お役目頂戴いたします‐1570‐

 土曜日の朝は、長男を学校に送り出したあと急にヒョウが降りだしました。

 大阪は今年初めての雪(ヒョウ?)化粧。

 まさに春の嵐でした。

 日曜日はざっと降って、からっと上がり、気落ちの良い晴れ空になりました。

 小5の娘は、いよいよ日曜日も塾がはじまりました。

 塾が会社のそばなので昼に寄って貰い、たこ焼きお父さんランチです。パスタもつくりましたが、沢山食べて元気に行きました。

 頑張りたいと思うなら、応援してあげれる親でいたいものです。

 娘は先日の卓球大会を勝ち進んだので、誕生日寿司会をキャンセルすることになりました。

 昨日はその雪辱戦。スイスホテルが見下ろす難波高島屋へ。

 中2の長男とは仲がよいのか、悪いのか。

 屋上でふざける兄妹です。

 8階にある「縄寿司」。

 家族で行くのに丁度良く、重宝しています。

 子供達は好きがかなり偏っているので、初めはセットを頼みます。

 お父さん的には奮発しているつもり。

 長男は放っておくとマグロばかり。

 娘はアジとイクラばかり頼みます。

 しかし成長とともに、色々食べれるようになってきました。

 特に娘は白身の美味しさが分かってきて、 「私の」平目の薄造りをモリモリと。

 テーブルにきた瞬間に、1/3が無くなりました。

 こんな時くらいブレーキを掛けなくて良いよう、やはり懸命に働くだけなのです。

 家族でなので、パクパクっと食べてすぐに退散。多分いいお客さんのはず(笑)

 少しだけミナミを歩いて帰ってきました。

 クライアントのお子さんが、無事志望大学に合格したとお聞きしました。

 それが、2人続けての国公立の医学部。凄い!としか言いようがありません。

 何と親孝行なと思いますが「2人とも下宿なので、もう倒れそうです」と笑っておられました。

 私からすれば嬉しい悲鳴だと思いますが、もう3年もすれば我が家にもそんな時期がやってきます。長男が現役で合格してくれた場合ですが。

 人は本当に弱いものです。自分のことだけを考えているとなお弱い。

 しかし役目があったり、守るものがあったり、他者のために生きるから強くなれるのです。

 か弱い女性が、母という役割をもつと異次元の強さとなります。兄、キャプテン、受験生の親と、人は役割に育てられるのです。

 田辺さんが産休にはいり、小さい子供のいる女性がチームに入ってくれました。また、今日から入社試験の男子が1人きてくれています。

 父親業も、リーダー業も、建築家も、毎日全力でやるだけです。そして「関わった人はみんな幸せにしてみせるぞ」そんな気持ちです。

 春に浮かれているだけかもしれませんが、それでも構いません。

 無頼の三冠王、落合博光は常に有言実行でした。激弱君の男(笑)が成長したいなら、それしかないと思っているからです。

 お役目はいつも有難く頂戴するべきだと思っています。

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

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【News】
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

吉野に、悲運の天皇を訪ねる‐1569‐

 大阪なら、ちらほらと桜が開花しだしました。

 関西も桜の名所は多々ありますが、規模で言えばやはり「一目千本」の吉野山です。

 「下千本」を一望しますが、満開の景色は格別でしょう。

 全くの開花前ですがふと立ち寄ってきました。

 吉野山は尾根道に沿って、門前町が広がります。

 その入り口にある黒門をくぐり、緩やかな坂道をのぼって行きます。

 この閑散期、お土産店の人も時間を持て余しています。

 「4月中頃の平日に、朝6時頃一番上まで車でいかれたらよろしい。朝靄がかかった景色は、それはもう素晴らしいから!」と。

 何とか時間を捻出して、再訪したいものです。

 門前町の高台にある仁王門。

 金峯山寺は修験道の総本山で、この仁王門は大阪、京都からの信者を迎えるため、北を向いているそうです。

 そのすぐ南にある金峯山寺蔵王堂は世界遺産。

 写真ではもどかしいくらいその迫力が伝わらないのですが、総檜皮葺きでこの規模のお堂はなかなかありません。

 東大寺大仏殿に次ぐ木造大建築とありました。

 道中、見事な枝垂梅だけはみることができました。

 娘が歴史で「南北朝時代」を習っているようで、その南朝があったのがこの吉野です。

 それで、ふと訪れてみたいと思ったのですが、当時天皇家には2つの統がありました。

 交互に皇位についていましたが、相続をめぐる争いが続きます。

 京都を制圧した足利尊氏は、持明院統の天皇をたて、大覚寺統の後醍醐天皇に譲位をせまります。

 有能で政治力もあった後醍醐天皇はこの地までのがれ、吉野朝廷をおこしたのです。以来、2つの朝廷が並び立ったのが南北朝時代です。

 室町幕府は、15代義昭を信長が追放するまで240年続きました。

 後半100年の戦国時代を含め、動乱の時代でした。

 しかし、南朝を中心とするこちらの世界は比較的安定していたようです。

 修験道を中心とした戦力もあり、この地から天皇家を中心とした平和な世界を創り上げるという旗印のもと、結束は固かったようです。

 しかし、南朝は57年で消滅しました。

 日本最長の歴史書と言われる「太平記」は、この地で生涯を閉じた後醍醐天皇を悲運の天皇として描いています。

 山川出版の「日本史」を引っ張り出すと、僅か2ページの内容です。

 なのに、何か心に引っ掛かるものがあります。

 情報を独占するIT企業の躍進。生活にはなくてはならなくなった?コンビニチェーン。

 コンビニのオーナーは、命を落としてでも契約を守らなければならないのか。勿論そんなはずはありません。

 勝者と強者だけが常に正しい訳ではありません。

 判官贔屓かもしれませんが、だからこそ、太平記では敗者とも言える後醍醐天皇や楠正成を熱心に描くのだと思います。

 大和魂。

 そんな言葉が頭に浮かぶのです。

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
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ミニマムに、鮮やかに‐1568‐

 本日から1名、入社試験をスタートしました。

 指導役をお願いするつもりだったIさんから、今日は出社が難しくなったと連絡がありました。

 それなら現場を見て貰うのも良かろうと思い、急遽現場行きに変更したのです。

 北摂のこちらの現場は、環境が素晴らしい。

 雨予報でしたが、一瞬晴れ間がのぞきました。

 まさに「水温む春」です。

 この葉の形からすると、マメ科の花でしょうか。

 無数の小さな花はなずな。

 別名ペンペン草ですが、この花を撮りに香川まで行ったこともありました。

 当時の日記には、偶然みつけたように書いていますが、以下の句を紹介したく、わざわざ香川へ行く用事をつくったのです。

 よく見れば なずな花咲く 垣根かな

 垣根の間にひっそりと咲くなずな。

 それに気付き、自然の逞しさや、季節の移ろいを感じる。

 そんな一場面を、ミニマムに、鮮やかに切り取った、芭蕉の真骨頂のような句だと思います。

 8年前は、3月11日の東日本大震災の日に入社試験を受けていた若者のことを書いていました。

 その若者は、地震のあと千葉の実家が心配になり一旦帰郷しました。

 しかし、ご両親から「頑張ってこい!」と反対に激励されて大阪に戻ってきたのです。

 入社試験は合格し、10ヵ月程働いてくれたのですが、結局は退社することになりました。

 現在はどんな仕事をしているんだろうかと思い出します。

 あれから8年。

 ひっそりとかもしれませんが、毎年花をつけてきたつもりでもあります。なずなのように。

 組織としてはミニマムですが、活き活きと鮮やかに、悔いのない人生を歩みたいし、歩んで欲しいと思うのです。

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
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磯崎へ、空間へ‐1567‐

 3月6日(水)の早朝と言えばよいのか、5日(火)の深夜と言えばよいのか、「磯崎新、プリツカー賞を受賞」のニュースが飛び込んできました。

 プリツカー賞は建築界のノーベル賞と言われ、1979年に設立されました。

 以来の40年の間に、日本人建築家は8名が受賞。

 丹下健三、槙文彦、安藤忠雄、妹島和世、西沢立衛 (SANAA)、伊東豊雄、坂茂、そして磯崎新ですが、後半5名はこの10年内の受賞です。

 磯崎は私の世代なら特にスターアーキテクトです。

 現在87歳となり、その実績を見ると正直遅すぎた感もあります。

 2015年の9月に「なら100年会館」へ行った際にもそのような事を書いていました。

 紹介記事では「第一線で活躍し続ける国際的建築家、そして理論家でもある」というものが大半でした。

 代表著書「空間へ」が、初めに勤めた設計事務所に置いてありました。

 24歳の時初めて手にとったのですが、私にとってはかなり難解でした。

 それに相反するように、建築は極めて明快です。

 そのような磯崎建築へのリスペクトは何度か書きました。

 出世作と言われる「北九州市立美術館」を訪れたのは2014年の8月。

 この日は生憎の雨模様。

 モヤの中から突然2本の筒が表れた景色に感激したのです。

 長男は相変わらずおちょけて、それを見て娘が爆笑するという構図です。

 さらに遡ること8年。

 岡山の山間部にある、「奈義町現代美術館」を訪れたのは、雪も見える2006年の1月でした。

 水盤に浮かぶ作品は、確か磯崎夫人の作品だったと思います。

 黄色いヴォールトの中はまるで万華鏡。

 荒川修作+マドリン・ギンズの養老天命反転地へと繋がっていくコラボレーション作品です。

 新しい才能の発掘にも尽力した、磯崎らしい仕事と言えるでしょう。

 2005年の3月に長男が生まれ、久し振りに温泉でもと訪れたのが奥津温泉。

 ひなびた風景に好感を持ちましたが、そのついでに寄ったのが先の奈義現代美術館です。

 「モノ」としての建築より「場」としての空間の重要性を、磯崎は繰り返して説いています。

 建築の創造は私の仕事です。

 よって、建築は常に興味の対象のかなり上位にありますが、記憶は「モノ」としてではなく「場」「空間」として残るものです。

 「景色」と言った方が、一般的かもしれません。

 「せんとくんと」だったり、「アイーンを笑う」だったり、「川のせせらぎが聞こえる和室」だったりです。

 東大丹下研究室のエースであり、プリツカー賞までたどり着いた、日本最高レベルの英知の向こうを張るつもりはありません。

 しかし、市井で懸命に生き抜くクライアトへ、できるだけ分かりやすく、平易に建築、空間の役割を伝えてきたつもりではあります。

 風景として、景色として、場としての建築というものを理解しなければ、建築自体が主役であると勘違いをしてしまいます。

 この本質を指して、本田宗一郎は「どんなに機械が進歩しても、人間の上に君臨させてはいけない」と言ったのです。

 こういったニュースを聞くと、ピリッと気合が入ります。

 日本人建築家の躍進を冒頭に上げました。私も現役でいる限り、目指すのは常に頂点です。

 日本の英知がたどり着くまでに、87年の月日が掛かったことに呆然ともしますが、まだ39年あるとも言えます。

 建築という背景に、一生を捧げると決めました。

 それは、磯崎も私も全く同じはずです。

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末代までの誇り‐1566‐

 3月に入り、光の力強さが増したでしょうか。

 しかし今日は生憎の雨です。

 当社は南向き建物の1階にあります。

 エントランスすぐにあるのが打合せスペース。

 床も壁も白を選んでいるので、開口→床→天井→床と反射を繰り返し、光が奥まで届きます。

 その分、掃除は大変ですが、これによって昼間の明るさは全く違います。

 私の席から見た風景です。

 左奥は1月末からスタッフに加わったIさん。そして手前はオープンデスクの学生。

 その向かいが、まもなく11年目に入る田辺さんの席です。

 進行中のクライアントは皆さん承知しているのですが、彼女は臨月に入っていました。

 予定日はもう少し先だったので、この日も打合せに出てくれていました。

 ちょっと大変そうだなと思っていたら、その日の晩に入院し、翌日に無事男の子を出産したのです。

 折があった医師のクライアントからは、「ギリギリまでお仕事頑張っておられたので、少しドキドキしてました」「本当におめでとうございます」とメールを頂きました。

 プロであり、ご自身のクリニックも似た状況があったので、尚更だったようです。

 彼女には休む権利があるので、「休みたい」と言えば、勿論休んで貰うつもりでした。

 しかし、結果として生まれる直前まで働いて貰ったことになります。

 働くことが、マイナス要素となる可能性が無いとは限りませんが、望んで働いてくれるなら、そんなことが起るはずがないと信じていました。

 嫌々とか、仕方なしにでなければ、働くということは最も健全な行いだと思っています。

 将来、子供さんに「お母さんは、あなたが生まれる寸前まで働いていたのよ」と伝える機会があるかもしれません。

 梅が終われば、桜の蕾のふくらみが目につくようになりました。時間が滞ることはありません。

 137億年とも46億年とも言える、大絵巻物の最新刊あたりで私達は生かされています。

 休むこと、休ませることばかりがフォーカスされる時代ですが、全ての仕事は、自分や家族の幸せに直結しています。

 これは、いくら時代が変わっても、変わることのない真理です。

 「末代までの誇り」と言って貰えるような生き方を目指すしかありません。

 当社はいつの間にやら、私以外の全員が女性になりました。

 昨日はひな祭りでしたが、スーパーへ買い出しに行って気付いているようではどうしようもありませんが……

 時々「守谷は女性に厳しい」と言われます。

 本当は全くの逆です。女性に期待しているのです。

 と言えば、妻も多少溜飲を下げてくれるでしょうか。

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