タグ別アーカイブ: 建築家

野球をする・観る環境と、肩・肘問題‐2304‐

森ノ宮駅は、地下鉄の2路線とJRが交差する、便利な駅です。

3分程西に歩くと、もりのみやキューズモールBASEがあります。

「BASE」と付いているのは、1997年まであった日生球場の跡地にできたからだと知りました。

中央の広場が、球場のような形をしている理由も納得できます。

名前の通り、日本生命野球部のグランドでしたが、昭和の個性派球団、近鉄バファローズの準フランチャイズ球場としても使用されました。

高校野球の予選も行われていたので、応援に来たこともあります。

大阪市民には身近な野球場だったのです。

間もなく春の高校野球も開幕しますが、昨日、日本にとってのワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は終戦を迎えました。

準々決勝で、ベネズエラに5対8で敗戦。

前回WBCでは、他国を圧倒した投手陣が力負けしたのが痛かったと思います。

日本打線も長打を打てる選手が増えましたが、スタメン全員がMLBで20本以上のホームランを打っている、ドミニカ共和国に比べると流石に厳しいものがあります。

そのドミニカ共和国も、今日アメリカに敗れてしまいましたが。

世界中の野球ファンの目が、大谷翔平選手や日本に集まるのを喜ぶ他国はありません。中南米の強国が本気でくれば、このくらいのことは起こるのだと思います。

WBCが本気の真剣勝負に入った大会になったと思います。

ただ、圧倒された訳ではなかったので、何とかあと2試合見たかったというのが本音ですが。

ネットフリックスと契約して観たのですが、このレベルの大会は、やはり無料で観れるようにするべきだと思います。

聞けば、ネットフリックスが本社を構えるアメリカでは、準決勝、決勝はFOXが無料配信するそう。

私が子供の頃は、野球中継を毎晩地上波で観ることができました。

写真の日付を見ると1985年の9月。私は中学3年の野球少年でした。

知らないものを人が好きになることはありません。

大谷翔平選手が子供の頃に観た、WBCに出場することを目標としたように、スポーツビジネスのもう一段階上にある話だと思います。

次回は是非解決してもらいたいところです。

森ノ宮は大阪城公園の南東角にあたりますが、最も日当たりの良い環境といえます。

ほぼ満開の桜が数本ありました。

多くの桜は、まだ固い蕾のまま。

環境によってこれだけ差がでるのです。

日本の高校球児は約13万人、韓国の高校球児は3200人ほどだそうです。

近年の韓国代表は低迷していると言いますが、この環境差で、世界の8強に入ったことのほうが驚きです。

何を置いても、競争と環境が人を育てるのは間違いありません。

昭和の大阪の下町に、立派な球場はありませんでした。

しかし、空き地で皆が野球をできた時代でもありました。

人の家の庭に入ったボールを、勝手に取りに入って随分怒られましたが。

WBCがサッカーのワールドカップを目指すのなら、世界中での裾野の拡大と、開催時期の変更でしょう。

現時点で世界最高の選手である、大谷選手がピッチャーとして出場できる時期に開催できなければ、言い訳無用の真剣勝負とは言えません。

2028年のロサンゼルスオリンピックで言われているように、7月にあるオールスター戦に絡めての開催がベストのはずです。

しかし野球というスポーツは本当に難しいスポーツです。

打者はスーパースターが積極的に出場しますが、投手は複雑な問題があります。

これだけスポーツ医学が進歩し、球数、強度を管理していても、超一流の投手が年に何人も肩や肘の手術に追い込まれるのですから、肩・肘は消耗していくと考えざるを得ません。

それらを考えても、やはり夏開催しか無さそうです。
WBCを主催するMLB機構には大英断を期待したいと思います。

今回の結果で日本代表は、まずロサンゼルスオリンピック出場権を確保する必要がでてきました。

侍JAPANを、肩肘張って応援したいと思います。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

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受話器をギュッと耳に押し当てる‐2303‐

昨日の3月11日で、東日本大震災から15年が経ちました。

31年前、1995年1月の阪神・淡路大震災の時は社会人1年生でした。
大阪に居たにも関わらず、何の役にも立てず、つくづく無力だと感じました。

2011年の東日本大震災の時は、独立して15年が経ち、会社が軌道に乗り始めた頃でした。
40歳の所長としては、会社を離れる勇気が全くありませんでした。

2つの地震の間にも、新潟県中越地震など多くの地震がありましたが、建築の専門家でありながら全く役に立てていないことに、後悔ばかりが募っていました。

積年の澱を洗い流すために初めて行動したのが、10年前。2016年の熊本地震の時でした。

復興支援活動のために現地を訪れたのですが、できることは限られています。

それでも、これ以上後悔を重ねるのは嫌だったのです。

その活動の主体となっていた日本建築家協会(JIA)九州支部の方から「当時の活動を記事としてまとめて貰えないでしょうか」と連絡がありました。

それが誌面として発行されたのが、昨年の5月。なぜか伝える機会を逸し、今日初めてお知らせした次第です。

昨日、気になっていたNHKスペシャル「それからの、風の電話」を見ました。

「風の電話」は、岩手県大槌町の高台にある、回線の繋がっていない電話ボックスです。ある男性が、亡くなってしまったいとこと話をしたいという思いで、震災前に設置したものです。

震災後、大切な人を亡くした人が周りにも多く居たので解放することにしたそうです。

15年の間に多くの人が訪れ、「風の電話」は世界中に広がります。現在では500台を超えたそうです。

震災で息子さんを亡くし、何度もここを訪れたという女性の言葉が心に残りました。

「聞こえないのを承知で、きつく耳にあてて声を探すことができる」 

電話機は、いわゆる昭和の黒電話でした。
同じく海外の電話も、やはりレトロなものでした。

小さなスマートフォンで、すぐに情報収集ができ、どんな場所とでも繋がれる現代です。

誰もがスマートフォンを持ち、電話ボックスは減少の一途をたどるでしょう。

その電話ボックスという時代遅れの空間と、19世紀後半に生まれた、電話機、受話器という物の形状が「風の電話」において、大きな役割を果たしていると感じたのです。

NHKの配信サービスで今週末まで見れるようなので、気になる方はご覧ください。

年始に、1995年の阪神・淡路大震災の遺構を初めて訪ねました。

2016年の7月、地震から3ヵ月経った熊本へは、空路で入りました。

被害の状況は想像以上でした。

2017年の年末、福島第一原子力発電所を沖を通るフェリーから見つめました。

2025年の8月、復興支援活動のため能登に入りました。

1年半が過ぎていましたが、能登半島地震の現状を目の当たりにしました。

限られた時間でしたが、できることは精一杯したつもりです。

2016年7月、被災から3ヵ月後の熊本の水田は、変わらず美しい水をたたえていました。

2017年の年末に訪れた仙台の風景は、本当に美しいものでした。

どの街に行っても極めて美しいのがこの日本です。

地震国ゆえ、これからも何度も大きな地震が起こるでしょう。

しかし、受け入れ、乗り越え、逞しく生きて行くのが、生かされているものの努めです。

受話器をギュッと耳に押し当てる。

物をつくる、空間をつくることを生業とする身として、これからも何ができるかを模索していきたいと思います。

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大黒さまは、食と破壊の神だった‐2302‐

健康保険のイベントは、バスで連れていってくれるので時々参加しています。

人気イベントは、すぐに申し込まないと定員になってしまうくらい。

つい出不精になってしまうこの時期には有難い限りです。

昨日は、いちご狩り+ウォーキングのイベントでした。

神戸市北区にあるいちご農園「Bon Farm」。

ビニールハウスの中は、いちごの甘い香りで充満していました。

ひとつずつ、丁寧にハサミで摘み取ります。

5種類くらいの品種があり、それぞれ味がかなり違うのです。

一番気に入ったのは「おいCベリー」。

味が濃く、甘みと酸味もありますが、とても優しい味わいでした。

現在は高設栽培という、高い位置にプランターを設置しての栽培が主流だそうです。しかし、昔ながらの土耕栽培にこだわっていると。

そんな所に違いがあるのかもしれません。

バスで2、3分のところにある「道の駅神戸フルーツ・フラワーパーク大沢」まで移動してきました。

大沢は「おおぞう」と読みます。

広大な敷地で20分程ウォーキング。

途中に牛舎も見え、のどかを満喫してきました。

初めて訪れたと思うのですが、この施設は兎に角大きい、かつ豪華。

張りぼて感は全く無く、建物にお金が掛かっているのが分かります。

調べてみると1993年の開業で、2017年に運営母体が変り、リニューアルオープンしていました。いわゆるバブルの遺産と言ってよいでしょう。

それでも何とか現在まで維持しているのは立派だと思います。

この日は食べ放題ばかりですが、神戸ホテル フルーツ・フラワーでランチバイキングでした。

食べ放題は、がっついてしまい後悔するものですが、流石に50代半ばになると大丈夫でした。

夕方、集合場所の大国町に戻ってきました。

バスを降りると「木津の大国さん」という文字が見えます。

大国町は、学生時代に長くアルバイトをしていたので、そこそこ知っているつもりでしたが、大国町は「大国さんの町」だったのです。

境内には南を向く敷津松之宮と東を向く大国主(おおくにぬし)神社があります。

大国主神社の中には、大阪七福神のひとつ大黒天の像が祀られています。

大きく、かつ可愛げがあったのですが、残念ながら「撮影禁止」でした。

大黒天は五穀豊穣や食の神様として知られます。

しかしインドの神話では、破壊と再生を司る「シヴァ神」が、破壊神となった時の異名「マハーカーラ」が大黒天のルーツだそうです。

食の神様は、破壊の神様だったのです。

美味しいものを食べられるとに感謝し、その後のカロリーを破壊してくれたなら、もっと感謝します。などと書いたら、バチが当たるでしょう。

日本では、ほぼ飢えの無い暮らしですが、世界中どこでもという訳ではありません。

にも拘わらず戦争とは……

ヒンドゥー教の三大神のひとつである「シヴァ神」が、破壊と再生を司るのは、それらは一対であるという考えの下からだと思います。

しかし、誰かの都合による破壊が生むのは再生でなく憎悪だけです。

リーダーは力だけでなく、品格が必要だと思うのです。

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ミーハー、ヒーハー‐2301‐

心斎橋のすぐ北、御堂筋に面して建つのはホテル「W Osaka」。

黒のカーテンウォールに包まれたミニマルな外観は、周りを威圧しているようでもあります。

マリオット・インターナショナルが展開する高級ブランドが「W」ですが、2021年の開業でした。

周辺は高級ブランドのショップが建ち並ぶ大阪の中心地。

設計は日建設計ですが、デザイン監修に安藤忠雄が入っているのも売りでした。

裏手にあるエントランス前にはいつも高級車が並びます。

近くを通る時にはよく見に行くのですが、この日はフェラーリ、レンジローバー、LEXUSでした。

次に乗るなら、レンジローバーがいいなあ、などと思いながら通り過ぎました。

一方、我らが大阪上本町駅横に建つ「シェラトン都ホテル大阪」。

こちらも大阪が誇る巨匠・村野藤吾の設計で1985年の完成です。

「W Osaka」とは対照的に、白い外壁は有機的に仕上げられています。

スケールが大きい割に優しいのは、村野が得意とするところでしょう。

「シェラトン都ホテル大阪」の向かいを少し東に歩けば「明月館」があります。

数日前の喧騒と比べると、早朝は静かなものです。当たり前ですが。

月曜日に、2023年に続いて、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決起集会が開かれたと報道されていました。

場所的には、大阪上本町駅と鶴橋駅の中央あたりです。

焼肉なら、鶴橋に名店がいくつもありますが、大阪ドームで試合がある際は、「シェラトン都ホテル大阪」に宿泊しているのかもしれません。

それならこの店が選ばれているのも納得できます。勿論、味が確かなのでしょうが。

この熱気を考えれば、警備体制のことを考えても新たな店になる可能性は低いのかなと想像していました。

このタイミングで開催されるなら、ここかなと思っていましたが……

自転車なら5分くらいなので、妻が「大谷君がみれるなら、行けばよかった」と言っていました。確かに、実物を見るなら最初で最後の機会だったかも。

思っていた以上に、ミーハーな夫婦だったようです。

「ミーハー」と書いてみて、語源って何なのだろうと調べてみました。

諸説あるようですが、広辞苑には「世の中の流行にかぶれやすい人。また、そのような人。みいちゃんはあちゃん」とあります。

昭和の時代、「み」の付く名前(みよ等)、「は」の付く名前(はな等)が多く、「みいちゃん」「はあちゃん」は女性の大多数を指し、しかも軽蔑の意味もあります。

”me her”の略なのかなと思っていたら、時代感ゼロの使ってはいけないレベルの言葉でした。

ちなみに「ヒーハー」はブラックマヨネーズの小杉竜一の決めフレーズ。テンションが上がった時に使うので、こちらは全く問題なさそうです。

打者専任とされる大谷翔平選手は、練習試合2試合で5打数ノーヒットで、明日からWBCの本戦を迎えます。

やっぱり問題なかったとなるのか、あのイチローでさえ苦労したような状況に遭遇するのか。

「ヒーハー」な状況になればよいのですが。

いずれにしても楽しみしかないのです。

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最後のホームルーム、の後‐2300‐

近鉄上本町駅から、快速急行で約20分。

土曜日は娘の卒業式に参列してきました。

曇り予報でしたが、時々晴れ間ものぞきました。

学校名、駅名は全て消していますが、駅前にある学校と言えばほぼ1校かもしれません。

縁あって、長男、長女が、合わせて9年間通うことになりました。

卒業生は300人前後でしょうか。

保護者の参列も多く、講堂はきっちり満員という感じ。
2時間程でしたが、品のある式典でした。

中でも、学校長の式辞が素晴らしかった。

4章くらいの展開がありましたが、慶應義塾大学の塾長を務めた小泉信三の「簡単に手に入るものは、簡単に失う」という言葉を取り上げていました。

体感としても納得できますし、フレーズとして聞いたこともありますが、出典も含めて卒業式にマッチした選択だと思います。

テレビで本人が歌っている場面を見たことがありますが、言葉として聞いた方が、迫力がありました。

「お前が消えて喜ぶ者に」というワードが入っているにも関わらず、この詞を引用することに、本気度を感じたのです。

校長でありながら、国語教師としても授業を受け持っているそうで、「言葉と格闘してきた」という言葉にも、大いに納得できます。

媚びず、攻めた、格式高い式辞でした。

2017年4月8日、長男が入学。

曇りではありましたが、満開の桜の下での入学式。

自分の学力と相談した上での受験でしたが、第一希望として合格。
その3年後、娘も同じような経緯で合格してくれました。

しかし娘が入学した2020年は、コロナ下の社会に突入しており、入学式は開催されず。

社会自体が困惑する中、子供たちは多くの負担が強いられたと思いますが、踏まれた麦が育つように、バイタリティが培われたのは間違いないと思います。

生徒たちが興味を持てるよう、イベント等も工夫されており、超一流校にはないホスピタリティもあり、親としてはとても感謝しています。

受験も終わり、概ね進路が決まった娘は、早速妻と大阪城公園の梅林へ散歩に行っていました。

今は解放感を満喫すればよいと思います。戻らないくらい箍(たが)を緩めるのはNGですが。

卒業式のあと、最後のホームルームにも立ち会ってきました。

言葉だけで映画のタイトルになりそうですが、全員がひとり30秒のスピーチをして6年間を締めくくります。

友達への感謝を語る子あり、笑いを取る子あり、涙であまり話せない子ありと千差万別。

しかしそれが終ると、「JKも終わりやわ~」とからから笑っている声が聞こえてきました。

9年前、子育てとは「2度目の人生」と書きました。
ほぼ2回目を終えたのですが、はたして成長できたのか……

最期以外、学校のように明確な区切りがないのが人生です。
どんな場面でも、からからと笑い飛ばせたらとも思います。

JK師匠に「勉強させてもらいます!」という感じなのです。

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初プレゼンの後‐2299‐

一昨日は、谷町4丁目駅から南東に5分程にある大阪府建築健康保会館へ。

『建築人賞』の審査会に参加してきました。

6階の会議場が会場です。

壁面に沿って、所定の位置にA1のパネルを展示します。

別にも5枚の画像資料を作成して、スクリーンに投影。

3分でプレゼンテーションします。

昼過ぎから、夕方までの長丁場でした。

「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」で応募していました。

他の参加者は、スーパーゼネコン設計施工の高級ホテルあり、大学キャンパスの新築あり、宗教施設ありと、その規模感に圧倒されます。

また住宅も、高級住宅あり、オフィス一体住宅ありと、流石のクオリティです。

規模的にはかなり少作とも言えますが、全力で作ったこのクリニックを精一杯アピールしてきました。

熱を持って伝えられるのは、江口さんとのストーリーしかありませんから。

実務優先は当然ですが、この歳になるまで公開プレゼンテーションを経験したことが無かったのは、反省すべき点です。

他社のプレゼンボードの作り方、説明の仕方など、学ぶことばかりで、刺激十分の半日でした。

その後の懇親会にも参加。

会場が、谷町4の交差点すぐ近くの大江ビルだったのも、参加したかった理由です。

以前も紹介したことがありますが「大阪まちなみ賞」を受賞している、弧を描くカーテンウォールが美しいビルなのです。

その16階に入っている、高級中華「湖陽樹」が会場だったこともありますが(笑)

2時間程の懇親会では、隣席に居た若いゼネコンの意匠設計者の話を聞かせてもらいました。

同業と言えば同業、全く違うと言えば全く違う。

どちらにせよ、なかなか聞くことができない話ばかりでした。

楽しみにしていた大阪の夜景は、意外にそれほど見えず、そこは残念でした。

会が終わると、谷4から谷6まで夜風にあたりながらゆっくり歩いて帰りました。

建築家は心を扱う仕事だと思っているので、クライアントやその建築を体験した人の評価が全てです。

それでも、誰もを納得させる評価が欲しいという気持があるのも事実です。

打ちのめされた感もあるのですが、そう感じられることがラッキーという考えに置き換えたいと思います。

反省は得意なほうだと思います。ただ、落ち込む時間は短い方が良いとも思います。

今、あるものに感謝し、また頑張るだけです。

「あるものに感謝」

それが今年のテーマでもあるのです。

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なんて楽しい、贅沢な春なのでしょう‐2298‐

今日の最高気温は20度まで上がるという予報でした。

先週は新規相談が2件あり、今週も1件予約があり、本当にありがたいことだと思っています。

残っている仕事もあるので、ラジオからの「3連休」という声をよそに、2.5日間分くらいはしっかり、のんびり働きました。

昼過ぎから、気分転換に大阪城公園の梅林まで散歩に出掛けました。

高台から見下ろすと、意外にすいているようです。

すでに満開かなと思っていたら、意外にも5分咲きから7分咲きが多い感じです。

満開は今週末あたりでしょうか。

5分咲きくらいですが、美しい花を付けている樹がありました。

「鹿児島紅」とあります。

とても鹿児島らしいと感じるのは何故でしょう。

気温も上がり、活気もあって、完全に春の空気を感じることができたのです。

バギーを押している若い夫妻もいました。

大阪城公園はアップダウンがあるので、バギーはなかなか大変です。

この家族ではないのですが、登り坂でバギーを押す若いお母さんのお尻を、3歳くらいの男の子がウンウン唸りながら押している光景を目にしました。

とても微笑ましかったのですが、スケート女子の団体パシュートを思い出しました。

冬季オリンピックで、10個のメダルを獲得した高木美保選手のお尻を、若い2人の選手が懸命に押し、銅メダルを獲得しました。

金メダルも狙えただけあって悔しそうではありましたが、チーム戦だからこその感動があったことも間違いないと思います。

働いた、働いたと書いていますが、年齢のことも考えて、明け方まで働くことは殆どなくなりました。

ですが、高木美帆選手の最終種目、1500mが深夜にあったので、仕事をしながら観戦していました。

自身が世界記録を持つ、1500mでの金メダル獲得を目指すと公言していたことと、史上最強の日本人スケート選手の見納めになるかもと思ったからです。

結果は残念ながら6位でしたが、最後の200mまでトップだった渾身のレースは、リアルタイムでなければ感じ取ることのできない部分があったと思います。

結果とは裏腹に、凄いレースだったと感じたのです。

今日でミラノ・コルティナオリンピックも閉幕です。

寂しくなるなと思っていたら、野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の強化試合が始まりました。

2026年の春は、なんて楽しい、贅沢な春なのでしょう、と思っているのです


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大阪弁護士会館から、大阪の絶景‐2297‐

北浜の象徴と言えばやはり大阪証券取引所ビル。

周辺には証券会社が集まっていますが、光世証券のファサードは迫力十分です。

白浜のホテル川久も設計した永田祐三さんの仕事でした。

煉瓦の扱いは日本離れしたものがあります。

土佐堀通の北側は、エントランスから土佐堀川、中之島を望むという申し分のないロケーション。

川の見えるアトリエに、まだまだ未練が残っているようです。

証券取引所ビルの北、難波橋のライオン越しに見えているのは、大阪弁護士会館です。

安藤さん設計の、こども本の森の向かいにあります。

東西に長いので、中之島側から見るとかなり大きく見えます。

しかし、南北の奥行きはかなり薄いのです。

設計は日建設計の江副敏史さん。

構造体を外部側に持ってくるデザインは、大阪ビジネスパークにある大阪東京海上日動ビルディングと同じ形態です。

ただ、そのフレーム状の構造体を陶板で覆っているのが全く違う点です。

超高層ビルに焼き物を持ってくるところが、江副さん、日建設計の凄いところでしょうか。

前は何度も通ったことがあるのですが、初めて中に入りました。

法律に関する勉強会があったのです。

エントランスの煉瓦壁も圧倒的な迫力でした。

上層階の会議室に入ると、まるで空と空に挟まれている感じ。

高い所が苦手な私は、結構怖かったです(笑)

ただ、中央公会堂と阪神高速を見下ろす景色は、まさに大阪の絶景でした。

勉強会の後、懇親会があり参加しました。

なかなか会うことのできない同業の先輩方と話すことができました。

大手組織事務OBの方は、全く違うスケール感の仕事を経験しています。とても刺激的な内容でした。

ただ、そんな方が「名前は知っている」と言って下さったのは、本当に嬉しかったです。

人は弱いもので、何とか相手より優位に立とうとしてしまいます。

これは、年下の者に対して、まずは承認するという行動と全く反対です。

ひとつひとつの行動が、成長、引いては結果につながっていくのだと実感しました。

しかし、北浜、中之島、西天満と、流石にトップレベルの建物が集まっています。

学ぶべきことが、街中にあふれている感じなのです。

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祝・合格 ツバキサク、チチハタラク‐2296‐

何かと話題に上がる吉村大阪府知事。

府庁まで歩いて15分くらいなので、ご近所さんと言えばご近所さんです。

知事室は何階なのでしょうか。

住所は大阪市中央区大手前2丁目1-22。

大手門のすぐ西です。

その大手門は珍しく閑散としていました。

ずっと観光客で一杯だった大阪城も、2・8(にっぱち)と言われる2月・8月は、少し人も減るようです。

2月生まれの娘が18歳になりました。

これで兄妹とも成人です。

あとは大学受験の結果次第と思っていたら、吉報が届きました。

更に今日も合格が2校。

これで来年度から大学生となることが決定し、まずは夫婦でほっとしていたのです。

土曜日に、早咲きの桜を見かけたのですが、まだ時期的には早いだろうと写真は撮らずでした。

こんなことなら撮っておけば良かったと思いますが後の祭りです。

なので、府庁近くで咲いていた椿を上げておきます。

先日もサザンカの写真を上げましたが、寒い時期に赤い花を咲かせる椿、サザンカは、貴重な花と言えます。

2月生まれの娘にはぴったりの花かもしれません。

親としてできることも、残すところ僅かとなってきました。

ただ、兄妹とも私学へ進学したので、あと4年はますます頑張らなければなりません。

親としてはいつまでも親ですが、この区切りに「子育てって何なのだろう」と考えます。

この壮大なる絵巻物(親にとって)を、いつか総括してみたいと思っています。何となく兄妹とも20歳を超えた頃かなと考えています。

3年前の兄に続いて、今年も盆と正月がほぼ一緒にやってきました。

もし誰かに電報を打つなら「ツバキサク、チチハタラク」でしょうか。 

兄妹は焼肉で慰労会を済ませたらしいので、父は近所のスーパーへ値引きの入ったお惣菜を見に行ってきます。

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マウスをすてよ、町へでよう‐2295‐

先月のことですが、遅めの新年会に参加させてもらいました。

谷町3丁目から本町通を西に歩きます。

谷町4丁目方向から本町通を西に歩くと、東横堀川との交差点が本町橋。

北東角にあるシティプラザ大阪は最上階のカーテンウォールがひと際目を惹きます。

2006年竣工で、日建設計の仕事でした。

そのすぐ西にあるのがβ本町橋です。

プロジェクションマッピングが思いのほか、美しかったのです。

大阪府建築士会の「住宅を設計する仲間達」という部会が、この場所を会場としてイベントを始めます。

「住まいのメソッド」というイベントですが、会場の下見も兼ねての新年会でした。

第1回目、2月27日(金)の講師は「β本町橋」の設計者、高橋勝さんです。

この計画の立ち上げから関わっておられるようで、何とかお話を聞いてみたいと思っています。

上町のアトリエに移転して丁度1年が経ちました。

年が明けると、新規の相談が増えるのは大変有難いことですが、アトリエの上階に住居スペースがあるので、仕事に集中していると3、4日全く外出していないということもしばしば。

流石にそれは駄目だと思っているので、最近はできる限り勉強会や懇親会に出席するようにしています。

一所懸命働くことは何より大事なことですが、インプット、アウトプットの機会もやはり重要です。

劇作家の寺山修司は、「書を捨てよ、町へ出よう」と言いました。

「マウスを捨て、町へ出よう」と自分に言い聞かせている毎日です。

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