将来就きたい仕事7位‐1179‐ 

 今日は梅雨の合間の晴れ空。

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 道端に小さな花が咲いていましたが、これもアジサイの一種でしょうか。

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 日差しはもう真夏のもの。木漏れ日と言うよりは、アラベスクと言った趣きです。

 クラレは、今春小学校を卒業した子供達1000人に、将来就きたい仕事のアンケートをとりました。

 火曜日、そのランキングが発表されていました。

<男の子>
①スポーツ選手②研究者③医師④ゲームクリエーター⑤エンジニア⑥教員⑦建築家・設計士⑧会社員⑨警察官⑩動物園・遊園地スタッフ、スポーツ関係(コーチなど)、運転士・運転手

<女の子>
①教員②医師③ケーキ屋・パン屋④看護師⑤漫画家・イラストレーター⑦研究者、芸能人・歌手・モデル、保育士、薬剤師

 男の子2位、女の子7位の研究者は、昨今のノーベル賞受賞が影響しているという記事でした。7位に建築家・設計士が入っていました。

 コメントは付いていませんでしたが、自分の職業が入っているのは単純に嬉しい限りです。

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 学校帰りに、現場に寄ってくれる長男君。棟梁と会うのを楽しみにしています。

 松虫の長屋のクライアントは、彼には税理士になって欲しいそうです。大工とか建築家とか言って貰えるかなと思って聞いた私が甘かったのですが。

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 70年代前半、日本の大企業グループ2社が、ディズニーランドの誘致合戦を繰り広げていました。

 アメリカ本国以外、初の誘致を目指したのは、富士スピードウェイに計画する三菱地所・東宝チーム。浦安を押す三井不動産・オリエンタルランドチームです。

 電通時代には「11PM」「シャボン玉ホリデー」「大阪万博」をプロデュースし、成功を納めていた堀貞一朗。オリエンタルランドの常務として、そのプレゼンテーションを担当します。

 1974年、ディズニーの幹部が視察にやってきました。三菱側が押す富士スピードウェイは都心からの距離が弱点でした。

 近郊のメリットを活かしたい堀は、ホテルから移動するリムジンバスで、昼食をとって貰おうと考えます。

 その時間帯は道がすいておる、食事をしていれば、より短く感じるだろうと考えました。

 車内には小さな冷蔵庫がひとつ。ディズニーの幹部へ向かって彼は「何でも好きな飲み物を」と言いました。

 詳細に好みをリサーチしていた三井側は、彼らの注文が最大3パターンであることを突き止めていました。よって、全てのオーダーに完璧に応えたのです。

 夢の国誘致を、ぐっと引き寄せた瞬間です。

 その堀貞一朗さんは、2014年2月10日に亡くなりましたが、インタビューを書籍にした「夢現力」の著者、和仁 達也氏はこう教えられたそうです。

 「人生は才能探しの旅である。自分の才能は、人に教えてもらう 」

 自分の才能は、自分としては当たり前過ぎて分からないもの。人が自分にどのような頼みごとをしてくるかに注目すると言います。

 あなたが何をしたときに、人が喜んでくれているかに注目します。分らなければ、直接聞いてみれば良いと言うのです。

 自分に才能はあるのだろうか?あるとすればどんなものか?

 人に聞く前に、この仕事を選んだので、残念ながら聞いたことがありません。稀代のプロデューサーはこうも言います。

 「自分の納得を信念という」

 中島みゆきではありませんが、時代は回ります。

 13歳の若者達が、流行でなく、自分が信念をもってやり抜ける職業に出会えることを、心から願います。

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