カテゴリー別アーカイブ: 01 旅・街

長田

 昨日は神戸市の長田に行っていました。

 長男が新聞で、鉄人28号を見たのです。新聞には一週間ほど前から、足元の柵が撤去されたとありました。

 震災後、この街に来たのは初めてです。

 JRの新長田駅の南西すぐに、ありました。

 実物大、18mの鉄人の迫力はかなりのもの。
何よりかっこいい。

 マンションを背景にしても更にかっこいい。

 このあたりは震災時、火災による焼失が最も大きかった地域です。

 原作者、横山光輝が地元の出身ということで、鉄人が復興のシンボルに指名されました。

 駅の北側は、以前、靴の工場が軒を連ねていたそうですが、今はほとんどが住宅でした。

 近所のおばさんに聞いても、工場は数える程しか残っていないと言っていました。

 昼食には、この辺りの名物「そば飯」を。

 焼きそばに、ご飯を入れたものですが、なかなか美味しかったです。

 30歳くらいの店主のお兄さんが「お台場のガンダムは撤去されたけど、鉄人はずっと居るんです。そういう造りになっているんです」と誇らしげに教えてくれました。

 このイベントで、お客さんが随分増えたそうです。しかし震災時に、街を離れた人があまり戻ってきていないとも言っていました。

 災害に強い町をとの掛け声で、土地区画整理が行われ、道は広く整理されていましたが、正直に言うと街としての魅力は感じませんでした。

 ここが間違っているといえる部分はありませんが、人が戻らないというのは分かる気がします。

 これが正しいと言われても、愛着がもてないのだと思うのです。

学園前

 今日は朝から久し振りの雨。

 ハナミズキが実を付けていました。

 土曜日は、写真スタジオのクライアントが、知人との食事会に誘ってくれました。

 ホストの夫妻は、最高の手料理でもてなしてくれました。いつかこんな事がしたいという夢もあります。

 場所は、近鉄の学園前。生駒市と奈良市の中間に位置します。気になる街だったのですが、初めて降りました。 

 駅周辺は再開発があったようで、かなり整理されています。

 駅から少し歩くと、大きな区画の住宅街が続きます。

 もう少し離れると、ところどころに畑や田圃が残り、良い感じで高低差もあります。とても住みやすそうでした。

 田圃からは藁を焼くにおいが。30年前は、私の地元でも多くの田圃がありました。鼻の記憶は、一瞬にその頃を蘇らせます。

 ウキペディアによると、大阪にある帝塚山学院が、1941年に近鉄に誘致され、学園前という名がついたようです。現在は、近鉄奈良駅と同じ位の利用客があります。

 長谷工アーベストが調査した、「住んでみたい街(駅)ランキング2007関西編」では20位。奈良県内では1位でした。

 数年前、パイロットの方から聞いた話があります。その人は大阪府出身。職場である空港も大阪ですが、学園前に住んでいました。ちょっと気になり聞いてみたのです。

 家を買った1970年代、日本は高度成長期の真っ只中でした。フライトで生駒山を越え、伊丹空港への進入ルートに入ると、空気の色はどす黒く、こんな所には住めないと思ったそうです。

 歩いてみても、街に愛着があるのはよく分ります。家に愛情が掛けられているのです。綺麗にしているとか、豪華とかだけではなく。

 この調査、関東編と違って、大方の人が自分の住むエリアをあげたそうです。ここ2年、関西では調査されていないのは、代わり映えしないからでしょうか。

 最後に、そのランキングを載せておきます。あなたの街は。私の街は。

1位 阪急 「夙川」 80
2位 阪急 「西宮北口」 71
3位 阪急 「岡本」 68
4位 阪急・JR 「宝塚」 67
5位 阪急 「芦屋川」 51
6位 阪急 「茨木市」 47
7位 JR 「高槻」 46
8位 北大阪急行・大阪モノレール 「千里中央」 45
9位 阪急 「御影」 44
9位 各線 「三宮」 44
11位 JR・大阪市営地下鉄 「天王寺」 42
12位 各線 「梅田(大阪)」 41
13位 阪急 「高槻市」 35
13位 JR 「芦屋」 35
15位 阪急 「豊中」 34
16位 阪急 「六甲」 32
16位 各線 「難波(なんば)」 32
18位 阪急 「桂」 31
19位 JR 「茨木」 29
20位 阪急 「池田」 27
20位 京阪 「樟葉」 27
20位 京阪 「枚方市」 27
20位 近鉄 「学園前」 27

上げ膳、据え膳

 昨日、一昨日は、白浜へ。友人家族が、会社の保養所に招待してくれました。

 出産が同じ時期で、長男はほとんど同じ誕生日。子育ての苦労も共有出来るのが、妻にとっては何よりです。ご主人も含めて、年に1、2回はお会いするのです。

 共に朝5時頃大阪を出発して、まずはアドベンチャーワールドへ。

 私達が行った中では、過去最高の人出でした。

 朝一番のマリンライブは立ち見まで。

 何とか2家族、6人分の席を確保出来ました。

 サファリ内を回る列車は2時間待ち。

 父親2人が、車内でダウンしている間、4歳児とお母さんは、歩いてサファリを回ってきました。

 2時半頃まで十分遊んだ後、今日の宿へ。

 白良浜のすぐ近くで、大人が一泊2食付きで5000円弱。流石に大きな会社は違います。

 しかも料理は美味しいし、ビールは一瓶350円。

 値段の事ばかりで何なのですが、やはり嬉しいものです。

 翌朝近所をジョギングすると、日本3大古湯だけあって、趣きある温泉ばかりです。

 岬の先端にある「崎の湯」は、まだ開業前でしたが、早くも入浴客が待っていました。

 日本最古との看板も。

 こちらは「牟婁の湯(むろのゆ)」の源泉のひとつ、行幸源泉(みゆきげんせん)。

 「日本書紀」や「万葉集」にも登場するだけあって、情緒があります。

 白良浜には朝早くから散歩する人の姿も。

 朝食の後、白浜を見下ろす位置にある、平草原のフィールドアスレチックへ。ここは無料です。

 4歳の2人には難関でしたが、2km、18アトラクションの行程を、2時間かけて踏破しました。

 小さい頃、兵庫の神鍋高原にある、アスレチックに行ったのを思い出しました。

 コースから少し外れると、旧白浜空港の滑走路が。

 立ってみると、今まで見たことのない景色でした。

 クワガタムシがいたり、何か起こるのが野外の良いところです。

 帰りは田辺IC近くにある秋津ガルテンで食事をしました。

 小学校の校舎を利用した、バイキングで大人900円、子供450円。

 家庭料理のようなメニューを中心に、コーヒー、梅ジュースまであって、特に女性は楽しいと思います。

 帰りの渋滞部のみ、下道を走って、3時間程。

 大阪には4時頃帰って来ました。1泊2日、白浜の旅。天気も予想より良く、子供達は満足してくれたと思います。

 妻が一番嬉しいのは上げ膳、据え膳なのです。

港・横浜150年

 火曜、水曜と、横浜へ出張に行っていました。

 新大阪-新横浜は新幹線で約2時間。

 JR、地下鉄と乗り継いで、みなとみらいというエリアへ。日本丸越しに、インターコンチネンタルホテルが見えます。

 このあたりは、日本一高いランドマークタワーや、パシフィコ横浜など、大きな商業施設が建ち並びます。 

 今年は横浜開港150周年で、そのイベントが開かれていました。

 鎖国中の日本に、1853年ペリーの黒船来航。1858年ハリスとの日米修好通商条締結。そして1859年の開港となったのです。

 その際に開港されたのは、長崎、函館、新潟、神戸。ここから少しずつ開国は進んで行ったのです。

 その雰囲気は街並みにも見て取れます。

 これは中心部の馬車道通りにあるガス灯を模した街灯。

 1872年、日本で初めて、ガス灯に火が灯ったのはこの地。他にも、新橋-横浜間に初めて蒸気気機関車が走りました。

 これらの話しは、全てタクシーの運転手に聞きました。

 関東のタクシーは愛想が……などとも聞きます。今回乗った2台は、ともに気さくな人でした。

 運転手がムスッとしていると、知らぬ街に来たワクワク感も台無しです。距離が短かい時は、こちらも申し訳なく思っているのですから、せめて普通でお願いしたいのです。 

富士山

 この夏期休暇の間、山梨県へ行っていました。

 出発した8/14(金)は、地震の影響で東名高速の袋井~焼津間が不通。渋滞予想もあったので、3:45amに大阪をでました。

 不通の区間は下道で移動です。ドライブがてら、県道を遠回りしてみました。

 静岡だけあって辺りは一面の茶畑。

 焼津から高速に乗りなおし、富士ICを降りたのが10:00am頃。

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 この日は生憎の曇り空。景色はあきらめて、牧場に寄りました。

 乳搾り体験は終わっていたので、子供には練習機で。

 富士五湖をぐるりと回って5:00pm頃、ホテルに到着しました。

 8/15(土)は朝から晴れ。しかし富士山だけはスッポリと雲の中。

 今年に入って、4日見に来ましたが、まだ一度も山頂を見ていません。何とか見れないかと、5合目まで上がってみました。

 ♪頭を雲の上に出し~♪

 とはならず、これも駄目。登山する人達の多さに圧倒されて、早々に退散です。

 最終日に期待して、夕食は山中湖畔のレストランへ。

 甲州牛の陶板焼きは5000円。この焼き方が名物のようです。

 ちょっと奮発しましたが、かなり満足の味でした。

 食後、夕涼みに浜辺へ。

 いつの間にか雲がとれていました。

 暫くの間、感激です。

 8/16(日)は打って変わって朝から快晴。

 近くにある、森の中の水族館へ。

 ここは淡水魚専門の水族館でこじんまりとして中々に良いのです。
 

 水盤のある公共施設は数有れど、水とここまで密接な建物は中々無いと思います。

 木陰から、水中をのぞいている感じなのです。

 山中湖花の都公園は、ヒマワリが一面に咲き、素晴らしい景色でした。
 
 今回は富士山を見る旅。

 やはり、日本一以外に例えようの無い、流石の美しさでした。

お盆は混むもの

 長かった梅雨が明け、高校野球が始まり、気が付けば今週末はお盆です。

 先日クライアントと、里帰りの話をしていました。奥さんの実家は愛媛県の西側の海、豊後水道に面した島でした。海は美しく、天気の良い日は大分県まで見えるそうです。しかし帰省は一日掛りという話になりました。

 本州から四国に渡り、四国を東から西へ横断し、最後は船で島へ。お子さんも小さいので、大変だろうなと思いましたが、何というか、聞いているだけでワクワクしてきたのです。

 私が小さい頃は父と母の郷里へ帰省していました。大阪から岡山県倉敷へ。フェリーで四国に渡り、香川県まんのう町へ。帰りは高松からフェリーで神戸へ戻ります。

 今ほど夏期休暇の分散化が進んでいない、高度経済成長期も終盤の1970年代。フェリーはいつも一杯でした。

 父の家業はガラス屋で、トラックで帰ることもありました。トラックは予約がとれず、昼過ぎから港で順番待ちなのです。人が並ぶように、港の広い駐車場に列になって待っていました。暑い夏の日、アスファルトの上で随分な時間を潰すのは、中々大変でした。

 我が家の2tonトラックには、3畳の和室が積めるようになっていました。冗談みたいな話なのですが、父お手製の簡易キャンピングBOXをクレーンで載せるのです。

 書いてしまって良いのか、フェリーに乗る際は、私たち兄弟はこの3畳の部屋に入れられ、静かにしておくよう言われていたのです。早い話が無賃乗船……。

 決して許されるべきことではありません。しかし私の記憶に残っているのは、長い待ち時間、客室が一杯で、デッキに毛布を敷いて星を見ながら寝たこと、そしてこの3畳間。

 今年のお盆はETC割引で、大渋滞が予想されています。それによる経済損失と、CO2の排出量が試算されていました。後者は大問題ですが、効率よく、スムースに移動するのだけが決して良いとは思いません。
 
 面倒で非効率でも、何かしらの記憶に残る旅が、絶対に良いと思うのです。今年の大渋滞も、ちょっと楽しみな気がする私は、変わり者かもしれませんが。

夏の句

 今日は夏らしい青空です。最近早起き出来ておらず、セミの声に起こされています。

 朝の子供番組で、日本の名文というコーナーがあります。ダメとは知りながら、この番組をエサに子供に歯磨きをさせているのですが、私も楽しみにしているのです。

 夏草や 兵どもが 夢の跡   松尾芭蕉
 閑さや 岩にしみ入 蝉の声   松尾芭蕉  
 
 何故か涼しさ漂う句です。芭蕉を訪ねてみたくなりました。

 大阪から三重県の伊賀上野までは、名阪国道を通って1時間半ほどです。

 芭蕉は1644年、江戸時代に伊賀上野で生まれました。

 生家は改築させたそうですが、今も同じ地に建っています。

 藩主の藤堂家に奉公に出ていた芭蕉は、そこで俳句を習います。そして、29歳の時に江戸へ出て、その名声を高めて行きます。

 裏庭にあるこの庵は、江戸行きのきっかけとなった、初めての句集を執筆していた場所で、こちらは当時のものだそうです。

 この場所で、悩みながら詠んだのでしょうか、それとも泉のように湧いて来たのでしょうか。

 俳聖の生家とは言え、これだけでは子供は満足しません。

 いざ忍者屋敷へ。

 実演しながら説明してくれるスタッフは、どうやらアクション俳優の卵のようです。

 どんでん返しの扱いも流石にスムースでした。

 縁側には、地下道へ繋がる入り口が。大人700円でした。

 そのあとは忍者実演ショーへ。

 200円の追加が必要ですが、これが予想を遥かに上回る迫力と面白さ。

 一人は新撰組のドラマで近藤勇役、一人は水戸黄門の茶坊主役での出演が決まっているとの事。

 面白いはずです。

 手裏剣は、1つが200gあるので、沢山持っていては身軽に動けないそうです。

 もう駄目だと言う時、最後に使った道具だったのです。

 その後芭蕉は、おくの細道を完成させて、1694年、旅先の大阪でその生涯を閉じます。

 旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる   芭蕉

 伊賀上野は市営駐車場に止めて、見所の大半は歩いて行ける距離にあります。

 芭蕉は忍者だったという説もありますし、ちょっと出掛けるにはお勧めの街です。

讃岐うどんの名店Ⅳ

昨日の大阪は曇り。残念ながら皆既日食は見れませんでした。

しかしトカラ列島で悪天候に見舞われた人は、その比ではなかったでしょう。次回26年後を楽しみにしておきます。

先週の連休は、岡山、香川に行っていました。お墓参り、レオマワールド、祖母との面会とあったのですが、今回は讃岐うどんについて書いてみます。

今までの名店めぐりは、Ⅰ「ひやあつ」のやまうち、Ⅱ「ぶっかけ」の山下、Ⅲ「釜揚げ」の長田うどんでした。

今回は、「元祖しょうゆうどん」の小懸屋。長田うどんの辻向かいにありますが、こちらも繁盛店で新館まで増築済みです。


11:00amに到着して、何とか待ち時間なしでした。

待っている間に、まずは大根をおろします。

夏大根は、予想を遥かに超えたに辛さ。あちらこちらで「入れすぎた」という声が聞こえていました。

特大は840円。大なら525円です。味噌だれで食べるおでんは84円。

スダチを絞って食べるしょうゆうどんは、かなり腰が強めです。

しかし麺はつるっと滑らかで、いくらでもいける感じなのです。流石の味でした。

この店は、祖母の家から10分ほど。

一緒に暮らす叔父に聞くと、繁盛店は観光地化されている事もあり、あまり勧めません。

しかし、この讃岐うどんブームの中でも、最人気店と言って良いのが「かま玉」の谷川米穀店lです。小懸屋からもそう遠くありません。

駐車場が小さいので、なかなか訪れるチャンスが無いのですが、叔父の奥さんの親戚筋と分かりました。

次回は是非と、思っているのです。

レジャーはオオニシに

 今日は海の日。香川県は生憎の雨空です。

 この連休で、岡山、香川と祖父達のお墓を回りました。

 昨晩からレオマワールドのホテルに宿泊。レジャーはオオニシにマカセロ、の頭文字でレオマ。嘘のような本当の話しです。

 昨日は曇り予報だったのがスカッと晴れました。

 京都も暑いですが、瀬戸の夕凪も負けず劣らず蒸し暑い。

 私達も同じなのですがETC割引で四国は本当に人が多い。

 昨日行ったうどん有名店は午前11時に行ってかろうじて待ち時間なしでした。

 さて、今日中に無事大阪に帰れるのかどうか。

新世界

 昨日の日曜日は、晴れ予報に変わりました。長男の希望で動物園へ行くことに。

 天王寺動物園については何度か書きましたが、サバンナゾーンにキリンが立つ姿は、なかなかのものです。

 人の少ない時間帯に、木陰のベンチから眺めていると、ひととき喧噪を忘れます。

 朝一番が絶対的にお勧めです。

 本当に暑かったので、動物園はそこそこにして、早めの昼食をとることに。

 園のメインゲートを出て東へ信号を渡るとすぐ新世界です。

 南に曲がれば、以前は三味線を鳴らし客引きをしたというジャンジャン横丁。

 ふぐのちょうちんで有名なずぼらやを北に曲がれば通天閣。

 観光地化されたとは言え、雰囲気のある店がまだまだ残ります。

 妻は初めてだったので、串カツを食べたいと。

 店は色々考えましたが、ベビーカーでも入れる「朝日」へ。 

 「ソースの二度漬けお断り」は、当たり前でしょう、という感じの貼り方でした。

 これも、新世界のアトラクションの一つかもしれません。

 金額は、串カツ100円、ホルモン120円、山芋120円といった感じ。

 ソースが美味しいので、大体のものはいけますが、やはり外せないのはホルモンでしょうか。

 私の中でも一番でした。

 1歳の長女はいつも良く食べますが、ホルモン串をガツガツ食べていました。

 昼食の後は、ついでに通天閣へ。大人600円。

 ビリケン様も、商店街にいくつも大きなのがあるので、ちょっと有り難味が……

 目立てば勝ち、という感じで、全ての店が総チンドン屋化していました。

 それはそれで、街の雰囲気を作っています。

 ただ、元は南にある飛田の遊郭街や、釜ヶ崎の日雇い労働者と、切っても切れない関係にあります。

 治安が良いところでは無いことは間違いありません。

 動物園に行く前もジャンジャン横丁を通りましたが、立ち飲みスタンドでは、朝からビールをあおるオッチャンの混み具合が、普通ではありませんでしたし。

 久し振りに行ったのですが、それでも面白い街には違いありません。