年末の新聞には、訃報の項があります。
「国外」のところに、12月23日ジョー・コッカー(歌手)が70歳で亡くなったとありました。
「愛と青春の旅立ち」の上映は1982年。リアルタイムの記憶はありませんが、主題歌「Up Where We Belong」は、年代を問わない名曲です。
エアギターよ永遠に……
今年の4月末には作家、船戸与一が71歳で亡くなりました。
1979年のデビュー作「非合法員」から「蛮賊ども」「山猫の夏」「猛き箱舟」、直木賞をとった2000年の「虹の谷の五月 」まで。
志水辰夫と共に、彼の冒険小説を何冊も読みました。日本では在りえないような話ばかりですが、兎に角ワクワクしたのです。
青春期のやりきれなさ、無力感から、現実逃避させてくれたのかもしれません。
安らかに眠れ、キングオブ非合法。(かっこよくない!)
6月初め、中高の同級生が、父が69歳で亡くなったとFacebookにUPしていました。
「○○家は、昭和45年、六畳一間の風呂無しアパートから、我が家は始まった。……」
父への感謝のメッセージに、お世話になった同級生が多くのコメントを寄せていました。
そうか、彼の家も風呂無しからスタートだったのか、と。
我が家のスタートも、同じようなものです。仕事場にしていた土間があった分は広いのですが。
その六畳一間に両親と私、そして仕事を手伝ってくれた父の従兄弟が暮らしていたそうです。
現在なら、不法滞在者でも、もう少し良いところに住んでいるかもしれません。
母がこんな話をしていました。
0歳児だった私を銭湯に連れて行った際、湯船の中でウンチをしてしまったそうです。プカプカと浮かぶウンチを急いでタオルで隠したと。
1歳になる前、風呂有りの四軒長屋の一角に越しました。それで、風呂がなかった記憶はないのですが、それでも長屋。しかし、特に苦労をした記憶はありません。
たったと40年と言うべきか、40年も昔と言うべきか。これらの景色が、大阪の下街に普通に存在したのです。
Learn as if you will Live Forever,
Live as if you will Die Tomorrow.
永遠に生きるかのように学べ、
明日死ぬかのように生きろ。
糸井重里が「ほぼ日」に投稿された言葉として紹介していました。彼は、この相反する2つの言葉は、矛盾するようで矛盾していないのではないか、と書いていました。
真理とはいつも相反するものを内包しているようです。光と影、男と女、そして生と死。
人の死は、近しい人へ生の活力を与えるのも事実だと思うのです。
この事務所も、今年20年目を迎えます。天王寺の4畳のワンルームマンションを借りてから19年が過ぎました。
仮に70歳まで生きるなら25年。これまでの仕事人生より長い時間があります。それが長いのか、短いのか……
勿論自分の行き方次第で、どちらにでも成り得るのですが。