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いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ‐1932‐

週末の天気はさえませんでしたが、今日は快晴でした。

私たちが中学生の頃は、2学期は9月1日からでした。

娘も今日から授業があると言っていましたが、最近は早いと聞きます。それで、昨日はスパワールドで1日遊んだそう。

暑い暑いと言っていても、いつか夏も終わります。

一度くらいは海で泳ぎたいと思っているのですが。

先週から、新しい現場がスタートしました。

https://youtube.com/watch?v=OnP3auyhZmw%3Frel%3D0

まだ現場日記の準備もできていませんが、土曜日から本格的に解体が始まっています。

重機の先端にフォークというアタッチメントを付けて、掴み、倒していきます。

今度は廃材をつかみ、脱着式コンテナに詰めていくのですが、その動きは極めて繊細。

https://youtube.com/watch?v=nDdxBCed768%3Frel%3D0

自分の手のように操るのです。

庭先には、少し残材が残っていました。

滑り台でしょうか。

随分活躍したのだろうと思います。

そして内部の壁には世界地図。

中古で購入したもので、それほど愛着がある訳では……と聞いていました。

それでも、確かにここでの暮らしがあったのです。

1月に竣工した「あの森のOhana」の竣工写真も上がってきています。

いまだWebサイトの準備もできておらずで……

「Ohana」の解体が決まり、 「あの森のOhana」 は生まれてくることになりました。

いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ

- パブロ・ピカソ - 画家

物理的な意味でなく、精神的なことを指しているはずです。

それでも、何かを破壊し、創造するのですから、その覚悟は持っておかなければなりません。

「没頭できる家」完成へ向けて、気合は十分です。

■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

■■1月6日『Best of Houzz 2022』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載
■1月8日『homify』の特集記事に「光庭の家」掲載
■1月7日『homify』の特集記事に「白馬の山小屋」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記
『 建築家・守谷昌紀TV』

真っ赤に流れる

 5月31日の新聞に、アンパンマンの作者、やなせたかしさんの記事が載っていました。

 1919年(大正8年)東京生まれ。4歳から両親の郷里、高知で暮らします。現千葉大学工学部を卒業、兵役を経て三越の宣伝部にデザイナーとして入社しました。

 1953年(昭和28年)に退社。その後、漫画、舞台美術、作詞など多くの仕事を経験します。昭和48年に「詩とメルヘン」を創刊。30年間編集長を務めました。

 「正義はすぐにひっくり返るが、パンをあげる行いはいつも正しい」

 1973年(昭和48年)、54歳の時に初めてアンパンマンを発表。63年にアニメ化され、人気漫画家になったのです。現在91歳で現役。引退しようかなと思った頃に受けたのがアンパンマンの仕事です。今はこれが天職だと思うとありました。

 「なんのために生まれて、なーにをして生きるのか」

 テーマソングもやなせさんの作詞ですが、テーマは非常に重いものです。

 そこに至るまでの道のりは平坦でなかったようです。退社後は漫画の仕事がなく、何でも引き受けたとありました。その中の一つが「手のひらを太陽に」の作詞。

 「あれは漫画の仕事がほとんどなくて辛い時代に、夜、懐中電灯で手のひらを透かしてみたら血管が浮き上がって見えたことからできたんです。自分は元気がなくても血は赤いんだなあって。懐中電灯ではさまにならいから、太陽にしたんですが、まさかあんなに売れるなんて思ってもみなかったですよ」

 気分に関係なく、いつも真っ赤な血が流れているのです。