カテゴリー別アーカイブ: 02 ことば・本

過去という事件‐1115‐

■■■11月23日(日) 3:30pm~6:00pm 堂島アバンザ2F
ジュンク堂<大阪本店>にて「無料相談会」に参加■■■

 先週の日曜日、義父の里で子供が柿とりをしてきました。

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 柿は果物としては珍しく、日本の固有種です。

 イタリア語でも複数は「カキ」。ただ、1つなら「カク」と言うそう。

 庭のセンリョウも、赤い実をつけていました。よく見ると、セミの抜け殻が。

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 セミの鳴き声が聞こえなくなり3ヶ月。殻が音を立てるはずもありませんが、全く気がつきませんでした。

  空蝉の 身をかえてける 木のもとに

 なほひとがらの なつかしきかな

 (蝉が殻を脱ぐように、衣を脱ぎ捨て逃げ去ったあなた
  その人柄が懐かしい)

 過去に一度だけ関係を持った光源氏と地方役人の後妻だった空蝉。慎ましやかな空蝉に、光源氏は惹かれ、更に迫ります。

 しかし、その身分や立場ゆえ悩み、上着だけを残し、音も無く逃げたと言う場面です。

 「源氏物語」は紫式部が平安後期に書いた小説です。このような光景をみて着想を得たのでは……

 千年の時を遡り、紫式部と私はつながりました。勝手な想像ではありますが。

 火曜日には、明治時代だろうという住宅の調査へ行って来ました。その古びた瓦、土壁の中で、確かに人は暮らしていました。

 梯子のように急な階段。電気もなく、背割り排水による汲み取りのトイレで、人々は確かに暮らしていたのです。

 未来は現在の”影”でしかないが、過去は現在を知る宝庫でもある。

 私は人の過去にふれてみたくなる。

 はるかに刺激的で魅惑的である”過去”という事件。

 -山本隆司- エディター

 百年、千年の時を越えて人の過去に触れてみたくなる。そういう自分が確かに居ます。

水で満たされた器にお湯を注ぐ‐1111‐

 今回は、この日記は1111回目。

 つぎのゾロ目は2222で、10年と8ヵ月後。54歳のときです。その次は65歳。この位になってくると、ちょっと想像できません。

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 朝晩は冷えるようになりましたが、近くの杭全神社では、モミジが色づき始めています。

 読書の秋。ここ最近で、最も感じ入った本の話です。

 中村天風の口述を作家・宇野千代によって文章化された「中村天風の生きる手本」。

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 1876年生れの中村天風は、当時死の病であった結核を患い、人生を深く考えるようになりました。

 真理を求め欧米を歴訪。その帰り、カイロでヨガの達人と出会います。真の健康は「心」と「体」両方の問題であると教えられ「心身統一法」として実践哲学を確立するに至るのです。

 バルチック艦隊を撃破した東郷平八郎。「財を残して下、事業を残して中、人を残して上」と言った、初代東京市長の後藤新平。松下幸之助、稲盛和夫など。多くの識者にその「天風哲学」は支持されました。

 師との出会いの挿話をまとめてみます。

 肺を患う天風は、カイロの宿で「おまえを助けてやるからついて来い」とあるインド人に言われます。

 3ヶ月もあちこちに寄り道をし、ヒマラヤ山麓の村に到着します。更に2ヶ月が過ぎても、一向に何も教えて貰えません。

 ある日「いつになれば、私が助かる方法を教えてくれるのですか」と詰め寄ります。

 「私はここに着いた次の日から教える準備ができている。しかし、おまえの準備が出来ていない」と言われます。

 そんなことはない、私はずっと準備ができていたと反論する天風。

 そのヨガの達人が「では教えてやろう。その器に水を一杯に注ぎなさい」。更に「もう一つの器にお湯を一杯に注ぎなさい」。

 「水の器の上から、お湯を注ぐとどうなる」と問われます。

 「文明の民族は、水が一杯に入った器にお湯を注げば全てこぼれることを知っています」と毒づく天風。

 医学も学んでいた中村天風は、インドを少し下にみていました。屁理屈がいっぱいに詰まった頭では、何を教えてもこぼれるだけと、教えられたのです。

 ヨガの達人は「ようやく分かったようだな。今夜から俺のところに来い。生まれたての赤ん坊のようになって来いよ」と言ったのです。

 入る余地がなければ、新しいお湯が貯えられることはない。限りなく単純なこの真理。

 中村天風師にとって、ここが人生の分岐点なのだとしたら。大変なことを聞いてしまったような、ワクワクするような……

メディア3題‐1109‐

 8月末に撮影のあった「柏の家」が、『月刊ハウジング12月号』に掲載されました。

 10月21日発売の「365日エアコンいらずの家」という特集で紹介されています。

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 9月20日(土)『ビフォーアフター』再放送あと、子供の運動会がありました。

 校門で誘導のボランティアをしている父兄から「みせて貰いましたよ」と声を掛けてもらいました。また再放送でしたが「感激を伝えたくて」とメールがあったりもしました。

 自分が直接会える人は限られています。メディアを通し、出来るだけ多くの方に知って貰うことは、私達にとって大切なことです。

 住宅誌なら、編集部が「載せたい」と思わなければ、広告費なしでの掲載はありません。他の建築家と、競争の上選ばれるものなので、採用が決まればとても嬉しいもの。

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 月曜日の夜は、イタリアの建築家が事務所を訪問していました。

 当事務所のスタッフ、マルコの彼女は大学で先生をしています。

 この夏、海外の大学調査のため、母国イタリアに派遣されていました。その際、ベネティアの大学で知り合った先生が、反対に日本に派遣されてきました。

 彼女の彼が偶然建築家で、2人でアトリエ訪問となったのです。

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 こんな時も、映像の威力は絶大。私のつなたい英語を補うにあまりあります。

 日本の長屋、リノベーションなど、かなり興味をもってみていました。

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 同業ゆえ、気になるのは普段の仕事です。特に図面は関心してみていました。「日本の図面は、イタリアよりかなり詳細に描かれている」と感心していました。

 イタリア語、英語、日本語がいりみだれ、通訳のマルコは大変でしたが。

 一作日、当事務所の作品が、ドラマのロケに使われるかもと一報がありました。

 テレビとは(テレ=遠く)+(ビジョン=視界)からきます。インターネットの勢いはとどまるところをしれませんが、ワクワク感、お祭り感で言えば、他のメディアを寄せ付けぬ存在です。

 また詳細が分かれば、またここで報告します。

必要に迫られると、すぐに実力を発揮する‐1108‐

昨日の夕方。飛行機雲が長く、はっきりみえました。

やはり、今日は朝から雨。

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ここのところ、娘が喘息気味で、数日学校を休んでいました。

本来なら、入院が必要な程の血中酸素との診断ですが、本人は至って元気。

気管支が細いので、常にマラソン選手が高地トレーニングをしているのと同じ。酸欠状態に慣れているからだそうです。

依然、要入院レベルですが、元気だということで今日から登校しています。喜んでよいのか、微妙な感じではありますが。

屋外で遊ぶのもNGということで、昨日は車で「TRACK」という家具屋へ行ってきました。

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知っている人も多いかもしれませんが、私のクライアントは、この店で家具を買う人が多くいます。

「城陽の家」はダイニングテーブルを。

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「イタウバハウス」はダイニングテーブル、チェア、そしてソファ。

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テーブルが20万円くらいからで、イスが5万円くらいから。ソファは更にします。凄く高く無くとも、安くはありません。4年ほど前に現住所に移ったようです。

私は初めて店舗へ行ったのですが、この駐車場に感激しました。6台駐車できる一番端のエリア。

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電信柱を支えるワイヤーを、一旦水平に持ち出したアームから垂直に引っ張っています。

おそらく2000年くらいの創業で、創業者は同じような年代だと想像しています。着実に根強いファンを増やしていると思っていました。

「何とかなる」ではなく「何とかする」という気迫を感じます。

人は必要に迫られるとすぐに実力を発揮する。
 -ピタゴラス-

そう考えると娘も同じ原理と言えそうです。

物語は半分だけ作る‐1107‐

 先週から今週にかけて、当事務所のwebサイトに4つ作品をUPしました。住宅が2つ、店舗が2つ。

011西夕景

 「黒壁の家」は、若い夫妻と大阪に建てたコートハウスです。

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 「神戸の高台の家」も、若いご夫妻とのリノベーション。

 この家が古家だった時、ご主人と現地視察に行きました。「この家、買ってもよさそうですか」とご主人。

 プレッシャーの掛かる質問ですが、「良いと思います」と答えました。いい家になるだろう、するしかないと考えていました。

 キッチンの上にロフトを設けています。元は屋根裏の部分で、神戸の街と大阪湾を一望できるよう考えました。

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 先週水曜日、10月8日は皆既月食。

 クライアントが、その写真を当日送ってくれました。

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 こんばんは。今日はロフトから月食が見えたので写真を撮ってみました。夜景と赤い月がいい感じに収まったのでお送りします。

 夜景がきれいなのもいいですが、こういう特別な絵が見られるとロフトの価値が最高に高まりますね。
 
 本当にいい設計をして下さりありがとうございました。

 「黒壁の家」の和室は、中庭に面しています。

115ダイニングから中庭

 当面は子供の遊び場ですが、将来は奥さんの両親がここで暮らす予定です。

 サイトには、奥さんのコメントを掲載さて貰いました。

 構想2年、建築まで計3年の月日を費やした我が家。オシャレな家が好きだったのもありますが、その次に、いつか親と一緒に住むためのものでもあり、色々思い入れがあります。

 お年寄りと接する仕事をしてる関係、色んな人の老後を見ます。幸せな人、そうでない人。現実は厳しいもんです。

 わが親だからケンカするときもあるけど、良かったと言える最期を迎えてほしい。親にそうさせてあげれたら、自分もそうなれるかなと。先のことは分からないけどそうあってほしいなと思います。

 とりあえずは目の前の生活を一生懸命頑張ります!ローンの為に…☆

 何と表現すれば良いのか……清々しい気持ちになります。

111ダイニング

 元リッツカールトン日本支社長の高野登氏は「哲学とストーリーは両輪」と言いました。

 お客様から聞かせて貰ったストーリーをストック、共有することで、よりクレドを浸透させて行く。

 リッツカールトンでは哲学を、ラテン語で「志」「信条」「約束」を意味する「クレド」と呼びます。

 建築設計、デザインにおいて、余白が大事だと考えてます。作りこみすぎたり、技のオンパレードになると、感情移入したり、ストーリーが入り込む余地が無くなってしまうのです。

 劇作家、寺山修司はこう言いました。

 物語は半分作って、後の半分は観客が補完して一つの世界を作っていく。余白が無いといけない。それが演劇の可能性だ。

 多くのストーリーを共有させて貰い、それを糧に新たなクライアントと未来の幸せを約束する。幸せとプレッシャーもまた両輪です。

 店舗にはまた違ったストーリーがあります。こちらは、次の機会に。

一所懸命、一万時間‐1100‐

 明日は彼岸の中日。

 今日も空高く、気持ちの良い秋空です。昨日は、三宮のジュンク堂で相談会に出ていました。

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 前日、『大改造!!劇的ビフォーアフター』の再放送があったので、何人か来られるかなと思っていましたが、相談は無し。

 私も、当日の新聞で知ったので、全く告知できませんでした。しかし、神戸は緑が近く、旅情さえ感じます。

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 そのジュンク堂入り口脇に有る店舗は、間口1.5m。

 鰻の寝床ほどの、奥行きもありません。

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 先日、近所で見かけたマンションは巾2.2m。


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 こちらは廃線に沿っての細長い建物。竣工時は、騒音対策で全て閉じに掛かったのでしょう。

 しかし人は逞しいものです。

 今月上旬は、テニスの話題一色。9月9日、錦織圭選手が全米オープンで準優勝しました。

 今回も、小学校の卒業文集が新聞に載っていました。「夢は世界チャンピオン」とあります。もう驚く人はいません。

 世界のトップレベルまで行くアスリートは、小さい頃から、明確な目的、強い意思をもっている場合が殆どです。

 もうひとつ目に止まったのが「練習で一所懸命やった結果が出た」という箇所。これは、小学生日本一になった事に続く文章です。

 NHKのwebサイトには「どちらも間違いではないが、一生懸命のほうが一般的。放送でもそちらに統一している」とあります。

 しかし、元は一所懸命で「昔、武士が賜った『一か所』の領地を命がけで守り、それを生活の頼りにして生きたこと」とあります。

 「一万時間の法則」とは、ひとつの事に一万時間打ち込めば、必ず突出した結果がでるというものです。

 小学生、中学生が毎日、放課後に3時間、懸命に練習したとします。1ヶ月で90時間。1年で約1000時間。これを10年続けて1万時間。

 14歳から始めれば24歳。10歳から始めれば20歳。錦織圭、ゴルフの石川遼、松山英樹はこの法則を証明していると言えます。一生でなく、一所なのです。

 1日9時間なら3年で1万時間を達成出来ます。

 自分の仕事に置き換えてみて、十分成果がでていないとすれば、懸命さが足りていない以外、理由はありません。

 初めの1時間は今からだって問題ないはず。2017年9月22日には納得できる結果が残せるように。

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【News】
『ハウジング9月号』7月19日発売に「あちこちでお茶できる家」掲載
『家は買わずに建築家とつくる。』2013年11月20日発売に
「あちこちでお茶できる家」掲載
大阪の住まい力アップ:第1回 リフォーム・リノベーションコンクール 「住之江の元長屋」が戸建部門、最優秀賞を受賞しました
■2013年1月6日(日)放送<「匠」が選ぶビフォーアフター大賞2012>「住之江の元長屋」が空間アイデア部門2位に選ばれました

【Events】
■9月30日までヨドバシカメラB2Fソフトコーナーにて
「加美の家」「あちこちで茶できる家」「池を望む家」の模型を展示
メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

木村の後に木村なし‐1096‐

 9月8日(月)は雲のない中秋の名月が見れました。

 三脚を構え、じっとファインダーを覗いていると、月が惑星なのだと改めて認識します。

 「王や長嶋がヒマワリなら、オレはひっそりと日本海に咲く月見草」

 野村克也は自身を評してこう言いました。

 月と太陽、陰と陽が、この世の中には存在します。

 どちらも味わいつくした、柔道家、木村政彦。

 著者、増田俊也は18年に渡る取材を経てその人生を描きました。

 1000頁を超えるノンフィクションですが、ぐいぐいと引き込まれて行きます。

 戦前、戦中、戦後、15年間不敗で柔道界の頂点に立ち続けた木村政彦。

 「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と言われました。

 しかし彼がプロとなった為、アマチュアリズムをうたう柔道界から、その存在は消し去られて行きます。

 彼の人生を縦糸に。柔道史、総合格闘技史、プロレス史などを横糸に話は展開して行きます。

 クライマックスは2つ。

 1951年10月23日、ブラジル、マラカナンスタジアムにて、グレーシー柔術の創始者、エリオ・グレーシーを破った一戦。

 3万人の観衆を集め、大統領の前で、国民的英雄を下した真剣勝負でした。

 そして、1954年12月22日蔵前国技館にて、力道山にノックアウトされた一戦です。

 この不可解な敗戦により、その名前は地に墜ちます。また、関係者は忸怩たる思いをずっと抱えてきたのです。
その汚名をそそごうと、柔道経験のある筆者の荒い呼吸が伝わってくるようです。しかし、結論はここには書きません。

「飢餓海峡」 水上勉
「沈まぬ太陽」 山崎豊子
「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」 増田俊也

 この10年、最も心に残った三冊にはいずれも同じ匂いがします。戦争が、それぞれの人生に暗く大きな影を落とし、運命を狂わせているのです。

 全盛期を戦争に翻弄され、戦後は影の人生を生きた木村政彦。読破感、幸福感は全くありません。

 しかし、読後に何度も、木村政彦のことが浮かび上がってきます。これだけ後を引く本はなかなかありません。間違いなく、ノンフィクションの傑作です。

他力の風があなたを後押ししてくれる‐1094‐

 昨日今日と、横浜で盛和塾の会合に参加しています。

 パシフィコ横浜にくるのは、夏の恒例行事になりました。

 赤レンガ倉庫。

 夜の中華街。

 日本に先駆けて、世界を受け止めてきたのが横浜です。

 京セラを27歳で創業し、1代で1兆円企業へ。

 電電公社に戦いを挑むため創立したKDDIとauの連結決算は4兆円。

 政府からJAL再生の要請を受けたのが2010年。

 2年で世界最高収益を出す航空会社へと復活させました。

 その稲盛さんから、経営の神髄を学びたいと集まってできたのが盛和塾。結びの講和を聞いた帰り、新幹線でこの日記を書いています。

 「人生という大海原に航海へでるとき。美しい心、美しい思いで、帆を上げなさい。 そうすれば、宇宙に吹く他力の風があなたを後押ししてくれるでしょう」

 哲学的な表現ですが、本当に世の為、人の為になることなら、必ず何かが後押してしてくれる。自分の得だけを考えていては、誰の共感も得られないという意味です。

 私利私欲に満ちた帆は穴だらけで、その風は受けられないとも。

 イメージ通りに進まないとき、自分の帆を見上げてみる必要があります。

お祭り男‐1093‐

 9月1日の月曜日。

 夏休みボケしている子供達にとっては、長い1週間になりそうです。反対に、世のお母さんは「やっと終った~」でしょうか。

 土曜日は「柏の家」の雑誌取材で千葉へ。

 家族全員が揃ってのカットはダイニングで撮影。

 ご主人が言う「妻と子供はお祭り好き」の通り、とても楽しそうです。

 お兄ちゃんは5年生。

 半年振りですが、体が急に大きくなりました。

 しかし、いつもニコニコと明るいのは変わりません。

 サービス精神旺盛で、つい周りが気になります。

 カメラマンに「本をみてくれる~」と言われていました。とても可愛いのです。

 自分で飼っている「ウサギも撮って!」とお願いしていました。

 撮影したので、誌面に載るかもしれません。

 作業部屋は、奥さんが趣味の工芸をしたり、数ヶ月に一度お店になるスペース。

 撮影を積極的に手伝ってくれます。

 ロフトにあるサッカーミュージアムはご主人の城。

 更にグレードアップしています。

 レイソルサポーターが柏に建てた家。

 撮影はスムーズに進み、2時間半で終了しました。

 ここ数年続いていた、関東圏の仕事がこれで一旦終了です。

 横浜DeNAの中畑監督。現役時代「お祭り男」と呼ばれていました。

 面白き こともなき世を面白く

住みなすものは 心なりけり

この夏訪れた長州藩士、高杉晋作の辞世の句。

どうせなら、毎日を楽しく過ごすようにしたいものです。

迷ったら即行動‐1087‐

 今日の大阪は、台風一過の青空。

 台風11号は、関西の西を縦断するルートをとりました。

 昨日は、京都水族館へ行っていました。

 京都は少しはましかな、と予想。

 これが、台風を甘くみたことになりましたが。

 朝一番に水族館着。通過した頃に帰ろう。

 行って閉館ならそれもやむなし、と思っていました。

 流石に人も少なめ。 のんびりしたムードで、子供達も大水槽前に座りこんで観ていました。

 2012年オープンと新しいだけあり、展示にも工夫されています。

 アザラシが休憩したくなる、円筒型水槽。

水が動かないからなのか、いつも何匹かが昼寝しています。

 昼が近づくにつれ、人出も増えてきました。

 小さな子供がいる家庭はどこも同じだと、妙な親近感が沸くのです。

 イルカショーも、工夫されています。

 ストローを加工した笛が配られ、全員で練習。

 しかし、イルカショーは、経験がものを言うと良く分かりました。

 白浜、須磨、みさき公園のレベルの高さは、トレーニングの賜物だったのです。

 頑張れ、イルカと若いトレーナーズ。

 昼過ぎに館を出てJR京都駅に到着。構内に入ると、京都―大阪も運休と知りました。

 私鉄が動いていないか調べましたが、アクセス集中で繋がらず。まず京都駅を出て、地下鉄で四条まで移動。
 
 阪急は特急のみ運休。徐行運転でしたが、大阪まで帰ってこれました。桂川をみると、遊んでる場合ではなかったかもと、思いましたが。

 JRは運休が早い。通学の7年間、阪急京都線が止まったことはない。復旧も早いだろうと判断し、移動しました。大阪に戻った時点で、JRは運休のままでした。

 迷ったら即行動と決めて10年以上。行動して結果が悪くなったケースは5%以下だと思います。

 もっとも、若い頃のイメージは、50/50のイメージ。これだと、周りは「どちらでも良かったんじゃない」という評価になります。

 ここが分岐点で、人は失敗を恐れるというより、その後の非難を恐れるのです。

 出来るだけ情報を集め、冷静に判断。ベストと思う選択をして、結果が悪くなることはありません。勿論、判断する技術も多少は上がったと思いますが。

 運休を告げるアナウンスが繰り返し流れる車内。その雰囲気は誰もが知る通り。文句を言っても、悪態をついても電車は動きません。

 よって若者が「行動」へ舵をきったときは、必ず応援する。自分も含めてですが、応援できる人って、本当に少ないと思うのです。