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これが私の生きる道‐1486‐

 郊外を走っていると、田植えの季節だとわかります。

 温暖で多湿な日本は、放っておくと何かが生えてきます。

 雑草の手入れを最小限にするために考えられたのが水田という手法です。

 苗床といったか、小さな苗がぎっしりとあります。

 植えられてすぐは水面が広く、まるで水盤のようです。

 本日、houzzというサイトで「あちこちでお茶できる家」を取り上げてもらいました。

 「心地よい暮らしを追求する都市型住宅、大阪の家12選」の中の1軒です。

 正直、1番目でなく少しがっかりしていたのですが。

 こちらのクライアント、この時期は田植えでとても忙しく、打合せを1ヵ月くらい空けたことを思い出します。

 立派な家業があるのですが、代々の兼業農家でもあり、この時期は家族総出なのです。

 田植えが始まったということは間もなく梅雨。九州と四国で梅雨入り宣言がありました。

 先週金曜日はトレジャーキッズたかどの保育園へ、追加の撮影に行っていました。

 鯉のぼりも青空の下、気持ちよさそう。

 何とか梅雨までに、一通りの撮影を済ませたかったのです。

 「中庭のある無垢な珪藻土の家」は少し雲がありました。

 それでも粘って、粘って青空に。

 「碧の家」は快晴でした。

 晴れると色がさらに映えるのです。

 日本人として、利休の唱えた「詫び錆び」の精神を理解しているつもりです。

 クライアントに求められなければ、私から原色を使うことはありませんでした。

 しかし、色彩に対して吹っ切れたのは、「あちこちでお茶できる家」を設計してからだと思います。

 スタート当初「生活には沢山の色があるので、まずは背景としての色使いから考えたほうがよいのでは」と言っていました。

 「人は、建築は自由であるべき」と唱えていたにも関わらず、です。

 しかし、ご家族の「大好き」や「本気の夢」を私が止める理由など全くありませんでした。一緒に考え、悩み、幸せの景色を創造できたと思っています。

 この春に撮影した写真が続々と届いてきます。

 それらをまとめ、整理して世間へと発表。そして、自分達の存在意義を問います。

 営業にでる訳でなく、誰かに仕事を紹介して貰う訳でなく、ただこのルーティンを延々と繰り返し、オファーを貰い続けてきました。

 そう考えれば、奇跡的だなと思うことがないでもありません。

 謙虚でありたいと思いますが、意味もなく頭を下げるのは嫌いです。定期的に付き合いがあるから発生する仕事も不要です。

 何故なら、本気で求めてくれるクライアントと仕事をしたなら、そのような仕事はとても出来ないからです。

 この日記もそうですが、どこかで、誰かの目に触れることを信じて、または夢見て、描き、創り、撮り続けます。

 何の担保もありません。しかし、これが私の生きる道だと思っているのです。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

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【Events】
■4月1日「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<</a

日経新聞は面白かった‐1453‐

 今日から2月に入りました。

 厳しい寒さは続きますが、徐々に日が長くなっていくことに、季節の進行を感じます。

 1月の中旬に、

 「Best of Houzz 2018 受賞おめでとうございます!」

 というメールが届きました。

 Bestとなっていたので、全ての中で一番だと思い、喜んでサイトを見に行くと、大阪のリビングルームというカテゴリーの中で選ばれたようです。

 7枚の中の1枚に、「松虫の長屋」のリビングの写真がありました。

 このcutは、写真家の平井さんが「2015年の Best cut」と言ってくれたもの。勿論嬉しいのですがちょっと微妙な感じもあります。

 かなり絞られたカテゴリーなので、正直、betterくらいでしょうか。

 火曜日の夜、久し振りに大学時代の友人と、梅田で会っていました。

 お初天神通りの「ニューミュンヘン」が改修工事中で、別館的な「北大使館」へ。

 この店のこだわりも生ビールです。

 ここの生ビールは飲みやすく、やっぱり美味しい。

 閉店の11時まで、2人で話し込んでいました。

 彼は高槻でjamjamという設計事務所を経営する、いわば同業です。

 彼とは、私が創業して3~4年目あたりは一緒に仕事をしていました。私がお願いして、アトリエmに来て貰ったのです。

 設計、デザインのことをズバッと意見してくれる彼の存在は、本当に貴重でした。友人であり、パートナーでもあったのです。

 同じく、時々アドバイスをくれる知人に、「seiundo」の社長がいます。

 もうひとつ経済に弱い私に、以前から「日経新聞を読んだ方がいい」と勧めてくれていました。

 あまりそういったことに興味がなく、グズグス言っていたのですが、ようやく昨秋から購読をはじめました。

 確かに面白いのです。

 日本経済新聞社という社名から、お堅い記事をイメージしていたのですが、アート、スポーツなどの記事も分厚く「流石」と言いたくなります。

 サッカーの現役最年長選手、三浦知良さんのコラムがあります。

 彼は勉強などしたことがないと書いていましたが、その含蓄ある内容の素晴らしいこと。

 果たして勉強って、何なのだろうと思います。

 「私の履歴書」は、著名人が1ヵ月に渡り、自身の半生を語る名物コラムです。

 昨年の12月は、元プロ野球選手の江夏豊さんでした。

 オールスター9連続奪三振、江夏の21球と、多くの伝説を残した名投手ですが、コラムは覚醒剤事件のお詫びから始まりました。

 その生い立ちから興味深いものばかりでしたが、私が立ち止まったのは、こんな話のところでした。

 1967年、阪神でキャリアをスタートさせた江夏投手は、2年目の1968年に、年間401個の三振を奪っています。

 これは日本記録であり、メジャーリーグでのノーラン・ライアンの383個を上回ります。

 この年、勝利数は25で最多勝も獲得。しかしMVPに選ばれませんでした。

 この時から、人が評価をする賞には全く興味が無くなったとありました。

 このあたり、彼の無頼漢な雰囲気に通じるところがあり、人生感を決定づけたのかもしれません。

 401奪三線は、その数字が越えられるまで、時代がどれだけ変わろうとも、日本一、いや世界一かもしれません。

 この絶対的数値を持つアスリートは、常に自分が世界一とも言えますし、実際そうです。

 言い方は難しいのですが、世界一という甘美な重荷を背負ったまま、その後の人生を生きることになるのです。

 しかし、大衆も、メディアも移ろいやすいものです。

 グラウンドでカクテル光線を浴び、多くの観衆の目を引き付ける快感を味わったなら、それを越える体験はそう起りえないだろう。

 行間から、そんなことを感じていました。

 ちなみに、夕刊は産経新聞をとっています。娘が、読者投稿のコラムがいたく気に入っているからです。

 結論として、日経新聞は面白かった。人のアドバイスはやはり善意で聞くものです。

縁のあるなし‐1401‐

 8月にはいりました。英語ならAugust。

 カレンダーの真ん中にアウグスティヌス帝が割りこんで来た話は以前書きました。

 先月のことですが、阪神電車の淀川駅へ。

 この駅は、その名前の通り淀川のすぐ南にあります。

 梅田へ向かって、大きくカーブしはじめるところに駅があり、ホームがかなり傾いているのです。

 写真ではもうひとつ伝わりませんが、びっくりするくらい傾いています。

 設計のオファーをもらったのですが、ある事情で建物が建てられないことが分かりました。

 それを報告に行ったのです。残念ながらご縁がなかったということでしょうか。

 何年前だったか、homifyという会社から国際電話がありました。

 「建築や、インテリアの作品を集めたwebサイトなのですが、御社のページをつくってもらえませんか」とのこと。

 メールも電話も丁寧だったので、早速アトリエmのページをつくりました。

 ドイツが本社のようですが、時々特集記事を書いてくれ、とても良い扱いをしてくれるのです。

 先日は、19年前に竣工した「白馬の山小屋」まで特集記事で取り上げてくれました。

 その他、「松虫の長屋」「長田の家」「紫竹の家」「イタウバハウス」「高台の家」UPした作品は概ね記事にしてもらっています。

 ローコストの家20選!では、「細工谷の家」「城陽の家」「イタウバハウス」「柏の家」の4つが選ばれていました。

 あまりローコスト、ローコストと言われると、クライアントも私も微妙な感じですが。

 また「houzz」はアメリカ発のサイトで、こちらも数年前にリクエストがきたので、ページを作成しました。

 先日みてみると「遠里小野の家」のクライアントが、コメントを書き込んでくれています。

 床や壁の色はこだわった所ですが、一つ一つに納得のいく方向性で進んだので、数年たった今でも気に入っています。
 両親や兄弟などを時々招いて食事をしたり、楽しい時間を過ごすこともできました。
 表札のデザイン、階段の手すりの位置や手触り、四角い可愛いライト、洗濯室の天窓から見える空、細かいところで改めて「いいな」と思えるのは選ばれたデザインだからこそのものと思います。

 それもあってか、このサイトも扱いが結構上になっていました。

 私は本当にクライアントに恵まれていると思います。

 少しでも多くの人に、私達の物語を知ってもらいたいと思い、何人かのクライアントに「もしよければコメントを」とお願いしてみました。

 「柏の家」のクライアントも書き込みをしれくれたのです。

「柏の家」の設計をしていただきました。
「家を建てよう!」と思い立った時、一生に一度、世紀の買い物だったので色々情報を集めました。
何人ものハウスメーカーの方、建築家の方とお話をさせてもらいましたが予算が少ないこともあり皆さんから「妥協が必要」ということをダイレクトに、遠回しに言われました。
そんな時偶然守谷さんを紹介するサイトを見つけそこには
「夢を叶えましょう」
と書かれていて…
「この建築家さんにお願いしてみたい」
衝動にかられ早速電話をかけ、大阪まで会いに行きました。
とはいえ半信半疑です。
守谷さんは大阪、こちらは千葉。
まともに話を聞いてもらえるのだろうかという不安を抱えての出発です。
実際にお会いして家を建てるにあたっての条件、希望を伝えました。
(受けてもらえるのだろうか?)
不安をよそにあっけないくらい我が家家づくりの仕事を引き受けていただけることになりました。

ここからが本番です。
限られた予算であることは重々承知しているのでメリハリをつけた家づくりを進めていこうと決心はしていたものの所々で
「やっぱりここはこうしたい」
という欲がでてきます。
その都度守谷さんが持たれている引き出しの中から
「じゃあこうしましょうか」
というアイディアを引っ張り出して提案をしていただきました。
家の正面をサッカークラブ、リヴァプールのホームスタジアムの外観を模したものにしたいという希望を叶えていただきバルコニーの床をグレーチングにすることで一階にも光が当たるようにもなっています。
最終的にロフトもバルコニーにに続くお風呂も実現し全てのドアを引き戸にすることで限られたスペースを有効活用することもできました。

二階に寝転がりこの家に住めて本当に幸せだなあと思いながら高い天井を眺めています。

「柏の家」のクライアントは、初来阪の際は千葉から車でみえました。

 随分盛り上がった打合せのあと、再び車で帰っていかれたのですが、6時間前後はかかるでしょうか。

 名神、東名と乗り継ぎ、間もなく東京というあたりで、エンジンの様子がおかしいことに気付いたそうです。

 ちょうど整備に出したあとで、整備士がエンジンオイルのキャップをし忘れていたそうです。

 異変を感じ、サービスエリアに寄ったことで何とか大事故にならずに済みました。

 それらを含めて、全てが家創りの物語なのです。

 一生に一度、世紀の大事業に立ち会わせて貰う。

 まさに「縁」としか言いようのない大きな後押しが無ければ、計画が前に進むことはありません。

 しかし、存在を示していなければ、知って貰えなければ、良縁がやってくることありません。小さな存在ですが、声をあげ続けたいと思うのです。

 8月が来たということはひとつ歳を重ねたということで、47歳になりました。

 何があっても絶対シナない、くじけない47歳を目指します。