カテゴリー別アーカイブ: 01 旅・街

世界の果てまで‐1477‐

 今週末から、ゴールデンウィークが始まります。

 中頃を除いては概ね好天に恵まれそう。
 
 昨年は東北を回ったのですが、中二になった長男と休みが合わずで、途切れ途切れの連休となりそうです。

 日帰り旅行なら、名古屋も良いかもしれません。

3月の名古屋行きの際、「南極観測船ふじ」をみて来ました。

 現役として役割を終え、体験型歴史的資料館として利用されているのです。

 地球上での最低気温-89.2℃は南極で記録されています。

 平均して厚さ2,000mの氷で覆われているため、標高が高く北極と比べても、圧倒的に寒いのが南極です。

 ふじは、昭和40年から58年までが現役の南極観測船でした。

 観測隊員の部屋が再現されていますが、南極に行くとはまさにこのようなイメージ。

 松本清張の「ゼロの焦点」は単行本でしょうか。時代を感じさせるのです。

 現在、子供たちが予約しているバラエティ番組は「吉本新喜劇」と「世界の果てまでイッテQ!」。

 この2番組を、楽しみにしています。

 「世界の果てまでイッテQ!」は、「謎とき冒険バラエティー」というサブタイトルがついています。

 2月だったか、イモトアヤコというタレントが南極大陸の最高峰、ヴィンソン・マシフへ挑戦するという放送がありました。

 遅ればせながら、その録画をみました。

 彼女は「キリマンジャロ」「モンブラン」「マッキンリー」「アイガー」等を踏破しているそうです。

 「マッキンリー」と言えば、日本人初のエベレスト登頂を成功させた植村直己が遭難した山。

 単独、冬季という言葉を外したとしても、危険極まりないことに変わりありません。

 イモトアヤコは、2014年にエベレストへも挑戦しましたが、ネパール地震の影響で断念。これらは、ニュースでも聞いた記憶があります。

 しかし、南極大陸などタレントでもなければそうは行く機会がありません。

 感動するくらい美しい景色のなか、険しいルートを登ります。

 そして、彼女は登頂を果たしました。

 辛口ご意見番ではありませんが、まさに「アッパレ!」です。

 「世界の果てまで」の看板に偽りなしでした。

 「冒険とは、生きて帰ることなのである」

 植村直己の言葉ですが、国民栄誉賞まで受賞した優秀な冒険家が、命を落とすのが登山です。

 天保山を登って命を落とすことはないので、登山が危険だということはありません。

 しかしある種の人は、より高い山を、より困難を求めます。これは、仕事においても同じです。

 エベレストへ登ってみたいと思うには、そこに近しい景色を見たことがなければ、その発想さえ沸いてこないかもしれません。

 そう考えると、必ず生きて帰れる冒険ってあるんだろうかと考えてしまうのです。

 それでも人は生きなければなりません。その葛藤こそが人生なのですが……

 まさに世界の果てまで行ってしまいました。

 私たちの世代の冒険バラエティと言えば「水曜スペシャル川口浩探検隊」でしょうか。

 今の時代、あの演出では納得してもらえないでしょうが、無理をしすぎないようにね、とは思うのです。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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■4月1日「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
■ 『住まいの設計05・06月号』3月20日発売に「回遊できる家」掲載
■『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売に「阿倍野の長家」掲載
■『homify』6月29日に「回遊できる家」掲載
■『homify』6月2日に「イタウバハウス」掲載
■『houzz』5月28日の特集記事に「あちこちでお茶できる家」掲載

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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<</a

「NO」と言える1年生‐1472‐

 内祝いに届いた和菓子の老舗「老松」の詰め合わせの中に「渡月橋」というお菓子がありました。

 和三盆のクリームを挟んだもので、子供たちは喜んで食べていました。

 娘が「渡月橋」は倉木麻衣の歌でしか知らないと言うので、嵐山へ行ってみることに。

 桜は僅かに残るのみですが、葉桜、新緑が目に優しい景色が広がっています。

 インバウンドの多さに……とは違う切り口で書きたいのですが、確かに多いのは多い。

 桜はやはり一番人気です。

 わざわざ日本に来てくれたのですから、日本経済のためにも大歓迎しなければなりません。

 また、前もって予定を組むなら、桜への期待もあったはず。数本残っており、ほっとしたかもしれません。

 渡月橋の上流では、船遊びをする姿も見えました。

 嵐電(らんでん)の駅も新しくなっており、ごった返していました。

 改めて、京都の人気を感じます。

 目抜き通りも同じくですが、ここに「元気がでるハウス」があったのか……

 もしかすると25年振りくらいかもしれません。

 竹林の小径もなかなかの人気。

 かなりの人出でしたが、それなりに撮ってきました(笑)

 桂川沿いでは新入生歓迎コンパか、いくつもの車座ができていました。

 頬には僅かに朱が差し、喜々とした表情は初々しく、微笑ましくもあります。

 しかし、毎年この時期、急性アルコール中毒のニュースが流れます。

 ○○ハラスメントという言葉をよく見るようになりましたが、常に力のバランスがいびつな時に生まれるものです。

 私はお酒が弱いほうではないので(滅茶苦茶に強い訳でもありませんが)、飲ませたい先輩からは杯を受けていたほうだと思います。

 しかし、こんなことで意地を張るのは全く馬鹿らしい限りです。

 1989年、ソニー会長の盛田昭夫と石原慎太郎の共著、『「NO」と言える日本』が出版されました。

 主には、アメリカへ向けての内容ですが、間違っていると思ったことに「NO」を言うのは、相手がアメリカ大統領であれ、先輩であれ当たり前です。

 また、先輩、年長者が必ず尊敬されることはありません。

 尊敬して貰える可能性があるだけで、むしろ逆。後輩、年少者のジャッジを受ける立場です。

 このことは、下級生の時から常に思っていました。

 よって、自分が上級生になった時、何かを強要したことはないつもりです。

 真実は、後輩に聞いてみないと分かりませんが。

 人生の若葉が芽吹く、20歳前後に人生を終えるなど考えられないし、あってはならないことです。

 宴席に関しては、100%「NO」と言える1年生でいなければなりません。

 お酒を飲むか、飲まないかで、もし何かを判断するなら、その人は間違いなく先輩ではないし、あなたの人生とは無関係な人なのです。

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大阪プライド‐1470‐

 北浜へ行く用事があり、中央公会堂まで足を伸ばしました。

 ライオン橋を越えると、いっきに桜が減ってしまうのは面白いところです。

 南岸にはseiundoの新オフィスが入るビルもみえます。

 先日、facebookに社長の田畑さんが、もう2年になると書かれていました。

 中之島から見上げても、楕円のカウンターが何となく見てとれます。

 これでは盗撮ですが。

 大阪市中央公会堂は、コンペによって最年少の建築家だった、岡田信一郎案が選ばれました。

 しかし、選者であった東京駅丸の内口駅舎や奈良ホテルの設計で知られる辰野金吾が、岡田案に手を加えて実施設計をしています。

 どう考えてもルール違反ですが、このビッグプロジェクトを自らの手で実現することにしたのです。

 昼時だったので、久し振りにオムライスでも食べようと寄ってみました。

 以前は600円くらいだったと思いますが、メニューをみるとかなり高い感じ。

 会社にもどって調べてみると、以前の洋食屋さんは数年前に閉店したようです。

 かなりオシャレな空間に生まれ変わっていますが、この店も「名物オムライス」とあります。

 金額は倍ほどしますが入ってオーダーしました。

 「ふわトロ」の看板に偽りなし。卵はふわっと、上に乗っているビーフはとろけるよう。

 ミシュランスターシェフの監修だそうです。

 昼食にはかなりの贅沢をしてしまいましたが、大変美味しゅうございました。

 同じフロアに、公会堂の歴史が展示されていました。

 中央公会堂は、両替商・岩本栄一郎の私財が投じられ建設された事はよく知られています。

 当時の100万円、現在の価値に直すと数十億円という大金です。

 大川の「平成桜の通り抜け」を提案した安藤忠雄も、「民の街」大阪を象徴する話として、よく取り上げますが、岩本の写真をみたのは初めてでした。

 明治末、アメリカ訪問時に成功者の多くが慈善事業や公共工事へ寄付するのをみて、誰にでも使えるホール建設へと動いたようです。

 しかし、ビジネスの失敗により大きな損失をだしてしまいます。

 周りの人が、寄付からいくらか返して貰ったらと言うアドバイスに、「一度寄付したものを返せというのは大阪商人の恥」と突っぱねます。

 1918年(大正7年)の公会堂完成の2年前、39歳の秋に自殺してしまうのです。

中央公会堂のwebサイトに辞世の句が載っていました。

「その秋をまたでちりゆく紅葉哉」

 今日から当社も、新卒の社員を1人迎えます。

 折角したい仕事に就いたのだから、全てを掛けて仕事に打ち込もう。

 しかし、命だけは掛けてはいけない。なぜなら仕事は幸せを実現するためにあるものだから、と伝えました。

 中之島でもタンポポが花開いていました。

 セイヨウタンポポと違って、茎の短いタンポポは日本の固有種だったはず。

 桜吹雪の下、鬼籍に入った岩本栄之助は今の日本、大阪をどうみているのか。

 日本人として、大阪人としてプライドをもって働いて欲しいと思います。

 命以外の全てを掛けて。

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蹴上インクラインでレンガ積みの粋をみる‐1465‐

 毎年この時期、ウェスティン都ホテル京都を訪れます。

 盛和塾の勉強会があるからですが、これだけの天気に恵まれたのは初めてです。

 手帳をみると、日曜日には「彼岸」の文字が。

 火曜日の三条蹴上は24℃まで気温が上がり、 まるで初夏の陽気でした。

 ホテルの前には、蹴上発電所があります。

 琵琶湖疎水を使って発電するものですが、明治24年(1891年)から現在に至るまで現役だそうです。

 三条通りを挟んで、向かいには蹴上インクラインがあります。

 インクラインは琵琶湖疎水を使って行き来する船を運ぶもので、橋の上に現在もレールが残っています。

 台車の上に船を乗せ、その上に人や荷物載せて運んだのです。

 インクライン下のトンネルをくぐると、南禅寺へ抜ける小路があります。

 5分程歩けば南禅寺。

 日本三大三門に数えられる、南禅寺三門。

 空、無相、無作の三解脱門を略したものと南禅寺のwebサイトにありました。

 境内は苔むしており、雰囲気があります。

 そんな中に突然現れる水路閣。

 この上を琵琶湖疎水が流れています。

 修学旅行生や、インスタグラマーが様々なアングルで写真を撮っていました。

 私も今更ながらインスタグラムへ写真を上げ始めました。彼らの随分と後輩になるわけです。

 行きには気付かなかったのですが、インクライン下のレンガ積みが、素晴らしく美しいものでした。

 螺旋状にひねられているのが見れるでしょうか。

 「ねじりまんぽ」というそうです。

 上を、船を積んだ台車が通るので、その重さに耐えられるよう、こういった積み方をしたようです。

 アーチとは、組積造の建造物に開口部を設けるため考えられたものです。

 それをより立体的に連続させたこの積み方が、より強度を上げることは、見た感じからも伝わってきます。

 「凄い」という感じです。

 architect(建築家)の語源は、ラテン語のarchitekton(アーキテクトン)だと言われます。

 「arche」と「teckton」からなる言葉ですが、更に二説に分かれます。

①「arche」 はアリストテレスの説いたアルケー「原理」を差す。

「teckton」はテクニック等も同じ語源で、「長けた」などの意味。

 よって「原理を熟知したもの」という説。

②「arche」 は窓や開口をつくる為に生まれたアーチを差し、転じて芸術を差すようになった。

「teckton」は「熟練した、一番」などの意味。

 そこから「一番目の芸術」を意味するという説。

 大学時代に、ゼミの先生から教えて貰ったのですが、どちらも重い言葉ですし、身が引き締まる気がします。

 しかし、どんな難しい問題でも、原理原則と向かい合えば、答えが導き出せるとも解釈できます。

 盛和塾の塾長、京セラ名誉会長の稲盛和夫さんは、「儲かる、儲からないでなく、人として正しい行いかどうかで、経営判断をしなさい」と言います。

 「それで利益がでればいいが、商売とはそんな甘いものではない」という声も聞こえてきます。

 しかし、一代で京セラを1兆円企業にまで育てた結果が、全てを示していると言えそうです。

 レンガ=brickは、ヨーロッパでは最も安価な素材です。そこから生れる原理原則に基づく美しさ。

 物創りには、こんな可能性があるので、この仕事を選んだのだと思うのです。

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派手で見栄っ張りで何が悪い<名古屋>‐1464‐

 今日、明日と晴れ空が続くようです。

 空気の冷たい快晴は、とても気持ち良いのですが、花粉症の人には辛い時期になりました。

 娘にゴーグルを与えたのですが、結構な効果があるよう。気になる方は一度試して下さい。

 (コクミンには子供用がありました)

 昨日は、早起きして今年2回目の近鉄特急。

 今回は妻と娘の3人です。

 前回は鳥羽で、今回は名古屋行き。アーバンライナーで2時間です。

 名古屋駅から栄(さかえ)エリアまで地下鉄で2駅。

 オアシス21は、錦通と久屋大通の交差点に位置するバスターミナル等の複合施設です。

 大林組の設計・施工で2002年の完成。

 水の宇宙船と呼ばれる大屋根を、ぐるりと歩けるようになっています。

 こわごわ登ってみました。

 中央は水盤になっており、素晴らしく気持ちのよい景色です。

 ガラス手摺が少し内に傾斜しているのにも、好感がもてます。

 すぐ北にあるのは名古屋テレビ塔がまた美しい。これは後で触れてみようと思います。

 「魚がいる」と娘が言うので驚いて行ってみると、地下1階のベンチが見えました。

 デザインとは、時にユーモアでもあるのです。

 地下1階から吹抜けの空間を、ユラユラと波紋を含んだ光が落ちて行き、何とも気持ちのよい空間を形成していました。

 栄駅から西に歩くと、ルイ ヴィトン名古屋。

 1999年の完成で青木淳の設計です。

 更に南西に歩くと、三越、丸栄、松坂屋と百貨店が建ち並びます。

 丸栄百貨店は、村野藤吾の設計です。

 1953年日本建築学会賞を受賞していますが、今年の6月に閉店、解体が決まっています。

 コーナー部の処理は、コルビジェを思わせるもの。

 西面のモザイクタイルは、確かに前時代を感じさせます。

 大阪の雄、村野藤吾設計の百貨店と言えば、ミナミのそごうも解体されました。

 寂しいのは寂しいですが、時代の流れはどうにもなりません。

 昼食は、ラシックという商業施設の「竹三郎」と言う店できしめんを食べました。

 味噌カツ丼とのセットはちょっと乱暴なセレクトですが、十分に美味しかったのです。

 ここで娘と妻は名古屋港水族館へ。

 私はひとりで街歩きです。

 名古屋の栄エリアは、神戸三宮の道を広くしたような街で、とても歩きやすく、また繁華街自体が大きく、歩きごたえもあります。

 こんな建物も見つけました。

 西へどんどん歩いて行くと、突然大きな球体が現れました。

 名古屋市科学館ですが、内部は次回にとっておきます。

 その後、名古屋港水族館で待ち合わせ、3人で名古屋駅に戻りました。

 駅の上にそびえるのはJRセントラルタワーズ。

 坂倉建築研究所の設計で、1999年の竣工。

 モード学園スパイラルタワーズは日建設計の設計で2008年の完成。

 造形で言えば、このビルが群を抜いて存在感を放っていました。

 夕方4時の特急に乗り、大阪に戻ったのです。

 名古屋人を称して、派手、見栄っ張り、ケチ……となかなかの言われようです。

 一日街を歩いてみて、私にはよい印象しかありません。

 正直言って、大阪のキタやミナミを歩くより面白いのではないかと感じました。

 街角で「デザイン都市・名古屋」というポスターを見かけましたが、その名に相応しいと思うのです。

 その象徴と言えるのが名古屋テレビ塔。

 東京タワー、通天閣等も担当した「塔博士」内藤多仲の設計で、1954年に完成しています。

 330mの東京タワーが赤と白に塗られているのは、航空法による決まりです。

 180mの名古屋テレビ塔がそうなっていないのは、規制の高さまで達していないからかなと思っていました。

 大阪に戻って調べてみると、60m以上の建造物がこの縛りの中に入ります。

 しかし、航空法ができる6年前にこの塔が完成していること。また、名古屋テレビ塔株式会社初代社長が抵抗し、最上部に航空障害灯をつけることで切り抜けている、とウィキペディアにでていました。

 1889年に完成した、324mあるエッフェル塔が赤と白なら、パリの印象は全く違ったものになるはずです。

 また、そうであれば近代建築の象徴とはならなかったでしょう。

 東京タワーを初めて見たときも、「美しい」と思いましたが、銀色の名古屋テレビ塔は群を抜いた美しさでした。

 抵抗した初代社長は名古屋市出身の神野金之助。

 その名前をみても、「派手で見栄っ張りで何が悪い。言いなりにはならんぞ」と書いてあるようです。

 何故だか最近、名古屋愛が止まらないのです。

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手のひらの中の小宇宙‐1462‐

 昨日の京都は20℃を超えました。

 ゴッホ展も気になりますが、かなりの混雑のようで今回はパス。

 「樂美術館」へ行ってきました。

 千家の茶道具を手掛ける茶碗師、樂篤人(あつんど)さんが、十六代目吉左衛門を継ぐという記事を見かけました。

 「樂美術館」は、御所の西にある樂家の居宅に隣接して建っています。

 ろくろ等を使わず手でつくる焼き物を「楽焼」と呼びますが、「樂焼」は樂家によって作られた焼き物を指します。

 手で形をつくり、ヘラで削るだけで創り上げらる、手法としてはごく原始的なものです。

 樂焼は一子相伝で、「吉左衛門」の名を継ぎます。

 十五代450年もの間、脈々と受け継がれてきました。

 秀吉が建てた「聚楽第」近くに、初代長次郎が居を構えていたこともあり、利休に好みの茶碗を求められたようです。

 そして、秀吉から聚楽第の「楽」の一字をもらい、樂家となりました。

 初代長次郎の黒樂筒茶碗「杵ヲレ」。

 利休の求める「詫び茶」を体現するため、模様や色彩もなく、殆どが黒もしくは赤の茶碗です。

 僅かな歪みや曲線だけで、その存在感は放たれています。

 この椀を、利休も手にとったのでしょうか。

 樂家、歴代随一の名工と言われる三代道入。

 別名ノンコウによる赤樂筒茶碗「山人」です。

 ヘラ削りによる造形と、夕日のような赤が革新的。

 こちらも三代道入の黒樂茶碗「残雪」。

 長次郎の茶碗と比べて縁は更に薄く削られ、釉薬は艶やかです。

 「残雪」の銘の通り白がわずかに散りばめられ、新たな挑戦も見えます。

 この抑えた表現が、一流の迫力と自覚を感じさせるのです。

 四代一入の黒樂筒茶碗「誰が袖」。

 縁には僅かに朱が散りばめられ、中央あたりのくびれ部は釉薬が掛け外されています。

 限られた表現の中に、これだけ豊かな世界が生れるのです。

 樂家のことを知ったのは、22歳の時でした。

 大学4回の時、オープンデスクに行った設計事務所に、その写真集が置かれていました。

 その美しさに目を奪われ、一子相伝という物語に心奪われたのです。

 樂家の家訓は「教えないこと」だそうです。

 釉薬の調合法などもそれぞれ違い、全てにおいて自らが考えることを求められる。

 それゆえ、歴代の樂茶碗があると篤人さんは書いていました。

 利休は、たった二畳の茶室に、土壁を背にした一畳の床を設けました。

 そこに一輪の野花を活けることで、亭主が客をもてなす心を最大限に表現します。

 茶室が小さな宇宙と言われる所以です。

 樂美術館のアプローチには咲く寸前の梅が活けられていました。

 また、利休の説いた通り塀越しに桜が見えました。

 幹の太い桜は、塀越しが最も美しいという考えからです。

 学ばなければならないのは、方法ではありません。考え方や生き方です。

 樂茶碗を表現するなら、手のひらの中の小宇宙です。

 答えはいつも自分の良心の中にある。それは樂茶碗であれ、建築設計であれ、全く違いはないと思います。

小トリップ日本一、近鉄特急‐1452‐

 日曜日の朝6時半、「さあ出掛けようか」と娘を起こすと、「頭と喉が痛いからやめとく」と。

 妻、長男が風邪気味で、2人で鳥羽へ行くことにしていたのですが、体調不良なら仕方ありません。

 予約した席をキャンセルしました。

 しかし、8時頃に起きて来たあと、それ程辛そうでもなく……

 で、結局10時からの出発となりました。

 鳥羽までは、上本町から近鉄特急で2時間。

 近鉄電車は、JRを除けば路線の長さ日本一です。

 地下鉄に乗っている間に、スマホであたふたと再度予約しました。

 便利と言えば便利な世の中になりました。

 奈良盆地を横切り、伊賀上野、三重の高原地帯を抜ける景色は、小旅行と呼ぶにぴったりです。

 途中、沈下橋がありました。

 四万十川まで行かずとも見れることに、軽い感動を覚えます。

 「鳥羽水族館」は鳥羽駅から歩いて7分程。

 ミキモト真珠島を越えたところにあります。

 キャッチフレーズは「飼育種類数 日本一」。

 確かに種類は凄いものがありました。

 研究室のような雰囲気も、最近はやりのモダン系とは対照的。

 私は好感がもてます。

 ただ、「詰め込み過ぎ感」は正直否めませんが。

 人魚と間違われたと言われるジュゴン。

 胸ビレの感じが、手のようにも見えます。

 日本で飼育されているのはここだけです。

 ラッコブームは、この館から火がついたはず。

 セイウチ笑(ショー)は、なかなかに笑わせてもらいました。

 触らせてくれるのですが「思っている以上に臭いので、しっかり手を洗って下さい」と飼育員。

 笑いをとっていたのですが、若干可哀想かなとも。

 出発が遅くなったので、現地滞在は約3時間。

 帰りの電車は、ビスタカーの2階席を取りました。

 近鉄特急は帰りが混むので、予約しておく方が無難です。

 電車での行き帰りが合計5時間。

 どちらかと言えば、こちらがメインなのです。

 「車は本が読めないので、電車なら出掛けてもいい」というのが娘の意見。

 持ってきた本、4冊を全て読了しました。

 ときどき近鉄特急に乗るのですが、電車マニアでなくとも、なかなか個性的な車両が多いと分かります。

 私たちが乗ってきた「伊勢志摩ライナー」の他に、「さくらライナー」、観光特急「しまかぜ」という、豪華特急もあるようです。

 プロ野球のオーナー企業は、ひと時代前なら、鉄道会社が大多数でした。

 しかし、IT企業が増えてきたことに時代の流れを感じます。

 映画監督の井筒和幸さんがそれらを指して「虚業」としたことに、堀江貴文さんが反論したという記事を読みました。

 「ITを虚業と馬鹿にするな」という意見はもっともです。しかし、実体験は全てに勝るという思いもあります。

 長男が、スマホのゲームから離れられないという現実をみて、危機感も覚えるのです。

 機器が高性能になり、表現も多彩になっていきます。適度な困難と、適度な達成感を配置してあったとするなら、電車旅の方が面白いと納得させるのはかなり困難です。

 時間がある時、あの手、この手で誘いますが、年をおうごとに、難しくなっていくことを実感します。

 昼寝が気持ちよかった。車窓からの景色が良かった。駅弁が美味しかった。思った以上にセイウチは臭かった。

 何でも良いので、出掛けてみたいと思える情景を思い浮かべさせられるか。

 子供と私の知恵比べは続くのです。

 「ことりっぷ」は、 働く女性たちが週末に行く、2泊3日の小さな旅を提案するガイドブックです。

 我が家は日帰りなので、小トリップといったところか。

 近鉄特急を勝手に小トリップ日本一に認定します。

2008-2018「日本発見の旅」‐1446‐

 娘が生れて3ヵ月経った2008年の5月。

 家族で白浜へ出掛けました。

 4人での旅行はこれが初めて。

 2011年のゴールデンウィークに、フェリーで大分、熊本へ。

 その際に「フェリーを使えば、47都道府県を自分の車で走破できるんじゃないか」と思ったのです。

 これが「家族で47都道府県制覇」の初めの動機です。

 結局、青森と秋田、そして沖縄はレンタカーに頼りましたが、この年末年始に宮城を訪れてようやく完結。

 テーマは、家族で隈なく日本を巡りたいという単純なものですが、色々な発見がありました。

 私たちの「日本発見の旅」をまとめてみます。

1 北海道

2015年5月3日 イサム・ノグチの遺作、札幌モエレ沼公園。

 札幌-稚内はさすがに遠かった。

2 青森県

2017年5月3日 美しき世界遺産、白神山地。

 岩木山は津軽の良心。大人物はよい山のある街に生まれるそう。

3 岩手県

2017年5月4日 標高1,400mの藤七温泉。

 泥パックでつり、家族4人で入る風呂はこれで最後。

4 宮城県

2017年12月30日 日本三景に数えられる松島。

 杜の都、仙台はその名に恥じないケヤキ並木の美しい街だった。

5 秋田県

2017年5月4日 日本一深い神秘の湖、田沢湖。

 秘湯、乳頭温泉はそのネーミングにユーモアあり。

6 山形県

2015年8月15日 芭蕉が立ち寄った立石寺。

 閑さや 岩にしみ入る 蝉の声

7 福島県

2015年8月13日 唯一無二のフォルム、さざえ堂。

 福島第一原発の困難が、必ず喜びに変わりますよう。

8 茨城県

2015年1月2日 古河市の通過のみ。

 次の機会は、水戸へ黄門さま詣でに。

9 栃木県

2015年1月2日 家康の威光の結晶、日光東照宮。

 ブルーノ・タウトは日本で「ほんもの」と「いかもの」をみた。

10 群馬県

2014年12月31日 ♪一度はおいで~♪の草津温泉。

 古きものは良きもの。であることが多い。

11 埼玉県

2017年11月5日 長いトロ、だから長瀞

 SLの走る風景は、ノスタルジーを感じさせる。

12 千葉県

2014年10月13日 夢の国、ディズニーランド。

 期待は裏切らないし、裏切れない。

13 東京都

2014年10月14日 スカイツリーより、内藤多仲設計の東京タワーが好き。

14 神奈川県

2009年6月7日 箱根の関は芦ノ湖の湖畔に。

 旧東海道の石畳に、出女の足跡を想う。

15 新潟

2014年4月6日 大雪のシャルマン火打スキー場。

 米どころ、雪どころ新潟。

16 富山県

2015年7月23日 急峻な山地に急深の海が、黒四ダム、蜃気楼、ホタルイカを生む。

17 石川県

2012年5月2日 千里浜なぎさハイウェイを自分の足で走る。

 能登半島は、松本清張の描く「ゼロの焦点」の世界のままだった。

18 福井県

2014年9月28日 愛しき敦賀の海。 

 私の夏はいつもここに。

19 山梨県

2015年1月3日 富士は日本一の山。

 一富士二鷹三茄子。日本はどこまでも富士。

20 長野県

2016年1月1日 霊峰、御嶽山。

 その佇まいに、居住まいをただす。

21 岐阜県

2008年11月4日 白川郷で受け継がれるもの。

 それは茅葺の技術と、互いに助け合う「結」の思想だった。

22 静岡県

2011年6月18日 浜名湖ならやっぱり鰻。

23 愛知県

2016年9月18日 尾張名古屋は城でもつ。

 ひつまぶし、天むす、きしめん、味噌煮込みうどん……名古屋巡りは食で十分もつ。

24 三重県

2013年4月29日 女性のバイタリティを、伊勢の海女にみる。

 時代が時代なら、一生に一度のお伊勢参り。

25 滋賀県

2017年11月4日 マザーレイク琵琶湖。

 関西の強さの源でもあり。

26 京都府

2016年5月22日 水面に映える金閣。

 600年前の創建時なら、その美しさは海のむこうまで届いたはず。

27 大阪府

2009年7月21日 大阪のシンボルは、内藤多仲設計の通天閣。

 インバウンド頼みから脱却し、大大阪を目指せ。

28 兵庫県

2014年8月13日 世界最長の吊り橋、明石大橋。

 土木技術の粋が、人の流れを変えた。

29 奈良県

2013年1月14日 世界最大の木造建築、東大寺。

 建築時のロープは、女性の髪の毛頼み。

30 和歌山県

2008年8月16日 白浜のシンボル円月島。

 日本最古の温泉街は、海、水族館、動物園、食となんでも揃う身近な南国。

31 鳥取県

2013年8月13日  鬼太郎が生まれた境港。

 家族連れに楽しい街だった。

32 島根県

2017年8月11日 神々が集う出雲大社。

 庁の舎の解体は寂しいの一言。

33 岡山県

2008年7月27日 父の里、琴浦。

 島々の 浮かぶは瀬戸の 美しさかな

34 広島県

2011年3月21日 世界遺産、厳島神社。

 自然のリズムを知り、自然の脅威を知ったがゆえ、ここに存在するものだった。

35 山口県

2014年8月16日 維新の志士を輩出した松下村塾。

 高杉晋作の辞世の句は、人生訓でもある。

 面白き こともなき世を面白く 住みなすものは 心なりけり  

36 徳島県

2008年7月27日 鳴門海峡の渦潮。

 真近でみる迫力は、ラーメンに浮かぶナルトの比にならず。

37 香川県

2008年7月27日 象の頭に似たので象頭山

 象の眼に位置する金刀比羅宮。日本一の石段がある。

38 愛媛県

2014年5月5日 東洋のマチュピチュといわれる別子銅山。

 そこで感じたのは「住友」愛。ひいては、戦後の日本人の仕事愛だった。 

39 高知県

2014年5月4日 最後の清流、四万十川。

 自然との共生は、ミニマリズムにある。

40 福岡県

2014年8月14日 博多名物の屋台。

 味は普通、値段も普通、衛生は……それでも価値のあるものを、文明でなく文化という。

41 佐賀県

2015年9月21日 弥生時代後期の環濠集落、吉野ヶ里。

 吉野ヶ里歴史公園センターも設計した、菊竹清訓ゆかりの地。佐賀はやはり、♪ SAGA さが ♪ だった。

42 長崎県

2015年9月21日 明治維新の一場面を演出したグラバー邸。

 坂の街、長崎は、金沢、函館と共に、私の思う最も美しい街。

43 熊本県

2011年5月2日 阿蘇の草千里。

 雄大な景色は、西日本随一。

44 大分県

2011年5月4日 地獄のある街、別府。

 対して温泉には天国の趣きが。

45 宮崎県

2017年7月23日 九州北部豪雨後の高千穂峡。

 水がカフェオレでも、船に乗れただけでも有り難い。

46 鹿児島県

2011年8月15日 指宿の砂風呂。

 有名観光地は、朝駆けにかぎる。
 
47 沖縄県

2017年2月12日 ふらりと寄った、浜比嘉島の民家。

 自然に滲み出す街のエッセンスこそが、旅の醍醐味。

 約10年かけて、2008-2018年の日本を巡りました。

 改めて思うのは、この国は「安全で、本当に美しい」ということです。

 先週末に亡くなった、闘将・星野仙一はこう言っていました。

 迷ったら、即行動

 これも私の人生訓とさせて貰っています。

 弘前が生んだ作家・寺山修司は「書を捨てよ、町へ出よう」と言いました。10年後、20年後の日本はまた違った景色になっているでしょう。

 当たり前ですが、今の日本は、今しか見れません。

 これにて、「家族で47都道府県制覇の旅は」の旅は全て終了。

 次からの旅のテーマは<家族で世界遺産>にしようと思います。

 今日は成人の日。10年後、娘が成人するまでには達成したいと思うのです。

<家族で世界遺産(日本)>
  15/21 【】は未訪問
 
1  法隆寺地域の仏教建造物  文化遺産 / 1993
【2】 【姫路城】 文化遺産 / 1993
【3】 【屋久島】 自然遺産 / 1993
4  白神山地 自然遺産 / 1993
5  古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市) 文化遺産 / 1994
6  白川郷・五箇山の合掌造り集落 文化遺産 / 1995
7  原爆ドーム 文化遺産 / 1996
8  厳島神社 文化遺産 / 1996
9  古都奈良の文化財 文化遺産 / 1998
10  日光の社寺 文化遺産 / 1999
11  琉球王国のグスク及び関連遺産群 文化遺産 / 2000
12  紀伊山地の霊場と参詣道 文化遺産 / 2004
【13】 【知床】 自然遺産 / 2005
14  石見銀山遺跡とその文化的景観 文化遺産 / 2007
15  平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群 文化遺産 / 2011
【16】 【小笠原諸島】 自然遺産 / 2011
17  富士山-信仰の対象と芸術の源泉 文化遺産 / 2013
18  富岡製糸場と絹産業遺産群 文化遺産 / 2014
19  明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業 文化遺産 / 2015
【20】 【ル・コルビュジエの建築作品‐近代建築運動への顕著な貢献】文化遺産 / 2016
【21】 【「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群】 文化遺産 / 2017

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家族で47都道府県制覇<美しくも大変だった山形、杜の都仙台編>‐1445‐

 2017年の大晦日は、散々な夜になりました。

 私が高熱にうなされる横で、子供たちが「笑ってはいけないアメリカンポリス」で大爆笑という地獄絵図。

 節々が痛み、頭がガンガンする横で、我が子とはいえ6時間も馬鹿笑いを聞かされるというこの屈辱感……

 普段あまりテレビを観せておらず、約束していたので仕方ありません。

【1月1日(月)】

 元旦の朝、鳴子温泉郷をあとに。

 山形盆地を 東北中央自動車道で南下します。

 昼一番に蔵王温泉に到着しました。

 頭痛が残るので、ゲレンデへ向かう子供たちを見送ると、娘が「部屋でしっかり仕事しといてや」と。

 父親としての修行はまだまだ続くのです。

 蔵王センタープラザというホテルに泊まったのですが、なかなか味わいのあるホテルです。

 外部は杉板型枠の打ち放し。

 モダニズムを念頭においた建物です。

 設計者を探してみましたが、見つけられませんでした。

 内部もコンクリート打ち放しにペンキ仕上げ。

 化粧でない型枠の荒々しさが、内部壁に質感を与えています。

 トイレ部の間仕切り壁も、コンクリートブロックにペンキ仕上げ。

 しかし、スチールの建具は結露で穴があいており。

 若干いがんでいるようで、強引に開けると、閉めるのにかなり苦労しました。

 310号室は気を付けて下さい。

【1月2日(火)】

 翌日の午前中まで静養し、昼からゲレンデへ出ました。

 ずっと雪続きでしたが、1時間ほど晴れ間がのぞいたタイミングがありました。

 蔵王温泉スキー場の広さがよく分かります。

 山頂にある地蔵尊は、遭難者が続出したために江戸時代に建立されたもの。

 以後、遭難者が減ったことから災難除けにまいる人が増え、山自体を地蔵山と呼ぶようになったそうです。

 今年の災難除けにお賽銭も奮発したのですが、賽銭箱がスキー板付きなのはちょっと笑ってしまいました。

 蔵王と言えば樹氷です。

 日本海側からの強い風雪で、樹の原型はなく、大きな石の塊のようにみえます。

  中身はトドマツだそうですが、それらが連続する景色を見るため、多くのインバウンド客も訪れていました。

 その樹氷原に間を滑る林間コースを何本か滑りました。

 今回は時間が足らずで、子供たちにスキーを教えることができませんでしたが、―9℃のパウダースノーを楽しんできたのです。

 旅のスタート時から娘がセキをしていました。

 部屋の乾燥もあってかだんだんひどくなっていき、この日の深夜は発作がありました。

 絶え間なくセキがでて、何度ももどしてしまったのです。

 あまりにも辛そうなので、救急病院に向かいました。

 深夜の2時半、山形市の救急病院に到着。

 吸入をしてもらいようやく落ち着いた様子。

 ホテルに戻ったのは明け方4時頃でしたが、それでも寝てくれてほっとしたのです。

【1月3日(水)】

 かなりの雪の中、蔵王温泉を発ちます。

 山形自動車道までの道中は、九十九折りになった山道が続きます。

 ここでかなりヒヤッとした場面があったのですが、いろいろと思うことがあり、後日に書いてみたいと思います。

 お昼前に仙台駅前に到着。

 ここでも、定禅寺通りに続くケヤキ並木が街の景観をかたちづくっていました。

 多くの人出が、東北最大の都市、仙台を体感させてくれます。

 しかし、これらのケヤキは戦後に植樹されたもの。

 「阿Q正伝」で知られる魯迅の下宿後があるのが、元武家屋敷のあったエリア。

 現在は裁判所などの官庁が集まりますが、明治以降の都市計画でよくあるケースです。

 石垣の中央は明治期に積まれたもので、左右の荒っぽい石垣はそれ以前のもの。

 中央は武家屋敷の門があった場所なのです。

 徳川家に俸禄を半減された伊達家は、武家屋敷に柿、りんご、イチジクなど、実のなる木々の植樹を奨励します。

 杜の都の源は、苦肉の策だったのです。

 全てブラタモリの受け売りですが。

 正午過ぎに仙台港に到着。

 この旅も、20時間の航海で終わり。

 午後3時半ころ、福島第1原発沖を通過しました。

 望遠レンズでのぞいてみました。

 コンクリートで固められ、多くのクレーンが見えます。

 太陽は毎日沈み、また翌朝顔をだしてくれます。

 どんな困難が起ころうとも、人は幸せを目指し生きるしかありません。

 その過程こそが私たちの人生なのです。

【1月4日(木)】

 午前7時頃、伊勢湾に入りました。

 白波の立つ中、多くの漁船が一斉に出船してきました。初仕事でしょうか。

 当社も明日から仕事。飛翔の1年にしたいと思うのです。

<目指せ、家族で47都道府県制覇>
47/47 全都道府県制覇

北海道

青森 岩手 宮城 秋田  山形 福島

茨城 栃木 群馬 埼玉 千葉 東京 神奈川

新潟県 富山 石川 福井 山梨 長野 岐阜 静岡 愛知

三重 滋賀 京都 大阪 兵庫 奈良 和歌山

鳥取 島根 岡山 広島 山口

徳島 香川 愛媛 高知

福岡 佐賀 長崎 熊本 大分 宮崎 鹿児島

沖縄

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家族で47都道府県制覇<最後の宮城、岩手編>‐1444‐

 新年、明けましておめでとうございます。

 2018年の元旦は、宮城県鳴子温泉郷で迎えました。

 小雪舞い散るなか、初日の出を見ることができました。

 しかし、どうやらインフルエンザにかかってしまったようで……

 昨日の夕方から寒気がしだし熱も39度に。長期休暇にダウンするパターンです。

【12月28日(木)】

 7:00pmに名古屋港を出港しました。

 名古屋と、仙台、苫小牧を結ぶのが太平洋フェリーです。

【12月29日(金)】

 およそ20時間の船旅。

 4:40pmに杜の都、仙台に到着しました。

 最後となった宮城県に入り、ようやく家族で47都道府県を制覇しました。

 この日は夕食だけなので、奮発して仙台牛の焼肉へ。

 「仙台で一番厚い牛タン」がこの店の売り。

 分厚い牛タンで美味しいのはタン元だそう。

 舌の付け根にあたる部分で、どの部位でも厚ければよい訳ではないそうです。

【12月30日(土)】

 仙台は河岸段丘に、伊達政宗が築いた都市。

 町の外れまで歩くと、それがよくわかります。かなり標高が高いのです。

 「杜の都」の代名詞となっている定禅寺通り。樹齢70年になるケヤキが4列に植わっています。

 通りに面して建つのは「せんだいメディアテーク」。伊東豊雄の代表作です。

 束上になった細い柱が床を貫き、縦方向の動線であったり、光を取り入れるという機能を持たせています。

 残念ながら年末休みで、中に入ることはできませんでした。

 仙台市街を離れ、東にある松島へ。天橋立、宮島とともに日本三景のひとつとされます。

 松島四大観のひとつ、扇谷を訪ねましたが皆の反応はいまひとつ。

 これではちょっとということで、裏松島まで移動することにしました。

 石巻方向に更に東へ30分。

 途中、津波被害があったエリアという標識などもありました。

 震災から7年。2011年当時には何もできなかったことに悔いが残っていました。

 熊本地震では初めて行動を起こすことができましたが、自分の職能で社会の役に立ちたいと思うのです。

 東松島市にあるここからの景色を「壮観」というそう。

 まさに壮観。日本三景に恥じぬものでした。

 これで皆納得です。

 石巻で昼食をとり、岩手県の内陸部、平泉を目指します。

 中尊寺は私も初めてでした。

 予想通りというか、残念ながら撮影禁止。

 アプローチから望遠レンズで撮りました。

 それが許されるのかは別にして、これほどまでに撮影制限をする理由は何なのだろうかと思います。

 写真とは、感激を保存し、共有できるものだと思っています。

 しかし、奥州藤原氏の美の結晶。金色堂には幽玄の世界があったのです。

 この日は、平泉近くの一関で一泊。

【12月31日(日)】

 翌朝は、岩手を離れ国道4号線を南下。

 東北の背骨にあたる山岳地帯を目指すのですが、途中群れになって飛ぶ白い鳥を何度か見かけました。

 越冬に飛来している白鳥のようです。

 こんなところに、東北ならではの豊かな自然を感じます。

 山形の鳴子温泉に到着。

 コケシで知られます。

 この日の宿は、鳴子温泉郷にある中山平温泉でした。

 このころから悪寒がしだしたのです。

 昨年の夏休み、今回の旅とほぼ同じルートを回り「47都道府県制覇」は完結するつもりでした。

 しかし、お盆休みを使わなければ、現行プロジェクトをスケジュール内におさめるのが無理と分かり全てキャンセル。

 半年遅れになりました。

 たかが家族旅行。されど家族旅行です。それでも、テーマが旅に出る理由を与えてくれるのだと思っています。

 熱もだいぶ下がってきました。

 今日は今から蔵王へ移動します。

<目指せ、家族で47都道府県制覇>
47/47 全都道府県制覇

北海道

青森 岩手 宮城 秋田  山形 福島

茨城 栃木 群馬 埼玉 千葉 東京 神奈川

新潟県 富山 石川 福井 山梨 長野 岐阜 静岡 愛知

三重 滋賀 京都 大阪 兵庫 奈良 和歌山

鳥取 島根 岡山 広島 山口

徳島 香川 愛媛 高知

福岡 佐賀 長崎 熊本 大分 宮崎 鹿児島

沖縄

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