カテゴリー別アーカイブ: 02 ことば・本

理念

 来月1日、日本航空(JAL)のCEO就任を前に、世間の注目を集める稲盛和夫さん。何度も講演を聞きました。

 技術者だった稲盛さんは、27歳で京セラを創業しますが、その際には経営の「け」の字も知らなかったと言います。その中で、どうすれば企業は永続的に発展出来るのかを考え、経営理念を作り上げました。

 著書に、こんな場面があります。

 商売の神様、松下幸之助さんの講演会に行った時のこと。その日は、ダムがなければ、大雨で川は氾濫し、日照りで川は枯れる。お金を水に例えた、有名なダム式経営の話でした。

 講演終了後の質疑応答の際、ある経営者が「ダムが大切なのは私達も分かる。ただ、そんな余裕がないから、どうすればダムが出来るのかを聞きたいのです」と質問します。多くの人の気持ちを代弁したものでした。

 幸之助は苦笑し、間を置いて「そんな方法は私も知りまへんのや。知りませんけど、ダムを作ろうと思わんとあきまへんなあ」と言います。場内には失笑がもれ、失望に似た空気が支配しました。

 その時、体に電流が走ったとあります。まずは、思わないといけない。全ては一人の思いから。

 JAL再生という難事業を引き受けた稲盛さん。JALの社員にどんな言葉で語りかけるのか、とても気になります。

 自分もこの質問者になっていないか?常に問いかける必要があります。

伝え辛い

 温暖化が進むとは言え、12月も2週目に入り寒くなって来ました。

 環境から見ると、寒いのはよい事といえそうです。

 引越しをして約7ヶ月。

 向かいの奥さんから「ここの庭は、冬に咲く花が多いよ」と聞いていました。

 その通り、今はサザンカが咲いています。この花は長い期間咲くものです。

 他には、黄色のセンリョウも咲いています。

 昨日は、1ヵ月点検に行っていました。

 10月末に竣工した「ドタバタ広場のある家」。

 庭木が植わり、一気に雰囲気が出てきました。

 点検の後、近況報告などしていました。私たちにとって、この時間は何にも替え難い時間です。

 しかし、伝え辛いことがありました。

 現場監理から係わってきた当事務所の担当者が、11月末で退職した事です。何とか1ヵ月点検まではという気持ちだったのですが、適いませんでした。

 私は辞めたいと言ったスタッフを、引きとめる事はしません。自らの言動には、責任をとるべきですから。

 そのスタッフだけではありませんが、よく伝えている言葉があります。

 「新しき計画の成就は、只不屈不撓の一心にあり。さらばひたむきに、只想え、気高く、強く、一筋に」 中村天風

 普通の人が、何らかの成果を残したければ、これしかないと思うのです。

最も大切な3つのこと 

 親が子供に教えるべき「生きるうえで最も大切な3つのこと」は、

①愛すること ②責任 ③人の役に立つ喜び

 と「子供の心のコーチング」菅原裕子(PHP文庫)にあります。とても分かり易い本ですが、抜粋してまとめてみます。

①愛すること

 まずは母親からの絶対愛で始まります。無条件に愛される事で、自分はここにいて良いのだという事を知ります。愛情が自己の存在肯定に繋がるのです。

 その対極は自己否定で、ここからは何も生まれません。その行き着く先は悲惨な結果さえあります。

 もし、愛される為に、自分の素晴らしさ、優秀さを証明しないといけないなら、「傲慢さ」を生むことになります。愛されていないかも、自分は存在しても良いのだろうか、という恐れが傲慢さを生むのです。

②責任

 責任は英語でresponsibility。

 response(反応)とability(能力)からなり、反応すべき事に正しく反応する能力という意味です。これを学ぶには、自分の判断で行動し、良い結果も、悪い結果も全て受け止めなければなりません。

 そんな時に、子供が恥をかくのがかわいそうとか、親が自分の体裁の為にヘルプばかりすると、自分の得る結果は自分次第と言う考えが育たず、耐える力も育たないのです。

 耐える力がないと、問題を解決する事も出来ないので能力も伸びません。伸びないと、現実を見る勇気を持てず、成長しようという意欲が沸いてこないのです。

③人の役に立つ喜び

 全ての動機は、怒られるからとか、褒められるからとか、外から働きかけるものでなく、自分の中から湧き上がってくるべきものです。

 人の役に立つ喜びは、行動自体が喜びに繋がるので、何かの見返りを求めません。例えば「お手伝いをしてくれてとても助かった。お母さんはとても嬉しい」と伝えると、子供も嬉しいはずです。そうして、役に立つ喜びの種を植えていくのです。

 褒める、叱る、物やお金でつるのは、人が本来もっている、人の役に立ちたいという願いを殺してしまいますし、永続的には続かない動機なのです。

 親が本当に求めるのは、子供が幸せな人生を歩む事です。自立し、人生を切り開いていける、生きる力を育むサポートをする事なのです。

 全て共感できました。しかし自分と親の関係、自分と子供の関係と、出来ていないことばかりです。

 しかし、心配は無用です。同じ場面は、仕事を始めた時にまた訪れます。そんな時、自分や現実と向かい合うことが出来れば、必ず人は成長できると思うのです。

 例えば、学生の頃、親のせいにしたり、先生のせいにしたりする自分がいました。しかし、今は思いません。泣こうが喚こうが、全ては自分が行動した結果だからです。それは仕事が教えてくれました。

 何でも遅いということはありません。思ったらすぐ行動です。どんな事も今が最速なのですから。

生命誕生

 宇宙の始まり、ビッグバンが起こったのは137億年前とされています。

 地球の誕生は46億年前で、単細胞生物の誕生は40億年前。生命の誕生に水は不可欠で、その頃には海があったと考えられています。そして5億年前、生命は始めて陸上に上がったのです。

 それ以前の地表はマグマに覆われ、それを二酸化炭素、窒素、水蒸気等が包んでいました。地表は徐々に冷え、冷やされた水蒸気は雨となり、1000年にわたって降り続きます。これが海となったのです。

 その頃の海は強い酸性で、生き物が住めるものではありませんでした。その後、カルシウム、ナトリウム、鉄などが溶け、現在のような海に近づいて行ったのです。

 当時は、スープのような状態だったと考えられます。中でも、浅瀬で濃度の濃い所では、水分の蒸発が進み、表面に膜が張ったような状態になります。これが、細胞膜の原型と推測さているのです。

 海底火山から湧き出る、温泉から原始生物が生まれたという説もあるそうですが。

 この話しは、日曜日に京都青少年科学センターへ行ったとき教えて貰いました。学者肌に見えた館長らしき人に質問してみたのです。

 とても丁寧に、注意深く教えてくれました。

 センターには、日本人で初めてノーベル賞を受賞した、湯川秀樹博士の色紙が置いてありました。

 「一日生きることは、一歩進むことでありたい」

 科学者は、時にとても詩的です。そして謙虚。

 唯物論を追求するとそんな世界があるのでしょうか。とても気になるのです。

ぼやき

 アメリカのメジャーリーグ、日本プロ野球ともレギュラーシーズンを終え、ポストシーズンに入りました。

 何れも、世界一(アメリカ一?)、日本一を決めるものですが、日本では楽天ゴールデンイーグルスがこのステージに進んでいます。

 「楽天ゴールデンイーグルスというチームは大好きだけど、楽天球団は大嫌い」

 最終決戦を控えるこの時期に、来期の監督を探す球団に対しての発言です。決して褒められたものではありませんが、何となく野村監督を応援したくなるから不思議です
。
 野村克也74歳。現役時代には「長嶋、王が太陽に向かって咲くひまわりなら、俺はひっそり野に咲く月見草」と言いました。現在はぼやきで、世間の注目を集めます。

 好き、嫌いは別にして、創立以来、4年連続Bクラスだったチームを、ここまで導いた手腕はさすがです。こんな言葉も残しています。

 「負けに不思議な負けなし」 野村克也

 不思議な勝ちはあったとしても、です。他にも、今年聞いた言葉を書いてみます。

 「才能が無いと分かる事が才能」 ビートたけし

 「矢沢はマジメ」 矢沢永吉

 どの言葉をとっても、謙虚な姿勢が伝わってきます。ある人から、失敗を成功に導く方法があると聞きました。喜び勇んで聞くと「反省する事」と。

 更に「出来れば、どこの分岐点から、失敗に向かっていったかまでを反省し悔やむ事」と言われました。「仕方なかった」でなく「どうすれば良かったか」

 謙虚な姿勢以外に、成長はないということです。

ことばの力-みなぎる編2-

 この秋に、司馬遼太郎の「坂の上の雲」がドラマ化されます。

 日露戦争を描いた壮大な歴史小説ですが、激動期を支えた多くの人物が登場します。彼らの言葉も、多く残されているのです。

 大臣だった児玉源太郎はその職を去って、実質的には格下である参謀本部次長に志願します。その職務は、ロシアに対しての作戦を練るもので、日本の将来を左右する仕事です。激戦となった203高地の戦いも、彼の手腕によって何とか結末を迎えられたのです。 

 日露戦争当時、最新の知識の持ち主が軍司令部に揃っていました。彼らはいわゆるエリートで、鎖国で軍事的に遅れをとた日本は、留学生を軍事先進国へ送り、最新の知識を学んでいたのです。

 よって知識は持っているが、成熟している訳ではなく、あくまで翻訳者の域を出ていませんでした。児玉が参謀本部で、彼らのような専門家に意見を聞くと、十中八、九、「それはできません」という答えを受けるのです。いつもその繰り返し。

 そこで彼は言い放ちます。

 「諸君はきのうの専門家であるかもしれん。しかしあすの専門家ではない」

 チャレンジしなければマイナスポイントは生まれません。しかし、それでは過去をなどるだけです。小さな失敗を恐れるより、成長や未来を求めるほうが、絶対に素晴らしいと思うのです。

 社会に出るまで繰り返される試験は、間違いを無くすことが、良い結果を生みます。しかし生きる事において、平均点が高い事に意味は無いと思います。喜びと苦労の平均値をとっても無意味だからです。

 その呪縛から解き放つことで、活き活きとした人生を送れるのだと思っています。その考えを、仕事を通して少しでも世に問うてみたいのです。

39

 一昨日が誕生日でした。今年で39歳。地球が太陽の周りを39周しました。

 ビッグバンから137億年、地球誕生から46億年。そう考えれば、人の一生など、瞬く間に似ています。しかし、人が虚無的であったり、投げやりであったなら、現在の私達まで、生は受け継がれてこなかったと思うのです。

 チャップリンのこんな言葉を教えて貰いました。

 「バラは美しく咲くのではない。一生懸命咲いているから美しいのだ」
チャールズ・チャップリン-ライムライトの台詞より-

 映画は見ていますが、覚えていませんでした。

 能の完成者、世阿弥は舞台には「花」が必要だと言いました。

 「花」とは命がけの熱意のこと。たとえ芸が上手くても、命がけの熱意のない舞台は能ではない。

 来年は40歳。孔子の言う不惑を迎えます。たった一年で惑わない精神が宿るかは別にしても、30代最後の一年を、精一杯生きたいと思います。

 数字通りに、感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思うのです。

繁栄と衰退を分けた違い

 先月、写真スタジオのクライアントから面白い話を聞きました。

 約3万年前にネアンデルタール人は絶滅し、私達の祖先、ホモ・サピエンスは生き残りました。その決定的な差は、声だったそうです。

 前者の声帯はチンパンジーと同じように、口に近い位置にありました。後者の声帯は深い位置にあるので、声を共鳴させる事が出来き、言葉という複雑な音を操れるようになったのです。

 深い位置にあると、食べたものが、気管に入るリスクはあります。それでも生存競争に勝ったのは、後天的に多くの情報を共有し、受け継いでいったからなのです。

 
 太陽があの辺りから出てくると、段々寒くなるから、しっかり食料を貯めておかないといけない……

 この時期は、あの方角に半日歩けば水場がある……

 そんな事を子孫に伝えたいという思いが言葉を生んだ、と言えばちょっとロマンティックすぎますか。

 初めに言葉ありき

 は、新約聖書の一節。やはり言葉なのです。

自由と正義の国の平等

 昨日から7月。今年の後半戦がスタートしました。

 7月4日はアメリカの独立記念日。1776年の事です。合衆国憲法の前文には正義(Justice)と自由(Liberty)が謳われています。そのアメリカで、法的な人種差別がなくなったのは公民権法が成立した1964年。僅かと言って良いのか45年前のことです。

 法案の成立に大きく貢献したのが、マーティン・ルーサー・キング・Jr牧師です。その生い立ちをテレビで観ました。

 人種によっては集会さえも規制されていた当時、集まって話を出来るのは教会だけでした。彼は皆に平等を伝える為、牧師になります。そして、ガンジーが提唱した「非暴力、非服従」の精神に共感し、民衆にもそれを貫くよう訴えかけ続けます。

 その集大成となったのが、教科書にも出てくる、「I Have a Dream 」という演説で、法案成立の一年前、1963年ワシントでのものでした。

 公民権法が成立した後、キング牧師はベトナム反戦運動にも力を注ぎます。しかし1968年、凶弾に倒れ39年の生涯を終えるのです。

 亡くなる少し前のスピーチが紹介されていました。

We shall overcome(私達は打ち勝つ)
私達は打ち勝つ
たとえ遠回りをしていたとしても
行き着く先に「正義」があるかぎり
私達は打ち勝つ
なぜなら「偽り」が
永遠に生き続けることはないから
私達は打ち勝つ
私はそれを
心の深いところで信じている

 アメリカの独立から、世界の時流は民主主義に大きく傾き、1789年にはのフランス革命が起こります。自由、平等、博愛の精神です。ここでは平等が謳われています。

 18世紀末から200年もの間、アメリカでは、自由と平等は違うものでした。その事に実感として、初めて気付かされました。

人それぞれ

 いきなりですが、ずっと思っていた違和感を書いてみます。

 話が行き詰った時「人それぞれ」と、会話を終えるケースがあります。正直に言えば「それを言ってはおしまいよ」と思っているのです。

 一見言葉として問題ありません。他人を尊重しているようにも聞こえます。しかし、実際には関係を諦めた瞬間というか、コミュニケーションを拒否した瞬間というか……

 一人一人が違うのは当然です。人は誰もが生まれながらにして、唯一無二の存在です。絶対正しいもの、誰もが共感出来る事が、常にあるとは思いませんが、あるかもしれないという幻想はもっと大切だと思うのです。
 
 「分かってもらえないだろうなア」と思いながら話をして相手に伝わることは無いはずです。創作もデザインも全く同じ。誰かに分かって貰える、誰かとその思いを共有出来る、と信じるからこそ、多くの情熱が捧げられるのです。

 人は生まれながらに「真・善・美」を求めると言います。そうでなければ、真理を追求してここまで科学は発展しなかったかもしれません。善き心を求めるからこそ、神や仏という概念が生まれ、哲学や宗教が生まれてきたはずです。ましてや、存在しなくても命には影響の無い、美や芸術などは全く発展しなかったはずです。それらを人が求める事は歴史が証明しているのです。

 善き心は誰が見ても善のはず。それは人それぞれではないのです。