眼科にて

 先週末、世は3連休。好天もあってか、ラジオからは渋滞情報が流れていました。そういえば、最近あまり聞かなかった気がします。

 春分の日に、マンションから実家の近くに引越しました。古い家付きの土地だったので、少しの間その家で暮らす事になります。一日掛りで引越しを済ますと、花粉症に加えて、埃っぽかったのもあってか、妙に目が痒かったのです。

 翌朝起きると、随分掻いてしまったようで、右目がかなり腫れていました。打合せに行くのもはばかられるので、眼科に行きました。すると「まずは視力を測ります」と。

 一気に気合が入りました。

 つまらない自慢ですみません。小さい頃から、視力は両目とも1.5を切った事がないのです。腫れでちょっと見難かったこともあり、ここで落す訳には行かないと。まずはその右目から。

 上の段から順にあのCマークをにらみながら。左、右、上……。下から2段目まで来て、3ヶ所答えると「次は左目です」と。

 もしかして、ついに1.5陥落……?と思い「一番下の段ってナンなんですか」と聞きました。

 「2.0もチャレンジされます?」

 「ハイ。お願いします。上、んーっ左、右」

 「よく見えていますねエ。2.0です。次は左です」

 同じように下から2段目までクリアして、一番下の段を4ヶ所ほど答えるといくつか間違った雰囲気。

 「それでもよく見えていますねエ。1.5です」

 右は2.0に上がりました。

 どうやら、1.5までしか検査しない事もあるようです。それともう一つ。「何となくこっちかな」くらいでも答えていたのですが、正確に測るにはそれで良いそうです。診断は結膜炎で2種類の目薬を貰いました。

 妻にどうやって自慢しようか考えていました。妻は両眼1.5。この歳にして上回ったのです。

 折角貰ったものなので、大事に持って行きたいと思っているのです。

スカイハウス

 休日の出張は、できるだけ朝一番の電車に乗ります。

 知らない街や建築を見るのは未だにワクワクするもの。今回は9:00am過ぎに東京駅に到着です。まずは文京区、地下鉄の江戸川橋駅へ向かいます。

 東京カテドラルは、1964年の完成。

 東京都庁、フジテレビ等でも知られる。故・丹下健三の設計です。

 「カテドラ」が司教が儀式をするための椅子で、カテドラのある教会をカテドラルと呼ぶそうです。

 この日は生憎の雨でしたが、太陽に輝く姿を見て見たいと思うのです。

 十字架をモチーフにした平面と、天に向かって伸びるスリットが美しい、間違いなくモダニズムの傑作です。

 東京カテドラルから歩いて5分。静かな住宅街にひっそりと建つのがスカイハウス。最も有名な住宅のひとつ。

 1958年完成の建築家・菊竹清訓の自邸です。菊竹はメタボリズムという運動を起こします。

詳しくはウキペディア参照

 1959年に黒川紀章らと提唱した運動で、メタボリズムは新陳代謝を意味します。都市や建築は社会や生活の変化によって、有機的に成長して行けば良いという考え方なのです。

 スカイハウスでは、主要な空間を4本の鉄筋コンクリートの壁柱で2階に持ち上げています。

 生活スタイルによって変化する部分は、この建物では1階部分を指します。出来上がった当初は、2階部分しか無かったのです。後に増築し、現在の形になりました。

 完成してすでに50年。古くはなっていましたが、断然に美しいフォルムでした。

 本では何度も見た名作は、小さくも、凛とした佇んでいました。しばし感激。

 ちょうど斜め向かいには、現在の菊竹清訓建築設計事務所、K-Officeが。

 地下鉄で、銀座7丁目あたりにある、LANVINブティック銀座へ。

 中村拓志は1974年生まれ。特に若い注目の建築家です。

 正面は無数の小開口が。

 この開口部にはアクリルが入っています。

 一旦冷やして縮小したものをはめ込み固定するという手法で、一切フレームの無い開口部を実現しました。

 造船で使われている方法だったそうですが、その執着心は流石です。

 最後は青山にある書斎館

 店舗を設計中のクライアントから、是非にと言う事で教えて貰いました。

 美術品を展示するようなショーケースの中で、万年筆一本一本に説明が書かれています。

 音楽も荘厳な感じの選曲で、異次元の空間でした。

 今回の目的は住宅の打合せ。勿論これが本当の仕事です。

 直接会う機会は限られているので、1:30pmから5:00pmまできっちりと打合せ。順調に進みました。

 途中でちょっと飽きてきた三姉妹は、ポニョを踊ってくれました。親子三世代が一緒に暮らすこの家。色々な楽しい仕掛けを考えています。

 年内の竣工を目指します。

さあスキーへ

およそ2年振りにスキーへ行きました。本当に久し振りです。

 義妹の実家は長野県の木曽福島に別荘を持ちます。

 私達は今回で2回目。親族一式、総勢10名でむかいました。

 早朝に大阪を出ると、10:00am頃には到着。本格的なログハウスで、森に佇む雰囲気はなかなかのものです。

 居残り組は母と我が家の娘。

 妻は1歳の娘を母に預けてゲレンデ組。そのくらいスキーが好きなのです。

 きそふくしまスキー場までは20分程。

 気温は0℃前後で、雪質もなかなか良かったです。

 長男と甥っ子は、父のソリに引かれて、もちろんおおはしゃぎです。

 1歳の甥っ子は、完全にクマのぬいぐるみ。

 長男に、スキーをはかせてみました。

 最後はこけますが、意外と上手に滑るのです。

 むこうには雪を頂いた御嶽山。

 快晴の雪山より気持ちの良いものはそうありません。

WBCは第2ラウンドへ

 月曜日の夜は、WBC(ワールドベーボールクラシック)、第1ラウンド<東京>の決勝戦でした。

 念の為まとめておくと、野球世界一決定戦の第2回大会は、第1ラウンドに16カ国が参加。東京、メキシコ、カナダ、プエルトリコに分かれて変則トーナメントを戦い、上位2チームが勝ち抜け。第2ラウンドはアメリカのサンディエゴとアイアミに4カ国ずつ分かれて再び変則トーナメント。勝ち抜いた2カ国がロサンゼルスで決勝戦を戦うのです。

 日本、韓国、中国、台湾での第1ラウンドでは、一旦コールド勝ちをした韓国と決勝。試合は観れなかったのですが、0対1で惜敗。2位通過となりました。

 決勝進出時点で、第2ラウンド<サンディエゴ>行きを決めていますが、勝敗にも意味がありました。第1回大会で、日本は初代チャンピオンに輝いていますが、第1ラウンド、第2ラウンドで共に韓国に敗れているのです。

 決勝トーナメントでは勝利、優勝したのですが、大会後「韓国と日本は2勝1敗。真のチャンピオン決定戦を開催しよう」と主張があったくらいです。今回も再びあいまみえる第2ラウンドが見ものです。

 WBCという国際大会を、アメリカのMLB(メジャーリーグベースボール)が主宰するという、問題点もあります。しかし仮に、2大会連続で日本の優勝となると、発祥の国アメリカ、キューバ、ドミニカ、そして北京オリンピック金メダルの韓国も、おもしろいはずがありません。

 そんな事を書いているうちに、第1ラウンド<プエルトリコ>で、オールメジャーリーガーのドミニカを、オランダが破るという波乱がありました。

 ドミニカはMLB最高年棒28億円をほこるA・ロッドが欠場になったとはいえ、松阪とチームメイトでレッドソックスの主砲オルティスを始めとするオールスターチーム。随分紙面を賑わしていましたが、スポーツは何が起こるか分かりません。

 当面の目標は第2ラウンドの通過。次戦は日本時間3/16(月)5:00amから。頑張れ日本!

歯磨きは貯金

 ある知人の話しです。小さい頃から、祖母にこう言われて育ったそうです。

 「歯磨きは貯金やと思ってしいや」

 歳の功ではありませんが、これは納得です。

 再石灰化で、少し戻る事はあるようですが、元に戻す事は出来ないのが虫歯。

 もっと早くから、意識していればと悔やんでみても後の祭りです。私の歯は、半分以上に治療跡と銀のフタが……。

 このフタを歯医者さんはクラウンと呼びます。日本語なら王冠。全く誇れない王冠で、笑い話にもなりません。

 そこで考えました。子供が喜んで歯磨き出来る方法を。

 本当に貯金することにしたのです。

 1回歯磨きが上手に出来れば10円を貯金箱に。

 お金で子供を釣るのはダメ親です。私はテスト満点を取ったら100円貰っていた口でしたが……

 しかしです。歯磨きは、10円以上の価値があると言えると思います。屁理屈かもしれませんが、今のところ効果は覿面です。朝晩すれば一日20円。掛ける365日で7300円。

 1回10円の歯磨き貯金、どんなものですか。

世界へ電話

 先月末から、新しい計画がスタートしました。内容については、了解をとって追々UPして行きたいと思います。計画自体の話ではありませんが、ひとつ相当に驚いた事がありあます。

 クライアントは仕事でペルー在住です。ほぼ地球の真裏なので時差は-14時間。南半球ですから季節も反対の夏です。

 「日本との国際電話は結構かかるでしょう」と聞くと「ほとんどタダみたいなものです」と。連絡手段は、メールをメインと考えていました。ところが「skype」ならパソコンさえ立ち上がっていれば、無料で会話できるそうなのです。

 それで、何月何日の日本時間10:00am、ペルー時間8:00pmに電話すると約束して、準備を始めました。まずは、skypeでアカウントを取得です。

 次にパソコンにマイクが付いていれば不要ですが、なければマイクを買います。

 どうせならと、手が自由になる耳にクリップできるヘッドセットを買いました。USB接続のアタッチメントと併せて2000円程。

 この機会に、もうワンセット準備しました。事務所内でテストしてみると、見事開通です。

 いよいよペルーの首都、リマとの交信です。(あえてこう書きます)

 微妙な緊張感の中コール。1回目、2回目……。

 繋がったか感じはあったのですが、画面には拒否の文字が。若干焦りながら再度コール……。

 見事に繋がりました!「さっきは間違って切ってしまいました、すいません」と。

 音質も固定電話と全く遜色ありません。電話での打合せを進めるうちに「こっちのノートパソコンにカメラが付いているので、映像もいくと思います。えっとここを……」

 なんと、テレビ電話になったのです。近くには娘さんと奥様の姿も。こちらは写っていませんが、何故か頭を下げながらご挨拶。50分程の打合せを終えました。

 何と言うか、非常に興奮しました。地球の反対側と『無料』でテレビ電話が出来るのですから。

 すぐにwebカメラも発注しました。価格は1,000円から3,000円くらいでもあります。

 skypeの事はイタリアに住む知人に聞いていました。その時はもうひとつピンと来ていなかったのです。

 自宅のPCでも早速設定します。ミラノのセイコ、ロサンゼルスのtomokoさんへ妻から電話がいくかもしれません。

 私はニューヨークのイナゴロー、タッチャンへかけてみようか……。何かワールドワイドな感じ。

実家のそばに

 日曜日は、長男の4歳の誕生日でした。明日は娘のひな祭り。実質的には初節句です。

 毎度のことですが、弟家族も集まって、実家でお祝いをしてもらいました。

 私の両親からすると、現在孫は4人。

 4歳男(ウチ)、3歳男(弟家)、1歳男(弟家)、1歳女(ウチ)という並びです。

 子供の遊び相手は専ら父の担当です。飽きずに1日中でも見てくれます。

 上の2人は、ウルトラマンだ、シンケンジャーだと言い出して、段々凶暴になっていきました。

 ただの猫かわいがりから、徐々に父の怒声も飛び交うように。

 今年の夏には更にもう一人加わって5人に……。賑やかで有難いことです。

 親になっても知らないことばかり。

 雛人形は妻側の祖父母が用意するものだそうです。これがなかなかに立派で、私達の住むマンションには入りません。

 それで、こちらも妻の実家に置いて貰っているという。

 実は3月末に、私の実家近くへ引越すことになりました。歩いて30秒ほど。こんなことではダメなのですが、更に依存度は高まりそうです。

 ただ来年のお雛さんは何とか家に飾れそうです。この件も追々UPして行きます。 

子供を花粉症にしない9か条

 2月23日のYAHOO!ニュースに以下のような記事が載っていました。

 子供を花粉症にしない為の9か条を、専門家が上げているのです。

①生後早期にBCGを接種させる
②幼児期からヨーグルトなど乳酸菌飲食物を摂取させる
③小児期にはなるべく抗生物質を使わない
④猫、犬を家の中で飼育する
⑤早期に託児所などに預け、細菌感染の機会を増やす
⑥適度に不衛生な環境を維持する
⑦狭い家で、子だくさんの状態で育てる
⑧農家で育てる
⑨手や顔を洗う回数を少なくする

 ①から③は分かる気がします。④から⑨は要するに、もっと菌を増やして、体に取り込めという事。ノーリスク・ノーリターンでしょうか。ちょっと痛快でさえあります。まずは花粉症に対しての話しですが、続きを読むとそれだけでもないようです。

 仕事の話しになりますが、住宅を設計する場合、子供さんがアレルギー体質の家庭はかなりの確率にのぼります。その為、国産自然木のフローリングや、土壁を採用するケースも増えました。

 しかし、そのもう一つ前に、清潔すぎるという問題もあったのです。住空間の創造を生業とする者として、思うところがあります。

 人は、木の上での生活を捨てた時から、巣以上の存在、「家」を創りました。雨風、暑さ寒さをしのぐだけのものから進化し、更に快適と便利を追求します。ドライ(湿気は体温を奪う)、クリーン(文字通り清潔)、フレッシュ(新鮮な空気、風)を求めて。

 現在の住宅は、当たり前ですが人類史上、最も便利で、最も清潔です。例えば建材メーカーは外壁材なら、メンテナンスフリーで、長持ちするものを目指し開発します。室内においても、汚れは簡単にふき取れるよう、表面はコーティングされ平滑なものが、より売れるのです。

 全否定する訳ではありませんが、自然界に風化せず、平滑なものなどありません。経済原理で正しい事が、人の暮らしにとって正しいとは限りません。全てを原始に戻せば解決とは行きませんが、便利、効率、永久をむやみに求めるのは危険だと感じるのです。 

 ではその頃合はあるのか?という事になります。そこはそれぞれの人の直感(良心といっても良いかもしれません)に従う他無いと思うのです。

 最後のところは完全に感覚です。しかし、人の心は突き詰めて行けば、誰でもそこまで分かるようになっているはずです。でなければ、人はここまで生存しなかったと思うからです。

 私も、数年前から花粉症です。それだけが原因かは分かりませんが、歴史上からみれば無菌状態に等しい中で暮らしてきたのかもしれません。バイタイティーこそが大切と思っていたのですが……。ちょっとショックな気さえするのです。

 リンクが切れると困るので、ここにニュースの全文も貼っておきます。

 将来、子どもが花粉症で苦しまないようにするためにはどうすればよいか―。理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センターの谷口克センター長が「花粉症にならないための9か条」を紹介した。

 2月23日に横浜市の理研横浜研究所で報道関係者を対象に開かれた「製薬協プレスツアー」(主催=日本製薬工業協会)で、谷口センター長は「スギ花粉症ワクチン開発」と題して講演。この中で、▽生後早期にBCGを接種させる▽幼児期からヨーグルトなど乳酸菌飲食物を摂取させる▽小児期にはなるべく抗生物質を使わない▽猫、犬を家の中で飼育する▽早期に託児所などに預け、細菌感染の機会を増やす▽適度に不衛生な環境を維持する▽狭い家で、子だくさんの状態で育てる▽農家で育てる▽手や顔を洗う回数を少なくする―の9か条を紹介した。

 谷口センター長は、2003年のアレルギー疾患増加の疫学調査結果などを例に挙げて説明。同調査によると、花粉症を含むアレルギー患者は、20歳代は80%、40歳代は70%、50歳代は40%、60歳代は30%と、若い世代ほど割合が多い。きょうだいの数とアレルギー疾患発症頻度に関しては、第1子の発症頻度は6.3%だが、第2子は4.9%、第3子は3.1%と、第2子以降は発症頻度が下がる傾向が見られた。

 また、生後6か月以内に麻疹、抗酸菌などの感染症にかかると、アトピーになりにくいという。6歳時点でのツベルクリン反応陽性者は喘息の発症頻度が4%、反応陰性者は16.2%だった。

 一方、生後3年以内に抗生物質を投与すると、花粉症や喘息の発症率が高くなるという。

 谷口センター長は、「花粉症は、ある程度不衛生でエンドトキシンの量が多い環境で育つと発症しにくくなる。逆に、下水道などインフラが完備されている所、車の交通量の多い所で育つと発症率が高くなる」と説明した。1987年のある統計によると、栃木県日光市内の交通量の少ない小来川地区と交通量の多い日光スギ並木地区の花粉の一日当たりの平均飛散数はほぼ同じだったが、花粉症の発症頻度は、前者が5%程度だったのに対し、後者は13%だったという。また、96年にドイツで行われた花粉症の皮膚テストによると、旧東独のライプチヒとハレでは陽性率が7.9%だったのに対し、旧西独のミュンヘンでは21.3%だったという。

 谷口センター長は、「幼児期でアレルギー体質が決定するという仮説は正しいことが証明された。花粉症などのアレルギー性疾患は文明病であり、人間が物質文明を追求したために生じた免疫機能失調症だ」と指摘。その上で、「国民の約20%がスギ花粉症に罹患し、その経済損失は年間1.2兆円と試算されている。既存の医薬品による対症療法のみでは、増大するアレルギー疾患患者の治癒は困難。根本的な治療を実現するワクチン開発が急務だ」との認識を示した。

カキ、ハチ

 牡蠣、蛎、牡蛎、全部海のカキです。

 昨晩もいつものように、弟家族と一緒に実家へ食事に。義妹が広島産、殻つきのカキを頂いたと持ってきました。

 私は好き嫌いが無いのが自慢。勿論カキも大好きです。

 ところが、親族にカキが全く駄目な人が2人いるのです。妻の母と弟の嫁。

 義妹は数年前に一度当たってから、もうアレルギーに近いそうです。

 頭では今でも食べたいと思っても、食べるともう……大変なのです。

 オイスターソースに反応する事もある程。義母も同じようなものらしいのです。

 それで今回は、持って来た本人以外で頂きました。

 蒸し焼きにして、レモンを絞って。カキとカニは海の味。本当に素晴らしい味でした。

 似た話かどうか、一度ハチに刺されると、二回目はショック死する事もあると聞きいたのです。

 先週、旅行に行った友人が医師なので、聞いてみました。

 「かなり確立は低いけど、無いことはない」

 一昨年初めてハチに刺された私は、「それは迷信やろ」という答えを期待していました。かなり低い確率に入るとは思っていませんが、大げさに言えば、そこらじゅうにスナイパーが居ると言う……

 共に一回目と、それ以降では全く違う人間になっている証拠です。自分を守る為の抗体の働きでしょうか。

 人ってこんな歳になっても変わるのだと、妙に感心もしたり。

猪木vsアリ

 今日はとてもマニアックな話し。しかも長いのです。

 最近でこそ観なくなりましたが、小さい頃からプロレスが大好きでした。金曜日の夜、8時からのテレビ中継を心待ちにしていたのです。タイガーマスク、長州力、ハルク・ホーガン、アンドレ・ザ・ジャイアント……。アントニオ猪木率いる新日本プロレスです。

 先日、33年振りに再放映された「アントニオ猪木モvsモハメド・アリ」。権利の問題で、今まで流せなかったようです。当時5歳の私は記憶にありませんが、話はよく聞きました。
 出来るだけ簡単にまとめると……

 ボクシング、世界ヘビー級王者のモハメド・アリは強さと華麗さを備えた、出色のチャンピオンでした。加えてビッグマウス(大口たたき)でも有名。「俺に挑戦する東洋人はいないか?」といつもの調子でリップサービスしたのです。

 その発言に対してアントニオ猪木は、挑戦状を送りつけます。世界的には無名なレスラーと対戦するメリットは非常に少なく、アリ側の反応は鈍いものでした。一方、世界のメディアにアピールする手法で、猪木側は煽り立てます。

 無視できなくなった、アリ側と何とか調印にこぎつけます。初めはエキビジョンマッチと考えていたアリは、公開スパーリングで本気の猪木を見て、様々なルール改正を要求。その条件を飲まなければ、帰国すると言い出します。このビックイベントをキャンセル出来ない猪木側はその条件を受け入れるのです。

 立った状態でのキック禁止、投げ技、関節技の禁止、頭部への攻撃禁止等など。しかもアリ側はそれを、マスコミに公表しないことまで要求します。

 がんじがらめのルールですが、1976年6月26日、何とか実現にこぎつけます。やむなく取った戦法が、寝転んだ状態で執拗にキックを放つ、俗に言う「アリキック」だったのです。

 多くの時間を、寝転んだ状態の猪木をアリが挑発する事に終始し、結果はドロー。「世紀の凡戦」と酷評されます。しかし、その後アリはキックによるダメージで入院。加えてルール問題などの事実関係が分かるにつれ、評価は一転するのです。

 後日談も「アリはグローブの中に何か入れていた」「猪木はシューズの中に鉄板を入れようとしていた」等など。想像力を書きたてます。

 再放送の試合はダイジェスト版でしたが、いまや伝説のチャンピオンであるアリの動きが徐々に鈍くなり、表情に余裕の無くなって行く姿は、緊迫感に満ちたものでした。間違いなく歴史に残る名勝負でした。

 現在はニュースキャスター、その礎をプロレス中継のアナウンサー時代に築いた古館伊知郎は、猪木を多くの形容詞で飾りました。「燃える闘魂」「過激なダンディズム」「男のロマン」など。

 プロレスという市民権を得にくいジャンルを「何とかメジャーに」と戦った男のロマンを感じたのです。

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