カテゴリー別アーカイブ: 04 建築

23時間55分建築家‐1787‐

  本町あたりから、御堂筋を南に見ます。

 イチョウ並木も、新緑が芽吹いてきました。

  都会のオアシスという言葉がありますが、靭公園より似合うのはN.Y.のセントラルパークくらいでしょう。

 アポイントまで時間があったので、少しのぞいてみました。

 お昼時なので、のんびりした空気が流れています。

 ツツジは咲き始め。

 黄色の花はキンシバイかオトギリソウでしょう。

 植栽計画をする時、この時期の黄色い花はキンシバイに限るのです。

 月曜日に「おいでよhouse」のクライアント、Yさんからメールが届きました。

 さきほど電気をつけたら、めちゃくちゃカッコ良かったので写真送りますね!

 赤のベンツも黒い外壁によく映えています。

 更に3枚。

 こちらのアングルなら、奥の棟にロフトがあるのが分かります。

 2階のキッチン上にロフトがあるのですが、一番奥に小さな窓が少しだけ見えています。

 キッチン背面のモザイクタイルも貼り終わっています。3月末でひとまず定例打合せを終えたので、この写真で初めて確認しました。

 決して手を抜いている訳ではないのですが、現場の最終盤は何かとバタバタするもので……

 次のようなメールも貰っていました。

 先日カーテンの採寸にきてくれた業者さんに、雰囲気の良いお家ですねーと早速褒めて頂きました^ ^そうでしょそうでしょと笑

 このカットにはお子さんが写っていました。背格好からすると次男君でしょうか。 

 「引越し屋さんに凄く褒めて貰いました」といった話を聞かせて貰うことも時々あります。
 
 そういった評価は、私以外の誰かが下すものですが、一番気になるのはやはりお子さんです。彼らの人生に建築が影響を与えることもあると思うからです。

 更に更に嬉しい文面だったので、Yさんの了解も取らずに載せてしまいます。(ここまでも全く了解は取ってはいませんが!)

 これまでの細かな打ち合わせをしていただいたお陰で、本当に良いお家が完成してきた!と、守谷さん、吉﨑さんに出会えた事に感謝しております。 

 感激して建物を引き取って貰うことを目標に、私達も工務店も全力で取り組んでいるつもりですが、こういった言葉を掛けて貰うと、全てが報われるのです。

 郷ひろみさんが、1月の新聞連載の中でこう語っていました。

 1日24時間のうち23時間55分は「郷ひろみ」なんです。

 50年間、エンターテイメン界のトップランナーであり続けた人の言葉を借りるのはおこがましいですが、書いてみます。

 私も1日24時間のうち、23時間55分は建築家として生きてきたつもりです。

 ごく普通の人間に、こんな体験をさせてくれるこの職業に、自分以上に、誇りを感じるのです。 

 今日が初登校という学生も多かったのでは。

 社会人28年生になりましたが、初心忘るべからずです。
 
 そして、命に終わりあり。能に果てあるべからず。

 命ある限り、職能を高めて行きたいと思うのです。

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞 

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【News】
■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載
■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■9月11日発売『リフォームデザイン2020』「回遊できる家」掲載

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

明治の女性と炭火アイロン‐1785‐

 3月下旬、ユキヤナギが咲きだしたなと思っていたら、あっという間に今日から4月。

  新年度が始まりました。

 今日が入学式なら何とか桜も持ちそうです。

 会社の近くで、随分立派な建物を見つけました。

 前川國男を連想させるレンガ色の建物は、平野区画整理記念会館とあります。

 会社の近所なのですが、この道は通ったことが無かったよう。

 中に入って尋ねてみると、区画整理事業が終わった際に残った予算で建てられたもので、簡単に言えば貸し部屋業をしていますと。

 南面したホールは、この規模の吹き抜け。 

 開口部から、平野郷の模型がちらと見えており、それもあって入ってみたくなったのです。

 ホールには所せましと展示があります。

 脱穀機は数十年間に、この地域で実際に使われていたものだそう。

 こちらは長原古墳群のコーナー。

 実際に出土した子供用の棺です。

 一番目を引いたのが近代の生活用品の展示群です。

 まずは炭を入れて暖をとる炬燵。

 足焙りは炬燵と同じ使い方でしょう。

 火鏝は灰の中で熱し、布類のしわを伸ばす道具です。

 こちらは炭火アイロンとあります。

 明治頃のもので、中に炭を入れ、更にその下には水を入れて使用したのだそうです。

 私が興味津々なのを見て、館の方が実際に開けてくれました。
 

 2階も案内してくれたのですが、吹抜けに面する廊下にはこの立派な機織り機が置いてあります。

 何故こんな場所に押しやられているのか尋ねてみました。以前は右下に見えるキューブ状の空間が展示室だったそうです。

 しかし館の運営を考え、賃貸しすることになったということでした。

 面白い展示が沢山ありましたが、日当りが良いので劣化するのでは、と危惧していると。経営が成り立ってこそ存続できる訳で、何となく微妙な気持ちで会社に戻ったのです。

 日々のアイロン掛けを妻にやいやい言わなくて良いように、Yシャツは多めに買っています。

 100年前の炭火アイロンと比べると断然性能は良いはずですが、それでも時間がない、時間がないと。

 明治の女性はそんな事を言っていたのでしょうか。

 多分言っていたのだと思います。で、男のほうはこう思っていたはずです。

 「火鏝よりは随分便利になっただろうに」と。

  もし、小声でもそんな事を言ったなら間違いなくこうなります。

 「それなら自分でしなさいよ!」

 それはそうです。この自由で平等な時代、女性がアイロンを掛けるという決まりはありません。

 ですので、しっかり働いて沢山Yシャツを買います。間違っても「早くアイロンをかけてよ」と言わなくてよいように。

 Yシャツ代、税金、子供の学費と、働き甲斐はおつりがくるくらいあります。
 
 今年の標語は「絶対に下がらない」。2021年度は絶対に下がらない覚悟です。 

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
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変わらぬ真理と、前時代のユーモア‐1781‐ 

 御堂筋はキタとミナミをつなぐ、大阪の目抜き通りです。

 都市計画的にも、この広さの道路が約4kmも伸びるのは珍しいと言われています。

 左に見えるのは難波神社です。

 難波神社のすぐ北にあるのが御堂筋ダイビル。

 元は1964年(昭和39年)に、現マツダの大阪支社として完成しました。竹中工務店の設計施工で、メタリックな外観が竣工当時は更に輝いていたでしょう。

 しかしながら、1階部分にバリケードが見えるように、建て替えが決まっています。

 御堂筋を北上し、本町通りとの交差点に建っているのが竹中工務店本店です。

 こちらは1965年(昭和40年)の完成で、御堂筋ダイビルがいかに尖っていたかが分かります。

 老朽化した建物は、補修をしながら使うか、立て替えることになるのですが、デザインを保存+増築という方法もあります。

 阪急百貨店と梅田阪急オフィスタワーがその例です。

 旧阪急百貨店のデザインを踏襲しながら、高層ビルを載せた感じ。

 フェスティバルホールも、同じような手法でしょう。

 建物が老朽化した後の運命は様々ですが、現在の阪急百貨店やフェスティバルホールにあまりポジティブな印象を受けないのは私だけでしょうか。 

 そんな事を考えていたら、ふとあの建物はどうなったのだろうと思い返しました。

 生野区にある源ヶ橋温泉に訪れたのは2012年の3月。9年前のことです。

 入浴とニューヨークを掛けて建つのが自由の女神像。その上にはシャチホコまで見えます。 

  元は橋があったのでしょう。

 この建物は、銭湯で初めて国の登録文化財に指定されました。

 建物の完成はは1937年(昭和12年)。当時の富豪が建てたもので、格子天井をはじめ、随所に遊びがみられます。

 番台に座る経営者のおばさんに色々教えてもらいました。

 先代が、昭和17年に買い取ったのですが、文化財とは言え、標識を一枚置いていくだけで、何かの指導があったり、補助があったりする訳ではないそう。

 この時代、銭湯は大変……と言っていました。

 この時も他に利用者は居らず、撮影も気持ち良くOKしてくれたのです。

 先程調べてみると、現在は閉館してしまったようです。何とかもう一度行っておけば良かったと悔いが残るのです。

 松本零士が描いた「銀河鉄道999」では、星野哲郎が無料で永遠の命を手に出来るという星を目指して、メーテルと旅をします。

 その結末は、機械人間のビスのひとつになることだったと分かり、命からがら逃げ出すというものだったと思います。

 何歳の時に見たのか忘れましたが、背筋が寒くなった記憶があります。

 と同時に、凄く納得した記憶もあります。そんな話がある訳がないと。

 私達人間もそうですが、永遠などありません。

 形あるものはいつか壊れますし、時間は有限です。だから、精一杯生きられるのです。

 本気でそう思うようになったのは、やはり人生の折り返し点、40歳を過ぎた頃でしょうか。

 もしそれが、少しでも早く分かっていたらと思い、子供達には何度も何度も伝えます。しかしスマホを片手にまさに馬耳東風……

 ただ、私はしつこいのです。嫌われたって平気ですし、馬の耳であろうが、豚の耳であろうが、繰り返し伝えます。

 あ、人を動物に例えるのはご法度でした。人の耳に念仏。人耳西風です。

 変わらぬ真理がある一方、前時代のユーモアって疑ってかかる必要があるのです。


■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

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■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■9月11日発売『リフォームデザイン2020』「回遊できる家」掲載
■5月16日『homify』(英語)の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■5月10日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行に巻頭インタビュー掲載

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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自分、骨あるん?‐1779‐ 

 会社のある平野は、堺につぐ規模の環濠都市だったと言われています。

 信長にキリスト教を伝えた宣教師、ルイス・フロイスがその手記に「美しき村」と紹介するくらい豊かな村だったようです。

 商人が力を付け、武士に頼るのではなく、自らの手で村の周りに濠をめぐらせて自衛したのが環濠都市。

 大阪市内なら、遠里小野や喜連などにもその痕跡が残っています。

 3月末まで、大阪歴史博物館で「喜連村史展」なる催しがあると知り、やってきました。

 大阪歴史博物館とNHK大阪を繋ぐ、ガラスの球体エントランス。

 一昨年に亡くなったアルゼンチン出身の建築家、シーザー・ペリの力作です。

 念のため、受付のお姉さんに開催の確認をすると、「現在そのような展示は無かったと思うのですが……」と。

 確かに3月下旬までの開催だったと思うと伝えると、展示フロアに確認してくれました。来年の1月~3月の開催とのこと。

 まさか1年先の告知だとは思わず、年の確認をできていなかったのです。

 何とも情けない話ですが、折角なので辺りを歩きました。 

 館の南面に回ると難波宮跡の案内がありました。

 その脇に、法円坂遺跡の高床式倉庫が再現されていました。

 法円坂遺跡は5世紀後半のもので、16棟の柱跡が見つかっています。

 1棟の大きさが90㎡ですからおよそ30坪。

  当時としては最大級の規模とあります。

  私が注目したのはここ。

  通常の入母屋造りの屋根なら、ここまで棟が張りだすことはありません。

  羽子板ボルトなど無かった時代にここまで跳ねだしているのは、雨を防ぎながら、しっかり換気をすることが、保存状態に大きく影響したからでしょう。

 お金よりも大切な食料を、湿気や害虫から守るために高床式とし、更に極めて風通しのよい空間を求めたのです。

 そう想像しながら見ていると、頭でっかちで、若干安定感を欠くプロポーションも愛おしく見えてくるから不思議です。

 反対に、館の北側に回ると、本町通りを挟んで大阪府警本部庁舎があります。

 完成は2007年12月。設計者の黒川紀章は完成を待たず10月に亡くなっています。

 黒川の実績は言うに及ばずですが、評価が分かれるという事実はあるでしょう。

 どんな仕事であれ、誰もが称賛するという事はありませんが、それは本人が一番理解していたふしがあります。

 「建築家としての私の評価はともかく、思想家としては何かを残せたのではないかと思っている」

 この言葉を聞いた時、私の黒川への視線も一気に変わりました。


 

 生物用語で「新陳代謝」をさす「メタボリズム」という思想を、具現化したのが中銀カプセルタワービルです。

 1972年の完成ですが、カプセルは取り替えができる、可変性を備えた建築なのです。

 東京の新橋にありますが、すぐそばには師であり、同じ系譜の丹下健三設計の静岡新聞・静岡放送ビルもあります。

 1967年の完成ですが、つい先日こちらのオーナー社長が幾分メディアを賑わせていました。

 ゴシップ記事は嫌いですが、この建築を思い出させてくれたなら、目にしてしまった価値もあるというものです。 

 地下鉄の掲示板に、大阪府警の募集ポスターが張られていました。

 戦後10年、日本復興の入口にある広島平和記念資料館をコンペで勝ち取った丹下健三は、空襲によって母を亡くしています。

 しかし、自らが学生時代を送った広島での作品を足掛かりに、世界的建築家へと登りつめました。

 外野の声など気にすることなく、「共生」という思想を説き続けた黒川紀章。

 まさに気骨の人々です。

 ○○新聞のオーナーや、マル秘接待を受けていた(いたとされる)政治家にこのキャッチコピーを届けます。

 自分、骨あるん?と。

 勿論、平野の商人や、偉大な先人達にそう言われないよう、自分へも問わざるを得ません。

 あれから10年。人は命ある限り何度でも立ち上がれると信じています。

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

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大阪ハコもの日和‐1778‐

 昨日は心斎橋に出ていました。

 交差点の正式名称は「新橋」ですが、「心斎橋」のほうが通りは良いでしょう。

 南を見ると、左側に大丸が見えます。

 その先には、ナンバヒップス。

 パチンコ施設ですが、設計者は高松伸さんです。

 4年前に偶然会食する機会を頂きました。

 大規模建築であればあるほど、オリジナリティを発揮する建築家と言って良いと思います。

 中央の砂時計のような空間には、当初はフリーフォールがあり衝撃的でした。

 反対に「新橋」から北を見ると、左手に黒いビルが見えます。

 マリオット・インターナショナルが展開するラグジュアリーブランド「W大阪」は間もなく開業のようです。

 デザイン主導で設計するという言葉通り、なかなかに切れ味鋭いデザイン。

 設計は日本設計ですが、設計顧問に安藤忠雄が就いているとのことで、オープンが楽しみなところです。

 敷地調査にやってきたので辺りを歩いたのですが、周辺は大阪屈伸の高級ブランド街でもあります。

 ファッションだけでなくフェラーリの店舗もありました。

 W大阪の足下まで来ました。

 ホテルはある程度最大公約数をとらざるを得ないケースが殆どだと思います。

 オープン前なので、これが最終形なのか分かりませんが、内部が全く見えないとはなかなか思い切っているなと感じていました。

 それで今日調べてみると、そのコンセプトが分かったのです。

 「ハコもの」という言葉はバブルの弊害と言ったニュアンスが含まれていると思います。

 また住宅は指さない言葉でしょうか。

 ただ、建物は植物ではないので勝手に生えてはきません。間違いなく誰かの意思と意図が反映されているのです。

 そのまま御堂筋の西へと入っていくと、オーガニックビルが見えてきます。

 大阪で最も面白いビルのひとつでしょう。

 この日も、小牧ナンバーの車を止めて一眼レフで撮影している女性が居ました。

 設計はイタリア人建築家、ガエターノ・ペッシェ。

 他に類がないように、日本人ではここまではなかなか思い切れないことを、施主である昆布の老舗、小倉屋山本の経営者は見抜いていたのでしょうか。

 施主の叔母が、作家・山崎豊子さんと知り、やはり血筋というものはあるのだろうと思っていました。

 色合い、コンセプトとも唯一無二のものだと思います。

 同じ創り手として、名作には多少嫉妬心が入るのですが、ここまでくると全くそういった感情が湧いてこないから不思議です。

 久し振りにこの辺りも歩きました。

 私も一眼レフを持っていたので、職業柄パシャパシャとやってしまいます。

 あんなところにmarimekkoの店舗があったのか、とか。

 このあたり、アメリカ村の北にあるのでカナダ村と呼ばれていたこともあるそうです。

 フェラーリの店舗から一本中に入ると300円の餃子屋さんまで。

 これこそがミナミの真骨頂でしょう。

 写真を撮っていて思ったのですが、良い季節は御堂筋のイチョウが写るので、多少日が長くなった今こそ、ハコもの撮影日和かもしれません。

 15年程前に受け入れたオープンデスク生にこう言われたことがあります。

 「住宅だけを設計だけしている人を、僕は建築家だとは思いません」

 カチンときましたが、反論するのも大人げないので「そうだね。それが君の考え方ならそうなんだろうね」と答えました。

 その彼は、大手ディベロッパーにアルバイトとして就職したことを喜んでいました。1年間頑張れたら、正社員に昇格するというオプション付きだそうです。

 仕事を始めてすぐに大きな仕事がくることはありません。

 どんなに小さなリノベーションの仕事でも、私の仕事を求めて下さり、その条件を受け入れてくれたクライアントの為に、命以外の全てを捧げて来たつもりです。

 少しずつ認知して頂き、店舗、クリニック、オフィスなど、住宅以外の仕事も依頼頂くようになりました。

 住宅がハコものより簡単であることはありません。懸命に働いたお金で建てる訳ですから、非常にシビアな目で設計者も選ばれるはずです。

 その方々に選んで貰えるよう、自分なりに精進してきたつもりです。

 建築家と言う国家資格はありません。それは誰かに与えて貰うものではなく、宣言するものであり、生き方です。

 元オープンデスク君。今君が建築家なら、今度はミナミのハコもので勝負だ。心しておきなさい。

 そんな事を今でも覚えていることが大人げないのかもしれません。

 ただ、もしかすると本気で反論した方が、彼の為には良かったのかもと思いだすこともあるのです。

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

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吽像のライオンに、安藤と渋沢をみる‐1775‐

 北浜と言えばやはり大阪証券取引所です。

 初代会頭となった五代友厚像とともに、北浜のランドマークとなっているのが難波橋のライオン像です。

 別名ライオン橋。
 
 阿(あ)と吽(うん)の石像2体が東西に鎮座します。

 阿像は、その咆哮が聞こえてきそうな程の迫力。
 

 橋の上から北西方向に見えるのは中央公会堂。その後ろには大阪市役所も見えます。

 ロマネスク様式のヴォールト屋根と、レンガ色と白のゼブラ柄が印象的。
 

 その向かいにあるのが京阪なにわ橋駅の入口。安藤忠雄の設計です。

 内部はガラスブロックが積まれており、夜間はライトアップされます。

 再びライオン橋のすぐそばまで戻ると、さらに2つの出入口があり、これらも安藤の設計。

 これら3つの出入口に囲まれる位置にあるのが「こども本の森 中之島」です。

 高速道路からは見えていましたが、訪れたのは初めて。

 東西に延び、北へ向かって緩やかに湾曲しているのが分かります。

 エントランス西面の壁には模型が飾られていました。

 大阪市役所、中之島図書館、中央公会堂、東洋陶磁美術館の東隣に、木で製作されたこの図書館が見てとれます。

 まさに大阪の中心に建つこの建物は、安藤忠雄が寄贈したもの。  

 館の趣旨として、とにかく子供を優先したいとあるので、内部見学はもう少し先にします。

 入口にはバギーが沢山止まっていました。

 開口からのぞくと、安藤の希望通り小さなお子さんを連れた家族が見えました。

 そして、兵庫県立美術館にもあった「青いりんご」も。

 サミュエル・ウルマンの詩「青春とは人生のある期間ではない。心のありようなのだ」から着想したのがこのオブジェです。

 私が22歳で私がこの世界に入った時、安藤が丁度今の私と同じ年齢だったことになります。

 まさに乗りに乗っていた時期で、天保山のサントリーミュージアム、兵庫県立木の殿堂など、年にいくつも大きな作品を発表していました。

 一方、私が勤めていた設計事務所の所長は「建築家はクライアントの太鼓持ちみたいなものだから」と言っていました。多くの建築家から「この仕事は儲からないから」という言葉も聞きました。

 しかし、安藤はこの図書館を始め、合計3件の図書館を寄贈すると言います。利益がでていなければ、寄贈も寄付も勿論できません。

 若い頃からずっと、この違いは一体何なのだろうと思っていました。

 今は、志の違いだとはっきり分かります。

 安藤も響いたという、私も大好きなウルマンの詩にもこうあります。

 「希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる」

 安藤が鉄鋼王カーネギーが図書館を寄贈する姿を見て図書館を寄贈したいと思ったそうです。

 同じように、私も安藤の背中を追って働いてきました。

 まだ自分の家さえ建てていませんが、高い志を持ち、図書館を寄贈できるまで身を粉にして働く覚悟です。

 大阪証券取引所の初代会頭は五代友厚ですが、それを後援したのが、次の1万円札となる渋沢栄一です。

 渋沢は「道徳経済合一」を説きました。論語と算盤は両立できる、またさせなければならないのです。

 誰よりも働いているのに、全く利益がでない。この世の中はそんな理不尽なものではないはずです。

 阿像の対となっている吽像のライオンは口を閉ざしていますが、吽(うん)はその上で漏れた音を指すそう。

 なのに今日もベラベラと書いてしまいました。男は歯を食いしばって結果をだすだけなのに。
 
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深紅の花は、ボケの花‐1774‐

 長男も間もなく高校2年生となり、大学進学のことを意識せざるを得ません。

 日曜日は朝から、妻と塾の説明を聞きに行くと。

 私は計画地をいくつか回る予定だったので、調査終わりで梅田まで迎えに行きました。

 娘は私に同行して貰ったので、テイクアウトの弁当でも買って大阪城公園に寄ろうかとなりました。

 昨日は快晴。

 OBPのクリスタルタワーも、青空を映して宝石のようです。

 この建物は、見る角度によって全く違う景色になります。

 真東から観るのが一番美しいのですが、これには長男も驚いていました。

 大阪城公園の魅力は色々ありますが、大きなお濠がある景色は他にはないものでしょう。

 穏やかな水面が、石垣の美しさを際立たます。

 ただ、水あるところには羽虫あり……

 気温は20℃まで上がり、人も虫も外に出ずにはおれないのです。

 月末には宣言が解除されるという話もありますが、感染防止と日々の暮らしを何とか両立させたいところです。

 天守閣を囲む木々も、先端がほんのりと桜色に染まっているのが分かります。

 天守閣東にある梅林が見頃とのことで立ち寄ってきました。

 白、桃、濃淡。

 色とりどりの梅がまさに満開。

 下がっているものあり。

 上がっているものあり。

 淡桃色のものにはメジロが止まっていました。

 桜のような儚さはありませんが、枝ぶりが面白いのは梅でしょう。

 毎年、桜も梅も撮りますが、写真写りも梅に軍配が上がるのです。

 梅林のすぐそばに、「豊臣秀頼 淀殿ら自刃の地」という石碑がありました。

 先日、淀殿の太融寺にある立派なお墓を訪れたばかりで、何とも寂しい感じは否めません。 

 現在の天守閣は、徳川家の建てた復刻版と言ってよく、本来の天守閣はもう少し南にありました。

 1615年、大坂夏の陣の際に焼失したので、この石碑からはもっと離れていたことになります。

 ですので、こういった景色を見あげた訳ではないのですが、天下人の妻として、嫡男として、我が世の春を謳歌したあとの最期とは、いかばかりのものだったのか……

 お濠の外の植込みに、真っ赤な3cmくらいの花が咲いていました。

 ボケの花のようです。

 ウイグル問題にしても、ミャンマーの軍政にしても、この21世紀に考えられないことが実際に起こります。

 戦後という言葉は、1970年生まれの私達にはピンときませんが、現在、この地球上で起っているとなると別です。

 「平和ボケ」などと言われないよう、日々を精一杯生きなければと思うのです。
 
 このボケの花の赤の濃いこと。まさに目の覚めるような深紅です。

 誰が名付けたのか知りませんが「ぼんやりせんと、しゃきっとせい!」と言っているかのようでもあります。
 
 仕事は真剣勝負だと思いますが、命までは取られません。

 その事が、どれだけ有り難いことなのか。1時間でもでもウイグル人として生きたなら痛感するでしょう。

 あくまで報道を信じたとするならですが、我が事と思える想像力こそが人生の成否を分けるような気がします。

 併せて、日本語ってやっぱり面白いなあと思いますし、使うだけで頭が良くなる言葉なのではと、常日頃から思っているのです。

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オープンデスク日本一‐1773‐

 昨日は大阪でも小雪がちらつき、今日は氷点下を記録したようです。

 しかし一昨日は暖かく、一日現場を回っていました。

 先週からオープンデスクに参加している21歳の学生君も一緒に連れて行きました。

 この環境下で、行動を起こす勇気や良し、です。将来の自分の仕事にするべきかと、真剣に現場を見ていました。

 1件目は、まだ現場日記に公開していないリノベーション計画。

 これまでも劇的に風景を変えてきたつもりですが、こちらの計画もなかなかに歯ごたえがあります。詳細についてはまた追々。 

 2件目は、新築計画の現場まで20分程移動しました。

 こちらは間もなく現場日記にUPするつもりですが、現在解体工事が始まったところです。
 

 内部をのぞくと、土壁の下地、小舞が置いてありました。 

 50年前の人の手跡を感じるのです。

 奈良盆地から、生駒山地の北端を走る163号線で大阪平野に戻りました。

 そのまま「かやしま写真スタジオOhana」へ向かいます。

  Ohanaは残念ながら道路計画によって収容となることが決まっています。
 
 数年前からそれは聞いていたのですが、昨年の初めから本格的に建て替え計画を進めていました。

 ウクレレ大好き、カメラマンの石井さんも現Ohanaが大好きだと言ってくれます。

 寂しいのは寂しいですが、前に進んで行くしかありません。いよいよ新Ohanaの競争見積りに入りました。

 それで、新敷地をスタッフと再度確認しに寄った次第です。

 4つ目の現場へ向かう途中、門真のPanasonic本社前を通りました。

 創業者、松下幸之助翁の銅像が見えます。

 創業100年の2018年にオープンしたパナソニックミュージアムが面白いと聞いているのですが、日曜が休館日につき未だ訪れたことがなく……

 新Ohanaの工事中に、何とか訪れたいと思っているのです。

 隣あうさくら広場は安藤忠雄の設計だったはず。

 満開の時期なら尚楽しいでしょう。

 淀川を渡り、「The Longing House」の現場に到着しました。

 こちらでは、電気設備の位置決め最終回。

 学生君にも手伝って貰い、みっちり4時間の打合せを終えたのが18時。

 体の頑丈さには自信がありますが、帰りの車では少し眠かった。電車移動なら昼寝が出来ますが、車はそれが出来ないのが難点です。
 
 21歳の時、自分の将来をどう考えていたのだろうと思い出してみます。

 高校生の時に、建築家として生きて行きたいと決めたので、職業は決めていました。

 ただ、具体的に誰に師事したいかなどは、明確なイメージを持てていませんでした。それで、父の友人に紹介して貰った建築家の下へ弟子入りするのですが、これが完全に失敗でした。

 自分の意思で決めた訳ではないので、言い訳が先に立つのです。

 「でも……」「だけど……」「仕方がない……」

 全部NGです。

 以来、悔いのない決断をすることを心掛けてきたつもりなので、この話はオープンデスク生によくしています。

 学生君が「所長から、ネガティブな言葉は聞いたことがないですね」と言ってくれました。

 それはそうです。特にりっしんべんに亡くなるという日本語は絶対使わないようにしています。英語で言えば ”busy” のあれ。(英語はOKということではないのですが)

 ハリー・ポッターで言えば「ヴォルデモート」みたいなもので、使えば使う度、心を亡くしていくと教えて貰ったからです。

 以前は嘆いてばかりでしたが、全ては仕事が教えてくれました。嘆いていても誰も助けてくれませんし、それなら一つでも二つでも手を打つべきです。

 今、Yahoo!で「オープンデスク」と検索すると当社は6位にでてきました。一時は1位だったので、よく「オープンデスク日本一」と言っていたものです。

 どんなことでもそうですが、誰かが必ず一番になります。私がその一番に絶対なれないという法律はありません。そんな気持ちで、いつも自分を、チームを鼓舞してきました。

 失敗することを恐れるよりも、真剣でないことを恐れたい。
-松下幸之助- パナソニック創業者

 さあオープンデスク君、どちらが真剣か、僕と真剣勝負だ。何せウチは、オープンデスク日本一だから。

 こんな感じが嫌いでない学生は遠慮なく応募下さい。

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

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【News】
■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載
■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■9月11日発売『リフォームデザイン2020』「回遊できる家」掲載
■5月16日『homify』(英語)の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■5月10日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行に巻頭インタビュー掲載

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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アランの幸福論‐1770‐

 今年の冬は寒いのかなと思っていたら、暖かい日が続きます。

 土曜、日曜は10℃を大きく上回り、日差しも春を感じさせるものでした。 

 近鉄奈良線から見る生駒山の緑も、若干鮮やかさが戻ってきた感があります。

 と思っていたら、庭木の梅もポツポツと花が開き始めました。

 しかし現場打合せはほぼ外部なので、クライアントには「寒さ対策だけは万全でお願いします」と伝えています。

 打合せ前に現場を見て回っていると、ちょうど休憩時間に入ったようで、棟梁がコーヒーを煎れてくれました。

 私が写真を撮ると「前にも一度コーヒーの写真が上がってましたよね」と。

 この現場もいずれ公開する予定ですが、現場の活気や面白さを伝えるのも私の仕事かなと思い、勝手に使命感に燃えているのです。 

 「コンクリート打放し H型プランの平屋」からの移動でしたが、こちらの現場は左官職人が下地調整をしているところでした。

 年末にコンクリートを打設しました。

 すぐに硬化が始まるので、その前に形を整えなければなりません。

 左官職人はその際も、八面六臂の活躍です。

 面積が広い部分ならトンボを使うのです。

 コンクリートの半生感は、現場に居る人間だけが目にするものだと思います。

 YouTuberになりたい訳ではありませんが、この動画は是非観て欲しいと思いUPしました。

 左官仕事は、生ものを扱うという意味において、極めて料理に似ています。

 

 ミキサーでコンクリートを練る様子は、お菓子の生地を作っているのとほぼ同じ。

 仕上げている様は、まさにパティシエのそれ。

 硬化した後の硬さだけは全く違いますが。

 玄関ドアの原寸模型があったり。

 モルタルの色サンプルがあったりと、現場はエンターテイメント空間なのです。

 産経新聞に日本画の大家、平山郁夫さんを紹介している記事がありました。そのタイトル部に、以下の言葉がありました。

 人間は意欲すること、そして創造することによってのみ幸福である。
-アラン- 哲学者

 もし粗相があってはと、クライアントへは冗談半分に以下のようなことを伝えます。

 「まさか勉強大好きという人達ばかりが現場に集まる訳ではないので、多少は荒っぽい人も……」

 体を動かす方が得意という人達が多いのは間違いありませんし、稼ぎが良いからという人達も居るでしょう。

 しかしアランの言葉の通り、何かを創り上げていくことは根源的な歓びなのです。

 こちらの左官職人チームは、いつ見ても穏やかに、よどみなく仕事をしてくれています。

 物創りに歓びを感じられる人と仕事をしたいですし、そういう人達と本気で取り組めば、良い仕事にならないはずがありません。

 「お金は好きだけど仕事は嫌い」

 こういう輩は、間違っても私の現場に入って貰っては困りますし、実際追い出したこともあります。

 むしろ、荒っぽいのは私だったかもしれません(笑)

 平山郁夫さんは広島で被爆していたと初めて知りました。

 実際、その後遺症が徐々に体をむしばんでいったともありましたが、自身が愛したシルクロードを守る活動を続けながら、あの穏やかな画を描き続けたのです。

 人はどこまで強くなれるのだろうかと思います。

 「幸福論」で知られるフランスの哲学者アランの言葉は、これまでにも紹介したことがあります。
 

 悲観主義は気分によるもの、楽観主義は意思によるもの。

 気分に左右されず、強い意思をもって、真っすぐな物創りをしなさいと、先人達は行動を持って導いてくれるのです。

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

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忠誠のひまわり‐1768‐

 1月8日から順に発令された二度目の緊急事態宣言ですが、やはり延長となるようです。

 東京にしろ、大阪にしろ、ある程度成果はでているものの、解除に至るまでではないということでしょう。

 不要な外出は勿論しませんが、不急でないかはなかなか難しいところです。

 中之島の国立国際美術館で開催されているロンドン・ナショナルギャラリー展は昨日までの開催で、ギリギリまで様子を見ていました。

 が、結局行ってしまいました。

 一時間ごとのチケット販売で、前日も売り切れの時間帯は全くなく、そこまで混んでいなだろうと判断したのです。
 

 何より、「ロンドン・ナショナルギャラリーの所蔵作品展は海外初」、「フェルメールが奏でた光の最終章、奇跡の初来日」、「ゴッホ、モネ、レンブラント全61点 日本初公開」の誘惑に負けてしまいました。

 中之島にある国立国際美術館は、アルゼンチン生まれの建築家、シーザー・ペリの作品です。

 一昨年に亡くなりましたが、追悼記事を書きました。

 竹からイメージしたというそのフォルムは、極めてアーティスティック。 

 南米の血がそうさせるのか単純明快で楽しい建築です。

 ただ、思いのほか来場者は多く、一瞬たじろいでしまいました。

 対策は万全を期しているつもりですが、正直、子供を連れてこなくて良かったと思ったのです。
 

 撮影はここまで。

 ゴッホ、フェルメールと共に広告にピックアップされていたのが、ルノワール、モネ、レンブラント、ターナーなど。

 ルノワールの安定感は流石でしたが、ゴヤやフランス・ハルスも素晴らしく、謳い文句に恥じない展覧会でした。

 今回は来日していない、更なるフェルメールやレンブラントの傑作も所有しているよう。

 トラファルガー広場に面して建つ美の殿堂を実際に訪れてみたい衝動に駆られたのです。

 訪れる前は、オランダを代表する光の画家、レンブラントとフェルメールにフォーカスして何か書こうかなと思っていました。

 しかしゴッホの「ひまわり」は会場での人気も段違い。アナウンスやネームバリューもあるとは思いますが、多くの人を立ち止まらせるものがあります。

 暗くて、文句ばかり言っている人が好きな人は居ません。明るく、話が楽しい人の所に人が集まるのは当然なのです。

 分かり易いゴッホの人気は、ピカソと共に常に圧倒的です。展覧会のwebサイトにも、ゴッホとひまわりのストーリーが特別枠で取り上げていました。

 ゴッホが花瓶に活けられたひまわりを描いたのは生涯で7枚。そのうち署名が入っているのは2枚だけです。

 1888年、理想の環境を求め、ゴッホは南仏のアルルにやってきました。良く知られる黄色い家を借り、画家達が集まる理想のアトリエを夢みて、多くの手紙を出します。

 その提案に応えたのはポール・ゴーギャンひとりで、2人の共同生活が始まりました。

 ゴーギャンを待つ3ヵ月、彼の寝室を飾る絵を描くのですが、自らがふさわしいと納得し、署名したのが2枚だけで、その1枚が今回来日した「ひまわり」だったのです。

 ところがゴーギャンとの共同生活は2ヵ月で破たん。その後「耳切り事件」が起ります。その2年後、37年の生涯を自ら絶ってしまうのです。

 明るい配色と力強い筆遣いとは裏腹に、ひまわりの花弁は多くが抜け落ちています。

 作品の明解さと、作家が不遇の人生が二重構造となり、ミステリアスとも言える魅力を放っているのではないか。僭越ではありますが、それが私のゴッホ評です。

 100年以上前のゴッホとゴーギャンの関係は、全て想像の世界でしかありません。しかし研究者の間では、ひまわりは「忠誠」を示すものだと考えられているそうです。

 太陽をまっすぐに見つめるひまわりから連想されたものだと思いますが、明るい黄色の後ろに流れる物語としては、これ程切ないものはないのです。

■■■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載

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■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
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■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行に巻頭インタビュー掲載
■2月13日 『Best of Houzz』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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