タグ別アーカイブ: 夏草の匂い

50歳の顔‐1715‐

 「東京が……」などとは言っていられてない状況になってきました。

 感染症というものは、なかなか一筋縄では行かないものだと思い知らされます。

 真夏に濃桃色の花をつけるサルスベリ。

 クローバーからは、蒸せかえるような夏草の匂い。

 小学生の頃、草っぱらのようなグランドで、はいつくばって練習していた頃を思い出します。

 当時の少年野球の練習は、信じられないくらい厳しかったのです。バットでゴツンは当り前でした。

 新型肺炎が暑さや湿気に弱いのではという幻想は、夏の扉を開くと、脆くも崩れ去って行きました。

 それでも夏が大好きです。

 昨日、あるメディアの取材がありました。

 公開されるタイミングで告知しようと思いますが、写真撮影もありました。

 撮影が好きかと聞かれれば、口ごもってしまいますが、仕事はいつも「人気の市」です。
 
 知って貰わなければ、市にも出られません。オファーがあれば出来る限り引き受けてきたのです。

 7月28日。

 ナニワ生れのナニワ育ちと言うことで、50歳になりました。

 0歳。

 10歳。

 練習はスパルタでしたが、その分、少年野球のチームは結構強かったのです。

 20歳。

 予備校のソフトボール大会で優勝しました。何をしてるんだという話もありますが(笑)

 小学校の時、区大会で準優勝したので得意なほうです。20歳の写真が1枚もなく、正確に言うと19歳ですが。

 30歳。

 鬱で1年仕事を休んでいた頃です。人生で一番太っていたはず。

 40歳。

 娘が3歳の七五三です。Ohanaの石井さんに撮って貰いました。

 50歳。

 今年の年賀状なので、こちらも正確に言えば49歳。

 40歳になった時「男は40歳になったら、自分の顔に責任を持て」という、16代アメリカ大統領リンカーンの言葉を引きました。

 不惑から更に10年が経ち、ついに天命を知る歳となりました。

 「 英語で書かれた20世紀の小説ベスト100 」に選ばれた『1984』の作者ジョージ・オーウェル。

 彼の言葉として、以下の言葉を紹介しているサイトがありました。

 50歳で人は自分にふさわしい顔になる

 リンカーンの言葉を知った時、覚悟は決めたつもりです。ジョージ・オーウェルの言葉を聞いた時、逃げも隠れも出来ないとはっきり分かりました。

 50歳になると、見た目と内面は等しいのです。

 35歳の頃「思ったことをそのまま口に出せる人になろう」と決めました。

 その頃出会ったクライアントに大きく影響を受けたのですが、仕事用の口と、それ以外の口を持っているから駄目なのだと思ったのです。

 そもそも、腹で思っていることと、口からでてくる言葉が違っているか、違っていないかは、誰でもすぐに分かります。

 例えに上げて悪いのですが、1日に何百本もの営業電話をしている人の声は、誰が聞いてもすぐに分かります。そして、その声の人と話し続けたい人は一人もいません。

 なら、その反対を目指せばよいだけです。

 50歳となり、書いた通りの人に成れているとは思っていません。しかし、天命を知った気もするのです。

 装ったり、繕ったりできない年齢に入りました。なら、心を高め、魂を磨き、ありのままの自分を成長させるしかありません。

 もう50、まだまだ50。勝負はここからです。

 ひとまず、耳順の60歳までフルスロットルで10年を生きます。

■■■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行
巻頭インタビューが掲載されました

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【News】
■5月16日『homify』(英語)の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■5月10日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■2月13日 『Best of Houzz』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞
■2月3日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■12月3日 『Houzzユーザーが選んだ人気写真:キッチン編』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が5位に選出
■9月30日発売『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』「回遊できる家」掲載
■7月21日BS朝日『大改造!!劇的ビフォーアフター』「住之江の元長屋」再放送
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

メディア掲載情報

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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

心の空き地にも水やりを‐1613‐

 昨日までは肌を刺すような日差しが続いていました。

 35度を超えると、暑さが命を脅かすということを身をもって感じます。

 一転、台風10号が西日本を通過中です。

 昨日の夕方あたりから少し風が強くなってきました。

 現在は大阪も雨脚が強まってきました。

 台風は、亜熱帯、温暖に位置する日本で暮らす以上、避けることのできない宿命です。

 「バカの壁」の著者、養老猛が書いたように、夏のこの時期、「日本の自然の強さ」を特に感じます。

 建物を覆うのは夏蔦でしょうか。

 「土のままでいい」といっても何かが生えてくるのです。

 アスファルトの僅かな隙間からでも、手入れをしなければ雑草が覆い尽くす勢いです。

 その抵抗手段として、人は完全に地面を覆い、自然をコントロールしにかかります。

 植物も鉢植えなら、雑草が生えるスペースもありません。

 20世紀初頭の啓蒙思想家、ジェームス・アレンは、心という庭にも必ず何か生えてくると言いました。

 手入れをしなければ雑草で覆い尽くされてしまう。

 美しい花の種を植え、雑草を抜き、水やりをし、手入れをしなければ、花が咲くことも、実がなることもないのだと。

 雑草は放っておいても生えてくるのに、自らが望むものは勝手に生えてこない。

 自然も、心の中も全く同じところに、人が自然の一部だということを、認識せざるを得ないのです。

 雑草が生えるのが嫌だからと言って、心の庭をアスファルト敷きにすることはできません。

 となると、やはり土、地面が全ての元となっていることが分かります。

 花を咲かせるには、日々自分の心の庭を見に行き、手入れが必要なようで、近道はどうやらなさそうです。

 私が小学生の頃は、こんな空き地が沢山ありました。

 もれなく雑草だらけで、格好の虫取り場となっていたものです。あのすぐに手を切ってしまう雑草は何というのでしょう。

 蒸せるよな、夏草の匂いが懐かしいのです。

 東京の銀座が空き地だらけということはないので、下町の風景と言えるでしょう。

 建物だけでもなく、自然だけでもない環境で育ったことは、私の人格形成に大きく影響していると思います。

 多くの日本人がアマゾンの密林より、里山や棚田のある景色に心癒されるように、何処に生まれ、どんな地面で暮らすかは、想像以上に多くの影響を与えているのかもしれません。
 
 心に美しい庭だけがある人を聖人とすれば、生身の私達には、多少雑草の生えた空き地もあって当たり前かもしれません。

 美しい庭園づくりを仕事とするなら、空き地は趣味のようなものでしょうか。

 それで、週末は空き地にも水やりをしに行くのでしょう。ただ、その雑草の種を庭園にまで持ち込むのはNGです。


台風が通過する8月15日となりましたが、今日は終戦記念日。

 今生きていること、そして数えきれない程の先祖によって紡がれた命が自分であるということに感謝します。

 全ての先祖が聖人だった訳ではないでしょう。

 没すれば全てが仏という思想は、日本独特のものだそうです。

 そこに何の違和感もないことが、私がここに生まれ育った証しなのだと思うのです。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送

■■■『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載

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【News】
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
■『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載

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