルシスは、水面に映る自分の姿恋焦がれ、そのまま花になりました。

 スイセンをナルシスと呼ぶ由来ですが、古代人の想像力には感服するほかありません。

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 昨年の春、クライアントのお子さんが、浪人すると聞きました。再チャレンジの今年。見事、関西の国立大学に合格したのです。

 初期のクライアントだったので、打ち合わせ当時、彼は2、3才でした。
あれから16年。会う機会はめっきり減りましたが、立派な青年になったんだなあと、感慨深いものがあります。

 希望大学に合格し、心から喜んだという経験が、私にはありません。それに値する努力をしていなかったからです。

 感慨深いと書きましたが、そんな悠長なことを言える立場でもありません。エリートをサラブレッドと呼ぶなら、当事務所などロバ軍団です。ロバの説明にはこうありました。

 体は頑丈で粗食・労役に耐える。

 若い頃の努力が足りていない分、少々の労苦には耐える覚悟です。ロバ軍団は前に進むほかないのです。

 しかし、本当の春を迎えた方々には、心からお祝い申し上げます。そして、尊敬します。やるべき事を、やるべき時にやる人が、最も素晴らしいのですから。

子を育て、孫を育て、ひ孫を育て‐1026‐

 1月5日の朝、祖母が亡くなったと母から聞きました。

 1923年、大正13年生まれ。90年の生涯でした。4人とも元気で長生きだった祖父母は、ついに居なくなりました。

 7日(火)の朝。家族で香川へ向かいました。

 晴れ渡る空に、生駒山から日が昇ろうとする瞬間。こんな時、一日一日がかけがえのないものだと、改めて認識します。

 まんのう町は香川県の南西部に位置します。

 こんぴらさんで知られる金刀比羅宮は、日本一の石段が有名です。像頭山の中腹から、船の神様が見下ろすこの地で、祖母は生まれました。

 地主の家系で、二男三女の末っ子。

 女学校を出て結婚するまで、百十四銀行に勤めていました。9歳年上の同郷の祖父と結婚。

 祖父は東京の大学を卒業し、戦後は通産省に勤めていました。

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 24歳で長女となる母を出産。3年後、叔父が生まれました。しかし祖父が肺結核を患い、昭和28年に郷里へ戻ります。

 結局祖父は肺を1つ切除することになります。

 家族4人が暮らす為、その分も祖母が働いたのです。母は寝ている姿を見たことがないと言う程、働き詰めの人生でした。

 葬儀場で「目に入れても痛くない、孫の世話をすることが、何より生きがいでした」と言うナレーションに、目頭が熱くなりました。

 初孫の私が生まれた時、祖母は47歳。本当に元気でした。子育てを終えた後は、5人の孫の世話。

 孫育てが終われば今度はひ孫。趣味などもなく、只々人の世話をするのが生きがいだったのです。

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 叔父によると、深夜2時には変わりなく、朝起こしに行くと冷たくなっていたそうです。眠るように、静かに息を引き取る。それは一つの理想です。

 誰もがそうありたいと思いますが、懸命に生きた人だけが許される最期だという気がします。

 手編みのチョッキ、卵入りの納豆、もち米から炊く赤飯。何故か、思い出すの日常の物ばかりです。大好きだったおばあちゃん、安らかに。

 「財を残して下、事業を残して中、人を残して上」とは元東京市長、後藤新平の言葉です。

  最上、と言って貰えるよう昌紀は懸命に働きます。

キャリアハイ‐1024‐

 新年あけましておめでとうございます。

 2014年1月2日。白浜に来ています。

 風こそ強いですが、青い空に澄んだ海。

 円月島が映えています。


 風が強いぶん、凧揚げにはもってこい。しかし、何とも縁起のよい遊びです。
 
 今年の目標は、湯川秀樹博士の言葉としました。

 一日生きることは、一歩進むことでありたい

 スポーツ選手には「キャリアハイ」という言葉が良く使われます。選手時代に残した、ピークの成績を指すもの。

 40歳を過ぎ、厄年も終え、間違いなく人生の折り返し点にさしかかっています。生涯現役でいたいですが、仕事のオファーがなければ、評価をして貰うことさえ出来ません。

 先日、あるクライアントから「脂の乗り切った」という表現をしてもらいました。違う意味の脂は不要ですが、有難い言葉です。ただ、謙遜では済まされない年代に入ったのは確か。間違いなくキャリアハイを目指さなければなりません。

 そのためには、日々前進あるのみ。そして、天まで届けと行きたいものです。

 2014年も宜しくお願い致します。

通知票‐1022‐

 「自分がするより緊張するわ~」などと言い出したら、おばちゃん化が進んだ証拠。

 そんな時「そんなわけないやろ~」と大木こだま風に突っ込むのが、一般的な関西人です。あくまで心の中で、ですが。

 娘がピアノを習っており、初めての発表会がありました。

 大きなホールの舞台に、娘が一人で入場。

 家でたどたどしく弾く姿を、時々見ていました。

 それだけに、他の子供が「何故こんなに上手なんだろう」と思えてくるものです。

 うちの子は大丈夫なんだろうか、と。

 今もっている力は、完全に出し切れたようです。

 課題の2曲を弾き終え、お辞儀をした時、ホッとしました。

 私はピアノを弾けませんが、自分が弾くより緊張しました。

 小3の長男は、通知表を貰ってきました。

 長男は本を良く読み、頭の回転も早い方だと思っています。

 しかし、これまでの成績は至って普通。

 ところが今回、今までで一番よい評価を貰っていました。

 「おしらせしたいことがら」という、先生からのメッセージ欄に、こうありました。

 体育の準備や体操を率先してやりとげることができました。課題意識をもって学習に参加し、深く掘り下げて考える姿はすばらしいです。

 深く掘り下げて考える姿はすばらしいです、の言葉に感激しました。これは、私の思う彼の長所のイメージと完全に一致します。本当によく、見て貰っているんだな、と。

 先生は今年新任でやってきた30歳半ばの男性。長男曰く、こんな場面があったそうです。クラスの誰かが悪いことをして、黙りこんでしまいました。その時、先生はこう言いました。

 「黙っていても、必ず一人は見てる。それは自分や」と。

 素晴らしい先生、師に巡り会うことは、本当に幸せなこと。直接の機会はなかなかありませんが、心から感謝しています。 

 長女は運動会でアンカーを務め、一番に。長男は骨折もありましたが、最後にご褒美を貰った感じです。親の評価ですが「大変よくできました」としておきます。

 さて自分自身は。次回、今年最後に書いてみたいと思います。

代われるものなら‐1017‐

 大阪はイチョウの多い街です。

扇形の葉は、日を受けるとまさに黄金の輝き。

 イチョウには、寒い朝が似合います。

 10月末に骨折した長男ですが、結局手術をしました。

 初めに処置してくれた医師が、非常に丁寧な人でした。

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 前腕の先端には成長軟骨という、重要な部分がある。

 その部分がずれると、成長に影響が出る可能性がある。

 よって、肘の上までの固定となりました。

 「私は手の専門ではないので、専門医に診て貰った方がいい」というアドバイスで、後日他の病院へ行くことに。

 結局「ずれ」が見つかり、ピンで骨を固定する手術が必要になりました。

 長男は、家に帰ってからも落ち込んだまま。「僕の腕なんか曲がったままでいいんや」と泣いています。何を言っても「手術はいや」の一点貼り。

 小学3年とは言え、本当に拒否すれば、手に負えないんだという事が、まず分りました。

 何とか納得して先月上旬に手術。

 先週ピンを抜く手術を終え、1ヵ月振りに包帯のない手に戻ったのです。

 手術が決まった時、私も人の親。

 「代われるものなら、代わってあげたい」という気持ちになりました。

 しかし、どんな困難も代わってあげることは出来ません。同様に、私も代わって貰うことは出来ません。

 現実はいつも1つで、全てを引き受けるしか、前に進む方法はないのです。

 失敗しても、命までは取られない。スタッフに、自分にそう声を掛けます。

ひまは文化の第一歩‐1006‐

 昨晩は、遅くなったので東京泊。

 朝一番の新幹線で帰ってきました。

 昨晩、妻から「長男が骨折した」とメールが来ていました。聞くと、ウンテイの上から落ちたとのこと。

 休み時間、ウンテイや登り棒の上で、遊んでいると聞いていました。登り棒の高さを知っているので、あの高さから落ちたら大変だなと思っていました。

 子供に包丁の使い方を教える時、小さい時なら、小さな怪我で済みます。大きくなってから切った方が、傷は深くなるはず。出来れば怪我などして欲しくありませんが、早くに折れて良かったのかもしれせん。

 荷物を置きに一旦家へ戻ると、長男がいました。

 あまりにも痛いので、今日は学校を休んでいるとのこと。その割には読書三昧で、すでに4冊読んだそうです。

 週4回の水泳と、習字にサッカー。習い事だけでも、中々のスケジュールです。たまにはゆっくりするのも良いでしょう。

 「ひまは文化の第一歩」という話があります。

 生きる為、狩猟採集に追われた時代から、定住、農耕へと暮らしは変化して行きます。農具も鉄器へと進化し、労働以外の時間が生れました。ひまこそが、文化的な営みの第一歩と言う考え方です。よって、暇つぶしをするなどもっての他なのです。

 怪我をしてクラブの練習を休んだ時。台風で学校が休みになった時。何故あんなに得をした気分のなるのでしょう。

 しかし、それも目まぐるしい日常があってこそ。本当のぐうたらにならぬよう、やはり早く治して貰わねば。