カテゴリー別アーカイブ: 08 友人・知人

クリスマスは別世界へ

 12月24日のクリスマス・イブはあるお宅におじゃましていました。住宅を設計中のクライアントが、家族3人をホームパーティーに招いて下さったのです。お家のほうは来夏の竣工を目指しているので、設計はそろそろ最終段階に入りました。

 

 

 

 

 

 こちらのクライアントの女性、実はタレントさんなのです。ご主人は東京で働いておられるので、大阪には月に一、二度でしょうか。

 ご夫妻は、忙しい中たくさんのキャンドルと飾りつけで私達を迎えてくれました。その演出で私達は一気に別世界へ。

 料理研究家でもある奥様が料理をつくり、ご主人がサーブしてくれます。合間を見ては子供をあやしてくれ、オーディオからはクリスマス用にセレクトされた音楽が流れてきます。そしてそのCDは私達にプレゼントされ・・・・・・。

 もう至れり尽せりで、妻もその心遣いに、いたく感動していました。

 

 

 

 

 テーブルの上には鳥肉、セロリ、チンゲンサイ、レンコン、生麩、湯葉と様々な食材を使った料理が次々と。

 皮も手作りの水餃子に最後はデザートのケーキまで。全てがとびきり美味しいのです。一切お世辞なしで。

 キャンドルのあかりの元で頂く食事は、まさにファンタジーの世界でした。

 

 

 

 

 最後には、私、妻、子供のそれぞれに、クリスマスプレゼントまで頂きました。またそれが、本当によく吟味されているのが伝わってくる品なのです。

 この日の夢のような出来事。普段、家族へのサービスが足りていない私にとっては、ご夫妻からの最高のプレゼントでした。

 楽しい時間は瞬く間に過ぎ、0時になったあたりでおいとましました。帰りのタクシーで「やっぱり、心を動かすのは心だけだな」とか言いながら私たちは感動に浸っていました。

 そうタクシーと言えば、この奥様の声。タクシーの運転手さんはもしかしたらよく耳にしているかも・・・・・・。

結婚報告の会→

 先週末は、この夏結婚した友人宅でのホームパーティーにお呼ばれしました。

 趣旨は披露宴、2次会に来てくれた人へ感謝の気持ちをこめて・・・・・・という二重三重のおもてなしの心。あるじの熱烈常務の行動にはいつも頭が下がります。

 奥さんの手料理は、レバーペーストやアドガドペーストをパンに付けて、タコのトマトソース煮、水菜のサラダ、キッシュ、カラアゲなど等で感動的に美味しかったです。特にレバーペーストはプロの領域でした。あるじはサンマとステーキを七輪で焼いてと、至れり尽せりです。

 ところが、宴の途中に私たちの大学時代の先輩が、フィアンセを連れて現れるといういわゆるサプライズ。この先輩、天性の明るさからか、常に輪の中心にいるタイプの人で、この日も話題をかっさらって行きました。

 先輩35歳、非常に美しいフィアンセ27歳。和やかな会は一気に2人への質問攻めになりました。まるで芸能人の婚約会見のよう。そこから、皆のテンションは上がる一方で、しまいにはイスの上の立ってカラオケまで始まり・・・・・・。そのあたりで、私たち家族は子供が小さいのでオイトマしました。


 近年まれに見る盛り上がりだったのですが、皆は茶化したり、冷やかしたりしながら「このチーム」に新しいメンバーが増える喜びを表現していたのだと思います。

 この年代になると新しい友人が簡単に出来る訳ではないので、それぞれの家族が増えていくのはとても嬉しいことです。

 宴は、結婚報告の会→フィアンセ紹介→友人長男の誕生会→カラオケ大会と進行していきました。その後どうなったのかはまた後日聞くとして、兎に角楽しい会でした。

 主催のTご夫妻、ありがとうございました。

 そしてOさん、おめでとうございます!末永くお幸せに!!

都ホテル

昨日は、妻の従兄弟の結婚式に参列しました。
式場は京都の蹴上にある「ウエスティン都ホテル京都」です。

「都ホテル」は、近代建築の礎を築いた建築家、村野藤吾氏の代表作です。他にも

大阪新歌舞伎座、新高輪プリンスホテル、京都宝ヶ池プリンスホテルなど多くの名建築を残しています。

彼は93歳で無くなる前日まで、仕事をしていたという伝説の巨人なのです。

新しい夫婦は25歳で、爽やかな秋晴れのもと、とても初々しく見えました。
子供も一緒に参列したのですが「とってもいい子」にしていたで、ホッとしました。

齢7ヶ月にして結婚式には、2回目の参列です。多くの人にかまって貰えるからか、ご機嫌な様子でした。挙式中は式次第をガジガジと噛んでいました。

式の終盤、いつかこの子の結婚式で挨拶をするんだろうか、などと考えていました。どう考えても早すぎるのですが、ひとつ言いたいことを、実はもう決めました。

結婚式とブログ

 

 

 

 

 昨日、9月11日は友人の結婚式に行ってきました。場所は大阪のリーガロイヤルホテルの大宴会場。

 新郎は昨年私がLED-labという店舗の設計をさせて頂いた会社の常務です。

 仕事をさせて頂いたので言う訳ではありませんが、彼は同級生のなかでもビジネスに関しては頭抜けた存在で、皆が一目置いています。

 しかし本当に仕事熱心なので、ややもすると近しい人へのケアーが少ない時があります。自分にも言い聞かせるつもりで「家族を大切にしましょう!そしてよりスケールの大きい人になって下さい」とエールを送っておきます。お幸せに!

 つい先日、彼は自社のwebサイトでブログ(web上の日記)を始めました。最近私にブログのことを良く聞いてくるなと思っていたら早速始まっていました。これで我々は晴れてブログ仲間となった訳です。

 忙しいと思いますが、お互い出来る限り続けて行きましょう。大変に思うときもありますが、なかなか張り合いがあるもんですよ。

 このブログをアトリエmのサイトにリンクさせたのが昨年の9月1日。丸一年が過ぎていました。

 毎週月曜日と木曜日にUPするので、100回以上。長かったようで、あっという間でしたが、少し達成感があったりもします。

鹿児島よりきたる

 先週末、大学時代の友人が鹿児島から、遊びに来ました。突然の訪問は嬉しいもので、それが遠方ならなおさらです。

 彼は、他大学のスキー部にいた2つ下の後輩です。これも他大学の1つ下の後輩が「とびきり面白い後輩が入って来た」と言って紹介してくれました。関西の大学スキー部は部員が昔は少なく、他大学と合同で練習をしていたようです。その名残か大学間の交流が非常に盛んでした。

 5月の立山での新入生歓迎合宿、夏のマラソン大会、11月の北海道、大雪山での初滑り合宿等、よく顔を合わせていました。そんな時には彼が何かやっては、私達2人を大笑いさせてくれました。兎に角サービス精神が旺盛なのです。箸が転げても可笑しい歳、という訳でもないのですが、笑っていた記憶しかありません。

 大学を卒業すると彼は鍼灸師を目指し勉強を始めました。いくつかの鍼灸院で勉強していくうちに、京都で1軒の鍼灸院を任されるうになりました。京都に行った時は食事をしたりしていたのですが、今度は鹿児島に行くと言います。聞くと、尊敬する師が鹿児島に居るので、3年間師のもとで勉強したいと。そして現在は、鹿児島県は大隈半島の真ん中あたりの農村で、納屋を改造し鍼灸院を開いているのです。

 私の仕事場に来て一時間ほど話をしましたが、相変もわらず元気そうでした。レンタルバイクで疾風のように現れ、疾風のように去って行きました。しかも彼女との2人乗りで。

 したいことをする。純粋でシンプルな彼の生き方が好きです。彼はあと一年半の鹿児島での生活を、意義あるものにするだろうと思います。もう一年半しか無いとも言えるので、鹿児島まで尋ねて行きたいとも考えています。職業柄か、彼の暮らす鹿児島の農村が、どんな所なのか非常に興味があるのです

「欧風カレー工房 チロル」 のその後

 一昨日に、5/16の日記に書いた、”チロル”店主の近山氏から電話がありました。写真撮影をしたいので、落ち着いたら連絡下さいと、頼んでおいたからです。

 「やっと落ち着いて来たンで、撮影いいよ」

 「じゃあ、近いうちに寄せてもらうワ」

 「お客さんからの評判も、いいヨ。入り易くなったとか、かわいいとか、言ってくれる」

 こんな言葉を聞くとが出来た時は、建築家冥利に尽きます。

 「昼食との夕食の間の中間の時間帯に活気が出て来たンで、昨年の同じ時期より、 大分 お客さんも増えたと思う」

 「じゃあ、まずは目標達成やね。良かった、よかった!何より、なにより!」

 店舗の設計は、“結果が全て”で“長く愛される”ことが最重要と考えているので、本当の答えはずっと先に出ます。しかし、まずはクライアントの真剣な思いに、何とか応えることができたかな、と一安心です。

 多くの人が利用する空間を設計するのは、スリルがあります。支持されるのか、支持されないのか、答えはハッキリ出ます。自分が思い悩んで考えた空間に、様々な人が入ってくれる訳ですから、そのダイナミズムこそが建築設計の最大の魅力だと言えるかもしれません。

 いずれは、美術館のひとつでも設計してみて、より多くの人々に判断を仰いでみたい・・・・・・。

「欧風カレー工房 チロル」 ヒストリー

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 大阪の地下鉄谷町線の四天王寺前夕陽丘から、「四天王寺さん」へ向かう参道を南へ少し下ると、”欧風カレー工房 チロル”があります。

 店主は、大学生時代から現在に至るまで、競技スキーで競ってきた、同級生です。現在は夫婦でお店に立っていますが、彼も経営者のご多分に漏れず、ちょっと変わり者です。

 有名大学をでてから25才までは、大手の企業に勤めていました。ある日、会社を辞めて飲食業の世界に入りました。経営者に信頼さた彼は、あるお店を任されるようになり、横浜まで行っていた事もありました。

 29才の時、結婚を期に大阪に帰ってくると、朝は、知人の八百屋さんの手伝い、昼はトラックの運転手という生活が続きましたが、昼のトラックの運転手のみ辞めて、今度は夫婦でカレーの車上販売を始めたのです。”チロル”車の上店の誕生です。今から5年前のことです。

  車上販売で、お昼時にオフィス街などを回ると、結構な評判を得て、雑誌やテレビ等でも取り上げられました。しかし車での販売は、規制も多く、3年前にこの地に”チロル”地上店をOPENすることになりました。

 初めての店作りの時には、私も友人として、少しは相談に乗りましたが、ガラス屋さんのお父さんのツテを頼って、ほとんど手作りで、お店を作り上げました。それから3年間、2人は懸命に頑張って、お店の基盤も出来て、正面部分をリニューアルしようという事になり、私に設計の依頼が来た訳です。

 友人ですから、許してくれると思いますが、予算的にも規模的にも、設計が入るには厳しいものでしたが、店主には私が仕事を始めて一番大変だった時期に、いろいろとお世話になっていたこともあり、お手伝いさせて貰おうと決めました。

 彼らの仕事は非常に丁寧です。食材の安全性については”そこまで!”というくらいに、こだわっています。また、主役のカレーのバリエーションはもちろんですが、洋風のお惣菜から、デザートまで、多彩な品揃えです。デザートも、「かぼちゃのチーズケーキ」や「アールグレイのババロア」など種類も豊富。しかも全て手作りで、かなり安い!そして美味しい!

 力説するほど、野暮ったくなるので、このあたりで止めておきますが、カボチャのチーズケーキを作っているカレー屋さんって、ちょっと無いのでは?

 現在休みは日曜日だけで、平日は11:00am~8:00pmまで営業しているので、是非一度、お立ち寄りあれ。そして、私が保証する、人柄に触れてみて下さい。

住所:大阪市天王寺区四天王寺1-12-4南ビル1F
TEL:06-6773-0149

現在は高山に移転し、営業されています。

安らかに

昨年末、12月30日に中学、高校の第1回目の同窓会を開催しました。

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2年前、ミニ同窓会を開いたところ、30数人が集まり、次は全体でという事になったのです。

世話役の代表を安請け合いしてしまい「目標、100人!」と意気込んでいたのですが、6人の世話役で頑張った結果は、47人でした。

それでも、何人もの仲間や先生から、「楽しかった、またいつか開催して!」という声を掛けてもらい喜んでいました。

ところが一昨日母校から、参加頂いた先生が急逝されたという、連絡が入り愕然としました。少し痩せたかなとは感じていましたが、年末にはお元気で、乾杯の発声や、スピーチまでお願いしていたので、まさかという気持ちでした。
お通夜に行くまで、いらぬ負担を掛けたのでは、という気持ちもありました。帰り際、先生の奥様にお悔やみを申し上げたところ「年末は楽しかった、楽しかった、と言っておりました。思い出に持って行ったと思います」と。

こみ上げるものがありました。決して誉められた生徒では無かったので、迷惑を掛けた記憶ばかりです。卒業後16年間、母校へ行ったこともありません。もし昨年末に同窓会が無かったら、もうその先生とは会えなかったということになります。「時間ってそんなに余ってないんヤ・・・・・」。

人の死は悲しいものですが、自分の生と向き合う数少ない機会でもあります。私の場合、その結果は大体いつも同じで、日々を丁寧に、という所に行き着きます。

そして今日は、先生のゆっくりとした語り口の授業を思い出しながら、「反省することはあっても、悔いの無い人生を!」を今年の目標に追加です。

同窓会

 今年の年末に、中学・高校の同期生の同窓会を開催することになりました。
 いきさつは、2年前の年末に、知り合い伝にmini同窓会を開催したところ卒業生の1/3くらいに連絡が取れ、35人が集まりました。次回は全員に声をかけ、本格的な同窓会を開催しようということになり、何故か私が幹事の代表をすることになったのです。

 全員に声をかけるといっても・・・と思っていると、母校のOB会が、サポートしてくれることがわかり、2/3くらいの住所が分りました。

 その御礼を兼ねて、OB会の総会に出席したのですが、私より40歳上の先輩方から、15歳下の後輩まで、400人くらいの出席があったでしょうか。大変な盛況で、会の途中で生徒歌(母校には校歌がありません)を声を張り上げて歌う自分の親より上の先輩方を見て、少し母校への考え方が変わりました。

 今まで、あまり考えたことが無かったのですが、中学・高校の6年間、確かにそこで過ごして、自分の根っこのようなものは、その時に作られて、今の自分があるんだな、という当たり前のことを再認識しました。

 かなり上の先輩方とお話するのも、なかなか楽しいですよ。