今年の年末に、中学・高校の同期生の同窓会を開催することになりました。
いきさつは、2年前の年末に、知り合い伝にmini同窓会を開催したところ卒業生の1/3くらいに連絡が取れ、35人が集まりました。次回は全員に声をかけ、本格的な同窓会を開催しようということになり、何故か私が幹事の代表をすることになったのです。
全員に声をかけるといっても・・・と思っていると、母校のOB会が、サポートしてくれることがわかり、2/3くらいの住所が分りました。
その御礼を兼ねて、OB会の総会に出席したのですが、私より40歳上の先輩方から、15歳下の後輩まで、400人くらいの出席があったでしょうか。大変な盛況で、会の途中で生徒歌(母校には校歌がありません)を声を張り上げて歌う自分の親より上の先輩方を見て、少し母校への考え方が変わりました。

今まで、あまり考えたことが無かったのですが、中学・高校の6年間、確かにそこで過ごして、自分の根っこのようなものは、その時に作られて、今の自分があるんだな、という当たり前のことを再認識しました。
かなり上の先輩方とお話するのも、なかなか楽しいですよ。
大学時代からの14年来の友人が結婚しました。
彼は非常に優しい人で、よく2人でスキーや湖へ釣りに行ったものでした。花嫁は本等に美しく、披露パーティーは海辺のレストランで執り行われ、静粛な教会での挙式と共に素晴らしい披露パーティーでした。そこで、友人としてスピーチをしたのですが、出来は良かったようなもう一つだったような。まあ、素直に思ったことは、伝えることは出来たかなと思っています。
最近、私も涙もろくなったのか、新郎の最後のあいさつでは、ひとり号泣していました。

今年は結婚式や、私の設計した建築作品の撮影日など、主要な日は全て晴れています。それも底抜けの快晴ばかり。
やっぱり普段の行いがいいからかな、と考えていると、1年程前の自分の結婚式だけは、小雨が降っていたような・・・・
天気もいいので、アオリイカでも釣りに行こうと、ふらっと車で和歌山県へ向かいました。
阪和道を南へ下っていくと、少し前まで高速道路は湯浅までだったのですが、延長されたようで、梅林で有名な南部まで続いていました。
国道42号線をもう少し下ると、「天神崎」という標識が見えました。聞き覚えがあったので海岸線まで出てみると、景色が素晴らしいのです。また、なんとも不思議な平らな岩礁帯で、多くの方が磯遊びをしたり、釣りを楽しんでいました。


そういえば、と思い出してみると、以前ニュースで「天神崎」を守る民間運動を取り上げていたことを思い出し、少し調べてみました。
「天神崎の自然を大切にする会」のホームページより
天神崎」は、紀伊半島の中ほどに位置し、田辺湾の北側にある岬で、丘陵地の海岸自然林と平らに広がる岩礁から成り、多くの動植物が生息しています。昭和49年、高級別荘地開発の計画を知った市民有志が、自然を保全するために土地の買い戻し運動を始めました。「天神崎の自然を大切にする会」は、日本のナショナル・トラスト法人第一号に認定され、現在も活動を続けています。
※ナショナル・トラスト運動とは、美しい自然や歴史的建造物を、
市民の寄金で買い取り保全していく運動。ナショナル・トラストは
日本語訳で、「みんなの大事な預かり物」の意味。
実際に目で見ると、これは個人のものになるより、多くの人が触れられる自然であった方が良いと実感しました。
で、アオリイカのほうは完全にボーズ(釣り用語で1匹も釣れない事)でした。
今年の夏の話題は、オリンピック一色でしたが、新種目の女子レスリングは、金メダル有望ということもあり、かなり注目を浴びていました。
中でも、父親が元プロレスラーの浜口京子選手は世界選手権の実績もあり、特に期待を集めていました。私はなにを隠そう、30年来のプロレス(格闘技)ファンで、京子選手とともに、TVに出てくる父親、アニマル浜口さんを見つけると、に楽しい気分になっていました。
彼は、プロレスという一風変わったジャンルの中でも異彩を放っていました。プロレスラーとしての話は別の機会に譲るとして、昔から哲人の雰囲気があり、最近もこんな言葉を残されていました。
「欲望ばかりが膨らむと、元に戻らないといけない。反省しなきゃ。自分を省みて(かえりみて)省いて(はぶいて)いく。人間というものは思いあがるのが本性なんですね。だから、『謙虚』という言葉は、ものすごくいい言葉だと思いますよ。
まだまだ至らない、道至らないから学んで努力する、その人は伸びる。貪欲でなく省みて・・・。」
メジャーリーグも大好きですが、マイナーな世界の中でも懸命に生きている人が私は大好きです。そこには、少数派の悲哀と逞しさ、そして底抜けの明るさを感じるのです

高槻で散歩をしていると、すすきを見かけました。今日から、11月。気がつけば今年もあと2ヶ月。
年末まで、さあ、もうひと頑張りというところでしょうか。
亡き祖父は、結構おしゃれな人でした。
口髭はいつも手いれしており、出かけるときはスーツに広ツバ帽を被っていました。メガネをかけており、少し汚れが見えたので洗ってあげようと思い、手にとってみると、あまり度がきつくありません。「これで、良く見えるの?」と聞くと、あまり変わらないと。よくよく聞いてみると、ダテ眼鏡もかけていました。
毎年、年始に岡山にある祖父宅を訪れると、食べきれない程のご馳走を用意して待ってくれていました。なかでも、食後にストーブで焼きながら食べる「へき餅」という手作りのお餅が美味しかったことを良く覚えています。
ついた餅に卵、砂糖、練乳などを混ぜて、一旦乾燥させます。味付け海苔くらいの大きさを、厚さ5ミリくらいに切り、ストーブの上で、焼いて食べるのです。やや甘めなので、少しこげ色がつき、プーと膨らみだしたら食べ頃です。時間がたちすぎて乾燥しすぎたものは、油で揚げても食べていました。
裏山にある果樹園をこよなく愛した祖父は、そこからの眺めが大好きでした。果樹園へ向かう山道の中程に、先祖代々のお墓があります。

自らが愛した、山と小さな港町を眺めながら、ゆっくりと過ごすことでしょう。
一昨日、明治45年(1912年)生まれの祖父が、93年の生涯を閉じました。
祖父は明治、大正、昭和、平成と生きた93年の間に、第一次、第二次世界大戦を体験し、戦後の激動期を生抜いてきました。
材木の販売で身を起こし、働き通しだった祖父の晩年の楽しみは、家の裏山にある果樹園で、桃、柿、スイカなどの、手入れに出かけることで、入院する半年前まで元気に出かけていたようです。
年に2回ほどの親戚の集まりでは、お酒を飲んではご機嫌なようすで頬を真っ赤にしていた姿を思い出します。お酒をこよなく愛した祖父の棺に、祖母が小さなビンを3つほど入れていました。
日本酒、養命酒、はちみつ、だったそうです。天国でも、ご機嫌で晩酌していることでしょう。
告別式の日、祖父の暮した瀬戸内海の港町は、雲ひとつ無い快晴でした。

この日曜日に、私の作品「平野西の家」がABCテレビの番組、
『きらっと』の取材を受けました。
※放送日はABCテレビ(6ch)11月23日(火)勤労感謝の日
7:54pm~8:00pmの予定です。
6分間と短い番組ですが、タレントのトミーズ雅さんが家を訪れたような、ナレーションで紹介してくれます。
「平野西の家」は、弟夫婦のために設計した家ですので、私も撮影を見学して来ました。出演者は2人と、飼い犬の「ふう太」。「ふう太」は気ままな犬で、撮影などもちろんお構いなく、人間さまの要求通りに動いてくれる訳はなく、撮影スタッフの方々を笑わせていました。

1階には私の設計事務所があるので、もしかしたら少しくらいは、映るかもしれません。
住宅作品がテレビで紹介されるのは、初めてなので今から、ワクワクしています。創り手としては、少しでも多くの方に見てもらえるのは、何よりの喜びなのです。
先月は私の好きだった作家が2人お亡くなりになりました。海洋小説の第一人者、白石一郎さんと、もうひとかたが水上勉さんです。
「飢餓海峡」、「雁の寺」などがとくに有名ですが、私は「土を喰う日々-わが精進十二カ月」が一番心に残っています。
軽井沢で暮らす水上氏の四季の食卓を綴った本で、その日々の暮らしぶりには、幼いころを過ごした禅寺で学んだことが生かされています。自然にあわせ、野菜と相談しながら料理をする・・。食と生について深く感銘を受けた随筆です。
幼い頃の、師の教えで、寺の畑に何もないような、寒い冬の来客に、心を砕いて「ご馳走」を用意するくだり。
「ご馳走とは、旬の素材を探し、馳せ走ってもてなすことだ」
とういう師のことばがあったと思います。
精進料理の「精進」とは、精進するための料理ではなく、精進して作る料理だという考え。
文面のいたるところから、謙虚で慈しみ深さが伝わってきました。
友人の結婚式に参列してきました。
挙式は屋外で行われたのですが、雲が全く無い完全な快晴。参列者全員が、お祝いに風船をとばしました。爽やかな秋空に吸い込まれてゆく風船はなんとも美しいものです。

彼は浪人時代に予備校で出会った友人ですが、とにかく良く笑います。いつも笑っています。式もみんな笑っている、素晴らしい式でした。
結婚式に参列するときに、心がけていることが1つあります。出来るだけ大きい音で、出来るだけ最後まで拍手をすること、です。
私も昨年結婚し、式を挙げたのですが、それがなにより嬉しかったからです。
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