カテゴリー別アーカイブ: 03 自然・季節

日本一を‐1706‐

 私の人生は、建築、野外、旅の3本立てです。

 梅雨の晴れ間に、再び湖上の人となっていました。

 朝靄のたつ池原ダム。

 ため息が出るほど美しい景色を見せてくれます。

 山上湖ゆえ、水が澄んでいる時は、6、7mの湖底がはっきり見えます。

 この時期は、浅場まで産卵に上がってくる大型のメスを狙って釣れる可能性があり、全国からデカバスハンターが「聖地」と言われるこの地に集まってくるのです。

 私が最も好きな場所はここ。

 名物、二連滝です。

 動画も撮ってみました。

 今回は訳あって、本気で大物を狙っていたのですが、残念ながら40cmのやせ形君どまりでした。

 お土産は、初めて見た奈良産のイノシシくらい。

 ガサガサッと生物らしき音聞こえ、慌ててカメラをだすとそそくさと森へ消えて行きました。

 一瞬振り返ったのがこの写真。

 スロープに戻り、店主に聞いて初めてイノシシだと分かったのですが、この時は得体のしれない生物にドキドキしていたのです。

 私が池原に通うようになったのは、1996年5月に64cm、5.1kgの大物を偶然釣ってしまってからです。

 道具こそ持っていましたが、ルアーフィッシングはキャンプのついでといった感じでした。

 この時も、東京から帰ってきていた友人カップルと、当時の彼女とで、湖畔でキャンプをしていました。

 この日は大雨でしたが「こんな日は釣りに行くと大物が釣れる」という予感もあり、友人と2人でボートを降ろしました。

 リールとロッドを合せて5千円くらのタックルと、ワゴンセールで売っていたルアーで、いきなりこの魚が釣れたのです。

 近くに居た人達が「これは浜松さんのところに持って行ったほうがいい!」というので、翌日訪ねて行った時の写真が以下のものです。

 浜松さんは、作家・開高健が『オーパ、オーパ!!』の番外編で池原ダムを訪れた際、ガイドをした方です。
 
 確か「アブアンバサダーでワームを操る達人」として登場します。

 その浜松さんが、『Basser』という老舗雑誌で、紹介してくれたのです。

 上記は「釣り場速報」ですが、日本記録かもという扱いで、軒並みルアーフィッシングの雑誌には取り上げて貰いました。

 同年の9月だったかに66cm、続いて68cmが釣れ、あっさりと抜かれてしまったのですが、私が人生で初めて日本一を意識した瞬間でもありました。

 この2ヵ月後、私はアトリエmを設立することになります。

 1件目の設計事務所をクビになってすぐ、拾って貰った事務所の所長とささいなことで言い争いになりました。

 「それなら辞めます!」と言ったら、「じゃあそうしたら」と言われ引っ込みが付かず独立したというのが実情です。

 今まで誰にも言ったことがないのですが「僕は日本一だぞ」といった、勘違いの思い上がりがあったと思います。何とも青い、25歳の春のことでした。

 独立して3年、経験不足を埋めるため、もう我武者羅に働きましたが、それだけで成功できる程現実は甘くなく、鬱病と診断されます。

 3年弱、本当にこの考え方の病気に苦しみましたが、1年間休業し、海外放浪の旅もあり、無事仕事に復帰できたのです。

 2002年の3月に仕事を再開したのですが、その秋、池原の神様はまた私にロクマルを釣らせてくれました。

 60cm以上のサイズを「ロクマル」と呼ぶのですが、この時期なら、上手い人なら年に数本釣る人も居ます。

 ですので、私が特別上手いと言うことはないのですが、どこかで、記録級の大物が釣れるかも、という気持ちがあることも否めません。

 前回の釣行の際、ボートから見て丸太ん棒のような魚を見つけました。

 この時期なので狙って釣るのですが、目算63cm、4.5kgといったところです。

 自分でも釣れれば18年振りということは分かっていたので、掛けたあとすぐ、慎重にやり取りしようと、ドラグをかなり緩めに設定しました。

 ですが、ユルユルにし過ぎて、まったくスプールが回らなくなり、さらに焦りでどちらに回せばよいかさえ分からなくなってしまい……

 冗談のような話しですが、もうラインを直接手で引っ張ってでも取り込もうとしました。

 しかし、水面を割ってのエラ洗い一閃、ルアーは弾き飛ばされ(首を左右に振るスズキ科の魚、独特の動き)、その巨体は湖底へと消えていったのです。

 年に数本のロクマルを釣り上げる達人に、その秘訣は何ですかと聞いてみました。

 「距離感と旬」だと。

 どの世界でも、トップレベルに居る人の言葉は含蓄があります。もしくは、その結果が言葉に含蓄を与えるのか……

 何故だか分かりませんが、私の人生の節目節目で、ロクマルが現れます。

 今年がその時かもと思い、本気で狙いましたが、今年の「旬」はほぼ終わりを迎えました。

 開高健はこう書いていたと思います。

 魚は湖に返してあげなさい。そうすればあなたの心を一生泳ぎ続けてくれる。

 食べる訳でなく、釣っても誰がか褒めてくれる訳でもないのに、往復5時間もかけて訪れる理由を、上手く説明することができません。

 ただ、初めて日本一を意識した日から、私の人生は大きく動き出しました。

 独立して、またバス釣りを始めて四半世紀。

 未だ日本一には届いていませんが、この命が尽きるまで、本気で目指し続けたいと思っているのです。

■■■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行
巻頭インタビューが掲載されました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
■5月16日『homify』(英語)の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■5月10日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■2月13日 『Best of Houzz』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞
■2月3日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載■12月3日 『Houzzユーザーが選んだ人気写真:キッチン編』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が5位に選出
■9月30日発売『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』「回遊できる家」掲載
■7月21日BS朝日『大改造!!劇的ビフォーアフター』「住之江の元長屋」再放送
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

愛するもの‐1700‐

 2月上旬に訪れて以来、4ヵ月振りに池原ダムへ行ってきました。

 前回時の最低気温は-1℃、最高気温は3℃。

 季節は進み、最高気温は30℃近くまで上がりました。

 何人かの常連さんと会いましたが、自粛明け初という人が殆ど。

 皆、自然に顔がほころんでいます。

 湖上へ出て、朝日があたる山肌を見て「また帰ってこれたんだな」と。

 一生来れないことは無いとは思っていましたが、それでも感慨深いものがあります。

 会えたのは魚だけではありません。

 マガモ。

 2匹の鹿は親子でしょうか。

 何だか愛情があふれています。
 

 愛情は感じませんがシマヘビとも。


 
 自粛明け初の週末でもあり、かなりの数のボートが浮いていました。

 しかし、このくらいのサイズならいくらでもとは言いませんが、何とかなります。

 命懸けで遊んで貰い、見送るその背中を愛おしく感じるのです。

 日差しはすでに夏のもの。

 水温も24℃まで上がりました。

 水温が14、15℃を越えると、ブラックバスは産卵を意識し始めます。そして今がその真っただ中。

 産卵に絡んだ魚は、狙って大きな魚が釣りやすいのです。

 産卵がらみのメスを1匹釣りました。

 メスの割りにはお腹が張っておらずで50cm強で2kg弱。

 1度産卵したあとかもしれません。

 バスフィッシングは、特にバリエーションの多い釣りですが、中でも産卵期の釣り方には独特のものがあります。

 言葉で言うなら、オスの父性を刺激し、メスは母性を刺激するという感じでしょうか。

 産卵と関係なく小さなオスが釣れたのですが、それを助けようとするメスが付いてきているところです。

 鹿もブラックバスも愛情をダイレクトに表現している姿を見て、思うところがありました。

 キリスト教では、近しい人への愛から無償の愛まで、愛にもいくつかの種類があると認識しています。

 例えば、一家の主としての視点と、一国の首長としての視点では、俯瞰している面積が違うことに似ているかもしれません。

 近しい人を愛せない人が、より大きな愛を持てる訳はないのですが、○○ファーストという言葉には多少引っかかりを感じます。

 それは当たり前で、もう少し大きな愛があるからこそ、人は何とかここまで生き延びてきたのではないかと思うのです。

 鹿もブラックバスも、まさかそのような視点は持っていません。

 自らの種を残す為だけに、純粋に愛を行使しているのですが、純粋過ぎるがゆえ、ポーズや利害の入ったものより、気高いものに感じるのです。

 今朝のミーティングで「レジ前の立ち位置シールを越えて、迫ってくるお爺さんを愛することはなかなか出来ない」という話が出ました。

 キリストでもブッダでもない私達が、無償の愛や慈悲の心をもつことは不可能です。

 しかし、持つべきだと思うだけでも世の中は良くなるのだとも信じています。

 私の愛するもの。

 仕事、野外、釣り、旅、日本、そして家族。

 家族をどこに入れるかは照れくさいので書きませんが、それ以外の並びはポーズなしのつもりです。

 仕事、仕事、仕事……時々野外。移動できる喜びを今噛みしめています。

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サツキを見ると思い出す‐1697‐

 遠出がないので、普段の生活は殆どが自転車で事足ります。

 このような状況でなければ、近所をウロウロする機会などそう無かったかもしれません。

 大自然は無理なので中自然をもとめて大和川へ。

 母校の校歌にもでてくるのですが、高度成長期には最も汚い川のひとつでした。

 大阪湾の水質が改善され、プランクトンが減ったのでイカナゴが不漁というニュースもありました。

 イカナゴは好きですが、自然が美しくなるならそのくらいは我慢できます。

 車が通らない道は、ランナーや通学中の学生が行き交います。

 穏やかな日常が少しずつ戻ってきていることを実感するのです。

 春先のツツジに続き、サツキも満開です。

 満開と言いましたが、咲き始めなのでツボミも見えます。

 満開になれば目が行きますが、いきなり花がさく訳でないのは、仕事も勉強も同じ。

 私は浪人している上に、仮面浪人までしていたので、車の免許を取ったは20歳の春です。

 合宿免許で取得したのですが、その合宿地が宮崎県の都城でした。

 近大の生協で申し込んだのですが、阪大、神大、関学、電気通信大など様々な大学から参加者がありました。

 合宿免許は、試験に落ちる追加費用が掛かったはずです。

 それもあって、授業や試験は皆真剣。私は全てストレートで合格したので(小さい自慢で……)、結構空き時間がありました。

 他大学の子とも連れだって、色々なところに遊びに行きました。同じような年頃の男女が集まるので、とても楽しいのです。

 時間が余っていたこともあり、「みんなで霧島にでも行こうよ」と声掛けしました。

 15人くらいだったか、電車とバスを乗り継ぎ、霧島に登りました。もう30年も前のことですが、とても楽しかったことを覚えています。

 大阪に戻って、生まれて初めてドライブに誘った女の子も、その中に居ました。

 私は近大の1回生で、彼女は阪大の4回生でした。

 付き合っている人が居るとのことで、ドライブは1度きりでしたが……

 キリシマツツジという種があるくらいですが、霧島でサツキが咲いていたのでしょうか。

 サツキを見ると、なぜかこの霧島行きをいつも思い出します。

 誰も聞きたくないと思いますが、20歳の楽しく、甘酸っぱい思い出でした。

 思い出を書いているということは、そろそろネタも本当に尽きてきました。

 来月から、本格的に野外活動を再開します!

A photograph is wonderful.

2017年7月 宮崎/高千穂峡

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こいつは春から縁起がいい‐1691‐

 連休中、園児のいない保育園を柵の間からのぞいてみます。

 完全に不審者の行動ですが、園児が居れば本当に捕まってしまいます。

 いつの時代も彼らのヒーロー、アンパンマンが。

 アンパンチ!でコロナもやっつけて欲しいところです。

 園庭の隅には鯉のぼりもありました。

 天気は素晴らしいのですが風は無し。画としてはちょっと寂しいところです。

 こちらの都合で風が吹く訳はありませんが、ちょっと待ってみようかなと。

 3分くらいで神風が吹きました。

 やはり鯉のぼりはこうでないと。

 園近くの植込みには、多くの蝶がひらひらと集まってきます。

 マーガレットの蜜を吸う、アオスジアゲハでした。
(2020/5/8追記:読者の方からハルジオンかヒメジョオンでは?と指摘を頂きました。マーガレットは間違っているのですが、花言葉を使っているので文章はこのままにさせて頂きます。)

 なかなか逃げないので、寄りで撮ってみました。

 ここまでUPで撮れたのは初めてかもしれません。

 これも食事中を盗撮で、本当に趣味の悪いことです。

 しかし、思いの他愛らしい眼をしていることが分かりました。

 蜜をすうことだけに特化した口を持つ生物が、この世に存在するこの不思議さ。

 イギリスの哲学者、社会学者ハーバード・スペンサーは「適者生存 (survival of the fittest) 」という考え方を提唱しました。

 チャールズ・ダーウィンはその言葉に影響を受け『種の起源』の中で「自然選択(natural selection)」という考えを発表しました。

 環境に適応したものだけが生き残ることができる。

 概念としてはほぼ同じでしょう。

 ここ数日、大阪での新規感染者数の低下は、目を見張るものがあります。

 近所のお寺に立つノボリ。

 おそらくこれが効いたのだと思います。

 本当の大阪モデルとは「一人一人の行動で世の中は変わる」ことを示すことであって欲しいと願うのです。

 15日の緊急事態宣言解除も、現実味が帯びてきました。

 凄いぞ大阪、これでこそ大阪です。

 出口が見えないとメディアはあおりますが、出口はそこに見えていると思います。状況に適応さえできれば。

 そうそう、マーガレットの花言葉は「恋占い」「真実の愛」「信頼」だそう。

 こいつは春から縁起がいい、なのです。

A photograph is wonderful.

2014年5月 高知/四万十川

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この素晴らしい自由‐1650‐

 大阪平野から東に見える生駒山地。

 紅葉で全体が朱に染まり、さながら西遊記にでてくる火焔山のようです。

 行ったことは無いのですが(笑)

 久し振りに、信貴生駒スカイラインを走りました。

 料金所で「片道ですか」と聞かれたので「真ん中あたりで戻ってきます」と。

 それでも往復料金となり1950円だそうです。

 意外とするんだなと思いながらも、そこはニコッと笑顔で。

 紅葉のピークは過ぎていましたが、落葉してすぐのようです。

 真っ赤な絨毯が敷き詰められているようで、それはそれで美しいものでした。

 山の稜線を走るので、どちらにも景色が開けています。

 大隅半島先端の佐田岬もこんな景色だったかなとか、淡路島の鳴門岬の景色も良かったと思い出していました。

 途中、鐘の鳴る展望台という場所があります。

 プラス12mということは4階建ての建物くらい。

 一番張り出した先端に展望台があるのですが、もう下を見れずで……

 アングルを考える余裕もありませんでした。

 まずは北を向いて、何とかシャッターを切りました。

 続いて西の大阪平野。

 景色は最高ですが、高い所が苦手な私には刺激が強すぎました。

 帰り道の途中に「とっくりダム」と言う名のダム湖を見つけました。

 面白い名前だなと思い立ち寄ってみると、こちらは紅葉を湖面に映して2倍の美しさ。

 晩秋から初冬にかけての景色もまもなく終わりです。

 火焔山は中国新疆ウイグル自治区のトルファンに実在する山です。

 中国はこういった辺境の地の抗議活動を弾圧し、再教育の名のもとに強制収容していると報道されています。

 10月中旬に香港へ行った際に訪れた香港理工大学です。

 この時点でも反抗の張り紙が敷き詰められていました。

 私はザハ・ハディド設計の建物を見るのが目的でした。

 建物、空間共に圧倒されましたが、この建物を実現させた香港の豊かさも、併せて実感させられます。

 それは香港の自由貿易がもたらしたものに間違いありません。

 先だって、警察は構内に立てこもる学生を強制排除するという実力行使にでました。

 新疆ウイグル自治区の事も含めて、世界が中国に目を向けざるを得ない状況となっています。

 京セラ名誉会長の稲盛さんから、先の大戦について、こんな話を聞かせて貰いました。

 戦時中、アメリカは自由主義だといっても男も女もチャラチャラしている。

 勇敢に戦うのは日本人だけだであって、アメリカ人なんてちょっと脅かしたらすぐに逃げていく。だから竹槍でも十分戦えるんだと教えられた。

 しかし実際のアメリカ軍は強く、日本は敗戦、降伏することになります。

 戦後、終盤の激戦の中でもアメリカ兵が体を張って突撃していく実写フィルムを見たそうです。

 実際には満足に英語を話せない者さえいるアメリカ軍を一つに集結させたものは何だったのか。アメリカ人に聞いてみたそうです。

 すると「このアメリカほど自由な国はない。英語が話せなくても、肌の色が違っても住むことができる。この素晴らしい自由を失ってもいいのか、という大義名分があった」と。

 この話を聞いて、初めて日本が負けたことに納得しました。

 香港に人とお金が集まったように、人は自由が大好きです。

 強制や、規制が好きな人など居ません。それが持続することがないのは、歴史を見れば明らかです。

 人は権力を握ると、そんなことまで忘れてしまうのか、自分だけが特別だと思いたいのか……

 しかし、自由と責任は表裏一体です。

 感謝と覚悟をもって「この素晴らしい自由」を謳歌したいと思うのです。

■■■ 『Houzzユーザーが選んだ人気写真:キッチン編』2019年12月3日で「中庭のある無垢な珪藻土の家」が5位に選出

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子供のビデオ-1644‐

 東京や大阪は、中心部まで高速道路でアクセスできます。

 非常に便利ですが、交通渋滞を引き起こす要因にも。

 世界の都市を見ると、幹線道路は郊外までが一般的で、珍しいケースと言われています。

 府道2号(中央環状線)は、一般的には「中環」と呼ばれる幹線道路。

 「外環」(国道170号線)と共に、大阪の中心部をぐるりと囲むように走る、由緒正き幹線道路と言えます。

 「中環」で堺に入ると「大泉緑地」が見えてきました。

 中環を挟んで南にある、「堺市立のびやか健康館」はゴミ焼却場の熱を利用した、健康・スポーツ施設。

 そのフォルムから想像できる通り黒川紀章の設計です。2000年の完成。

 大泉緑地も子供が小さい時には良く来たなと思い、少し立ち寄ってきました。

 色づく樹々に誘われ、小道を進むと園内はまさに極彩色。

 樹々をみるなら最も美しい時期かもしれません。

 平日だったので少な目ではありましたが、食べ物の焼ける匂いが風に鼻に届きます。

 消し炭捨て場がある通り、BBQ可能なエリアがあり、まさに憩いの広場となっているのです。

 さらに歩くと、遊具のあるエリアにでました。

 数組ですが、2歳から4歳くらいの子供を連れた家族が、遊んでいます。

 この大きな滑り台も懐かしい。

 この遊具は、上がり下がりが大人には結構大変で、汗をかきながら付き合ったものです。

 紅葉もまさに盛り。

 この遊具は、いったい何と呼ぶのでしょう。

 昔は前後に動いていた気もするのですが……

 公園もあちこち行ったので、記憶は曖昧ですが。

 小さなブランコがついていたらしい遊具は、カゴの部分が撤去されていました。

 危険回避の観点から、ブランコのない公園が増えたという記事もありました。

 管理する府の立場からすると難しいところだと思います。

 しかしこれだけ広い芝生はなかなか無いので、本当に貴重な公園です。

 実は週末にもう一度、大泉緑地を訪れました。

 帰り道、車から見えたイチョウが、あまりにも美しかったからです。

 夕方だったので少し影がでていましたが、それでも多くの人が、シャッターを切っていました。看板もイチョウですし(笑)

 観光客らしい韓国人の若い女性も、互いに写真を撮りあっていました。

 日本の秋は世界一美しいと言っても、叱られることはないでしょう。

 クライアントと打合せをしていた時、子供が小さい時に撮ったビデオの話になりました。

 「そろそろ整理をしないと」という話になり、夫婦で少し観てみたそうです。

 初めは自分達も若く、子供達も幼く「可愛いね」と言いながら観ていました。

 可愛いのですが、段々とどちらかと言うとプラスではなくマイマスの気分になってきたそうです。

 そして、「次は葬式の時にでも流して貰えばいいか」という話になったそうです。

 お子さんは成人されていますが、ご夫妻とも私と同じような年代です。

 いつも明るくポジティブご夫妻だったので、その感想に若干驚きましたが、理解できる気もしました。

 若い父親、母親の余裕の無さは、観ている自分が一番分かっているはずです。

 子供はただ可愛いでは済まず、立派に、力強くその人生を生き抜いて貰わなければなりません。

 あんなことも出来たんじゃなかっただろうか、こんな言い方なら、最も上手く伝えられたのでは、と色々な場面が蘇ってくるのだと想像します。

 それは、ただ楽しいだけの時間ではないかもしれません。

 人は後悔をする生き物です。だからこそ人類はこれだけの進化を遂げたのだとも思うのですが。

 自分の葬式に、ビデオが流れるのは悪くないかもしれません。ただ、撮ったのは殆ど私なので、私自身の出演は無しです。

 そう考えると、葬式は子供達、子孫へエールを送る場なのかもしれません。

 秋には人生の晩秋を想い、春には青春を思い出します。

 四季は、仮の人生を1年で経験させてくれます。

 台風や地震と共に、恐ろしくも繊細な自然が、日本人のメンタリティに大きく影響を与えているのは間違いないと思うのです。

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小善は大悪に似たり‐1641‐

 前回は、二上山からの写真を何枚かUPしました。

 大阪平野を見下ろすと、目につく建物が色々あります。

 市内なら、やはり現在高さ日本一のあべのハルカス。

 左端は弁天町の大阪ベイタワー。元、オーク200です。

 南を見れば、富田林にあるPLの塔でしょう。

 遙か先にあるのがりんくうゲートタワービル。

 PLの塔はパーフェクトリバティー教団の平和記念塔ですが、ポツンと建っているのでよく目立ちます。

 先日近くを通ると、大規模な改修中のようでした。

 淡路島にある巨大観音像が荒れ放題という記事がでていました。

 維持するということは愛情に等しく、相応の覚悟がいるものだと肝に銘じておかなければなりません。

 そのPLの塔から西に行2km程行った所にあるのが狭山池。

 2009年の11月に訪れました。

 PLの塔と狭山池博物館の間に、小さく二上山が見えています。丁度見返している感じのアングルです。

 大阪に暮らして半世紀ですから、自分の居場所を見失うことはなさそうです。

 マガモの写真が残っていました。

 この時期、ため池には沢山の渡り鳥がやってきます。

 先日の朝、近所をジョギングをしていた時のこと。

 数羽のハトが、何かをついばんでいました。

 ハトは平和の象徴と言われるくらいですから、何となく穏やかな気分になります。

 ちょっと近づいてみると、更に数羽のハトが飛んできました。

 そうこうしているうちに、大群のハトが舞い降りてきて、取り囲まれてしまいました。

 鳥の祖先は恐竜とも言いますし、ハトとは言えちょっと怖いくらいだったのです。

 どうやら、朝ここでエサやりをしている人がいるようです。

 IBMの社是には、以下のような話が載っているそうです。

 北国の湖の畔に心優しい老人が住んでいました。湖には毎年雁の群れが飛んできて冬を過ごします。優しい老人はいつとはなしに餌を与えるようになりました。

 来る年も来る年も老人は餌を与え続け、雁の群れも越冬の糧とするようになりました。

 ある年、雁の群れが老人に餌を貰おうと水辺で待っているのですが、老人はいつまでたっても現れません。すでに亡くなっていたのです。

 その年に寒波が襲来し、湖が凍結してしまいました。老人が現れるのをひたすら待ち、自分達で餌を捕ることを忘れた雁たちはやがて皆餓死してしまったのです。

 社是には「IBMではこのような社員の育て方をしません」と書かれているそうです。

 京セラの名誉会長の稲盛和夫さんから教えて貰った話ですが、ここから「小善は大悪に似たり」という考えに行きついたそうです。

 著書等にはここまででしか書いてありませんが、実際の講話では「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」といつも言われていました。

 大善は非情に似たり

 そうでなければ、誰もがガンジーでマザー・テレサなので、心から納得できます。

 この都会で、ハトにエサをやらずともそう餓死することはないはずです。

 「あげる」という行為には、生への敬意が含まれていないといつも感じるのです。

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『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

そこに山があるからさ‐1640‐

 そろそろ年賀状の準備をと思い、写真を見返しました。

 しかし家族4人の写真が全く無し。

 娘が6年生で、旅行にはあまり行けずの1年でした。

 ということで、金剛山地北端にある二上山(にじょうざん)へ。

 奈良盆地から大阪平野に注ぎ込む大和川のすぐ南にある、「ふたこぶらくだ」のような山と言えば分かって貰えるでしょうか。

 高い方が雄岳、低い方が雌岳。雄岳でも517mという高さです。

 すぐ南に日本最古の官道、竹内街道が通っており、橿原へ抜けるメインストリート脇に位置します。

 秋晴れの下、雌岳山頂から東を見ると、奈良盆地から大峰山系を望む素晴らしい景色。

 登り30分、下り20分という記載を見て気楽に訪れたのですが、想像より大変でした。

 大阪側の麓にある太子町からアプローチします。

 結構な標高まで車で登ることができるのです。

 二上山登山口に車を停め、登り始めました。

 高松塚古墳の石棺も、ここで切り出されたものです。

 縄文時代、サヌカイトは矢じり等として使われましたが、それらも採れる重要な石の産地だったのです。

 岩屋の石窟寺院は8世紀に創られたものです。大陸からの影響が色濃く表れています。

 1つ前の写真で横たわっているのは、樹齢600年岩屋杉とありました。

 先に進むと、だんだん勾配が急になってきました。

 子供達2人は急斜面をスイスイと小走りで登っていきます。

 仕事が……などと言っておらず、もっと鍛えなければと痛感したのです。

 盛りとは言えませんが、まだアザミが咲いていました。

 「花ならアザミ」は志水辰夫の小説。この花をみるといつも思い出します。

 真っ赤な花弁をつけているのはツバキでしょうか。

 目で救われるのです。

 丁度30分で雌岳の山頂に到着。

 大人にとっては大汗ハイキングとなりました。

 しかし景色は最高です。

 東には大和三山を望みます。

 一番左は耳成山でしょう。

 少し下った万葉広場からは、西の大阪平野が一望できます。

 右から六甲山地、左からは淡路島が大阪湾へせりだしているのがよく分かるのです。

 遠くは明石海峡大橋まで見えていました。

 気候も丁度よく、家族写真を撮り終え、山頂での束の間の時間を楽しんだのです。

 午後には娘の塾があり、少しルートを変えて下り始めました。

 鹿谷寺(ろくたんじ)跡を目指したのですが、ちょっとしたロッククライミングくらいの険しさです。

 10分くらいで到着。

 こちらも8世紀に創られたものと言われていますが、十三重の石塔は風化が進み、逆に凄みを感じます。

 塔全体が岩の中から削り出されたものと聞けば、もう恐れいってしまうのです。

 日本最古の貨幣である和同開珎が発見されたのもこの周辺とのこと。

 昨秋、近つ飛鳥博物館へ行ったのですが、この石塔のレプリカだったとようやく分かりました。

 日本最古の石窟寺院とある割りには、保護の仕方がやや乱暴な気もします。

 石窟内をのぞいてみました。

 何とか仏像の姿を確認することができました。

 1300年前の手跡が残っていることと、石が風雨だけでここまで削り取られることの両方に驚嘆します。

 勿論のこと信仰対象だったのですが、娯楽の少ない時代、ここでの景色、体感は最高のアトラクションだったと想像します。

 官道1号線沿いでアクセス抜群。大和国最大のテーマパークだった、といったところでしょうか。

 私はどちらかと言えば平地派です。

 街歩きは何時間でも、何日でも全く苦になりません。

 それでも気分爽快だったので、子供に「山登りもいいな」と言うと、長男が「そうやなあ。でも、なんで登るかは分からへん」と。

 「そこに山があるからさ」

 と言うと笑っていましたが。

 人は困難を望む生き物です。

 そうでなければ、結婚も、子育ても、仕事も、勉強も説明がつかないないことが多すぎます。

 「山=困難」としてみます。

 使い古されたフレーズですが、人間と人生の本質をついているからこそ、愛されているのだと思うのです。

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深き秋、良心が発露する‐1638‐

 今日は文化の日の振り替え休日。

 11月に入り、秋の深まりを感じます。

 こんな日には、THE POLICEの「Every Breath You Take (見つめていたい)」を聴きながら車を走らせていると、最高に気分が良いのです。

 言わずと知れた大ヒット曲ですが、1983年のリリースでした。

 私は中学一年生で、洋楽をよく知る、ちょっとませた友達が沢山いました。

 そのうちの一人がそのレコードを学校に持ってきましたが、何とも大人びて見えたものです。

 文化の香りを感じつつも、そこは秋の池原ダムへ。

 紅葉にはまだ早いですが、ススキは穂をつけていました。

 春とともに最も気持ちのよい季節になりました。

 今日は数は釣れるものの、サイズアップに苦労しました。

 今年は大雨の影響で水位が高く、枝が水面に覆いかぶさっていてなかなか思うように責められないのです。

 しかしそのオーバーハングの下を、スキッピング一発で食わせました。

 かなり細いラインだったので、ゆっくり湖の中央まで引っ張り出し、慎重にやり取り。

 50cmちょっと。

 コンディションのよい魚でした。

 魚はすぐに湖へ返すので、ただ釣っただけで大阪に戻ってきます。

 しかし、それで十分満足なのです。

 仁徳天皇陵が今年世界遺産に登録されました。

 仁徳天皇は313年から399年の長きにわたって在位し、聖帝と言われます。

 大和の国から初めて難波高津宮に都を移しましたが、民家のかまどから煙が立ち登らないのを見て、貧困を感じとります。

 そして3年間、徴税を禁じるのです。

 高き屋に登りて見れば煙立つ

 民のかまどは にぎはひにけり

 「新古今集」で詠まれた通り、民の暮らしは豊かになったのですが、さらに3年徴税の中止を延期しました。

 宮殿は雨が漏り、衣服は破れるまで使ったとされます。

 「まつりごとの基本は民。民が富まねば天子である私も富んだことにはならぬ」

 寝屋川の氾濫を抑えるために茨田(まんだ)の堤も築きました。これらが聖帝と言われる所以です。

 ここまでの広い視野と、他者の幸せを願っているかと言えば否です。

 しかし、自分の家族だけが良ければよいとも思っていません。

 それが社会性=良心なのだと教えて貰いました。

 秋深き隣は何をする人ぞ

 俳聖・芭蕉、最後の俳席での句だそうです。

 秋は収穫期でもあり人恋しい季節でもあります。良心が発露しやすい時期なのかもしれません。

 家に帰る道すがら、その時間の有り難さや、この豊かな日本、また大阪に暮らす幸せを感じます。

 大阪の繁栄の礎を築いた仁徳天皇ですが、皆感謝の気持ちで御陵の築造に飛んできたことでしょう。

 幸せになりたければ、やはり誰かを幸せにするしかないのです。

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毛馬水門から知る事実‐1636‐

 今日は秋晴れで、気持ちの良い一日でした。

 近くに所用があったので、毛馬水門辺りを初めて歩いてみました。

 向かって右の上流側を望むと、琵琶湖から豊かな水が供給されていることがよく分かります。

 四大文明が全て大河の畔で発展したように、飲み水としてだけでなく大河は重要な流通路でもありました。

 堤防の上に「蕪村生誕地」の石碑がありました。

 春風や 堤長うして 家遠し

 芭蕉らと共に江戸時代を代表する俳人である与謝蕪村は毛馬村の出身でした。

 春の海ひねもすのたりのたりかな

 教科書にも出てくる句ですが、大阪らしいユーモアが含まれている気もしてきます。

 その句碑が見下ろす先にあるのが「淀川大堰」です。

 水道水、工業用水の確保が目的で、少し上流にある柴島浄水場から各家庭に上水が届けられているのです。

 日本最大級の潮止、取水堰なのです。

 「平野区史」からの抜粋なので、大和川にフォーカスされた資料ですが、一番上の淀川が毛馬あたりでまっすぐに付け替えられたことが良く分かります。

 かつて淀川は、下流部で大川・中津川・神崎川に分派し、度々大きな水害を起こしていました。

 1886年(明治29年)に、大規模な淀川改修工事が始まります。

 そして1910年(明治43年)に、大川に流す水量調整等を目的とする「毛馬洗堰」が完成します。

 ほぼ同じ位置にあるのが、現在の毛馬閘門(こうもん)と毛馬排水機場。

 左(上流側)にあるのが毛馬閘門です。

 淀川改修工事の際、淀川と旧淀川(大川)との高低差が1mできました。

 その高さを調整することが閘門の大きな役割です。

 四大文明の例を引くまでもなく、水運の重要度は現在の比ではなかったはずです。

 毛馬閘門から南の大阪城側をのぞいてみます。

 現在は砂利の採取船が通るのみですが、1962年(昭和37年)までは貨物輸送船が通っていたそうです。

 ここは小さなパナマ運河だったのです。

 これは今春の写真ですが、水のエレベーターで1m降りた船は、大川を下り桜の名所となった造幣局の前までやってきます。

 中央右手に見えるOBPのビル群手前で、寝屋川、第二寝屋川と繋がります。

 更に大阪の奥深くまで荷を運んでいたのです。

 毛馬洗堰のモノクロ写真を上げましたが、右端の3門は現在の毛馬排水機場の南に残っています。

 更にその南には、「毛馬第一閘門(旧毛馬閘門)」も。

 こちらは上流側のゲート。

 ここに水を貯め。

 下流側の大川へと船を送り出していました。

 右の煉瓦壁に、高い位置と低い位置に「係船環(けいせんかん)」があるのが見てとれるでしょうか。

 1974年(昭和49年)まで現役だったそうです。

 これらは2008年(平成20年)に洗堰と共に重要文化財に指定されました。淀川の治水は明治、大正、昭和にかけての一大事業だったのです。

 信玄堤もそうですが、水を治めたものが世を治めました。

 氾濫を繰りかえす旧淀川、旧大和川を味方につけた、もっと言えばそれらの影響を絶対受けない位置に大坂城を築いたから秀吉は天下人となり得ました。

 しかし淀川と大川に1mの水位差があるということから、淀川が天井川に近いものであることが分かります。

 大和川も秀吉が始めた付け替え工事が江戸時代に完成したものですから、川底を深く掘り下げたものではありません。

 10月中旬の台風19号の爪痕が残ったままの関東で、先週末は21号の影響から、再び千葉で河川が氾濫し人命が奪われました。

 税が必要なら、消費税を上げて貰っても構いません。

 乱暴に言えば、治水においては、昭和、大正、明治、江戸の遺構を使っているとも言えるのです。

 大型台風の度に多くの死者がでるという現実は変えようのない事実です。天下人や三の丸、上町に住む人だけが安全な都市計画では何の意味もありません。

 民間に瑕疵保険、耐震性能、省エネ性能を求めるのと、せめて同じ厳しさで、国も大阪も本気で治水に取り組まねばならない時代に入りました。

 無用に不安をあおるつもりはありませんが、淀川は大川より1m上に流れているのです。

 繰り返しになりますが、お守りのつもりで人数分のライフジャケットを家に置いて欲しいと思うのです。

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