カテゴリー別アーカイブ: 04 建築

浴槽の営業じゃけん‐1150‐

 彼岸まで1週間をきり、寒さの終わりが見えてきました。

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 水仙が満開です。

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 今日は朝から、大和重工業というバスタブメーカーの営業がありました。バスタブを積んで持って来てくれました。

 その重さ130kg。

 飛び込みの営業は断っており、自分が本当に聞きたいと思うモノ、人しか会わないことにしています。

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 このメーカーのバスタブは鋳物ホーロー製で、現在進行している計画にも、いくつか採用しています。

 鋳物ホーローとは鋳物でつくった型に、ガラスを焼き付けたもの。

 重厚感と、清潔感を備える素材で、モノのポテンシャルは非常に高いと言えます。

 広島出身の営業マンは、一人で車から降ろすと言います。繰り返しますが重さは130kg。

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 手伝わずに、見せてもらうことにしました。

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 実に器用に、バスタブを揺らしながら、動かしていきます。

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 無事地面に降ろし、その上でスタッフに説明を始めて貰いました。

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 バスタブの上で、YouTubeによる製造工程の解説付き。

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 それが終ると、また一人で車内に戻し、帰っていきました。その間、20分程。

 浴室としては、近年はユニットバスが採用されるケースが多くなりました。 メーカーとしては、高級ホテルなどが重要な納入先のはずです。

 それを、我々のような、建物を量産する訳ではないアトリエまで実物を持ってきて、営業をするのです。

 「当社は、毛利元就の居城近くにあった、たたら場が起源となっています。じゃけん……」

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 どこで読んだか忘れましたが、伝説の営業マンの話です。

 本当にモノを売りたいと思ったら、その会社の前で車を停め、自分でタイヤをパンクさせてでもコミュニケーションをとる。

 考えてみれば、バスタブを地面に降ろさなくても、商品説明は出来るのです。

 モノの見極めは、厳しくしています。その上で、多くの競争相手から選ばれるには、何か一押しが必要です。

 自社の製品に対する愛着、歴史、人はその後押しになりえるのです。

 水仙の学名はナルシサス。

 ナルキッソスは、水面に映る自分の姿に恋焦がれた美少年。このギリシャ神話に基づき、自己愛をナルシシズムと言います。

 自分の見え方ばかり気にしている営業マンをみると、何を伝えたいの、と聞きたくなります。

 実にアナログで、気持ちのよい、営業でした。もっと言えば「こやつ、モノの売り方を知っているな」でしょうか。

ここから落ちても大丈夫‐1146‐

 先週の木曜日、「松虫の長屋」の現場へチンチン電車で向かいました。

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 阿倍野のホームの巾は60cmそこそこ。そこからハルカスを見上げるのは、定番の写真です。天辺は雨雲で霞んでいました。

 クライアントに教えて貰ったのですが、阿倍野の60cmホームは事故ゼロだそうです。人がいかに環境に左右されるかを、証明する数値です。

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 昨日は、最上階から1フロア下の59階、マリオット都ホテルを予約していました。その時は、いい写真が撮れるだろうと、対比に撮っていたのですが。

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 残念ながら昨日も雨。阿倍野の60cmのホームを見返すの図です。

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 父が70歳で古希。長男が10歳で2人とも3月生まれ。一緒にお祝いをとなりました。

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 昼のコースを満喫し、反対の北側へ景色を見に行きました。

 25歳の時に、事務所として借りたマンションが、JR天王寺駅にすぐ北に見えるはず……

 ありました。ただし、20階建てのマンションにほとんどが隠れています。

 そう言えば「高層マンション反対!」の看板が沢山たっていました。

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 ヨーロッパの教会は、より高い位置からの光を求めて、高層化が進みました。

 日本では、多くの五重の塔が示すように、寺社仏閣が高さを求めています。

 高さは、権威の象徴だったのです。より高くという欲求が、阿倍野に300mの建築を実現させました。

 私は歳と共に。どんどん高い所が苦手になってきました。昔は平気だったのが、最近では飛行機に乗ると、手に汗握ります。

 その理由は明確です。高いところから落ちると死ぬと分かり、今は死ねないと思っているからです。

 人の体は、自分が走れるスピードの衝撃なら耐えれると言われます。

 100mを12秒で走れる人なら、8.3m/S。

 V(スピード)=g(重力加速度9.8)t(時間)

 上の式にあてはめると、約.085秒落ちても大丈夫となります。

 S(距離)=1/2g×t×t

 その距離は3.5mです。2階強といったところでしょうか。

 この式で計算すると、以下のようになります。

 ウサイン・ボルトなら5.6m、12秒で走れる人なら3.5m、15秒の人なら2.3mから落ちても大丈夫。

 私の結論。可能な限り、建築の高さは抑えるほうがいい、です。

 これで、高層ビルのオファーはもうこないと思いますが。

赤ランプは語る‐1138‐ 

 昨日は、グランフロントで、相談会に出ていました。

 その後、クライアントとショールームで打合せ。帰る頃には、日が暮れていました。

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 JRとの間の広場には、スケートリンクが出来ています。

 本当に寒い一日でしたが、ニューヨークのグランドセントラル駅近く、ブライアント・パークを思い出します。

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 JR貨物の梅田駅跡地には、大きな緑地が取り入れられると発表されています。

 道頓堀のプール化が頓挫したと発表があったばかり。こちらのほうは是非実現して欲しいと思います。

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 今日は本町から、淀屋橋まで移動があり、御堂筋を北へ歩きました。

 「大阪ガスビル」は、1933年、安井武雄の設計です。村野藤吾は「都市建築の極致」と賞賛しました。

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 その東にある「清水猛商店」。現在も建具、家具の製作会社を営んでいます。

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 ひさしのディティールが、無国籍感を漂わせ、現代建築ではないことを如実に語っています。

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 淀屋橋から西に入ると「大阪倶楽部」があります。こちらも1924年、安井武雄の仕事です。


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 ここは大大阪に相応しい、社交倶楽部として設計されました。

 石の施された華麗な彫刻が、もうあんな時代には戻れないという、寂寥のモニュメントにも見えてきます。

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 そのはす向かいある「今橋ビルヂング」。旧大阪市中央消防署今橋出張所でした。

 現在は「ダルポンピエーレ」というレストランが入っており、イタリア語で「消防士」という意味だそうです。

 パスタランチが千円。夜なら6、7千円なのでお得感はあります。

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 元消防署なので、バルコニー下に赤いランプが残っているのです。

 国は、リノベーションを促進するために新たな予算をつける事を発表しました。省エネ住宅ポイントです。

 10年前なら、リノベーションになど見向きもしなかったハウスメーカーも、これからは改修、リノベーションと色めきたっているのが分かります。

 もう少しはっきり言えば、工事費用が張らず、手間ばかり掛るので避けてきたのに、です。

 リノベーション、改修というのは、とても手間の掛る仕事です。若い頃は仕事もあまりなく、何度も現場へ通い、寸法をとり、既存建物の図面を起こして行きました。

 その作業を繰り返すことで、その建物が理解できてくるのです。

 昨日は、ショールームでハウスメーカーのリフォームフェアなるものが開催されていました。その集客力や凄いもので、見たことのない人口密度でした。

 しかし、この若い担当者達が、リノベーションの営業担当について、どんな応対をするのだろうと思っていました。現場を見たことはあるんだろうかと。

 古いもの価値、良さをを知ろうとするところがリノベーションのスタート。建物に大切なのはストーリーなのです。

あれから20年‐1132‐

 今朝は、晴れ着姿の新成人を見かけました。

 素晴らしい天気で、まさに成人式日和。是非、社会に求められる仕事人になって欲しいと思います。

 昨日は東京でしたが、雲ひとつない快晴でした。

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 打合せ前、神田あたりを回ってきました。皇居の北側、お濠沿いに建つのがパレスサイドビルディング。

 日建設計の林昌二が担当で、1968年に完成しました。
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 皇居は日本で一番大きな個人住宅。外周には信号がなく、ランナーにとって最も走りやすい道でしょう。

 パレスサイドビルディングは名前もダイレクトですが、建物も明快です。

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 水平ルーバーと、竪樋を連続させたファサード。そして機能部は円柱に全て納まっています。

 近代建築のメルクマーク(指標)となったと、建築書にはあります。

 初めて訪れたのですが、写真でみるより圧倒的に美しい建築でした。


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 そのまま永田町まで移動。

 最高裁判所は、昨秋亡くなった岡田新一の最高傑作。1974年の完成です。

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 国会議事堂も初めて訪れました。皇居の西に位置します。

 皇居=江戸城は東京の中心です。当然、都市計画も、それらを軸線として考えられました。

 司法、立法、行政が一帯に集中しており、物騒な事件が続くなか、機能分散が急務であることは間違いありません。

 新聞では、阪神淡路大震災の年に生まれたのが今年の新成人とありました。私にとっては社会人1年目でした。

 大阪市内の実家、3階に私の部屋はありました。鉄骨造だったこともあり、あの朝はかなり揺れました。しかし、すぐ二度寝。

 東京の友人が、心配して電話をくれましたが、適当な応対で切り、再び寝ました。

 毎日仕事が遅く眠かったのと「電車が止まって、休みになればいいのに」と思ったのを覚えています。

 立派な仕事人に、などと書きましたが、全く立派ではない社会人一年生でした。

 でも大丈夫。仕事は想像を絶するくらい厳しいものです。よって、必ず成長させてくれるのです。働き、辞めさえしなければ。

 頑張れ新成人。そして20年目の自分達。

鬼の筆‐1120‐

 竹中工務店は、建設会社の最大手の1つです。

 名古屋で創業、神戸に進出し発展しました。その神戸に「竹中大工道具博物館」があります。

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 その新館が、この10月にオープンしました。新神戸駅のすぐ東。坂を上がった所にあります。

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 深い庇は、雨から木造建築を守るためのもの。日本古来からの木造建築の粋と言えます。

 それを、無駄なく、美しく仕上げるかが、作り手のこだわり、心意気。

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 内部にもその意思が伝わってきます。竹中工務店は、ゼネコンの中でも、デザインに拘る会社として知られます。

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 様々な樹種も、実物を見るのが一番。設計者にとっては、実物カタログのような博物館です。

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 梁の継ぎ手も実物が手に取れます。複雑な刻みは、まるで知恵の輪のよう。大工の経験と知恵、そして精密な道具によって生み出されたものです。

 道具の電動化、機械化が進む中、それらを保存するのが、この館の目的とありました。

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 「鬼」と言われた法隆寺の宮大工、西岡常一。唯一の内弟子、小川三夫の大工道具が展示されていました。

 小川は修学旅行で法隆寺を見て、宮大工になることを決意。西岡に弟子入りを懇願します。

 弟子入りを断られた小川は、まず仏具屋で腕を磨きます。

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 その時の彼に当てた手紙が公開されていました。

 理想を、希望を物によって表現されたもの、即ち心の表現こそ芸術というものでしょう。

 単なる形だけにとらわれた作品は本物ではありません。

 作品をとおして、世の人々に何かを呼びかける心が宿っていなければなりません。

 堂塔建築の基盤は此の心の問題です。自らが仏者となり、衆生済度の大願をもって事に当たらねばなりません。

 技術の優秀さは此の心の上に花開くものです。

 (中略)

 作品、それは作る人の魂の深浅によってきまります。

 精進又精進を祈ってやみません。

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 弟子入りを断った若者に熱のこもった手紙を書いているのは、将来を期待してのことでしょうか。それとも、皆にこのような手紙を書いたのでしょうか。

 「鬼」の異名とは全く違う、厳しくも、温かな筆致です。極めれば、人は鬼から仏へと変わっていくのか。

 気が付けば12月。良き年末、新年を迎えられるよう、精進又精進です。

雪国長野‐1119‐

 11月22日(土)の長野県北部地震では、白馬村、小谷村(おたりむら)、小川村で被害がでています。

 幸いにも、亡くなった人が居なかったのは何よりでした。

 メディアは、被害が大きい部分を報道します。間違ってはいませんが、被害が少ないところも当然あります。

 これが観光を生業としている方々にとって、災害以上の被害となりえる。出来るなら、どちらも報道して欲しいという意見を読みました。

 仕事は求めてくれる人が居てこそ。その人達が潮が引くように去っていったらと想像したら……ようや実感が湧いてくるのです。

 1998年、2つ目の仕事が「白馬の山小屋」でした。

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 白馬としていますが、実際の住所は小谷村。白馬乗鞍にあるので「白馬の山小屋」としました。

 クライントは大阪在住で、建物が大丈夫だったのか、まだ確認がとれていません。

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 計画の話を貰った時点で、すでに築30年くらいだったと思います。環境の過酷さから、外部は結構傷んでいました。

 周りの建物を見て回ると、このような形(マンサード型)が多く、積雪に強い形だと分かってきました。

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 早くに雪を落とし、かつ側圧にも強いこの形が、過酷な環境の中、致命的なダメージを受けていなかった最大の理由だと思います。

 しかし竣工から16年、コーキング切れからか、雨水が浸入したと思われる部分の、改修工事もありました。

 今思えば、夏場にしておいて良かったと思うのと、この地震が積雪の時期ではなくて良かったと思います。

 この山小屋に限らず、冬季の積雪加重を計算して建てられている分、総じて他の地域より建物は頑丈。

 それでも、屋根上に加重の有る状態は、建物にとってより厳しいものになるからです。

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 関西と東京、神奈川、千葉の関東圏で仕事をしてきましたが、中部、信越地方では長野だけ。

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 雪国で唯一の仕事で、色々な事を学びました。

 ライフラインが未だ断絶されている地域もあるとのこと。早い復旧で、この冬少しでも多くの人が訪れることを祈っています。それなら、まず自分が行かねば…… 

 応急危険度判定士としても登録しているので、建築士会から要請があればいつでも駆けつけるつもりです。

足りなければ学べ in ROKKO‐1118‐

 今月初めまで、小4の長男は放課後はこんな感じでした。

 (月)サッカー、(火)-塾、(水)休み、(木)塾、(金)水泳、(土)(日)サッカー、時々模試

 凄くサッカーが好きなら、何とか頑張れと言うのですが、そうでもなく。結局サッカーを辞めることになりました。

 水泳は頑張るようで、それならと賛成したのです。

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 それで、休日は出来るだけ体を動かすようにと六甲山へ。

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 フィールドアスレチックは、小1の娘がちょうど楽しい盛りでしょうか。

 長男にとってはやや物足りないかもしれません。二人とも、猿系の遊びが、何故か得意なのです。

 「途中で辞めることは最も駄目なこと」と言われ、私は育ってきました。大阪の下町ですから、正確に書くと「男は途中でケツを割るな」と。

 それもあり、区切り以外で何かを辞めた記憶はありません。また、小、中、高と、すべて皆勤賞でした。

 しかし中学の時、友人が学校を休んだので理由を聞くと「お父さんとスキーに行っていた」と。

 彼のお父さんは「学校を休まないことより、お父さんとスキーに行く方が大切だ」と言ったそうです。

 次の言葉を聞いた時、その話を思い出したのです。

 一貫性というのは、 想像力を欠いた人間の最後のよりどころである   Consistency is the last refuge of the unimaginative. 
 -オスカー・ワイルド-

 簡単に投げ出さないことはとても大切です。しかし、それが何故なのかを考えることも併せて大事なはず。

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 帰りには六甲枝垂れ、山頂展望台へ寄ってきました。入場料は大人200円。

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 この日は「ROKKOU MEETS ART」の最終日だったようです。

 周りのアートワークは準グランプリの作品でした。

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 また、この展望台自体も、2008年に日本建築家協会近畿支部と阪神総合レジャー株式会社が共催したコンペによって決定したものです。

 参加条件が、40歳以下の若手建築家であること。


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 ステンレスのフレームに取りついた、ヒノキに冬は氷が付き、まさに樹氷となります。

 設計者の三分一博志さんは1968年生まれ。40歳を前に見事に最優秀作品に選ばれ、この展望台が実現されたのです。

 このコンペの際、私も38歳でした。作品を出せる条件を満たしていましたが、実仕事で手一杯と参加しませんでした。正直、微妙な気持ちもあり、今日初めて見てきたのです。

 六甲山頂という環境があるとは言え、お金を払い、ここまで足を運ばせるものがあると言う事実。

 訪れた人は景色が見たいだけと言うかもしれませんが、アートワークと記念撮影する姿を見て、建築と芸術の可能性も新たに感じました。

 昨日は勤労感謝の日でした。

 好きな仕事を続けてこれたことにまず感謝し、素直な44歳でありたいと思います。

 いいものはいい、足りなければ学べ、ベストを尽くせ、柔軟でいろ。

 Improvement is my hobby.

 改善こそが私の趣味です。

航海にでる理由‐1113‐

 月曜日の文化の日は、夕方まで友人家族と遊びました。

 別れてから、TOTOシーウィンドウ淡路へ。

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 洲本から26号線を北上すると、志筑の手前で、一瞬だけ車からも見えます。

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 アプローチは山の裏側から。

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 およそ9m角の直方体が、崖の上から海へ向かって突き出しています。

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 低い天井のエントランスから中へ進むと、いきなり下へ向かって空間が開けて行くのです。

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 この建物は衛生機器のメーカーTOTOの研修センターとして設計されました。

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 しかし、現在は宿泊施設となり誰でも泊まることが出来ます。

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 一昨年にヴェネティアで見たプンタ・デラ・ドガーナを初め、各地で安藤建物を見て回りました。

 淡路島にも、淡路夢舞台、本福寺水御堂などの安藤建築があります。

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 その中でもこのロケーションは際立っています。

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 海側に回るとようやくその全景が分かってくるのです。

 90年代後半から2000年頃は、安藤が最も勢いのあった頃でしょう。この建物の竣工は1998年。

 その頃私は28歳で、長野県での山小屋の改修計画に取り組んでいました。規模こそ違え、希望に燃えていたのです。

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 必要なものを最小の手数で、仕上げるのが安藤の真骨頂。

 言ってみれば、日本料理で出される刺身のようなものです。そういった抑えの効いた美学が、海外でも高く評価されてきたのです。

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 どこに行っても、建物を見る楽しみがある幸せ。

 また、どこに行っても1つや2つはある安藤の凄さを感じながら、秋風吹く淡路島をあとにしました。

 未知の大海へ航海にでる時、海図やコンパスを頼りに進路を決めます。人生に例えるなら、教育だったり、先輩からのアドバイスにあたるでしょうか。

 しかし、航海にでる動機は、教えられたものではありません。夢や憧れがなければ、危険を冒してまで船を出す理由がないのです。

 正規の建築教育を受けずに、頂点まで上り詰めたのが安藤忠雄。言ってみれば落ちこぼれのヒーローです。常に憧れの存在でした。

 ふつふつとたぎるものを感じながら、また新たなプロジェクトに望みます。

■■■11月23日(日) 3:30pm~6:00pm 堂島アバンザ2F
ジュンク堂<大阪本店>にて「無料相談会」に参加■■■

名人の心‐1112‐

 今日は友人家族と淡路島、洲本に来ています。


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 週中あたりまでは雨予報でしたが、何とか晴れてくれました。家族で会うのは約2年振りでしょうか。

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 昨晩は焼肉。何故か子供たちも大好き塩タンです。その後もホテルの部屋に戻り、遅くまで遊んでいました。

 何処に行くかも大事ですが、子供にとっては誰と行くかも同じくらい大事なのでしょう。

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 今日は、子供たちの行きたい所へ行くつもりなのでえ、昨日は自分の行きたいところへ。

 淡路島の南端の港町、福良へ直行しました。

 淡路人形座は遠藤秀平の設計で、2年程前に完成しました。

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 外壁は、凹凸をつけたエキスパンドメタルの上に、モルタルが塗られているだけ。

 メタルの通り、スチールなのですが、それが露出した部分は錆びていきます。

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 錆びるのを前提に、デザインされているのです。

 大阪城公園内の公衆トイレなども紹介したことがありますが、一貫した哲学が貫かれています。

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 人形浄瑠璃と聞くと、閑散とした場内をイメージしていましたが、8分方の入り。なかなか盛況なようです。

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 ここ、淡路の人形浄瑠璃は500年の歴史があり、大きさは1.5m程の大きなもので、3人で操ります。

 この日は、悪事を企む狐のお化けが、陰陽師に追われ討ち取られたのですが、その霊魂が夜な夜な現れ、様々な姿に変化して踊り狂うという話。

 7変化が最大の見せ場ですが、同時に演者の衣装も早変わりします。そのスピード約0.5秒。人形を操る技術はまさに名人技。

 想像はるかに超えるくらいに面白く、子供たちもかなり喜んでいました。

 館内に、頭の部分が飾られています。

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 生きているような、というのは常套句ですが、生きていないものにこそ、人の心は投影されるとも言えます。

 能の大成者、世阿弥は、女の舞は強い心で、鬼の舞は優しい心で舞えと言いました。

 喜び、悲しみ、怒りなど、一つの感情だけにフォーカスしすぎるなな、という意味だと思っています。

 感情という制御しにくいもの、コントロールできるようになった人を、名人と呼ぶのでしょう。

物語は半分だけ作る‐1107‐

 先週から今週にかけて、当事務所のwebサイトに4つ作品をUPしました。住宅が2つ、店舗が2つ。

011西夕景

 「黒壁の家」は、若い夫妻と大阪に建てたコートハウスです。

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 「神戸の高台の家」も、若いご夫妻とのリノベーション。

 この家が古家だった時、ご主人と現地視察に行きました。「この家、買ってもよさそうですか」とご主人。

 プレッシャーの掛かる質問ですが、「良いと思います」と答えました。いい家になるだろう、するしかないと考えていました。

 キッチンの上にロフトを設けています。元は屋根裏の部分で、神戸の街と大阪湾を一望できるよう考えました。

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 先週水曜日、10月8日は皆既月食。

 クライアントが、その写真を当日送ってくれました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 こんばんは。今日はロフトから月食が見えたので写真を撮ってみました。夜景と赤い月がいい感じに収まったのでお送りします。

 夜景がきれいなのもいいですが、こういう特別な絵が見られるとロフトの価値が最高に高まりますね。
 
 本当にいい設計をして下さりありがとうございました。

 「黒壁の家」の和室は、中庭に面しています。

115ダイニングから中庭

 当面は子供の遊び場ですが、将来は奥さんの両親がここで暮らす予定です。

 サイトには、奥さんのコメントを掲載さて貰いました。

 構想2年、建築まで計3年の月日を費やした我が家。オシャレな家が好きだったのもありますが、その次に、いつか親と一緒に住むためのものでもあり、色々思い入れがあります。

 お年寄りと接する仕事をしてる関係、色んな人の老後を見ます。幸せな人、そうでない人。現実は厳しいもんです。

 わが親だからケンカするときもあるけど、良かったと言える最期を迎えてほしい。親にそうさせてあげれたら、自分もそうなれるかなと。先のことは分からないけどそうあってほしいなと思います。

 とりあえずは目の前の生活を一生懸命頑張ります!ローンの為に…☆

 何と表現すれば良いのか……清々しい気持ちになります。

111ダイニング

 元リッツカールトン日本支社長の高野登氏は「哲学とストーリーは両輪」と言いました。

 お客様から聞かせて貰ったストーリーをストック、共有することで、よりクレドを浸透させて行く。

 リッツカールトンでは哲学を、ラテン語で「志」「信条」「約束」を意味する「クレド」と呼びます。

 建築設計、デザインにおいて、余白が大事だと考えてます。作りこみすぎたり、技のオンパレードになると、感情移入したり、ストーリーが入り込む余地が無くなってしまうのです。

 劇作家、寺山修司はこう言いました。

 物語は半分作って、後の半分は観客が補完して一つの世界を作っていく。余白が無いといけない。それが演劇の可能性だ。

 多くのストーリーを共有させて貰い、それを糧に新たなクライアントと未来の幸せを約束する。幸せとプレッシャーもまた両輪です。

 店舗にはまた違ったストーリーがあります。こちらは、次の機会に。