カテゴリー別アーカイブ: 02 ことば・本

一番好きな作家

 今日は11月3日、文化の日。

 秋だからという訳ではないのですが、先月の初めアトリエmのwebサイトの更新時に、好きな本や心に残っている言葉を紹介する「books」「words」というページを作ってみました。

 (besides work=仕事以外、仕事のそば)

 その中で、一番好きな作家を決めるのは難しいのですが「世間での人気」と「私の思い入れ」との差が最も大きいと思っているのは「志水辰夫」さんです。

 中学生の頃、国語の先生に「何か面白い本を教えてほしい」と言うと、宮本輝の「優駿」と志水辰夫の「散る花もあり」を紹介してくれました。両作品とも今でも心に残っています。それから2人とも大好きな作家になりました。

 あれから20数年。志水作品に到っては、今年読んだ「約束の地」まで30作品くらいはあったでしょうか。ほとんどの作品を読んでいます。ジャンルはロマンティックな冒険小説といった感じで、中にはちょっとコミカルな作品もあります。文章がとても美しいのが特徴です。

 特に好きな作品を並べてみると、私が10代半ばから20歳くらいの時期のものでした。若かったせいもあるのでしょうが、初期の作品はとにかく刺激的でした。勉強してるような顔をしてページを急いでいた事を覚えています。

 またあんな本と出会ってみたいと、心から願います。志水辰夫さんは現在69歳。永らくお疲れさまでしたと言いたいところですが、「あの頃のような作品を、もう一度お願いします」と言いたいのです。読者とは無責任で楽しむことに貪欲なもので、672円であのドキドキを味わってしまうと、そう言わずにはおれないのです。

飢えて狼   講談社 1981. 8
裂けて海峡   講談社 1983. 1 1
あっちが上海   文藝春秋社 1984. 2
散る花もあり  講談社 1984. 5  -私、14歳-
尋ねて雪か   徳間書店 1984.11
背いて故郷   講談社 1985.11
狼でもなく   徳間書店 1986.11
オンリィ・イエスタデイ   講談社 1987.12
こっちは渤海   集英社 1988. 6
深夜ふたたび   徳間書店 1989. 5
カサブランカ物語   集英社 1989. 8

この虫の名は

 ハエや蚊はどこからともなく入って来る、歓迎されない虫です。他にも大きさは3、4㎜くらいで、音も無く飛ぶ虫がいます。私の実家では「小バエ」と呼んでいたのですが、一般的にはなんと呼ばれるのでしょうか。

 何か害を与える訳ではありませんが、色も冴えないので、追い払われるはめになります。先日も私の家に現れました。「この虫なんて呼んでる?」と妻に聞くと「やっぱり『小バエ』かなあ。でも友達のYは『ハート虫』って呼んでるヨ」と。確かに良く見るとハート形をしています。ちょっと笑ってしまいました。

 以来、我が家でもこの虫は『ハート虫』となりました。見つける度になんとも微妙な顔になってしまいます。いい大人が必死の形相で「この『ハート虫』め!」とは言えないので、なんとなく出て行って貰います。

 呼び方を変えると、すっかり扱いが変ってしまいました。不思議なものです。もし良ければ試してみて下さい。

職業建築家として

 今日は爽やかな、秋晴れの朝です。快晴は一時、日々の雑事を忘れさせてくれます。建築を設計していると純粋に建築のことだけではなく、その周囲にある問題で迷ったり、悩んだりすることもあります。

 「いい仕事がしたい」。ただその一念だけなのですが、仕事をする、生きるという事は、良い悪いだけでは判断出来ない事も起こります。迷ったり、悩んだりした時に、創り手としての心構えで、心に留めていることばがあります。

 人々にとって何等かの生きるよすがと成り得ない小説を、私は一作たりとも書きたくない。

 私は複雑で高邁なものは信じないし虚無に対して常に反抗的である。

 それぞれの場所で傷ついたり挫折したりしながらも、なお闘おうとしている人々のために、私は小説を書いてきたし、またこれからも、そうであり続ける。

宮本輝(小説家)

そう。複雑で高邁なものは信じないのです。

言い方

 一昨日、見かけた近所での一コマです。

 あるお店の前で、近くに住む、70歳くらいのおばあちゃん、55歳くらいで店主のオバちゃん、30歳前後のお母さんが、世間話をしていました。お母さんは、赤ちゃんと4歳くらいの子供を連れています。

 大人が話こんでいると、4歳くらいの子供はいたずら盛りで、店の前にあるジュースの自動販売機を蹴り始めました。

 お母さん: 止めて!そんなことしたら、オバちゃんに怒られるわ!(怒)
 店のオバちゃん: ホンマやで、止めて。オバちゃん怒ってるで!(怒)
子供はよけいに蹴り始めました。

 おばあちゃん: そんな悪いことしたら、足がいがんでしまうで。もう歩かれへんようになってしまうなア。(ニコニコ)

子供は蹴るのを止めました。

 穏やかに、おばあちゃんの言った言葉に根拠は無いのに(当たり前!)、子供にとっては一番怖かったのでしょうか。

 頭ごなしに怒るより、なんだか解らないけど、怖いことのほうが、迫力があるようです。誰も見ていなくても「悪いこと」をすればバチがあたる。もし子供がそう考えれば、子供自身が思う「悪いこと」はしなくなる事になります。

 なんだか“年の功”という言葉を思い出しました。そういえば、私も小さかった頃、訳が解らないけど怖かった事がたくさん有ったような気がします。

人の為?

 ある経営者の方とお話していました。

「今までは、家族のため、社員のため、と思って頑張ってきたけど、これからは、家族と共に、社員と共に、頑張らなアカン!」と仰っていました。「共生」の思想です。

 自宅のダイニングには、書家「相田みつを」の作品が、ひと月分の31枚が綴られた、日めくりカレンダーを掛けています。

 10日の作品には、ちょっとドキッとさせられます。

 人の為と書いて、いつわりと読むんだねえ みつを

 仕事をするのは、 自分の為?家族の為?クライアントの為?多分、誰かの為にする事じゃないんだろうな、って思います。

 そう考えるようになったのは、「京セラ」の稲盛元会長の“社会こそが、自分を磨く最高の道場”という言葉を聞いてからです。

 仕事をするという事は、修行をするということなのです。

ゆく河の流れ

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 この連休は妻の実家に里帰りしていました。

 近くに川があるので、天気が良い日は、飼い犬の「マナ」を連れてよく散歩に行きました。

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 川辺を散歩していると飽きることがありません。

 水鳥が水遊びをしていたり、小魚が物陰にかくれているのを探したりしていると、「マナ」は私の目を盗み「道草」を本当に食べています。

 川はよく人生に例えられますが、鎌倉時代の古典随筆、「方丈記」の始まりは簡潔で美しい名文です。

 ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある、人と栖(すみか)と、またかくのごとし。(中略)朝に死に、夕に生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。

 そこにある「無常観」という思想は少し心にゆとりを与えてくれる気がします。

憧れのヒト

 小説家、開口健、そのヒトが大好きで良く読みました。

 『輝ける闇』などの名作と共に楽しいエッセイが数多くあります。この休みに『オーパ』などの旅行記を読み返していました。

 その旅行に同行したカメラマンとの会話をいくつか。

 「ええか、男はナ、自分の財布で飲むんヤ。

 それでなければ身につかへんのヤ。

 男になりたければ、そうするんやデ。

 上を見て生き、下を見て暮らさないかん。

 そういうこっちゃ。」

 「金を儲けようとすると逃げていきよる。

 結果として手にするんならええんヤ。

 そんなもんより名だ、名を惜しむんヤ。

 いいか、いい仕事をしなくてはいかんゾ。」

 「釣りでも、食うことでも、飲むんでも、オンナでも、

 なんでも徹底的に、これでわかった、もう結構というまでに

 トコトンやるんヤ。そうしているとある瞬間、なにかがピカッと閃く。

 それで本当にそれがわかったとうこことなんヤ。

 量は質に転化するもんなんやデ」

 
何か元気がでてきません?

年はクレル

 今年もあと2日、兎にも角にも、2004年は終わります。-年が暮れる-なんとも美しい表現だなと、気が付きました。

 今年は私の設計事務所のホームページをリニューアルすると共に、この日記を始めました。日々思うことを、少しでも文章として残せたら、という気持ちと、自分の見た美しい自然の風景を見て貰いたいという気持ちからでした。

 私の勝手な考えを見てくれる人はいるんだろうか、と思っていましたが、いろんな人に訪れて頂き、何人かの人からは「いい話もあるね」なんていう感想を貰ったりした時は、なんとも嬉しいものでした。

 見て貰えるというのは、大変うれしく、励みになります。考えを素直に伝えたいという気持ちもあります。日記は今後も出来る限り続けて行きたいと思いますので、気が向いた時はまた立ち寄ってください。

 今年は、私の作品を初めてテレビで紹介してもらったり、本への掲載が決まったりと、いくつかのご褒美を貰ったような気がします。まだまだ勉強しなければならない事は山積みですが、仕事納めを終えた今日だけは、「精一杯やったじゃないか」と自分に言ってあげたいと思います。

 そして、新たな気持ちで、新年を迎えようと。

 今年も一年、本当にありがとうございました。2005年が、みなさんにとって素晴らしい一年となりますよう。

                        守谷昌紀

『ケインとアベル』

 映画を観るときや、本を選ぶときの基準で一番大切にしているのは、誰かの推薦です。中でも「まだ、この本を読んでいないなんて、羨ましい」といった類の感想を聞いた作品は必ず読んだり、観たりします。
 私の好きなタレントさんが、そんなコメントをしていたのが、ジェフリー・アーチャーの「ケインとアベル」(新潮文庫)です。
 1906年4月18日に、アメリカとポーランドの全く異なる環境に生まれたケインとアベルが出会い、互いに成功し、互いに憎しみあいながら、互いの成功を妨害します。その一方で、知らないところで相手の人生の危機を何度も救ったりもします。ストーリーは交錯しては離れ、二重奏のように複雑に展開していく2人の男の人生を描いています。
 歯ごたえがありそうで、楽しませてくれそうな小説は、いつも探しています。小説はフィクションであるからこそ、作家の全てを注ぎ込み、言い訳無用の潔さと人生を感じるからです。
 読んでいる時間を楽しませてくれれば十分なんですが、その話の中には、必ず心に引っかかるところがあります。たとえば「ケインとアベル」の場合は次の一節です。
 「運命は勇者に微笑む」 ジェフリー・アーチャー著『ケインとアベル』より