フィニッシュのイメージを持つ‐1225‐

 一度告知したのですが、12月12日(土)、住まいの情報センターでテーマでセミナーを開催します。

 「○○と一緒に暮らす」

 ペット、両親、姉妹など、様々な暮らし方をどのように実現したかという切り口で、話をしてみたいと思います。

17 - コピー

 現在、予約は10名程のよう。良ければ遊びに来てください。

 併せて、12月2日~12月28日まで「滋賀の家」、「黒壁の家」、「住之江の元長屋」のパネルを展示しています。

 こちらも先程、設置をすませました。

11

 都心部でも、季節感のある木々があるのは、有り難い限りです。

13
 
 庭木のモミジも、ここに来てようやく色づき始めました。

 11月も今日が最終日。
 
 今月が何日までだったか思い出すのに、未だに「ニシムクサムライ」と唱えます。

 平安京遷都は「ナクヨうぐいす」、5の平方根は「フジサンロクオウムナク」。

 私は暗記が苦手で、数限りなくゴロに助けられてきました。ゴロとは風景、イメージと言えそうです。

 円周率は3.141592……ですが、記憶世界一の人は、数字列をストーリーに置き換えていると聞いたことがあります。

 これを連続する風景と考えれば、情報量を異次元のレベルにまで引き上げられる証拠だと言えそうです。

 一時、サッカーの試合を見ていた頃「フィニッシュのイメージが出来ていない」という解説を良く聞きました。

 にわかサッカーフアンとして、勝っては欲しいのですが、90分のゲームを楽しませて貰うことが重要で、その真意が分りませんでした。

 当たり前ですがが、サッカーは1点でも相手より多くゴールし、勝つことが目的なのです。

 仕事も勝ちたいという気持ちがなければ、何より、結果を出すと決めなければ、パス回しには意味がないのです。

 この事が腑に落ちてから、スタッフへの指導方法も変えました。

 「フィニッシュのイメージを持つ」

 文字の起源が数千年前なら、人としてのイメージの起源は数百万年前。

 こちらの方が得意なのは当たり前なのかもしれません。