思い出トランシット

 先週の木曜日。

 年末に続いて阪神山手にある住宅の調査へ行っていました。

 景色を楽しみにしていたのですが、この日はあいにくの雨。

 改修相談なので、まずは建物と敷地の測量から始めます。

 道路と敷地の高低差はおよそ3m。そこから生れる開放感は魅力的です。

 調査の際、平面的な位置関係はコツコツ測っていけば分かるのですが、高さ関係は意外と難しいのです。

 建築というのは水平や直角を基準にして造られるものですが、地面はそうでないからです。

 そこで使うのがこのトランシット。

 本来は、ポイントとポイントの角度、距離を測る為の物です。

 その性格上、水平に回転する望遠鏡がついているので、基準点を決め、その差を測っていけばそれぞれの高低差も分かります。

 このトランシットは精密機械なので、最新式なら40万円から100万円くらい。当事務所が持っている物は相当に古いのですが、それでも30万円から40万円はしたそうです。

 そうですと言うのは、貰い物で正確な金額を知らないのです。

 家業がガラス屋で、高校や大学生の時は、バイトで現場へ出ていました。それもあり得意先の工務店がどこかも分かっていました。

 その会社の社長も私に気を掛けてくれ、アトリエmを設立した時も「大変やろうけど頑張れ」と言ってくれたのです。それから少し経った頃、その会社に寄ると社長が「このトランシット要らんか」と。

 今は物を貰う事はしませんが、その時は1つ返事で喜んで持って帰りました。その後、工務店が店を閉めたと母から聞きました。

 「この家の半分以上は○○工務店からの売り上げで建っている」と良く聞きました。という事は、私の体の半分くらいは、その売上から捻出された食費で出来ている訳です。

 父の知人たちは、一様に私の独立を応援してくれました。「設計の仕事は道楽みたいなもんやから、親に感謝しなあかん」などと言いながら。

 有難いことです。ただ、この仕事を道楽で終わらせるつもりはありません。永続的に発展し続ける設計事務所にしたいと、15年間取組んできました。良い仕事をし、作品を発表し続けて
いれば、どこかで見てくれるかな、とも思っています。

 雨の中、傘をかぶせたトランシットを見て、15年前のことを思い出しただけなのですが。