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あべれいじ‐1359‐

 20代の後半、まだ競技スキーを本気でやっていた頃のことです。

 土曜日の夜、仕事が終わると信州のスキー場へ向かいます。

 昼過ぎに試合が終わり、大阪への帰路は500kmほど。帰りの中央道はFMを聴きながら車を走らせます。

 午後の日差しが眠気を誘うなか、DJは山下達郎、松任谷由実、福山雅治の順だったでしょうか。

 そのあと、ちょっとコミカルなラジオドラマがありました。

 2月のスキーの帰り、未だに続いていると知ったのです。

 「NISSANN あ、安部礼司」というタイトルらしく、サイトをみるとこうありました。

 この物語は、ごくごく普通であくまで平均的な45歳の安部礼司がトレンドの荒波に揉まれる姿と、それでも前向きに生きる姿を描いた勇気と成長のコメディである。

 昭和46年10月10日生45歳

 ご存知!Mr.フツー。仕事も恋も家庭も友情も、大事なことはすべてマンガから学んだと豪語する平成のお気楽サラリーマン代表。iPodには「今さらツボなセレクション」と題された懐かしい楽曲が2万曲近くも入っている。

 冬の黄昏時、ちょっと楽しみにしていたのを覚えています。

 静岡市出身の45歳、身長172cm。安部礼司=Average。作り手が思う、平均的日本人がよく分かります。

 「あ、安部礼司」は ” a   average  “か。面白いタイトルです。

 先日、元商社マンで、現在外資系の会社で働く人がこんなことを言っていました。

 「中国の平均年収は未だ日本より低いが、とびきりの金持ちが沢山いるだろう。インドネシアなんかも同じ構図だよ。平均という言葉がナンセンスだね」

 確かに、と納得したのです。

 北海道と沖縄。

 春と秋。

 夏と冬。

 都心部と農村部。

 平均することに全く意味はありません。

 「偏差値50」「一般的には」「平均寿命」と、それでも人は平均を意識するもの。勿論私も同じです。

 花をみて、どうして人間はこうも比べたがる?と槇原敬之は問いますが、やはり人間だからでしょう。

 そこから解き放たれたいし、張り合いのために基準を持っていたい。とかく人の心は複雑なのです。