カテゴリー別アーカイブ: 02 ことば・本

夏来る ゆくひとあり

 8月に入り、いよいよ夏本番を迎えました。

 今朝の新聞に作詞家・作家の阿久悠さんが亡くなったとありました。

 毎週土曜日の朝刊に”阿久悠 書く言う”というコラムが連載されており、一番楽しみにしていたのです。

 ところが今年の6月9日を最後に告知もなく、連載が無くなりました。残念に思いながらも、あまりにストレートな表現で”新聞社と揉めたのかな”くらいに思っていたのです。

 全く誤解を恐れない痛快な批評、現在の日本を憂う気持ちが書かれる文章は、彼の美意識の結晶でした。今朝の記事には”遺書のつもりで書いている”とあったのです。

 何枚もスクラップしていますが、以前日記に書いたものをを再掲載します。

 枯れる時には枯れ、朽ちる時には朽ちる。

 それが生き物の礼儀である。

 人間は有限の生命体でしかも、消滅するのではなく衰弱するように出来ている。

 2005年 11月5日 産経新聞朝刊 ”阿久悠 書く言う”より

 尊敬の念を込め、心よりご冥福をお祈り致します。

ある日思う青春

 昨日は梅雨が明けて、初めての日曜日。

 義父、父とで釣りに行っていました。岸和田の港を出て、和歌山の初島沖までは1時間程かかります。

 この日は珍しくベタ凪。鏡のような海面です。

 釣果のほうは、アジ、ガシラ、ベラがぼつぼつという感じ。食べるだけ釣って、後は波にゆらゆらと。

 前日の土曜日は私の誕生日でした。この日にはいつもある詩を思います。

”青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ” サミュエル・ウルマン(詩人、実業家)

 松下電器の創業者、松下幸之助もこの詩をこよなく愛したそうです。

 スポーツ選手なら、息の長い選手でも引退を考えねばならない年齢。

 恥ずかしげも無く言ってしまえば、いまだ青春と思える事に幸せを感じるのです。

 ”ナニワ(728)生まれのナニワ育ち”37歳になりました。

沈まぬ太陽

 昨日、メジャーリーグのオールスターでイチローがMVPに選出。3打数3安打1ランニングホームランとは、彼にしかできない芸当です。

 アメリカに敵意などありませんが、痛快ではあります。

 さて、文系な話。

 春先から読み始めた『沈まぬ太陽』山崎豊子著(新潮文庫)

 全5巻をやっと読み終えました。

 国民航空社員(モデルは日本航空)で同社の労働組合委員長を務めた主人公、恩地元(実在の日本航空元社員・小倉寛太郎がモデル)が受けた不条理な内情を描き、人間の真実を描いた作品。

 ナショナルフラッグキャリアの腐敗と、単独機の事故として史上最悪の死者を出した日航機墜落事故を主題に、人の生命に直結する航空会社の社会倫理を鋭く抉り出した作品である。『ウィキペディア(Wikipedia)』より

 山崎豊子作品では、『華麗なる一族』や『白い巨塔』はドラマ化もされ有名なところです。

 この作品もベストセラーになりましたが、映像化されないのは、スケール感があまりにも大きいが故のようです。

 日航機墜落事故の10年後に発表されますが、モデルとなった会社や個人を容易に特定できる事や、実際の取材が対立する労働組合の一方しかされていない等と、批判もかなり大きかったようです。

 しかしこの大作に注がれたであろう、筆者の膨大なエネルギーと熱気は、真実に迫っているのではと思わせるものがあります。

 労働組合の対立によって、中東、アフリカを10年に渡ってたらい回しにされた主人公への報復人事。腐敗した体制が影響したであろう航空機墜落事故。凄惨を極める事故現場。

 それによって人生の歯車が狂った被害者とその家族。航空会社再建の為、首相の意により民間企業から送り込まれた、清廉な会長の葛藤と喪失感。(この会長を良く描きすぎていると言う批判もあるようです)

 大阪へ向う飛行機はダッチロールを繰り返し、誰もが墜落を覚悟します。その時書かれたビジネスマンの遺書を読んだ時、涙がでてしまいました。

 事故当時私は中学3年生。ここまでの”事件”とは認識していませんでした。

 ずっと前から母から”この本は凄いヨ”と言われていました。

 それを最近のドラマブームで思い出し、読んだ次第です。遅くなりましたが読んで良かったです。

 面白いとか感動するとかよりも”読んでよかった”と言うのが正直な感想です。

帯を見てみる

良く見るサイトに、構成作家、高須光聖氏のブログがあります。

 ダウンタウンの幼馴染みでブレーン。今や売れっ子放送作家の彼が、エッセイを出版しました。尼崎での幼少時代を書いたという「あまりかん」。私は読んでいませんが、結構売れているそうです。帯のコメントもそうそうたる3人。

 大御所と言って良い作家・村上龍に続く2人に、思わず笑ってしまいました。

松本人志 -笑える!泣ける!「読んでないけど」-
浜田雅功 -「誰にも読まれませんように」-

 流石芸人。

ことばの力-含蓄編-

 今朝は穏やかな晴れ空。朝、事務所に来ると室温は18℃まで上がり、湿度は55%でした。1年でも、最も過ごしやすい季節です。何処かに出掛けて行きたいところですが、今週も事務所内での仕事が続きます。

 そこで、最近読んだ話を一つ紹介してみます。

ひまは文化の第一歩。狩猟や農耕など、生きることに直結する労働のほかに時間があることは、そのこと自体が文化と言える。

 ん~。ひまを潰す必要はないのだナと。

帝王を聞き入れなかった父

 さらっと読めて、とても面白かったので一冊紹介します。

 『天才は親が作る』 吉井妙子 著 (文藝春秋)

 アスリート自身ではなく、その家族のインタビューを中心に構成されているノンフィクションです。アスリートは、松坂大輔、イチロー、清水宏保、里谷多英、丸山茂樹、杉山愛、加藤陽一、武双山、井口資仁、川口能活の10人。

 人並みに子供の将来には夢を見ますが”なんとかトップアスリートに!”と思っている訳ではありません。

 しかし、強靭な体と精神力を培った過程には興味があります。家族が語る話は大変興味深いものでした。

 ほとんどの家はごく普通の家庭です。その辺りに焦点をあてた本とも言えますが、特別裕福で幼い頃から英才教育されていた訳では無いのです。

 その中で、世界のトップレベルまでたどり着いた共通点は、親が子供を良く見ている事に尽きると感じました。

 イチローの父は、小学3年から6年までは毎日一緒に練習し、高校卒業まで欠かさず練習を見に行きます。中学生の時、イチローは監督からバッティングフォームを矯正する指導を受けます。

 二人でフォームを創り上げてきた父は”バッティングフォームだけは変えないように指導していただけませんか”と監督に願い出ます。

 プロに行ってからも、同じ場面はやってきますが、今度は自らそれを拒否します。その結果2軍に落とされたりもしましたが、聞き入れていれば現在は無かったかもしれません。

 アマチュア時代から輝かしい実績を残していた、プロゴルファー丸山茂樹。中学生の頃”帝王”ジャック・ニクラウスに直接指導を受ける機会を持ちます。

 そこで非力さを補う為、父が考えたストロンググリップを直すよう言われるのです。ところが”天才の言葉はそのまま受け取ってはいけない”という父の信念のもと、それを拒否するのです。

 二人の父はその道のプロではありません。成功者の言う事を聞かないほうが良いとは思いませんが”一番見ているのは自分だ”という信念が行動の源なのだと思います。それは愛情の深さと言い換えてもよいかもしれません。

『孤高の人』と伊吹山

 先日、『孤高の人』(新田次郎著)を読み終えました。

 山岳小説の傑作と聞きながら、後ろ回しにしていたのは一方の名作『武田信玄』が面白かったものの、がやや間延びした感を持っていたのと、私自身が登山をした事が無かったからです。

 話は、大正から昭和初期にかけて実在していた加藤文太朗という登山家の物語です。彼は単独行を好み、誰もが考え付かないような冬山の険しいルートを独り踏破して行きます。

 (ここから少しネタばれになります)しかし、事情あって後輩の登山家とパーティーを組み、北アルプス槍ヶ岳の最難関ルートを目指す事になります。遭難し死が迫り来る場面では、極寒の冬山、死の影と戦う心、山男の友情を、生々しく、鬼気迫る迫力で描ききっています。

 加藤文太朗は実在(実名)したと書きましたが、後輩の登山家にもモチーフがあります。この描かれ方については現実と違う、との評もあるようですが、実際の彼らが面識を持ったのは遭難の2年前、冬の伊吹山だったようです。すでに文太郎は、著名な登山家でした。

 昨日、JR北陸線から伊吹山を望みました。本州は背骨のように山脈が通っていますが、この部分だけは途切れます。遮るものが無く吹くき抜ける強い風は”伊吹おろし”と呼ばれ、昔はたたら場(鉄を作る所)として栄えました。

 冠雪し力強い岩塊のような姿は、まさに孤高の山でした。

イサム・ノグチを読む

 最近は本を読むペースもすっかり遅くなっていますが、この本は久しぶりに先を急ぎました。

イサム・ノグチ―宿命の越境者  (著) ドウス 昌代


 

 

 

 

 イサム・ノグチの作品は大好きで、和紙と竹ひごで作られた照明”あかり”シリーズは仕事でも良く使います。晩年を過ごした香川県牟礼の庭園美術館も大好きな場所です。

 それなりに知っているつもりでしたが、彼の人生はより複雑で激しいものでした。

 明治の終わり、詩人・野口米次郎はアメリカでレオニー・ギルモアと出会います。彼は日本に戻るとレオニーを呼び寄せるのです。

 そしてレオニーは日本で英語教師を始めました。

 しかし彼女は数年後、一人故郷に帰ってしまいます。お腹に子供がいる事を米次郎には告げずに。1904年ロサンゼルスでイサムは生を受けます。そうして2つの血に翻弄される人生は始まるのです。

 その後、父に来日を拒まれ、中学生から母と離れて暮らし、両親の国が戦争を始め・・・・・・どこにも帰属できない理不尽さにさいなまれながら、イサムは創作の道を歩んで行きます。

 石ノミを入れるとき、普通の人は飛び散る破片をおそれ、本能的に顔をそむける。

 イサムはそれとは反対に、石にさらに顔を近づけ、目をこらした。

 飛び散る破片がガラス片のように目に刺さり、高松市の眼科にかけこんでも、イサムは、ノミと人間が一体となって石に挑む瞬間に目をこらすことをやめなかった。

 「石」を愛し、すべてを賭けて「石」を追いかける男・・・・・・-抜粋-

 世界を住処にし、地球に彫刻を残した偉大な芸術家、イサム・ノグチ。

 遺作とも言える札幌市にある”モエレ沼公園”に行ってみたくなりました。

二日酔いと引き換えに

 昨晩はある会の忘年会がありました。

 さすがにこの時期の心斎橋はごった返しています。

 お店は、メンバーの方がオーナーの地鶏焼き鳥””心斎橋店。ソニービル跡地のすぐ東にあります。地鶏のお刺身がとても美味しいお店です。

 会は盛り上がったあげく、日をまたぐ事になりました。で、今日は、ひどい二日酔いです。キャベ2か何かを、買いに行く姿は何とも情けなく、この忙しい時期に何をやってるんだと、自分を罵りたくなります。

 会の途中で、私の尊敬する人が、こんな話しをしてくれました。端から見ると順風満帆に見えるかもしれないが、組織内では、これでもかというほど問題が起こる。もう投げ出してしまいたいと、何度も何度も思う。そんな時、この句と出会った。

 裏を見せ表を見せて散る紅葉  良寛

 良いも悪いの、全てさらけ出して散る紅葉が美しい。人も全く同じ。良いところだけ見せていても、人は付いてこない。そんな話しを聞いた時、翌日が辛くても、最後まで残っていて良かったと思うのです。

ことばの力-いつもそこにある 編-

 好きなwebサイトに構成作家・高須光聖さんのオフィシャルHP『御影屋.com』があります。

その中のブログに、

 「当たり前にあるものほど、本当は一番大事」

 ということばがありました。短い言葉ですが、奥深いものも感じます。

 彼の仕事はバラエティー番組を作ること。番組の構成を考えたり、コーナーのネタを考えたり。

 天才芸人、ダウンタウン松本のブレーンであり、ダウンタウン浜田とは小さい頃からのご近所さん。

 笑いを作るという難しい仕事の中で、磨かれた感性は実に繊細なものを感じます。

 このサイトにある同業者との対談が最高に面白いのです。

 私は一気に読んでしまいました。”秋”の読み物として一押しです。