カテゴリー別アーカイブ: 08 友人・知人

一方的叔父‐1090‐

夏恒例、ゼッカ家が我が家にやってきました。

妻の親友が、ミラノへ嫁いで13年。現在帰郷中なのです。

一番上のシモネは12歳になりました。

一番下はうちの娘で5歳。

皆大きくなり、集合写真でないと納まらなくなりました。

今年は私の休みと合わず、どこにも連れて行けませんでした。

せめて帰りだけでもと、天理まで送ってきました。

今度会うのはまた1年後。

長男は1歳の時から、一緒に遊んでいます。

シモネに至っては、結婚前から知っています。

今では、カルチョの国イタリアで、州のMVPに選ばれるほどのサッカー選手。

一方的叔父としては鼻が高いのです。

一方的叔父とは、あるクライアントが、長男へ向けて言ってくれた言葉です。

血縁関係はないが叔父。素敵な響きだなと思っていました。

見返りを求めない父性とでも言えば良いでしょうか。私にも、ようやくそんなものが芽生えてきました。

叔父としては、時々はこちらからイタリアへ出向かなければなりません。また、ジェラートを買ってあげる日を楽しみにしているのです。

続・ミラン

 久しぶりの白浜は朝からいい天気。

 妻の友人がイタリアから帰省しており、一緒に来ています。

 昨夏の旅行では、妻と子供が一週ほど世話になりました。つかのまのミラネーゼを体験をさせて貰ったのです。

 彼らの帰省は我が家の年中行事でもあります。しかし今回、残念ながら旦那さんは帰らず。

 なんでもイタリア北部のリゾート地で、プライベートビーチのオーナーになったとのこと。念願だった事業家となりました。スケールの大きな話です。

 ミラノのスポーツ紙でもは連日「「ホンダ」の名前が踊っているそう。

 友人家は筋金入りのACミランサポーター。上の男の子は小学6年生で、ミランのジュニアチームから声が掛かった有望な選手でもあるのです。

 イタリア人と日本人の両親を持つ彼にとって「本田、ミラン入り!」は、私が楽しみにしてる比ではないのです。

 これだけ条件が揃えば、もうミランのホーム、サンシーロへ行くしかありません。今秋か来春か……

 この年中行事が良いのは、日本以外に目が向くところ。地球は大きく小さいものです。

 今日も1日、白浜でアテンドします。と言っても、子供達は一緒に居るだけで十分楽しいのですが。

祝いの言葉は3分で

  昨日、大学時代の後輩が結婚しました。

  昨年の9月にその報告を受け翌10月に奥さんを紹介して貰いました

 可愛い後輩の結婚ですから、いい式に決まっているのですが、それを差し引いても楽しい式でした。

  会場のフォーチューンガーデン京都は、元島津製作所の本社ビルで、武田五一の設計です。建物も良かった。

 9月の段階でスピーチをお願いするかも、と言われていました。妻に聞いても、弟に聞いても、スピーチは3分位がいいと。どう考えても10分は掛かるのです。

  ケーキ入刀、乾杯、と進み私の順番に。

  行きの電車の中で5分までは縮めたつもりでした。

 弟も出席していたので、後で聞くと8分掛かったそうです。

 飽きはしなかったとの事だったので、まあ良かったとしておきます。

 ホッとしたのもつかの間。大学を出て約20年。スキー部は未だに体育会でした。

 先輩らに、ワインまで「一気」で飲まされ、卓上で寝だす後輩も続出。私も式終盤の記憶がほとんどありません。

  気が付いたのは深夜2時、ホテルのベッドの上でした。財布、手帳、携帯電話などが入ったバッグは全て会場に置いたまま。手持ちの荷物は一切なし。

 月曜日は午前中から打合せがあり、朝一番の電車で大阪に戻らなければなりません。さあどうしたものかと。

  スーツのポケットを探ってみると「御車代」と書いた封筒が。お礼を貰っていたようです。

 これを電車代にあて、今朝京都から大阪に戻ったのです。スピーチは「人生ほど素敵なショーはない」という歌もあります……というくだりで結びました。

 その言葉に偽りはありません。人生ほど素晴らしいものはありません。

 結婚おめでとう。2人の幸せを心から願っています。

青春から朱夏へ

 昨日は福井県の敦賀半島まで行っていました。

 大阪は快晴だったようですが、日本海側は晴れたり曇ったり。

 9月に会った後輩から、婚約者を紹介して貰うことになっていました。

 それなら、よく行った海を見ながら昼食でも、となったのです。

 私達は朝一番に大阪を出て、食材確保に向います。

 例年、9月末に海へ来て、我が家の夏は終わりです。

 よって、この時期に来たのは初めて。

 波止に集まる魚も、感じが違うのです。

 釣り上げるとアイゴの群れでした。

 アイゴはヒレに毒があるので扱いは要注意です。

 しかし、トゲの部分だけ切り落とせば、とても美味しい魚。

 小さなグレを「こっぱグレ」と呼びます。

 こちらは年中居ます。

 彼らが来るまでに、釣った魚の下ごしらえを済ませ、炭がいこっているイメージでした。

17 - コピー

 まずはパスタ、次に焼肉。

 その後、トン汁と釣った魚の唐揚げ、最後にうどんでも、と考えていました。

 実際に、出来たのはパスタと焼肉だけ。

 子供の相手も含めてバタバタしており、写真を撮るのも忘れていました。 全ての片付けが終わり、帰る前に撮ったこの写真だけ。

 20歳の頃から、30歳頃まで、彼と良くこの海に来ました。

 

 潜って、突いて、釣って。

 食べて、飲んで。

 何をしていても楽しい年頃だったのだと思います。

 先日テレビで、PRINCESS PRINCESS 再結成、という番組を観ました。

 ちょっと引いて観ていたのですが、不覚にも涙してしまいまいした。1983年デビューで1996年解散。初めて武道館公演をし、最も成功したガールズバンドと紹介されていました。

 最大のヒット曲は「Daiamond」、その他「M」「19GROUWING UP」などありますが、やはり「世界でいちばん熱い夏」です。

 ♪ 世界で一番大きな太陽  いつまでも夏を焼き付けて ♪

 私は1970年生れ。後輩は2つ下。私達の青春時代と完全に一致します。夏になるといつもCDチェンジャーに入れていました。

 中国では、季節に色を付けます。青春、朱夏、白秋、玄冬。

 青春時代という言葉があるなら、現在私達は、朱夏時代真っ只中です。少し歳のいった新郎だけど、彼女を幸せにする為、全力で頑張れ。僕も頑張ります。

 婚約者の彼女には「貰ってくれて有難う」と伝えました。先輩風を吹かすつもりはありませんが、これが偽らざる気持ちです。

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■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』■■■ 7月8日(日)「匠」として出演しました

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結婚のすすめ

 月曜日の京都での建築相談会。

 ある方は、大阪から京都まで会いに来てくれました。「事務所に連絡するのはちょっと敷居が高い感じで……今日の相談会を見つけたので来ました」とのことでした。

 改めて、直接連絡するのが、とても勇気がいることなのだと分かります。実際、当事務所の入口に敷居はなく、段差ゼロでとっても入り易いよう設計してありますが。

 相談会のあと、大学時代の後輩と食事に行く約束をしていました。

 聞くと「原付で来ました」と。

 いい大人が夕方からお茶というのも何なので、家に置きに帰って貰いました。

 時間が出来たので、四条通りを烏丸から東へブラブラと。

 浴衣姿で似顔絵を描いて貰っている女性が2人。描き手も女性です。

 人生で、一度も似顔絵など描いて貰ったことはありませんが、と言うか気恥ずかしくてその席に座れませんが、素晴らしい思い出になると思います。

 正確ではないかからこそ、余白があるからこそ、そこにストーリーやイメージが焼き付けられると思うのです。

 先斗町あたりも少し歩きました。

 日がかげると、随分涼しくなりました。街歩きには最も良い時期です。

 その後、後輩と待合せた西院へ。

 久し振りだったので、色々話をしていると気がつけば5時間経っていました。

 その彼が、来春ようやく結婚する事になりました。

 今度は相手を紹介して貰うことにして、その日はほぼ終電で帰ったのです。

 大学時代、2つ下の後輩というのは3回と1回の関係で、非常に可愛いものです。

 特に体育会なら実力差があるケースがほとんどで、上手く行きやすい訳です。しかし、彼は非常に上達が早く、この限りでは無かったのですが。

 スキー部の後輩ですが、働き出してからも良く湖に、海に行きました。恥ずかしげもなく言えば、自然を愛する同志のようなものです。

 スピーチがあるかもと言う事で、少し考えていました。

 私も結婚して今年で9年目。では何を学んだのか。故・松田優作は「実生活で、夫婦という役を演じるのが一番難しい」と言っていました。

 ではその難しい夫婦というものをどうすればより良いものに出来るのか。五木寛之はこう書いていました。

 夫婦だから、兄弟肉親だから助け合うのが当たり前だという前提に立つと欲がでてくる。他人だと思えばいい。他人なのに、毎日ご飯を作ってくれて、洗濯までしてくれて有難いなあと思える。

 これは至言で、痛快でもあります。本音と建前の狭間に隠れている、真理をついていると感じます。決してアイロニックなものでも、ネガティブなものでもありません。

 先輩方の言葉を聞けば、私が教えられる事などなさそうです。未だ修行の身ですから。

 しかし彼に伝えたい。僕はとっても嬉しいのだと。

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ミラン

 今日は朝から、奈良県山添村へ。

 イタリアから小さな友人達がやってきました。

 妻の友人が、子供を3人連れて奈良の実家に帰省中です。

 その間に会いに行くのは、我が家の年中行事でもあります。

 車の中は定員一杯。すぐに盛り上がれるのが子供です。

 茶畑を抜け、フォレストパーク神野山へ。

 BBQサイトを取っていました。

 男の子2人は早速森の中へ。

 蝶、カナブン、カエル、ミミズといろんなものを採ってきますが、ミミズだけ持って帰ってきました。

 釣りエサ用です。

 ミラノは日本で言えば京都のような古都。

 よって庭先でBBQというのは一般的ではないそうです。目新しいこともあり、姉妹は時々手伝ってくれました。
 

 10kgの水は3人掛かりで運んでいました。

 たまには水の重さを知るのもいいでしょう。

 皆、概ね喜んで皆食べてくれました。

 ミラノだけに10歳のお兄ちゃんと、一番下の次女はサッカーをしています。

 10歳の彼はイタリア北部の大会でMVPを取ったと聞いていました。

 ミラノだけに将来は、ACミランか、なんて軽口を叩きながら今朝、迎えに行ったのです。よく聞くと、本当に優待生扱いで誘いを受けているそうなのです。ACミランから。
 これには、本当に驚きました。

 しかし、地域のチームの監督でもあるお父さんは、悩んでいるようです。もし中学校になっても誘いがあれば行ったらどうか、と。

 弱かったチームの監督を引き受け、多くの時間をかけてようやく、州の大会で好成績を残し始めました。チーム内の絆がようやく出来上がってきた今では無いと。

 まるで実写版「頑張れベアーズ」です。でもその考え方に大いに共感できます。

 帰省の度に、いつかミラノに遊びに来てよと言って貰いました。ようやく今年の夏、行ってみようと思います。

 思い切って家族全員でイタリアへの旅。ローマから順に北上していく予定です。好きな選手はときくと「イブラ」と答えました。彼がそんな選手になったなら。

 「世界」を身近に感じた一日でした。

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子供に夢を与えるプレーをしたいんです

■■■オープンハウス開催■■■
2月26日(日)午前10時~午後4時 ご希望の方はこちらまで

 朝事務所に来ると、友人からメールが届いていました。

 今年はオリンンピックイヤーなので、中学・高校の同窓会の開催年。私は事務局をしているので、そろそろ始動しようかと言う内容でした。

 それに添えられて送られて来たのが、下の写真です。

 昨年5月、友人は娘さんと一緒に事務所へ遊びに来ました。学校の課題で、将来の夢を発表する機会があり、その時の事を書いたと説明が添えられていました。

 プロスポーツ選手はよく「子供たちに夢を与えられるようなプレーをしたい」とコメントします。

 それを聞いたとき「大人も、夢と元気を貰っているよ」と思います。

 ある成功者が、インタビューに答えている時「○○○○と、うちの社員には言っているんです」というフレーズがあります。これに近い部分があるかもしれません。

 見方を変えると、「子供へ」という言葉は「未来の人類へ」という言葉と同義語とも言えます。

 近しい人が、前に来るのは当たり前ですが、親類だけが生き残れば良い訳ではありません。それでは、人類は存続しないからです。

 小学6年生の女の子に、どれだけの事を伝えられたのか分かりませんが、彼女はこう結んでありました。
 
 「人に幸せをあたえて、自分も幸せになれる仕事につきたいです」

 この順番は大切だと思います。幸せや遣り甲斐を考えたとき、自分が前に来ると、1人分が限界になります。

 しかし、自分を最後列に立たせれば、その可能性は70億倍まで膨らむまずです。

 全人類の幸せ、と言えばおこがましいのですが、結局そういう事なのだと思っているのです。

 

末裔

 朝夕は随分涼しくなって来ました。

 今朝の空を見て、今年初めて秋を意識しました。本当に気持ち良い気候になりました。

 先週末を思うと、自然と言うのはこうも違う顔をもっているのかと、納得もするのです。

 突然ですが、スケートの織田信成選手はあの織田信長の子孫です。教科書で見た絵にそっくりなので、疑う余地もありません。

 天下人、うつけもの、新しいもの好き……

 信長の子孫というのはどんな気分なのでしょうか。

 一昨年、日本建築家協会(JIA)に入会してから、同業者と話す機会が増えました。そこで、徳川家を最も苦しめたと言われる、真田家の末裔と知り合ったのです。

 聞けば戦国武将の雰囲気も。池波正太郎の「真田太平記」全12巻を読んだ私は、ちょっと興奮しました。

 真田家は信州上田市の豪族で、父昌幸と次男幸村は戦上手で知られました。中山道を通り関ヶ原の戦いに向かう家康の嫡男秀忠は、上田城の真田家に降伏を迫ります。

 それには従わず、わずかな手勢で秀忠軍を足止めし、参戦を遅らせた話と、大坂夏の陣で家康を追い詰めた話は有名なところ。

 武士は勇猛果敢。六文銭の旗印は三途の川の通行料。それさえも恐れないという意味なのです。

 真田幸村は、猿飛佐助をはじめ真田十勇士を従え徳川家を苦しめた講談が、江戸時代に大人気となり、戦国武将の英雄として語り継がれてきました。よって誇張されている部分も多いと言われます。

 そもそも小説とはフクションです。史実と重なったり、離れたりしながら展開して行く所こそが歴史小説の醍醐味と言えます。

 史実と史実の隙間を、いかに作家の仮説で繋ぐかが、作品の本質と言えるのです。

 未来は現在の”影”でしかないが、過去は現在を知る宝庫でもある。私は人の過去にふれてみたくなる。はるかに刺激的で魅惑的である”過去”という事件。
-山本隆司-

 過去こそロマンなのです。

未来の仕事

 昨日からまとまった雨。

 梅雨にはまだ早いですが、この気温、この湿度。どうしても連想せずにはおれません。

 今年の夏は、国を挙げての節電が課題です。何度かチャレンジして達成できなかった、夏のエアコン無使用。再度挑戦です。

 この雨でひまわりは一回り成長した感もあります。

 今週の日曜日。高校時代の友人が家族で事務所にやってきました。

 彼は大手の通販会社に勤めたあと、仲間と2人で会社を設立。

 その会社は急速に成長し、現在も素晴らしい業績を上げています。

 以前から「娘を連れて、一度遊びに行きたい」と言われていたのです。

 娘さんは小学6年生。数年前にハウスメーカーで自宅を建て替えた際、出来上がってくるパース、図面、模型などを見て、建築家という職業に興味が湧いてきたようです。

 まずは事務所内を案内しましたが、やはり模型が一番気になるようです。

 どんな事に興味があるんだろうと思っていると、質問が10個の箇条書きになっていました。色の違うペンで番号がふられています。

 しっかりしてるなあと思いながら見ていると、私の答えをメモする時も、色ペンで番号を書いてから、一字ずつ丁寧に書き写していました。

 当たり前と言えば当たり前ですが、これが大人になってくると、流れを止めないように鉛筆のままだったり、つい走り書きになったりするものです。

 それを見ながら自分を省みていました。

 質問をいくつか書いてみます。

Q1 どんな時が一番楽しいか?
A1 幸せに貢献できたと思えた時
Q2 どんな時が一番大変か?
A2 全てが大変とも言えるが、その大変を解決して行くことが仕事なので、全く無いとも言える。
Q3 仕事時間は何時から何時までか?
A3 朝の8時20分の掃除から○○○まで(一応伏せておきます)
Q4 どうして建築家になろうと思ったのか?
A4 大きくは2つ。
 父がガラス屋を営み、建築現場へ訪れる機会が多々あった。時々現場で、少し雰囲気の違う人を見かけ「あの人が何をつくるか考える人なんだ」とに教えて貰った。「何を作るかを考える仕事か。面白そうだな」と思ったから。
 もう一つは大学時代に安藤忠雄の『都市彷徨』を読んだこと。「学歴でなく、コネでなく、自分の努力で、世界一の建築家になれるんだ。夢は無限なのだな」と感じたから。

 どの質問にも、思った通り正直に答えました。

 最後に「どんな仕事でも良いので、本当にやりたいと思ったら、その時だけはお父さん、お母さんの意見を聞かないでもいいから、目指し続けるべき。得意は好きの近くにあるから」と。

 「但しそれ以外ときは、しっかり言うことを聞いてね」と結びました。

 ちょっと話が難しかったのかなと思っていると、友人からメールが届きました。

 昨日はありがとう。
 アトリエを見させてもらって、
 生の声を聞き、すごく刺激を受けていました。
 早いうちから将来の夢を描いて
 目標を明確にしていれば、より実現できる
 可能性は高くなると思うので、
 昨日はその入り口として、
 貴重な体験になったと思います。

 役に立てたなら、嬉しいです。でも本当になりたいと思えば、実現できる可能性は100%です。

 建築家に明確な定義はありません。建築士は国家資格ですが、建築家は自分で宣言すれば、誰もが建築家。詭弁に聞こえるかもしれませんが、これは本当の事です。

 小学6年生と仕事論。これは意外に刺激的でした。

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切磋琢磨 天王寺

 昨日は、3つ年下の設計事務所の所長と食事に行っていました。

 先月、建築相談員としてハービス大阪へ行った時、前の時間を担当していたのが彼で、少し話をしたのです。

 その後、食事でもと声を掛けて貰いました。今まで同業と交流が少なかったので、まずは単純に嬉しいことです。

 先週の研修旅行も合わせて、色々な人に話を聞き、自分ができていないこと、できていることが明確になったと思います。

 これまで、良い仕事をして、事務所を成長させることだけを考えてきました。例えば「業界の為に」などと言うコメントを聞いても、全くピンとこなかったのです。

 脳科学者、林成之さんが、脳の根源的な本能として「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」があると書いていました。この本能に合わない事は上手くいかないのです。最後の項は、仕事、スポーツにおいても同じです。

 相手がいなければ、健全な競争は生まれません。人は成長しないということになります。生物の歴史を振り返っても、広い意味で回りと上手く付き合えなかった種は、滅びているのです。

 業界の為などとは言いませんが、競争の場に身を置き、切磋琢磨して私たちも成長したいし、回りに刺激を与える存在になりたいと思っています。

 これまでは、何も介さず直接指名して貰ったクライアントとのみ、仕事をしてきました。それが最も大切なことには変わりませんが、今回建築プロデュース会社に登録することにしました。

 また、公のコンペにも、積極的に参加して行きたいと思っています。

 今まで避けて通って来たところに、チャレンジしたいと思っているのです。

 昨晩は、これぞ天王寺という店を紹介したかったのですが、共に満席で、少し悔いが残っています。

 また機会を作って、今度は天王寺の裏路地を満喫して貰おうと思っています。

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