カテゴリー別アーカイブ: 02 ことば・本

苦しみが十分でない‐1025‐

 今日の大阪は快晴。

 隣の工場からはサンダーで何かを削る音が響いてきます。

 こんな音の中で暮らしてきましたが、これからもずっとそうなのだろと思います。

 本日が仕事始めです。

 年始は白浜で過ごしました。

 気温的には3、4度ですが、景色も含めて南国気分ではあります。そんな中、義妹から、甥っ子が骨折したと電話がありました。

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 昨日は、弟家族と実家に集まりました。

 長男に続いてですが、骨はいずれくっつきます。可哀そうではありますが、すべては今後の糧になるはず。頑張れ甥っ子。

 年末、撮っていたイチローの番組を観ました。

 僕の数字で言えば、4000という数字ではなく、8000と向き合ってきたという事実はある

 4000本安打を達成したあとのコメントですが、「8000」とは凡打に終わった打席の数のことです。その失敗と、誰よりも向き合ってきた、と彼は言いきりました。

 「はっきりと言えるのは、打つことに最終形はないということ。ぼんやりとした理想形があるだけ」

 「いつ辞めるのかと考えると、苦しみが十分でない。まだ苦しめる」

 そう言ってイチローは笑っていました。

 言葉がまっすぐで、野球を通し、人はここまで成長できるのかと感じます。喜びは、苦しみがあってこそ。その場に立っていなければ、味わえないものです。

 昨日、母方の祖母が亡くなったと連絡がありました。これで、4人の祖父母は全員亡くなりました。

 香川へ向かい、最も世話になった祖母の人生と向き合ってきます。

ゼロ‐1021‐

 グランフロントには、建築関係のショールームが集まっています。

 数年前までは本町に集中していたのが、あっと言う間に各社が移動してきました。

 土曜日、クライアントと訪れていたのですが、相変わらず凄い人出です。

 大階段には、922人のサンタクロースが並んでいました。

 明日はクリスマス・イブ。

 「言うこと聞けないと、サンタさんはやって来ないよ!」

 親子の攻防は寸前まで続きます。

 「海賊と呼ばれた男」は2013年の本屋大賞。

 映画化された「永遠のゼロ」はデビュー作にして380万部の売り上げ。21世紀の最高部数を記録した文庫本だそうです。

 作者、百田尚樹のデビューは50歳で、現在も探偵ナイトスクープの放送作家。

 発売すれば全てがヒット作。凄まじいと言ってよい活躍です。

 乗り遅れた感もあったのですが、ようやく読んでみました。

 「永遠のゼロ」のあらすじは以下のようなもの。

 フリーターの佐伯健太郎と駆け出しのライターである姉・慶子は、祖母が亡くなったあと、残された祖父から、自分は2人目の夫であると知らされる。

 姉弟の母は、1人目の夫、宮部久蔵の子で、彼はゼロ戦の搭乗員だった。終戦間際、特攻で戦死したことを知る。

 姉が終戦60周年記念のプロジェクトに協力することになり、残り少なくなった、祖父を知る人を訪ねるという企画を考え、取材を始めた。

 それらの人を訪ね歩くうち、祖父・宮部久蔵の実像が、徐々に浮かび上がってくる。最後に宮部久蔵と関わりのあった人が、自分たちの良く知る……

 証言者が変わる度に場面が変わり、全く飽きさせません。祖父の像が浮かび上がる度に、こちらもどんどん知りたくなって来ます。

 弟、姉も真実を知る度に(フィクションですが)、成長して行きます。また、多くの若者の人生が、この戦争によって断たれたという事実が、読者の胸に突きつけられるのです。

 今年の夏頃、筆者はこのように語っていました。

 父は市の職員で、水道管が破裂していないか、日がな街中を歩き回り、見付けては補修するという仕事だった。地味な仕事だったがそれを全うした。

 今、仕事がない、仕事がないと言うが、工場では外国人の労働者が働き、国へ送金をしている。どこに仕事がないのか、と。

 彼は、常に人間の素晴らしさを書きたいと言います。それを、父の背中から学んだのですが、本来はそれは当たり前の姿とも言えます。

 父として、リーダーとして、何ができているのか。自ずと力がはいります。

がっくりも憂鬱もまたよし‐1018‐

 昨日は現地調査へ行っていました。

 リノベーションは調査がすべて。何かを提案するには、建物を把握するところから始まります。

 遠くに臨むのはあべのハルカス。

 都心部であっても、ドラマティックな眺望はあるものです。

 ここは物干しとして使われている塔屋部。

 木が上へ伸びるように、密集地では建物も上、上へと光を求めることになります。

 折角手に入れた光と景色を、物干しにだけ使うのはもったいないので、何らかの仕掛けを考えたいと思っているのです。

 昨日、このようなメルマガが届きました。

 成長の姿に「憂鬱」があることを知ってますか?

 素晴らしい話を聞いた後に「よし!やるぞ!」と勇気が湧いてくるというのでなく、どちらかと言うと、「がっくりした」「憂鬱」になったという姿です。

 私は、こちらのほうが「成長する」ということにおいて本物のような気がします。

 なぜ、「憂鬱」になるのか、私にもよく分かりません・・・・きっと、本気でやろうと思っている人が、本気でやるということの凄さを実感して、立ちすくむようなものではないでしょうか?

 まあまあ、やってたつもりが、全然出来ていないことが話を聞いて明確になり、嫌になってしまうようなものではないでしょうか?

 これから自分が進むべき道を想像し「えらいこっちゃ!」という思いが、自分でも気が付かない心の底から湧きあがってくるようなものではないでしょうか?

 もし、あなたが本当に成長をすると決め、真剣に歩んでいるとするならばきっとこの「がっくり」「憂鬱」体験をしているはずです。

 「がっくり」「憂鬱」体験は、悪いことではありません。

 あなたが本当に成長することを裏付けてくれているのです。

始道塾 塾長 恩田多賀雄

 この日記もそうですが、意識的にネガティブな単語は避けきました。憂や鬱はその代表格。

 しかし、恩田さんの言葉は、すっと心に入ってきます。「がっくり」も「憂鬱」もまたよしです。
 
 悪いイメージに引っ張られる事と、ウェイークポイントを認識することは全く違うもの。しかし、紙一重の存在とも言えそうです。

サービス精神だけは忘れずに‐1015‐

 11月の中旬、「Ohana」へ家族写真を撮りに行きました。

 この時期のスタジオは、七五三の撮影もあり繁忙期もピークを迎えています。事情は分かっているので、出来れば年末までに貰えれば、と伝えていました。

 カメラマンの石井さんから連絡があり「会があるので、久し振りに食事でもどうですか」と。私は打合せがあるので「もし遅くまで続いていたら寄せて貰います」と返しました。

 「絶対来るなら、写真を何とか仕上げて行きますが」と。思わず笑ってしまいましたが「じゃあ、伺います」と返信しました。

 写真を持って帰ると、子供達は大喜びし、大爆笑していました。

 サービスカットが入っていたのです。

 カメラマンが映っている写真はなかなか。これは、勿論石井さんがシャッターを切っていません。

 そのチームワークも含めて、お見事です。

 ダウンタウンの松本人志は「仕事というのは、サービス精神を忘れたらおしまい」と言っていました。
 
 彼がそう言うなら、私達はサービス精神の塊で、丁度良いくらいでしょうか。

 ついに師走にはいりました。今年一年の総決算です。

 どんな時でもそうですが、事務所としも正念場。

「今日という1日が、人生の全てを決める」とスタッフを、私自身を、鼓舞します。悔いのないよう、全身全霊を込めてあらゆる判断をしたいと思います。

 そして、サービス精神だけは忘れずに。

人の為とかいて‐1008‐

 先週の金曜日、滋賀の現場へ行っていました。

 既存建物の解体も終盤。間もなく工事が始まります。

 敷地は緑豊かで、環境には非常に恵まれています。

 「イノシシが出るくらいなので恵まれすぎ」とはクライアントの弁。


敷地内に、皮が剥がされた樹がありました。

 「伊勢神宮へ奉納するために、使わせて貰えないか」と相談があったそうです。

 で、伐採も含めて、OKしたという事でした。

 伊勢神宮は、20年に一度の式年遷宮。

 この春に参ってきました

 同じく出雲大社も遷宮の年にあたるそう。
 
 こちらは約60年に一度で、同じ年にというのは、相当に稀なようです。

 島根在住の経験がある人に、出雲の国だけは10月が「神在月(かみありつき)」になると教えて貰いました。

 旧暦10月。全国の八百万(やおよろず)の神々が出雲の国に集まる月。他の土地では神様が留守になるので神無月といいますが、ここ出雲では神在月と呼びます。

 神々が集う出雲の各神社では「神迎祭(かみむかえさい)」に始まり、「神在祭(かみありさい)」そして、全国に神々をお見送りする「神等去出祭(からさでさい)」が行われます。

 -出雲観光協会のwebサイトより-

 出るわ出るわの偽装問題。神も仏もありゃしない、という感もあります。

 旧暦なら今が神無月。来週、出雲へ行くので、本当に神様はいるのか探してきます。

 人の為と書いて、いつわりと読むんだねえ -相田みつお-

 全ては自らのため。本当の意味で、偽りを分るのは自分だけです。

神様は50%減を目指す ‐996‐

 今週土曜日に、グランフロント北館でのイベントに出ます。

 『住まいの設計相談会』が北館の5階で開催されます。私は建築家紹介のある2:30pmから会場に居ます。良ければ遊びに来てください。

 グランフロントがオープンし、梅田が活気づいています。

 母校の、近大産まぐろも話題になりました。未だ通りがかった程度で、それも楽しみにしています。

 来場者は多いが、見て回るだけ。あまりお金は使っていない、という報道もありました。お金にはシビアな関西人も、価値があると思えば使うはず。まだ様子見といった所でしょうか。

 ケチ(とは言っていませんが)と言えば松下幸之助。この夏、何度か天理へ行く機会がありました。市内の至るところに、天理教の建物が建っています。松下幸之助の「水道哲学」は天理教がきっかけになったという話があります。

 幸之助の取引先に熱心な信者が居り、一緒に天理へ行きました。巨大な建築の全てが、信者の奉仕によってできたものと聞きます。自らが望んで、求めて、全国から奉仕にくるのです。

 普通、人は生きるため、お金を得るために働く。しかしここでは、それらを得るためではないのに、皆が楽しそうに、活き活きと奉仕している。
 
 それは、ここに理想や使命があるからだ、という考えに至ります。企業にも、理想や使命があれば、みなが活き活きと働けるのでは……そこに生まれたのが「水道哲学」です。

 水道の水は加工された、価値のあるものだが、道端の水道水を飲んでも咎められることはない。それは、量が豊富で安価だからである。松下電器の真の使命も、物資を水道の水のごとく安価無尽蔵に供給して、この世に楽土(ユートピア)を建設することである。 

 この哲学には一点の曇りもありません。松下電器はますます発展していったのです。

 松下幸之助の逸話は多く聞きます。ある製品のコストダウンを図るなら、10%ダウンを目指すのでは駄目。50%ダウンを目指す。何故なら、10%には自己肯定が含まれており、大胆な改革が出来ないから。

 人は弱いものなので、つい自分を、過去を正当化したくなります。しかし、そこに踏み込めるかで、成果は大きく変わると感じます。

 経営の神様。その言葉には、ある種、信心に近い気持ちが含まれているかもしれません。

大事なことはたいてい面倒くさい

 昨日の朝、高いところにウロコ雲が見えました。

 朝夕は随分過ごしやすくなりました。

 少しずつ、確実に秋へ近づいているのが分ります。

 秋の空が気持ち良いのは、実際高い位置に雲があるからなのだそうです。

 空と言えば、7月に宮崎駿の最新作「風立ちぬ」が公開されました。

 ゼロ戦の設計者、堀越二郎と堀辰雄の「風立ちぬ」をモチーフにした作品です。

 ファンタジーを封印した宮崎駿は何を見せてくれるのか。非常に楽しみにしていますが、まだ観に行けていません。

 その製作過程を追った番組で、彼が言っていました。

 大事なことはたいてい面倒くさい

 番組でもフォーカスしていましたが、3年間の取材中、くりかえし「面倒くさい」と。

 私は口が裂けても「仕事が面倒くさい」とは言えません。しかし、仕事とは大変だから、報酬を貰える訳で、そもそもが面倒くさいもの……

 ただ、面倒の先に大事があると分っているかが、大きな差になるということです。

 番組内で、宮崎はアニメーターに「しっかりと群衆を描くこと」と発破をかけます。群衆を描くことは手間がかかるので、一般的には避けられる事。これは私にも理解できます。

 「群衆と言うのは、主人公じゃない情けない人たちでなく、世の中を支えている人なんだから」というのが宮崎の考え方でした。

 判断を迷ったら、大変なほうに舵をきれ

 最近聞いた中で、最も気に入っているフレーズです。そんな非効率な、という話もありますが、生きるなどという事は、そもそもが非効率なものなのです。

 万が一、近いうちにこの映画の感想を書いていなければ、期待が大きすぎたのだと思って下さい。ラピュタ以来、彼への期待はただただ大きくなる一方ですから。

自分以外の人たちが特別な瞬間を作ってくれる

 昨日、大阪も特に北部は、かなりの雨が降りました。

 近年の集中豪雨は、激しさを増すばかり。未だ気は抜けません。

 しかし、南部は適度に振り、暑さもひと段落しました。

 今日は長男が、事務所に来ていました。

 宿題をするはずが、知らぬ間に従妹同士で盛り上がっていました。

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 上階には弟家族が住んでいます。

 前の駐車場は彼らの遊び場でもあるのです。

 夏休みの小さな思い出になれば……

 残すところ1週間になりました。

 8月21日(水)、イチローが日米通算4000本安打を達成しました。

 その日の会見は、各紙に掲載されました。

 全文は掲載されないので、どこをピックアップするのは書き手にゆだねられます。私が一番注目した部分は、判断が分かれた部分のようです。抜粋してみます。

 結局、4000という数字が特別なものをつくるのではなくて、記録が特別な瞬間を作るのではなくて、自分以外の人たちが特別な瞬間を作ってくれるものだというふうに強く思いました。

 記録達成の瞬間、試合を止めて、チームメイトや、ヤンキースタジアムの観客が最大の賞賛を送ってくれたことを指しての言葉です。

 イチローは「半泣きになった」という表現で、その嬉しさを表しました。

 独特の言い回しで、物事の本質を突くのがイチロー語録なら、この言葉に彼の擦りきれない感性と、純粋さを感じます。

 安打数が日米にまたがっているにせよ、記録は数字で表現されれいます。それでもその価値を決めるのは、自分以外の人々で、更に自分以外の人々が、自分の心を動かすというのです。

 これを日々の仕事に置き換えてみれば、より端的です。自分たち最善の努力をしたかが重要ですが、それを評価付けるのは受け手なのです。

 どうやら、感謝や感動は、自分以外の人におっている部分が大きい、という事が分ってきました。

稲盛和夫最後の闘い

 京セラの創業者、稲盛和夫氏が経営を指南するのが盛和塾。

 私はその塾生です。ある勉強会の会場で、日本経済新聞の編集委員、大西康之氏が書いた「稲盛和夫最後の闘い JAL再生にかけた経営者人生」を買いました。

 本人の著書ではないので気楽に読み始めると、不覚にも涙したのです。2度も。
昨年の7月、カンブリア宮殿出演の際に稲盛さんの半生をまとめました

 1959年、28人で京都セラミック(現:京セラ)を創業。町工場から、一代で1兆円企業に育てあげます。

 また、通信事業への民間参入が認められた際は、健全な競争を作るため、大手企業がしり込みする中、第二電電(現:KDDI)を創業します。1984年のこと。

 その際も、今回のJAL再建でも、持ち込んだのは、フィロソフィ(人としての考え方)と、部門別独立採算性(アメーバ経営)という経営管理システムだけ。
JALはこの秋、再上場といわれるまで、業績は回復したのです。
実際JALは再上場を果たし、航空業界全体で最高益を上げたのは報道の通り。

 直接話を聞く塾生達は、必ずJAL再生を果たされるだろうと思っていました。
しかしこの本を読み、81歳という体に自ら鞭を打つ、文字通り命をかけた闘いだったと知りました。偉大な経営者だと思うあまり、現実としてとらえ切れていなかったのかもしれません。

 JAL再生に向けて、3万2千人に社員をまとめるのに、3人の腹心のみを連れて乗り込んだのは、2010年春の事です。

 それから数か月は、稲盛さんはあまり口出しをせず、JALという企業を把握するのに務めていました。しかしある経営会議から一転します。抜粋してみます。

  10億円程度の予算執行について説明する執行役員の声を、会長の稲盛が突然遮った。

 「あんたには10億円どころか、1銭を預けられませんな」
 部屋の空気が凍りついた。

 これまでのJALの経営会議なら、問題になる金額でも、案件でもない。予算執行の承認は単なるセレモニーだった。

 ―中略―
 「お言葉ですが会長、この件は予算としてすでに承認をいただいております」余計な一言だった。
 「予算だから、かならずもらえると思ったら大間違いだ」稲盛は机を叩かんばかりの剣幕で怒った。
 「あんたはこの事業に自分金を10億円注ぎ込めるか」
 「いやそれは……」。執行役員が言いよどむ。
 「その10億円、誰の金だと思っている。会社の金か。違う、この苦境の中で社員が地べたを這って出てきた利益だろう」
 「はい」
 「あんたにそれを使う資格はない。帰りなさい」

 この日をさかいにJALからは「予算」という言葉が消えた。「予算」という言葉には「消化する」という官僚的な思考が潜む。稲盛が最も嫌う考え方だ。

 これ以来「予算」は「計画」という言葉に変わりました。

 ここには一例のみ引きましたが、現社長の植木氏からも「まさに身を削るような」というコメントがありました。

 昨日、盛和塾の勉強会が京都でありました。稲盛さんは非常に晴れ晴れとした表情で、塾生を叱咤激励していました。

 JAL再生の重責を果たした事も、いくらか影響があるのだろうか、と考えるのは失礼かもしれません。

 稲盛さんは着任の際、会社の経営の目的は「全従業員の物心両面の幸福の追求」だと宣言しました。稲盛さんの変わらぬ哲学です。

尊敬できる人が居るのは有難いことです。しかし、尊敬は手を合わせるものでなく、爪の垢を煎じて飲まねば意味がありません。

 今日から8月。まだまだ暑い日が続きます。

 雪山を想う事は、一服の清涼剤になりえるでしょうか。

 登山を趣味にしている友人がいます。

 ホームグラウンドは八ヶ岳。

 一歩一歩、頂きに向かう喜び。その過程で目にする自然の美しさ。飲みながら聞いていると、自分もやってみたい、と思うことがしばしばあります。

 もし自分が始めたとしたら。少しでも高い山へ、果ては雪山へ……

 いらぬ危惧かもしれませんが、怖くてトライしたことはありません。

 過去に読んだ山岳ものの傑作といえば、新田次郎の「孤高の人」、夢枕獏の「神々の山嶺」。いずれも一気に読み切ってしまいましたが、その魅力と、その恐ろしさが十二分に伝わってきました。

 久し振りに読んだ山岳ものは、沢木耕太郎の「凍(とう)」。

 世界的なクライマー山野井康史と妻、妙子描いたノンフクションです。

 小規模のチームで登るスタイルをアルパイン・スタイルと言います。反対に、大規模なチームを組織し、キャンプを徐々に上に移して行きながら、少数名で山頂へアタックする登り方を極地法と言います。

 山野井康史はアルパイン・スタイルで、酸素ボンベなし、時にはたった一人で、比較的登りやすいルートではない、バリエーションルートで、その頂きを落とすことに拘ったクライマーなのです。

 ここでは、妻と共にヒマラヤの難峰ギャチュンカンにアルパイン・スタイルで挑んだ過程が、沢木の繊細なタッチで描かれています。

 山野井は何とか登頂を果たすもの、凍傷によって右足の指5本、左右の手の小指と薬指、右手の中指を失います。妻、妙子は、過去の経験も合わせて、両手の指全てと、足の指8本を失うのです。

 山野井康史と妙子は、多くの指を失った今でも、新たな挑戦を続けているのです。そこまで惹きつける山とは。

 改めて思います。限られた時間の中で、取材者との関係を築き上げる人間性。また、その人生の一場面を、鮮やかに切り取り、再現するその力量。

 「敗れざるもの」を読んではや20数年。やっぱり沢木は面白いのです。