カテゴリー別アーカイブ: 03 自然・季節

大阪国際女子マラソン中間点‐2289‐

一昨日、「ささき整形外科クリニック リハビリ棟」【ルームツアー】<Public>を公開しました。

2021年の8月17日に『建築家・守谷昌紀TV』をスタートして、最も視聴されているのが「H型プランの平屋」【ルームツアー】で5万6千回。

最も少ないのが先の動画で31回(投稿時調べ)です。

どんな内容が一番求められているのか、未だに全く分かっていませんが、それでも4年半掛けて、登録者が997名になりました。

できれば、区切りの1000人に到達したいものです。

先日、御堂筋を通ると大阪国際女子マラソンの立て看板がでていました。

この日曜日に開催される、日本代表選考にも関わるG1グレードの大会です。

コースや通過予想時刻も詳細に発表されています。

往路が赤線で、長居公園を12時18分にスタート。大阪城北あたりをぐるっと回って南下します。

玉造まで戻ると、長堀通を右折し西へ向かいます。

復路は青線で、その中間点が丁度アトリエの前あたりでした。

左に見える大きなベージュンのマンションの奥に少し見えているのがプラウド天王寺清水谷。

中間地点と記載されている建物です。

大阪国際女子マラソンは、比較的アップダウンが少なく、高速コースなのだそうです。

しかしその中でも、往路(赤)と復路(青)のつなぎ目、中間点前後に大きな高低差があることが分かります。

20km地点の玉造から登りはじめ、21km附近の上町筋(上本町1丁目)で上町台地を越え、22km地点の松屋町まで一気に下ります。

文字通り中盤の山場なのです。

上町筋あたりから玉造のある東を見た写真ですが、ここまでずっと登りが続いているのです。

長堀通の北側を通るなら、アトリエのある2階から、直下の選手を応援できます。

南側なら反対車線側ですが、それでも十分近い距離です。

折角なので、応援したいと思っていますが、あの小さい旗はどこかで配っているのでしょうか。そこがとても気になっています。

レース中は、駐車・停車も禁止。それはそうでしょう。

ただ、長堀通の北側車線(アトリエ側)はオレンジの片側通行規制となっており、車を出すことは無理のようです。

また、歩行者や自転車での横断は、地下通路か歩道橋のみとあり、実質オレンジの枠の中に軟禁状態です。

年に1回、この日は絶対打合せを入れては駄目な日があることが分かりました。

出場選手を見てみると、名前を聞いたことがある選手は、自己ベスト2:20:42の松田瑞生選手くらいでした。

住吉区の遠里小野が出身で「なにわの腹筋女王」と呼ばれているとありました。

13:24から13:47が、通過予想時刻。

高い所から失礼して、応援しようと思っています。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

2025年 暮れは元気にご挨拶‐2282‐

土曜日に、ホテルライクなコートハウス「ドッグランのあるタイル床の家」の動画も公開しました。

また、移住して住む、築100年の「下北山村の古民家」をWebサイトにUPしました。

よければご覧ください。

今年最後のゲツモク日記は12月29日。

今年もあと3日ですが、私の2025年を振り返っておきたいと思います。

1月 懺悔と青春‐2179‐

今年の第1回目は、2024年末に開催した、中学・高校の同窓会からでした。

体調を崩していた化学のT先生は、新型コロナで中止した会を除いて、5回全ての会に参加してくださいました。

先生は私が高校生の時「守谷、勉強嫌いやったら高校は義務教育と違うから辞めてもかまわないんやで」とまで言われたのです。

しかし、仕事では頑張ったと認めて下さり、近年は「うちに来るくらいの学生は、頑張ったら何にでもなれる」と、私を例に紹介して下さっていると言って頂きました。

これ程嬉しい言葉はそうありません。

しかし、11月末に先生の奥様からお亡くなりになったという喪中の葉書が届いたのです。

命は有限とはいえ、70歳を少し過ぎただけで何とも残念でなりません。

2月 いよいよ新アトリエ始動‐2195‐

2月12日に上町にアトリエを移転しました。

しかし、まだ1階のみ完成しておらずで、クライアントには仮の状態で駐車してもらっています。

1月か2月には完全に出来上がった状態をお見せできると思います。

3月 大阪より下町な東京‐2203‐

娘が今年受験で、大学を見てまわりました。

東京、横浜を回ったのですが、長男とも待ち合わせて食事に行きました。

中野あたりに住んでいるのですが、東京の下町がこれ程下町だったことに驚いたのです。

4月 生涯一、又兵衛桜‐2206‐

いつかは、と思っていた又兵衛桜。

何度か訪れているのですが、散り際だったり、雨の後だったりでした。

完璧、といえる状態の又兵衛桜は、文句なしで生涯一の桜でした。

5月 必見、世界遺産・二条城での アンゼルム・キーファー展‐2213‐

ゴールデンウィーク中に、京都の二条城へ。

アンゼルム・キーファーの展覧会は、ロケーション、会場、天気、作品と、全てが揃っていました。

QRコードで作品の詳細が見れることも、より面白さがアップしたと思います。

6月 関西万博<後編>ガンダムで締め‐2225‐

なかなか足が向かなかった万博ですが、6月に行ってきました。

建築市の要素もあるので、職業柄悔しい気持ちもあります。

とは言え、行けば行ったで楽しく、学びのある場でした。

7月 全てはこの1枚のために、建築確認の検査済証‐2237‐

2020年から「ささき整形外科デイケアセンター」の計画が始まり、今年の8月に「ささき整形外科クリニック リハビリ棟」が完成するまで5年半通った、兵庫県揖保郡の太子町。

8月の完成も嬉しかったのですが、増築の確認申請の検査済証が下りた7月末は、本当にほっとしました。

その苦労を、検査員の人と分かち合ったのです。

8月 鳥羽、神島で三島文学に触れる<前編>‐2244‐

最近、なぜか三島由紀夫が気になり始めました。

それで、代表作の純愛小説「潮騒」の舞台となった、三重県鳥羽市の神島を訪れてみました。

「昭和とともに生きた小説家」三島由紀夫

彼が描いた、古き良き昭和の日本が、いまだに残っていることに感激したのです。

9月 能登半島地震、復興まちづくり支援。一歩前へ‐2248‐

JIA(日本建築家協会)が専門家のボランティアを募集しており、能登半島地震の復興支援活動に参加しました。

海岸線が隆起し、遠く広く続く西側の海岸線。

反対に、東側は地面が下がり、高潮の際は港付近の建物は浸水の被害を受けています。

何より、火災と揺れで甚大な被害を受けた輪島港の景色は、壮絶なものがありました。

これからも大地震は起こるでしょう。プロとしてできることはしたいと思っています。

10月 大谷劇場第一幕完結、歴史街道高槻で言葉は洗って使うを知る‐2262‐

今年も規格外の活躍を見せた大谷翔平選手。

7回途中無失点、10奪三振、3ホーマー、うち1本は場外弾。

その場面をリアルタイムで観れたことに感謝します。

合わせて、私にとって遠くて近い街、高槻もレポートしています。

11月 院長の江口さんから届いた1年後の感想‐2269‐

昨年の9月に完成、開業した「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」

コンセプトが固まった時から、絶対繁盛クリニックになると確信していましたが、今月お会いした際には「ほぼ一杯一杯のところまで患者さんが来てくれています」と。

本当に嬉しいことですが、江口さんの1年後の感想に感激しました。

年2の会食を楽しみにして、一層仕事も励もうと思えるのです。

12月 やっと会えた、ゴッホ‐2280‐

実家に居る時は机の横に貼っていた「夜のカフェテラス」。ゴッホの中で最も好きな作品です。

それが神戸までやってきました。

色、タッチ、キャッチーさ。その分かりやすさが、ゴッホの一番の魅力だと思っています。

実は土曜の夜から、池原ダムに一旦寄りました。

現在池原ダムの水位が低く、ボートを降ろせないのですぐ南の七色ダムまで牽引してきました。

ボートトレーラーを接続すると、全長が10m以上。普段牽引しないので、これがなかなか緊張するのです。

半年に一度くらいは動かさないと不具合が起こるので、何とかやってきたのです。

ただこの寒さで、霜がびっしりです。

ただ、日が昇ると、気温程寒さはありませんでした。

基本厳しい時期ですが、そこはハイテク機器の力を借りて。

まずは、30年前から通っているポイントで何とか1本。

そしてこの時期の定番場所でもう1本。

飛び切り大きい訳ではないですが、十分納得です。

ただ、一番のショックは定宿だったバンガローに早起きパックの割引が無くなっていたことです。

ほぼ半額で泊まっていたので、これはなかなか堪えます。

物価高の世の中なので仕方ありませんが。

冒頭に書いたT先生ですが、昨年末の同窓会では歩くのも大変そうでしたが、参加して下さいました。

2004年の第1回目の同窓会参加のすぐ後、当時学年主任だったY先生がお亡くなりになりました。

Y先生にも「守谷はすぐカッとなりやすいから」と、短気な性格をたしなめてもらいました。

お葬式に参列すると、奥様から「同窓会が楽しかった」と繰り返していたとお聞きしました。

私の中1、中2の担任だった国語のS先生です。

2016年に最初で最後の参加となりました。

「世話役をしています守谷です。覚えて頂いていますか」とご挨拶すると、「覚えてるわよ~、あんた喧嘩ばっかりして、悪かったものね~」と、満面の笑みで返して下さいました。

恩師などひとりも居ないと思っていましたが、この歳になって、本当に色々な人に関わって頂き、自分があることが分かりました。

遅すぎると思いますが。

当時は、本当にダメ生徒でしたが、もっと褒めてもらえるよう、少しでも世の中の役に立てるよう精一杯生きるしかありません。

この年末は、T先生のご冥福を心からお祈りしたいと思います。

長くなってしまいましたが、本年も「ゲツモク日記」「ゲンバ日記」『建築家・守谷昌紀TV』にお付き合い頂きありがとうございました。

2026年も、皆さんにとって素晴らしい1年となることを確信しています。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
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選ばれし赤、特にアゲていく1週間‐2278‐

阪急百貨店横のコンコースが、クリスマス仕様になっていました。

多くの人が立ち止まって写真を撮っています。

すっかり、この時期の風物詩として定着しました。

Warmest WHiTE Christmas

最も暖かいホワイトクリスマス。

いろんな意味にとれそうです。

そのまま阪神百貨店の食品売り場へ寄ると、いつにもまして賑わっています。

ぐるっと回ってみると、

の文字が踊っていました。

寒いこの時期、暖色の赤は特に目を引きます。

バナナの黄色が更に引き立てています。

果物店ならイチゴ。

鮮魚店ならカニ。

赤なまこも。

野菜に限らず、赤を制するものが顧客獲得競争を制すると言っても良さそうです。

買い物を済ませ、そのまま大丸のセールへ向かいました。

出てくるとすっかり夕方になっています。

大丸南側の歩道で、路上ライブをしているコーラスグループがいました。

これは先週の写真ですが、この空間は、積極的にこういったイベントを受け入れているようです。

道路沿いには鉢植えのレモンが等間隔に置かれています。

「みどりの回廊作り」という運動の一環でした。

レモンの香りと夕方の景色が、何だかセンチメンタルな気分にさせ、たそがれてしまったのです。

顧客獲得競争と書きましたが、広い意味で言えば、全ての仕事において同じことが起こります。

さて、自分の強みとは?自分の弱点とは?

ちょっと大きなお題を考えながら家路についたのです。

クリスマスはキリストの誕生祭ですが、最も日が短くなる時期に、落ち込みがちな気分を盛り上げるという意味もあると言われます。

そう考えれば、その分岐点である冬至まで後1週間。

今風に言えば、今こそ「アゲていこう」という時期です。

白いケーキに赤いイチゴ。

完熟トマトにモッツァレラチーズ。

ステーキにレモン醤油を添えて。

文字を見るだけでアガります。全て私の好みですが。

反省する習慣は持っているつもりですが、そこから、前向きな行動へと舵を切らなければ、ただヘコんで終わりです。

この1週間は、特にアゲていきたいと思います。

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疲れてしまった時、水面を‐2274‐

今日から12月に入りました。

誰もが同じだと思いますが、12月に入ると、急にするべきことが増えるのは何故でしょうか。

大阪城公園のイチョウは今が見頃。

濃い黄色が眩しいほどです。

公園の北西角に「大手前」という交差点があります。

正門である大手門の前なので大手前。

交差点の歩道橋から南を見ると、丁度真ん中あたりにあるのが、大手前高等学校です。

府立高校の雄といってよいでしょう。

歩道橋から反対の北を見ると、私立の追手門学院大手前中高等学校があります。

幕末までは追手門とも呼ばれていたことが関係しているようです。

西外堀が目の前に広がる景色は、このあたりの見所のひとつ。

どちらの学校も、誰もが羨むロケーションなのです。

約20年前、初期相談に来られたクライアントが、高校時代の経験を語ってくれました。

「疲れてしまった時、水面をずっと眺めていました。見ていていると落ち着いてくるんです」と。

そして、水面が見える土地を探してこられ、住宅を建てました。

それが「池を望む家」です。

リビングが、北側の池に向かって大きく張り出しています。

3方が天井までガラスになっており、視野は180度以上。

そこからの景色は素晴らしいものでした。

勉強家のご主人から、池を望みながら勉強できる机が欲しい、という要望も貰っていました。

1階廊下の突き当り、対岸の桜も愛でることができる勉強机をデザインしたのです。

水面を愛でる暮らしの素晴らしさを、教えて貰いました。

水は命の源です。
そして植物は、命を持続する酸素の源と言ってよいでしょう。

掘と色付いた樹々を眺めていると、私も心が落ち着いていくことが分かります。

建築家・出江寛は「建築とは哲学すること」と言いました。

約30年、クライアントと一緒に、私なりに哲学してきました。少しずつでも成長してきたと思いたいのです。

年末にかけて、更に色々な計画が動き出しました。

日々、その真価を問われますが、落ち着くべき時は、水面を見に行くのです。

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楽しみだなあ、2人だけの電車旅!‐2272‐

今日は勤労感謝の日の振り替え休日。

3連休の最終日です。

3日とも好天にめぐまれ、絶好の行楽日和になりました。
大阪城公園のイチョウも金色に輝いています。

私はと言えば、今から奈良県の「下北山村の古民家〈リノベーション〉」の写真撮影に向かいます。

ということで、今回は朝にUPしていているのです。

休日の朝は、いつもより遠出します。

昨日は、桜の通り抜けで知られる造幣局あたりまで足を伸ばしました。

明治政府お雇技師、イギリス人のトーマス・J・ウォートルスの設計で、1871年(明治3年)に貨幣の製造を開始しています。

向かいにある泉布観も、同じくトーマス・J・ウォートルスの設計で、造幣局の応接所として建てられました。

「貨幣の館」を意味するそうです。

グラバーによって政府に紹介されたトーマス・J・ウォートルスは日本で初めて本格的な西洋建築を設計したといわれており、日本の近代建築の水先案内人のような存在なのです。

造幣局と泉布観の完成は、同じ1871年なのにそれぞれ明治3年、明治4年となっていました。

1871年は、明治3年と明治4年に分かれるようで、このあたりはまた調べてみたいところです。

2つの建築を隔てる国道1号線を東に行けばすぐ東に新桜宮橋と桜宮橋があります。

右側の桜宮橋は、京都大学建築学科を創設した武田五一の設計で、1930年(昭和5年)年の完成。

左の新桜宮橋は安藤忠雄の設計で、2006年に完成しています。

新桜宮橋から北を望むと、大川が大きく蛇行していることで、ダイナミックな景色が楽しめます。

桜宮界隈は、建築に関わる者にとっては巨匠だらけの場所でした。

桜宮方面に向かうため、天満橋を渡っている時、向かいから親子連れが歩いてきました。

上品そうなお父さんは背が高く、30代半ば頃でしょうか。

5歳くらいの賢そうな男の子は、ピタパを手にして、使うタイミングを待ちわびている感じです。

すれ違いう時「楽しみだなあ、2人だけの電車旅!」というお父さんの声が聞こえました。

何だか胸がキュンとなって、思わず後ろ姿を撮ってしまいました。ゴメンナサイ。

天満橋駅から京阪で京都へ向かったのでしょうか。

もし京都なら、JRに乗り換えて京都水族館でしょうか。それとも蹴上の京都市動物園でしょうか。

追いかけて行って撮った訳ではありませんが、天満橋駅から緩やかに上る線路を、京都に向って走る景色がとても好きなのです。

近所の学校では、運動会だったようです。

これだけ遅い時期になっているとは、時代だなあと感じます。

多くの人は、人生の中で最も充実していた時間は?と聞かれると、一番大変だった時を答えるそうです。

子育て期も間違いなくその1つです。

上品そうな親子の、2人だけの京都への(分かりませんが)電車旅はどんな1日になったのでしょうか。

前日遅くまで仕事をし、電車の中で爆睡しながら、毎週のように子供を連れて出掛けていた頃を思い出していました。

全く知らない親子に、なぜか感情移入してしまったのです。

それもこれも、ノスタルジックな気持ちにさせる秋が悪いのです。

皆さんも、ノスタルジックな3連休最終日を満喫ください。


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忘れられた日本人‐2271‐

ぐっと気温が下がってきました。

晴れの日差しが、いっそうありがたい季節です。

昨日、山形県の天童から届け物がありました。

箱にある通り、りんごでした。

2023年に偶然ご縁を頂いた宮城の社会保険労務士の方からです。

普段は仙台で社会保険労務士として働き、週末は果物を育てるという日々を送っておられるとのこと。

「おいしい山形」

そのロゴがなんとも良い感じです。

いにしえからの、働き者の日本人像そのものなのです。

少し前になりますが、宮本常一の『忘れられた日本人』を読み終えました。

この書籍が取り上げられた文章を何度も見ていたので「いつか読もう」と思っていました。

民俗学と言えば『遠野物語』を書いた柳田国男がよく知られます。遠野地方に伝わる説話・民間信仰をまとめたものです。

宮本は、昭和初期から昭和30年くらいまでの、庶民の生業、日常、慣習などをまとめました。

大半が農民で、狭い社会の中で生きるムラ社会では、問題は全て「寄りあい」で話し合われました。

問題が解決するまで、ゆっくりと、とことん話し合われた様が描かれています。

また農業を主とする社会では、田植え、収穫などの時期々々にいろいろなイベントがあります。

農村のくらしは決して閉鎖的なものではありませんでした。特に、女性の「性」においては、現代よりむしろ奔放とも感じます。

世間を知らない娘は嫁のもらい手がないとされ、年頃の娘を旅に出したり、経験を積ませるシステムがあった村さえありました。

「土佐源氏」という章は強烈でした。

高知の檮原村で、橋の下の乞食小屋(原文ママ)で暮らす、歯が一本もない80歳をかなり超えた盲目の老人の話です。

父無し子で、母者へ夜這いにきた男の種を身ごもり生まれたとあります。

小さい頃の性の話、ばくろうに弟子入りしその親方が亡くなったあとの後家さんまで引き継いだ話、役人の奥さんに手をだした話、庄屋の高貴な奥さんに手を出し航海した話……基本、「性」の話なのです。

極道の限りをつくした結果、三日三晩目が痛くなり盲目になってしまいます。

実は彼には妻がいて、今さらながら彼女の元に戻ると泣いて喜んでくれたのです。そして妻は、夕食が済むと百姓家へあまりものをもらいに行きます。雨が降っても、風が吹いても。

最後はこう語っています。

「目の見えぬ30年は長うもあり、みじこうもあった。かまうた女のことを思い出してのう。どの女もみなやさしいええ女じゃった」

「庶民」を通して宮本常一が各地で話を聞いた日本人は、ただノスタルジーに浸るだけではないものでした。

どこにでもあった、小さな歴史を丁寧に描くことで、生き生きと当時の生の日本を伝えています。

名著が何を指すのかは難しいところですが、日本の中世に興味がある人なら、読むに値する書籍だと思います。

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割烹、温泉宿、おもてなし‐2268‐

日曜日は生憎の雨でしたが、阪急電車で京都の烏丸までやってきました。

結構降ってきましたが、烏丸駅から5分程歩いて京町屋の割烹へ。

「割烹たいら」を12時に予約していました。

築130年の町屋は、かなりゆったりした贅沢な間取りになっています。

奥には中庭もあり、抜けがあって良い感じ。

実は、引越し祝いにカタログギフトを頂きました。

色々な選択肢があった中で、京都の割烹での食事にしてみたのです。

セレクトする際にざっとWebでリサーチすると、大将はミシュラン3つ星も獲得していた、祇園「千花」で21年修行し、花板を務めていたとありました。

独立して「まだ13年です」とのこと。

まずは京都らしく、湯葉でスタート。

栗しんじょうの椀ものは、出汁が優しい。

初めは私達夫婦だけだったので、色々な話しを聞かせて貰いました。

京都だけあって、タレント、文化人も多く訪れます。

前職時のようですが、五木寛之さんがとても恰好良かったという話は勿論納得です。

話しながらも手際よく料理は進みます。

「シャッ、シャッ」という、鱧の骨切りをする音が小気味よく聞こえてきました。

ポン酢、醤油、塩のそれぞれで頂きましたが、本当に美味しい。

私はワサビと塩が一番良かったです。

もうそろそろ時期も終わるそうで、滑り込みセーフ。

やはり京料理は鱧です。

鰆の煮付けは甘味が抑えめ、万願寺唐辛子は甘味十分。

味、色ともコントラストが効いています。

ビールから始めたのですが、ワインも豊富とのことで、赤と白を少しずつ貰いました。

左の白がとても飲みやすく気に入ったのです。

最後はむかごと柚子ジャコのご飯、そしてデザートで締め。

スモーキーなほうじ茶も、香りが素晴らしかったです。

京都の割烹というと構えてしまいますが、大将は全くそのような気遣いをさせない、明るく楽しい方でした。

2003年の11月9日に結婚したので、22回目の結婚記念日を楽しませてもらったのです。

前回の日記で、「宿泊先の方で熊が出ますと言った方は、たったのひとりも居られませんでした」と書きましたが、全くの間違いでした。

2015年8月14日に宿泊した山形県、滑川温泉の宿では熊も出ますと聞いていました。

山奥も山奥で、長男と入った、白濁した露天風呂は素晴らしかったです。

晩ご飯は山の幸と米沢牛。

朝食のお米が美味しかったことが忘れられません。

数日前、この旅館内に熊が侵入し、警察に守られて経営者の家族が何とか逃げ出した宿だったと知った時、何ともやりきれない気持ちになりました。

温泉、食事とも素晴らしく、金額もそれ程高くなかったと思います。

一刻も早く、平常運転に戻ることを願います。

2005年に長男、2008年に長女が生まれました。

長男は成人し、長女は間もなく受験に突入していきます。

22年という時間が長いのか短いのか分かりませんが、それもこれも、2003年に結婚したことがスタートです。

子育て真っ只中の間は、結婚記念日の食事も飛ばしがちになっていましたが、年に一度くらいは何かしらのイベント事を催したいと思います。

働いていると、心がささくれ立ってしまう時もあります。

京都の割烹だとしても、秘境の温泉宿だとしても、結局求めているのはおもてなしの心なのだと思うのです。

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森の王者を適切に恐れ、撃退する対策を‐2267‐

今日は、北摂あたりを回っていました。

箕面周辺も、紅葉はまだちらほらという感じでした。

駅の南にある商店街の名称は「もみじストリート」。

箕面大滝がある箕面川から引かれた、人工のせせらぎもあります。

マンホールは、もみじと箕面大滝がデザインされています。

箕面はもみじと滝の街と言って良さそうです。

もみじは色づき始めでしたが、他所さんの庭木の柿は見事に実っていました。

熟しきったものは、鳥にでも食べられたのでしょうか。

濃い赤色の実を付けている庭木もあります。

弾けて、沢山の小さな実が見えています。ザクロでした。

まるで宝石のようです。

街中でこれだけ実が成っているのに、森のドングリは不作とのこと。

毎日のように街中に熊が出没したというニュースが聞こえてきます。

これだけの人数が、熊によって死傷しているとなるともう非常事態です。

北海道、東北で多発していますが、もちろん関西にも熊は生息しています。

2020年11月15日の昼前、奈良県下北山村の池原ダムで、クマに遭遇しました。

ダムを泳いで横断しているところでしたが、ボートとぶつかりそうになったので、大きくUターンしたのです。

エンジン音がうるさいのはそのためです。30年池原に通ってきましたが、熊とは2回遭遇しています。

泳ぐスピードも、岩肌を駆け上がっていくスピードも、想像以上に早く、こちらはボートの上という特殊な状況でありながら、かなり恐ろしかったのです。

2008年から2017年にかけて「家族で47都道府県制覇」を掲げて、日本全国を回りました。

旅先では、早朝にジョギングする習慣だったので、特に長野県以北の山間部に泊まる際は「熊は出ませんか?」と毎回聞いていました。

そういった点で、私は小心者ですし、安全に関しては慎重であればある程よいと思っています。

宿泊先の方で「熊が出ます」と言った方は、たったのひとりも居られませんでした。

そう聞いても、小心者の私は疑っていましたし、常に熊よけスプレーは携帯していました。

8mくらいの射程距離があるものが一般的ですが、ヘアスプレー程の大きさがあります。

さすがに日常的に携帯するには大きいので、10cmちょっとの熊よけスプレーを3本程持っています。

射程距離は約2mですが、普段使いの鞄やヒップバッグに付けています。

効果が無いという話もありますが、何かひとつでも対抗できる可能性を持っておきたいからです。

一連のニュースの中で「ホイッスルで撃退した」とある女性が話していたので、こちらも早速3つ程購入するつもりです。

熊は森の王者で、殺傷能力を持った純然たる獣です。生き残るために手段は選びません。

適切に恐れ、敬意をもって撃退する方策を練っておかなければならないと思います。

ここまで事態が深刻になった理由は色々ありそうですが「まあ、大丈夫でしょう」は封印すべき機会です。

まずは自分ができることをしておく必要があると思うのです。


■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

■■8月1日(金)患者さんでなくても立ち寄ってほしい「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」JIA(日本建築家協会)のトップページに掲載されました■■

■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

難波宮跡で中秋節を‐2258‐

日曜日は、近所の難波宮跡で開催されていた「中秋明月祭大阪2025」に行ってきました。

雨が降ったり止んだりでしたが結構な人出。

開催概要に、以下の説明がありました。

今年2025年の中秋の名月は10月6日がその日にあたり、中国ではいわゆる旧正月の「春節」と同様に最も盛んな節句の一つで「中秋節」(zhongqiujie)と言います。

この中秋節は、中国ではこの日に家族、友人が集まり、杯を傾け、幸せを謳歌し、遠く離れた人々を思い、共に同じ時を楽しみ祝います。そのため家族団らんを意味する「団円節」(Tuanyuanjie)とも言います。

関西地域の日本の方々や華僑華人の仲間達と共に、中国を中心とした芸術をお楽しみいただき、「交流して友好を築き、ともに調和を成す」の理念のもとで、文化交流を軸にしたイベントとして参りたいと思っております。

中国はまだ行ったことがありませんが、何となく現地の雰囲気を感じることができます。

地域住民と関西在住の華僑・華人が交流を深め、日中友好の輪を広げることを目的とした国際交流イベントとある通り、基本飛び交うのは中国語です。

雨が降ってきても食事できるよう、広いテントのスペースも準備されています。

昼過ぎに帰ってきた娘も連れて3人で訪れました。

まずは昼食ですが、大きな焼き餃子は300円程。

水餃子も同じく300円程。

タレは日本の醤油ベースとは全く違う風味です。

黒酢でしょうか。

ラムの串焼きを売っている店もいくつかありました。

6本1000円、中国ではラムもよく食べるのでしょうか。

どれも大変美味しかったです。

これは麻辣湯(マーラータン)、500円。

本来はとても辛い料理のようですが、日本用にマイルドにしてあるようです。

そこまで辛くなく、平たい麺がとても美味しかったのです。

本格食材のような物も沢山売っていましたが、こちらは私たち日本人には少しハードルが高いかも(笑)

一番奥にあるステージでは、中国の伝統的な音楽や舞踊なども披露されています。

胡弓の調べが聞こえてきました。

地域住民と関西在住の華僑・華人が交流を深め、日中友好の輪を広げるという目的は十分に達成されていると感じました。

楽しかったなと会場を出ようとすると、入口のゲートの裏側を見ると以下のメッセージが記されていました。

「過去を鑑に、今を知り、未来を創ろう」

近隣国と一切の揉め事がなく、独立している国は無いでしょう。

日本と中国の関係も、かなり複雑です。

ただ、楽しい、美味しいは世界共通の幸せ。

観て、食べて、中国のことを知れる機会は貴重です。

次回は、本格食材にもトライしてみようかなと思っているのです。

■■■8月1日(金)患者さんでなくても立ち寄ってほしい「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」JIA(日本建築家協会)のトップページに掲載されました■■■

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ヒリヒリした10月‐2257‐

あれほど汗をかいていたのが嘘のように、朝は寒いくらいになりました。

雲もあっと言う間に遙か上空へ。

すぐ北にある難波宮跡公園で、中央区民まつりがあるようで準備が進んでいました。

ちょっと遅めですが、ようやく彼岸花も目にしました。

あっという間に10月です。

昨日ですが 『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました。

『建築人』は、大阪府建築士会が発行する冊子ですが、その中のGALLERYに掲載すると、建築人賞に応募したことになります。

タイトルにした「ヒリヒリする10月」は、MLBで活躍する、大谷翔平選手が言った「ヒリヒリする9月」から取ったものです。

2023年まで所属していたエンゼルスは、ロサンゼルスにある球団ですが、2018年から6年間在籍していました。

その間に、2度のMVPも受賞した大谷選手は、二刀流で孤軍奮闘するも、上位チームのみ進出できる、ポストシーズンには一度も進めませんでした。

それが、2024年に同じロサンゼルスをフランチャイズとする名門、ドジャースに移籍してからは、2年連続でポストシーズンに出場しました。

昨年は怪我をしながらも、1年目でワールドチャンピオンに輝いたのです。

昨日あった今年の第1試合では、2本のホームランを放つ凄まじい活躍でした。

MLBでは、ポストシーズンを指す「10月」は特別な月なのですが、そこに至るための「ヒリヒリする9月」を大谷選手は渇望していたのです。

私も現役の仕事人である以上は、ただ大谷選手を応援しているだけでは意味がありません(めちゃくちゃ応援していますが)。

それで、最近応募していなかった建築人賞に応募することにしたのです。

先日撮影に行った、ホテルライクな「ドッグランのあるタイル床の家」の写真も上がってきました。

私も写真を撮りますが、夕景の写真はプロには全く太刀打ちできません。

とても良い感じです。

色々資料を準備して、こちらも賞レースに応募してみたいと思っています。

何より、一番ヒリヒリするのは、大きな夢を託してもらい、多くのお金を任せて貰っている、現在進行中のプロジェクトに関わる時間です。

「ヒリヒリした10月」を楽しみ、しっかり結果を出したいと思います。

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