カテゴリー別アーカイブ: 05 芸術・エンターテイメント

真実はそこにあった?‐1998‐

先週の水曜日、プールがある「ささき整形外科クリニック デイケアセンター 」の【ゲンバ日記チャンネル】Episode2を配信しました。

院長も監督も喜んでくれました。

内容は文化祭レベルですが、地道に配信して行きたいと思います。

阪神高速松原線が通行止めになっていることは、以前にも触れました。

問題があったのは瓜破の交差点上。

その部分はすでに撤去され、新しい橋梁が上に乗っています。

建築も高速道路も、一番面白いのは間違いなく現場です。

先週の木曜日、 『かんさい情報ネットten.』に出演しました。

「お役に立ちます」という 浅越ゴエさんのコーナー です。

人気があるようで、結構な数の方から「急に出てきてびっくりしたわ!」と連絡がありました。

こちらは文化祭ではないので、当然本気です。

視聴者の困りごとを解決するコーナーで、今回は「ベランダから洗濯機を取り出して!」というものでした。

新しい洗濯機を購入したのですが、配送にきた量販店の人が「これは搬出できません」と帰って行ったそうです。

丁度、オープンデスクの学生が2人来ていた時期でした。

「是非、撮影の現場を見てみたい!」というので、一緒に連れて行ったのです。

私の役どころは、浅越さんとテレビ電話でやり取りし、洗濯機を搬出するルートを模索するというもの。

洗濯機上の防水コンセントを取れば可能だろうと伝え、電気屋さんを連れて現地へ助けに行くという流れでした。

随分いろいろな場面を撮ったのですが、最後はアート引越しセンターの精鋭部隊が活躍し、洗濯機を無事搬出できたのです。

依頼者さんもかなり喜んでおられました。

いつも感じるのは、テレビは本当にマンパワーで成り立っているメディアだということです。

この日もかなりの人数のスタッフが現場に居られました。

ADさんから帰りもタクシー代が出ると聞き、学生2人を近くの駅まで送って、急いで会社に戻ったのです。

帰りの阪神高速から、安藤忠雄が監修した心斎橋のホテル、W大阪が見えました。

Wの文字がなぜか浮いています。

いつかホテルも設計したいと思いながら……

1人の学生は「真実は現場にしか無い」という私のメッセージを見て、オープンデスクに参加したそうです。

仕事場、建築現場、撮影現場と連れて行きましたが、どんなことを感じたのでしょうか。

対話型AIが世間の話題を独占しています。

使えるものは使うべきだと思いますが、感じる心を一番大切にして欲しいとは思うのです。

『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

メディア掲載情報

フラーとジョブズ、ここに繋がる‐1981‐

2005年の6月12日、スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学で卒業祝賀スピーチをしました。

世に言う、ジョブズの感動スピーチです。

その場面も取り上げられていた番組を観ました。

気になっていながら観れていなかったのです。

番組は、バックミンスター・フラーとスティーブ・ジョブズの2人に焦点をあてています。

バックミンスター・フラーは建築史の教科書にもでてくる建築家ですが、ここでは思想家として紹介されていました。

1953年にフラーが発表したジオデシック・ドームは、三角形や多角形を組み合わせ、安価に巨大なドーム空間を構築する発明です。

1967年、モントリオール万博でのアメリカ館が有名ですが、富士山頂にあった観測所にも用いられてたと知りました。

フラーは、資源は有限であり、それを有効に使うべきだという概念を「宇宙船地球号」という言葉で表現します。

ただ、多くの発明があったにもかかわらず実現したものは僅かで、ユートピア主義者というレッテルが貼られたのです。

しかし、その思想は若者のヒッピー文化に大きな影響を与えました。

ジョブズがスピーチを締めくくった言葉はあまりにも有名です。

Stay hungry . Stay foolish. (ハングリーであれ 愚かであれ)

この言葉は、『ホール・アース・カタログ』という書物から引用されました。

ジョブスは、「グーグルのペーパーバック版とも言うべきもの」と表現していますが、この最終号の背表紙にあった言葉です。

『ホール・アース・カタログ』は、編集者、ゲーム・デザイナーであるスチュアート・ブランドによって1968年に創刊されています。

そのブランドは、ヒッピー思想を背景に、バックミンスター・フラーに強く影響を受けていたのです。

「世界を変えた愚か者」というタイトルがここで繋がり、心がザワザワしました。

ジョブズはスピーチの後半、癌によって余命3~6ヵ月と宣告されていることを語ります。

それは7年となりましたが、2011年に56歳で没するのです。

17歳の時、ジョブズはこんな言葉をどこかで読んだと語っています。

これが人生最後の日と思って生きるようにしよう

連日の報道で、トルコ・シリアでは地震により多くの人が亡くなっていると伝わってきます。

資源も命も有限です。

私も自らにそう問いながら生きたいと思います。素晴らしい番組でした。

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載

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「ポップ・アートとはモノを好きになること」 アンディ・ウォーホル‐1957‐

前回書いた、ちょっと秋の京都旅

出掛けようと思った動機は「アンディ・ウォーホル・キョウト」です。

京都の岡崎周辺には、2つ美術館があります。平安神宮の鳥居を挟んで西にあるのは 京都 国立近代美術館。

その向かいにあるのが京都市京セラ美術館です。

いずれも疎水沿いに建つ絶好の立地条件です。

京セラ美術館は、現存する日本最古の美術館を、建築家・青木淳+西澤徹夫がリノベーションしました。

2020年の3月のリニューアルオープン以来、はじめてやって来たのです。

天井の高いホールを抜け。

東山キューブというエリアが会場です。

目の前に庭園が広がる空間にでてきました。

東山を望む景色が圧巻でした。

開場してすぐに入りましたが、もうかなりの人出。

熱気が伝わってきます。

アンディ・ウォーホルと言えばやはりこのキャンベル・スープでしょう。

ポップアートの旗手、ポップアートの神髄などと呼ばれるウォーホルは、1928年から1987年という経済成長期の真っ只中を生きました。

50年代半ばのイギリスではじまったポップ・アートですが、ポップ・アーティストは広告や報道写真をそのまま自分の作品にとりこみます。

「ポップ・アートとはモノを好きになることだ」

そう語ったウォーホルは、20年ものあいだランチにキャンベル・スープを毎日飲んだそうです。

1962年、最初の個展となった会場の壁にも、このキャンベル・スープの絵が並べられました。

大量生産、大量消費時代。加工品を機械的に消費せざるを得ない現代社会を、批判も肯定ももせず、ただそこに並べたことが新しかったのです。

彼の出身地は、ニューヨーク州の西隣にあるペンシルベニヤ州のピッツバーグ。

今回は、 ピッツバーグ にあるアンディ・ウォーホル美術館から多くの作品が出展されています。

門外不出と言われる「3つのマリリン」は広告にもでている通り目玉作品です。

ハリウッドスターに憧れていたウォーホルは、1962年のマリリン・モンローの悲劇的な死に衝撃を受けます。

写真製版のシルクスクリーン印刷という技法で彼女の作品を次々に制作していくのです。

そしてこんな言葉を残しました。

「ポップ・アーティストたちは、ブロードウェイで目にするような、誰もが一瞬にしてわかるイメージを描いたのさ。(中略)こうした現代のあらゆる偉大なものを、抽象表現主義の画家たちは決して見ようとしなかったんだ」


ウォーホルは生涯2度に渡って京都を訪れています。

ポップ・アートに乗り出す前の1956年の際のスケッチの展示がありました。

「わかりやすい」という感覚は、この頃から強く持っていたようです。

セレブリティから、彼へ自画像を発注するはオファーがひっきり無しだったそうです。

シルヴェスター・スタローン、アレサ・フランクリン、坂本龍一。

どちら発信かは分かりませんが、描いてもらうこと自体がステータスとなったのです。

晩年は特に死をテーマにする作品が増えました。

ダビンチの「最後の晩餐」を題材とした、ウォーホルの「最後の晩餐」です。

1986年の作品で、ハイ・アートとロウ・アートの区別を曖昧にするという取組みです。

かなり大きな作品ですが、私としては「一瞬にして」が彼の魅力だとするなら、そのインパクトは逆に小さくなっていると感じました。

カーネギーメロン大学で美術を学んだウォーホルは、商業イラストレーターとしてキャリアをスタートさせます。

そしてポップ・アートに出会い、時代の寵児となりました。しかし1987年、心臓発作で58歳という短い生涯を終えるのです。

アンディ・ウォーホルのことは大学時代に知りました。

その時にはすでに亡くなっていたので、その少し前まで生きていたという認識がありませんでした。

それで、マッキントッシュの作品があるのを見て少し驚きました。

ジョブスとウォーホル、このような人物が生まれてくるのがアメリカという国の、パワーの源なのでしょう。

学生時代から好きだったと書きましたが、彼がLGBTだとも分かっていませんでした。
もしかすると、当時の書籍にはあまり書かれていなかったのかも分かりません。

私は作品だけでなく、作者の人生を知りたいと思っています。

どうやってその作品が生まれてきたのか。それを知ることで、何かを得れるのではと考えているからだと思います。

向かいにある、京都国立近代美術館では「ルートヴィヒ美術館展」が開催されていました。

こちらもウォーホルの作品が看板作品のようですが、大好きなマレーヴィチも来ているようです。

マレーヴィチこそ、ウォーホルが苦言を呈した抽象表現主義の画家ですが、芸術には色々な表現があって勿論構いません。

会期は来年の1月22日まで。もう一度京都に行く理由ができました。

日常の中で、偉大なものを何か見落としていないか……

毎日スープを飲みながら考えようかなと思います。

■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

■■1月6日『Best of Houzz 2022』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載
■1月8日『homify』の特集記事に「光庭の家」掲載
■1月7日『homify』の特集記事に「白馬の山小屋」掲載

メディア掲載情報

追悼、アントニオ猪木‐1944‐

先週の土曜日、「アントニオ猪木死去」のニュースが流れました。

近年は難病を患っており、かなり痩せた姿も報道されていました。

小学生から25、6歳の頃まで、大のプロレスファンでしたが、そのきっかけは金曜8時のプロレス中継です。

戦後、街頭テレビに映る力道山の活躍で、国民的娯楽となったプロレスですが、私もすっかりその魅力にとりつかれてしまったのです。

1963年、戦後のヒーローだった力道山が凶刃に倒れます。その後の2枚看板となったのが、ジャイアント馬場とアントニオ猪木でした。

しかし政治的な問題が色々と起こり、猪木は力道山が興した日本プロレスを追放されます。

そして1972年に新日本プロレスを立ち上げました。28歳の時です。

長らくプロレス本は買っていませんでしたが、アントニオ猪木追悼の意をこめて、「新日本プロレス50年史」を購入しました。

裏表紙にはタイガーマスク。左下に写っているのは、若手時代の前田日明と山崎一夫だと思います。

1973年から1985年の金曜8時枠の放送があったこの時期が、昭和プロレスの黄金期と言ってよいでしょう。

猪木は「プロレスこそが最強の格闘技」と宣言し、「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」と言いました。

そして、プロレスを世の中に認知させるため、異種格闘技戦が始まるのです。

1976年、ボクシングの現役世界チャンピオンだったモハメド・アリ戦が最も有名ですが、6歳だった私の記憶にはありません。

しかし、1980年の極真空手のチャンピオン、熊殺しの異名をもつウィリー・ウィリアムス戦あたりからは覚えています。

それぞれの面子があるので、殺気立った両陣営の雰囲気は10歳の子供でも感じるところがありました。

異種格闘技戦とは別に、新日本プロレスからは、藤波辰爾、タイガーマスク(佐山サトル)、長州力、前田日明、武藤敬司、蝶野正洋……次々とスターが生まれていきます。

また、プロレスの天才と言われた猪木は、外国人レスラーを育てる能力も優れていました。

「ひとり民族大移動」のアンドレ・ザ・ジャイアント。

「不沈艦」スタン “ザ・ラリアット” ハンセン。

そして、「超人」ハルク・ホーガン。後に映画「ロッキー3」への出演まで果たし、世界一有名なプロレスラーとなったのです。

スタン・ハンセンは、後にジャイアント馬場の全日本プロレスに移籍しますが、いずれも猪木のプロデューサとしての能力が、彼らをトップレスラーに育てたのは間違いありません。

よりプロレスを好きになったのは、1983年創刊の『週刊プロレス』を読むようになってからでした。

編集長・ターザン山本は「観るプロレス」から「読むプロレス」の面白さを提唱していきます。

「テキサス・ブロンコ」テリー・ファンクも写っていますが、ほんとに格好良かった。

私も「週プロ」の影響で、1984年に前田日明が立ち上げた、より格闘技色の強いUWFに傾倒していくのですが……

プロレスとアントニオ猪木のことを書き始めると、延々と書いてしまいます。プロレス史自体が大河ドラマなのですが、話をもとに戻します。

現在は日本のプロレスはよりショーアップされ、アメリカナイズされたエンターテイメント色を強めています。

プロレスには「ブック」と呼ばれる脚本があると言われるので、他の格闘技より下に見られがちです。

それはひとつの意見なので構いません。

しかし、プロレスラーが亡くなる度に思いだす言葉があります。

冒険小説とは、成熟した男性によって書かれた、成熟した男性のためのエンタテイメント
-田中光二- 作家

プロレスを楽しむには、ある程度の許容量と、想像力が必要なのだと思います。

ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、橋本真也、三沢光晴、ブルーザー・ブロディー、アンドレ・ザ・ジャイアント、ホーク・ウォリアー、アニマル・ウォリアー、ジミー・スヌーカー、ビッグバン・ベイダーそしてついにアントニオ猪木まで。

多くの大男たちが早世しているので、79歳まで日本を元気づけてくれたと感謝するべきなのでしょう。

「燃える闘魂」

「過激なダンディズム」

「プロレス外交」

「この道を行けばどうなるものか 危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし 踏み出せばその一歩が道となる迷わずゆけよ、ゆけばわかる」

「元気があれば何でもできる」

「闘魂ビンタ」

選手を引退してからは、道化的な役割も引き受けていましたが、現役バリバリの頃は、初めの写真の通り、とにかく格好良かったのです。

先日亡くなった稲盛さんも、経営の原点12か条の8条に「燃える闘魂」をあげています。

経営にはいかなる格闘技にもまさる激しい闘争心が必要。

作家・開高健もそうでしたが、インテリと言われる人に、プロレスファンはかなり多いのです。

一時は袂を分つことになった、弟子でもある前田日明のコメントがニュースに上がっていました。

「猪木さんがいなかったら、前田日明もタイガーマスクも、リングスも修斗も総合格闘技もK―1もPRIDEも何もなかったよ。全ての始まりですよ」

この言葉が全てでしょうか。

新約聖書は「はじめに言葉ありき」で始まるそうですが、近代プロレス、総合格闘技においては「はじめに猪木ありき」だったのです。

多くの人に影響を与え、元気づけ、楽しませてくれた「創造主」。安らかに。

■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

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9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

■■1月6日『Best of Houzz 2022』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載
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皆が歌いたくなるような曲を‐1943‐

米米クラブは1997年に解散していたそうです。

学生時代はあれほど聞いていたのに、全く知りませんでした。

しかし2006年に再結成。活動を再開していました。

米米クラブのボーカルは、言わず知れたカールスモーキー石井こと、石井竜也。

彼が出演する番組を観ました。

ファーストシングルは1985年発売の「I・CAN・BE」。私が中学3年の時で覚えています。

ビッグバンドさえ珍しいのに、徹底的にショーアップされたステージで、一気に人気グループになっていきます。

しかしジェームス小野田の衣装はいつも凄かった!

1992年発売のアルバム「Octave」に収録されている「君がいるだけで」は、289.5万枚を売り上げます。私もカラオケで、かなり歌わせてもらいました。

元々画家になりたくて東京にでてきた石井は、絶頂期であるこの頃から、映画監督やアーティストとしての活動に力を入れはじめました。

1996年に監督として2本目の映画「ACRI」が上映されます。しかしこれが興業的には失敗に終わり、10億円の借金を背負うことになりました。

それらが原因でバンドは、1997年に解散へ至ることになるのです。

何と言っても私が一番好きだった曲は「浪漫飛行」。これもかなり歌いました。

1988年発売の「KOMEGUNY」に収録されていた曲が、1990年にシングルカットされました。

ライナーノーツがこのサイズでした。

レコードと兼用していたのかもしれません。

JALのコマーシャルでの採用が決まり、初のミリオンセラーに。

デビュー間もないころ、自転車さえ持っていなかった石井は、まだ歌詞もない「浪漫飛行」をcharに聞いてもらう約束をしていたそうです。


その約束に遅れないよう、急ぎ足で歩きながら考えていたら、あのリズムになったと語っていました。

その1曲で、石井竜也、また米米クラブの人生が変わってしまうのですから、面白いものです。

バンド活動再開のきっかけは、音楽活動のスタート時からお世話になっていたChar、50歳のバースデーパーティでの演奏だったそうです。

何がきっかけになるか分かりませんが、人との縁は大切にしたいものです。

ダブルミリオンと、10億円の借金も経験した人はそういないと思います。実際に、死にたいと思ったこともあったそうです。

しかし、一番心に残った言葉は興業的には失敗したと言われる映画に対してのコメントでした。

「掛かったお金と、興行収益にこれだけ差があるので失敗と言われますが、自分的には失敗と思っていないんですが」


監督1作目の「河童」は何となく覚えていますが、2作目の「ACRI」は全く記憶にありません。

調べてみると出演者が凄い。江口洋介、浅野忠信、藤竜也……これはお金もかかるはずです。

文芸評論家・谷沢永一は「人の世は評判の市」と語っています。

それは間違いないのですが、もし評判が悪かったとしても、それを覆すチャンスは誰にでもあるはずです。

久し振りに彼が歌っている姿を見ましたが、さすがに上手かった。また、皆が歌いたくなるような曲をいつか作ってくれるでしょう。

何だか久し振りにカラオケに行きたくなりました。

■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

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9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
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4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

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ギフト、ギフテッド‐1933‐

朝、空を見上げるとウロコ雲?

巻雲?

どちらも高い位置にある上層雲で、秋の空でよく見る雲です。

稲穂もチラチラと見え始めてきました。

金色の麦、ではなくオノコロ草ですが、僅かながら秋が近付いていることを感じさせます。

「千葉の家」のクライアントから、今年も梨が届きました。

千葉の名産品「白井の梨」はジューシーで甘く、本当に美味しい。

この夏もギフトを頂いてしまいました。

「ギフト」には、天性の才能、特別な能力という意味もあります。

「ギフテッド」となると「特別な能力を与えられた人」と言う意味。日本語で言えば「天才」です。

映画「ギフテッド」は泣ける、温かいヒューマンドラマでした。

7歳の少女、メアリーは数学の才能における、いわゆる 「ギフテッド」 。

それゆえ普通の小学校教育になじめません。

不幸にも、天才数学者だった母が自殺してしまい、その弟のフランクが引き取り、育てていました。

フランクは褒められたタイプの大人ではありませんが、メアリーに対する愛情は大きなものがあります。

しかしメアリーの才能に気付いた学校、またフランクの母は、「彼女のためにはもっとよい環境で教育を受けるべき」と主張します。

最終的には裁判となり、フランクにはメアリーを育てる経済力がないと、母のもとで暮らすことになりました。

一旦はフランクもそれが彼女のためには良いと納得したのですが……

書きすぎたかもしれませんが、観ていない方は是非ご覧ください。

もうひとつ、夏前に届いたギフトを紹介してみます。

The Longing Houseのクライアントが、Google マップにつけてくれたレビューです。

冒頭の部分を掲載してみます。

1年前に新築をアトリエMさんで建築しました。

当時はハウスメーカーやビルダー、設計事務所など、15社以上は検討したと思います。

その中でアトリエMさんにお願いしたいと思った理由としては、未来の幸せの風景をクライアントと一緒に思い描くという考え、長年されているブログからも人物像が見えたこと、今までに設計された家や施設がそれぞれ「違う」ことでした。

家自体が特殊な構造を必要とすることと、家に対する自身のこだわりが強く早々にハウスメーカーなどは除外されていたものの、どの設計事務所・建築家さんにお願いすればいいか悩みました。

そして何名か気になる建築家さんの作った家を見て話を聞きに行きましたが、その中で思ったのが、個人の家であっても自身が設計した家を「作品」として自分の色を濃く出す方がまあまあいらっしゃるのです。

しかし、作られたものが「違う」ということは「クライアントの幸せの光景を作る」という考え方が実現されていると感じており、事務所を訪れご本人と話をしてみるとより確固となりました。

本当にこだわりを持っておられたクライアントで、正直、竣工に至るまでは大変でした。

それでもここまで書いて頂けたなら、全てが報われます。反対の言い方をすれば、大変だったからこそ、こういったレビューを頂けたのだと思います。

誰もが特別な才能や、能力を持っていたならと願います。

映画や小説の世界なら別ですが、現実の世界では、それはほんの一握りの人だけ。

それでも仕事に打ち込んでいたなら、時々こんなに嬉しいギフトが届くのです。

そういう意味では私もギフテッド?冗談ですが。

現在も、難航しているプロジェクトがいくつかあります。

全てのプロジェクトで、こんなゴールに至れるまで這ってでもやりきる覚悟なのです。

■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載

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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
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『 建築家・守谷昌紀TV』

からりと晴れろよ‐1905‐


今日は朝から「あの森のOhana」の撮影でした。

カメラマンの石井さんが、前もって「何時頃はこんな感じです」と写真を送ってくれました。

これは5月2日、9:00の写真。

こちらは5月17日、19:03。

これらを見るとやはりテンションがあがります。

しかし今日の天気が微妙……

晴れてくれただけありがたいのですが、空が薄曇りなのです。

樹々は青々として最高です。

内部はこのくらいが丁度いい感じ。

新しい家具類もはいり、レセプションはさらに雰囲気がでてきました。

あの超有名ワンちゃんも登場していました。

1階、2階と撮り進めていきます。

石井さんも写真のプロなら、撮って貰う冨田さんもプロ。

冨田さんは若干撮り難いかなと思っていたら、カメラトークで盛り上がっていたのでひと安心です(笑)

4月に撮影した「3つの庭を持つコートハウス」の写真も冨田さんから上がってきています。

晴れを求めて一度延期していたので、とても嬉しいカットです。

夕景も藍色の空になりました。

晴れの日の夕景は、建物のフォルムが際立ちます。

内観もあわせて20カット。

早くWebサイトも仕上げて、コートハウスの魅力を存分にお伝えしたいところです。

夕景はいい感じでした。

森感も、こちらの方がでているでしょうか。

今週は土曜日も撮影の予定でした。

かなり微妙な天候で、先程のクライアントに延期をお願いする連絡をしました。

皆さんお忙しいので、とても心苦しいのですが……

♪からりと晴れろよ ホライゾン♪

そんな歌があったなと探してみたら、田原俊彦「ピエロ」とでてきました。作詞は「セーラー服と機関銃」の来生えつこ。

そんなに好きでもなかったのに(失礼!)、なんだか心に残っているのが逆に凄いと感じます。

メロディ、歌詞、歌声の3つが、ピタリとはまっているのでしょう。

あのトシちゃんもすでに61歳だそう。そういう私も51歳ですが。

建築、天気、人。

何でもそうですが、3つくらいの要素がピタリとはまったとき、プラスアルファの価値がでるのだと思います。

からりと晴れるまで待って再撮影か!

と悩ましいところなのです。

■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載

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“Come See About Me” 会いにきてよ!‐1900‐

ゴールデンウィーク真っただ中の月曜日です。

昨日まで雨だったからか、ひんやりとした1日でした。

ご近所さんはいつも花の手入れに余念がありません。

花薫る5月です。

ラジオから「近藤房之助、初めてのバースデイライブ!」と聞こえてきました。

70才を迎えるそうです。

その名前にピンとこない人も、「おどるポンポコリン」で「パッパ!パラリラ!」と歌っていた、背の高いギターの人、と言えば分かるかもしれません。

B.B.クィーンズというユニットの曲ですが、坪倉唯子と近藤房之助の2人がボーカルでした。

しかし本業?はブルースシンガーです。

何のきっかけで彼を知ったのか思い出せないのですが、大学時代はとにかく彼の音楽をよく聞いていました。

学生の私にとって、大人で、渋くって、とにかく格好よかったのです。

写真の4枚は全てライブアルバムですが、その他も結構買いました。

基本は名曲を歌います。

“HEART OF STONE “の “COME SEE ABOUT ME “はもう最高です。

ザ・スパイダーズの”ノー・ノー・ボーイ ” は、大人すぎるアレンジで、楽しませてくれます。

“UNCHAINED RHYTHM” には “Mercy Mercy Me” が収録されています。

マービン・ゲイのあの名曲です。

歌もそうなのですが、曲の選択がまた良いのです。

近藤房之助のことを書こうと、CDコレクションを引っ張りだしてくると、すぐそばに希代のエンターテイナー”BLUES BROTHERS”の名盤が。

もうジャケットを見ているだけで楽しい!

Whitney Houstonのデビューアルバム “Whitney Houston” もありました。

邦題は「そよ風の贈りもの」。

B.B.クィーンズのもうひとりのボーカル、坪倉唯子も大好きです。

実力派の2人がエンターテイメントに徹したB.B.クィーンズ が大ヒットを飛ばしたのは、何か誇らしかったものです。

最近CDを買うことはありませんが、ジャケットを見渡しているだけで、一気に青春時代にタイムスリップしていました。

先日、高級家具メーカーにカタログを請求すると「ペーパーのカタログを廃止致しました。Webカタログでご覧ください」と返信がありました。担当者は詫びていましたが。

自分で買うならWebカタログで良いのですが、クライアントに勧めたり、コーディネートするときは、ペーパーのカタログを繰りながら、ああでもない、こうでもないと相談しながら決めるものです。

Webカタログになると、「見渡す」という機能が各段に落ちるのです。もっと現場のことを分かって欲しいと思うのです。

ペーパレス化、省コストと、時代の流れなので仕方ないのかもしれませんが。

近藤房之助と坪倉唯子のユニットB.B.クィーンズは 、164.4万枚という大ヒットを記録しました。

しかし、ブルースのライブアルバムでこれ程のセールスを記録することはないと思います。

だから彼はライブで歌っていたのかもしれません。

“Come See About Me ”

「僕に会いに来てよ!」と。

■■■ 『ESSE-online』にコラム連載■■■

4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

■■ 8月17日『建築家・守谷昌紀TV』を開設

■■■1月6日『Best of Houzz 2022』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞■

■1月8日『homify』の特集記事に「光庭の家」掲載
■1月7日『homify』の特集記事に「白馬の山小屋」掲載

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恥を知り、恥を捨てたおじさん‐1862‐

大阪も少し郊外にでると、がらっと雰囲気が変わります。

敷地の調査に行っていたのですが、そんな時は少し足を延ばしてあちこちと歩き回ります。

住宅街を抜けると、一気に視界が開けました。

田畑の間を流れる水路も、かなりの水量です。

のぞいてみると、30cmくらいの魚が泳いでいました。

コイに見えますが、少し体高が低いような気も。

フランスを旅した時、電車がパリを離れると見渡す限りの畑でした。

パリは芸術の都ですが、フランスが農業国と言われるゆえんです。

そう考えると大阪産の野菜も色々あるよな、などと思っていました。

集落の間を電車が走り、古い町であることが伺えます。

神社やお寺もその地域を知る重要な手がかりになります。

やや寂しくなってきた、立派なイチョウも見つけました。

初期相談に見えた方が、ハウスメーカーの図面を持っておられました。

その図面の中に、敷地が描かれていないものもありました。

他社には他社の、ひとにはひとの方法があるので、私がとやかくいう事ではありません。しかし建物を中心に地球が回っている訳ではありません。

周辺建物によって、日の当たり方は変わります。風の抜ける方向もまたしかり。

車はどちらから入ってきてどう駐車するのか、庭や外部はどういった使い方を望んでおられるか……

一日くらいはそこに立って感じたいのです。

しかし、大きなカメラを提げてウロウロしていると、やや疑いの目で見られるもの。若い頃は、そんな目に負けて退散してきたこともありました。

しかし、そこはもう51歳です。

にこやかに、何となく会釈をしながらやり過ごし、納得いくまでしぶとく居続けるのです。

コンビ結成15年以内、漫才の若手ナンバーワンを決めるのがM-1グランプリ。今年は「錦鯉」の優勝で幕を閉じました。

ボケの長谷川雅紀さんは50歳ですが、コンビ結成9年目なので若手です。

私としては、1本目が抜群に面白かった「オズワルド」推しでしたが、とても良いものを見せて貰ました。誰よりも大きな声で、50歳は弾けきっていました。

恥を知り、恥を捨てたおじさんより強いものはそうないはず。

諦めず、どんな時も粘り強くと思うのです。

■■■ 12月6日『ESSEonline』にコラム連載を開始
第1弾は「キッチン・パントリー」■■■

■■ 8月17日『建築家・守谷昌紀TV』を開設しました ■■

■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

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ザッツ・エンターテイメント‐1855‐

小学校の校門まわりの木は、やはり桜が多いでしょうか。

何となくそのつもりで眺めていると、オレンジの実が見えました。

見事な柿が成っていました。

カラスがつついた跡があるくらいで、何だか勿体ない気もしてきます。

昔ながらの八百屋の店先。

柿にみかんに人参とオレンジが華やかです。

やはり濃いオレンジは良い色だなと……

昨年だったか、子供達の希望で「Disney+」に加入していました。

もとは「アベンジャーズ」等を配給する「マーベル」が目的だったのですが、新たに「スター」という配給会社が加わるとのこと。


それで、料金が上がると言うので「話が違うやん」と。

しかし 「スター」 配給の、「TOKYO MER~走る緊急救命室~」を観てしまいました。

TBSのドラマだったようですが、東京都知事直轄の救急医療チームが編成されるところから、物語が始まります。

リーダーの医師・喜多見は俳優・鈴木亮平が演じます。

知ったように書いていますが、ドラマ自体を観るのが「半沢直樹」以来で1年振り。

初めて見る俳優ですが、彼がなんともいい。

都知事役は石田ゆり子。

ほぼ同い年なので、彼女くらいなら私も知っています。

しかし、変わらず美しい。

おそらく脇を固める女優陣も、一流どころなのだと思います。

事故、事件、災害の現場に、救急医療専門のチームが駆けつけ、ギリギリの命を救っていくのです。

青いERカーは手術室を備えています。

喜多見は、海外の紛争地などで医療に従事してきたという設定で、判断力、処置と圧倒的なスピードを誇ります。

ドラマと分かっていても、1分1秒を争う現場で、次々に命を救って行く姿は文句なしに格好いい!

小学生の頃に見ていたら、本気で医師を目指していたかもと、ちょっと思っていました。

そんな頭があるかは別問題ですが。

子供達がもともと、超人的なヒーローを観るために 「Disney+」 に加入しました。

しかし、超人ではない人間が、知識、経験、努力によって、超人的な活躍をするストーリーに家族皆がすっかり魅られてしまいました。

そういえば、先の「半沢直樹」も同じTBSの「日曜劇場」枠でした。

日曜の夜、家族そろって観れて、さあ明日から頑張るぞと思える作品。こそがまさにエンターテイメントです。

後から料金を上げても文句を言わせない。これがエンターテイメントビジネスの神髄……

いくら上がったのかは知りませんが。



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■1月27日 『Best of Houzz 2021』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載
■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載

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