今日は爽やかな、秋晴れの朝です。快晴は一時、日々の雑事を忘れさせてくれます。建築を設計していると純粋に建築のことだけではなく、その周囲にある問題で迷ったり、悩んだりすることもあります。
「いい仕事がしたい」。ただその一念だけなのですが、仕事をする、生きるという事は、良い悪いだけでは判断出来ない事も起こります。迷ったり、悩んだりした時に、創り手としての心構えで、心に留めていることばがあります。
人々にとって何等かの生きるよすがと成り得ない小説を、私は一作たりとも書きたくない。
私は複雑で高邁なものは信じないし虚無に対して常に反抗的である。
それぞれの場所で傷ついたり挫折したりしながらも、なお闘おうとしている人々のために、私は小説を書いてきたし、またこれからも、そうであり続ける。
宮本輝(小説家)
そう。複雑で高邁なものは信じないのです。
一昨日、見かけた近所での一コマです。
あるお店の前で、近くに住む、70歳くらいのおばあちゃん、55歳くらいで店主のオバちゃん、30歳前後のお母さんが、世間話をしていました。お母さんは、赤ちゃんと4歳くらいの子供を連れています。
大人が話こんでいると、4歳くらいの子供はいたずら盛りで、店の前にあるジュースの自動販売機を蹴り始めました。
お母さん: 止めて!そんなことしたら、オバちゃんに怒られるわ!(怒)
店のオバちゃん: ホンマやで、止めて。オバちゃん怒ってるで!(怒)
子供はよけいに蹴り始めました。
おばあちゃん: そんな悪いことしたら、足がいがんでしまうで。もう歩かれへんようになってしまうなア。(ニコニコ)
子供は蹴るのを止めました。
穏やかに、おばあちゃんの言った言葉に根拠は無いのに(当たり前!)、子供にとっては一番怖かったのでしょうか。
頭ごなしに怒るより、なんだか解らないけど、怖いことのほうが、迫力があるようです。誰も見ていなくても「悪いこと」をすればバチがあたる。もし子供がそう考えれば、子供自身が思う「悪いこと」はしなくなる事になります。
なんだか“年の功”という言葉を思い出しました。そういえば、私も小さかった頃、訳が解らないけど怖かった事がたくさん有ったような気がします。
“辛”いに“一”つ加えると“幸”せ
“人”を“良”くすると書いて“食”
“心”の“受”け取りと書いて“愛”
以上、漢字のちょっといい話でした。
ある経営者の方とお話していました。
「今までは、家族のため、社員のため、と思って頑張ってきたけど、これからは、家族と共に、社員と共に、頑張らなアカン!」と仰っていました。「共生」の思想です。
自宅のダイニングには、書家「相田みつを」の作品が、ひと月分の31枚が綴られた、日めくりカレンダーを掛けています。
10日の作品には、ちょっとドキッとさせられます。
人の為と書いて、いつわりと読むんだねえ みつを
仕事をするのは、 自分の為?家族の為?クライアントの為?多分、誰かの為にする事じゃないんだろうな、って思います。
そう考えるようになったのは、「京セラ」の稲盛元会長の“社会こそが、自分を磨く最高の道場”という言葉を聞いてからです。
仕事をするという事は、修行をするということなのです。

この連休は妻の実家に里帰りしていました。
近くに川があるので、天気が良い日は、飼い犬の「マナ」を連れてよく散歩に行きました。

川辺を散歩していると飽きることがありません。
水鳥が水遊びをしていたり、小魚が物陰にかくれているのを探したりしていると、「マナ」は私の目を盗み「道草」を本当に食べています。
川はよく人生に例えられますが、鎌倉時代の古典随筆、「方丈記」の始まりは簡潔で美しい名文です。
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある、人と栖(すみか)と、またかくのごとし。(中略)朝に死に、夕に生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。
そこにある「無常観」という思想は少し心にゆとりを与えてくれる気がします。
小説家、開口健、そのヒトが大好きで良く読みました。
『輝ける闇』などの名作と共に楽しいエッセイが数多くあります。この休みに『オーパ』などの旅行記を読み返していました。
その旅行に同行したカメラマンとの会話をいくつか。
「ええか、男はナ、自分の財布で飲むんヤ。
それでなければ身につかへんのヤ。
男になりたければ、そうするんやデ。
上を見て生き、下を見て暮らさないかん。
そういうこっちゃ。」
「金を儲けようとすると逃げていきよる。
結果として手にするんならええんヤ。
そんなもんより名だ、名を惜しむんヤ。
いいか、いい仕事をしなくてはいかんゾ。」
「釣りでも、食うことでも、飲むんでも、オンナでも、
なんでも徹底的に、これでわかった、もう結構というまでに
トコトンやるんヤ。そうしているとある瞬間、なにかがピカッと閃く。
それで本当にそれがわかったとうこことなんヤ。
量は質に転化するもんなんやデ」
何か元気がでてきません?
今年もあと2日、兎にも角にも、2004年は終わります。-年が暮れる-なんとも美しい表現だなと、気が付きました。
今年は私の設計事務所のホームページをリニューアルすると共に、この日記を始めました。日々思うことを、少しでも文章として残せたら、という気持ちと、自分の見た美しい自然の風景を見て貰いたいという気持ちからでした。
私の勝手な考えを見てくれる人はいるんだろうか、と思っていましたが、いろんな人に訪れて頂き、何人かの人からは「いい話もあるね」なんていう感想を貰ったりした時は、なんとも嬉しいものでした。
見て貰えるというのは、大変うれしく、励みになります。考えを素直に伝えたいという気持ちもあります。日記は今後も出来る限り続けて行きたいと思いますので、気が向いた時はまた立ち寄ってください。
今年は、私の作品を初めてテレビで紹介してもらったり、本への掲載が決まったりと、いくつかのご褒美を貰ったような気がします。まだまだ勉強しなければならない事は山積みですが、仕事納めを終えた今日だけは、「精一杯やったじゃないか」と自分に言ってあげたいと思います。
そして、新たな気持ちで、新年を迎えようと。
今年も一年、本当にありがとうございました。2005年が、みなさんにとって素晴らしい一年となりますよう。
守谷昌紀
映画を観るときや、本を選ぶときの基準で一番大切にしているのは、誰かの推薦です。中でも「まだ、この本を読んでいないなんて、羨ましい」といった類の感想を聞いた作品は必ず読んだり、観たりします。
私の好きなタレントさんが、そんなコメントをしていたのが、ジェフリー・アーチャーの「ケインとアベル」(新潮文庫)です。
1906年4月18日に、アメリカとポーランドの全く異なる環境に生まれたケインとアベルが出会い、互いに成功し、互いに憎しみあいながら、互いの成功を妨害します。その一方で、知らないところで相手の人生の危機を何度も救ったりもします。ストーリーは交錯しては離れ、二重奏のように複雑に展開していく2人の男の人生を描いています。
歯ごたえがありそうで、楽しませてくれそうな小説は、いつも探しています。小説はフィクションであるからこそ、作家の全てを注ぎ込み、言い訳無用の潔さと人生を感じるからです。
読んでいる時間を楽しませてくれれば十分なんですが、その話の中には、必ず心に引っかかるところがあります。たとえば「ケインとアベル」の場合は次の一節です。
「運命は勇者に微笑む」 ジェフリー・アーチャー著『ケインとアベル』より
日本語の漢字は一般的には、5万字くらいと言われているそうですが、そのうち、名前に使える漢字は1945文字の常用漢字と、2004年に新しく493文字増えた人名用漢字983文字を合わせて2928文字あります。
私の名前は”昌紀”と書きますが、正直に言うと、すごく気に入っているというわけではありませんでした。”昌”は女性にもよく使われる文字という印象があったので、すこし女性っぽいと感じていたからです。
名前に関する本を読んでいた時に、そういえばと思って調べてみると、
昌:勢いが盛ん。栄える。美しい。太陽が光り輝くさまを表す。
快活でエネルギッシュ。周囲を明るく照らすような子に。
紀:はじめ。道筋。決まり。要。年代。書き記す。柔らかい印象に。
とありました。「ん?だいぶイメージと違うな。そういえば、太陽が2つもあるんだから、明るくて、いいに決まってるじゃないか。はじめに照らす、か、そうありたいナ。」などと一人納得していました。
私の名前は、父方の祖父母がいくつか候補を考え、そこから両親が選んだそうです。もう連れ添って34年になる、自分の名前という一生涯のパートナーの事を何も知らなかったことに、なにやら恥ずかしいような、情けないような・・・・・・。
これから、署名をする時の気分はきっと、晴れ晴れとしたものになるだろうと思いますし、少し自分の目指す像の輪郭が見えたような気がします。
先週末の新聞に『一流の顔』という本の著者の岡野宏さんという方のお話が載っていました。
元NHKの美粧師の岡野さんは、NHKのアート美粧部で40年間
ざっと10万人の顔をこしらえてきた。・・・中略・・・女優松たか子のお父さん松本幸四郎氏から手紙が届いた。「とにかく、つくり込まないでくれ・・・」娘を思う親心。幸四郎氏の助言を心に留めて、初々しさとさわやかさを生かそうと決めた。このとき、岡野さんは「必要以上に手を加えないことも大切である」と悟ったという。
男の化粧に対する関心はここ数年、高まっているが、こんな意識とは裏腹な事にも時々出くわす。「先日、プロ野球の球団から金銭授受のあった今年プロ野球入りする選手が謝罪する
映像がテレビに出ていました。深く頭を下げているのに、なぜか誠意が伝わってこない。よく観察していると、あのまゆ毛がいけないと直感したんです。手入れされたまゆがかえって軽いイメ
ージをつくり、彼の謝罪する気持ちを正確に伝えていなかった」「まゆは知性、目は心、鼻筋は気質を表す」”一流の顔”と長年向き合っていた岡野さんの持論だ。
私も松たか子さんは他の女優さんとは少し違う印象を受けていましが、自分、もしくはその周りの人々の明確な意識を持ってプロデュースしていることで納得できました。
また、その選手の謝罪会見を見たときに、イメージが軽いかどうかは別にして、何か心に引っかかるものはありました。
人によって感じ方はそれぞれですが、奴隷解放宣言で有名な第16代アメリカ大統領リンカーンは「男は40歳になったら、自分の顔に責任を持て」と言ったそうです。
久しぶりに鏡に映る「顔」をマジマジと見てみました。
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