ミッドタウンにあるサントリー美術館、新・歌舞伎座を設計した建築家・隈研吾。
連載記事を、クライアントが切り抜き、送ってくれました。13回に渡る記事は、幼少期、失敗、成功の内容が綴られていました。
事務所設立間もない30歳の頃、彼は世田谷にマツダショールームを設計します。
「過去から現代までの建築様式をミックスさせたアバンギャルド(前衛的)なデザインに仕上げた」と言いますが、評価は散々でした。
中央にイオニア式の巨大な柱が屹立する、巨大コンクリートの建築が、実績ある建築家たちに「ふざけている」と評価されたのです。
竣工は1991年。私は大学で建築を学んでいたので、その時のバッシングを覚えています。
以来10年程、関東での仕事依頼は無かったそうです。
それを機に、隈は地方のどんな機会でも積極的に出掛けるようにします。そして、高知で、現地の木をふんだんに使った、ホテルの依頼を受けます。
コンクリートを使った彫刻のような建築を「勝つ建築」とするなら、木や竹を多く使った、地味で、ひねりもある建築を目指しました。それが「負ける建築」という思想です。
以前の失敗から学び、低成長時代において、建築はもっと謙虚でなければならないのではと考えたのですが、それが時代の風に乗ったのです。
現在抱えているプロジェクトは、国内国外合わせて100件とのこと。
2012年に訪れた浅草文化観光センター。
細い木を使ったファサードが、ガラスのカーテンウォールを前面に押し出した建築とは、一線を画します。
ある経営者に、もし自分の会社を託すなら、このような人に頼むでしょうか。と問われました。
小さい頃から品行方正。親に心配など掛けたことがない。
中学高校は有名私学で、成績も優秀。ストレートで東大に合格。大学院を経て、スタンフォード大学でMBAを取得。
このような条件の人が、まさかあなたの会社を継いでくれないと思いますが、本当にそれで上手くいくでしょうか、と。
数限りない失敗と、敗北を繰り返してきた。
あとは、それをどう捕らえるかだ。
現在、テニス世界ランキング1位、ノバク・ジョコビッチの言葉です。
負けや失敗を望む人はいません。しかし、その時点で到達できなかった地点を目指し、チャレンジした結果と考えたなら、負けること自体に価値があるのではないか。
世界一のジョコビッチ、日本の建築を牽引する隈研吾がそう言うのですから、私達など負けを覚悟で、あらゆることにトライしなければなりません。
もう消えてしまいたいような失敗こそ減りましたが、歯軋りするような悔しさは味わうことは常時です。
2人の言葉を聞き、すっきりした気持ちになったのです。