深夜ラジオと学生

 春先からオープンデスクに来ていた学生は、先週金曜日が最終日でした。

 20日間ワンクールですが、飛び飛びだった事もありこの時期になったのです。ある日、彼女が打合せ室で色紙をみつけました。

 「○○○さんって、あの○○○さんですか!」と。

 中学生のころ、深夜ラジオの熱心なリスナーだったそうで、クライアントはそのパーソナリティーを長く務めていました。

 1度だけ葉書を送り、合格祈願ステッカーなるものを貰ったそうなのです。
 
 「まさか名前までは覚えてくれていないですよね?」と学生。

 「機会を見つけて聞いてみるわ」と、ペンネームをメモしたのです。

 クライアントにメールした際に、この内容も添えてみました。すると、先々週の誕生日にお祝いの電話を頂いたのです。
 この話題にも触れてみました。

 「まさか覚えていないですよね」と聞くと「覚えているような気もするし……、違っているかもしれないし……」

 それはそうです。毎週沢山の葉書、メールが届くはずですから。

 私も中学、高校、大学になっても深夜ラジオが好きでした。

 「MBS!ヤーングタウン!」は明石家さんま、谷村新司、島田紳助 。オールナイトニッポンはビートたけし、とんねるず、同年代のナインティナインまで。

 たけしのオールナイトニッポンに至っては葉書職人を夢見て、投函したことさえあります。聴き過ぎで、どう考えても勉強していません。

 クライアントがパーソナリティーをつとめていた番組は、その頃、ヤングタウンをしのぐ人気番組と知ったのは、随分あとのことでした。

 自分に置き換えるなら、大学3会回生の時、ビートたけしの家の模型と、すぐ横に置いてあるサインを見つけた事になります。普段はクールにも見える女子学生も、これはテンションが上がります。

 ラジオというメディア、特に深夜ラジオは若者に合っていると思います。受験勉強の為、自室にいる時間が長くなります。不安も多くなるでしょう。

 核家族が進み、世代の違う人の話を聞く機会はかなり少なくなります。初めて大人の世界を垣間見る、考え方を聞くのがが深夜ラジオと言えるかもしれません。とても刺激的なのです。

 「最近は、リスナーだったんです、という方とお仕事する機会も増えました」とクライアントは言っていました。

 打合せ室の色紙には「素敵なお家をありがとうです」とあります。

 色々な経験をさせて貰い、こちらが有難うございますと言いたい心境です。学生へ自慢げに言いました。「一所懸命働いてたら良い事もあるやろ」と。
 
 仕事は人を成長させます。さあ頑張れ未来を背負う若者達。早く実社会に出て来なさい。

 そして、日本をつまらないと言わせるな!です。

○○年後の感想

 こつこつとリニューアルを進めていたアトリエmのwebサイトですが、一昨日ようやく完成しました。

 もし、おかしなところがあった場合は、気軽に教えて貰えると嬉しいです。いきなり人頼みになってしまいますが。

 今回課題にしていたポイントは3つあります。

【1】 全作品をスライドショーへ。
【2】 スライドショーは止めたり動かしたり、自由に操作が出来るものへ。
【3】 各作品に「メディア」「現場」(現場日記へリンク)そして「○○年後の感想」を加える。

 【2】はちょっと分かりにくかもしれません。

 スライドショー画面の左下をクリックするとサムネイルが出てきます。

 また右のポーズボタンでストップします。

 色々な機能を探したのですが、思った通りのものはなく、これが一番理想に近いと判断しました。

 【3】の「○○年後の感想」は各クライアントへメール、faxで質問を送り、返信してもらったものです。

 これらはとても手間の掛かる事ですが、半数以上のクライアントから返事がありました。(これからも届くと思います)

 全て原文のまま載せているので、生の声です。

 これから建築する人にとって参考になると思いますし、私達にとっても励みになり、勉強になりました。有難いコメント、至らなかった点、全て真摯に受け止め、活かして行きたいと思います。

 15年の節目ということもあり、リニューアルを考えていたのですが、ようやく落ち着きました。

 行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。 『方丈記』 鴨長明

 この文章は今から800年前に書かれたものです。今でも、スッと私の心の中に入ってきます。

 自然の理の通り、変わり続けて行きたいと思います。そして色褪せない仕事をしたい思うのです。

P.S. 先週、旅行口コミサイトから「ブログを掲載して良いか?」とオファーを貰いました。

トリップアドバイザーというサイトで「世界最大級の旅行口コミサイト」とTOPページにあります。

 仕事に関係ないところで見て貰っても仕方がないのでは、とアドバイスされた事もありますが、そうも思っていません。

 自分が思った事を書き、それを読んだ人が何か感じ、出来れが何らかの行動に繋がれば、とても売嬉しいことです。

 以下の「お役立ちリンク集」の中の「おすすめブログ」の枠内に掲載されています。良ければのぞいて下さい。

九州1 九州2
大分1 大分2
阿蘇1 阿蘇2

ジョーズ

 今日から8月。
 
 子供の頃なら、この日は「まだ1ヶ月も休みがある!」と思っていた気がします。

 これだけの休暇が欲しいとは思いませんが(とれても仕事的には寂しいですが)、小学生と大学生には伝えておきたいと思います。

 こんな期間は、もう一生ありません。「あの夏休みは!」と思い出せるような期間にして欲しいと思うのです。

 昨日は知人と海に行くことになっていたのですが、急きょ中止になりました。

 それで子供を連れて、父と釣りへ。

 岸和田を出て加太の南にある田倉崎沖へ。

 狙いはアジ。多くの船が集まっていました。

 長男は気分次第ですが、自分でリールを巻き上げるようになってきました。

 自力で釣り上げた1匹目。

 ベラですが。

 普段、船は揺れるから嫌いという娘も、何故かこの日は一緒に行くことに。

 半分くらいは寝ていましたが、父に作ってもらった専用シートで潮風に吹かれてご機嫌でした。

 釣果もそこそこで2時頃港へ向かいます。

 途中の海水浴所湯は勿論どこも大賑わいです。

 その後にこんなことを書くのも何ですが、目撃しました。

 田倉崎沖であの背びれが……

 ジョーズです。

 70年生れの私は完全にリアルタイムではありませんが、どうしてもあのメロディーが頭に浮かぶのです。

 背びれから見ると体調1.5m位でしょう。まさかジョーズのホオジロサメではないでしょう。

 しかし、人を襲うシュモクザメの可能性はあります。ハンマーヘッドのサメです。船の近くを悠々と泳いで行きました。

 私達もどここかで泳ごうと思っていたのですが、気分的に勿論泳ぐのは中止。海水浴の人は是非気をつけて下さい。

 何を気を付けつけるのか分かりませんが、以前漁師の人はこんな事を言っていました。

 素潜り漁師は真っ赤なフンドシで潜る。もしサメに遭遇したらこれをヒラヒラと伸ばし、すごく大きな生き物とアピールするんだと。

 サメの生息エリアが変わってきているという話もありますし、これからはフンドシでしょうか。

 夏の海は最高に気分の良いところです。でも相手は大自然。引き波、離岸流、竜巻、サメ等、どこかで、恐れのようなものを抱いていた方が良いと思います。

 人と自然の関係は、そのくらいで丁度良いと思うのです。 

パパの家

 月曜日の夕方は「Shabby House」に行っていました。

 家族で招待して貰ったのです。

 Shabby Houseは先日webサイトにUPしたばかりで、アトリエmの最新作です。 

 子供たちは少し時間があれば大丈夫。

 じゃあ大人の距離感って一体何なんだろう、と思うのです。

 ご主人は、特にお酒にこだわりのある方です。

 この日もとびきりのビールでスタート。

 料理も奥さんが出来上がりを順番に。

 完全にレストランのお客さんです。

 子供たちは、ひとしきり盛り上がったあと、酒部屋に入れて貰いました。

 お子さんはこの部屋を「パパの家」と呼んでおり、普段は入らないそうです。

 この日は特別に、麦茶を振る舞って貰いました。

 子供に、小さな宇宙を感じて貰えたかどうか。

 最後には誕生日ケーキまで。
 
 チョコレートで書かれた名前は私なのです。

 あまりこういった事に慣れておらず、お礼をしっかり伝えたれたかさえ覚えていません。

 もう感謝しかありません。

 今日は41歳の一日目。毎日、全力で働きたいと思います。

 「全力に悔いなし」という言葉を胸に。

縁側

 私の住む平野区は、大阪市の南東端にあります。

 >山々を低く覚ゆる青田かな 蕪村 

 市内ですが、ところどころに田んぼもあります。

 東に望む生駒山が低く感じるかは別ですが、青田の緑は一服の清涼剤というところでしょうか。

 先週は台風の影響もあってか、比較的過ごしやすい日が続きました。

 事務所は来客時以外、未だエアコン無しで頑張っています。

 我が家は築35年の木造住宅ですが、前に小さな庭があり、縁側があります。昨年までは2階で寝ていたのですが、今年は1階に布団を下し縁側と、リビングで寝ているのです。

 夕方、庭木にしっかり水をやると、かなり涼しく、朝方は寒いほど。

 必然的に子供たちは取り合うことになります。

 一昨年、偶然売りに出た家に縁側があったので、体感することになりました。

 暮らしてみて、また今年のように更に環境のことを考える機会があって、日本人の知恵を実感します。

 日本の家は、外部と内部をつなぐ中間領域を本当に大切にしているのです。

 ただ、これは縁側でないと駄目な訳ではありません。条件を整理してみました。

1. 掃出し窓である(床レベルまでの開口部)→冷たく重い空気の動きが良い
2. 前が庭など開け放てる環境がある→窓があっても開いていないと意味がない
3. 部屋の反対に窓がある→2方向通気の原則
4. 深めの庇がある→高い夏の太陽を部屋に入れない、暖めさせない
5. すだれが掛けられる→部屋内を暖めさせないが風は通す

 条件を満たせば、縁側である必要はありません。1.などは難しいかもしれませんが、2.が特に工夫次第で大きく変わるところです。

 窓があるかより、開けておけるかのほうが重要なのです。

京橋で分かち合う

 昨晩は、京橋に行っていました。

 あまりいい話を聞かない近頃。しかし、京橋はいつも活気があります。

 大阪城の北東に位置し、JR、京阪、地下鉄が交錯する大阪の東玄関と言えます。 

 JRと京阪をつなぐガード下は、ビジネスマン、待ち合わせの若者、客引きに至るまで、気温もあってか、日本ではないような熱気なのです。

 この表現、書いてから日本に元気がないと思っていると改めて認識するのです。

 月初めに、キッズデザイン受賞を、Ohanaの石井さんへ連絡しました。

 それでお祝いしましょうとなったのです。

 商店街の中には、安くて美味しいお店が本当に多い。

 この日入ったのは、串カツ屋、おでん屋、居酒屋、何とでもと言えそうな店。

 冷やっこは150円。食堂の値段です。

 この日の会計は2人で4000円でした。

 メディアへの露出や、コンテストへの応募は、クライアントの理解無しにはあり得ません。その成果を、共に喜べたらこれほど幸せなことはありません。

 伊東内科クリニックの院長と設計契約を交わす時だったと思います。「建物を設計するというより、この計画の一員となって欲しい」と言われました。

 人生の泣き笑いを分かち合う、パートナーになれれば、私達はより成長出来ると考えます。

 出来れば「笑い」だけが良いのですが、そうは問屋が卸さない。だから仕事は面白いのです。

キャンプ米原

 土曜日は『関西56人の建築家と家をつくる』の出版記念パーティーがありました。

 そのようなパーティーに出るのは初めて。

 やや緊張しながら土佐堀川沿いのカフェへ。

 33人の建築家が出席していたのですが、いわゆる大御所クラスの人も。

 初参加の私は知っている方から、順に挨拶をして回りした。

これからは積極的に参加して、色々なことを吸収したいと思います。

 今日は海の日。ですが、昨日から米原に行っていました。

米原は中山道と北陸道の分岐点にあり、宿場町として栄えた山あいの街です。

 少し東に行けば関ヶ原。

 今回は伊吹山のすぐ麓にある、グリーンパーク山東というキャンプ場に行ってきました。

 テントは自然の中で張りたいのですが、子供にとっては初めて。まずは練習という感じです。

 しかしとても良い所でした。小川あり、池あり、林あり。何よりフリーサイトは1張り2000円。

 金額の高いオートキャンプ場よりロケーションが良く絶対お勧めです。

 娘はテントが気に入ったらしく、訳も無く盛り上がっていました。

 しかし普段の暮らしを屋外に持ち出せば、遊びになるというのは不思議な話です。

 どんな事でも考え方次第では楽しむ事が出来るのかもしれません。

 長男は無数にいるバッタ、カエル、アメンボなどを延々と捕り続けていました。 

 手掴みでミミズを持ち、トカゲを見つけると捕っとくれとねだられました。

 昔はヘビも手掴みでしたが、久々だったので一瞬躊躇し、逃がしてしまいました。

 人類には同じような種が沢山いました。

 その中でも狩が得意で、肉食を続けた種の脳が特に大きくなり、生き残ったそうです。

 ずっと以前、釣具のCMで「野生を磨け」というコピーがありました。

 現代の大人に足りていないものかもしれません。

関西56人の建築家と家をつくる。夢を形にした60のストーリー

 7月10日の日曜日に、(社)日本建築家協会近畿支部が編集した建築家カタログVOL.6が発売されました。

 建築家協会は一般的に、JIAと呼ばれます。


 カタログということは、私も1つの商品になった訳です。題名は『関西56人の建築家と家をつくる。夢を形にした60のストーリー』

 昨日、堂島アバンザのジュンク堂に寄ると、店頭に並んでいました。作品は「加美の家」

 居室は内外ともコンクリート打ち放し仕上げで、建物と庭の関係にこだわって設計しました。

 先日も近くを通った折に見てきましたが、汚れもなく、とても美しい状態に保たれていました。

  欧米では、作家性を持つ建築家と、エンジニアとしての建築士は違う職業として区分けされます。

 日本ではJIAに「登録建築家制度」というものがあり、私も登録していますが、それらの違いを分かり易く解説してくれるのが、前JIA会長の出江寛氏です。

 「建築屋」とは本屋さんや八百屋さん、あるいは政治屋などのように『物』に携わる人。

 「建築士」とは教師や弁護士あるいは詐欺師などのように『技術』に携わる人。

 「建築家」芸術家とか音楽家など『心』に携わるの人。

 設計するという事は広い意味で建築を売っている訳ですから、私は「建築屋」です。私は一級建築士の資格を持っていますから「建築士」でもあります。

 そして私は「建築家」と呼ばれていますが、それは私の建築に対する姿勢を見て評価して頂けたものだと思っています。

 建築が単に『物』や『技術』のみで終わることなく『心』を込めた物でなければなりません。

 さて、この日記の題名には「建築家」と付けています。

 誰かがそう呼んでくれたから、加えたのではありません。事務所を始めた時から、そう名乗っています。

 出江的美意識からするとNGかもしれませんが、社会的に認知されたら建築家を名乗るなど、悠長なことは考えていなかったのです。
 

キッズデザイン賞

 梅雨が明け、真っ青な夏空が続きます。

 一番好きな季節は夏ですが、今年は節電の夏でもあります。

 事務所内は半袖、半ズボンをOKにして、打合せ時以外ここまでエアコンの使用は無し。何と乗り切ろうとチャレンジ中です。

 長男は入学と共に、生き物に興味が出てきたようで、ザリガニに続いて昨日はカニ捕り。

 和歌山の加太近くの谷川まで行ってきました。

 このあ辺りから自然の磯が増えてきます。

 かなりの暑さだったので、1時間半程遊んで帰って来ました。

 今回は持って帰らないという約束でした。

 しかし……

 海水の素を買う羽目になるのか。

 話は変わって、7月8日金曜日の夕方。

 第5回キッズデザイン賞を受賞したとメールがありました。

webサイトにはこうあります。

 「キッズデザイン賞とは、子どもたちの安全・安心に貢献するデザイン、子どもたちの創造性と未来を拓くデザイン、そして子どもたちを産み育てやすいデザイン、を顕彰する制度です」

 建築家協会からのメールで開催を知ったのですが、すぐに「Ohana」のことを考えました。ぴったりだと思ったのです。

 1次審査通過の連絡が5月25日にありました。2次審査はパネルに加えて、1/25の模型を出そうと決めました。期限は6月22日午後2時。東京の会場に必着です。

 期日の前日から、所員が徹夜で当たったにも関わらず、夕方になっても完成の目処は経ちません。

 午後7時までに運送会社へ持ち込まなければ間に合わないのです。

 念の為聞いてみると「今日は夜間便があるので、午後9時までならなんとか」と。

 皆を鼓舞しました。

 最後は私が無理やり仕上げて、所員が事務所を出たのは8時55分。何とか間に合いました。

 もう駄目と思った時が始まり。

 どんな事があっても、やりきらないと、評価がつかないのです。

 そんな経緯もあり、この受賞、とても嬉しいです。

横浜、七夕、短冊

 前日の打合せ、会社訪問を終え、月曜日は東京ドーム近くのホテルへ戻りました。

 翌早朝、ホテルの周りを散歩していると見覚えのあるビルが。

 先日発表されたばかりの、谷口吉生の最新作です。

 抑えが効いており、美しさは際立ったいました。

 ニューヨークのMoMA新館、豊田市立美術館など、清楚な建築は谷口の真骨頂です。

 チェックアウトし、JR水道橋から横浜の「みなとみらい」までは40分程。

 ある会合にやって来ました。

 昨年はエピック・ゲームズ・ジャパンの仕事をしたので、この辺りは随分身近に感じる
ようななりました。

 港町横浜。

 釣竿とクーラーだけのおじさん。

 かなりのベテランとみました。

 道具を見ると、関東で言う黒鯛、関西ではチヌを狙っているようです。

 久しぶりにチヌの引きを味を思い出していたのです。

 横浜での2日間の会合も終え、昨晩3泊4日の出張から戻りました。

 今朝の大阪は雨。彦星と織姫は会えるのか。

 我が家の玄関先には短冊のついた笹が。笹は庭から切りました。

 3歳の長女の願い事は「ぷりきゅあ(きいろ)になりたい」です。

 プリキュアは一度も観たことがないのですが、保育園で教えて貰ったのでしょうか。

 小学1年生の長男は「けんちくかになれますように」。

 そう書けば私が喜ぶと思ってのことかもしれません。

 一昨年は「建築家」、昨年は「恐竜を発掘する仕事」でした。

 何とか今年返り咲いたのですが、まだまだ予断を許さない状況です。

 強制はしませんが、この仕事をして貰いたいと言う気持ちはあります。

 子供の将来は自由です。

 しかし、私が気持ちを伝えるのも自由なはず。

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