カテゴリー別アーカイブ: 08 友人・知人

友人は大切に

 日曜日の夜は、妻が出産のときに一緒だった友人家族と自宅で忘年会。今年初です。

 その会の前に、近くの現場に皆でやって来ました。

 お母さんから、近くなら現場を見てみたいとリクエストがあったのです。

 しかし子供達は前にある遊具のほうが気になり……見学会にはなりませんでした。

 休日に近くを通れば、出来る限り家族で現場に寄ります。

 子供が手にするおもちゃでも、モノはどんどん完璧に、精度が高くなって行きます。これからもその傾向は強まる一方。

 建築現場は精度低く、クレームだらけという訳ではありませんが、人の手の跡がまだまだ残っています。削った木屑、曲がった釘など。
こんな物を見るのが大事だと思うのです。

 忘年会の方は、妻も気合が入っており、食卓は料理でいっぱい。飲んで食べて、子供達も10時頃まで遊んでいました。

 家に友人が遊びに来てくれるのは、本当に嬉しいことで
す。そう言えば、引っ越してからも我が家に来てくれたのは、クライアントと妻の友人ばかり。

 はたして私に友達は……

 子供には、友人を大切にしなさいと言っているのですが。

山芋焼きを食べて練り歩く

 日曜日の夕方は、ミナミへ。妻の同僚だった友人家族が、来阪したのです。

 転勤が多く現在は岡山在住。久しぶりの大阪なので夕食は「お好み焼き」となったのです。

 お店もリサーチ済みで、道頓堀の「美津の(みづの)」へ。

 かなり人気店のようで、5:00pmに現地集合。少し待ちで席を確保出来ました。

 帰る頃には10人程の行列が出来ていました。

 支持されるには理由があります。

 小麦粉の全く入っていない山芋焼きは、フワフワとした食感で、長男もかぶりついていました。

 やや酸味のあるソースが美味しいので、お好み焼き、焼きそば、どれも流石の味。

 「三代続く」のうたい文句は伊達ではありませんでした。

 長男と1歳違いの子供さんは、とてもウマが合うようで、帰りは肩を組み、道頓堀を闊歩していたのです。

 彼に「宿泊先まで遊びにきてよ」と声を掛けてもらい、そのまま滞在先のホテルへ。

 夫妻が大阪にいたのは5年程で、そのうち妻が一緒に働いたのは1年です。

 それでも当時の話は尽きることがなく、滞在先のホテルを出たのは10時でした。

 ご主人は、一流企業の幹部候補です。興味があったので、何故モチベーションが保てるのか聞いてみました。

 「どれだけ深い悲しみを知っているか、かなと思うんです」

 意外でしたが、納得できます。悲しみ、苦労の種類はいろいろあります。それが無いほうが良いとも言えますがそんな人生はありません。

 自分の無力感を知った人が、仕事に対して、生きることに対しして謙虚になれるのだと思うのです。

 よく話し、よく笑い、よく飲んだ夜でした。

イターリアより 2010

日曜日は朝から、京都の青少年科学センターへ行っていました。

今年もイタリアより、妻の友人家族が遊びに来てくれたのです。

雨予報だったので、いろいろ考えた結果ここにしました。

プラネタリウムが初めてだったようで、子供達は随分喜んでくれました。

一番上が小学校3年生、続いて小学校2年生。

一番下が5歳で長男と同い歳です。

地震体験マシーンはかなり気に入っていました。

夕方の4時頃まで目一杯遊んで、一旦平野の自宅に戻ります。

夕食は中華の店屋物ですませ、今度は神社の夏祭りへ。

それぞれが、金魚すくい、スーパーボールすくいなど、思い思いの屋台へ。

それが終わると「もう一回したい」「本当はお面が良かった」とグズリ始めたので、そろそろと家へ戻ったのです。

グズッて、怒られてまで含めてお祭りです。


お参りは皆で揃って。2礼2拍1礼も教えました。

全員甚平姿ですが、こちらからのプレゼントでなく、ウチの子供がお下がりを貰って着ているのです。

全く反対ですが。

更に、長男にはサッカーのイタリア代表のユニフォームまで。

 今回のワールドカップ。イタリアは、まさかの一次予選敗退でした。

「喜んでもらえると思って用意していたのに」と怒っていましたが、そんなことは関係あません。

海を越えてやってきた本物のアズーリ(イタリア代表の愛称)。この上なく嬉しいものです。

妻の友人にとっては、年1回の帰郷です。ご主人は3年に一度くらいの感じでしょうか。今年は終盤にご主人も来日するかも、とのこと。会えれば4年振りです。

今まで、話したことがあるのは彼だけですが、イタリア人はとても感じの良い人達なのです。

イターリアより 2009

 土曜日の朝、昨年に続いてはるばる遊びに来くれました。

 妻の友人は、イタリア人のご主人と結婚して、ミラノで暮らしています。今年は夏休みの1ヵ月を、奈良の実家で過ごしています。昨年はご主人も一緒だったのですが、全員での来宅はまた今度です。

 今年は引っ越したので、プール遊びからスタート。

 我が家の長女は、意外に人見知りでした。

 イタリア、長男7歳、長女6歳、次女4歳。日本、長男4歳、長女1歳6ヶ月。当たり前ですが、去年より1歳大きくなりました。

 日曜日は朝から、扇町のキッズプラザ大阪ヘ。

 家からは地下鉄で30分くらい。中には、子供が喜ぶ、ありとあらゆるアトラクションがあります。

 2層吹抜けになった子供の街というエリアは、有機的な立体迷路で、皆汗だくで走り回っています。

 いつも無駄使いの槍玉に上げられる、大阪市環境局舞洲工場(2001年)で知られる、フンデルト・ヴァッサーの設計。

 用途が問題なのであって、ここはとても楽しいところです。

 職業体験も色々出来ます。

 イタリア次女4歳と、ニュースキャスターに。撮影の後、モニターで流してくれました。

 誰も見ていませんが、気恥ずかしいものです。なら、しなければ良いのですが。

 毎年この行事を楽しみにしています。

 我が家の長男に、英語とイタリア語の違いは分かりません。

 どれでも、飛行機で12時間もかかる、遠い国があると知るだけでも凄く幸せだと思います。

 外出の時、6歳のお兄ちゃんでも必ずお母さんと手を繋いでいました。「偉いねえ」と言うと、それは治安の違いという答。

 日本と違う国があると知るだけで、私にとっても凄くいいのです。

アゲハチョウ

 朝起きて窓を開けると、庭木にアゲハチョウが止まっていました。

 長男が盛り上がっているのを制し、もう一枚アップで撮ろうした瞬間、フワと飛んで行きました。

 長男はむくれていましたが、まじまじと見ると美しい生き物です。

 子供の頃、何故あんなに生き物を捕り、飼いたかったがったのでしょう。小さい頃、斜め向かいに住む友達もそうでした。

 小学2年生だったか、彼は飼っていたザリガニのお腹に、卵を見つけたのです。そして「産卵には沢山酸素が要る。ストローでブクブクしたらなアカン」と言うのです。

 それで、交代々々に日暮れまでブクブクしていました。夕飯時になると、その辺は子供のなので「じゃあ」とそれぞれの家に帰ったのです。

 次の日も、学校に行く前にブクブクし、帰ってからもブクブクしていると、小さなザリガニが沸くように孵化し始めたのです。酸素を送ったのか、二酸化炭素を送ったのか分かりませんが、小2にはちょっと感動的な光景でした。

 彼は小学3年になる春休みに、閑静な住宅街に引越して行きました。その後も中学くらいまでは、行き来していたのですが、その後疎遠になって行きます。

 「亡くなった」と聞いたのが、8年前の今頃。朝起きると眠っているように……だったそうです。「どうしてるんやろうなア」と思いながら、中学を出てから一度も会わずでした。
 
 もう一人、若くして亡くなった友人がいます。あれも7年前の蒸し暑い夜でした。

 日本には、チョウを魂の化身とみる風習があります。音も無く飛ぶ様が、儚げで神秘的に感じられたからでしょうか。ほんのたまにです。彼らに「元気にやってる」と言いたくなる時があります。

初めての家

 年度末は何かとバタバタするものですが、一番時間を取られたのが引越し。

 事務所の引越しは4回。引越しアルバイトの経験も有り、自宅も軽く考えていました。子供のおもちゃが増えたとはいえ、思ったより荷物が多かったのです。

 結婚してから5年と5ヶ月。小さな賃貸マンションで暮らしました。分相応の生活をと借りたのですが、眺めの良い部屋でした。昨日が明け渡しの立会い日。敷金40万円で、敷引きの特約事項が無かったので、預けていたお金は全額返ってきました。

 よくある現状復帰のトラブルについては、次回書きたいと思います。 

 「実家の近所で売りが出た」と聞いたのは、年明け1月の下旬。妻も母も同じ広告を見ていました。母はすでに不動産会社に連絡済みだったのです。

 そんなこんなで、1975年(昭和50年)10月竣工。古家付きの土地を買う事になりました。私が5歳の時に建った木造2階建てですから、耐震性に若干の心配はありますが、これも縁と思い、すぐに引越す事にしたのです。家賃を払い続けるのは勿体ないというのが一番の理由ではありますが。

 築33年だけあって、今の住宅との違いは明らかです。まず寒い。そして扉が多い。基本的には、和風建築の間取りなので、迷ったらフスマという感じです。2ヶ所外しました。

 階段の傾斜はおよそ50度。踏面も狭くかなり急です。

 バスタブのサイズは90cm×70cmのステンレス製。

 子供と入るとお湯が溢れる位小さく、風呂釜と言ったほうがピッタリきます。

 しかし全く不満はありません。

 猫の額ほどですが、庭まであるのですから。

 表に出ていたら、お隣の奥さんからフリージアを頂きました。黄色の花弁からは春の香り。

 元々近所だった事もありますが、そんなご近所付き合いも暮らしの一部です。

 と、思っていたら、一昨年、ご自宅が完成したクライアントが「近くに来たので宜しければ」と電話がありました。

 昨年の11月生まれのご子息と3人で、遊びに来てくれました。記念すべき、初めてのお客さんです。

 ご夫妻には毎年食事に招待頂き、長男には何度もプレゼントを

 それででは無いのですが、長男のテンションが上がりっぱなしに。

 アクオスをデザインした喜多俊之さんが

 いい空間を作るには人を呼ぶこと。呼べば整理をする。いらないものを捨て、欲しいものを奮発して買う。もともと日本には「もてなし」の茶道がある。いいインテリアを集めればいい空間を作れるのではない。人を集めるのがいい空間を作る。

 と書いていました。

 駐車場もありますので、いつでも来宅をお待ちしております。

 初めて、自分の家に住むことになったので、子供達には私が思う空間で暮らして貰いたいと思います。時間が出来たら、設計を始めようかなと思っています。

世界へ電話

 先月末から、新しい計画がスタートしました。内容については、了解をとって追々UPして行きたいと思います。計画自体の話ではありませんが、ひとつ相当に驚いた事がありあます。

 クライアントは仕事でペルー在住です。ほぼ地球の真裏なので時差は-14時間。南半球ですから季節も反対の夏です。

 「日本との国際電話は結構かかるでしょう」と聞くと「ほとんどタダみたいなものです」と。連絡手段は、メールをメインと考えていました。ところが「skype」ならパソコンさえ立ち上がっていれば、無料で会話できるそうなのです。

 それで、何月何日の日本時間10:00am、ペルー時間8:00pmに電話すると約束して、準備を始めました。まずは、skypeでアカウントを取得です。

 次にパソコンにマイクが付いていれば不要ですが、なければマイクを買います。

 どうせならと、手が自由になる耳にクリップできるヘッドセットを買いました。USB接続のアタッチメントと併せて2000円程。

 この機会に、もうワンセット準備しました。事務所内でテストしてみると、見事開通です。

 いよいよペルーの首都、リマとの交信です。(あえてこう書きます)

 微妙な緊張感の中コール。1回目、2回目……。

 繋がったか感じはあったのですが、画面には拒否の文字が。若干焦りながら再度コール……。

 見事に繋がりました!「さっきは間違って切ってしまいました、すいません」と。

 音質も固定電話と全く遜色ありません。電話での打合せを進めるうちに「こっちのノートパソコンにカメラが付いているので、映像もいくと思います。えっとここを……」

 なんと、テレビ電話になったのです。近くには娘さんと奥様の姿も。こちらは写っていませんが、何故か頭を下げながらご挨拶。50分程の打合せを終えました。

 何と言うか、非常に興奮しました。地球の反対側と『無料』でテレビ電話が出来るのですから。

 すぐにwebカメラも発注しました。価格は1,000円から3,000円くらいでもあります。

 skypeの事はイタリアに住む知人に聞いていました。その時はもうひとつピンと来ていなかったのです。

 自宅のPCでも早速設定します。ミラノのセイコ、ロサンゼルスのtomokoさんへ妻から電話がいくかもしれません。

 私はニューヨークのイナゴロー、タッチャンへかけてみようか……。何かワールドワイドな感じ。

出欠

 今日の最低気温は4℃、最高気温は11℃。一昨日が秋と冬の境目かもしれません。

 冬のにおいがしたら、年末までもうすぐ。事務所内も、バタバタとした時間を過ごしています。それぞれの計画は勿論ですが、年賀状の準備、完成した作品の写真、データの整理等などもたまっています。

 加えて、年末の12月30日に中学、高校の同窓会があるのです。事務所で事務局を引き受けていることもあり、私が世話役の代表をしています。

 前回は4年前で、第1回目でした。270名のうち50名の同級生が集まり、なかなかの盛り上がりを見せました。皆大変喜んでくれたのです。4年ごとのオリンピックイヤー開催決め、第2回を迎えますが、そろそろ11月30日の出欠の締め切りが迫ってきました。

 反応が大変良かった事もあり、楽観していたのですが、今日現在の返信葉書は、住所の分かる200名に対して、1/4の50名。うち出席は21名なのです。

 いいのです。参加は勿論自由ですし、みな忙しい年代ですから。ですが、欠席にチェックが入っている葉書が続くと、何かこう気分が……

 前回は初回という事もあり、世話役が手分けして連絡などしました。個人情報保護法も施行され、電話は結構怪しがられることもあり、今回は控えめにしていました。

 その影響もあるのか、期限まで残すところ一週間半。さて、どうなることやら。

イターリアより

今日から日曜までは、当事務所も夏休み。

ずっと良かった天気がここに来て崩れそうなのが若干の心配でしょうか。

今、妻の友人がイタリアから帰省しています。先月は奈良まで遊びに行っていました。先週、ご主人も来日し、我が家に遊びに来てくれました。

イタリアはミラノから、ようこそ大阪へ。

子供たちはもう一ヶ月以上日本に滞在しています。

日本語はお父さんよりも上手。日常会話には困りません。

昨年は奥さんと子供だけでの帰国でした。その時も遊びに来てくれました

我が家の長男と末っ子次女は同い年。今年は譲り合う光景も見え、仲良く遊べました。

こちらのご主人、ホスピタリティーに溢れた人で、イタリアから持ってきたパスタで料理を振舞ってくれました。

3年前の来日でもご馳走になったのですが、プロ顔負けの腕で素晴らしく美味しいのです。

日本が世界にほこる文化、畳に寝転んで記念撮影。

イタリア、6歳、5歳、3歳。日本、3歳、6ヶ月。

5人の家族は奈良へと帰って行きました。2週間後にはミラノへ。

毎年の帰省は大変なので、2年に一度になるかもしれないとのこと。

「残念」と言うと、来てくれたいいのにと。それもそうです。待ってるだけでは能が無いので是非行来きたいと思います。

前にもそんな約束をしたはずなので、ここ2年の間には何とか……

小指の爪

 この日曜日は母の日でした。母だけではありませんが、思い出す事があります。

 小学校の頃、両親が爪を切っていました。横で見ていると2人とも、足の小指の爪がほとんど無いのです。どうしたのか聞きました。

 共に「毎日働いていると、ちびて無くなる」と言うのです。それを聞いて「大人になると有るものが磨り減って無くなってしまうのか……」と空恐ろしい気分になりました。

 実家はガラス屋でした。小さい頃は特に忙しかったので、住居下の仕事場からは、毎日遅くまで父の怒声が聞こえてきました。楽しい思い出ばかりではありませんが、足の爪が磨り減るまで働き、こうして生かされていることに感謝します。

 そう思えるようになったのは、ごく最近ですが。

 しかし母の日に、感謝の言葉を伝えた訳ではありません。妻に「カーネンションの一本でも買っといてえヤ」と。全く恥ずかしい限りです。

 いつか面と向って言える時が来るのでしょうか。そんな事も出来ない自分が恥ずかしく思いますが、真っ当な感情だとも思うのです。完全に言い訳ですが。

 その頃の母の年齢はとおに超えました。一生懸命働いてきたつもりですが、幸い足の爪は全部あります。