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竜馬、鰹、過去未来‐1060‐

 GWの愛媛、高知の旅。

 前回は、四万十川を巡るところまで書きました。

 東へ車を走らせると、高知市内に入ります。やはり竜馬は外せないので、まずは桂浜へ。

 司馬遼太郎好きですが、「竜馬がゆく」を読んだのは30歳の頃。その頃、私は仕事を1年休み、海外へ出掛けたりしていました。

 彼の人生は32年です。

 激動の人生を駆け抜けた様を知り、焦りを覚えました。今も焦りはありますが、日々ベストを尽くす他ないと腹はくくっています。

 高知出身の先輩に「地元の人間もひろめ市場はよく行く」と聞いていました。

 南国特有のおおらかな空気を感じます。ベトナムやタイの市場を思わせる雰囲気もあり、気分は盛り上がります。

 中でも、明神丸の鰹は絶品でした。

 GWの混雑でしたが、席を譲ってくれた家族がいました。

 「あれは食べた方がいい」と勧めてくれました。

 鰹のハランボは売り切れごめんだそう。

 トロのような部分なのか、脂がのっていて、別次元の美味しさでした。

 塩たたきは、その名の通り塩だけで頂くもの。

 この粗塩が、新鮮な鰹の味を引き立てます。1本釣りの鰹だけを使っているそうです。

 美味しいとは聞いていました、ここまで違いがあるものかと、圧倒されました。

 これだけでも、高知へ来た甲斐があります。

 最終日、フェリー乗り場のある愛媛へ戻ります。

 別子銅山のことを知ったのはこの1月。祖母の葬式の際でした。その近くにある、神社が祖母の親の出身だと聞いたのです。

 以来気になっており、「東洋のマチュピチュ」というフレーズを知りました。

 標高750mに広がる、日本最大級の銅山跡で、産業遺産として保存されているのです。

 ただ、ここ至るまでの道が極めて狭く長い。

 もしこの道幅を知っていたら、行かなかったかも。その位、離合が大変でした。

 昭和43年に閉山されたのですが、多くの建物が残っています。

 変電所跡も当時のまま。

 壁が剥げ落ちてはいますが、ぬっと人がでてそうな雰囲気です。

 最盛期はこの山奥に3600人の関係者家族が暮らしていました。

 ここは住友が民間一社で採掘をしていた稀な銅山で、小学校、中学校もありました。子供たちをしっかり教育すれば優秀な人材が生まれ、何代にも渡って、彼らが住友を支えてくれたそうです。

 床に転がるビールの空き缶。

 「子供の頃見た、アサヒビールのロゴはこんな感じだったな」と思い出します。

 旅は、自分の過去と向かい合い、未来を見つめなおす機会でもあります。次にまとまった休みを取れるのはお盆でしょうか。

 家族旅行、47都道府県制覇を目指します。

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最後の清流に見る‐1059‐

 今年のゴールデンウィークは、愛媛、高知を回っています。

 四万十川沿いを走っていると、鯉のぼりの群れ。

 今日は端午の節句。

 子の健康と成長を願うのは、誰しも同じです。

 3日(金)の早朝、フェリーは東予港に到着しました。

 松山までは高速で1時間かかりません。

 3千年の歴史を誇る道後温泉は、夏目漱石らも愛した古湯です。

 松山は、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の舞台でもあります。

 そのミュージアムは、安藤忠雄設計です。

 その晩は、宇和島泊。

 藤原純友が考えたとも言われるのが鯛めし。

 刺身を生卵の入った出汁にからめて、ご飯と一緒に。ようは海賊料理なのです。

 翌日は、四万十川を遡りながら、高知を目指します。

 最後の清流、四万十川。何ともノスタルジックな響きです。

 沈下橋のある景色で知られますが、最も美しいとされるのが岩間沈下橋。

 これらは生活道路です。

 大雨の時に流されないよう、欄干がありません。

 しかし、はるか上空に建設すれば、こういった形状にする必要はないのです。

 少し走れば多くの沈下橋を目にします。

 上流部にある向山橋は、昭和38年架橋とありました。

 これほど薄い橋は見たことがありません。

 機能美と言えるところまで昇華しており、自然と融和しているように見えるのです。

 ミニマリズム、簡単に言えばもったいない主義。

 自然との共生を、最後の清流に見た気がします。