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清武

 6月30日(土)は清武弘嗣の壮行試合。長居スタジアムへ行ってきました。

 ドイツ1部リーグ、ニュルンベルクへセレッソ大阪から移籍するニュースは、各紙賑わせていました。

 ロンドンオリンピック代表のエースでもある清武は、今注目の選手。

 昨日の「情熱大陸」でも取り上げられていました。

 「野球じゃなく、サッカーの清武で皆さんに知って欲しい」とは、なかなか気の利いたコメントです。とても聡明な、気持ちの良い青年でした。

 長男が小学校からチケットを申し込み、当選したのが2週間前。それが、偶然この試合だったのです。

 ともてラッキーでしたが、その分観客は凄かった。来場者数は、今季ホーム最多の36,723人。

 入場ゲートから伸びる列は、1周2.8kmある外周ランニングコースの3/4くらいまでは伸びていました。歩いても歩いても、最後尾が見えずと言う感じ。

 やっとたどり着き、雨の中列に並ぶこと1時間。ようやく入った時は、試合開始から5分後でした。

 今回は長女も初めてのサッカー観戦。グズグズ言いながらも、時々お菓子を与え、何とか機嫌よく並べたのです。

 試合はのほうは、浦和レッズの鈴木啓太が先制。

 オリンピック代表の原口元気、柏木、安部、サブに元日本代表のFW田中達也とタレント揃いで、さすがに強いな、という印象。

 壮行試合のプレッシャーでガチガチだったとは、清武の弁。その言葉通り、いつもの切れはありませんでした。

 後半36分、清武はベンチに下がったのです。しかし、負けは避けたいセレッソ。ロスタイムに柿谷が何とか押し込んで同点。

 スタジアムは一気にヒートアップしたのです。

 試合後のセレモニーでは、香川真司が登場しました。

 前の背番号8だった彼も、この7月に、ドイツでの成功を引っさげ、マンチェスター・ユナイテッドに移籍です。花束を渡しエールを送っていました。

 その後、清武の挨拶があったのですが、とても晴れやかな笑顔でした

 壮行セレモニーが終わったのは10時頃。長男も見たいと言い、手を振ってスタンドを回り終えるまで、スタジアムに居たのです。

 清武弘嗣22歳。

 昨年の12月、初めて試合を観た時からファンになりました。
この試合では、密集したゴール前をトリッキーなドリブルで横に流れ、シュートを決めました。

 完全に、動きの次元が違うレベルでした。いつか海外で活躍するのだろうと思っていたのです。なので敢えて言いたいのです。

 「真司君にできるなら、僕にもできる」ではなく「僕にはできる」と言って欲しい。

 本田圭佑、長友佑都、イチローらがこのようなことを発言することは無いはずです。頑張れ清武。ホントに応援しています。

スキーのない人生

 月曜日はスキーの事を書きました。

 今でこそ、年に数回行く程度ですが、20代の頃は試合に出るため、毎週のように出掛けていました。また、現在の仕事にも大きく関わりがあります。

 父の趣味が夏は海、冬はスキーでした。

 3歳ぐらいから何となく滑っていたと思います。

 近所でスキーをしている友達は皆無。

 父に彼らを一緒に連れていって貰った事が何度かありました。

 当然私が一番上手いことになります。

 大学に入るまで自分より上手い同級生はいないと思っていました。

 知らないという事は悪なのです。

 大学受験の際に一浪。あきらめ悪くもう一年仮面浪人しました。
 
 しかし希望の学校には合格せず。

 すでに1年通っていた近畿大学の建築学科に通うことになります。

 絶対建築家になりたいと思っていましたが、大学では体育会に入ろうとも思っていました。丸坊主が嫌で、中学で野球を辞めてしまったことを、後悔していたからです。

 それなりに自信のあった、野球、ゴルフ、スキーをピックアップしました。

 ところが近畿大学の体育会は非常にレベルが高く、概ね日本のトップレベル。2回生から入りたいという私を受け入れてくれる所はありませんでした。

 スキー部には、当時木村公宣という選手が在籍していましたが、彼はオリンピック選手だったのです。

 現役で大学に入った友人から、競技スキーはとっても面白いと聞いていました。どこも受け入れてくれなかった事を話すと「じゃあ一緒にやれば」と、声を掛けてくれたのです。

 それから、週に3回甲南大学に通うという生活が始まりました。1991年、大学2回の春の事です。

 そんな経緯で、正規の大学の試合に出れない私は、国体出場を目標に据えました。

 大阪府から国体へ行けるのは3名。
 
 大学を出てからも、30歳手前くらいまで頑張りましたが、ベストリザルトは4位。

 未だ国体へは行けていません。

 まだ諦めた訳ではありませんが、学んだこと、得たことは沢山あります。

 他大学の体育会に付いてまわるという微妙な立場で、自分の存在を認めて貰いたければ、一生懸命練習するしか無かったこと。

 もう一つは、競技スキーという割にマイナーなスポーツであったが故に、普段では知り合う事のない、多くの大学、色々な世代の人と知り合えたこと。

 これは、競技スキーに打ち込んでいると言う共通項があったからに他なりません。

 私が独立するきっかけとなった「羽衣の家」はスキー部の先輩の両親の家です。

 続く「白馬の山小屋」は、私を可愛がってくれた先輩の両親が持つ山荘の改修。更に「spoon cafe」は、スキー部の後輩の店、「生野の家」もスキークラブの先輩の家なのです。

 これらのクライアントが居なければ、早くに独立することは無かったと思います。これら競技スキーの存在を教えてくれたのが、iceteeの代表を務める中学からの友人なのです。

 もし私の人生にスキーが無かったら、という想像はしません。あらゆる縁に感謝しながらも、全ては必然だと思っているからです。
 
 また、現実こそが唯一最高の結果。それ以外は全て仮定でしかないからです。

 それらに迷いが生じたら、すぐに行動を起こすだけ。これもスキー、仕事に教えて貰った事なのです。

障がい者スポーツ

 週末は奥志賀高原へ行っていました。

 久し振りに、スキーの試合にエントリーしていたのです。

 この日の予報は晴れ。

 快晴のゲレンデほど気持ち良いところはそう無いはず。

 iceteecupの試合に出るのは2年振りです。

 この試合はハンディキャップを抱えた人と、健常者が同じセットで勝負する数少ない試合なのです。

 チェアスキーは1本の板を体重移動だけで操るのですが、皆本当によくトレーニングしています。

 驚く程巧みに、旗門を通過して行くのです。

 幼児からマスターズまで幅広い年齢層が参加するのもこの大会の特徴。

 チェアスキーのすぐあとは、幼児から小学校3年生までの部門です。

 スタート前ですが、気持ちよく長男と写真を撮ってくれました。

 ここに来ている人たちは、とにかく明るい。

 彼らの滑りを見たあと、すぐ後に長男の出走。

 小2なりに緊張していました。

 彼の名誉の為に言うと、写真で見るより斜面はきついです。

 2本合計の勝負ですが、両方とも完走しました。

 私も完走しましたが、妻は1本目で転倒。下の娘はやっぱり怖いと出走しませんでした。

 順位は今後の課題にして、来年は家族4人で出たいと思っています。

 試合の後、子供達がゴンドラに乗りたいと言いだしました。

 志賀高原は本当に広い。

 父も一緒に行ったのですが、子供たちの世話をしながらも、楽しそうに滑っていました。

 父は仲間たちとスキー倶楽部を作っていました。

 年末年始はその集まりで、ずっと志賀高原で過ごしていました。

 本当に懐かしいところなのです。

 今回で下の娘も、中級コース位まで滑れるようになりました。

 この試合を主催するiceteeは、私の友人やその仲間たちが1999年に立ち上げ、運営しています

 スタッフの多くが、大学時代のスキー部の仲間なのです。

 完全なボランティア団体で、webサイトにある理念のままに運営されているのです。

 例えば、街中を車いすで移動している人を見たとき、どこまでの気持ちでそれを見ているかは疑問です。

 同じバーンで、同じ試合に出るチェアスキーの選手を目の当たりにした時、色々な事を考えます。

 自分で家から車を運転して、ホテルにつき、チェックインして、スキーの準備をして、この急斜面にあるスタート地点まであ上がってきて……

 そんな事を考えると、愛情のようなものが湧いてきます。一所懸命生きているんだなあと。

 見る。関わる。触れる。だから感じる。

 何も手伝いは出来なかったのですが、出来る限り参加を続けようと思います。

 この場を提供し続けてくれる事に感謝しながら。

イチバーン

 昨日の夕方。近畿道に乗って高槻へ。

 妻の実家で、子供たちを預かって貰っていたのです。

 さっと雨が降り、空気が澄んでいるのが分かります。

 着くと、風呂に行って、夕食も食べて行けば、という事になりました。

 近くに銭湯は、と聞くと、高台の新興住宅街にそれはないと。

 で、スーパー銭湯に行くことになりました。先週といきなり話が合わないのですが、無いとどうにも……

 玄関先に着くと、中から力士が出てきました。

 そういえば春場所は大阪で、この日は千秋楽。

 間もなく結びの一番という時、ここに居るので、まだ正式な関取ではないのかもしれません。

 それでも大きい。

 続いてまた2人出てきて、子供はかなり喜んでいました。

 出来れば一緒に風呂に入りたかったところです。

 高槻にある「かじか荘」が宿になっているそうで、辺りには沢山ののぼりが立っていました。

 相撲の巡業は、多くのパトロンによって支えられています。そんな人がタニマチ。 

 諸説ありますが大阪市谷町に住む医師が、相撲取りからは治療代をとらなかったことが語源とも言われます。

 日本で一番高い山は?と聞かれば「富士山」と誰もが答えます。標高は3776m。では2番目に高い山は?

 答えは「北岳」、3193mです。どの位の人が答えられるでしょう、という有名な質問です。

 1980年代、「イチバーン!」の雄叫びで人気者になったハルク・ホーガンというプロレスラーがいました。支援者の為にもやるからには1番を目指して下さい。これは当然自分にも言えることですが。

 ハルク・ホーガンは、アントニオ猪木との戦いで日本での人気を不動のものにして行きます。

 1984年、蔵前国技館では猪木をアックス・ボンバーで場外失神KOに追い込みます。猪木の悲願であった初代IWGPチャンピオンの座に就いたのはあまりに有名な話。(そうでもないかもしれませんが)

 その後、彼は「ロッキー3」にも出演。本当のハリウッドスターになります。「イチバーン!」を唱え続け、本物の一番になったのです。

世界基準

 昨日は、サッカーのU23が、ロンドンオリンピック行きを決めました。

 バーレーンに2対0で快勝。ニュースで見ると、セレッソ大阪の清武も1ゴールを決めたようです。たった1回、試合を見たのみですが、今後も含めて気になる選手です。次のステージへ早く行くべき選手だと思うのです。

 春休みに入り、オープンデスク、当事務所スタッフ募集等があり、何人かの若者が出入りしています。

 オープンデスク中の学生は、模型を創るのがとても早いのです。

 昨日も初期相談のスタディ模型を2つ仕上げてくれました。

 こちらは、大阪市内の狭小住宅。

 小学1年生とくらべると失礼ですが、質もなかなかのものです。

 狭小と言っても、厳密な定義がある訳ではありません。

 概ね20坪以下もしくは15坪下を指すことが多いのです。

 この敷地、12.5坪で間口は2.7m程、かなり縦長の敷地です。

 正面から見ると、その感じが良く分かります。

 サッカーの話に戻りますが、お気に入りのwebサイトがあります。

 作家、玉木正之のサイトで時々コラムが更新されるのです。

 随分前ですが、日本サッカーについて書かれたコラムがありました。以下に要約してみます。

 日本人の「世界観」はいつも変わらない。ことサッカーワールドカップになるとメディアは「世界と闘う」というフレーズを良く使う。

 日本が世界の外部にあるかのように。

 テクニックはあるが、得点力はない。決定力不足。ミッドフィルダーは育つが、フォワードは育たない。組織プレイは巧いが、個々の突破力は無い。それが日本人、日本社会の特徴。それが「世界」とは異なる日本文化……

 野球もかつて同じような事を言われていた。

 投手も本格派は「世界」に通用しない。横手投げと下手投げなら通用する。野茂の登場までこの論調は続く。

 打者もミートの巧い好打者なら「世界」に通用するが、中軸を打つスラッガーは無理。これも松井秀喜が覆す。日本的?なイチローは桁外れの「世界記録」をうちたてた。捕手だけは「世界」に通用しない。これも城島が覆してくれた。

 現在の常識も、おそらくこの程度の事だろう。単にサッカーが下手なだけ。これも運動神経に恵まれ、技術の高い選手が数人でてくれば、解決の方向に向うだろう。

 世界の外にいるのではなく「世界の一員」として闘えば、日本のレベルがわかる。わかればそこから新たな闘いを始めるだけ。スポーツとは、そういうものだろう。

 これは日本がワールドカップの決勝トーナメントに進む前のコラムで、現状はもっと進歩しています。しかし、日本だけが世界の外にあるという考え方はやはり存在します。それは個人のレベルでも同じように。

 「関西では、大阪なら、この地域には、○○家としては、私的には……」これらの考え方は、能力を伸ばすことに繋がらないと感じます。

 良いものは良い。駄目なものは駄目。
 
 この単純な考えを自分も実践したい。また、スタッフ、若者へ少しでも伝えたい。誰もが世界の一員。誰もが自然の一部。これは間違いありません。

サッカーの日

 土曜日は朝一番の新幹線で東京へ。
 
 「四丁目の家」の現場監理ですが、現地へ向かうのも11回目になりました。

 御堂筋線で淀川を超える時、うっすらと日が上がって来ました。

 晴れそうだと、やはり気分も違います。

 しかし関ヶ原あたりは大雪。

 徐行運転で、遅延する予定とアナウンスがありました。

 しかしこのエリアを通過すると、雲一つない快晴。

 雪を頂いた富士山は完全無欠。心洗われる美しさです。

 東海道新幹線は富士山の南を走っているので、こんな日は北側の2人掛けのE列がベストシートです。

 早朝の東京行きは空いています。進行方向右の3人掛け席なら、中央の席が空いている可能性も大。広く使えるという利点もあり、A列にするかE列にするかは悩ましいところ。

 ちなみに富士山のベストアングルはトンネルから出てすぐの富士川上です。トンネルから出たらすぐ。東へ走ると富士宮市越しになるので、どうしても絵になりません。

 現地へ着き、午前中は設計検査、昼からは施主検査。

 丸一日掛けての検査を終えました。

 詳しくは現場日記に。

 アメリカ行き以来、ずっと家族をほったらかしにしていました。

 日曜日は長男が入るサッカーチームの練習を見に行きました。

 この日は親子サッカーで、子供と対戦します。

 小学校からずっと野球だったので、サッカーはお世辞にも上手いとは言えません。

 それでも体は元気な方です。

 群がって来る子供を引き離すように、前線へ大きく蹴り出します。

 広いグラウンドで、思い切りボールを蹴るのは中々気持ちが良いのです。

 最後には親子PK対決。

 キーパーは妻です。

 左利きの長男が蹴ったボールは、ゴール右隅へ。

 突き刺さるという程ではありませんでしたが、しっかり決めました。

 校区内で集まっているチームのコーチは、ボランティアのお父さんお母さんです。

 安い保険代だけで、月2、3回サッカーを教えて貰っているのですが、本当に有難い事です。

 これに報いるには、プロサッカー選手になって……とまでは言えませんが、せめて元気に、礼儀正しいスポーツ選手になって欲しいと思います。しかし、低学年とは言え、上手い子は本当に上手い。

 夜は家族で、クラブワールドカップを観ました。まさにサッカーの日。

 世界のトップレベルの選手が集まる中でも、特別な存在感を放ったメッシ。スピードが異次元のものでした。

 2010年のワールドカップでは、力を出し切れなかった姿が嘘のような光景です。

 その際にも少し書いたのですが、メッシとアルゼンチンの関係、またはバルセロナというクラブの関係が微妙に影響しているようにも感じます。

 テレビ観戦であれくらい凄いなら、ライブで見ればもっとだろうな、などと思っていました。

 しかし、サントスのネイマールも、スター性抜群。ここでの一度くらい苦杯を味わっておいた方が、彼の将来の為になると思います。

 2014年のブラジル大会が本当に楽しみになってきました。

エスコートキッズ

 週末は長居公園へ行っていました。

 ここにはセレッソ大阪のホームグラウンドがあります。

 長男が町会のサッカーチームに入った関係で、エスコートキッズをすることになったのです。

 長居公園は自転車で行ける距離にも関わらず、ゲームを見るのは初めて。

 それどころか、サッカーの試合自体が初めてなのですが。

 Jリーグはこの日が今季最終節。

 普段の観客数がどのくらいなのか。

 この日の会場ははキンチョースタジアムで8割方は埋まっていました。正確には1万1千人の観客でした。

 チームを支えるのは熱心なサポーターなのだなと、目の当たりにします。

 ピンクのタオルは持っていませんが、楽しみにしている選手は、はやり清武。

 U-22サッカー日本代表、A代表、共に召集されており、結果を出しています。

 一昨年までは、現在ドイツで活躍する香川がセレッソの中心選手でした。

 イチローの時もそうでしたが、海外に行ってから近くで本物を観る機会があったのにと後悔するのです。

 清武もそんな選手になってくれるのでは、と応援しているのです。

 長男が選手と入場してきました。

 どの選手と手を繋ぐかはくじ引きらしく、対戦相手アビスパ福岡のキーパーと入場してきました。

 本物の芝のピッチに立つだけでも、良い経験だと思いますし、あの大きなキーパーを真近に見ることも、そうはない事です。

 ひと仕事終えた長男はスタンドに戻り、共に初めてのJリーグ観戦です。

 ほぼ飽きる事なく、応援していました。

 将来はバルサかと、一瞬想像するのはどの親も同じはず。

 テレビ観戦と一番違う点は、やはり音でしょうか。

 人と人のぶつかり合う音がだったり、全力でボールを蹴った時の音は、何と表現して良いか、ライブ以外では感じにくいものだと思います。

 注目の清武は、やはり動きの次元が違うう時間がありました。

 ゴール前の決定機で、緩急で相手をかわし、個人技でシュートを決めてくれました。

 その瞬間、総立ちになる客席。これが醍醐味なのだと分かります。

 ミドルシュートあり、PKありでセレッソは7得点。

 アビスパはJ2の降格が決定してういたのかもしれません。お祭りのような一方的なゲームでした。

 ただ、福岡の選手は最後まで手を抜いている感じは全くありませんでした。非常に好感がもてました。

 子供と手を繋いでくれたキーパーにとって、災難の日になってしまいましたが……

 帰りに小遣いでギョウザを買うと駄々をこねる長男。

 500円は高いだろうと思いながらも、これも含めて試合かと思ったり。

 サッカーの試合は時間が決まっているのがいいとは妻の弁です。なるほどと思いました。

 今季セレッソは下位に低迷しました。来季は香川が居た時のように優勝争いをして欲しいと思います。

 また応援に行ってみたいと思っているのです。

『住人十色』で「光庭の家」放映

 今週土曜日、午後5時から毎日放送『住人十色』「光庭の家」が紹介されます。

  撮影は3月14日で、先日「スタジオ撮影のノリもよく、全て編集も終わりました。後は放送を待つだけです」とディレクターから聞いていました。

 一昨日の番組で、ダイジェストが流れていましたがとても良い感じで、楽しみにしています。

 楽天VSオリックスのチケットを貰ったので、久し振りに甲子園へ行ってきました。

 昨日は天気も良く、絶好のデーゲーム日和。

 今回の震災で、プロ野球は開幕日程が変更になったり、ナイター問題もありました。

 最も影響を受けたのは仙台を本拠地とする楽天で、球場の変更を余儀なくされ甲子園での試合となったのです。

 しかし甲子園は本当に美しい球場です。

 ball parkという響きがピッタリきます。

 今年の楽天は、松井稼頭央、岩村の両メジャーリーガーが入団。

 42歳の4番山崎武司、好打者、鉄平と役者が揃っています。

 投手陣は、マー君こと田中将大と、昨年メジャーへの移籍が叶わなかった岩隈。

 新監督は闘将・星野と運命的なものも感じます。

 全国からの応援もあって、ここまで4勝1敗の首位。

 しかし、試合は1点を先制するも4点を取られ敗戦。オリックスが一矢を報いました。唯一大阪を名乗るチームなので、それはそれで良かったのですが。

 4番T-岡田はバックスクリーン横まで飛ばしそうな構えでした。残念ながらこの日ホームランなし。

 イチローがメジャーへ行った時、神戸に行けば何度でも見れたのに、と後悔しました。そんな事もあり、機会を作って試合を観にいこうと思います。
今度は長居スタジアムへサッカーを観にいくつもりです。

海外で評価を受けるには

 先週の土曜日、サッカーのアジアカップ決勝戦がありました。

 日本はワールドカップドイツ大会で苦杯を喫したたオーストラリアを破り優勝。放映は深夜にも関わらず、視聴率は30%を越えました。日本代表はその期待に応えました。
 
 週が明けて火曜日。日本代表のディフェンダー、長友佑都選手がインテルへ移籍すると発表がありました。インテルミラノは世界を代表する、セリアAの名門クラブです。

 彼が常日頃から口にしていた目標は「世界一のサイドバック」。ここがスタートなのかもしれませんが、大きな1歩を踏み出しました。

 このところサッカー選手の欧州移籍、活躍が立て続けに伝わってきます。移籍金がさほど高くないという背景もあるようですが、何より「勤勉さ」と「俊敏性」が評価されているとありました。

 メジャーリーグにおけるイチロー選手も同じことが言えます。その他アメリカに渡った日本のプロ野球選手も、一様に「勤勉さ」を評価され、選手内に良い影響を与えるとされるのです。

 これは、どんな仕事にでもあてはまるかもしれません。勤勉は良いと思います。では俊敏性は。

 決断力、決断のスピードと置き換えてみます。日本人は、意見を言わないとか、何を考えているか分からないと言われますが、論理的に、倫理的に、判断が出来ると考えています。

 決断は終わっているが、それを言うか言わないかだけの問題だと思っているのです。その仮説があっていれば、多くの人にかなりのチャンスが広がっていることになります。  

 長友選手の報道を聞き、アトリエmの目標もここに書きます。

「世界遺産」

 世界遺産に選ばれるには、10ある基準のうち、1つ以上に合致する必要があります。その一項目目は以下の通り。

 (i) 人類の創造的才能を表す傑作である。

 いちどある人に「生きている間にはかないませんよ」と言われました。それでも良いのです。この項を読んだ時はいつでも、力がみなぎるからです。

 リートフェルトのシュレーダー邸のように。

一級建築士事務所 アトリエm
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

メッシ

 昨日までとはうって変わって、今日は良い天気になりました。 

 オトギリソウ科のキンシバイはこの時期に花を付けます。濃い黄色が太陽によく映えていました。

 明日の未明は、決勝トーナメント進出を掛けて、日本とデンマークが戦います。なんとか起きて、リアルタイムで見たいところです。

 すでに予選を突破を決めている国の一つがアルゼンチン。隣国ブラジルと共にサッカー大国です。

 監督のディエゴ・マラドーナは「メディアは選手に謝るべきだ」と発言しました。非常に厳しい母国のマスメディアへ向けてのものです。

 チームの中心選手はリネル・メッシ。今回のワールドカップで最も期待される22歳です。テレビで紹介されていました。 

 メッシは幼少の頃から、体は小さいものの卓越した技術と才能をみせ、クラブチームで頭角を表します。体が小さいのは成長ホルモンの問題と分かり、医師にホルモン注射を勧められるのです。

 多額の費用が必要になったメッシの父親は、クラブチームに援助を求めますが、クラブ側は拒否。スペインの強豪チームに活路を求めることになります。

 これを受け入れたのが、スペイン一部リーグのFCバルセロナ。現在もメッシの所属する名門チームだったのです。

 13歳からスペインで活躍する天才フォワードは、当然アルゼンチンでもヒーローだと思っていました。期待はもちろんあるのですが、代表チームでは未だその実力を発揮しきれていないようです。

 国内では「スペインに居る時は最高の選手だが……」という非難もある程。サッカーを続ける為、やむなく海を渡った、サッカー選手の栄光と悲哀でしょうか。

 アルゼンチンが前回優勝したのは1986年のメキシコ大会。現監督のマナラドーナが大活躍しました。準々決勝のイングランド戦では、神の手ゴール、5人抜きゴールとすでに生きる伝説です。1982年フォークランド紛争の陰を落していたアルゼンチンの英雄となったのです。
 
 メッシは今大会未だ無得点。アシストを決めた場面が流れていましたが、流石の動きでした。

 「私はマラドーナにはなれない」という発言を受け、監督は「君は君のプレーをすればいい」とアドバイスしました。英雄になるか、それとも……

 決勝トーナメントのメッシが気になります。